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未年の朝 2-4    08.01.2007


 はああ~~~~っ。
キンチョーした。
ぐぅっっっっっっっったり。
の、あたしは政輝が用意していた部屋に戻って、地球の重量をまざまざと感じさせられるこの重たい着物を脱いだ。
一息ついた所で、顔の「そ〇子」みたいな白メイクを落としたい衝動に駆られた。

「一晩つけっぱなしのメイクは、一週間分の肌の老化~♪」
気を利かせてくれてたのか、幸い水を張った桶が部屋の隅っこに手拭いと一緒に置いてあったけど。
これって、洗顔用でいいのよね?
それとも、体拭き用とか?
まさか、飲み水???
桶の中に?
うーむ。
ま、いっか。
一応それで顔を洗った。

ずっときんちょーしてたからトイレにも行きたくなった。
トイレ、どこだろ?
「矢絣さん?」
返事なし。
「絣さん?」
応答なし。
右隣の障子戸を開けると、矢絣さんがうたた寝してる。
疲れたのね。
うーん。しょうがない。

あたしはとりあえず部屋を出て、薄暗い回廊を歩き出した。
スペインからの視察団。
あたしの想像では「パイレーツオブザカリビアン」みたいな奴らだったんだけど(海渡って来てるし)、だいぶ違った。

特に、あの、ロペスって人。
冷たぁぁい感じの。

あの宣教師さんが出て行った後、ずーーっと静かだった。
結局、政輝のお父さん(=お殿様)がお目見えしても、会話が弾んでなかったし、すぐお開きになっちゃったけど。

それにしても、あの通訳面倒じゃない?

油断も隙もありゃしない。
日本→オランダ→スペイン→オランダ→日本でしょ?
気づいたら誤訳しまくってるし。
あれは伝言ゲームなのかな。

あれ?

「ってか、トイレ(厠)どこだろ?」
真剣に考えてたら、道に迷ったよ。
このお城は、迷路か何かか!!
似たような部屋がありすぎっだっつーの!

と独りでキレて、ふと思い出す。
「ああ、そういえば厠って普通外にあるんだよね、この時代。じゃあ、外に出ればオッケーね」
そういうが早いが庭に出てみると、幸い中庭の見張り番みたいなお兄さんがあたしに気づいて、外の厠まで連れてってくれた。

用を足した後、見張り番のお兄さんについてお城の中に戻る途中。
『殿ご自慢』(=政輝のオヤジ)の池のほとりに人影が見えた。
後姿だけど、腕を組んでただひたすらそこに佇んでいる。
「このような時間にどちら様でしょうか。不審者かも知れませぬので、姫様はこちらでお待ち願います」
姫様?
ポッ///////。
あたしの事よね?

ちょっと照れてるあたしを無視して、お兄さんはその背の高い人影に近づく。
不審者だったら、足音で逃げるだろ普通??
丸腰みたいだし、やけに正々堂々と池を観賞してるし、一人で城になんて乗り込んで来ないんじゃないのかな?

とか思いながら、見張り番のお兄さんとその不審者を見守る。
二人は何か話し出したけど、その不審者はこっちをチラリ、と振り返って.........。


「ええええええええええええええ??????」

二度見した。

あたしもそいつも目を見開く。

だって......。
「一馬」
「明日香」

一馬は見張り番のお兄さんを振りきって、ズカズカこっちに進んでくる。

げっ。
てか、顔こえええええぇぇぇ。

あたしがおびえたのが分かったのか、あたしの顔を見て一馬は一瞬躊躇った...みたい。
けど、
「何をしておった。ワケの分からん書置きを置いて行きおって!」
と怒鳴るなり、あたしを引き寄せる。
あたしの体は一瞬にして一馬の広い胸の中に納まってしまった。
何か、いいにほひ......。

「全く、人に迷惑しかかけられんのか!」
言いながらも、あたしをぎゅう~~ってしてくる。
「先に出て行ったのは一馬でしょう?そっちこそこんな所でなにやって...」

......あ。

満月が雲間から顔を覗かせて、うっすらとした光が辺りを、池を照らし出す。
一馬の精悍な顔がハッキリ見えた。
それに......。

「何、それ?」
一馬の首筋に無数に残っている紅い斑点を指差す。
「ああ、これか。ただの虫刺されだ」
首筋をボリボリ掻きながら、一馬は軽く受け流す。
「お前こそ、何故俺に一言の相談もせず小屋を出た?何用でここに呼ばれた?まったくもって......」
とお説教し続ける一馬そっちのけで、あたしの視線は一箇所に集中していた。


じーーーーーーっと。


だって、だって、一馬の着物の袂に、


真 っ 赤 な キ ス マ ー ク


がついてたから。

じゃあ、もしかして、もしかすると首筋のは......。
「ヒッキー?」
「ひきい?何だそれは」
「あ、あのう~、お二人はお知り合いのようで御座いますが」
完璧に間に入る機会を失っていたらしき見張り番のお兄さんは、おどおどしながら会話に入ってくる。

ってか、何?
なんで一馬はここに居て......ってまあ、多分あたしを探しに来たんだろうけど、でも、なんで?



何故にきすまーく????



何か、嫌だ。
誰か、女の人と一緒だったの?
そういえば、お香みたいな良い匂いもした。

一人で考え事しているあたしを差し置いて、一馬と見張り番のお兄さんは勝手に会話を進めてる。
「若殿に用事を言いつかいまして行き違いになっておりましたが、こいつは『妻』の明日香です」

『妻』って言葉にハッとするあたし。

「つ、妻なんかじゃありません!」
とてつもなく嫌な気分のまま、何故だか一馬に反抗したくなって口から勝手に声が出た。
「おい、どうしたのだ?明日香、ここでは......」
そういいながらあたしを掴もうと右腕を伸ばしてくる。




それが、決定的な瞬間だった。




「イヤ!来ないで!」
あたしは一馬を押しのけて、走り出す。
走りながら目頭が熱くなるの感じた。
泣きたくない。


あたしの目に映ったもの。
それは、一馬の上腕についていた歯型と、無数のキスマークだった。


「おい、待て!」
一馬の声が後ろから聞こえる。
裸足で良かった。
下駄なんて履いてたら、上手く走れなかった。
あたしは、運動会でも出した事の無い位、本気で走った。





走れ、メ〇ス!!......じゃない、明日香!



Foolish    08.06.2007

“FOOLISH”



 大学のカフェテリアと学生ホールはこの時間帯いつも人でごった返していた。
学期(セメスター)の初めの何週間かは、学生に混じって部外者が出会いとナンパ目的で学校に潜入している。
まあ、ある意味活気があっていいんだけど、1ヶ月が過ぎるとそれらの人やドロップアウトした人達が消えて、本気で勉強している人達だけが残る。
あたしみたいに3年になって本気で卒業するつもりで猛勉強している人間には、とっても迷惑なのだ。


あたしにとって学校は、勉強するところであって、遊ぶところではない。



 カフェテリアはできるだけ避けていたが、今日は小テストがあるし、学校の外までファーストフードを買いに行く時間がもったいなかったので、簡単にサンドウィッチを買おうとカフェテリアに立ち寄った。
30分だけ、クラス休みがあるから下準備と勉強も兼ねて食事を取りながら休憩する。
あたしみたいにフルタイムで学校通ってて、しかもその後は毎日バイト漬けの人間にとってこの30分は貴重なのだ。



 毎日昼休みぐらいの時間帯になると、カフェテリアの後ろの方の席はフットボールとかバスケとかやってそうな生徒が占領している。
目立つのが好きな奴らだ。
何十人も偉そうに踏ん反り返って話をしながらカフェテリアを行き行く人達、特に女の子を観察している。
はっきり言って、奴らはでかくて怖い。
だから、 前の方の席はそいつら目当ての“ナンパされたい”きゃぴきゃぴ女の子グループ何組か以外、あまり人が座っていなかった。


空腹で鳴りそうなお腹を抑えなが ら、ターキーサンドとスプライトを手に持ってレジに並ぶ。
そして構わずレジから一番近い前のテーブルに着いた。


「YO!!!」


そら来た。



後ろの方の男たちの一人が大声で呼びかけた。
あたしはあんたら目当てでここに座ってんじゃないのよ。
シカトしてサンドイッチを頬張りながら教科書を読み続ける。
声の主はいくら呼びかけてもあたしが無視を続けるので、冷やかされながらも渋々近づいてきた。

「ヨウ、ジャミーラ。俺はあんたに話しかけてんだけどな。」

あたしはこの声の主を知っていた。


年に1~2回しか会わないあたしの1コ下の従姉弟。
「トロイ。…なんでこんなとこ居るの?」
トロイは隣の椅子をひく。
フットボール選手特有の筋肉モリモリのでかい体を窮屈そうに屈めながら腰掛けた。

「なんでって、通ってんだよ。お前、知らなかったのかぁ?」
「……忘れてた。相変わらず態度でかいし元気そーだね、あんたは。」
返事の変わりにトロイは悪戯っぽく微笑む。
そんなに厚くない唇からは、ブリーチされた白くてきれいな歯が輝いていた。
昔はすきっ歯のひょろひょろ君だったのに、いつの間にこんな逞しくなっちゃたわけ?





 トロイは、あたしの数居る従姉弟のうちの一人だ。
年も近いせいか、昔はよく一緒に遊んだ。
彼は悪ガキで有名だった。
昔から人の輪の中心に居るガキ大将だった。
負けず嫌いのあたしはよくトロイとゲームや遊びで張り合っていた。
あたしのママには12人も兄妹が居て、毎年クリスマスと感謝祭の日だけ、ビッグママ(おばあちゃん)の家に皆集まる。
集まる、と言ってもビッグママに挨拶したら帰っちゃう人も 何人かいたので、ママや叔母から話はよく聞いていたけど、あたしはこの従姉弟を2年近く見かけなかった。




「お前も相変わらず他人に興味なしって感じだな。」 
「興味ないもん。で、トロイはフットボールやってたんだっけ?だから後ろのあの、騒がしいグループに混じってたわけ?」
嫌そーに眉間に皺を寄せて忌々しい集団を振り返る。
あたしのそんな表情に噴き出して大声で笑いながら、

「そう、混じってるよ。毎日。お前がこの大学通ってるって聞いてたけど、今まで見かけたことねぇよな。」
と言った。
「あんたと専攻違うし、学校終わるとすぐバイトだからね。直帰する。」
そう言いながらもあたしは、今日の小テストのことを思い出して教科書に目を落とす。
こいつに構っている暇はなかった。
時間がないはずなのに、集中出来ない。


こいつ、存在感強すぎ。

「何?今日テストかなんかなのか?」
「そう。あんたら体育会系と違って、文系はマジ勉強しないと卒業出来ないの。だから久しぶりにあんたに会えたのは嬉しいけど、お願いだから今は勉強させて。」
「マジで嬉しいとか思ってんの?」
ああっ、もう。
あたしはテーブルに置いてある携帯で時間を見た。
授業開始まであと15分きゃない。
早くこいつどっか行ってくれ。

「思ってる思ってる。また今度ゆっくり話そう。だから今はまじ、勘弁。」
そう言いながら傍らのトロイを無視して、スーパー集中力+暗記力で教科書を暗記しだした。
いつまでトロイが居たのか、いつ去ったのかも分からなかった。
ただ、

「……オッケー。またね。」
と言う声が聞こえて、いつの間にかトロイはいなくなっていた。




 テストは何とか全問埋めることが出来た。
クラスが終わって校舎から出る。
オフにしていた携帯をオンにした途端、聞きなれないメロディーが流れた。
あれ、あたしこんな変な曲にしてたっけか?
とか思いながら電話に出る。

「ハロー?」
「ヘイ、ジャミーラ。俺だよ、トロイ。」
はあああああ?
トロイ?
なんで奴があたしの携帯の番号知ってるの?

「な、なんであんたあたしの番号知ってるわけ?」
怖くなって聞いてみる。
何かが、おかしい。

「おまえまだ気が付いてなかったのか?お前が今持ってんの、俺の携帯。」
「SAY WHAAAAAAAAAT?」

あたしは持っていた携帯をよーく見てみた。
そういえば、機種は一緒だけど、あたしのより少し傷が付いてて小汚いような……。

「なんであたしがあんたの持ってるの?あたしの携帯は何処よ?」
ふつふつと怒りが込み上げてきた。
「お前受信番号見たのか?俺がお前の携帯持ってる。」
電話の声は悪びれもなくあっけらかんとしていた。
子供の頃からこの男は、こういうのが上手かった。
あたしは何度、こいつにお菓子やおもちゃを掏り返られたり、取られた事か。  
思い出したら余計に、腹が立ってきた。

「何、人の携帯取ってんのよ!!返しなさい。今すぐ、返しに来てよ。」
「何って、決まってんだろ。仕返しだよ、し、か、え、し。久々に会ったってーのに、人のこと邪険に扱うお前が悪い。今度ゆっくり話そうって言ってたけど、こうでもしねーとまともに話せねぇじゃん。」


うっ。
それで仕返ししやがったのか、この男。
その上、

「俺はこれからフットボールの練習あるから暇ならお前が取りに来い。」
とほざきやがった。
「ふざけないでよ。あたしだってこれからバイトあるんだから。それに、誰かあたしに電話あったらどうすんのよ!!」

トロイの悪戯とふてぶてしさに、まじで切れそうになる。
そんな怒りの声が伝わっているのかいないのか、やけに冷静な声で、

「誰かから電話あっても出ねーから、今日が無理なら明日またカフェテリアに昼間来い。」
と、言った後、
「あ、コーチが呼んでる。もう切るぞ。何か俺に用あったらお前のTEL番にかけろ。じゃあな。」
と、こっちの返事も待たずに切ってしまった。




 翌日の昼。
殺気立ったあたしは大股で道行く人を押しのけてカフェテリアを横切り、巨人達(フットボールプレイヤー)の団体の前へ来た。

「ちょっと、トロイ居る?」

似たような姿形の大男が大勢居た。
皆同じに見える。
あの馬鹿は奥の方で隠れているに違いない。
近くにいた背が低めの眼鏡をかけた男に聞いてみる。

「ああ、トロイ?呼んでやろうか?ヨウ!!!トロイ!!カワイコちゃんが呼んでるぜ。」
「ああっ?」
と一番奥の壁の横に座っているトロイが腰を上げる。
やはり目立たないところで隠れていやがった。


でもこうやって見ると、トロイがこの中で一番マシな容姿 かも……。


なんて馬鹿なことを考えてしまった。
確かに、ハンティング帽とニットベストをカーキーのバギーパンツと上手にカッコ良く組み合わせて着こなして いる彼は、このむさ苦しい体育会系の男の集団の中で一番目を引いた。

「ああ、ジャミーラか。」
そう言いながら近寄ってくる。周りの男に、
「新しい女か?」
とか
「紹介しろよ。」
とか色々聞かれていたが、
「ばーか、従姉弟だよ。」
と言って苦笑していた。
あたしの目の前に来るなり、

「こいつらうぜーから、こっから出ようぜ。」
と言って、あたしの腕を強引に引っ張って外に連れ出した。
 

 

「あたしの携帯返して。」
カフェテリアから出てすぐそばの大木の前に来るなり、あたしはトロイを睨み付けた。
トロイは不敵な笑みをこぼしてバギーパンツのポケットを探る。
そしてわざとらしく、下手なオーバーアクティング付で言った。

「あれっ?ねーなぁ。ロッカーに置いてきたかもしんね。」
「ふ、ざ、け、る、な。」
あたしのこめかみに青筋が立つ。
「じゃあ、今からあんたの部室のロッカーまで行くよ。」
トロイはさらに意地悪そうに笑った。
「いや、まてよ。俺、家に忘れてきたくせー。」
あたしは怒りで震えるこぶしを握る。
この馬鹿従姉弟の性根を叩き直してやりたい。

「あんた、わざとでしょう?」
「あたりまえだろ。」
さらっと答えるその声に、反省の色は微塵もない。
「なんでそんな事すんのよ。」
昔だったら、“叔母さんに言いつけてやる”とか言えば決着はついたけど、大人になった今はさすがに、言えない。
「お前さあ、ガキの頃からなんか1つに集中しだすと周りが見えなくなっちまってたよな。」
「はぁ?」
突然、何を言い出すの、この人は。
「昔っからいつも何かに一所懸命でさ。昨日久々にお前に会ってちっとも変わってねーなって思ったよ。」
「……それは、褒め言葉として受け取るわ。あんたこそ傲慢で偉そうなとこが変わってないね。」

6フィート以上もあるでかいトロイは腕を組んで、5フィートちょっとのあたしを見下ろす。
うっ。
威圧的。

「どーも。まあ、その鈍感なところがいいんだけどな。」
眉を顰める。
「どういう意味よ!!あのね、さっさと携帯返してくれたらそれで終わりなの。」
「でも、俺はおわりにしたくねーんだな、これが。」
「はあ?」
ほんとにこいつといると調子が狂う。
小さい頃から、周りの人間を自分のペースに巻き込むのが上手だった。


「久々に会って、可愛くなったなって思った。だから昨日カフェテリアで見かけたとき、俺の知り合いの変な奴らがお前に声かける前に俺が声をかけたんだよ。まあ、従姉弟として俺がお前の貞操を守ってやったわけだ。」
はっはっは、と白い歯を見せながら大声で笑う。
少しだけ、あたしの胸の鼓動が速くなる。
なに、これ?

「っつーのは大嘘で、俺は1人の男としてお前に話しかけたかった。」
と、今度は真顔であたしを見る。
「あ、あのねぇ、うちら従姉弟だよ?何、馬鹿なこと言ってんの?フットボールしてて頭でも打った?」
「何度も打った。鎖骨折った事もあるぞ、ってそんなことはどうでもいい。従姉弟好きになっちゃいけねーのか?」
真顔のままトロイは続ける。


こんな真摯な顔であたしを見つめる彼を今まで一度も見たことが、ない。


いや、何度かあった……?

