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Set It Off Ⅳ    06.01.2007
俺はゴクリ、と唾を飲んだ。

これから何を言われるのか、分かったものじゃない。
「お前の性的興味や趣向はどうでも良い」とかさらりと抜かしやがる超自己中男だ。


「そうだな。まず、服を脱げ」
目の前で立ちはだかる男は、腕組みしながらそう俺に命令するとまたあのビジネス用の笑みを浮かべる。
顔は穏やかなのに、声が鋭い。

俺は黙って着ていたジャケット、Tシャツとデニムのハーフパンツを脱ぐ。
ブラとパンツ姿になると、ソファから立ち上がり、男の前に対峙するように立った。
ついでに、睨んでやる。

人前で裸になるのは別に構わなかった。
体は鍛えて有るし、別に減るもんじゃない。
現に、俺の体を見た門田の顔に一瞬感嘆の色が浮かんだのが伺えた。

「全部だ」
俺は門田を睨みつけながら、ブラを外す。
小ぶりな胸が開放されてスッと空気があたる。
下の、お世辞にもセクシーとは言えないボクサー風の下着も屈んで剥ぎ取った。

門田も俺の目を見据えてる。
「そうだな。次は、跪け」

俺は門田の命令に従った。
奴の股間がすぐ目の前にある。
門田は俺の髪の毛を掴んで腰を突き出す。


「俺をイかせてみろ。女として、な」



「う。キモイ……」
それが奴の赤く怒張したモノを見た俺の一言目の(素直な)感想だった。
「キモイ、だと?」
小さく呟いたつもりなのに、門田の耳にはしっかり届いていたらしい。
きっとこの自信満々の自意識過剰男は、生まれてこの方一度も女に自分のモツを『キモイ』と形容された事がないのだろう。
俺の髪を掴んでいる男の手に力が入り、俺の顔に赤くグロテスクにそり立つ男の印をぐいっと押し付ける。

「舐めろ」
口元に滑った先端を宛がいながら、男は俺に命令した。
俺は男を睨みながらその一物を口に含んだ。





まさか自分が男とこういう行為をするとは思っても見なかった。



自分は普通じゃないと、小さい頃は思っていた。

他の女の子のようにリ〇ちゃん人形やクマの縫いぐるみの類には興味が皆無で、俺はガンダムやプラモデルを集めた。コテコテの少女漫画よりも少年漫画を好んだ。

初恋は、小学校の時。
真樹ちゃん、という女の子だった。
最初はそれが恋とは知らず、俺は真樹ちゃんのひまわりみたいな笑顔に、彼女のそばにずっと一緒に居たくて、親友としていつも一緒につるんでいた。

ただ、それが決定的なものになったのは、小学校6年の
体育授業前の着替えの時。
胸が膨らみ始めた真樹ちゃんの全裸を目撃してしまった俺は、どうしようもない性的興奮を覚えた。
真樹ちゃんの裸がずっと忘れられなかった。

俺とは違う中学に行き、真樹ちゃんとはそれっきりだった。

中学では、スポーツ…特に得意だった水泳に熱中して俺の中で溜まっていたどす黒いものを発散した。
祖父母…じいちゃんとばあちゃんに育てられた俺は、自分が抱えている悩みを打ち明ける相手が誰も居なかった。
女の子を好きになる度に何度も悩んで、何度も死のうと思った。
自分のアイデンティティーを捜し求めた。

高校に入り、学校以外ではスカートを穿くのを止め男のような格好をしだしてから、俺のルックスのおかげか、俺みたいな悩みを抱えた奴らも結構居るのか、不思議な事に女の方が俺に寄ってくるようになった。
高校時代は、後輩やら同級生やらに何度も告白された。
彼女達と付き合うようになって、俺は自分に自信を持つようになった。


それ以来、女に不自由はしていない。
そして、俺の中で『普通』というカテゴリーやボーダーラインは無くなった。
全てが『個性』に変わった。




ううっと唸りながら俺は門田の怒張したモノに舌を這わせた。
俺の口の中に、男の味が広がる。
ふうん。男ってこういう味がするんだ。
そう冷静に思いながらも、俺は全く興奮を覚えない。
でも、1千万円という札束が俺の肩に重くのしかかっていた。

やるしかない。

試しに、舌を動かしてみる。
「下手くそだな。だが…1時間有る。ゆっくりやれ」
門田は俺の髪を掴みながら、そう言い放った。

下手くそ。
負けず嫌いな俺は、その言葉に煽られる。
「やり方……教えてくれよ。噛み千切っちまう前に」
言いながら、門田を見上げる。
その言葉に、何故だか門田の男がむくむくと体積を増した。

「ただ舐めるだけじゃなく、もっと口と手を使え」
門田は俺をあきれた様に見下ろして大きく溜息をつく。
俺は不器用ながらも、肉棒の先端の丸みを吸い上げたり、根元からスッと舌を這わせたり、柔らかなボールを揉んでみたり、手で摩ったりと色々と試してみた。

「まじーな」
男の先端の小さな穴から垂れ始めている透明な汁を啜る。
門田が頭上でフッと鼻で笑って、突然俺に腰を突き上げた。

「ゴホッゲホッ!!おええええ!!!」
喉の奥のほうに男のでかい棒が当たり、俺は苦しくなってむせた。
「な、何すんだよ!!」
「もういい。上だけ口で含んでいろ」
今の咳で半分涙目のまま門田を見上げると、不快そうに首を振りながら門田はそう俺に命令した。
俺は相変わらず睨みつけながら、男の柔らかい先端だけ、はむっと口に含む。
門田も俺を同じ表情で見下ろしながら、反り立つ自身に手を置いた。



怒ってるな、相当。
現に、あのビジネススマイルはもう見せていない。
無表情か、不快そうな顔。

門田は握ったモノを上下に動かしだした。

心なしか、時間が経つにつれて門田の呼吸が速まっていく。
先端から滲み出ている汁も、だんだんと量を増していっているようだ。



そして、そのときは突然やってきた。
一瞬体を硬直させると、門田は俺の髪の毛を掴んで引っ張り俺の口の中からブツを離す。




始めて、男の射精する瞬間を目にした。

さっきまで透明なものが滲んでいた穴から、勢いよく白くてドロドロとしたものが発射される。

最初の一噴きを俺の頬にかけると、再度俺の髪を掴んで口元に突きつける。
俺は黙って口を開き、二噴き目以降を口で受け止めた。





俺の口の中にクソ不味いネバネバしたモノが広がった。

万雀一鷹    06.01.2007
 佐々木翠は眉間に皺を寄せて口から白濁した液を滴らせながら、俺を見上げた。
むっつり顔だが、濡れた唇は多少なりとも男を誘う。
「一滴も無駄にせず、飲み込め」
俺は今にも吐き出しそうな女を見据えたまま、そう命令する。
女は苦虫を噛み潰したような顔のまま、ゴクリと飲み下した。
腕で俺の液がついた顔と口を拭う。
「歯を立てないだけの良識は持ち合わせているんだな」
との俺の言葉に
「感謝しろよ」
との冷たい声音でぞんざいな返事が返ってくる。

生意気な女もいいものだ。
そそられない事も無いな。

俺は裸の佐々木翠をじっと観察する。
俺の趣向から言えば、もう少し胸があったほうが有り難い。
だが、腹筋まで割れている鍛えられた体が、只ならぬ運動量を示している。

「もう終わりか?契約成立だな」
佐々木翠はそう言うと、立ち上がった。
「悪いが、まだ事を済ましていない」
縮小した自身を絞り残りを出し切ると、俺はTシャツとスウェットパンツと下着を脱ぎ去った。
全裸になる。

今度は、佐々木翠の方が小さく息を呑んだ。

この女のアポまで、仕事の合間をぬって1時間社内のジムで汗を流していた。
現役の陸上選手だった10年前に比べれば、その筋肉も衰えを見せ始めているが、俺の体を見ると大概どの女も喜ぶ。
いや、どこへ行っても女の方から体を俺に投げ出してくる。
一度抱いてやると、女は俺に執着し始める。

だからだろう。
俺を嫌がる女を抱いてみようかという気になったのは。

レズビアンの、佐々木翠。
どんなに男のような格好や態度をとっても、外見は女だ。
俺は再度佐々木翠の肢体を眺める。
単なる気まぐれ。
俺のお遊び。
飽きたら捨ててやる。
今までの女のように。

1千万などくれてやっても良かった。
だが、それではあまりにも面白味が無い。

「男と寝た事はあるか?」
佐々木翠は不快そうな顔をして、頭を振る。
「ねえよ。抱かれたいとも思わねえ」
「だろうな」
俺は頷きながら、女の茶色い毛で覆われている恥丘に手を伸ばす。
「足を開け」
俺の命令に、睨み付けながら女は従う。
俺は間に指を差し入れた。

なるほど。

女の中を弄り、指を引き抜く。

容易では無さそうだな。
だが、試しがいはある。

思わず笑みが零れる。
人生の殆どを勝負の世界で生きてきた。
チャレンジという言葉にゾクゾクさせられる。

俺は裸のまま部屋を横切り、先ほどまで首にかけていたタオルを佐々木翠に放った。
「これで目を隠せ」
タオルを手に取った女は一瞬怪訝な顔つきになり、黙ってそれで目を隠し頭の後ろで縛った。
「......ちゃんと、金出せよ」
下唇を噛みながら、俺に確認する。
「俺は、約束は破らない。他の奴らはどうか知らないが、俺のビジネスとは、一度交わした契約は最後まで結ばれる事になっている。そうだな......ソファーに座って足を広げろ」
佐々木翠は再び真後ろのソファーに凭れて、オズオズと足を開いた。

筋肉質な腿の間から、女の園が現れた。
桃色の、良い色をしている。
「......噛んだり傷つけたらぶっ殺す」
俺はソファーの前に屈んで、まだ減らず口を叩く女の花園に指を這った。
「......っ」
ビクン、と佐々木翠の体が跳ねる。
感度はいいらしい。
俺は花びらを引っ張り、更に押し広げた。
女の入り口が見える。
俺の男が正直に反応を示した。
こんなオトコオンナのモノでも体は欲するらしい。

が、まだまだ準備が出来ていないそれには触れず、上の方の芽を見つけて摘んだ。
「......っぁ」
再度佐々木翠の体が反応する。
出掛かった声を飲み込んでいる。
こいつにもプライドはある。
出来るだけ無表情、無感情で反応しないように我慢しているのだろう。

そんな女の本性を、正直な反応を引き出すのはとても愉快だった。

俺は指を舌で湿らせて、その芽を擦る。
びくっびくっと擦る度に体を硬直させている。
更にしつこくその芽に触れる。
時には羽根のように優しく。
時には押し付けるように強く。

