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ホームカミング Ⅱ    05.20.2007
風が、とても新鮮だった。
東京の雑踏とか、喧騒とかを忘れさせる静かな心地よさ。
草木の揺れる音。
水の流れる音。
果てしなく続く、田園風景。

バスで実家まで30分かかるって事は、近道をいくつも使えば自転車だとだいたい45分前後。

タロのジャージにうっすら浮かぶ背骨のラインを見つめながら、そんな事を考える。

それにしても......すごく広い背中。三頭筋や僧帽筋、広背筋の張り方が並みじゃない。
普通のスポーツじゃここまで発達しないはずだ。

「タロ、あんたまだ水泳やってるの?」
その広い背中越しに声をかける。
「やってるよ。俺、それしか“とりえ”ないもん」
「高校では、水泳部なの?」
この日焼けの仕方は...毎日直射日光当たってるに違いない。
お肌の曲がり角を過ぎたお姉さんには恐ろしい話だけど...。
「エースでえーす!!なんちって」
「ば、ばかだあんたやっぱ...」
「この間がくりょくてすとで、最下位ですた!」
「自慢することじゃない!」
ポカ、とタロの坊主頭を殴る。ついでに、さわり心地が良いので撫でる。
「あ、気持ちいい~このグリグリ~~~」
「や、やめれ~~~~」

こんな掛け合いばっかしながら家の近所の川沿いの歩道をすいすい進んでいると、突然タロはキュキュッ、と自転車をとめた。
「?」
「ミーナ、ちょっと歩こ」
タロはそういうなり、道端に自転車を横倒しに放り投げ、あたしの返答無視で川べりに向かってどんどん歩いていく。
オイオイ、この子はあ。

小さな頃から、家から無断で脱走したり、行方不明になったり、かと思うと縁の下で昼寝していたり、転がっていったボールを果てしなく追いかけ続けて道に迷ってしまったり、好奇心が旺盛なのか何も考えていないのか、何度も警察のお世話になっていた。
共働きのおじさんとおばさんは、この変わった子にはとても苦労をしていたようだった。
だから、高校生だったあたしがこの子の子守りを3年間してあげていたのを、今だもって感謝してくれている。

あたしはただ、お小遣い欲しかっただけなんだけど。

「はやく~、ほらこっち!」
タロがとろいあたしに痺れを切らせて、振り返る。

いやね、もうあたし君みたいに若くないんで、こういう舗装されていない道を歩くの大変なのよ。今だって、ヒールが土にささ......。
「俺につかまって!」
グイッと腕をつかまれる。
半ば引っ張られるようにやっとこさ川岸に辿り着くと、タロは「よいしょ」と草の上に腰をおろした。
「あれえ?座らないの?」
「結構です」
ジャージの君はいいけど、あたしはディー〇ルのシルク装飾の着いたドライクリーニングでしか洗えないジーンズだから、無理なのよ。

「もうすぐ、日没だよ。覚えてる?よくミーナがここに連れて来てくれた」
言いながら、川面を指差す。
川面より......君の坊主頭が眩しいよ。

「そうだったっけか?」
「そうだよ!!覚えてないのぉぉぉ?!!」
タロが”ショック”という文字をそのまま体現したリアクションをしながら、見上げる。
「う、え、ぜ...全然」
「ひどひ~~~~~~~~っ!」
少年は、泣きそうな声を出す。
あんた、幾つですか。

あの頃は、ほんともうこんな田舎が嫌で、ココに越してきた父母を呪った。
毎日が退屈の連続だった。アメリカとの生活のギャップがひどすぎて、妄想の世界に走っていた。当然、彼氏なんて一人も出来なかった。

だから、憂さ晴らし...じゃないけれど、ぶっちゃけ「子守り」のこの子を実験台にして、色々遊んでいた...のを覚えている。


「俺、ここでミーナに殺されかけたんだよぅ!」
「う......」
ウッソ。そんな事、マジであったっけか?
殺人未遂じゃあーーーー!
タロは口を尖らせながらブーブー言っている。
それでも首を捻っているあたしを見て「だからぁ」と半ば苛立たしげに説明を加える。
泳げないのは漢(ヲトコ)じゃないってぇ、川に突き飛ばされた
うひゃー!そんな事したの?6歳の子供に??
んでー、溺れてる俺にぃー、向こう岸まで泳げ、って
本当に殺人未遂罪だ。業務上過失致死罪だ。
泳ぐまで、帰らせないって。何度も溺れた俺を見捨てて家に帰っちゃったっ
拷問...してたの?あたしは。
誤魔化すか笑うしかないなあ、もう。
「そ、そんな事もあったっけかー。あはは」

タロは小石を拾って川に向かって投げる。
「それからずーっと、泳いでるよぅ」
小石は、チャプ、チャプ、チャプと3回跳ねて水中に消えた。
「んで、ずーっとミーナが戻ってきたらぁ、またここの夕暮れ一緒に見ようって思ってたんだ」
そう言うなり、タロは来ていたジャージの上下と体育着の上をすばやく脱ぎ捨てる。
すっげー筋肉!!
って、いや、何でこの子こんなところでストリップはじめてんのよっ。
短パン一丁の姿のまま、タロは赤と青のコントラストをゴージャスになしている夕日をバックにズンズンと進んでいく。

いや、まさか、ネエ......。
って事が、当たってしまった。

水に入る南極のペンギンみたいにするりと水飛沫もなく水面に姿を消してしまったタロは、スイスイとクロールしてあっとい間に対岸へ辿り着いてしまう。

「ほらね~!俺、もうヲトコ(漢)だよーーーー!!!!」
対岸から手を振ってくる元気のいい少年に、あたしの開いた口が塞がらない。
「いや、もういいから、早く戻ってきなよーーーー!」
「気持ちいいよ~。ミーナも入るう?」
「いや、いいよ...。」
「チェッ、つまんねえ。あ、そうだ、もうとっくに泳げるようになったから、約束果たしてねーー。」
「約束ぅ?」

何だそれ。約束なんて、してたっけ?
「何の約束?」

〇×〇×してくれるって!
ブロロロロロロロ~~~~~~~~~
と、後ろの車道を古びたトラックが通り過ぎて、タロの言葉をかき消す。
「えーーーーー?聞こえないよ!」
耳の後ろに手をやって、もう一回たずねる。
タロは「しょうがないなぁ」とつぶやき、一段と声を張り上げる。



ヲトコ(漢)になったら、結婚してくれる、って言ってたじゃーんっ




・・・・・・・。
な、何言ってんの、この子は!
ちょっとオツムが弱いのかといつも思っていたけど、やっぱものすごく弱いらしい。
いや、ド〇ゴンボールを本気で集める旅に出ようとしたり、修行すればスーパーサ〇ヤ人にマジでなれると8歳まで本当に思っていた、このミジンコより単細胞の少年だったら、有り得る。

タロはまたスイスイと泳いでこっち岸に戻ってくる。
水面から顔を上げるなり、あの犬のような笑顔でニカッ、と微笑んだ。
「思い出したぁ♪~~?」

「いや、全然覚えてない」
「えーーーーーーーーーーーーーーーッ(怒)!!」
全身びしょびしょの少年は、非難がましく頬を膨らませながら口をとがらせる。
ごめん。でも本当に、全然覚えていないのよ。
「よって、無効。OK?」
「むうーーーー」

体育着の上で体を拭きだしたタロは、実家に着くまで始終膨れっ面のままだった。




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