「でも、この州じゃ従姉弟同士は結婚できないよ。」
「あのなー、いきなりそこへ飛ぶか?結婚できなくても、恋愛しちゃいけねーっていう法律はない。」
あたしは何故か決まりが悪くなって俯く。
まさか、こんな告白を従姉弟から聞くとは思わなかった…。


あたしの頭の上に、ぽん、と手が置かれる。

「そんな悩むな。とりあえず、お前のTEL番ゲットしたし、これから少しずつお前の考え変えていくつもりなんで、よろしく。」
顔を上げてトロイを見ると、いつ、何処から取り出したのか、その右手にはあたしの携帯が握られていた。
「お前の携帯に俺の番号入れといたから。お前、俺の携帯持ってんだろ、返せ。」
自分から盗っといて“返せ”とはなんだ、と思いながらも背負っていたバックパックの中からトロイの携帯を取り出す。
やっぱりこいつはキング・オブ・自己中だ。
トロイは、

「じゃあ、今夜電話するから。」
と、ウインク付で言い残し、カフェテリアに向かって歩き出した。


また、あたしの心臓がどきどきしだした。


去っていくその広い背中をぼんやりと見つめながら、世界最強、性悪従姉弟を1人の異性として意識し始めているあたしは、世界一愚かな女かもしれないと思った。



(完)







 駅の改札を抜けて外に出ると、今日も澄んだ星空に、まばらに星が見えた。

電車の車両の中の、せまく密閉された空間に居たせいか、やたら開放感が駆け巡る。
思わず1つ大きな伸びをする。

オリオン座ぐらいしか星座の名前とか分からないけど、ちっちゃく3つに並ぶキラキラがダイアモンドみたいに光ってる。

「大都会トウキョウの夜も捨てたもんじゃないわね~」
なんて呟きながら、
腕時計を見る。
「ヤバ」
思わず声が漏れる。

はやく帰らないと。

これから起こるであろう面倒事を思うと、頭が痛くなる。
はあ~~~っと溜息。
気疲れと体力的疲労で重くなった体を引きずって、あたしは急ぎ足で家路を歩いだ。







そんなに遅くなったつもりはなかった。

そんなに遅くなったつもりはなかった、のに。
家に着いたら、ものすんごいどんよりダークオーラを放っている人間が玄関であたしを待ち伏せていた。

あたしは、そいつの怒りを静めようと、にかあ~って微笑んでみる。
すると、いつものアレが不機嫌そうな感じで聞こえた。
『遅かったね。言ってくれたら駅まで迎えに行ったのに』

アレ、って言うのは、言葉では説明しにくい。
でも、多分一言で言えば、テレパシーってやつ。

1コ下の弟の健人(けんと)は、全てが中の中の中(たまに下)の平凡人間のあたしと大違いの天才児ってやつで、小さい頃からそのIQの高さでスペシャル英才教育とやらを受けて育ってきた。
もちろん、日本で一番の、某大学の4年生だってのに、就職活動とは無縁の悠々とした生活を送っている。

理工の得意な彼は既にプログラマーとして独立した仕事(あたしも健人が何やってんのかイマイチよく分からないんだけど)をしてて、お給料もあたしの〇倍は稼いでいた。

もう、そこいら辺であたしの姉としての立場ってモンが無いんだけどさ。

その元ミス日本の母親似の容姿も手伝って(あたしは、超モンゴロイド顔且つぽっちゃりハゲの父親似)、昔っからモテモテだった。





ただ一つ。





神様は、彼に聴力というものを与えなかった。
生まれた時から聴力の無かった彼は、手話を習得しても言葉を発する事が出来なかった。
……訓練してからは、口の動きで人が何を喋っているのか分かるようになったらしいけど。


でも、いつからだろ?
多分、もう健人が産まれた時からだと思う。
だって、小さい頃から耳の聞こえない健人の欲しい物ややりたい事を、あたしが一番最初に理解して、お母さんに代弁してたって言ってたから。



つまり、あたしは健人の心の声が聞こえて、健人もあたしが頭の中で話しかければ、あたしの声が聞こえる。


これって、本当に他人には理解出来ないみたい。
手話も無しに、会話出来るって事が。

だけど、説明が面倒くさいし誰にも言っていない。
言うつもりもない。
もしかしたら親は薄々気づいてるのかもしれないけど、健人とあたしの、秘密だったりする。







 あたしは手を振って廊下を通せんぼしてる健人の脇の下をくぐった。
その時、ふんわりと、ムスク系の良い匂いが鼻を掠めた。

『だって、冬の新作の広告の企画期限迫ってるんだもん。皆徹夜してたのに、あたしだけ帰りますとかKY過ぎて言えないでしょ!』
健人は、あたしの後をついてリビングにやってきた。
『それなら俺が会社まで迎えに行ってたのに』
『ああああそんな恥ずかしい事やめて!もう社会人なんだから、夜遅くなったから弟が迎えに来ました、なーんて恥ずかしくて言えないしっ』

はあーっと溜息が後ろから聞こえる。
『愛理(あいり)は愚図でのろまだから、心配なんだよ』
愛理の後の言葉は余計だから。
『心配じゃなくって、どうせ息抜きがしたかっただけでしょ?それより何、オシャレしちゃって。今日は…デートか何かだったの??』
そういえば、コロンもつけてたみたいだし。

リビングのソファにべしゃあぁぁぁぁ、と突っ伏したあたしの脱いだ服を後ろから拾い上げながら、健人はじっとあたしを見つめた。
『そうだよ。一昨日告られた子と、今日会った』
『なにそれっ?!自慢?あたしに自慢なんて健人の癖に100万年早いわっ!』
『ジャイ〇ンみたいだね。あ、似てるのはジャ〇子の方か。愛理それ、嫉妬?』
『ジャイッ……しつれーーーーねっ!!彼氏居ない暦4年、未貫通暦24年だからって、モテモテのあんたに嫉妬なんかしてませんっ』
そこで暗黒の王子さながら超不機嫌だった健人が顔に笑みを浮かべた。




姉ながら、羨ましいって思う。
顔の骨格の一つからして、もう黄金比で計算しつくされたみたいな整い方。
健人が視線を向けただけで、周りの人間が息を飲む音が聞こえる。
女の人(10代から50代くらいまで?)は、健人と目が合っただけで、真っ赤になる。

こんな綺麗な顔してたら、あたしも苦労なんてしなかったのに。
今頃女優デビューしてたかも知れないのに。
美人は得だ。

健人と比べられて育ったあたしは、その見た目とIQの高さの違いで随分と周りから異なった(差別的)待遇を受けてきた。
お陰で、ちょっとやそっとの事ではメゲナイ図太~~い性格と忍耐を培ってきたわけだけど。

それでも。
苦節24年。
もう永遠に処女かもしれないと嘆きながら暮らす毎日。
ジョニー(デ〇プ)みたいな、あたしをかっさらってくれる海賊……又は白馬に乗った大沢た
おみたいな王子様(結局誰でもOK)を待ち続けているのに。

『彼氏いない暦はともかく、未貫通暦24年って、弟にエバル所じゃないでしょ』
『う"………。別にいいもんっ。あんたあたしの事ずえぇぇぇぇんぶ知ってるしっ』

『頭の中で独り言呟く回数多すぎだよ、愛理は。もう、丸聞こえ』
『聞くな!』
『じゃあ、呟かないでよ。仕事終わらせたいから俺、部屋に戻るよ。ご飯は冷蔵庫の中にあるから、レンジで温めなよ。あ、あとサンノゼのお父さんとお母さんから電話があったみたい。3時頃電話のランプが光ってたから。一応俺からはメール送っておいたけど、お風呂入った後にでもスカイプかライン使って電話しときな』

某エレクトロニクス会社の重役という立場にいる父は、こっちとアメリカを行ったり来たりしている。
母親も、父親の仕事に合わせて向こうの家に住んだり、こっちに帰ってきたりしていて、一年の半分は日本の家に居ない。
特にあたし達が大学に行き始めた頃から、自立を促してるのか、頻繁に家を空け始めた。
『ほいほーい』
2階の自室に戻ろうとする弟に手を振りながら、あたしはTVをつけた。


ご飯を食べなきゃとか思いながら、結局あたしはTVを観ながらウトウトしてしまった。









 大きな溜息をついた。
あたしの前を松葉杖ついて歩く、そのスラリとした背中を見つめながら。

てか、女の子に持たせるか???

こーんな重い荷物を?

「遅いよ。早く歩いてくれない?」
松葉杖の主が、思いっきり嫌そう~~~~な顔で振り向いた。
手伝って下さいよ!
と声が出そうになりながらも、
「あ……はいっ」
って、元気よく返事を返した。


 三流の女子大学の体育学部を卒業したあたしは、下手な鉄砲数打ちゃあたる方式で、BREEZEというスポーツ用品を製造販売している会社に無事就職する事が出来た。

超エリートの両親は、弟と大違いで頭も容姿も、どう頑張っても平均レベル以下のあたしにもうすでに匙を投げていたのか、奇跡だって、涙した。

後から知った事だけど、お父さんはあたしが1社も受からなかった時に備えて、エリートの友人知人ネットワークを利用しまくって、あたしにコネの就職先を用意していたらしい。

まあとにかくあたしは、何十社も受けた会社で唯一合格をくれたこの会社に一生忠誠を誓おうと決心(皆からは大げさといわれたけど)した。

キャリアウーマンを目指そうと心に決めた。



……んで、1年経った今はというと。

あたしの仕事は、体育学部と陸上部で鍛え上げられたこの体と、縦社会の底辺部にいる忍耐を、思いっきり再確認&試させられているような内容だった。

一応名目上は、企画部補佐。
でも、実際の役名=アシスタント=パシリ

それも、この会社の社長の弟さんで、学生時代は数々の賞を総なめにして神童扱いされてた(らしい)カメラマンの、アシをしている。
アシって言っても、右足が不自由な彼の、いわゆる使いっぱしり。
あたしの前にアシスタントしていて辞めた人が、3人。
クビになった人、3人。
7人目が、あたしってわけ。

 愛車に乗り込む彼(=上司)の後を小走りでついていく。
……まあ。
多分、この人……門田紅(かどたべに)さんの事が好きでなければここまで続かなかったと、思う。

初めて会った時、あたしの白馬の王子様が現れた!!
と、大勘違いをした。

だって、だって、それ程あたし好みの容姿をしていたから。

ほっそりとしてて、ファッションセンスは抜群だし、サラサラの茶色い髪の毛も、ちょっと緑がかった薄茶色の瞳も、激整った顔立ちも、少女漫画の主人公を絵に描いたような、美しさ。
なのに、儚げな危うい影みたいなのも持っていて…。

………正直、ちょこっとだけ雰囲気が健人に似てるな、って思った。
まあ、姉の欲目を引いても、健人はカッコいい。
本人にはずぇーーーーったい言ってあげないけど。

でも、健人みたいな中性的な美貌を兼ね備えている。
それを充分承知してるらしい所も、そんな長所を最大限に利用しているらしい所も、似ていた。
だから、彼みたいなひねくれた性格の人の扱いも慣れていた。

「運転も出来ないアシスタントなんて要らないよね」
「すみません。あの、運転免許…取ろうと思ったんですけど…」
「落ちたんでしょ?」
うっ……。
「朝倉さん、分かりやすいよ」
隣の美形な上司は、ハッキリモノを言う。
「よく……弟にも同じ事言われます」
「へえ、弟いるんだ。何歳?」
「一つ下……なんですけど」
「ふうん。明日は沖縄で撮影かあ……めんどくさ」
人に質問しておいて、さらっと聞き流しながら話題を変えないで下さい。
とか思いながら、そうだ、と思い出す。
「あの、明日は朝7時に……」
「羽田でしょ。朝倉さんも忘れないようにね」
「も、もちろんです!」
なにせ、入社して初めての出張だ。
気合を入れないと。
「そうかな~、朝倉さんが一番怪しいんだけど」
門田さんは、そう言ってちらり、と訝しげな目であたしを見た。



 ……てか、門田さんの予言が当たってしまった。

思いっきり、寝坊した。

昨日の夜、あたしちゃんと時計のアラームセットしてなかったっけ??
とか思いながら、ドタドタと慌しく支度をして家を飛び出した。



 「キスマークついてるよ。朝から遅刻して来たと思ったら、コレ?」
機内の座席の隣に座った門田さんが、シャンパンをスチュワーデスさんに頼みながらあたしの首筋を指差した。
今日の門田さんは、いつも以上にカッコいい。
それに、心なし嬉しそうだったりする。
「はい?キスマーク??」
って、何の話?
あたしは言われた場所を、手鏡をバックの中から取り出して見てみた。
「ひいいいいいいいい!!」

なんじゃごりゃあああああああ!!!(←松田〇作風)

首筋に、確かにある!

いや、これは虫さされじゃないか?
ダニ……とか。

うん。きっとそうだ。
絶対そうだ。

あたしはフラフラと席を立った。
そのまま、トイレに向かおうと一歩足を踏み出すと、
「あ、朝倉さーーーんっ」
と、後ろから声がかかった。
「佐々木さん」
「翠……」
狭い機内をドタドタと走ってくるその人に、門田さんだけでなく、乗客の皆が注目する。

そりゃ、そうだわな。

数年に渡ってうちの会社のキャンペーンモデルとして活躍している美人さんに、自然と周りの人間が、吸い付かれたみたいに目を向けてしまう。

それ程、この佐々木翠っていう女性には華がある。
スタイル抜群だし、顔はちっさいし、かっこいい。
こんなショートヘアが似合う人も居ないんじゃないかな。

あたしも、彼女みたいな整った容姿をしていたらっていつも思う。
陸上部で鍛えられてたとは言え、変な所に筋肉はついてるし一度太るとなかなか痩せられない。
それより何より、O脚の下半身太りを何とかしたい……。
なーんであたしの周りって、こう、あたしの存在かき消しちゃうような容姿の整った人間ばっかなんだろ?
お母さんといい、健人といい、上司の門田さんといい、この……翠さんといい。


走ってくる翠さんを再度見る。
あたしと目が会うと、手を振ってくれた。
「朝倉さん、すっげー久しぶり。元気か?紅、あんたをコキ使ってねぇか?」
彼女の容姿以上に、その気さくな性格…というか、ぶっちゃけオトコの人みたいな言葉遣いに、乗客の皆さんは一度戻しかけた顔をひねって二度見した。
そりゃあ、そうだよね。
声を聞いて、乗客の視線が彼女の胸元に移る。

……あ、やっぱり女だ、って顔つきになる。

「こんな前に座ってたんだ、朝倉さん。……ついでに、紅も。何で俺の席こんなすっげー離れてんだよ?」
「満席だったんだってさ。朝倉さん、翠と代わってあげてよ」
はい?
あたしが代わるんですか?
「なんで朝倉さんが代わるんだよっ。代わるなら紅が俺と代われっ。ビジネスクラスだし、足が楽だぞ?それに俺、朝倉さんの隣がいい」
「嫌だね。翠は下心が見え見えじゃないか」
「下心ぉ?そんなもんねえよ。腹黒い誰かさんと違ってな」
……いや、そんな事で痴話喧嘩されても迷惑なんですけど。

おろおろしていたあたしは、トイレに向かう途中だった事を思い出し、一応二人に一礼してその場を速やかに去った。







「きゃああああああああああ!!!」

失神しそうになった。

胸の間にも、一つ首筋と同じような赤いあとがついている。

多分、これ、虫刺され。

絶対、そう。


そう、思いたい!



あたしは頭の中に浮かんだ小さな可能性を打ち消して、そう自分を納得させ、座席に戻った。






 撮影は、順調だった。

翠さんは、やっぱり物凄く輝いていて、そんな彼女を被写体を通して見つめる門田さんも、上機嫌だった。

この時点では、あたしはまだこのキレイな二人が付き合っていて同棲してるなんて、ぜーんぜん知らなかった。

だけど女の直感で、あたしは知っていた。

門田さんが、翠さんの事がものすごく好きだって事を。
翠さんが傍にいると、門田さんは笑顔になる事が多いから。
そして、彼女が他の男の人や女の人と仲良くしたりじゃれ合ったりしていると、溜息をついたり物凄く不愉快そうな顔をしているから。

「缶コーヒー買ってきて」
休憩に入ると、門田さんはカメラを調整しながら背後のあたしにそう言う。
また、パシリですか。
でも、仕事仕事……と自分に言い聞かせる。
「はいっ。ブラックですね」
あたしは、撮影場所の海から少し離れた売店まで足を運んだ。

んで、その時。
見てしまった。

売店の前の販売機の横の陰になっている部分で。

翠さんと、他のモデルの一人……確か名前、MOEさん、だっけ?
その二人が、ねーーーーーーーっとりとしたキスしてるのを。

キスをしながら、翠さんの手が、どんどんと下に下がっていって……。

思わず、息を飲んでしまった。

お、女同士の生ポルノですかぁぁぁぁぁ?????

だけど、だけど、何かキレイ!!
美人な二人が………その、絡みあってて……。
って、そうじゃなくって!!!

真っ赤になって、その場にヘナヘナと崩れ落ちるあたしに、翠さんが気づいた。
翠さんは相手のモデルさんの撮影用の水着に手を忍び込ませながら、彼女の肩越しに、あたしにウインクしてきたっ。

すっごい、余裕……。

あたしは、何となく気まずくなって、とりあえず翠さんに一礼して(そこらへんが、やけに律儀で小心者のあたし)来た道を戻った。

「缶コーヒー……ああああああああありませんでしたっ」
撮影現場に戻ったあたしは、早速門田さんに謝罪しよう……と思って、どもってしまった。
レンズを調整していた門田さんは、静かに顔を上げる。
うわあっ。
そっこうで、目を逸らす。
「………。朝倉さんて、わかりやすいね」
あたしをじぃぃぃーーーっと見つめながらも、どんどんと顔が曇っていく門田さんは、
「翠、どこにいたの?」
とあたしに問い詰めてきた。
「え?しししししりませんっ」
「嘘つき」
「うわあ!!!」
門田さんの、キレイな顔がドアップだぁぁぁぁぁ!!
「自販機の所、だね」
突然凍りつくような笑顔になった門田さんは、
「カメラ見てて」
と言い置いて、足を引きずりながら売店の方へ行ってしまった。





 その夜。
東京に居る健人が、テレパシーで話しかけてきた。
こういう時、携帯とか不必要で便利だと思う反面、状況によってはうざいと感じるときもある。
『沖縄はどう?』
『ご飯が美味しいよー。ゴーヤチャンプルとか、タコスとか♪』
『食べ物のことばっかだね、愛理は』
呆れた声が帰ってくる。
『今日ね、モデルの翠さんが、女の人とイチャイチャしてる所目撃しちゃった!もう、ビックリしたっていうか、ショックだった』
『……何がショックだったの?』
『お・ん・な・ど・う・し、ってトコが!』
『愛理は、その翠さんって人のこと気になるの?』
『え?翠さん?気にならないよ。なんで?』

気になるのは、彼女じゃなくて……。

あたしは健人に悟られる前に、慌てて話題を変える。
『健人は何してたの?』
『昼間は、学校。それから、ずっと仕事してた』
『根暗だなあ。この間デートした子は?』
『ああ、もう何も無いよ。愛理居ないとつまんない』
『姉を暇つぶしにするんじゃなーーーいっ!それに、明日そっちに帰るし。嫌でもあたしに会えるから、お土産のちんすこう楽しみにしててよ。もう、寝るからね。話しかけて来ないでよ』
『おやすみ。いい子にしてるんだよ?』
『健人もねっ』
そして、あたしの瞼が閉じられた……。




♪ちりりりりりりりりりりん♪
昼間の疲労でぐっすり眠っていたあたしの、宿泊していたホテルの電話が鳴った。
しかとしてると、携帯が何度も鳴る。

案の定。
門田さんからで、
「ワインが飲みたいから買ってきて」
との命令だった。
渋々ノーメークで半分眠気眼のまま、ホテルの人に聞いて近くのコンビ二でワインを仕入れたあたしは、門田さんの部屋のドアをノックした。

あれ?
返事なし。
またノックしてみる。

しーーーん。

もう部屋に戻ろうか、なんて思っていたらドアが乱暴に開いた。


一目見て、酔っ払ってるって分かった。

いや、だって、ウイスキーのボトル右手に持って、水割りのグラス左手に持ってたし。

「遅い!」
あたしを見るなり、目の据わった門田さんが叱咤する。
あのう、10分もかかってないんですけど……。
とは言わずに、
「すみませんっ」
と、謝る。←小心者のあたし
ドアを開けっ放しでフラフラと部屋に引き返す門田さんを見て、ちょっと心配になる。

なんであんなに荒れてるの?

そして、頭に浮かぶのは、昼間の翠さんともう一人のモデルの濡場シーン。
てか、もうあたしの中では『団地妻シリーズ』みたいな破廉恥ポルノの情景……の1歩手前。
あ、やっぱり5歩くらい手前。

何かあったのかな?

「門田さん、大丈夫ですか?」
あたしは、思わず声をかけた。
その言葉が合図になったみたいに、がっちゃーーーーんっと左手のグラスが床に落ちる。

ふらっと引きずっていた右足がもつれた門田さんを、咄嗟に駆け寄って支えてしまった。


ぬくい。
だけど、男の人だから骨ばっていて、結構筋肉がついてる……みたい。
おおおおお男らしい身体と色香が……。
それに、門田さんの超美形顔がまたまたドアップで…っっ!

髪の毛も乱れているし、目も充血してるのに、門田さんはやっぱり白馬の王子様で、酔った姿がサマになってる。

でも、相当酔ってるらしくって、強いお酒の匂いが鼻についた。

門田さんの切なそうな瞳と目が合ったとおもったら。

って、え?
えええええええええええ?!