やがて女の入り口から透明な蜜が湧き始めると、俺は女の入り口に顔を埋めた。
「.........うああぁ」
俺の舌が入り口に差し込まれると、女がついに声を出す。

俺はつかの間の勝利に酔いしれる。
自身の下半身は、女へ愛撫を施しながらゆっくりと天を向いていく。

入り口の、佐々木翠の蜜の味を堪能しながら、指で芽の刺激も忘れない。
充分に味わうと、今度は舌で芽を擦り指を入り口に差し込む。
女は今まで以上に大きくビクリと体を震わせる。

指に絡みつく蜜がだんだんと量を増していっている。
俺は舌で芽を弄りながら、上目で佐々木翠の表情を伺った。


目を瞑り、唇を噛み締めたまま。
今、目の前の女は己の理性と体の矛盾と戦っている。

好い顔だ。
もっと戦ってもらおうか。

俺はふいに佐々木翠の脚の間から体を離し、隣へ腰掛ける。
「目隠しを取れ。そして、俺の上に跨れ」
佐々木翠は一度大きく深呼吸すると、タオルを頭から取り去った。
ソファから立ち上がり、眼下の俺を見澄ます。
「ほう。余裕だな」
冷静な顔で俺を見下ろしている佐々木翠は俺の前に立ちはだかり手を腰に当てる。
妖美な肢体を俺に恥かし気も無く晒し、顔に妖艶な笑みを浮かべる。
「お前に体はやるけど、心はやんねえ」
「そんなものは鼻から求めていない」
言いながら、久々に心の奥底から女の体を欲している己の欲望に気づく。
忌々しい。
俺は小さく舌打ちすると、
「俺の上に跨れ。お前から『男』を求めろ」
と再度命令する。

佐々木翠は俺の目を見据えながら、俺の上に跨る。
俺は彼女の腰を掴んで、一気に貫いた。
「くぅっっっ」
女の顔が一瞬苦痛で歪む。
中は、熱くてきつい。
明らかに、初めてだ。
俺は、女の中が俺の大きさに慣れるまで貫いたまま動かずにいた。

やがて女の体の硬直が解けるのを確認すると、ゆっくりと彼女の腰を掴んで突き上げる。

「んっ.........んっ......」
佐々木翠が声を漏らし始め、頭を仰け反らす。
「俺を......見ろ........お前を抱いている男を.........しっかりと見ろ!」
俺は片手で女の髪を掴み、引っ張る。

佐々木翠は、
口を引き結びながら、時折薄墨色の瞳を細めながら、鋭い目つきで俺を見据える。


何度も何度も女の中で出し入れを繰り返していると。
俺の限界が近づいた。

佐々木翠の体を持ち上げ自身を素早く抜き取る。





1時間で2度目となる熱い精を、彼女の裸体にかけてやった。






 「これに署名しろ」
俺は事を終えると、社長室から続く隣の私室で手早く着替えを済ませ、パソコンを打っただけの簡素な契約書を2部作成して判を押し、佐々木翠に手渡した。
「これは一応仮のものだ。明日印鑑を持ってまたここへ来い。時間は追って俺の秘書がお前に連絡を入れる。専属の弁護士も呼んで正規の書類に署名捺印してもらう」
ちらり、と時計を見るときっかり1時間経っていた。
内線に電話をかけ、待たせている相手に来てもらうようにと秘書に告げる。

佐々木翠も衣服を身に付け、無言で俺が渡した書類を折りたたんでポケットに入れた。
顔は無表情だ。


俺は椅子に腰掛け、卓上で指を組む。
「明日契約を済ませたら、数日中に弟にも引き合わせる。トレーニングを組んで、俺に知らせろ。そして......これから毎週金曜の夜は、予定を開けて置く事」
ビジネス用の笑顔という仮面を被り、俺は一礼して出て行こうとする佐々木翠に声をかけた。


「......了解」
後姿の佐々木翠は、小さくそう返事を返した。
万雀一鷹 Ⅱ    06.02.2007
 それは、月に一度の慣わしだった。

パークホテルの最上階のフレンチレストランに赴き、名目上の婚約者、石田さくらとディナーをとる。

「わざわざこんな事して頂かなくても良いんですよ?本当に形ばかりの婚約なのに……」
俺は『婚約者』を前に、静かに食べ物を口に運ぶ。
「申し訳なくて……」
彼女の視線を感じる。
「石田先生の御容態は?」
ワインに口をつけながら、俺はさくらに問う。
「全然良くならなくて…多分、もう長くは…」
1ヶ月前に倒れた彼女の父親の容態は、思わしくないらしい。
彼女の声が消え入るように小さくなり、小さな吐息が漏れる。
俺は頷きながら、
「ならば、まだ続ける必要が有りますね。私の父の名誉と、貴方の恋人の為にも。それに……」
俺は意図的にそこで一度言葉を切る。
「私はこの月に一度の逢瀬を結構楽しみにしていますが」
そういって笑みを零しながらワイングラスを持ち上げる。
さくらも一応の愛想笑いを浮かべて、同じようにグラスを持つ。
「翠さんはちゃんとモデルの仕事をしていらっしゃるのかしら?」
「ええ。一度起用してから、うちの広報担当がえらく彼女を気に入りましてね。今彼女はちゃんとした事務所を通して仕事をしていますよ」
「モデル事務所?」
さくらは驚いたように聞き返す。
「彼女、月曜日のボランティアは欠かさないのだけれど、そういったお話は私に一切してこないから……。でも、良かった。翠さん、お金が必要と言っていたし、モデル業が少しでも足しになるといいですね」
お金、という言葉をさくらが口にした時、俺はタルタルステーキを咀嚼していた口を一瞬止めた。
が、平然を装う。
「よく、ああいう娘を見つけましたね。あなたも」
「うちの貴重なボランティアです。日本人はボランティアって定義がいまいち分かっていないみたで、皆見返りを求めてすぐ辞めてってしまうけれど、彼女は大学で取っていたボランティア活動のクラスが終わっても続けてくれているんです」
「見返り、ですか?向こうはボランティア以上の事を貴方に望んでいるように私は見えるのですが?」
「どういう意味でしょう?」
さくらは笑顔で小首を傾げる。
頭の良いさくらの事だ。分かっている筈である。
「そういう意味ですよ」
俺はまた彼女に微笑みかける。
「うちの社の女子どもはあの娘が来る度にキャーキャー騒いでいます」
「でしょうね。とても中性的で魅力的だものね。翠さん」
さくらも俺に負けじと微笑み返してきた。

月に一度彼女と会い、食事をして、他愛ない会話をして、それきりである。

食事を終えると、その後のスケジュールが詰まっている俺は、待たせていた車に乗り込み次のアポへ向かう。

親が勝手に決めたこのくだらないゲームに、親父の面目の為に一応付き合ってはあげていた。
ここ5年以上も。
だが、そろそろ終止符を打つ時期にさしかかっていた。




 「社長。こちらが6月から各店一斉展開予定の夏のスイムウェアの広告のコピーです。ビルボードや雑誌に載せるそうです」
秘書課の社員が俺のオフィスをノックし、中に入ってきた。
茶封筒を俺に手渡して、さっきまで飲んでいたお茶を片付ける。
「ご苦労。あ、森尾君。金曜の予定はどうなっている?」
俺は明らかに俺より年上の秘書課のお局と呼ばれている森尾に確認する。
「金曜の朝出張先の大阪から新幹線で戻られましたら、2時から今期の棚卸の件で各部門担当者とミーティングで御座います。6時はボウフラックス社の横峰様と打ち合わせを兼ねたご夕食が有り……確か、以上で御座います」
「宜しい。有難う」
俺はそう笑顔で伝えると、彼女がオフィスを去ったのを確認して置かれた茶封筒を手に取った。

紅が撮影した、夏の水着の広告。
モデルは言わずもがなあの女だ。

だが、写真を見て思わず唸り声が出た。

前回始めてモデルを経験した時は、ユニセックス物だったからかあまり化粧気が無く、ほぼあの佐々木翠のままだった。

が、今回の水着では、他のモデル達に混じり海を背景に楽しそうに微笑んでいる。
しかも、エクステか何かの長い髪の毛。
若い客層をターゲットにした柔らかめの化粧。
フリルのついたビキニの水着。

まるで、女だ。

勿論、他のモデルに比べ胸も無いし、割れた腹や腰のライン、内腿には筋肉がつき過ぎている。背も一番高い。

だが、彼女が一番人目を引く何かを持っていた。



写真を眺めながら、佐々木翠との夜を思い出す。



2度目は確か、俺の家だ。
「うおーーーーっすげーーーー!!!」
タンクトップにジーンズ、ブーツ姿の佐々木翠は、サングラスを外すと俺の家を眺め回す。
「紅のマンションもすげーと思ったけど、あんたの所は更に輪をかけてすげーよっ。ここって噂の…億ション?」
「俺の寝室はこっちだ。シャワーを浴びるか?」
いちいち反応を示す猿のような小娘に苛立ちを覚え、俺は腕を引く。
「うわっ、あの人お手伝いさん?」
台所を片付けている人影を指差しながら佐々木翠は俺に尋ねる。
「そうだ。俺の…シェフだ」
言いながら、女を寝室に連れ込む。
「うおーーーーーここもすげーよっ!!!」
俺の閨の中でも、家具一式を眺めながら感嘆の声を漏らす。
「なんだこれ?カーテンか?」
ベッドの上の天井から釣り下がっている帳を指差しながら佐々木翠は部屋の奥に置かれたベッドの周りを一周する。
俺は
「シャワーを浴びるぞ」
と言って着ていたスーツを脱いだ。

シャワーと言っても、寝室のベッドからガラス張りで丸見えのものだ。
俺はシャワーを浴びながら、俺の寝室を珍しそうに確認している佐々木翠を眺めた。

未だに、俺の体には一切の魅力を感じないらしい。
こちらを振り向く気配も無ければ、彼女からは緊張感すら感じられない。
タオルを腰に巻いてシャワーから上がっても、壁にかかっている絵画に目を向けたままだ。

「お前も脱げ」
との俺の命令を聞いて、やっとこちらを振り返る。
「門田…鷹男。えーと、まず、金を振り込んでくれて有難う」
頭を掻きながら、照れたように佐々木翠は俺に礼を言った。
呼び捨てなのが、この女らしい。
「何度も言うが、残りの500万は契約期間を終えた…つまり20ヵ月後だ」
「分かってる」
「週に一度『男』に抱かれ続けるのに、慣れる事が出来るかな」
フッと俺は鼻で笑う。
「慣れるしかねえんだろ?」
サングラスを手近にある箪笥の上に置くと、服を脱ぎ始めた。