唇が、覆いかぶさってしまった!!


きききききききす?!?!?!?!


うわあ!



思わず、どんって門田さんを突き飛ばした。
足の不自由な門田さんは、そのまま床に倒れる。

「だっ、かっ、どっ、んっ、ごめんなっ、さっ…」
嗚呼!
何故かスタッカート気味なあたし。
しかも何言ってんの???

慌てて倒れた門田さんを助け起こそうと、屈みこむ。

なのに。
がしって肩を掴まれた。

「え?」
半分目が据わってる門田さんは、そのままあたしを押し倒す。
怖い。
首筋に、門田さんの唇が当たった。
強く、吸われる。
「こんな所にもヒッキーつけてるんだ……俺が、消してあげる」

嫌だ。





助けて!!!!!



思わず、叫んでしまった。




『愛理!!』





「………翠は、悪い子だね………」
「あたしは、翠さんじゃ……ありません……けど」
と言いかけたのに、門田さんはあたしに覆いかぶさったままぐったりとしてしまった。

そして、スースーという寝息が聞こえる。




あの、えーと、頭の整理。
ワイン買って、部屋に来て、酔ってる門田さんにキスされて、押し倒されて……。

…………。

翠さんに間違われた?
よね?

あたしはあたしの胸の上で眠りこけている門田さんの細い体を起こして、ベッドに移動する。

こういう力仕事ばっかなんですけど、この仕事。


はあ~~~~~~~っと深い溜息をついたあたしは、門田さんの落としたグラスの破片を拾い集めて床を拭いて、おいとました。






 健人はいつもの事ながら、イライラしてるみたい。
お兄さん、生理前ですか?PMS?ってくらい。

沖縄出張を終えて、空港から真っ先に帰宅したあたしを健人が、ひとり南極ブリザード起こしそうなおっかない顔で待ち構えていた。

わざわざ玄関で、お出迎え。
やばっ…この雰囲気。
HPとMPのダメージでっかく喰らいそうだわ。

『た、ただいまぁ』
『………』
はっ、返事無しですか。
『ち、ちんすこうと黒砂糖飴買ってきたよ。ドライフルーツもっ』

さあてと。
さっさとこっからトンズラ致しましょうか?
ブリザード攻撃浴びてこっちこちに固まってしまう前に。
薬草が必要な位、ダメージ食らう前に。

リビングのテーブルにお土産を置いたあたしは、そろそろと抜き足差し足でそのまま2階の自室へ戻ろうとする。
『ちょっと、こっち向いてよ』
なのに、ぐわしぃぃぃっっ、と腕を掴まれた。
『やっぱ、濃くなってる……』
あたしを見て、独り言を言う健人。←実際には、言ってないけど
じーっとその一点を見つめながら、彼のキレイな顔が北斗の〇みたいにだんだんと影濃くなっていって………。
その上、サイズもラ〇ウみたいにでかくなっていってるように見えるのは、あたしの錯覚??
あたしが小さくなってってるの?

健人は、巧みに心の声とあたしに聞こえる声とを使い分けているのか、あたしに余計な言葉を打ち明けてくれない。
『お茶を、飲もうか。姉さん』
突然笑顔を見せて、あたしの腕を引っ張ってキッチンに連れて行った。
姉さん、という言葉を使うとき、健人のお説教やお小言が始まる。
……いや、それ以上の、あたしが恐れている事も。

健人に引きずられながら、思った。

少し女性的な美貌も、頭の回転の速さも、腹黒さも。

門田さんは、健人に似ていた。
顔はぜんぜん違うタイプなのに、その雰囲気が、よく似ていた。

門田さんにどんな無理難題つきつけられても、嫌味っぽい言葉を浴びせかけられても、根は優しい人だって気付いていた。

話しかけられたり、一緒にいると、ドキドキした。


なのに、襲われた時、物凄く嫌だった。

酔っ払っていたから?
うん。
多分、そう。

だって今日、ひとり悶々とキンチョーしてたあたしを差し置いて、門田さんは昨日の夜の事ぜんぜん覚えてなかったみたいで、一日中まったく普通だったし。


『何が起きたの?』
お湯を沸かし始めた健人は、あたしに訊ねた。
後姿の背中に「怒」って文字背負ってるよ。

『何って……別に何もないよ』
『昨日の夜、助けてって叫んだでしょ?』

うっ。
忘れてたけど、そういえば健人の声が聞こえた。
……ような気がした。

『……叫んだっけ?』
健人はあたしをじーーーーーっと見つめる。
尋問されてる容疑者の気分だわ。
自白を強要されてるっ。
『言わないと、怒るよ』
もう、怒ってるじゃーーーーん。
『まだ、怒ってない』
……聞かれてるし。
『別に、何にも起きてないよ。ホテルの部屋で滑っただけ』
『それ、嘘でしょ』

沈黙の中、睨み合ってるあたしと健人(実際には、頭の中で会話中)。
二人の間で無言の心理戦が繰り広げられてる。


あたしは、4年前に初めて出来た彼氏との事を思い出した。
あの時も、確かこんな状況だった……と、思う。


20年という長いながーーーい年月を経て、あたしにも「彼氏vv」たる存在が初めて出来た。
テニスサークルを通して知り合った、他大学の先輩。
人生で初めて、あたしは告白たるものをした。
下駄箱にラブレターでも、放課後の教室でも、体育館裏でもなかったけど。
テニスコートの前で、「ずっと好きでした。付き合ってください」って告白した。
驚いた事に(告白した本人が一番驚いたさっ)、即OKだった。

んで、付き合い始めて1週間。
初めて、接吻(古風?)たるものを経験した。←遅咲きなんて言わないでね

初めて先輩とキスしたあの日も、確かこんな風に尋問された。
先輩の事を色々聞きだされて、どこに行っただとか、何をしただとか、ごちゃごちゃ質問攻めにあった。

それから1週間後、爽やかだったあたしの彼はノイローゼ且つ鬱病になってしまった。
そりゃあ、そうだろう。
彼に突然、災難がふってかかったから。

パソコンは新型のウイルスに犯されて破壊するわ、新車も原因不明で故障するわ、彼のみならず彼の家族のパソコン全てぶっ壊れるわ、どうしてか個人情報が流出したらしくてクレジットカードは世界各国で使用されてるわ、しまいには大学の履修歴から在学記録まで抹消されていて……。

そんな事が繰り返し繰り返し、チクチクと起きて、爽やかだった彼は情緒不安定のノイローゼになってしまった。

あたしはそれが健人の仕業だって、後で気付いた。
だってそんな事出来る男は、世界で1人しか知らないから。
人のコンピューター(大学も含)ハッキングして、色々と操作とか出来るのは健人位しから知らない。



『上司が酔っ払っちゃってて、大変だったの』
『上司?門田紅って人?』
『そ。門田さんがえらーく酔っ払っちゃってて』
『ふうん』

健人には言ってない。
あたしの上司が「紅(べに)」なんて名前なのに、男だって事を。
言ったらもの凄~~く心配するだろうし。
いや、それ以上に健人が異様な行動に出るとも限らない。

『ねえ、愛理俺が知らないと思ってるみたいだけど、門田紅って男だよね?』
う゛う゛っ。
もう早速バレてるし。
今の心の声は聞こえなかったはずなのに!
『バレるも何も、そんな事愛理が配属された時から知ってるよ。あの人、汚職事件で捕まった有名な政治家の息子だから、ネットで調べれば簡単だし』
人の言葉を読むなぁぁぁぁぁ!!!

『彼に何かされたんだ?』
『ち、違う!』
『じゃあ何で俺がつけたキスマーク濃くなってんの?』
『キスマークが濃くなってなんてっ………って』

ええ?
えええええええええ?
ええええええええええええええええ?

「ききききキスマークつけたの、あんただったの!!!」
思わず、声に出してしまった。
『虫刺されだと思ってた?』
『思ってた。………ってちがーーーーーーーうっ!!ああああああんた何て事してんの!!』
『何て事って、虫除け』
『虫除け?!へへへへへへ変態!じゃあじゃあじゃあじゃあ、もしかして、あの、むむむむむ……っっ」
『胸のも、そうだよ』

悪びれも無く、ケロリとしてる。

『いつ?どこでつけたの?!?!』
『沖縄に行く日の前日。愛理がぐっすり寝てる時』
『もしかして、あんた時計のアラームも操作した?』
『ああ、切っといた。寝坊して飛行機乗り遅れたら、沖縄行かなくても済むし』
『済むしじゃなーーーーいっ!クビになっちゃうでしょ?………いつも思うけど、あんた、おかしいよ!なんでそんな事する必要あんの??なんでそんなシスコンなの?ちょっとアタマ変なんじゃないのっ!』

あたしは今更ながら着ていたブラウスの上のニットカーディガンの袂を手繰り寄せて身を硬くする。
そんなあたしを見て、怒りの炎メラメラだった健人がちょっぴり寂しそうな顔をした。
ブリーチとか一切してない、黒い髪の毛をかき上げる。

『そっくりその言葉を愛理に返すよ。変も何も、俺達の関係からして普通じゃないでしょ?何で愛理俺の声が聞けるの?何で俺は愛理と会話できるの?愛理、俺の気持ちにずーーーーっと気付いてる癖に、なんで知らないフリしてるの?』
『知らないフリって……健人、デートとかよく出かけてるじゃんっ。彼女だって何人も居たでしょ?』
それに、最近は………もう何ヶ月もああいう事だってしてないし。

『俺が1ヶ月以上女の子と付き合ってた事ってある?ないよね?』
『し、知らないわよ!あんたがいつ、どんだけ女の子と付き合ってたかなんて!それに……
門田さんに何かしたら、弟だからって許さないよ!』
『門田紅には、何もしないよ。………愛理が言う事聞いてくれたら』
健人はそこでお湯の火を止めた。
お茶の葉を棚から取り出し、急須に入れてお湯を注ぐと、振り向いた。

とびっきりの笑顔だ。

お、悪寒が……。

『久々に、あれやろうか?』

出たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

『ねえ、良い事教えてあげる』
言いながら、健人はお茶を湯飲みに注ぎ、それを持ちながらあたしの座っている食卓まで歩み寄った。

ううううっ。
泣きたい。

『愛理って、何かあるとすぐ考えが外に出ちゃうんだよ。愛理の考えてる事丸聞こえで、その場の状況が俺にも飲み込めちゃうんだ』

ウソ!

じゃあ、じゃあ……。

『前の彼氏……名前なんだったか忘れたわ。名前なんてどーでもいいけど。あいつの事好きだった時も、告白した時も、キスした時も、全て情報垂れ流し状態だったんだよ。小学校6年の初恋の相手の時も、中学2年の同級生の事も……もちろん、愛理が今、門田紅の事好きってのも知ってるし、昨夜何が起きたのかも知ってる』
健人があたしの前で腕組んで立ってる。
手には、美濃焼きの湯のみが握られてる。
『愛理だって、たまに俺の考えてる事とか……聞こえるでしょ?』
『……うん』

たまにじゃなくって、結構聞こえる。
まるでラジオを聴いているみたいに。

ただ、健人は頭がいいから、あたしには難しい事がいっぱいすぎて、いつも無視してた。


一回だけ。
あたしが中学3年で、健人が2年の夏休みの時。

昼寝をしていたあたしの耳に、
『愛理!』
って健人の叫び声のような、すすり泣きのような声を聞いた事があった。
『愛理、愛理、愛理!』
って、切なそうにあたしの名前を呼んでいた。

咄嗟に何かあったのかと思って、隣の健人の部屋まで駆けつけた。


その時、気がついた。

弟が。
あたしの血の繋がった弟が。
あたしを、欲望の対象として、見ていたという事実を。


ベッドの上の健人は突然部屋に乱入したあたしに気づいても、驚かなかった。
冷静な彼とは正反対で、あまりの驚きように口が利けなかった上、腰が抜けてその場に崩れ落ちたあたしに、健人は上気して赤くなった、しどけない色っぽい顔つきのまま、
『続き、見ていきなよ』
って、言葉をあたしに送ってきた。

健人のアレは産まれた時から何度も何度も見た事あったけど、あんな風に変化をした所は人生初めて目にして………。

その色と大きさに……釘付けになってしまった。

『なっ……何してるのよ!』
『何って、自慰行為。人間の欲求の一つで、自然現象。愛理は俺以外の男の生殖器見た事無いの?』
『なななななな無いわよっ……そんな、そんな……』
『勃起してる状態?この……透明な汁は……男の分泌液で……』
『せ、説明なんかしないでよっ!いいいいいやらしい!』
『興味ある癖に』
『興味なんて無い!無いもん!』

ベッドの上の健人が、膝まで下げていた制服のズボンを脱いだ。
ついでに白いシャツも脱ぎ捨てる。
そして何を考えたのか、全裸のままドアの前に座り込んでいるあたしの前までやって来た。

『触ってごらんよ』
『さっ………』
真っ赤になるあたし。
健人は意味ありげな笑みを浮かべて、あたしを見下ろす。

本当は、思春期の女の子として、とーーーーーっても興味があった。
それに、とても健人のものとは思えない、生き物のようなその物体がどんなものかも、興味があった。

けど、ハッキリ言って恐ろしかった。
まるで健人が健人じゃないようで……。

なんて悶々と考えていたら、健人があたしの手を取った。
そのまま、赤黒く熱っている物体に導く。

「あ……」

すごっ。
太くて、滑らかで、熱くて……。
生々しい。

ちょっとだけ上下にさすってみたら、ビクッて健人が体を動かした。
『気持ちいいの?』
『………うん。でも、こうしてみて…』
健人はそこに添えられているあたしの手を取り、指で輪を作る。
上に重ねられた健人の手が、根元の方から歪な形になっている上の方まで上下させる。

はあっ、って健人が息を飲んだ。
切なそうに、目が細まる。

健人の手が離れても、あたしは上下に擦り続けた。
上の柔らかそうな部分の穴から、さっき健人が言っていた「分泌液」とやらが溢れ出してる。

3~4回上下させたら、あたしの手の中のモノがピクッてなった。
『あっ……!』
珍しく、健人が慌てた声を出す。
同時に、彼の口から吐息が漏れる。

そして、人生で初めて。
あたしは、男の人の射精の瞬間を目にしてしまった。

物凄い速さで、ピュッピュって噴き出したそれが、まだ健人を握っているあたしの手や腕にかかる。

驚いて健人を見上げると、さっき以上に切なげな真っ赤な顔して、あたしを見つめていた。



長い間、あの黒目がちの瞳と健人のあの表情が、頭から離れなかった。





んで、今はというと。
健人はお茶の入った湯飲みを食卓の上に置くと、履いていたジーパンのベルトを解き始めた。

嗚呼、じーざすくらいすと!

もう何ヶ月も無かったから、安心してたのに……。
色んな女の子とデートしてたから、もう姉とのこういう行為は飽きたのかと思ってた。

初めて姉弟でこういう事をした、あの中学の頃は、背丈もそんなに変わらなかった。

なのに、今は。

弟ながら、背が高く細身の引き締まった体を見あげる。
女の子に、不自由してないはずなのに。

なんでまだ、あたしなの?


あああああもうっ。
薬草どころか、生き返るために聖水必要かもっ。
生還用に白魔術…ケアルガあたり唱える必要性有りかもっ。

あれこれ考えてるあたしの頭の中に、

健人の、
『愛理、お願い……』
って哀願が、届いた。





 健人はベルトを外し、ジッパーを下ろした。
履いている下着から、半分硬くなったそれを取り出す。
いつも無表情でクールな健人が切なそうに顔を歪めながら、あたしの顔の前に、キレイな形をしたそれを差し出しだす。
『愛理……お願い』
また、声が届いた。

何度健人とこういうコトしただろ?
もう、数えられないくらい。

あたしは一つ溜息を吐くと、彼の肉棒を口に含んだ。
んんっ……と健人の口から声が漏れる。
目を瞑って、上を向いてる。
ちゅう~~~って吸いながら、舌を使って裏側を舐めていく。
上まで行ったら、柔らかな部分を飴みたいに舐め舐めしてあげる。
『もう一回、同じコトして……』
健人の命令がまた下る。
ちょっと柔らかかった健人が、舐める度に硬度を増してく。

ったく。
まだ本番は未経験だってのに、こーんな技術ばっかり健人に鍛えられて。

そう。
あたしは唇(=キス)と、下の貞操だけはこの変態弟から死守してた。

だって、姉弟だよ?
その一線だけは……どうしても超えられない。

あたしは、サービス(なんてしなくてもいいんだけど)で、ジーパンと下着をもう少し下ろして、健人の分身を解放してあげた。
プルンって感じで、隠れていたどっしりと重圧感のある袋が揺れる。
そこもピンク色に充血していて、思わず手を添えてしまった。
ちょっと顔を離して、健人の下半身をまじまじと観察した。

腰なんて細くて引き締まっていて、運動してる所なんて見たことないのに無駄な贅肉一つ無い。
あたし以上にご飯食べてるのに、ぜーんぜん太らない。
あたしなんて、贅肉だらけなのに。
食べたらすぐ太るのに。
あーあ。

あたしが集中してないのに気づいた健人は、
『愛理、触って』
と促す。
『わかったわかった!』
あたしは再び清潔な匂いが立ち込める健人の股間に顔を寄せた。
手で袋の重さを量りながら、舌を根元の方をチロチロしてみる。
健人の呼吸が浅く早くなっていく。
タラって上の滴が少しだけ垂れてきた。
それを、チュッて吸い上げてあげる。
『そこ……が、いい。先っぽ、吸って…』
『うん』
健人のリクエストに応えるべく、あたしは上の柔らかい所を攻めた。
ちょこっと乱暴に手のひらの熱くて柔らかい物体を、捏ね回す。
「んっ…」
って健人が肉声を漏らした。
アーモンド形のキレイな瞳が細まる。
暫く吸い続けてると、健人が少し息を荒くしながらあたしに言葉を送ってきた。
『キスしたい』
『駄目』
『じゃあ、愛理のが、見たい。見せて』
『本番は……駄目だからね』
『分かってる』
ちょっとイラッた顔をしながらも、健人はあたしの体を軽々と抱えてキッチン台へヒョイと乗せた。


健人があたしのここを見たのは……えーと、正確にはそれ以上の事をされたのは、あたしがノイローゼになった先輩に振られて(何度も言うけど、健人の仕業)、自棄酒飲んでベロンベロンになってた日だ。

メークとかぐっちょぐちょ、涙ボロボロのブス顔で、大学の女友達と構わず飲んでいたら、どうして居場所が分かったのか、健人が飲んでいたバーまで迎えに来た。

んで、気づいたら、あたしは自分の部屋に帰って来てて。
それで、あれよあれよという間に、いつもの『アレ』が始まって……。

『アレ』っていうのは、まあ、あの……今やってる、コレ?

あの中学3年の夏から数ヶ月に1回は「強制的に」(←ってのがポイントだよ!)健人の欲望を満たすお手伝いをしてた。
もちろん、コンピューターが壊れたのを直す代わりとか、宿題を代わりにやってもらう代償とか、たまに、弱みを握られてそれをダシに迫られたりとか………。

はっきり言うけど、それまで絶対あたしは自分の体に触れさせなかった。

健人はあたしが拒めば、決して無理強いはしない。



だけどあの日は……。







あの日は何故か健人は優しくって、
『男なんて吐いて捨てるほど居るでしょ?何で泣くの?』
って、いわゆる失恋した弱みに付け込まれて…。

『愛理の裸が見たい』
って言葉に、自暴自棄になってたし、酔った勢いもあって(←言い訳)見せてしまった……。
『お風呂から出るとき見た事あるけど、愛理の体は全然色気無いね』
なーんて言いながらも、健人のあそこはムクムクと元気になってって。





それ以来。
拒む事もあるけど
『最後までいかなければ見せて触らせて何が悪いの?減るものじゃないじゃん!』
って悲しい言い訳を自分にしてる。

でも……終わると、いつも罪の意識に駆られる。



はあ~~~~っ。





なーんて溜息ついてたら、いきなり履いていた膝丈スカートを捲り上げて、ストッキングをも脱がされてしまった。
は、早業だよ健人!

膝立ちの、大股開きにされてしまう。
『下着がもう濡れてる。……もしかして、感じちゃってた?弟の俺舐めながら、感じちゃってた?愛理も変態の仲間入りだ』
下着の上を手のひらで包み込みながら、健人が意地悪く言う。

かあああああ~~~と顔が真っ赤になる。

『あああああたしは、変態じゃないもんっ。感じてなんてないもんっ……お、おんなのこの生理現象だもんっ』
『そうだね。女の子の生理現象だね』
健人は適当に相槌を打ちながらも、あたしの頼りないシルクの下着をあっという間に取り去ってしまった。
ふっと冷たい空気があたる。
健人はしばらくじーーっとその一点を眺めていた。
口の端が引き上げられてて、小さな笑みを称えてる。
『すっごい、ここトロトロにとろけてるよ…』
『やだっ……そんなまじまじ見ないで!』
『なんで?キレイなのに?処女膜も……見える』
『広げっ……ないでよっ』
まじまじとそこを見つめる健人は、片手で自身を握りながら指で花びらを広げたり、蜜壷付近を円を描くように擽った。
「いやんっ」
もう、声が出ちゃう。
『今、愛理の声がちゃんと耳に聞こえたよ。もっと……もっと声を聞かせて』
『や……だ』
指が一本あたしの蜜の溢れてる場所に入ってくる。
『何がやなの?指一本でも……きついや。でも、美味しそう』
その指が入り口を揉むように撫でて、蜜を絡め円を描きながら上に移動する。
『ああ、そうだ…』
健人があたしの隣の棚から、何かを取り出した。
素早くそのチューブ式の琥珀色の容器のものを捻り出す。
「うあっ!」
冷たくてドロドロとしたものが、あたしの花園にかかった。
甘い匂いで、すぐにわかった。

蜂蜜。

下に垂れ落ちそうなそれを、健人の舌が器用にすくっていく。
ついでに、あたしの花園を舐め上げる。
「んああ!け、健人!!」
『美味しい。愛理の蜜と混ざり合ってて……』
あたしの上の方の小さな突起を見つけて、そこも舌で転がしてからちゅーって音を立てて吸う。
「ぁ…健人!」
『声……もっと聞かせてよ、愛理…』
健人の無言の言葉があたしの心に響く。

顔を埋めたまま、健人はくちゃくちゃと、そのままあたしの足の間を舐め続ける。
それに、シュッシュッシュって彼の上下してる手の音も聞こえる。

健人は時折、自分の先端の「分泌液」を指ですくって、その指をあたしの口元に持っていく。
健人の、味。
夢中で彼の指にしゃぶりつくあたしに呼応するみたいに、健人の舌の動きがねっとりと淫らになってく。
や……もう……気持ちが良い………。

『ヤダ……健人……もやめて……許してっ…』
健人の舌が、器用に動き回る。
二人のエッチな音が、台所に響き渡る。
『許してとか、言わないでよ。悪いコトしてないでしょ?』
『弟と……あたしこんなコトしてるっ……あんっ』

いけない事、してるってわかってる。
でも……。
ああ、もう、限界!

『愛理!俺……』

健人も、限界が近づいたみたい。

あたしの花園から顔を離して、首筋に顔を埋めた。
『イタッ!』
そのまま首に噛み付く。
多分、ヒッキーがついてる所。
昨夜、紅さんに吸われた所。

そんなコトぼんやり考えていたら。

健人の体がブルッと震えて硬直して、そして弛緩した。















『知ってた?神様は、完璧な俺を不完全にする為に聴力を奪ったんだよ。……愛理と繋がれるように』
暫くして、片付けを終えた健人は、あたしに話しかける。
『どーせあたしは何一つまともに出来ない、欠陥だらけの超不完全女ですよーだっ』
自室に戻ったあたしは、着ていた仕事着を脱いで、家着になった。
健人もそのまま、あたしの部屋に入ってくる。
ベッドの上に、腰掛けた。
『違うよ。愛理は俺の声になってくれるから、俺と愛理の二人で完璧な人間なんだよ』
『二人でなんてイヤだっ。あたしはあたしだっ!』

健人とこういう事をする度に、猛烈に後悔する。
自己嫌悪に陥る。

健人はそれを知ってるから、あたしにベタベタくっついてきてご機嫌をとるように同じ事を言う。

『愛理が、俺を照らしてくれてるんだ。……俺の、音の無い殺風景な世界を』
『何詩人みたいな事言ってんのよ。理数系のあんたが生意気に!!文系でもない体育会系のあたしに、そんなプレイボーイみたいな言葉攻めは通用しないからねっ』

どうして、実の弟とあたしはこういう事してるんだろ?
あたし達は、産業世界の文化的タブーを犯してる。



これは罪、だ。



『古代エジプトでは近親婚は当たり前だったんだよ』
『ここは古代エジプトではありませーーーーーんっ!』
ってか頭の中、覗かれまくり。
もうあたしにプライバシーってもんは無いのか!
『エジプトのみならず、世界各国の王族は……』
『はいはいはいはい。あんたは、なんであたしとこんな事してんの?あまりにももてないから、あたしの事哀れに思ってるの?女の子なんて選り取りみどりなのにっ……』
『なら、愛理は他の男ともこういう事出来るの?する?』
健人の黒い双眸が、覗き込んできた。

昨夜の事が思い出された。
もし、もし、門田さんがあのまま続けてたら……。
あたしは最後までやってた……かな?

健人が憂いを含んだ、クソ真面目な顔になった。
『昨日の夜、あの男ともこういう事出来た?俺じゃなくても?』

『わかんない……』
『俺は、出来ないよ。愛理以外の女の子とこういう事、した事無いし、出来ない』

はあ?
はあああああああああああ?????

『出来ないって、禁欲してる僧侶じゃあるまいし。今まで付き合ってた子達は?あの、エクボが超可愛い聾学校に行ってた沙紀ちゃんは?この間のT大の手話研究サークル仲間の、悦子ちゃんは?あの、胸の大きい……』
健人が、目を逸らす。
『俺が原因で、皆別れた。ってか、何もなし』
『何で?やっぱあんたおかしいよ!!!ま、まさか…男が…?』
『分かってる。おかしいのは、承知済み。だけど、愛理の思ってる「まさか」は無い。
愛理以外の女に体が反応しないだけ
『反応?』
反応?
『俺のここが、正常に機能しないから』
言いながら、健人は自分の股間を指差す。

反応って、機能って……。
えええええええええええええええええええええ?????

『なんで愛理はそんなに頭の回転がトロイの?もう俺達何年こういう事続けてる?』
『トロイも何もっ……何で?!』
『何で勃起障害かって?……知らないよ。俺が知りたい。でも不思議な事に、愛理となら正常に機能するんだ。言ってなかったっけ?だから俺もまだ、バージン』

だからこそ、愛理を誰にも手渡さない。
二人がちゃんと完全に繋がるまで。
邪魔する人間も、許さない。
でも、まだまだ時間はあるよね?


そんな声が聞こえてきた。

これは……健人からの挑戦状?



どうなる、あたしの貞操!!






とりあえず。
健人とあたしの話は、まだ続く!





 俺がどんなに努力を惜しまず頑張った所で、手に入らないものがこの世界に2つだけある。
一つは、聴力。
でも、これは俺にとって無いのが当たり前で、今になっては不要のもの。

最近の補聴器は高性能だけど、大概の音量は皮膚に伝わる振動で大きさが測れるし、手話や字幕放送無しでも口元を見ればその人間の言葉が理解できる。



でも、もう一つの「手に入らないもの」は……。



きっと…いや、合法的には永遠に結ばれる事が出来ない「もの」。
共に愛の証を作り出す事すら許されない。

だけど世界で一番大切な……。

それを思い知らされる度に、冬の隙間風が吹いたみたいに心臓が冷たく縮むような錯覚に陥る。

背中越しに視線を感じながら、俺は家とは正反対の駅に向かって歩を進めた。








 今日、3ヶ月ぶりに両親がカリフォルニアのサンノゼから戻ってきた。
彼らが帰ってくると、うちは急に慌しくなる。
そして、健人の外出率が高くなる。
仕事がはかどるし会社が費用出してくれるからって、ホテルに寝泊りしだす。
よってその期間は、あたしの貞操防御率が高まって、安眠できる。

部屋で本を読んでいると。
バンってドアが突然開いた。
この開き方は、健人じゃない。
ドアが開いた瞬間から、もわ~~っと香水の匂いがあたしの部屋に充満していく。
多分、目に見ることが出来たならモワモワと白い霧が覆っていくかんじ。
ずばり、歩く人間芳香剤!

「愛理ちゃーーーーんっ。ママの肩揉んで~~~っ。長時間のフライトで、体がこっちこちなのよ。今話題の、エコノミークラス症候群になっちゃうかと思ったわ」
かったるそうに言いながら、自分の肩を手でモミモミさせてる、ないすばでぃーでふぇろもんたっぷりの熟女。

あたしの、お母さん。

「ファーストクラスの癖して、何贅沢言ってるの。リクライニングチェアーじゃん」
約一時間前に自宅に到着した両親は、ガサゴソと下で荷物の整理をしていた。

多分、見た目では30代の前半。
実年齢、50幾つか。
見た目の秘密は、顔中に入ってるボートックス注射。
定期的にヒアルロン酸&コラーゲン注射も入れてるお母さんの顔は、お陰でいつも無表情。
笑っても、シワ一本出来ない。

父親とは、25年前、六本木の会員制高級SMクラブで出会ったらしい(母親談)。
どっちがSで、どっちがMかは……多分あたしの予想通り。

小学生の頃。
お母さんの部屋のスーツケースから見つけ出した鎖付きの首輪と手錠で、健人と警察ゴッコして遊んで、お父さんにえらく怒られたのを覚えている。
それに
小学生の頃、なんでうちの両親の寝室のベッドの上から縄が吊り下がってるのか、三角形の木馬が置いてあるのか、ずぅーーっと疑問に思ってた。

ここいら辺で、うちの家族構成のおさらい。
あたしには、元ミス日本でモデル出身の母と、某エレクトロニクス会社の重役を務める(ずんぐりむっくりハゲの)父と、聴覚障害を持つ、見た目と頭が良くて、だけど性格に難有りの弟が一人居る。
ちなみに、健人はお母さんの外見とお父さんの頭脳を受け継いだらしくって、見た目がお父さんにそっくりなあたしは、多分頭の中身はお母さん似……だと思いたくない。

お母さんは、まだあたしに肩を揉んでもらいたそうに肩を動かしてる。
「そうなんだけどね。ほら、横になると髪の毛が乱れちゃうでしょう?せっかく搭乗前にセットしたのに……」
「飛行機の中でまで、そんな事に気を使ってるの?!もしかして、化粧も完璧にして、ストッキングも履いてるとか?」
「あら、ママはいつもパーフェクトルックよ。姿勢正しく、美しく…」
清く正しく美しく、じゃないか?それ言うなら。
同じ体勢10時間もしてたら、そりゃ体の血の巡り悪くなるさ。

静脈血栓できるだろうよ。


「お父さんは?まだ荷物整理?」
「パパは今晩御飯作ってくれてるわよ」
「え?いいよ。それなら、あたしが作る!」
「いいのいいの、やらせておけば。久しぶりに家族サービスしたいみたいだし」

そう。
お母さんは一切料理たる事をしない。
理由?
ネイルアートが取れるからだそう。
ネイルアートでモノホンのダイアモンドつけてるのは、神田う〇と、うちのお母さんくらいじゃないかな。
ちなみにお父さんは、美容にしか興味を示さないお母さんに代わって、炊事洗濯全てをこなす。
学校に行ってた頃は、毎朝あたしと健人の為にお弁当を作ってくれてもいた。
しかも、「お弁当アート」に凝っていた時期もあって、ふりかけと海苔とお惣菜を巧みに使った「浮世絵」アート弁当(北斎とか歌麿とか)を得意としていた。
……ちょっと学校に持っていくのが恥ずかしかったけど。

でもうちのお父さんは、誰よりも奉仕好きで優し~~~い人だ。

「愛理ちゃんがやってくれないのなら、健人君に頼むわ。健人くーーーんっ」
お母さんは不機嫌そうに、たーーーぷりグロスがピカピカ光る官能的な唇を尖らせながら、あたしの部屋を出て行った。







久々の家族の食卓は、お母さんの一人トーク(全てカリフォルニアで彼女に何が起きたのか、がトピック)で、あたしとお父さんが相槌を打つだけだった。
ぺらぺらぺらぺらお母さんが明石屋さ〇まばりのワンマンショーを繰り広げていると、フムフムと適当に相槌を打っていたお父さんが
「そうだ」
と顔を上げた。
「愛理は……お金は貯まったのかね?」

はっ。

やばっ。
内緒だって言ったのに、こんな所で言わないで!!

あたしは、「しまった」って目でチラリと健人を見る。
もちろん聞こえて無いよね?
ってか、お父さんの口の動き……見てないよね?

だけど……てか、案の定。
サーモンをナイフとフォークで切り分けていた健人の手がピタリ、と止まる。
“愛理、お金貯めてるの?”
健人が手話で、あたしとお父さんに質問する。
もちろん、あたしに頭で話しかけても嘘つくか答えないと想定して、わざと手話で聞いてくる。
“まあ……将来の為にね”
あたしは慌てて声に出しながら、手話で返す。
ついでに、テーブルの下のお父さんの足を踏む。
「はああん♪…ごほごほっ……うおっほーーんっ♥」

嗚呼!お父さんワザとらしい咳してるしっ。
Mっ気出てるしっ。

「ままま……老後の為にお金を貯めるのは、良い事だ。お父さんも、賛成だぞ。あはははははっ」
演技へたくそっ!

あたしは引きつった笑みを浮かべる。


 あたしはもう何ヶ月も前に、お父さんに実家から出たい、と打ち明けていた。
実家から通うのもいいけど、やっぱり24歳になったし、自立したい。

だってもう、大人の階段上るシンデレラ……って歳はとっくのとうに過ぎてるわけで。
(まだ見ぬ…というか、居ぬ)彼氏と自室でイチャイチャしてみたいじゃない?

男の人に抱かれたのなんて赤ん坊の時以来だよ?(←しかも、父親)
それより何より……健人が傍に居る限り、あたしに彼氏なんて一生出来ないし!!!

だからお父さんには、心配性の健人とお騒がせなお母さんには内緒で……とお願いした。
お父さんも子供の自立には賛成らしくて、二つ返事で承諾してくれたのに……。

『へえ~~。お金を貯めてるんだ』
早速あたしに、例のアレが送られてきた。
『老後の為にねっ。お金の無い老後は悲惨でしょ?孤独死が最近問題になってるじゃない?年金以外に収入も必要だしっ』
返事をしながら、愛らしい愛理スマイル(ジャ〇子スマイルby健人)を返す。
カタッ。
とフォークとナイフを置くと、
“ごちそうさま。お父さん、美味しかったよ”
とサイン(手話の事ね)を作って、健人が席を立った。

チラリ、とサイラークみたいな(X-M〇Nの、目から赤いビーム発する、一番使えないミュータントパワー持った人)、焼け焦げちゃいそうな光線をあたしに送って、健人は2階の自室に戻って行った。













 またまた遅れた!!
と、思って本社の会議室Bに駆け込む。

部屋の鍵をかけたはずだから、健人はあたしの部屋に忍び込んでいない筈……なのに。
なのに、あたしは寝坊した。

今日は夏コレの男性用水着の撮影打ち合わせだっていうのに!
ああもう、あたしの馬鹿馬鹿!!

「大変申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!!!」
と会議室のドアを開けた瞬間、
「……あれ?」
あたしは、しーーーーんと静まり返っている会議室を見回す。
「……誰?」
ドアの真横(つまり、あたしの目の前)に座って、長テーブルの上に足を投げ出し、頭の後ろで腕を組んでいる男が、小さく呟く。
「…え?」
白い帽子を目深に被っていた男は、クイっと帽子のつばを上げた。
「ここって……会議室じゃねえの?」
「会議室……ですけど?……ですよね?」
「………。俺に聞かれても困るんだけど。部外者だし」

あれ?!

あたしは一回廊下に出て、場所を確かめる。
『会議室B』
と書いてあるんだけど……って。
「何で誰も来てねえのかと思ってたんだけど……」
「誰も来ないって、部外者だしって……えっと…どちら様?」
そこで男は長い足をテーブルから下ろして、よいしょ、と腰を上げる。

すらっとしてて、背が高い。
メガネかけてて、白いパーカーにジーンズを穿いている。
格好はいたって地味だけど、あたしは一発でこいつがまあまあな顔立ちの、自意識過剰なタイプの男だってのが分かった。

いや、だってあたしの日常、すんごい美人さんに囲まれてるし。

「BREEZEの会議室Aってここじゃねえの?」
「会議室Aは、もう一つ下の階……って、げえぇぇ!!!」

ヤバッ、間違えた!
確か、会議室Aで会議だったわ。

あたしは咄嗟に踵を返して、階段の方までダッシュする……。
つもりが、後ろの背の高い男に襟足掴まれてしまった。
「んげっ」
「おい、ちょっと待て。俺を案内してから去れ」
まるで、悪さした子供みたい(または、猫?)にブラウスの襟足引っぱられた状態になる。
「ぐ…ぐる゛じい゛……」
「ああ、悪りい。トイレ行った後マネージャーまいてこのビルん中探検してたら、迷っちまってよ。この会議室だと思ってたんだけど、違ったらしい」
あたしの襟足掴んで引っ張ったまま、男は階段まで引きずっていく。
悪いと思ってんなら、襟足掴んだ手を離せ!!
あたしは、引っ張られた状態のまま、やつの腰で穿いたジーパンにしがみつく。(←一体どんな体勢だったか、皆さんご想像ください)

「うおっ!」
「きゃあ!!へ、へんたーーーーいっ!!」

いきなりあたしの襟足をこの男が離したもんだから、あたしは無様に男のジーパンに横からしがみついて……。
あたしの体重と地球の引力と共に、彼のD&〇って書いてある高そうなズボンを下に下げてしまった。
ショッキングピンクのボクサーも、一気に下がってしまう。
裸の腰から……プルンって揺れ出た%#@が垣間見えた。

へえ、健人のより小さ……って、うわああああああ!!!
全てがスローモーションで動く。
冷たい廊下のタイルが目の前に迫ってきて……。

べチンっ。
って音がして、あたしはその場に転んだ。
「いったーーーーい!」
ただでさえ低い鼻なのに、思いっきりぶつけてしまった。
鼻をさすりながら、起き上がる。
男は下がったズボンと下着を引き戻しながら、呆れた声を出した。
「変態って…あんたが俺の腰にしがみついてきたんだろ。どっちが変態だよ?ベルト締め忘れてたのは俺のせいか……って、鼻!」
鼻?
あたしは、さすった手を見てみる。

なんじゃごりゃあ~~~~~~!!!(←松田〇作その2)

血が出てる。

今度は乙女ちっくにくらあ~~~っと立ちくらみ。

「おいっ!」


ああ、あたしこのまま意識が遠くなって……。



バチ!
思いっきり、平手打ち。
嗚呼、ここは抱きとめるとか何とかする場面じゃ…。
バチ!
もう片方の頬も打たれる。
「おい!しっかりしろよ!!何、か弱い乙女のフリしてんだよ!!」
……か、か弱い乙女のフリって……。
「痛いわね!!!!!!」
遠のいていた意識が男の遠慮ない平手打ちで、一気に戻った。
「ティッシュとか持ってねえのか?」
鼻を押さえながら、あたしは持っていたハンドバックの中身を確認する。
……無い。
いつもはウェットティッシュからミニタオルから、そこら辺で配られてるただのティッシュまで常備してるのに!
……遅刻したから、ちゃんと中身を確認してなかった!
「無い……。ちょっと、おたくさん持ってない?」
「持ってるわけねえだろ。……っち」
っち、って舌打ちしたわね?
あんたがあたしを引きずるからだろおおおお!!!
と、怒りたいのを抑えて、鼻も押さえて、男がポケットというポケットを探索してるのを見つめる。
「あ、これしかねーや」
と男が差し出してきたのは、くっちゃくちゃのハンカチ。

一瞬、凝視してしまった。
……しかもコレ、きっと一回ポケットの中に入ったまま、一緒に洗濯されてるよ……。

あたしは、そのクッチャクチャのボロの塊を凝視する。
その間にも、ボタボタあたしの鼻から血が零れ出る。

と、トイレ行くまで我慢するか。
「……ありがと」
あたしは仕方なく、その色々とゴミがくっついてるハンカチを手にした。
それを鼻に押し当てていると、
「あっ、いたいた!!」
と階段の下の踊り場から声がした。

ぞろぞろと顔を出したのは、あたしもよく知ってる企画部のスタッフ数人と、一回前のミーティングで会った、女の人。
確か、今度の夏の男物の水着のモデルとなる……俳優のマネージャー。
巷で有名な男ばっかの事務所のアイドルグループの一人で、体力勝負の爽やか系イケメン君。
演技力ではグループいちで…。
何だっけ、そいつの名前?
よく、連ドラとか映画とかに出てる……。

「宇田川君!どこ行ってたのよ全く!」
そう。
確か、宇田川光洋(うだがわこうよう)。

って、へ?