さて、今日は何をしようか?
俺は頭の中でこの女をどう料理しようか考える。
そうだな。
イッた所を見せてもらおうか。

俺は裸の佐々木翠を見やる。
「こっちへ来い」
聞き返しながら、彼女を薄青緑の帳が垂れ下がったベッドへ誘う。
「まだ、泳げるのか?」
何故かふと思いつき、佐々木翠に問う。
「筋トレと交互で一日おきに。もう前みてーに一日5時間とか出来ねえし」
俺は質問を変えた。
「今付きあっている奴は居るのか?」
「何でそんな事聞くんだ?お前に関係ねえだろ」
佐々木翠は煩わしそうに答える。
「性的関係を持つ相手から病気をうつされたくは無いからな。相手の閨事情を知る権利は一応あると思うが」
「ゴム無しでこの間は俺を犯った癖に」
「まさかとは思うが、妊娠したなら私生児1人養う財力は持っている。悪いが、これからはつけさせてもらう。互いのためにも」
女の顔が更に不快気になる。
「今は、2人しかいねえよ。俺はタチの方だから......」
言っている意味を即座に理解し、俺は頷く。
「なら、良い。断っておくが、俺も2人、お前以外に相手が居る」
「ふうん。俺にも変なもんうつすなよ。んで、今日は何?さっさと済ましちまおうぜ」
俺は、腰に巻いていたタオルを取った。
「さて、と。ではそうだな。自分で自分を触ってみろ」
「はああ?」
佐々木翠は眉を顰め口を開けて俺を食い入るように見つめる。
「聞こえなかったのか?」
俺は片方の頬を引き上げる。
「聞こえた。それで?」
「俺の前でイってみろ」
女の顔がみるみる赤くなる。

恥かしがりながらも、怒っているな。
面白い。
いい案だ。
この女は羞恥系には弱いらしい。
いい事を知った。

佐々木翠は唇を噛み、ベッドに横たわる。
「出来ねえよ。お前に好き勝って触られた方がましだ」
「そうか」
俺は足元に移動して、女の両足首を掴む。
「なら尚更お前の自慰行為が見たい」


そう言って、長い足を押し開いた。
万雀一鷹 Ⅲ    06.02.2007
 女は長い足を開いて花園を俺に見せた。
相変わらず、綺麗な色をしている。
俺は女のそこから目が離せない。
花弁の、襞の一枚まで目に焼き付ける。

「お前が、触れよ......」
嘆願するように佐々木翠が囁いた。

「俺が達する所が見たいんだろ?お前が俺をイかせてみろよ。それとも何か?自信が無いとか?」
女は挑戦するように俺を見てニヤリと笑う。
俺はあそこから目を上げ、女の目を見て微笑み返す。
やはり、馬鹿では無いらしい。
俺の煽り方を知っているようだ。
「そうだな。お前が男でイク姿を...『俺』で達する姿を見せてもらおうか?」
俺は作戦を変更して、女の花園に手を伸ばす。
「今回は、目隠し無しだ」
俺が親指で芽を擦ると、ビクっと佐々木翠の体が震える。
「足をもっと広げろ」
女は命令に従った。
俺は腹ばいになって女の脚の間に顔を埋める。

舌で花園全体を舐め上げる。
「キモチが良いだろう?」
俺は、わざと声に出す。

男に、俺に抱かれるのだとこの女に知らしめる為に。

「キモチわりい」
女が憎まれ口を叩く。
「ほお。ここもか?」
俺は舌先で芽を突付く。
「......っ。余計、キモイ」
「お前の言葉に反して体は素直に反応しているようだが?」
その芽を吸ったり、舌で転がしたり、突付いたりして女を焦らす。
尻の筋肉を僅かに硬直させたり、平静そうに装っているが息を時たま飲んでいる。
「ここが、潤み始めているぞ」
俺は指を1本女の入り口に突き刺す。
ビクッと大きく女の体が跳ねる。
フッと俺は笑みを浮かべる。
「生理的現象だろ......お前の為に、女の体を思い浮かべて妄想してやってる」
「そうか。なら、これを舐めろ」
俺は指をかき回して蜜を掬い取り、女の口元に持っていく。
女は糸の引いた俺の指を暫く見つめ、無言で舐めとる。

なかなか、良い眺めだ。

「お前が俺に感じている証だ」
俺は、再び女の中に指を浸す。

舌と指との攻撃で、女の中がどんどんと潤み始める。

そろそろかな、という所で俺は体を起こした。

女を弄りながら、俺の男も欲望を感じ熱くなっていた。

素早くゴムを着けると、俺は女の膝を抱え己の男を掴んで入り口に擦り付ける。
上から女を眺めた。
予想に反し、佐々木翠は俺を薄い瞳で真っ直ぐに見つめていた。
「俺が欲しいか?」
先端を浅く入れながら、俺は問いかける。
「欲しくねえよっ」
女は即答する。
「残念な事に、ここは俺を欲している」
俺は3分の1ほど中に埋める。
女の中は、熱くてきつい。
一気に貫きたくなる衝動を抑える。
「......んっ」
佐々木翠が唇を引き結ぶ。
「中に、入っているぞ」
俺は徐々に腰を動かし中に進んでいく。

全部、入れきった。

「どうだ?俺に抱かれている感想は?」
俺に満たされている佐々木翠がキュッと中を締める。
「どうもこうもねえよ......ああっ」
俺は腰を動かした。
減らず口を叩く余裕など、無くしてやる。

俺は何度も出し入れを繰り返しながら、その繋がれた部分を見やりながら、腰を振る。

女の中は濡れてはいるが、なかなか果てる気配が無い。
口を引き結んだまま、俺の顔を熟視して耐えている。

なかなかの忍耐だな。
または、俺に興味が皆無という事か。

俺はフッと鼻で笑う。

一段と、女を突く速度を速めた。
角度を変えたり、女の両足を真っ直ぐ垂直に掲げたりして体位を微妙に変えて攻める。

一体どのくらいの間俺は腰を動かしていただろうか。

何度も突く位置や速度を変え、女のスポットを探り続けた。
が、女が突然
「.........くっ......ああ!」
と声を上げた。
大きく体が仰け反る。

思わず、俺の口から安堵の吐息が漏れた。
と、同時に長い時間我慢していたモノから開放され、ゴムの中に溜まったものを一気に吐き出す。


俺は再び勝利に酔いしれ、女の体の上に崩れ落ちた。






「鷹男さ、あんた何のスポーツやってた?」
佐々木翠は行為の後、身支度しながら俺に訊ねる。
俺は裸でベッドの上に横たわったまま帳越しに女を見た。
「ハンマー投げだ」
「だと思った。その筋肉は、重量挙げとかそっち系だよな」
俺は黙って女を見つめる。
「筋肉増強剤とか使ってたのか?」
「合法のやつをな。何だ、俺のナニはステロイド使っているように見えるのか?そんなに小さいか?」
俺はふざけた口調で返す。
「ちっげーよっ!!俺よく男のアレは知らねえけど、デカイ方なんじゃねえの?わかんねえ。ただ、その筋肉は、普通に運動してたら手に入んねーよな」
着ていた物を再び身に付けると、腕を組んで帳の向こうの俺を眺める。
「なんでハンマー投げ止めたんだ?」
「肘をおかしくした。怪我さえなければ、今も続けていただろうな」
俺はゴロリと転がり、帳の垂れ下がっている天井を眺める。

佐々木翠は
「そっか。......俺、お前のこと、ちょっとだけ今日解った気がした」
と言い残して、俺の家を後にした。




俺はふと意識を戻す。
今日は何曜日だ?
卓上カレンダーを見る。
ああ、まだ月曜か。

あれから、女の月のものや出張などの理由が無い限り、俺は金曜の夜佐々木翠を抱いていた。

相変わらず反応の悪い人形を抱いているような気もするが、その分女が反応を示したり新たな発見があると、毎回何かしらのチャレンジや達成感を感じる。

佐々木翠との情事を思い出し、俺のスーツの下の男が硬く張った。
俺は携帯を手に取り、友利子に電話をかける。

銀座でホステスをしている、俺の馴染みの女。
女との約束を今夜とりつけ、俺は再びデスク作業に戻る。




 暫くして、コンコン、とドアをノックする音がした。

予約も無しに秘書がこの部屋に通すのは、即ち門田家の誰か。
「入るよ」
案の定、俺の良く知った声がドアの向こうから聞こえ、俺が許可を降ろす前にガチャリと開く。

松葉杖をついた弟、紅が入ってきた。
俺は読んでいたメールから目を逸らし、部屋を横切りソファの上に凭れる紅を見る。

顔色は、良い。
170前後の細身の背丈で顔もきれいに整った紅は、障害を持っているというハンデを差し引いても色めいた輝きを放っていて、女と見まごうルックスは日本人の女からはかなり好評のようだ。

同じ中性的でも、佐々木翠が太陽とすれば紅は月のようなものだ。

父親が囲った女から産まれた、10歳も年下の俺と腹違いの弟の紅を、俺は彼が8歳の時、母親が亡くなり本家に引き取られて以来、息子のように育てた。

「親父と連絡取ってる?」
「さあ...。最後に話したときはタイに居ると言っていたが」
「それって3週間前?」
「1ヶ月前だ」
「ふうん」


「あの、ちょっと話があってさ」
紅は真面目な顔つきで俺の目を射る。
「佐々木翠の事なんだけど」
「ほう?トレーニングが不満なのか」
俺はおどけた顔をして弟を見返す。
「ううん。トレーニングはむしろ楽しいよ。そうじゃなくて、俺が知りたいのは...」
紅はそこで迷ったように言葉に詰まる。
が、残りを一気に吐き出した。


「兄貴と翠が金曜の夜何してるかって事」



俺は口を引き結んだ。
紅色吐息    06.02.2007
 俺の生活は翠一色に染まってしまった。
机の横の壁に貼ってある、撮影の時に撮った写真を眺める。

ぼんやりと、初めて兄貴が翠を俺に紹介した日の事を思い出した。

忘れもしない、6ヶ月前。
丁度その時、家のコンピューターで写真の修整作業をしていた。
ノックもしないで兄貴と、兄貴に連れられた佐々木翠は俺の家に押し入り、フローリングの床を靴の踵を鳴らしながら大股で闊歩する。
足音で、兄貴だとすぐ分かった。

「紅、一昨日お前に伝えておいた、例のトレーナーだ」
兄貴はコンピュータースクリーンに釘付けの俺に声をかける。
「ああ......えっと、この人?」
俺はやっと返事を返して、ゆっくり顔を上げた。
兄貴の隣に立っている、背の高いオトコオンナをチラリと見る。
女は何故か苦笑していた。
「佐々木翠、お前の専属トレーナーだ。うちの来期の夏物のキャンペーンのモデルもやってもらっている。前回の撮影の時会わなかったか?」
「前回の撮影は、俺じゃなくて佐藤さん......だけど」
兄貴がそう紹介するなり、俺の笑顔は固まった。
よく見ると、明らかに俺より年下じゃないか。
しかも、トレーナーとしての経験ちゃんとあるの?