マネージャーが、あたしの目の前の男を呼ぶ。
「心配したでしょう?皆さん、会議室で待ってらっしゃるのに!」
「ああ、この人が目の前で勝手に転んでかわいそーだったんで、介抱してました」

勝手に転んで?
かわいそー?
介抱?

違うだろぉぉぉぉ!!!!!

悪びれも無く、大嘘をつくこの男。

「宇田川……光洋?」
あたしは、まじまじと目の前の男を凝視する。


「この……$@%短小男が?」


小さく呟いたあたしに、男が中指立てやがった。




 
 
 「この、メガネ男が、宇田川光洋?この、嘘つき男が、宇田川光洋?この、%@#短小……ふがっ」
あたしがもう一言付け加えようとすると、宇田川の手が口を覆った。
「ほらほら、鼻血すげーよ。生理みてーにドバドバ出てんぜ?とっととトイレに行った方がいいんじゃねーのか?」

はっ。

あたしはどんどんと真っ赤に染まっていくボロキレ(=宇田川光洋のハンカチ)で鼻を押さえたまま、一応スタッフの人達に頭を下げて女子トイレのある1階下まで降りていった。


会議中。
あたしを襲った事などずえーーーんぜん覚えてない門田さんの隣(しかも彼は会議中ずっと舟漕いでるし)で、撮影の手取りや順序、場所などの最終確認と調整を聞いていた。

たまーに、あたしに鼻血を噴かせた男と視線が合う。
アイドルらしく気取っちゃって、企画の人の、
「いやあ、夏の爽やかイケメンは、やっぱり宇田川さんでしょう?」
とか
「その美貌と肉体で、我が社の小売も伸びますよ、きっと!」
とかおべっかいだか社交辞令だかに
「はあ」
だとか
「いいえ」
だとか無愛想に返してる。

んで、時たまあたしと目が会うと、メガネ越しに白目向いた夜叉みたいなすんげー恐ろしい顔であたしを睨む。

あたしは、ふふーーーーっんてせせら笑ってやった。

だって、これってネタもんじゃない?
この周りからチヤホヤされてるイケメンアイドルが、あーーーんな頼りない%@*の持ち主だなんてさ。
しかも、うちの水着のキャンペーンモデルだよ?
中にティッシュとか詰め物でも入れるんですか?って聞きたい。
もうポークビ〇ツっでしたって、噂広めちゃうよ?
週刊誌に売り込むよ?

とりあえず撮影日程の最終確認が行われると、会議はお開きになり、あたしは宇田川の腹立つ視線から逃れる事が出来た。





 家路に着く途中。
電車の中で、健人に話しかけられた。
あたしが黙ってお金を貯めてた事に腹を立てていたのか、ずーーっとしかとされてたのに。
『愛理、今どこ?』
帰宅ラッシュの電車の中は、真冬だってのに暖房と熱気で熱い。
つり革に摑まって揺られる電車のバランスをとりながら、返事を返す。
『〇〇線。家に帰るトコ』
『お父さん達、今日仕事がらみの会食があるから家に帰れないってさ。どっかでご飯食べない?』
『ふうん。いいよ。駅前にする?』
『いや……K駅の焼肉屋は?おごるよ』
『うそ。いいの?じゃあ、7時ごろK駅前でね』
やったね、焼肉♪しかも弟のおごりだし。(←姉の立場は忘れてる)
と、昼間のスプラッタ惨劇の事などすーっかり忘れて、あたしはルンルン気分で電車を降りた。

健人は、ホームの切符売り場の前であたしを待っていた。
黒いジャケットを着て、黒デニムのジーンズを穿いて、いつもの癖でポケットに両手を突っ込んで下を向いて立っている。
全身黒尽くめで目立たないはずなのに、通り行く人が彼を見ていくのはやっぱその美貌だからだと思う。
立ってるだけで、全然サマになる。
もっと顔を見たくなる、通行人の気持ちも分からなくない。
『健人』
あたしが頭の中で声をかけると、パッと健人が面を上げた。
キョロキョロとあたりを見回す。
改札越しにあたしを確認すると、無表情だった健人の顔に笑顔が広がった。

う。
弟ながら、可愛いじゃん。

でも、あたしが近寄ると。
突然眉間にシワを寄せる。
『鼻が乾燥してる…。ちょっと上向いて』
鼻が乾燥?
グイッて顎を摑まれ上向かせる。
『鼻毛見える。…ってか、これすんごいアングル』
見てんな!!
『でも、中は赤い。鼻血が出たみたい』
この子は、ほーんと聡い。
多分、聴覚が無いから視覚とか触覚とか味覚とかが普通の人より優れているんだと思う。
『鼻血は出たよ。転んだ』
健人は、はーーーーって頭を振りながら、溜息する。
『愛理は愚図でのろまの亀だな、相変わらず』
ふぎゅってあたしの鼻を摘むと、
『気をつけなよ』
ってぶっきらぼうに言い放って、あたしの前をスタスタ歩き出した。


適当にカルビやらタンやらロースやらを頼んで、あたし達はビールで乾杯する。
一口飲んでぷはーーーってしてると、早速健人が切り出してきた。
『家から出るの、愛理?』

しーーーーーーん。

咄嗟に返事が出来ないあたし。
『な、なんで、そう思うの健人?』
健人はビールを置いて、じっとあたしに視線を注ぐ。
『やっぱそうなんだ』
『ちちちちっがうよ。老後の為に……』
『二人の食卓での様子が変だって思った母さんが、父さんから聞きだしたんだって。それで、俺も母さんから聞きだした』
っち。
お父さんはお母さんの言う事なら何でも聞いてしまう。
それが25年培った夫婦愛がゆえだって言いたいけど、SMでの主従関係の命令により、従ってしまった……てのが本音だと思う。
お父さんにとってお母さんは、女王様のような崇高な存在だからだ。
「椿さん(お母さんの名前ね)は、私には高嶺の花だったんだよ」
が、お父さんの口癖だから。
つまり、お父さんはお母さんの、奴隷。
でも。
バレたんならしゃーないじゃない。
『はあ~~。そーだよっ。あたし、一人暮らししたい』
『良いんじゃない?』
へ?
あっさりと同意する健人に、あたしは一瞬ポカンとする。
『俺もそろそろ一人暮らしすると思う。まあ、やろうと思えばデイトレーディングだとか、プログラミングだとか収入は有り余るほどあるし、今からでも出来るけど。愛理も自活を経験する必要があると思うし、これから男が出来たら実家だと面倒だろうし、良いんじゃない?』
テーブルにお肉が届くと、健人はテキパキとそれらを炭火の鉄板に乗せていく。
『なんか……健人が同意してくれるなんて、驚き…』
思わず本音を口にしてしまう。
『俺が怒っていたのは、愛理が俺にそれを言ってくれなかった事だよ』
『いや、だって言ったら怒りそうだったし』
『何で?』
『何でって…あんた心配性だし。その、あの……極度のシスコンだから』
『俺、愛理の自立を邪魔するほど心の狭い男じゃないよ』
自立はともかく、何度もあたしの恋路邪魔してるだろ!
とは言わず、あたしは一応礼を言う。
『それより……焼肉ありがと。この焼肉屋って、ほーんと美味しいよね!』
『どういたしまして』

静かに焼けたお肉を口に運ぶ、健人の口に自然と目が行く。
厚くも無く、薄くも無い形の良いその唇から、これまた矯正したかのような完璧な歯並びの白い歯が見え隠れする。

たまーにだけど、健人とのキスはどうなんだろーか?とか想像しちゃう自分が居て……。
だけど、駄目駄目!!って自分を戒める。

でも目の前の弟を、たまに男の人って意識しちゃったりする瞬間もある……。
アレしてる時の、色っぽい健人の顔が、目の前の健人の顔に重なる。

やばっ。
何弟相手に発情してんの、あたしは!
いや~ん、まいっちんぐ!(←古っ)
……。

重症だよ。
笑えないジョークを自分の頭の中で飛ばしながら、激しく凹む。
深~く嘆息すると、健人と目が合った。

慌てて、逸らす。
『………』
健人は何も言わず、あたしのお皿を取って焼けたお肉を取り分けた。

『こうしてるとさ……やっぱ傍から見ると恋人同士とかに見えんのかな、俺達?』
ナムルとかキムチとかの添え物とレタスもあたしのお皿に載せながら、健人が呟く。
『恋人同士?見えないでしょ~~』
見られても、困るし。
『見えないよね、やっぱ』
『せいぜい、友達同士とかじゃないの?』
『そうかな…』
意味ありげに頷いて、またタレにつけてあるお肉を鉄板に載せる。
『健人…さ、ちゃんと病院に行って診てもらったら?』
『診てもらうって、俺の勃起障害を?』
う。
ハッキリ言われてもねぇ。
『必要ない。だって、勃起障害あるけどインポじゃないから。愛理にはちゃんと反応してるし』
『そこが、おかしいんだよ。あたしお姉ちゃんとして心配してるんだよ?もう本当に姉離れした方が……』
『これ、デートのつもりなんだけど』
不意に、健人があたしの言葉を遮った。

『へ?』
でえと?

ええっと……今の声は、ピョン吉?
おおーいヒロシー、みたいな。
あたし、黄色いカエルのTシャツ着てたっけ?
思わず確認の為、胸元を……。

『俺、じゃなきゃ女に飯とか奢らないし』
や。あの、姉を女とか言ってる時点で、変ですぞ。
『多分さあ、あたし達があーゆー事し続けてるから、健人そんなんになっちゃったんじゃないの?』
あたしはがっつり肉を頬張りながら、そう言ってみる。
健人が「違うよ」と反論する前に、
『もうあーゆー事やめて、本気で他の女の子と付き合ってみたら?あたしも本気になれる彼氏を作ろうかと思ってる。ってか、やっぱ周りの友達は結婚し始めてるし、あたしも24で未貫通だし、トンネルに蜘蛛の巣はってるっていうか……でもまあこの際、処女とか無しでさ。そろそろ本当に、男の人と付き合えなかったら…彼氏出来なかったらヤバイんじゃないかって、正直焦ってるの』
ちゃーんと目を凝らしてなければ分からないほど小さくピクリと反応すると、健人は白米を口に運ぶ。
『へえ~、愛理も人並みに結婚したいとか、思ってるんだ。その前に、愛理本気で彼氏とか出来ると思ってるの?作ろうか、じゃなくて、そもそも作れるか、ってのが問題でしょ?無理だね。未貫通とか色気無い事平気で口にしてる、ジャ〇子の愛理が』
ぶっきらぼう且つ嫌味を含ませて、健人が返す。
『しつれーね!出来ますとも!あんたさえ邪魔しなければっ』
『ふうん。……じゃあ、勝手にすればいい』
健人はそこで言葉を切って、沈黙する。
……怒ってる証拠。
触らぬ神に、崇り無し、っつー事で、あたしも無言で焼肉を頬張る。

もともと周りからすれば、静かにもくもくと焼肉食べてるお客さん(頭の中で会話中だったけど)なんだろーけど、それからあたし達は頭の中でも会話を取りやめ、静かにご飯を食べ続けた。


『一応、焼肉ありがと。ってか、家はそっちじゃないっしょ?』
支払いを済ませ、お店から出ると実家とは正反対の方に向かって歩き出そうとしている健人に、慌ててあたしは声をかけた。
彼は静かに振り返る。
『俺、仕事の〆切り近いし、母さん達家に居るから騒がしいし、これから数週間ホテル暮らしするから』
感情を消した顔であたしを見つめながら、そう小さく返してきた。
そして、ジーパンのポケットに手を突っ込んで、前かがみの姿勢のまま歩き出す。

あたしは暫くその場に立ち尽くしたまま、健人のその後姿を見送った。

なぜだかちこっとだけ、冬の冷たい隙間風が体の中に入り込んだような寂しさを覚えた。





 撮影用の水着は、競泳用のぴちーーっとしたビキニパンツではなくて、トランクスとかハーフパンツ型の若者らしいデザインのものだった。
前回会った時は確か、白い帽子の下の髪は黒かったのに、今日は夏っぽくアッシュの効いたライトブラウンになっている。
多分、撮影用に染めたんだろうけど。
もちろんメガネもしていない彼は、やっぱりブラウン管の向こうの人物だけあって、華がある。

健人とか門田紅さんみたいな、中肉中背の中性的なカッコよさとは違って、このアイドルはキリッとした眉毛が印象的で、男らしく整った姿形が女の子に人気…らしい。

「俺のハンカチ持ってんだろ?返せよ」
門田さんについて撮影現場入りしたあたしは、早速今日の撮影のメインの男に捕まってしまった。
体中日焼け風のドーラン塗って、多分ジム通いの、最近のアイドルにしてはまあまあな筋肉がついた上半身裸の彼は、あたしを見つけるなりメークさんを振り切って、ズカズカと近寄ってくる。
「あんな屑捨てちゃったわよ。良かったね。今日の撮影ビキニパンツじゃなくって」
返せ、と言わんばかりに差し出された手を見下しながら、あたしはふふんっと笑ってやる。
「屑…だと?貸してやったのに、す~て~た~だあ~~?」
「ごめん、だって必要だってこの間は言ってなかったじゃん」
「じゃあ、弁償だな。あんたそれが、助けてやった白馬の王子様宇田川様に対する礼儀か?」
「助けてって……あんたのせいで転んだんだけど!しかも平手打ちされたんだよ?自分で白馬の王子とかっ言っちゃって……恥ずかしくないか、普通?@%#みじか……」
「ぶぶぶぶっ殺すぞ、女ぁぁぁぁ~~~~!!!」
流石に険悪な雰囲気と気づいたのか。
「あ、汗かかないでね~~」
慌てて彼を追いかけてきたメークさんが、彼の額にパウダーをパフパフふりかける。
「朝倉さん、喧嘩なら俺の機材の無い所でやってくれる?」
カメラを調整しながらあたし達の口論を隣で聞いていた門田さんは、絡まれているあたしを助けるどころか、にべも無い。
門田さんは、翠さん以外のモデルの撮影だと結構やる気ナッシングなのがバレバレ。
今日もアクビしながら機材セットしてるし。
でも、こんな調子なのに仕事は一応完璧で、出来上がりの写真もやっぱりプロだけあって、舌を巻いてしまう。

「覚えてろよ、女!」
あたしに悪役お決まりの捨て台詞吐くと、短小$#*のアイドル、宇田川光洋はスタイリストとメイクとメガネのマネージャーに連れ去られていった。


 撮影も順調に進んで、休憩に入った所だった。
スタジオの自販機にいつもながら門田さんのパシリで飲み物を買いに行く途中。
いきなりT字型になってる通路の陰から、手が伸びて引き寄せられた。

「んぐっ」
パシャッ。
と、フラッシュがたかれた。

はい?
今……柔らかい何かが顔面を覆って……って。

「ばーーーっちし撮れた♪」

いつの間にか、まだ水着姿=上半身裸の宇田川光洋が携帯を右手に掲げて、あたしの目の前に立ちはだかってた。

こんな時まで、頭の回転がニブイあたし。

今、今、今……。

「!!!!!@#$@#$%@%^^@#$*!!!」
声にならない叫び声が出る。

宇田川の携帯の画面には、あたしと(上半身裸の)宇田川光洋が思いっきりキスしてる画像が載ってる。
しかも宇田川はちゃっかりカメラ目線。
ウインクまでしてるしっ。

思わず、口を手で覆う。

「ななななななっなっがっでっすっのっ」
だあ~~~っ!またスタッカートでどもっちゃってるし。
「これで、おあいこだな~」
「おおおおおあいこ??わわわ分けわかんない事言わないでよ!」
あたしは壁の方へ、後ずさる。
「俺のあそこのサイズとか、俺のギョーカイでのイメージあるし巷で公言されたら困んだよなー。事務所も俺のスリーサイズは知ってっけど、あれのサイズまでは調べねーだろ?だから念のために俺も、あんたの弱み握っとこーと思ってさあ」

はっ。
そーゆー事!

「そんな、あんたの$%&がどんなんだか何て、べっつに言いふらすつもりなんてハナから無かったわよっっ。ってか、サイズが恥ずかしいとか自覚してんだったら、何こーんな水着の広告とかに出ちゃってるの?」
あたしは背伸びして、男の手の中の携帯をかすり盗ろうと手を伸ばす。
が、空しくあたしの手は宙を切る。
がぁぁぁーーーーー!
このやろう!
「俺は仕事が選べねーし。事務所が勝手に入れた仕事だし。それに画像は消さねえ。ってか、消してやんねえ」
「ど、どういう意味よ?」
「あんたが変な行動起こしたら、この写真週刊誌に送りつける」

はああ~~~~~~~???
ちょっと、立場が逆じゃないっすか?
脅すとしたら、むしろ一般人のあたしの方だろ?

思いっきりしかめっ面でクビを傾げるあたしに、宇田川光洋はフンっと口の端を持ち上げる。
「知ってっか?アイドルとの熱愛報道あると、ファンとかがすげえ嫌がらせすんだぜ?レポーターとかパパラッチもすげえし、あんたの仕事場、友人知人、親兄弟、挙句は遠い親戚までとばっちり受けるだろーし、凄まじーこの上ねえんだよ。うちのメンバーの山本の前の女なんて、暴露されて親が職場クビになった挙句一家離散、果てはブラジルへ強制移住……」
「ってか、そんな事したらあんたの人気も落ちるんじゃないの?」
あたしは延々と続きそうな宇田川の言葉を遮る。
「あ、俺芸能生活10年目だけど、そーゆー噂一個もねえんだよな。事務所もそろそろホモ疑惑出る前に1つ位ウワサ焚きつけとこうか、とか言ってっし」

言ってっし、…って。
「あのねえ、あたし、出来る事ならあんたみたいな芸能人と関わりあいたくないんだけど。別にあんたのそこのサイズとか、言いふらさないって誓うし、こんな事する必要ない……てか……」
あたしが困った顔をしてたら、宇田川も表情を緩めた。
「じゃあ、言いふらさねーって、血判押せ」
「血判!?あんたは借金取りのやくざか!!」
思わず、突っ込む。

こいつ、ちょっと変だ。

「撮影開始しまーーーす。宇田川君、どこですか~~??戻って~~」
廊下の先のほうから、どこからとも無く声が聞こえる。

「ちっ、もう時間かよ」
爽やかアイドル、宇田川光洋は唇を噛んで毒づく。

もうそこからして、お茶の間の皆さんのイメージと違うっつーか……。

踵を返そうとして、止まる。
あたしを振り返ると、
「今日これ終わったら、7時にこのビルの前のカフェで待ってろ」
と言い置いて、声のした方へ駆け出していった。




 <わたくし__________は、宇田川光洋の下半身のひみつについて公言いたしません。>
平成__年__月__日  ㊞


きったない字で書かれたその紙を見て、あたしは絶句する。
マジで持ってきやがったし、この男。

15分も遅れて指定したカフェにやってきた宇田川光洋は、いつもの変装用の格好(帽子、メガネ、地味なパーカー)で、あたしの居るテーブルに着くなり、
バンッ。
とこの紙切れを叩き付けた。
「血判押せ。したら、開放してやる」
言いながら、腕を組んで前の席に座る。

「ねえ、何でそんなに心配してんの?前に何かあったとか?下半身スキャンダル、とか?」
「言っただろ、他のメンバーはともかく、俺はスキャンダルとか一度もねえよ」
借金取りのやくざばりに、腕組んで偉そうに踏ん反り返ってる宇田川は、多分あたしが判を押すまでテコでも諦めないつもりだ。
「血じゃなきゃ……駄目?普通の印鑑じゃ駄目なの?」
「駄目」
プイっと横を向く。

ぐああああああ~~~ムカつくの通り越して、殺意が沸いてきた。
なんでこやつの為にあたしがわざわざ血をだして判を押さなきゃならないの!!
「てか、もういいよ。その写真好きにしなよ。あたし血なんて出したくないし」
「じゃあ何?血判押す代わりに金が欲しいの?幾ら?100万?1千万?」
「ひっ……そんな軽々しくお金を口に出す?やくざですかあなたは?どーせ子供銀行のお札とかで支払おうってんでしょ?」
「……バレたか……って、ちげーよ!!和解金、マジで出してやるっつてんだけど」

「お金なんて要らないから、もう絶対言わないから、血判だけは……あ」

突然、窓の外に視線が吸いつけられた。

なんで、こんな所歩いてるの?

あたしのよく見知った人物と、ショーウィンドー越しに、目が合った。
ここ一週間、ずーーっとあたしとの脳内会話を避け、実家にも戻っていなかった健人を、まさかこーんな所で見つけるなんて。

女の子と一緒に歩いていた健人も、一瞬息を呑む。
そして、歩みを止めてこちらを凝視していた。

多分、普段無表情の彼の小さな変化は、あたししか分からない。

だけどきっと、かなり、動揺している。

だって、現に、瞬きしてないし。
あたしと宇田川を交互にじーっと見つめてるし。

隣の清楚な感じの女の子は、確かT大の手話研の悦子ちゃん。
彼に一生懸命手話で話しかけているから。

「誰?」
宇田川は、あたしの視線を追って窓の外を見る。
「あ……弟」
「ふうん。うちの事務所の社長が気に入りそうな顔してんな。ってか、似てねーーーーっ」
言いながら宇田川が、一応の礼儀で小さく頭を下げる。

ガラス越しに、なんか緊張感を感じるのは……あたしだけ??
ガラス越しに、ブリザードもどきの寒気を感じるのは……あたしだけ?

健人は宇田川の挨拶を無視して、女の子を置き去りにしたままお店の中に入ってきた。


『こいつ、誰?何してるの、愛理?』
お店に入った瞬間から、あたしに話しかけてくる。
『仕事場の人。ちょっと仕事がらみで、話があった』
健人の後から、慌てて悦子ちゃんがお店に入ってくる。
“どうしたの、健人くん?……あ、愛理さん。こんにちわ”
耳の不自由なご両親を持つ悦子ちゃんは、あたしを見るなり手話をしながら、声を出して挨拶する。
“こんにちわ。……お二人は、デート?”
あたしも一応、手話で返す。
「へえー、あんた手話できんだ」
宇田川があたしたちを見ながらぼそっと呟く。
『デートじゃない。たまたま学校の課題を一緒にやってただけ』
“まあ、そんなものですかね~~。でも、学校の課題を助けてもらってて…”
悦子ちゃんが手話と言葉で返す。
『悦子ちゃん、否定して無いじゃない。何恥ずかしがってんの、健人は?』
『違うっ。デートじゃない。ってか、こいつ誰だよ?』
あたしは健人の声を無視して、皆さんを紹介する。
あくまでーも、ニコヤカに。
「あ、えっと宇田川さん……これが、えっと、弟の健人です。見てて分かったと思うけど、聴覚障害持ってます。こちらが彼の大学の同級生で、悦子さん。んでこちらが……宇田川さん」
「ちわっす」
「こんにちわ。お姉さんこそ、デートですか?」
「違います!」「ちょっと、ね」

否定しろよ、阿呆!

と、毒づきながら、健人の顔を伺う。
ああ、やっぱ、瞬きしてない。
漫画にしたら、縦線が顔の額辺りにいっぱい入ってる感じ。
「そ。仕事関係の話があってね。まあ、何ていうか、打ち合わせ?」
あたしはフォローを入れてみる。
健人はじーーーっとあたしの口の動きを眺めていた。
小さな仕草の違いで、嘘かどうか判断しようとしてる。
“それじゃあ、邪魔しちゃ悪いですね。朝倉君、行こうか”
悦子ちゃんは、そう言うと健人の腕を取って引っ張る。
『この話は、後でゆっくり聞かせてもらうからね』
そうメッセージをあたしの脳内に送り込んで。
帰り際、すんごい視線をあたしと宇田川さんに送って、挨拶もしないで健人はその場を後にした。

な、なんか嵐が過ぎ去った感じ。
一気に疲労があたしを襲う。
気が抜けて、テーブルの上にべしゃあ~~~って突っ伏した。
「ところで、あんたの名前なに?」
名前??
ああ、そういや言ってなかったっけ。
「もう今更なんですけど」
「ああ、でも、あんたの弟と弟の友達の名前先に聞いちまったし、名前聞いといた方が、訴訟起こす時とか、暴露された時とか見つけやすいし」
ああ、結局はそれに繋がるのね。
信頼されてねーーーーっ。
「朝倉愛理」
「愛理。名前は可愛いんだな」
「「は」は余計だっつーの!」
「あんたさあ、ブラコン?」
「ブラコン?違います!!ぜーんぜんブラコンなんかじゃありません!」
「じゃあ、あんたの弟がシスコンなだけか。すんげー顔で俺睨まれてたんすけど。変な姉弟だな」
あんた程変じゃないですよ。
下半身ごときで躍起になって、大騒ぎして。
「もしかしてお前、処女?」
「しょっ………ちっなっどっはあぁぁぁ??」

嗚呼、思いっきり動揺してるし。
ってか、思いっきり肯定してるも同然だし。

宇田川のメガネの奥の瞳がキラリと光った。
「分かりやすいねー、あんた。そうなんだ。処女なんだ。歳幾つだっけ?30?」
「30!!し、しつれーね!まだ24ですっ……て」
はっ。
ばらしてるし。
罠にひっかかってるし。
あたしのアホ!馬鹿!単細胞!!
「お前見た目通り、阿呆な女だな~。自爆してんし」
くはははははっってお腹抱えて笑われる。
「悪かったわね!あたしなら巫女にだって生贄にだってなれるんだからね!!処女を馬鹿にすんじゃないわよ!」
「それ、えばる事じゃねーだろ。ってか…生贄って、何だよ。お前、変な女~~~~っ」
「下半身で大騒ぎしてるあんたに言われたくないですっ」
「お前も下半身問題抱えてんじゃねーか。同士だな、同士っ」
「同士?あたしは別に問題にしてませんっ」
「嘘だなー、それ。お前、男もいねえだろ?あーんな心配性で見た目整ってる弟がいちゃあ、目が肥えて普通の男じゃ無理だわな~~」
う゛う゛っ。
こいつ、鋭い!
「意地張ってねーで、言っちゃえば?」
コーヒーをスプーンでかき混ぜながら、宇田川はあたしを煽る。

健人の腕にしがみついてた悦子ちゃんの顔が、恋してる女の子の顔が、ずっとあたしの脳裏に焼き付いていた。
あの子は、健人が好きなんだ。
そして、多分健人も勃起障害さえなければ姉のあたしじゃなくって、ああいう女の子と一緒になりたいはずだ。

あたしも、普通に恋がしたい。
彼氏の大き目なYシャツ着て、コーヒーカップ持って、朝を迎えたい。
月9みたいな、ロマンチックな恋がしたい!

「………ってか、正直、大問題だよ。もう、あたしの中では核問題に次ぐ、大問題。苦節24年、処女で、彼氏無し。Aはともかく、BもCも経験した事無しっ」

半分ヤケクソで、あたしは目の前の男にそう言い切った。

何故か、涙が出てきた。
何でこんな事、親友にも話した事無いのに、この目の前の赤の他人に打ち明けてるの、あたし?
こんな男に言ったって、あたしの気持ちが分かるはずないのに。

アイドルで、小さい頃からチヤホヤされて育って、女に苦労した事なさそうで、ドラマとか映画で色んな女優さんにチューチューしてるスケベ男に。

宇田川光洋は、ボタボタと涙(と鼻水)垂れ流すあたしを見て、静かにテーブルに置いてあるナプキンを差し出す。
そして、テーブルの上に身を乗り出して、顎を腕で支えた。
「あのなあ、セックスってただの生殖行為だぜ?愛とか恋とか無くても出来るんだって、知ってるよな?」
「し、知ってるわよっ」
じゅるるるる~~~って鼻水吸いながら、あたしは強く返す。
「あんたは、セックスがしてーだけなのか?処女を破瓜するために?それとも、彼氏作って、恋がしてーの?」
「あたしは………」
「ってか、目立つからココ出ようぜ」
宇田川は言うなりあたしの袖を引っ張る。
確かに、隣の席の人達があたし達をチラチラ見ていた。
宇田川光洋だってバレたんじゃなくて、多分傍から見たら女を泣かせてる男の図…てトコだろーけど。

お会計を済ますと(もちろん、奴のおごり)、あたし達は通りに出た。


「今、何時?」
「え?えーと、8時近くだけど」
「俺、10時になったらロケ収録あっから、それまで付き合えよ」
ロケ収録?
宇田川は大通りに出て、タクシーを拾う。
「どこ行くの?」
あたしは奴に腕を摑まれて、一緒にタクシーに乗り込んだ。
「ストレス発散できるトコ.。一緒に汗流そーぜ」
ニイって笑顔付き。

ひいぃぃ~~~~~っ!

一緒に汗って……。
と、一瞬(乙女ちっくに)青くなったあたしの横で宇田川光洋は、近場のバッティングセンターの名前をタクシーの運転手さんに告げていた。








バッティングセンターなんて、超久しぶり。
しかも、このハイテクぶり。
自分が初めて文明に触れたネアンデルタール人かなんかなような気がしてきた。
だって、あたしが小学生に行った時なんて、こーんなスクリーン無かったぞ。

あたしは、スクリーンに映し出された投手がボールを投げるサマに圧巻される。
ってか、驚いてるヒマ無いし!
ヒュンッって飛んできた球めがけてバット振って……。
もちろん、空振り。
「鈍いのは頭だけじゃねーのか、あんた。くはははっ」
あたしの前のボックスで同じく球を打ってる宇田川がネット越しに声をかけてくる。
「うるさいわねっ、集中出来ないでしょ!」
ボフッ、ってネットに当たる音。
また、空振り。
「あらあら。文句だけは一人前ね」
クスって宇田川が女言葉で笑う。
「むかつく!!!がーーーーーーーーっ!」
次は、がむしゃらにバットを振った。

カキーーーーーーーーンッ。
って、いい音。

「き……きっもちいい………」
「やるじゃねーか。次は、声出してみろよ」
「声?」
「そ。大声で叫ぶと、気持ちいいぜ」
「宇田川はクソ男ーーーーーーー!!!!」
カキーーーーーーーンッ。
コツを掴んだのか、また打った。

「山中のくそったれーーーーーー!!!!」
カキーーーーーーーーンッ。
今度は宇田川が叫びながら、打つ。

「山中って誰よ?」
「今撮ってる映画の監督。すんげー注文多くて怖えーの」
「ふうん。あ、来た。処女がなんだああああーーーーーーー!!」
ボスッ。
空振り。
「ぶぶぶぶっ。あんた叫びながら、空振りしてんの。かっこわりー」
「うるさい!」
「睡眠時間くれーーーーーーーーーー!!!!」
カキーーーーンッ。
「宇田川光洋の、ホモ疑惑ーーーーーーーーー!!」
「んなん、大声で言うなよ。サイズがなんだーーーーーーーーー!!」
「未貫通だからなんだーーーーーーーーーー!!」
「やりてえーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「……あんた溜まってんの?」
「悪かったな」
「彼氏ほしーーーーーーーーーーーーー!!!」
「星一徹ーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「わけわかんないんだけど、それ」
「なんか突然、巨人〇星思い出してよ」
「やーーーーーまだーーーーーーーーーーっ!!」
「そっちこそ、わけわかんねー」
「ドカ〇ンのキャラの真似したのっ」
「阿呆だな~~~~」
「あんたも、馬鹿アイドル~~~」

あたし達は、9時頃までずーーーっとバットを振ってた。
途中で叫ぶの止めて(他のお客様の迷惑ですから、とセンターの人に注意されて)、それでも明日筋肉痛確実って位、バットを振り続けた。

ストレス発散し終えると、あたし達はまたタクシーを拾った。
車の中で、宇田川はマネージャーに電話を入れていた。
これから現場に向かうとの旨を、ちゃんと伝えている。

なんか不思議。
だって、今朝まではあたしに鼻血噴かせた位の認識でしかなかった……しかも、ちっさな如意棒持ちの男と……明らかに2時間前まであたしに敵意抱いてた(リピートアフターミーで、ミニの如意棒付き)男と一緒にストレス発散で、バット振って叫んでたり。

隣の電話してる“爽やかアイドル”を思わず眺める。
窓の外を眺めながら、やる気なさそうにだらーーーって格好で背もたれにもたれてる。
全然、爽やかじゃないし。
この人、変。
……ってか、不思議。
ただの、お節介野郎?
それとも、天然?
だけど、ブラウン管越しじゃないのに、オーラ消してるのに、存在感ある。

あたしがジロジロ見てたら、電話を切った宇田川光洋が振り向いた。
「あんた、こっから一番近い駅で降ろすけど、いい?俺このままこのタクシーで現場直行すっから」
運転手さんに最寄り駅へと指示すると、あたしに向き直る。
「これでまた俺に、借りができたな」
「借り?また…って、他にあったっけ?あ……ああ、ハンカチの事?お金払うよ。弁償する。幾らだったの?」
「金なんて要らねーよ。けど、メルアド教えろ。お前にもあの画像送ってやる」
「画像?今日のあの画像?要らないから捨てなよ。それでおあいこでしょ」
宇田川は帽子のつばを弄って下に下げる。
顔が影になって、見えない。
「おあいこ?俺まだハンカチの弁償してもらってねーし。てか、また俺様と遊びに行きたいとか思わねーの?」
「遊びに?さっきまで血判血判ってあたしを恐喝してた人と?」
その誘いはあまりにも、高利貸し的っつーか。
脅しっつーか。
ぶっちゃけ、無謀っつーか。
「そ。下半身同盟。携帯貸せ」
貸せ、と言いながら勝手に人の鞄を引っつかむ。
「あっ。ちょっ、盗人!!!」
あたしの亀のストラップのついた携帯を制止する間も無く探し出すと、宇田川はあたしが掴み返そうとするのを器用に避けながら、ピッポッパって番号を押し出した。
「まあ、待て。今メール打ってんだからよ。あ、なんか着信あるぜ」
「読むなあああああ!!!」
「あらあら、イヤだわ。読まれたら恥ずかしい破廉恥な内容なのかしら?お兄さん、明日の円相場より気になっちゃう」
「きもいから女言葉やめてよっ。てか、メール勝手に打つなぁぁぁぁぁ!」

♪♪ユアーマイベイビー・オオー!・デーリシャスガールッ♪♪

って、いかにもアイドルが歌ってそうな、ダサダサな着メロが宇田川の穿いているカーキのパンツの中から聞こえてくる。

ってか、これあんたのグループの新曲だし。

「うわあ~~~、自分の曲着メロにしてるよっ。あんた恥とかって無いの?」
「恥なんてあったら、ギョーカイで生き残れねーよ。ってか、これであんたのメルアドわかったから、暇なときは俺様の暇つぶしになれ。彼氏もいねーし、弟離れするいい機会だろ。なっ?」

あたしを駅前で下ろすと、アイドル、宇田川光洋は口元に笑みを称え、あたしに手を振りながらタクシーで去っていった……。





 実家の最寄り駅の改札で、思わず足を止めてしまった。
改札口横のパン屋のシャッターの前に佇んでいる人物を見て、思わず駆け寄る。
『なっ、何やってんのこんなトコで??』
あたしが話しかけて、やっと健人は顔を上げた。

無表情。
黒のジャケットに触れると、かなり冷たい。
『やっと来た…』
『やっと来たって、まさかあたし待ってたの?』
どの位の間?
とか思ってると、健人の手が伸びてきて、あたしの手を掴んだ。
ひんやりしてる。
『俺が話しかけても、愛理ずっとしかとしてた』
うわっ、非難されてるし。
自分は一週間あたしをしかとしてた癖に。
『メールも入れたのに、返事無かったし』
え?メール?
『ごめん、気づかなかった』
そういや、宇田川が着信がどうたらこうたらって……。
『行こう』
健人は小さく息を吐くと、くいって、あたしの手を引っ張る。

何故だか健人に触れられると、その部分がじんとした。

『子供じゃないんだから、引っ張らないでよ』
思わず、手を振り解いた。
そんなに強く振り解いたつもりはなかったのだけど、健人は静かにあたしを振り返る。
『今日カフェに居たあの人……俺、誰だか知ってる。あの人、前に愛理が言ってた、夏のモデル?』
視覚も冴えてる健人は、忘れたフリをする事があっても一度見たり読んだりしたら、決してその内容を忘れない。
もちろん、人間の顔もきっと同じ。
その神童と言われた記憶力、羨ましい限りなんだけど。
あたしなんて、三歩歩いたら忘れちゃうし。
ニワトリか!(←ひとりで突っ込み)
『そう。宇田川光洋。あ、別にやましい事とか無いからねっ。あたしのタイプじゃないし、ちょっと仕事の話があっただけ』
って、何で弟に嘘ついてんの?
いや、嘘っつーか、やましい事が無いのは事実だし。
あたしの前をスタスタ歩きながら、健人は言葉を送ってくる。
『俺、愛理とあいつをあそこで見つけた時……すごい、驚いた』
『あたしも驚いたよ~~。悦子ちゃんとデートしてる健人とばったり、なんてさ』
『彼女とは、デートじゃない。けど、愛理あいつと、何を話してたの?いつからあいつと知り合いなの?』
背中越しで顔は見えないけど、訊ね方がいつもより自信無さげなのは気のせい?
『何って……仕事の話とか?色々と悩みを聞いてあげてたっていうの?』
ってか、弱みを握ったっていうか、握られたっていうか、借金取りばりに恐喝されてました、てか……。

いきなり目の前の健人が立ち止まる。
下を見て歩いてたあたしは、ボスッと健人にぶつかる。
『いったーーーーっ。急に立ち止まらないでよ!』
健人はポケットに手を突っ込んだまま、くるりと後ろを振り向いた。