だいたい、俺のトレーニングも一昨日突然兄貴から電話が来て、
「お前にトレーナーを見つけてやったから、リハビリも兼ねて運動しろ」
とか別に運動したくも無いのに命令されて、大迷惑だった。

「佐々木です」
アバクロの男物のシャツとカーゴをお洒落に着こなしている仏頂面の女は、俺を見て一応一礼する。
「門田......紅です」
俺も一応の挨拶で軽く会釈を返すと、女の横の兄貴に文句と非難の視線を送る。
「悪いが、ちょっと席を外してもらおう」
俺の視線を受け止めると、兄貴は笑いをかみ殺した声で女に指示を出した。
女は肩を竦めて言われた通りこのリビングから出て行った。


「何だあのオトコオンナは?俺よりも若いでしょう?そんな経験も無いようなトレーナー誰が選んだんだよ!」
「俺だ」
兄貴はとても冷静な声で返す。
「お前は前に運動して筋肉をつけたい、と言っていただろう」
「確かに運動しようかなとか言ったかも知れないけど、あんなオナベ見たいな得体の知れない奴、嫌だよ」
「確かに見てくれは思わしくないが、競泳で日本記録を持つかなりのスイマーだ。それに、頭の中は見た目ほどアホでは無いぞ」
「見た目がアホな奴は皆頭の中もアホだよ」
「そういう奴もいるな。まあとりあえず、1ヶ月だけ試しにやってみろ。それで嫌なら他を探してやる」
俺は押し黙った。
「お前が構わなければ、俺は下で車を待たせてあるから行くぞ。7時発の香港行きのフライトに間に合わせたい」
兄貴はそう言いながら、既に背を向けてドアに向かって歩いている。
ガチャリ、とドアを開けると
「あ」
ウンコ座りで耳の後ろに手を置いたままの佐々木翠がドアの前で固まっていた。
背の高い兄貴は硬直したままの女を冷たく見下ろす。
「と、いう事だ。聞いただろ。1ヶ月試しにやってみろ。報告は......金曜の夜だ」
そういい残すと、兄貴は大股で闊歩し俺の部屋から出て行った。


 俺は目の前のオトコオンナを嫌味なほどじーっくりと観察した。
背は175以上。肩の骨が張っていて、俺よりも短いショートヘアで、筋肉質で、悔しいけど見た目は俺より男らしい。

俺は改めて顔を作り相手に微笑む。
「佐々木さんは競泳選手なんだそうですね」
「今は休業中」
頭を掻きながら相手はぶっきらぼうに返す。
「へえ。何か理由でも?」
傷があるなら抉ってあげようかな。
「そう。理由があんだよ」
女は部屋を見回すと、ソファーの方へ歩き出す。
「怪我、とか?」
「あんたさ、足、どうしたの?」
俺の質問に答えないまま、松葉杖を指差して尋ねる。
「“あんたも”、怪我?」
へえ。そういう事か。怪我ね。
「ま、別に何でもいいけど。あ、何コレ!ド〇クエの最新版じゃねえか!!」
ソファに座っていた女は、テレビ横のゲームの棚を指差す。
「.........。そうだけど?」
俺は冷たい声で聞き返す。
この女の予想外の言葉に実は少しむっとしていた。
『何でもいいけど』と、俺の足の話題を一蹴した。
別に聞いてもらいたかったわけじゃない。
ただ、この女の性格が垣間見えたような気がした。
つまり、他人には興味を持たない、自己中心的我侭性格って事。
「貸してくれ!」
と女がねだると同時に、俺は冷たく
「イヤダ」
と言ってやった。



それから、週3日。
毎日大学で授業を終えると、佐々木翠はBREEZE社の社員専用ジムにやってくる。
週に2日は水泳で、あとの1日は筋トレ。
トレーニング中の佐々木翠は至って真面目で、思った以上に親切で丁寧に教えてくれる。

驚いていたのは、佐々木翠の方だった。
「お前、もやしっ子だと思ってたけど、割と運動神経良いのな」
もやしっ子なんて失礼な事を平気で言うね、と思いながら、
「上半身は常に動かしてるから」
と俺はは素っ気無く答える。
「問題は、腰から下かあ」
腕を組みながら佐々木翠は「うーん」と考え込んでいる。
俺はそのまま鉄棒にぶら下がって、懸垂を始めた。
「なあ」
懸垂を50回終えて一休みしていると、佐々木翠は顎に手を当てたまま俺に話しかけてくる。
うざい。
「あんたさ、週何回エクササイズ出来んの?」
「知らない。仕事次第」
俺は出来るだけぶっきら棒に答える。
「それに、あんたじゃない。紅」
「ベニ。ああ、名前で呼んでもいーんだ」
驚いた風に目を見開いて俺を見る。
「あんたって言い方は年上に失礼だと思うよ」
嫌味を含んだ声で言い返す。
「でも、おま......紅は俺の事好きに呼んでもいいぜ?別に俺気にしねえし。見た目も頭もアホと思われてるみてーだけど」
言って、はっはっはと笑う。
やっぱり聞いていたんだ。兄貴との会話。
「ブス」
「ブスじゃねえよ。オタク!」
「オタッ......オトコオンナ!」
「ぬらりひょん」
「ぬらりひょん?!カマ野朗!」
「カマじゃなくて、ナベだよそれ言うなら。それに紅だってかなーり男受けしそうな女みてーな面してんぞ」
「なっ」
俺の動揺を悟ってか、佐々木翠はまたしても色気の無い笑い声を立てる。

自分も、兄貴のように運動をして逞しく、男気のある容貌をしていたら、といつも思っていた。
髪も目も茶色い俺とは違い、
髪も瞳も黒く、彫りが深くて、荒削りながらも皆が目を奪われる整った顔と威圧的な魅力を持っている兄貴の、ビジネスマンとしての仮面の下をもう長い間見た事が無い。
8歳で本家に引き取られたあの当時は、学生で陸上選手だった兄貴もよく笑ったり怒ったり感情を表していたのに。


「じゃ、そろそろ行くか」
佐々木翠が俺を現実に引き戻す。
「行くって何処に?」
「紅んちに決まってんだろ」
腰に手を当てて佐々木翠はニイっと笑う。
「何で俺んちなんだよ。君も水泳の練習とかデートとかあるんだろう?帰りなよ」
「嫌だ。ゲームやりてえ。ド〇クエプレイして山田に自慢してやる。紅が嫌がってもついてくからな」
そう言うが早いが、佐々木翠はさっさと出口に向かった。



「君、うちの夏コレのモデルになったんだってね」
俺はパソコンの画面を見つめながら、リビングのTVスクリーンの前でゲームに熱中している佐々木翠に声をかける。
「ああ。あんたの兄の友人が紹介してくれた」
胡坐を掻いて座っている女は振り向きもせず、答える。
「あんたじゃなくて、紅」
「あーはいはい。紅ね。俺の事も翠って呼べよ」
「気が向いたね」
俺もそっけなさを装って冷たく答える。
しばらくテレビゲームに集中していると、女......いや、翠は突然
「くそっ!!」
と叫んで拳を振った。
「紅のせいで全滅しちまったろ!!あ~~~胸くそわりい」
画面をセーブして、こっちを振り返る。
ざまーみろ、だ。
俺はクスリと鼻で笑い、マウスをクリックし続ける。
「お前...じゃなくて、紅は一体何台カメラ持ってんの?」
俺の部屋を歩き回りながら、俺の撮った写真を一つ一つ眺めながら翠は呟く。
俺はそっと彼女の背中を見た。
やっぱり、背が高い。
自分と同じ位か、もしかしたらそれより上か。
スラリとして筋肉が引き締まった体つき。スイマーの典型的体型。
柔らかそうな茶色の髪の毛は......俺の色と似ている。
短めのショートは泳がない限りいつも無造作なスタイリングを欠かさないようだ。
髪型はカッコよく決まってる。
今日は古着のジーンズをさり気なく腰でバギーに穿きこなして、上半身を強調する柔らかなTシャツを着ている。
その布地越しに、女の証が小さめながらも突き出して主張している。

「なあ、聞いてんのか紅?」
ハッとなって、俺は視線を逸らした。
まさか、こんなオトコオンナの胸を凝視していたなんて思われたく無いし。
「6台だよ。あんまり人の物触らないでくれる?」
俺は努めて嫌味な声を出した。




佐々木翠、というこのオトコオンナの存在が大きくなるのは、この数ヵ月後の撮影の事である。
紅色吐息 Ⅱ    06.03.2007
 俺はスタッフに色々と指示を出しながら自分のカメラを弄っていた。

夏の水着の撮影。
撮影第一段階は、スタジオで。
モデルは佐々木翠の他に、3人。
水着と言っても競泳用なんかではなくて、一般向けな柄物やビキニが中心だ。
数年前からBREEZE社は女性用の水着の開発に力を入れてきた。それが、アメリカの有名なファッション雑誌で取り上げられ、日本に逆輸入する形になり人気に火をつけた。

「うわああああ!!こんなんぜってームリっすよ~~~」
着替え室の奥から翠の絶叫がこだまする。
「これズラっすか?え?えくすて???」
相変わらず、煩い。
俺は不機嫌な顔でカメラの位置を定めると、モデル達の用意が出来るのを待った。

自分はラッキーだったと思う。
父親は有り余るほどの金を持っているし、腹違いとは言え兄貴が会社を継いでくれているし、自由気ままに好きだった写真に打ち込む事が出来る。
去年卒業したアメリカの大学ではフォトグラフィーを専攻したし、インターンで向こうの会社で経験を積む機会にも恵まれたし、それに日本に帰ってきた今も兄貴や親父のコネで仕事は簡単に入ってくる。
BREEZE社の専属フォトグラファーとして、春夏秋冬の新作の企画制作に携わり、ショーやウェブサイトの管理も手伝っている。


モデルの用意が出来たらしく、俺は再びカメラを弄った。


が、一瞬呼吸が止まった。


佐々木翠がセット入りした途端、俺は彼女から視線がそらせなくなってしまった。


俺の知っている男らしい佐々木翠ではなくて、その日の彼女はエクステで編んだらしいロングヘアをフワリとカールさせ、女の子らしい化粧をして、セクシーなビキニを着用している。
その顔に浮かんでいる仏頂面さえなければ、明らかに他のモデルより整った目鼻立ちで目を引いた。