街灯はスポットを外して、健人の足元しか照らしていない。
小さく健人が訊ねた。


『愛理さ、俺の声が聞けなくて不安だったり、寂しかったりする時ある?』






 『あ、あるわけないじゃーーーーんっ。健人の声なんてしょっちゅう頭に届くし。たまに聞きたくない事まで聞こえちゃうし。もう、真〇子先生、まいっちんぐ~~~っ』
なんとかこの雰囲気をくっだらないジョークで乗り越えようとするあたし。
が、その努力も空しく健人が静かに頭を振った。
『わかるわけないよね。デフ(聴覚障害)の俺の生活なんて。音が聞こえない世界がどんなものなのか……健常者の愛理が考えるわけない、か』
『なっ……何でそんな事言うの?』
『何でかな?』

いきなり健人が手を伸ばして、あたしを抱き寄せた。
『うあっ……健人?!』
グリグリって、あたしのお腹……下腹らへんに、硬質なモノが押し付けられる。
これって、この感触って……っ!
健人の手があたしのスカートの上に添えられる。
その手が、そろそろとスカートの下に入ってくる。

ちょっ……いくら人気の無い通りだからって、こんな野外はカンベンしてもらいたい!
『やめてよ!!』
と、押しのけようとすると、更に強く抱きこまれる。
細身の体して、どっからこんな力出してるの。
「やっ……やめっ…ちょっ!!!」
思わず、声に出して、身をよじる。
だって、健人の手があたしのパンツの中に忍び込んできて……。
『もっと声出しなよ。弟にこんな事されてるのに……ここは熱い』
オシリを両手で左右に広げられて、その溝に沿って両方の指が入り込む。
湿り気のあるその部分をわざと掠って、蜜を出すあの場所に軽く触れる……。
「やだっ!!やめて、健人!!」
『やめない。愛理に感じてもらうまでは』

いつ人が通るか分からないこんな所で、酷い。
いくらなんでも、度が過ぎてる。

だけど健人の細い指は容赦なく、あたしの体に触れ続ける。

ちゅっ、って指が一本入った。
「んあっ……」
『ねえ、愛理。愛理が反抗すると、俺もっと意地悪したくなる。捻くれてるよね』
指を抜き差ししながら、股間の硬いものをあたしに強く擦り付ける。

だけどあたしは、この唐突なシチュエーションと場所に、濡れるなんて状態からは程遠くて……。
「やめて。お願い」
あたしは手を伸ばし、両手を健人の顔に挟んで、目を覗き込んだ。
うつろに視線がさまよって、あたしを映す。
ちょっと涙目なってるあたしと目が合って……。
健人のアーモンドみたいな瞳が少しだけ哀しそうに細まった。
手をあたしのおしりから離す。

『ごめん』
でも代わりに、開放してくれたその手があたしの首に巻きついてきた。

むぎゅーーーって力いっぱい抱きしめられる。

髪の毛に健人が顔を埋めて、彼の息遣いが熱くかかる。
ドクドクと、早鐘を打ってる心臓の音が聞こえる。
『ちょっと、安心した』
安心?何が?
一体……どうしちゃったの?
『家まで送っていくから、ちょっとの間こうしてて。………愛理を、感じてたい』

返事の代わりにあたしはコクリと頷いた。



『やっぱりホテルに戻っちゃうの?』
『そっちのが、仕事はかどるからね。母さんや愛理が、DL中のパソコンのプラグ抜いちゃったりとか、飲み物ぶっかけちゃったりとかのアクシデント起きないし』
『お母さんはともかく、あたしもですか』
あたしもアクシデントの原因にちゃっかり入ってるし。
確かに何度か…あったような無かったような……。


あの通りから家までの数百メートルの間、健人はずっと無言だった。
スタスタとあたしの前を足早で歩いて。

家に着くと、健人は自室から必要な機材を幾つか鞄に詰めて、そのまま出て行った。

あたしに、
『愛理さっきはごめん……』
と短くメッセージを送って。

健人が出て行くと、あたしは早速携帯のメールを開いた。
着信は4件。
全て健人からのメール。

>愛理、今どこ?悦子を今駅まで送っていった。メールでも頭の中でもいいから、連絡入れて

>愛理、駅で待ってるから

>来るまで、待つよ


あたしは、最後の一件に、思わず息を呑んだ。

>俺を見捨てないで

何となく切羽詰った健人のその一言に。
道端であーんな事されたってのに、ちょっとだけ胸が痛くなった。






 宇田川光洋からメールが来たのは、翌日の事。

>今度の月曜、この間タクシーで降ろした駅前、同じ場所午後4時。
夜露死苦!

って、ワケわかんない内容だった。
今時の人がこの夜露死苦使うかあ??
しかも、午後4時って、あたしまだ仕事中だし。
帰宅時間は……8時を過ぎるだろ。

最近は、撮影後の写真選びから修正まで、色々とキャンペーンの準備に追われていた。
体育学部のあたしも、何故か門田さんのお手伝いで修正作業やらをコンピューターでやらされている。
おかげで結構上手くなった。

「あのう……」
眼鏡かけて真剣な顔でスクリーン睨んでる隣のデスクの門田さんに声をかける。
「何?」
彼の肩越しにスクリーンを覗くと。
筋肉少女〇の大槻健〇ばりに額から雷模様の血を流し、水色(今時水色!)の鼻水垂らしている宇田川光洋の写真。
ってか、この人仕事中に遊んでるし。
「月曜、はやく帰宅してもいいですか?」
あたしが覗き込んでいるにも関わらず、根詰めた顔で今度は毛の生えたホクロを書いている。
こ、この人……。
「ああ。いてもいなくても同じだからいいんじゃない?」
とあっさり冷たいお返事。
ってか、いてもいなくても同じ……って、ひどくね?
最終チェックは門田さんだけど、だけど、さっきから修正作業してるのはあたし一人なのにぃ~~~!!
プンプンと一人キレながら、再度デスクに戻る。
「その代わり、今日は徹夜だよ。このキャンペーンの修正終わったら、来月の通販用のカタログの写真ぜーんぶチェックしておいてね」
お、鬼だ。
キレイな顔して、門田さんは鬼だ。
だけど結局
「はい」としか言えない立場の弱いあたし。

結局この日は11時近くまで徹夜した。




 また、髪の色が変わっていた。
駅前で待っていると、黒くて地味なト〇タの車が横付けされる。
少しだけ窓が下ろされて、手招きされる。
駅から現れるのかと思ってたあたしは、少しだけ驚いた。
今日も帽子被ってグラサンかけて……って、変装してる。
正直もう変装か私服かわかんない。
あたしの中の宇田川光洋はこういう格好だから。
ただ、帽子からはみ出た髪の毛は、また黒色に戻っていた。
「早く乗れ!」
人ごみや人の視線がイヤなのか、宇田川はあたしを急かして助手席に乗せた。
「髪の色、また変わってるし」
「え?そうなん?前はどんな色だったっけ?」
自分で気づいてないのか!!
「次は、紫か緑色に染めるの?地肌に悪いんじゃないの?すぐ禿げるねきっと。禿げたアイドル宇田川光洋~~♪」
「禿げたくねーーーーっ。ってか、映画撮影してっから、あと1ヶ月はこの色。あんたんとこの撮影の時は特別に染めたんだよ。ところで…あんた今日、ちゃんと現れたな。いい事だ」
「メールしてきたの、そっちじゃん」
「あんた返事返してなかっただろ?」
あれ?してなかった……。
慌てて携帯を取り出す。
電源切れてるし。
あれ?
ってか、充電し忘れてた。
ってか、いつから切れてたんだろ?

ま、いいや。

「ドタキャンしたら血判どころか指詰めてもらおーと思ってたけど。よっし決めた。釣り堀センターな」
「は?」
「行き先だよ、行き先!釣りしよーぜ」
突然、なんだ?
「今、決めたの?おたくさん、釣りなんて出来るの?」
「そ。今決めた。つか、のんびりだらーーーっとしてえ」
「家で寝てればいいのに」(←小声でぼそっと)
「は?俺、まだ血判もらってねーんだけど」
まだそれを言うかこの男は!
し、しつこーーーーーーーーーい。
「確か証書はここにしまって……」
「はいはいはいはい、行きます。行きましょ!釣り堀センター!わーー楽しみぃぃぃ!!」
とキャーキャー言いながら写真撮るパー子並みのテンションで、一応返事をする。

釣り堀センターははじめて来た。
粘土みたいなえさを針につけて、竿を持ちながら糸を放る。
……。
けど、反応なし。
隣の宇田川も、板張りのフロアの上に胡座かいてぼーっとしてる。
あたしが隣を見てたら、宇田川もこっちをみた。
「あのさ、この間は何かしんないけど、元気付けてくれたみたいでありがと」
一応、前回のバッティングセンターのお礼を言っとく。
「礼には及ばん。まあ、これでどんどんお前の借りが増えてってんけど」
宇田川は、ジロジロとあたしを上から下まで眺め回すように観察して、思いっきり首をひねる。

……って、首をひねる?
なんじゃその行為はああああ????

「ねえ。てか、あんた遊ぶ人居ないの?」
そもそもなんでこいつがあたしを誘ったのかが不思議。
てか、ヒマなあたしもあたしだけど。
「遊ぶ人も何も、遊ぶ時間すらねーよ。昨日も睡眠時間4時間オンリー。あんたこそ」
「平日の月曜の夜は普通出かけないでしょ、パンピーは。出かけるとしたら金曜の夜とか、土曜日じゃない?それに、%@#小さくてもその知名度だったらあんたと遊びたい女の子わんさか居るんじゃないの?」
「%@#の部分には触れてくれるな。まず俺、ファンの子とは付き合わねーし。キャピキャピうるせーし。かと言ってギョーカイの女だと、リポーターとかパパラッチまくのが2倍の難しさになるから、避けてる」
今度はあたしが首をひねる。
「あんた、一応アイドルよね?こーんな変人でも、一応もてるんだよね?」
帽子の下の口がニッと笑う。
「もてるよ。モテモテ。バレンタインのチョコレートはちなみにトラック1台分」
す、すげーーーーーーーーっ。
健人ですら、買い物袋に2個分とかだぞ。
「なんかよくわかんねーけど、バット振ってたら突然異変感じたんだよなー」
「異変?お腹でも下したの?」
「ああ。頑固ながらも元気のいい赤ん坊が俺の腹から産まれたよ。……って、ちげーーよ!バッティング終わってタクシー捕まえるまでの間、なんかあんたが前よりきらめいてみえてよ。なんでだか、わかんねーんだよな。つか、めっちゃ面白くて、また遊びてーと思って、んで、お前去った後なんかさびしーって不覚にも感じたってか、悟った」
「はあ……何わけわかんない事悟ってんの。あんた一休さん?」
「あせらない、あせらない……って言わせんな!!」
「あっ!今動いた!」
「マジ?引けっ、引けーーーーーーっ」
「引け?何を引くのっ???全軍退却~~~って命じてる武将みたいな言い方だ……あっ」
釣竿を抱えたあたしの後ろから、宇田川が手を伸ばして引っ張る。
「うわっ。ちっせーーーーーっ。大したシロモンじゃねーな。ま、初めてには上出来か」

あのですね。
ちょっと体勢が……触れ合っちゃってるっていいますか。
ETとの接触みたいに指と指とが軽く触れてるみたいな…じゃなくて、体全体がですね、ええと……未だ持って後ろ抱きの状態でして……。

何て思っていると、宇田川は獲った魚をあたし越しにひょいと捕まえる。
あたしから離れて、しゃがみ込んで針を口から取り去った。

「ちっせーけど、お前の初戦利品!やったじゃん」
ピチピチはねてる魚を素手で掴んで、あたしに見せてくる。
グラサンと帽子の下でニイって笑顔が覗いた。
あたしより、喜んでるし。
あたしもつられて微笑んだ。

なーんだ、やっぱ悪い奴じゃないのね。
ちょっと……変わってるけど。


あたしがまたえさをつけて糸を投げると、宇田川は胡坐かいて隣に座る。
「俺、前に真剣に付き合ってた女……て言ってもデビュー前後だから10年以上前なんだけどさ、それ以来真剣な彼女って作ってねーんだわ」
「ふーん。それが?」
「&@$の問題は切実なわけよ」
手を下の板の部分について、足を伸ばしながら宇田川が続ける。
ってか、あたしには話の先が読めない。
「んで、最後に最後までヤッた女が、その前の彼女で…つまり俺のナニを最後に見た女がそいつで、それから俺ぜんぜん女とやってねーんだわ」
「バット振りながらやりてーとか叫んでたよね、確か。ゴメン、てか、話の先が読めないんですけど」
「だから、あんたは俺の最大の弱みを握ったわけだ」
「はあ…」
だから?
血判押せとか絡まれるわ、変な写真撮られるわ、そのせいで迷惑被ってんですけど。
「俺、メンバーにブス専とか言われてんだよね」
「へえ。ブス専なんだ~」
隣を見ると、真っ直ぐ釣堀池を見つめてるらしき宇田川光洋。
グラサンではっきり見えないけど。
横顔も、きりっとしてて、男前。(←本人には言わないつもり)
「だから、俺の言ってる意味わかる?」
「意味?」

全然わかんないんですけど。

訝しげな顔で激しく首をかしげるあたしに宇田川は、はあ~~~~って溜息をついて首を振りながら下を向く。

「だ~か~ら~、俺が抱いてやろーかって言ってんの」
「抱く?何を?」
「お前を」
「あたし?」
……を抱く、ですと?
「俺の如意棒も、サイズはアレだけど、一応処女膜破る位の破壊力はあるぜ」

破壊?
は…………。
「どっわっはっはっはっはあああああ??????」
いや、笑ってるわけじゃないのよ。
ちょっと、言葉に詰まったっていうか、びっくらこいたっていうか、心臓が止まったっていうか……。

「はははは破壊力なんてななななな何言ってるの!!!!!!!」
お、驚いた。
今のは、誘いの言葉だったの?

つつつつまりは、このこのこここいつの、よ、夜伽の相手をしろって事よね?
そーゆー事よね?

ってかブス専って……あたしの事?
しつれーじゃないか???

サングラスを取って、宇田川光洋が振り向く。
自信有り気な顔で、口元が笑ってるけど………。
目が、マジだ。

「俺、本気なんだけど」




あたしは健人以上のブリザード攻撃をくらい、こっちこっちに固まってしまった……。





 閉園になり、釣り堀センターを追い出されたあたし達は再び宇田川の車の中に居た。

隣でこっちこっちに固まって、ドキンチョーのあたしをよそに、鼻歌を歌いながら運転している。
「そんな固まってんなよ。別に今襲って食っちまおうなんて思ってねえよ」

びくっ。

宇田川が言葉を発する度に、神経が過敏に反応する。
い、市場に売られていく牛の気分……。
いや、多分誘拐された人の気分っつーか、レイプ犯と一緒の車内にいる人の緊迫した雰囲気って言うか……。
し、神経磨り減りそう。
白髪になりそう。

「いいいい今襲ったら、ぶっ飛ばすからねっ」
「あんたさあ、前にAはともかくって言ってたけど、ちゃんとまともなキスは経験あんだよな?」
「あるわよ。キスくらい!あんた除いても!」
「何人?」
「関係ないでしょ!!あーんたなんて、ドラマとか映画とかレロレロレロレロ、キレイな女優さんたちと破廉恥な接吻繰り返してるんでしょ?自慢したいの?」
「この仕事でいいのは、やっぱそれだよなー。ってか、接吻ってレトロな言い方じゃね?笑える。でも逆に言うと、俺はAやBはすっけど、俺とCまでする女は特別って事なんだけど」

う゛………。

あたし、まだ誘われてる?
「なんであたしなの?」
宇田川は前方に視線を注ぎながら、続ける。
「俺もそろそろやりてーなーとか思ってたし、あんた手頃な感じでそこら辺転がってたし、何か処女を破瓜してーみてーだし。……あ、それとも彼氏が先なのか?」
手頃な感じに転がってるって……。
あたしは小石か何かか??
それに、彼氏?
彼氏なんて出来たら……健人がどんな暴走劇を繰り広げてくれるか…。
それを思うと、少しだけ怖い。
でも、でも、健人のせいであたしに一生彼氏が出来ないのも……。

イヤだ。

なのに、なのに。
彼氏を作りたいと思う反面、健人が脳裏にチラつくあたしって……。

もう立派なブラコンなのかな???

悶々と考えていたら、赤信号でブレーキをかけた宇田川が、あたしの顎に手を添える。

え?え?え?え?って具合に……。
「〇×〇×〇×〇×!!!!!!!!!!」

いきなり、舌が口の中に進入してきた!!!!
口腔内をまさぐられてって……。

いいいいいいきなりキッスで、しかもいきなりディープなヤツ(いわゆるフレンチ)ですかぁぁぁ???

5秒ぐらいして、あたしの口は開放される。
宇田川は袖で口を拭うと、
「お。青信号」
と平然とした顔で車を発進させた。
「と、突然なんだったの、あれは!」
「なんだったて、キス。舌絡ませるとか、何か反応示せよ」
宇田川はあたしの顔の油がついたらしきサングラスのレンズを(グラサン外してからあたしにキスしろっての!)腕で擦りながら、不満そうに零す。
「あんないきなりキスされて、反応出来るか!」
あたしも腕で口紅が取れた口元を拭いながら、宇田川に反抗する。
「いきなりじゃなかったら、反応すんの?」
「するわよ!」
って、え?
これは売り言葉に買い言葉ってやつじゃあ……。

返事してから真っ青になるあたし。
心臓がドキドキしてる。
「じゃあ、続きしてみよーぜ」
「続きって……。あんたどこに向かってるの?」
「俺んちの一つ」
「俺んちの一つ?」
「カモフラージュの為にマンションの部屋2つ借りてんだよね。一つは事務所名義だけど」
「へえーそうなんだ」

って、ちがーーーーーーーうっ。

『……愛理?聞こえる?なんか、動揺してる?どうしたの?』

声が聞こえた。
嗚呼、こーんな時に健人が話しかけてくるし!!

『健人?あたし今ちょっと取り込み中。後で話しかけるから!!』
『え……?』
と言葉を送って、シャットアウト!

あたしの頭の中、混線中!!
ああもう、どーしたらいいの!!!

「あんたこれ逃したら、一生処女のままかもしんねーぜ?」
宇田川がまたニイって形のいい口の端を引き上げる。

そうだ。
確かに一生、健人とあんな行為を続けてなんて居られない。
弟とあんな行為は……間違ってる。
それに、あのまま続けていたら……お互いに溺れてしまったら、本当にあたし達は堕ちてしまう。

あたしは隣のアイドルに視線を移す。

こいつだったら……大丈夫かもしれない。

何故だか変な安心感があたしの中で生まれて……。

「いいよ。あんたの夜伽の相手、してあげよーじゃんっ」

と、気づいたらあたしは返事を返していた。





 
 宇田川のデザイナーマンションは、億ション?って位の豪華さで。
と、言うより……。
「なーんで全てガラス張りなの?」
トイレからシャワーから、全てがガラス張り。
家具はテレビ、ソファ、テーブルのみの超質素さ。
だけど、全てが丸見えの、ガラス張り。(←しつこさで、あたしのショックが計れるでしょ?)

悪趣味極まりない。

革張りのソファーに腰を下ろすと、宇田川が帽子とグラサンを投げ捨てた。

そん時、久々に宇田川の素顔を目にした。(←グラサン外したとかは別ね)
撮影の時の、日焼け風のドーランやチークのメーキャップ塗られまくりの顔とも違って、やっぱゲーノー人だけあって素顔が一番……キレイかも。
キレイ?
キレイなんて言葉こいつに使っちゃったよ。
でも、あたしの倍はありそうな長い睫と男らしい眉と顎の部分に目が行く。
帽子を取って頭をゴシゴシ掻いてる宇田川と、目が合った。
「何?やっと宇田川様の寵をお受けになる気になったってのに、気が変わったとか?」
「寵って何よ?ここは大奥かっての!」
「ここは宇田川御殿」
「趣味悪いよ、この部屋」
「あんまここには来ねえし、家具とかはどーでもいい」
言いながら、冷蔵庫の中を探し出す。
「みんな賞味期限過ぎてるわ。食いモンも飲みモンもねえし……」
しゃーない、と宇田川は独りごちてこっちを振り向く。

びくうっ!!
と過剰反応のあたし。
宇田川はあたしを横目で見ながら、頭を抑える。
「そーんな構えんなよ。やりづれー」

だって、だって、今日が処女喪失記念日になるかもしんないのにっ。
ゆとりあったら、オカシイだろ???