佐々木翠の引き締まった尻から腿のラインを見てしまい、俺の股間に一気に熱が集まるのを感じた。

「ジロジロ見てんじゃねーよっ、紅!!」
翠は俺に指をさして睨む。
「なかなか、女の子らしくなったじゃん」
俺は高鳴る心臓をを抑えながら、からかう様に言葉を返す。
少し声が掠れた。
「ゲロ吐きそーだぜ」
翠は更に不快そうに眉をしかめる。
「仏頂面は、カメラの前では止めてよね」
俺はそう言うと、プロらしく指示を出した。


その日から、オトコオンナとばかり思っていた俺の翠を見る目が少し変わった。気づくと悔しくて恥かしい事に、俺はあの日の翠の肢体を連想して自分の熱いものを夜な夜な扱くようになっていた。

それだけでは無く、翠の事をもっと知りたい、もっと近づきたいと感じ始め、その感情がいつしか彼女に抱かれてみたいと思うものに変わっていった。

普通男なら女を抱きたい、と思うのが道理のはずなのに、自分でもその発想はおかしいなと首を傾げた事もあった。

佐々木翠が同性愛者という事実があったからなのか、
あるいは俺が産まれ持った性癖なのか。

とにかく、俺の中の妄想はどんどんと膨らんでいった。

気づくと、その人のことを考えている。
そんな単純な行為が『恋』だって気づくのに、何ヶ月もかかってしまった。


そしてついに数ヶ月経ったある日、俺は駄目もとで翠に訊ねてみた。

俺を抱いてみてくれ、と。





 昼間だっていうのに、新宿は蟻地獄の蟻みたいな人でごった返っていた。
よく器用に人をぬって通っていくよ。
俺は新宿に到着して3分しか経っていないのに、既に人酔いして気持ち悪くなっていた。

今日俺と翠が向かったのは、歌舞伎町にあるそういったモノを扱う風俗店。
通販で買っても良かったけれど、翠と一緒に買い物が......デートが出来るっていう事実が俺は嬉しかった。

「なあ、紅って家から出る事あんの?」
翠は今日もジーンズにパーカーを羽織っていて、セクシーのセの字の欠片もない。
でも、俺達のルックスはかなりの人目を引くらしい。
「あの子達、カワイイ!」
とか、
「一人怪我してるみたいだけど、あの二人モデルかなあ?」
やらの会話を通りすがる度に耳にする。
いつもは不快に感じるそういう視線も、翠となら嫌な気分にならなかった。

「たまにでかけるけど、滅多にない。全部ネットで事が済むしさ」
「じゃあ、俺の買い物にも付き合え。疲れたら休憩取るからさっ」
「翠使える金あるの?」
満面の笑みだった翠の顔が一瞬にして悲しげなものに変わる。
「……ねえよ。ウィンドーショッピングしかねえな…」
俺は苦笑しながら、翠の後についていく。


「ここだっ」
と翠が入っていった店は、路地を曲がった所にあって表通りからは見えない場所に隠れて建っていた。
如何にも、というコテコテ装飾に、店の中のマネキンの衣装が……かなりヤバイ。

「味付きのコンドームも買うか?」
店の中の際どい商品を眺めていると、翠がカウンター横の小さな箱からコンドームを何枚か取り出す。
「それが必要なのは翠でしょ?」
と、言いながらも興味をそそられて俺も幾つか手に取った。


「紅さあ、ぺニバンなら俺幾つか持ってんぜ?」
色んな玩具を手にとって眺めていると翠が俺に話しかける。
「翠が他の女に使ってるのなんてキモくて使って欲しくない」
俺は顔を顰めながら答える。
「ふうん。それならしょうがねーけどさ。でも、細めの買えよ」
「細っ……」
俺は真っ赤になって周りを見回す。レジの店員には聞こえなかったようだ。
「お前まだ慣れてないし。なるべくならあんま拡張とかもしない方が良いぞ」
しごく真面目な顔で翠は俺にアドバイスする。
「し、しないよっ」
と言って、俺は細めのバイブと翠用のぺニバンを購入した。



「あ、アヤ?わりいわりい。やっぱ明日無理だわ。そ。バイト。え?分かった。日曜日ならいいのか?ああ。じゃあなっ」

翠は店から出ると、女の1人に電話をかけていた。
こういう時、翠が遠い人間のように感じる。
俺の知らない世界の住人だって、再確認させられているような気分になる。
「またアヤって子?他の子に比べてよく電話してくるね」
俺は嫌味を含んだ声音で言う。
「うざくないの?」
「うーーーーん。ちょっとだけな。多分もうアヤとは長くないと思う」
珍しく翠が溜息をついていた。

と、その時。
ドンッと俺の体に誰かがぶつかった。
俺はバランスを崩してそのまま転んだ。

「どこ見てんだコラぁ~~~」
不良崩れの男が、俺に向かって啖呵を切ったらしい。
らしい、と言ったのは、俺は転んで下を向いていたから。

「てめえこそどこに目つけてんだああああ!!!」
と、俺の頭上で翠の声がした。
「あああ?何だこのカマやろうはぁ?」
「カマじゃねえよ、ハゲ野郎っ。こいつが松葉杖ついてんの見えねえのかアホンダラ!!」
俺の頭上で二人が言い合っている。
「翠っ。いいよっ」
立ち上がった俺が止めようとするのも聞かず、翠は男に啖呵を切り続ける。
「紅は黙ってろっ。この礼儀知らずに礼儀っつーのを教えてやんねーとなっ!!」
「でも......っ」
「〇×〇×〇×だからって道を譲るなんて規則はねえんだよ!!」
男が俺を差別的な名前で呼んだのが引き金になったらしい。
翠が見た事もない程真っ赤になって怒って、男に飛び掛った。

うわあ。殴り合いになっている。
確かに筋肉はあるけど、翠はああ見えても女だ。
男の繰り出すパンチを器用によけてる。

が、気付いたら翠は一瞬のうちに男へアッパーカットを決めてぶっ飛ばしていた。
「紅、逃げるぞ!俺に掴まれ!」
翠は俺の前で屈む。
俺は恥もプライドも捨てて、翠にお姫様抱っこをしてもらった。

翠の首にしがみついているとはいえ、俺の体重と松葉杖と買い物した玩具とで、かなりの重さになっているはずなのに、翠は物凄い速さで走って路地を突っ切っていく。

俺は向かい風を感じながらここぞとばかりに彼女の見た目より柔らかい体にしがみついた。

翠の鼓動が聞こえる。
俺以上にその鼓動が早鐘を打ってる。

首筋に顔を埋めた。
彼女の肌は暖かくて、スムーズで、汗なのか適度に湿っている。

心地よい。
それに、何故だかとても愉快な気分になって、笑い声が自然に出てきた。



花園神社に着くと、翠は俺を下ろしてはあはあと肩で息をついた。
「これ、すんげー運動量だわ。ちょ……つれえ。腕ツルかと思ったっ」
俺はさっきの勇ましさとは打って変わって泣きそうな顔で舌を突き出しながら呼吸を整えている翠をみて、再度笑い声を上げた。
「あの男、翠のアッパーカットで泡吹いてたよ」
「まじ?ヨワッチかったな~」
翠もあははと笑っている。
「翠、走れメ〇スみたいだった」
「何だよそれ!!全然嬉しくねえよっ。ゴールしたら死んじまうじゃねえかっ」
「ほめ言葉のつもりなんだけど」
「なってねえんだよっ」
言いながら、俺達は腹を抱えて笑い転げた。

その笑いが突然「あ」と止まった。


俺は翠の視線の先を追う。

「あ」
俺も声が出た。

男と手を繋いで神社の境内を歩いている美人がこちらを振り向いたからだ。



翠は小さく呟いた。
「さくらさん……」
紅色吐息 Ⅲ    06.03.2007
 「あら、翠さんに紅君!」
男と手を繋いで仲睦まじそうに歩いていたさくらさんが俺達に気付いた。

俺らは一斉にさくらさんの隣の男に視線を注ぐ。
「あ、こちらは武藤さん。ブライアン武藤さん」

男は別にコレと言って特徴のない、でも何となく親切そうな優しい顔つきをしていて、普通の会社員風のスーツを着ていた。
ブライアンって名前からすると、恐らく日系人か何かなんだろう。

「こんにちは。さくらがいつもお世話になってます」
と流暢な日本語で、ブライアン武藤は俺たちに会釈する。
にこやかに、名刺を手渡す。
俺はざっと渡された名刺を見た。
どうやらブライアン武藤は、国際弁護士らしい。
「ブライアン、こちらがうちでボランティアをしてくださっている、翠さん。ほら、何度か話をしたでしょう。それで、こちらが鷹男さんの弟さんの、紅君」
俺は
「こんにちわ」
と笑顔を返す。
が、翠は反応なし。

俺は恐る恐る隣を見る。

うわあっ。
男を怖い顔で睨んでる。
「こんちわ」
いつもより一オクターブ低い声だ。

さくらさんはそれに気づいているのかいないのか。幸せそうに微笑みながら凄い質問をする。
「お2人はデート?」
「はい」「違います!」
俺と翠が同時に返事を返した。

「いたっ!あ、えっと翠に俺の買い物を付き合ってもらってるんです」
俺は渋々フォローを入れる。
だって隣の翠が後ろから手を回して俺の横腹つねるから。
「さくらさん、この方が兄貴が言ってた......」
「そう。私の彼氏。ねっ」
さくらさんは眩しい笑顔で手を繋いでいる男に微笑みかける。
男はさり気なく微笑み返して、彼女の腰に手を回す。
別に嫌味は無く、ごく自然に。

隣から触れたら腐りそうなドス黒いオーラを感じるのは、俺だけなのかな。

「丁度良かった。ここら辺でお茶でもしようと話をしていたんだけど、君達も一緒にどうだろう?」
武藤って男が俺達を誘う。
「あ、そうです......」
「いや、俺達やる事あるんで。なっ、紅?」
「え?あ......うん」
二つ返事で返しそうになった俺を、翠が割り込んで止める。

もっと兄貴のライバルの事探ってやろうと思ってたのに。

「そっか。残念。じゃあ、またの機会って事で」
さくらさんとその彼氏はいちゃいちゃ熱々ぶりを俺らに見せ付けながら、その場から去って行った。



珍しく、翠が押し黙っていた。
首をうな垂れている。
俺は、翠の肩に手を回した。
「さくらさん、男の趣味あんま良くないね」
元気づけようと、言葉を探した。
「学生時代から付き合ってるらしいけど、兄貴の方が数倍いいじゃんっ。翠もそう思わない?」

翠ははあーっと大きく息を吐く。
「さくらさん......すっげー幸せそうな顔してた......」
「そんな事なかったよ」
と否定しながらも、確かに彼女は幸せそうに輝いていた。
「俺って好きな奴と永遠に結ばれねーみてえ」
ああっ、と呻いて翠は顔を仰け反らす。