「じゃ、やるか?」
「やっ……」

やるか?
そーゆー風にヤルもんなの?あれは????
もっとこう、ラブラブムード全開で、あたしをお姫様抱っこしながら寝室に運んでいくとか……。(←ロマンス小説の影響)

「どーする?やる?やらない?」
宇田川が腕を組んであたしを見下ろした。クイって首でリビングの奥のドアを指す。
「寝室は、あのドア。今なら俺もあんたも、止められる」
挑発的な言葉に、あたしはゴクリと唾を飲んだ。

でも……。

もう、決めてある。
あたしの中では、決定事項。
後には、引き戻せない。

「朝倉愛理、24歳、行きます!」
あたしは思いっきりソファから立ち上がると、宇田川の腕を引いてどすどす足を踏み鳴らしながら奴の寝室まで引っ張っていった。



 まず、宇田川が服を脱いだ。
さっきまで着ていたパーカー、その下のデザイナーTシャツ、ジーンズまで脱ぎ終えると、トランクス一丁であたしの前まで来る。
真剣な顔であたしの服を、セーターからブラウスから、スカートまで脱がしていく。

お腹が冷えるあたしはバ〇ボンのパパばりの腹巻(ちなみに色は薄ピンク)をしてたんだけど、その腹巻を見ても何も突っ込まず、黙々と脱がしていく宇田川は……。

こいつも結構緊張してる、とか?

結局、ブラとパンツだけの姿になった。
裸で向き合う、あたしと宇田川。
心臓が、胸から飛び出しちゃいそうな勢いで、バクバク鳴ってる。

おずおずと、宇田川が顔を近づけて、キスしてきた。
「んっ……」
腕が伸ばされて、スポーツしてるちょこっと筋肉質な体の中に閉じ込められる。
シトラス系の、コロンのいい匂いがあたし達を包む。

車の中の時みたいに、ちょっと乱暴に舌が進入して絡んできた。
あたしも今度は、ちゃんと絡み返す。

くちゃっくちゃって粘着質な音が宇田川の寝室に響く。

自然にまわされた腕が、あたしの背中のブラのホックに触れて……ゆっくりとそこをいじられる。
パラって、ブラが下に落ちた。
「やっ」
って、咄嗟に腕で隠す。
恥ずかしい。
健人にしか見せた事のない、あたしの裸のムネ。
そんなに大きくも無いけど、小さくも無くて……。

宇田川が、顔を離して、あたしを見た。
「やべぇ。そんな顔すんなよっ」
って、らしくもなく顔を赤くして視線を逸らす。
え?
あの、照れてる?
って、
「あっ」
宇田川が、あたしをベッドの上に押し倒した。
首筋に唇が当たって、それがどんどん下に下がっていく。
「う、宇田川!」
ついに胸の先がとらわれてしまった。
あたしの上に乗っている宇田川の、あの部分が固くあたしに当たってる。
ちゅーって先っぽを吸いながら、舐めはじめる。
「んっ……あっ……」
微妙な舌使いに、不覚にも声が出ちゃうあたし。
もう片方に触れてた手があたしの肌を滑り降りて、パンツ(女らしくパンティ、と言うべき?)の中に進入してきた。
思わず、ビクンって大きく震えちゃう。

だって、健人以外の男の人がそこ近辺を触れた事なんて一度も無くって……。

宇田川の手が茂みを掻き分けて、あたしの秘密の場所に到達した。
「……ふぁ……」

もう、濡れていた。
自分でも、分かってる。
さっきの宇田川とのキスで、結構気分的に盛り上がっていた。
くちゅっくちゅって、音が聞こえてくる。
2本の指が、場所を確認するみたいに動いてまわる。

「これ、取っていい?」
普段より低めの声音の宇田川が、顔を上げてあたしを見た。
点火し始めた欲望の色が含んでいる、双眸。
きっと、あたしも同じような眼をしてるんだと思う。
小さく、頷いた。
「うん……」
と。
ふわっと、あたしのそこに風を感じた。

宇田川が、視線を静かに下のほうへ移動していく。

その瞬間。
何故だか突然フラッシュバックで、健人の顔が浮かんだ。
一瞬だけ、宇田川の顔が、健人の顔に見えた。

「超、濡れてる……」
宇田川は、生暖かい息を吹きかけて、あたしの秘密の場所に優しく触れた。
その手つきも、動きも、全然健人と違う。

健人じゃない。
このひとは、健人じゃない。

そう思ったら、ポロっと雫が目頭から零れ落ちた。

だけどそんなあたしには気づくはずも無く、ピチャピチャと潤んだ音を立てながら、宇田川があたしを舐め始める。
蜜の溢れ出す部分に舌を差し入れたり、花びらの周りを舐め取ったり…。
舌使いが、とても上手い。
「俺、あんま…我慢出来無いんすけど………って…」

再び顔を上げた宇田川が、固まった。
「……なんで泣いてんだよ、あんた……」
あたしの足の間から顔を離して体を半分起こす。
ちょっと躊躇ってから、おずおずと手を伸ばしてあたしの髪の毛を撫でた。

彼が、狼狽してる。
「やめるか?」
でも上気した、その色気有る表情と優しい手つきに、あたしは首を振る。
少しだけ、宇田川の口元が、緩んだ。
けど上下している肩で、彼の息遣いが荒くなり始めているのが見て取れる。

宇田川は、一瞬考えた素振りを見せて、そして真剣な顔になってあたしを見つめた。

「じゃあ、俺の見ても幻滅すんなよ。……てか、もう目撃済みだけどよ」
言いながら、彼は穿いていた最後の砦のトランクスを脱ぎ去った。

一度に下ろした勢いで、天を向きながらも小さく揺れている。
前に目にした宇田川の分身が、あの時より大きく欲望を露にしていた。
その先端は濡れそぼっていて、準備は整っているみたい。

あたしは、溢れ出ていた涙を拭って、上体を起こす。
そして、手を伸ばして宇田川に触れた。
「……うっ……」
宇田川が、声を漏らす。
温かい。
健人のものとは、形も大きさも全然違うけど。
上のぬめった部分に指を這わせる。
糸を引く透明な液体が、あたしの指に絡んでいく。
更に触ろうとするあたしの手を、宇田川はさえぎった。
「駄目だ。今、それ以上されたら俺、イッちまう。それは……後でな」

宇田川はちょっと切羽詰った表情をして、あたしを再び押し倒した。
あたしの首筋に顔を埋めながら、彼の荒い息遣いを感じる。

「……いいか?」
宇田川はそして、蜜の潤んだ入り口に、ちゅぷっと熱い塊をあてがった。

「イタッ……」
ぐっと圧迫感。
「狭いな……悪い、我慢しろ……」
小さく宇田川が耳元で囁く。

それでも、痛みは伴って……。


あたしの視界がまたぼやけだした。
ポロポロと頬を伝うものを感じながら…………。







最後に思い浮かんだのは、やっぱり健人の顔だった。





 結局宇田川とは、一晩かけて2回もしてしまった。
翌日仕事のあるあたしは、明け方宇田川がまだ寝ている間に支度をして、タクシーを拾い家に一度戻った。
『俺様アイドル、宇田川へ。
思い出を、ありがとう』
と、書置きを残して……。



「これであんたの血判、いただきだな」
行為の後、宇田川があたしを抱き寄せながら言ってきた。

……確かに、宇田川のシーツには、小さな赤い染み。
これ、血判?

ってか、あたし……。
「トンネル貫通?」

独り言を呟くあたしに、宇田川がぶははははっと笑い出す。
「トンネル貫通?なんだそりゃ。俺の如意棒は穴掘りシャベルか何かかっ!」

確かに、あの瞬間、健人の顔があたしの脳裏に浮かんで何故だか罪の意識に駆られた。
健人は今、何してるんだろ?

難しい顔で考えているあたしを見て、宇田川が腕で頭を支えて覗き込む。
「あんた、好きな奴いんだろ?」
「は?好きな奴?」
「今、あんたそいつの事考えてなかったか?」
「好きな奴?」
って、健人の事?

「んな筈ないじゃーーーーーーんっ」

あたしは宇田川に向き直ってバシバシ叩く。
「何を根拠にそんな事言ってんの?」
「だってよ、俺様のこの魅力に参らねぇ女はレズビアンか、好きな奴がいるかのどっちかしかねーから」
「はい?」

すんげー自信。
ナルシストの域を軽く超えちゃってる。
どこからそんな根拠の無い自信が沸いて来るんだこの男は?

「あんた今頃、俺に堕ちてる予定なんだけど」
予定なんだけど……って、なんじゃそりゃ?
もう、しかめっ面で聞き返す気分にもなれない。
「え、そうなの?ってかその確率は、徳川埋蔵金を探し出すより低いんじゃないかと……」
あたしがまじまじと宇田川の顔を覗き込むと。

宇田川は「ちっ」て舌打ちして、
「なんでもねーよっ。つーか、寝るっ」
と言い放ち、クルリとあたしに背を向けた。


数分後にスヤスヤと寝息を立てる宇田川とは正反対に、あたしは眠れない夜をすごした。









 じーーーーーーーっと、見られてるんですけど。
本社に出社したあたしは、いつもどおり企画部のデスクについた。
が。
何故か隣のデスクの、門田さんがメガネ越しに食い入るように見つめてくる。
「朝倉さん、今日何かが違う……」
形の良いヘイゼルの瞳を細めながら、小さく呟く。
ちょっ……なんなんだ一体??
「ど、どうしたんですか??」
あたしは美人さんのドアップに、少しだけ身を引いた。
「血色良いよ。何かしたの?」
訝しげに眉を顰める門田さん。
「ななななななんですか、突然?どどどどどうしたってんですか?」
「色っぽくなったっていうか……よく分からない。ま、いっか」

芸術家って、神経が髪の先っぽまで行き渡ってるって言うけど、この人、あたしの上司ながら、鋭い!
でも、1回や2回のセックスで肌の色艶って良くなるもんなの?
そんなに、バレバレ?

あたしは小さく首を傾げて、いつもながら写真の修正作業を始める。
にも関わらず、思考は勝手に昨夜に飛んで行ってしまい……。

一回目は、お互い避妊とか忘れていたのもあって、宇田川は外出しした。
健人もそうだけど、男の人の達する瞬間の顔って………一番セクシーかも。
宇田川のあの時の顔を思い出して、また下肢が熱るあたし。
てか、まだ股の間に違和感が残ってる。
やばい。
仕事に集中集中。
でも。
短小%@#とか言って気にしてたけど(って、あたしも冷やかしてたりしてたけど)、事の最中はサイズの事なんて、別にあたしは気にもならなかった。
むしろ、あんまり大きくなくて良かったと思った。
あそこの大きさって、男の人が気にするほど女の人って気にしないもんなのよね。
ふむふむ、と独りで納得していると。
「朝倉さん、仕事中はしっかり集中してね」
と、門田さんに注意された。


 家に帰って携帯を充電すると、メールが幾つも入っていた。
まず、宇田川から。
>勝手に思い出にしてんな、ゴラァ!
>次会える日教えろ
>体、大丈夫か?
の3件。
後のもう3件は、健人からだった。
>愛理、さっきの気になる。連絡ちょうだい
>今、仕事中?連絡ちょうだい
>時間あったら、話しかけて

最後の着信は、帰宅途中の電車の中あたりだった。

あたしは、健人にメッセージ(というより、念?)を送ってみる。
『健人?』
………。
返事無し。
きっと忙しいんだろーけど。
ま、いっか。
一応、メールを健人に送っておく。
>話しかけたけど、忙しいみたいだったから、また後でね

送信ボタンを押して1分もしないうちに、メールが帰ってきた。
>今、話しかけたの?

ったく、時間あるなら答えろっての!!
あたしは苛々して健人に話しかけた。
『健人?ちょっとあんた、しかとなんていい度胸ね!』

………。
返事無し。

もーいーや。
めんどくさ。
あたしは、ベッドの上にゴロン、となって雑誌を広げた。

昨夜の寝不足(と、不本意な屈伸運動等)もあって、メーク落とさなきゃって思いながらも、あたしの瞼は自然に閉じられた。


その翌日。
普通に出社して、無難に仕事を終えて、帰宅時間が迫っていたあたしに、BREEZEの可愛い受付嬢の美香ちゃんから内線が入った。
「弟さんがロビーにいらっしゃっていますけれど?」
との事。

健人が仕事場に来るなんて、珍しい。
ってか、恥ずかしいから止めて!って何度も止めていたのに。

ロビーまで降りていくと、いつもみたいに黒尽くめの格好の健人が応接用のソファーの前に立っていた。
『何あんた、待ってるなら座ってれば良かったのに!ってか、どーしたの?』



………。



あれ?反応無し。





向こうも、キョトンとした顔であたしを見てる。
10秒くらい、お互い瞬きしながら見詰め合う。

って、あれ?

腑に落ちないって顔つきで、健人が手話をしてくる。
“俺の声、聞こえた?”
あたしは頭を振る。
“あたしも今、健人に話しかけたんだけど?”

健人の黄金比で計算されたよーな整った顔が、みるみる曇っていく。
“……今のは?”
また手話。
あたしは頭を振る。

なんか……健人の怒りのボルテージが上がっていっているのが目に見えて……。

健人は乱暴にあたしの手を掴んで、ロビーから連れ去った。











仕事場から一番近いカフェの中に入ると、健人は着席した途端、手話攻撃をあたしに浴びせてきた。

“いつから、俺に話しかけてたの?”
“えーー、昨日も話しかけてたよー”
“昨日、俺、一言も何も聞こえなかった。……愛理、俺の声は?聞こえた?”
“全然。何か、オカシイね”
“オカシイじゃない!!深刻な問題なんだよ。……確か、愛理が最後に俺に話しかけたのは、昨日の夕方あたりだよね?”
“多分……でも、あんたも1週間あたしをシカトしたりしてたじゃない。たった1日2日あたしの声が聞こえなかっただけで……”
“愛理の声だけじゃなくて、俺の言葉も届かないんだろ?一週間シカトしてた時は、俺、ちゃんと愛理の言葉は聞こえてた”

それは聞こえてたんじゃなくて、盗み聞きって言うんじゃないんだろーか?

“愛理、昨日「後で話すから」って言った後、何してた?”



な、何って!!




しーーーーーーん。




やってました、なんて言えない。
トンネル掘ってましたとか、言えない。
しょ、しょ、処女膜破ってもらってました…なんて口が裂けても言えなひ!!
いや……。
それより何より、そんな事言っちゃったら健人が何をしでかすかわかったもんじゃない。
ましてや、相手の名前まで出しちゃったら……。

“何か、してたの?”
我が弟ながら、鋭い!鋭すぎる!
ってか、あたしの反応が単純だっただけかもしんないけど……。
“友達と、会ってた”
咄嗟に嘘を手話で返す。

健人はそこで、両手をテーブルの上に下ろした。

ウェイトレスさんが、注文を聞きに来る。
あたしはアイスティーを頼んで、健人はアメリカンのブラックをオーダーした。

じっと。
無表情であたしを眺める健人。
その黒い瞳と、目をあわす事の出来ないあたし。
時間が止まったみたいに、この空間が……居心地悪りーーーっ。

トントン、と健人があたしの手を指で叩いた。
もちろん、視線を健人に戻さずには居られないあたし。
“誰と、会ってたの?大学の友達?同僚?それとも……あいつ?”
最後の、あいつ、って所で、健人の表情に色が無くなる。
見透かされてる!!

あたしは、唇を舐めた。
これから起きるであろう、修羅場に備えて、一応深呼吸もしておく。

“あたしが誰とどーしてようと、健人の問題じゃないでしょ?”
今度はしっかり、健人の顔見て手話を返した。
“それに、健人だって、勝手にすればいいとか言ってたじゃん。あんたが悦子ちゃんとどこで何してよーと、あたしは別に興味無い!”
“それは、肯定してると取っていいの?あの男と会ってたんだね”
“会ってたよ。デートしてたっ。何が悪いの?健人また嫌がらせとかするの?そんな事したって、何になるの?あたし、どうやったって健人とは一緒にはなれないんだよ?弟とは、一緒になれないんだよ?だいたいあたし達、関係変だよ。弟とエッチな事してますだなんて、誰にも相談できないっ。あたしの気持ちも解ってよ!!!”
健人はじっとあたしを見つめた。
数度瞬きをして、コーヒーに口をつける。
“今の論点は、そこじゃない。どうして、俺達脳内会話が出来なくなったか、って事だと思うけど”
コーヒーを置くと、ゆっくりと手を動かした。
“あいつと、何をしてたの?俺達がしてるみたいな事、してたの?”
“黙秘権、行使”
“あいつと、キスしたの?”
“黙秘権、行使”
あたしはそうサインを送って、横を向く。


また、しぃぃぃーーーーん、と沈黙。
てか、元から手話で会話してたから、静かだけど。
でも、デッドヒート中。



健人は、大きく息をついた。
思わず、振り向く。

その瞳に、その表情に、釘付けだった。
心臓が鷲づかみにされたみたいに、キュッと縮んだ。

健人は青ざめていて、それでいてとても切なそうな、傷ついた顔をしていた。
目のふちを赤くして、形の良い口を引き結んでいる。

真っ直ぐあたしを映しているその黒曜石みたいな瞳が、翳っていた。

そしてその哀しそうな眼が、全てを見透かしていた。

あたしは、凍りついたみたいに、彼の視線から逃れられなかった。

どれ位経ったんだろ?
ふいに、健人が席を立つ。
ポケットに手を突っ込んで、健人はさっさと店から出て行ってしまった。







 「ちょっと、待ちなさい健人!!」
100メートル位行った所で、あたしはスタスタと人を器用に避けて歩いてく健人を捕まえる事が出来た。

腕を捕らえると、健人は立ち止まってあたしを振り返る。
もう既に、無表情に戻ってる。

“ちょっと、勝手にお店出てっちゃって!!どうしてあんたはそんななの?”
暫くあたしを見つめて、そして健人は乱暴にあたしの肩を抱いた。

耳元に顔を寄せる。

あたしの肩を包んでいる手が、微かに震えてる?




ナンデアイリハ、ヘイキナノ?
アイリノコエガ、オレノスベテナノニ……





「え?」

今のは……。

健人の、肉声。
低めの、囁くような声音。

もちろん、産まれながらに耳の聞こえない健人の発音は、完璧じゃない。

だけど。




アイリノコエガ、キキタイ
オネガイダカラ、キカセテ
キケナイノハ、オレニトッテ、シンダモオナジダカラ……






再度聞こえてくる、低くてちょっと掠れた健人の声。



そして、耳元の健人の温かい息吹が、頬骨を伝って顔の中心へ移動してくる。

あたしは、覚悟を決めて目を閉じた。
多分これは、来るべき時が来たんじゃないか…って思う。





ゆっくりと、唇が、重なった。


健人と、初めてのキス。


柔らかい健人の唇は、押し付けるように確認しながら優しく触れ合う。
くすぐったい位、もどかしい程に。
啄ばんだ唇の間から、舌があたしの中に入る。

生暖かい舌を、感じながら。
彼に、応えながら。




ああ、なんてキスなんだろう。






蛇口の栓を捻ったみたいに迸った想いが、あたしの中に溜まっていく。

この瞬間、あたしは悟ってしまった。



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