それは俺も同じじゃないかな。

翠のキレイな顔をぼんやりと見つめながら、俺は心の中でそう答える。

「紅、空見ろよ。明るいのに星が出てる」
言われて、俺も青空を見上げた。
「ホントだ」
俺達は暫くぼんやりと薄い色の月を眺める。

三日月みたいな、細い月。
青い空に浮かんでいる。

「なんか太陽も月も出てるから、変な感じだぜ」
「そう?俺二つ両方見れるの結構好きだな」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ」


やがて翠は起き上がって、尻に付いた土ぼこりをパンパンと払う。
「紅、俺の寮来るか?きったねえとこだけど」
俺に手を伸ばして助け起こす。
「え、いいの?」
と驚いた返事を返す俺に翠は、
「紅の事、無茶苦茶抱きてえ気分。俺にさくらさんの事、忘れさせろよ」
とドキッとする程魅惑的な笑みをこぼした。








 翠の寮の部屋は3階で、ルームメイトも居ず小さいながらもきちんと整理整頓されている。

俺は、簡素で白い木綿のシーツに包まれた翠のベッドの端に腰掛けた。
部屋の中は翠が泳いでいる写真やらトロフィーやらで溢れている。
俺は、それらの写真をまじまじと眺めた。

「色々と賞をもらってたんだね」
翠が泳いでいる所は今だ持って見たことが無い。
俺を教えている時も、いつもプールサイドから指示を送るか、水の中に入って俺の体を支えるだけ。
「こいつらのおかげで、まだこの大学で特待生やってられる。......って言っても、いつ奨学金切られるかわかんねーんだよな......」
「ふうん、そっか...。翠、何してんの?」
俺は着ていたパーカーとその下のTシャツを脱ぎ捨てている翠に声をかける。
「脱いでんだよ。それとも、俺に服着たままやってもらいてーのか?」
「えっ?」
みるみるうちに、翠はブラとパンティ姿になる。

「それとも、俺の裸見たくねえのか?」
「そ、そんなはずないよ!」
俺は慌てて否定する。
が、やっぱり本音を付け足した。
「でも、さくらさんと神社で会ってから翠、結構感情が暴走してない?」
「そんな事ねえよ。紅、俺を見ろよ」
翠は最後の砦を脱ぎ去る。

「うわ......」
俺は初めてみる翠の裸体に思わず声を漏らした。
小さな胸は、小さいながらも形よく上を向いているし、先端の実はピンク色だ。
ドキン、と俺の胸が大きく打つ。
撮影の時見た引き締まった体は、そのまま茶色の三角地帯へと続いてる。

翠は裸のまま部屋を横切って、俺が持ってきた袋の中から例のモノを取り出す。
包みから出すと、クロゼットからアルコール液を取り出して、コットンで軽くふき取る。
その上、ローションらしきものやらコンドームやらを取り出してベッド横に置く。

手馴れてる。

だけど、言葉に出来ない嬉しさが込み上げて来た。
頭の中で、幾夜も想像してきた翠の姿が目の前にある。

下半身に熱を感じる。

「紅も脱げ」
袋からとりだしたあれを腰に装着すると、翠は俺を催促した。
「翠、脱がせてよ」
俺もいつもみたいに我侭を言う。
翠はしょうがないなあ、と呟いて、俺を組み敷く。

翠は手早く俺の着ていた衣服を取り去ると、ローションをベニバンの突起の部分につけて、俺に覆いかぶさる。

「み、翠?!」
翠が俺の首筋に唇を這わせた。

俺は驚いて息を飲む。
今までこんな事された事がない。

翠の柔らかい胸が俺の胸部を摩り、彼女の腰の突起が俺の半分鎌首を擡げている棒を擦る。

翠の体温は、温かい。
俺は翠に身を委ねた。
「あ......ぁぁ......」
彼女は俺の胸の頂を吸って、下で刺激を加える。
手は俺の分身を掴んで扱いたり、自身のローションがヌルヌルする突起と一緒に擦ったりする。

「紅、仰向けとうつ伏せとどっちがいい?」
翠が俺の上で上目遣いに俺を見上げる。

そのグレーの瞳をみただけで、果てそう。

「仰向け......」
俺を抱く翠をずっと見ていたいから。
ただそれだけの理由。

翠は枕を取って俺の尻の下に置く。
俺の右足を気遣って、ゆっくりと足を開いていく。

「俺を想ってここ触ってた?」
翠が俺の秘密の場所を指で突付きながら訊ねる。

意地悪な質問だな。
答えを知ってるくせに。

「触ってたよ......。毎日ね」
「一人エッチしないっつったのに?」
「あれは大嘘だよ。女を抱いた事ないってのも、大嘘」
「じゃあ、俺に見せろよ。どんな風に触ってんのか」
翠は口元に笑みを湛えながら、俺にローションを手渡す。
「いいよ......俺は翠の奴隷だから...見てて」
俺は体を半分起こすとローションを手に取り、下の菊花に塗った。

翠は真面目な顔でじっと眺めている。

時間をかけて、よくローションで解して、中指を1本挿れた。
第一関節から、第二関節へ......。
一番奥まで入れると、その指を今度はゆっくり時間をかけて引き抜いた。

小さな快感の波が俺の体を駆け巡る。

翠の指だと、手だと思って、幾度も自身で慰めた。
だから、慣れ始めている。
心も、体も。
俺は指の抜き差しを早める。
「......ふぁっ.........あっ......」
俺の分身の先端が潤んできた。

翠の小さくて柔らかいピンク色の胸の突起に自分の唇を這わせているイメージが浮かんだ。
やばい。
これだけでイけそう。

俺は、もう片方の手にローションをつけ、自分の分身を握った。
両手で両方に刺激を与える。

俺の自慰行為を、翠に見られている。
今。この瞬間も。



そう思った瞬間、俺の中で何かが弾け、理性を失った。

扱いている手が速まる。

「翠っ翠っ翠!!!あああああっ」
翠の名前をがむしゃらに叫びながら、俺は発射した。
紅色吐息 Ⅳ    06.03.2007
 翠は
「色っぽい表情してたな」
と言って俺の体に撒き散らされた白い液を、乳液みたいにマッサージしながら塗りたくった。

それも、気持ちがいい。

「俺も、触っていいか?」
翠がゴムを手に被り、ローションをたっぷりつける。
揉み解す必要は無かった。
既に柔らかくなっている俺の菊花は、つるりと翠の指を飲み込んだ。
「これなら......多分大丈夫だ」
翠は指を差し込んだまま、俺に微笑みかける。
「翠が欲しいよ」
俺も、翠に微笑んだ。

数回指で出し入れした後、翠は腰のぺニバンの突起にもゴムを被せ、同じくローションを塗りたくった。

「痛かったら止めるから、言えよ?」
翠が念を押すように聞く。
俺は夢中で首を縦に振った。

俺でさくらさんの事、忘れてくれればいい。
俺の体使って...。

ちゅぷ、と先端が宛がわれる。
俺は息を止めた。

確かに俺が買ったペニバンは店にあった中で一番細くて小さいものだったけれど、それでも翠や俺の指1本の2倍以上の大きさだ。

俺は翠の顔を眺め続けた。
ぐぐぐっと中に圧迫感を感じる。

「はぁぁっっ」
自然と声が出た。
体が仰け反る。

「紅、全部入った」
翠は俺に入ったまま、動かない。
「痛いなら、止めるか?」
と俺を気遣う。

「やめないで!」
俺は即座に口に出していた。
「じゃあ、動くからな」
翠は再度菊花の入り口にローションを塗り、ゆっくりと引き抜く。
「ふあっ!!」
今度は突如虚無感を感じる。
「あぁっ......あんっ......くぅっ......うあっ」
翠はゆっくり突きを繰り返すと、だんだんと早さを増していく。

翠に突かれている。
ずっと夢見ていた瞬間。
ずっと求めていた瞬間。
俺は自ら腰を振った。

翠が動きやすいように。

翠に突かれながら、俺は自身を再び扱き始める。
いとも簡単に、俺の分身は元気を取り戻した。

そして、また俺は頂点に駆け上った。





翠が突起を俺の中から抜き去る。
「よく頑張ったな」
そう言って、母親面して俺の頭を撫でた。
ゴムとペニバンを取り去ると、ドカッと全裸で俺の隣で横になる。
「このベッド、狭いね」
俺は翠に半分腕枕される形で、抱きかかえられる。
翠の骨ばった体が温かくて、気持ちいい。
「紅んトコみてーなキングサイズベッドっつー方が珍しーんだよっ」
ふああっと言いながら欠伸をする。

俺は、一瞬躊躇って、おずおずと翠の下半身に手を伸ばした。
「っ!」
恥毛に触れると、翠が体を強張らせる。
「ここ、触ってみてもいい?」
俺は触れそうなほど至近距離で翠のグレーの瞳を伺う。

無言は肯定の印だと勝手に解釈して、俺は指を差し入れた。

「あ」

濡れてる。

嬉しさで心臓が早鐘を打ち始める。
俺を抱きながら、感じててくれてた…。

もしかして……?!

だけど、翠は俺の腕を掴んでそこから手を退ける。
「わりい。ここは……勘弁な」
俺は指に絡みついた翠の蜜をそのまま口に持って行った。
「翠の……味。甘くておいしいよ」
翠は俺を見ながら苦笑する。

「俺さ、さくらさん……諦めるわ。ってか、勝手な片思いだったから諦めるもクソもねえけど、今日のさくらさん……すっげ幸せそうだった」
「うん」
「手え繋いでた」
「そうだね」
俺は言いながら、翠の手を探して掴む。
「俺、めっちゃ悔しかったっ」
「うん。分かるよ」
俺も翠が他の男と同じ事してたら、きっと同じ風に思う。

「翠さあ、やっぱ俺じゃダメなの?女じゃなきゃダメなの?」
翠は宙に視線を漂わせる。
「それが……最近よくわかんねえんだよ」
「何で?」
「理由は……言えねえ。言ったら紅、俺の事軽蔑するだろーし。けど、1つだけいえるのは……ここずっと感じてる俺の中の葛藤は……例えば、紅見てこういう風に俺の体が女の反応示してるって事。心は……違う……と思う」
自信なさ気に語尾を濁す翠を凝視しながら、俺はぎううっと翠の手を強く掴む。
「翠、今何人の相手してるんだっけ?」
「お前も入れて、3人」
「毎週その人達と会ってんの?」
「相手によりけり。ほぼ毎週」
「ちょっとだけ、相手俺だけにしてみなよ」
え、と翠が俺を見る。
「だから、女を絶ったら?」
「それは、無理だわ……」
「何で?俺、いつでもどこでも翠の相手するよ?」
翠は頭を掻く。
「俺、ちょっと込み入った……」
「佐々木ぃぃぃぃぃぃぃぃl!!!!柔道部の井上と澤野が台所で取っ組み合いの喧嘩始めてっ…………!!!!」

いきなり、バンっと翠の部屋のドアが開いた。


「「「うわっ」」」
3人の驚き声が重なる。


ドアを開け広げた浅黒くて背の高い男は、口をあんぐり開けてベッドの上の俺らを凝視する。
言葉が出ないらしい。

「山田、俺取り込み中なんだけど」
翠が布団を引き寄せ、冷静さを取り戻した声で『山田』と呼んだ男の方に体を向き直す。

「さ、さ、さ、佐々木、それ………オト……コ?」
それ扱い。
俺は上半身を起こして
「こんにちわ」
と髪の毛を払いながら笑顔で会釈する。
「男だよ。文句有る?」
笑みを顔に貼り付けたまま、ドアの前でまだ固まってる男に声をかける。

「し、失礼しましたぁぁぁぁぁ!」
男は敬礼するとクルリと踵を返し、両手と両足を同時に振り上げながらドアを閉めるのも忘れて出て行く。

「ああクソっ」
と翠は罵って、体を起こした。
急いでそこらへんのTシャツと短パンを身につける。
「今の、よく話する山田。競泳選手で、おれの仲間」
山田って名前はよく翠から耳にする。
確かオリンピックの代表にもなったらしい。
翠があまりにもその山田の話をするから、俺はたまに不愉快な気分になる。
「ちょっくら、喧嘩止めに行ってくっから。柔道部の奴ら、前回俺らの台所滅茶苦茶にしやがったし、山田だけじゃ止められねえしっ」
そう言うなり、翠はヒョイと身軽にベッドから飛び降りドタドタと部屋から駆け出していった。


俺ははあーっと大きな溜息を吐いて、自分の服を探した。
結構いい所まで話が進んだと思ってたのにさ。

ベッドに掴まりながら立ち上がる。
今の今まで翠と繋がっていた場所が疼く。
もう一回、抱いて欲しいな。
「次回…だね、きっと」

諦めて服を着ながら、ふとベッド横のランプが置いてある小さな棚の上に目が行った。
「あれ?翠、携帯変えたんだっけ?」
いや。
さっき「アヤ」とか言う子にはいつもの携帯で話をしていた。
手に取ろうとして、その真っ赤な携帯の下にあったカードに気付く。

見覚えが有る。


スープリームホテルのスイートルームのカードキー。
部屋ナンバーも見知ったものだ。


兄貴が私情に使う為に購入した、ホテルの一室。


「なんで翠が……」


まさか、と思って携帯の着信を確認する。
息が苦しい。
ドクドクと俺の動悸が激しく鳴り始める。



着信はほぼ1週間毎。
最後の着信は、先週の金曜日の午後12時40分。



そして、発信者は俺のよく見知った番号。
見知った名前。






俺は、携帯を握り締めた。
There 4 me    06.05.2007
 雨、という天気は嫌いではなかった。

だけど、傘って存在は煩わしいと思う。
濡れるのは嫌いじゃないし、雨を肌に感じると、俺の中で溜まった不満とか、苛立ちとかを洗い流してくれる気がする。

大学の事務局から出てきた俺は、大きく溜息をついた。

そろそろかな、とは思っていた。

肩を故障して、水泳が出来なくなってから約1年。
再起は絶望的、と医者に宣告された。
いや、水泳が出来ない事は無い。
ただ、前のように国体に出れるレベルの運動量は不可能、という事だそうだ。

事務局長から呼び出された俺は、特待扱いと運動選手として支払われていた奨学金支給の停止を言い渡された。

今学期が終わったら寮からは出なくちゃならないけれど、大学には通う事が出来る。
奨学金も、一般生徒と同じ条件で支払われると言う。
家庭環境があれだから、全額支給の奨学金も申請すれば得られるのでは?と言われた。

もちろん、田舎のじいちゃんばあちゃんには言うつもりは無い。
母親が…自分らの娘が作った借金で大変な思いしてんのに、これ以上心配をかけたくなかった。

7ヶ月前500万円を送金した時、あまりの額にばあちゃんは電話口で絶句していた。
「モデルの仕事が入ったんだ」
と嘘をついた。
「ありがたいねえ」
と言って涙していた。
あれ以来、酷かった借金取りからの嫌がらせが無くなったらしい。
ただ、残りの催促の電話はまだ来るらしいけど。


「あーあ。禿げ上がっちまうよ」
最近は苦労ばっかりだ。

俺は目についたコンビニの前においてある職探し用の無料雑誌を手に取る。
女との情事に費やしてる時間も、さくらさんの所のボランティアも辞めざる終えないな。
割の良い仕事を探そう。

「さくらさん……か」
俺は面を上げて雨を顔で受け止める。

門田鷹男と6ヶ月前交わした約束を思い出す。
彼女は異性愛者だし、男がいるらしいとも聞いていたし、別に彼女とどうこうしたい、という願望は……無いわけではなかった。
ぶっちゃけ触れたいな、くらいは思っていた。

さくらさんを想像しながら、他の女を抱いた事も有る。

でも、思ったほど辛くは無かった。
あの、ブライアン武藤を見て苛立ちはしたけれど、諦めの境地に入っていたからか我を忘れる程のショックは無かった。



「徒歩で来たのか」
言われた通りホテルのスイートルームに姿を現した俺に、ドアを開けた門田鷹男は驚いていた。
ポタポタと水浸しの俺を部屋の中に入れると、鷹男はバスタオルとバスローブを投げてよこした。
わけのわからない数字が羅列してある大量の書類がテーブルの上に広がっている。
株、か?
「シャワーを浴びるか?」
俺を招き入れた鷹男は再びソファに腰掛けその書類に目を通しながら、そう俺に聞いた。
「いや。俺……」
「ああ、そうだった。そろそろ月のものが来る頃だな」
なっ。
俺の顔が赤くなる。

生理を経験する度に、自分は女だと思い知らされる。
いや、俺は別に男になりたいと思っているわけではない。
ないけど、それでもこんな腹が痛くなるだけの不便な現象は要らなかった。
出来る事なら欲しい奴に「のし」つけてくれてやりたい。

「人の生理日数えてんじゃねえよ」
「関係を持つ相手の体調を、常に知っておくべきだと思うが?」
「俺はお前の体調なんて別に気にしてねえし」
門田鷹男は書類に目を落としながらフンっと鼻で笑った。

いつもはかっちりと着こなしているスーツも、私的な時間だからか、ジャケットは着ておらずネクタイを取り外し、シャツの前を少しだけ開けている。
6ヶ月も既に続いているこの行為の時も、私服の鷹男を見たのは本当に1度か2度しかない。
「用が無いなら帰るぞ」
『用』が鷹男との情事を指しているのは、言うまでも無い。
「誰が帰っていいと言った」
鷹男はゆっくりと顔を上げた。
「今日はお前に訊ねたい事があってな」

俺は鷹男が目の前に居るのも構わずに、ビショビショになっている衣類を脱いだ。
タオルで拭いてバスローブを羽織る。
「んで?」
俺はソファの隣のチェアに腰掛けた。
「紅が、お前にご執心らしい。そして、俺とお前との情事について追求してきた」
「えっ?」
俺は目を丸くする。

紅には話していない筈だ。
いや、鷹男との『契約』は俺と鷹男と立ち会った弁護士しか知らないはずだ。

「お前の借金と俺達の『契約』について、紅に話をした。紅は、お前のトレーニングを辞めたい、と申し出た」
鷹男は目を細める。
何を考えているのか全く読めない。
「そ……っか。じゃあ、しょーがねえよな」

紅、怒ってるんだろうな。
好き嫌いの激しい紅の事だ。
多分、もう嫌われただろう。
どおりでここ数日間、紅から連絡が来ないわけだ。

女のみならず、自分の兄貴とまで関係を持つ淫乱女。
俺は鷹男のブーティー・コール。
呼ばれればケツを差し出さざるおえない。
俺は溜息をつく。
大嫌いな母親と同類だ。

「俺は弟の恋路をとやかく言うつもりは無い。だが、お前が紅を哀れに思って褥の相手をしてやっているのなら、止めて貰いたい」
その言葉に、俺はキッと鷹男を睨む。
「紅が、俺達の関係について話をしたのか?」
「自分からお前を取るな、と言って来た」
鷹男はそこで一息ついて、立ち上がる。
ミニバーに取り付けてある大型の冷蔵庫から冷えた白ワインを掴むと、棚からグラスを取り出して注いだ。

「お前は、紅をどう思っている?」
鷹男はワインを燻らせながら、カウンターにもたれる。

俺は、唇を噛んだ。
「俺は……良い……ダチだと思ってる…」
歯の間から声を漏らす。
「お前は『ダチ』と呼んでいる奴とも寝れるのか?それは友情と言えるのか?」
小首を傾げながら、鷹男は嫌味っぽく訊ねる。

俺は腕を組んだ。
開き直った声が出る。
「寝れるよっ。金が絡めば、お前みたいな男とも寝る」
鷹男は「ほう」と眉根を上げる。
「いい根性だな。では、弟には悪いが、俺達の『契約』は続けさせてもらう」
鷹男はワイングラスを一度口に持っていくと、
「ここに来い」
と俺に命令を下す。
俺は立ち上がり、不機嫌そうな顔で門田鷹男の立っているバーカウンターまで歩み寄る。

あと1歩と言う所まで来ると、鷹男は力ずくで俺を引き寄せた。
強靭な肉体に包まれる。

「!!」
俺が怯んだ隙をついて、湿った熱いものが俺の口に重なった。


甘くて苦い、アルコールの味。




門田鷹男に、唇を塞がれていた。




「っつ」
ガリッ、と歯を立てると、俺は奴の腕の中で暴れた。


そこで止めると思っていたのに、鷹男は更に俺を強く抱き込め、赤くて温いものが流れ始めた唇で再度俺の唇を覆う。


「......んっ......つっ...」
今度は血の、味がする。

舌を絡ませてくる。

噛み千切ってやろうかと思ったけど、俺の理性がそれを止めた。
これで残りの500万がパーになって欲しくない。


でも、唇を犯されているという事実は、俺の怒りの炎に油を注いだ。




最後に真剣に付き合った女以来、キスはしていなかった。
それも、高校3年で卒業して以来の話だ。

キスのやり方を、忘れていた。




そんな事実にも腹が立った。




俺は夢中で鷹男の鉄の味に、絡みつく舌に応えるしかない。


目を開けて、鷹男を見た。
と、鷹男も目を開ける。

散々俺の唇を貪ると、奴は俺をパッと開放した。

俺を冷たい顔で睨みつける。
「キスをしている時位、目を瞑れないのか。ムードもクソも無い」
血がタラリと滴り落ちる唇を白いシャツの袖で拭う。

真っ白なシャツが赤く染まっていく。


はあはあと息を整えながら、俺も奴を睨んだ。
長い間息を止めていた気がした。
くそっ、何で俺の心臓鳴ってんだっ。

「て、てめえが不意打ちするからだろっ」
俺もバスローブの袖で口を拭う。
赤茶色の染みがつく。

鷹男は俺を冷たく睨むと体を離し、そのままバスルームへ行ってしまった。

「クソ!!!!!」
と叫ぶと、俺はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
There 4 me Ⅱ    06.05.2007
 10分ほどすると、鷹男はタオルを口に当てたままバスルームから出てきた。
シャワーを浴びていたのか、髪の毛も体も濡れている。

「そんな所に座り込んで何をしている」
さっきの衝撃から立ち直れないでいる俺を一瞥して、そのまま寝室に向かう。

「俺は、これから用が有る。お前は適当に好きな服をここから取って帰れ」
鷹男は俺の前で全裸になり、手早く服を身に着けた。

俺は鷹男の裸の広い背中を眺める。
元ハンマー投げの選手だけあって、背筋も並みのサイズではない。
鷹男の脈々と波打つ筋肉が、羨ましい。
酔いそうな程、男の色香を放っている。
くそっ。
なんでまだドキドキ言ってんだっ。

『男』との、『鷹男』とのキスだってのに。
未だにショックから立ち直れねえ。

俺は悔しくて血が滲むほど唇を噛み締める。
鷹男に気づかれないよう、2度ほど深呼吸した。

「ああ、森尾か。ロビーに居るのか?分かった。今行く」
再び濃紺のスーツに着替えた鷹男は、コーヒーテーブルの上の書類の山の上に札束を何枚か置く。
「これでタクシーを拾って帰れ」
無言の俺をチラリと視線の端でとらえ、鷹男は部屋を出て行こうとする。
一瞬俺を映したその眼は、冷たく無表情だった。
「来週の、この日に」
低い声で言い残して、鷹男は出て行った。







 肩の痛みは泳いでいる最中感じなかった。
やっぱり、自分の一番のストレス解消は、水泳だと思う。

水泳をしている時、ふと自分の体が宙に浮いて、泳いでいる自分をそのまま見下ろしているような錯覚に陥る。

俺を傍観者として見つめる、もう一人の俺。
まるで幽体離脱か何かをしているような、ぼんやりと曖昧で、まるで幻覚を見ているような感覚。

泳いでいる時の苦しさや辛さを一切感じない。

山田にその事を話してみたら、
「そんなの俺しょっちゅうだよう。特に集中してる時ぃ」
と言っていた。

無我夢中で泳いでいた俺は、泳ぎながらそんな錯覚に陥っていた。

一通りのルーティーンを終えると、
俺はゴーグルとキャップを外して水から這い上がる。

いつもはプールの主みたいな、うるさい山田の姿が見えない。
「ああ、まだ合宿だっけか」
そろそろ戻って来るだろうな。
山田には、色々と話したい事がある。
天然馬鹿だけど、俺の知ってる誰よりも物事の善し悪しが分かってて、誰よりもクリアなビジョンで明確な判断が下せる不思議な男。
その上、陰の努力家だからプールに朝は一番早くに来て、夜は一番最後に帰るのを俺は知ってる。
去年の春は10年以上もの片想いを実らせて、キレイな年上の彼女と今も幸せそうだ。
山田の中ではもう明るい将来家族計画が進んでいるらしいし。
ミーナさんだったら、あの猛獣を上手く扱えるんだろうとは思うけど。

それにしても、あいつが居ないとこのプールも学校も静まり返って不気味な程だ。

俺はタオルを掴んで頭を拭いた。
手を上げた瞬間、コキっと肩が変な音を立てる。
そして、鈍い痛みがジワジワと広がっていく。

やっぱ、使いもんになんねえな......。

俺は溜息をついて、プールサイドのプラスチック製の椅子に腰掛けた。
後で氷か何かで冷やしておこう。

タオルで顔を拭っていると、ふと指が自分の唇に触れた。
.........。

途端にフラッシュバックであの時の事が鮮明に蘇る。
あの感触、頭から離れねえっ。

俺はタオルで汚物を拭き取るかのごとく、ゴシゴシと口を拭い、そして頭を抱え込んだ。

なんであのおっさん顔が、あの感触が離れねえんだっ。

この6ヶ月間、ほぼ毎週鷹男に抱かれ、奴の癖や性癖もだいたい掴めてきた。
女......いや、人間全般に服従を求めるドS野郎。
確かに、毎回バトルのような攻防戦(と、言うより一方的な服従)をベッドの上で繰り返し、体力的には消耗するが、別に前ほどの嫌悪は無くなった。

いや、鷹男との......『男』とのセックスに慣れてしまったのか。

体の事は全然気にならないのに、なのに何故かここ数日間、俺は悶々と奴とのキス......奴の口が当たった時の事を考えていた。

「あああああああああああ~~~~~~~~~!!!!」
獣の咆哮のように俺の絶叫がプールにこだまする。

忘れてえ。
人生最大の汚点。

俺がずっと守っていた聖域を、あの傲慢ヤロウに侵された。
俺の最後の砦を、いとも簡単に破ってきやがった。


「あのう......佐々木さん?」
ふと、頭の上から女の声が降って来る。
「あ、はい?」
俺は瞬時に顔を引き締め、その声の主の方へ向き直った。
飛び込み選手の、竹脇さん。

結構俺の好みだった。
........。

だった?
だった、て過去形?
んなはずねえよ!

好みだ。の間違い。

俺は首を振って意図的に魅惑の笑みを浮かべる。
「竹脇さん、どうしたの?俺に何か用でも?」
言いながら俺は椅子から立ち上がり、彼女の濡れた前髪を故意に額から払う。
一瞬顔を赤らめると竹脇さんは、
「お外でお友達が待っていらっしゃるみたいですよ」
とガラス張りになっているプールの向こうを指差した。

俺と目が合うと、口にだけ小さく笑みを浮かべて、俺を待っている男は手を振った。





「紅!」
俺は慌ててロッカー室に戻り着替えて紅の待っている通路まで駆けていく。
「何やってんだ、ここ生徒じゃなきゃ入れねえはずなのに!」
「俺まだ大学生に見えるみたい。受付素通りしても何も言われなかったよ」
俺は頭からつま先まで紅を見る。
確かに、上下スウェット姿の紅は、怪我をしたスポーツ青年って見た目だ。
顔に視線が移ると、紅はニコリと微笑んだ。
少し、物悲しげに。
「翠、殴っていい?」
「へっ?」
言うなり紅は持っていた松葉杖を高く振り上げた。
俺は咄嗟に目を瞑る。


ばんっ。

と音がした。

片目だけ開けて見ると、紅がさっきと同じ悲しい微笑を顔にはりつかせたまま、振り上げた松葉杖を思いっきり床に放り投げていた。
「な、なんだよ突然!」
「翠ゴメン、拾ってくれる?」
俺は紅の杖を拾い上げ彼に突きつけながら声を上げる。
「一体全体何だってんだ?」
いや。
何となくだけど......理由は想像できた。
真面目な顔つきで、紅は顎で合図する。
「ちょっとドライブ付き合ってよ」
そう言うなり、俺から杖を奪って踵を返し、さっさと歩き始めた。

There 4 me Ⅲ    06.11.2007

 二人乗りのV〇ビートルに乗り込むと、紅は早速エンジンをかけた。

クラシックとかジャズってイメージなのに、ビ〇ンセとかリ〇ナとか今時の洋楽のCDをかけているトコが何か笑える。
「何笑ってんのさ」
紅は運転しながらチラリと横目で俺を見た。
「べっつにー。こういう音楽も聴くんだなーっと思ってさ」
「当たり前だよ。クラシックとかオペラしか聴かないと思ってるでしょ?」
紅はちょっと面白くなさそうに口を尖らせる。
「別に思ってねーよ。ねーけど......」
「金曜日、兄貴と会った?」
俺の言おうとしていた言葉は、紅のそれにかき消された。
「え?あ......ああ。紅、お前、俺とのトレーニングやめたいんだってな」
頭をヘッドレストにくっつけながら、半分ヤケクソの気分で俺は答える。
「兄貴と......したの?」
俺の質問には答えず、紅は真っ直ぐ前を見ながら訊ねる。
ハンドルを強く握っているのか、皮がキュッと小さく鳴った。
「金曜......この間は、してねえよ」
「何で?じゃあ、やっぱいつもはしてるんだね」
俺はチラリと紅を見る。
口を引き締めてるけれど、感情は読み取れない。
「してるよ。もう紅も知ってる通り、『契約』だから」
言いながら、頭の後ろで腕を組む。
完璧、開き直りの態度だ。
「俺、こーゆー人間だよ。金が絡めば誰とでも、何でもやれる」

言いながら、世界で一番嫌いな女の顔が浮かんだ。
結局俺を捨てたあの淫乱女と同じじゃねーか、俺。

「嘘だね」
俺を見ないまま、紅はきっぱりと言い切る。
「一体幾ら必要だったの?」
「一千万円。今の所、500万。あと1年後に残りの500万を支払ってもらう事になってる」
「ふうん」
紅はしばし押し黙る。
「どこ、行くつもりなんだ?」
俺は沈黙が息苦しくて、話を変えた。
「んー?別に決めてないよ。てきとう」
「そっか......」
俺はシートベルトを伸ばして紅に向き直る。
まじまじと、友人の顔を観察した。

少し、痩せたなってのが俺の最初の印象。
顎が尖ってシャープになってる。
ハンドルを握る、元々細めの紅の指が、いつも以上に細く見えるのは顎がこけたせいだからか。

「ここら辺で車停めて話しよっか」
紅はしばらくすると、車を道路脇の適当な場所に縦列に駐車してエンジンを切った。


「今日はあんま月が見えねえな」
俺は窓から夜空を眺める。
この時間帯は、明るくて星すらまともに見えない。
「東京だよ。星空を期待する方が間違ってるよ」
「そうだけどよ、うちの田舎はすっげーキレイだからさ......」
近々ばあちゃんに会いに行かなきゃなあ...とか外を眺め考えに耽りながら、横の紅の熱い視線を肌で感じていた。

「俺さ、何で足駄目にしたか話したっけ?」
やがて紅が囁くような声音で話しかける。
「怪我っつってたろ。違うのか?」
「そうだよ。でも、自分でやったんだ」
「は?」
俺は視線を夜空から紅に引き戻す。
紅と俺はしばし無言で見詰め合う。
紅はゆっくりと頷いた。
「いわゆる、自傷行為の1つ。俺、8歳の時母親が死んで、兄貴と兄貴の母親......つまり正妻さんの住んでる本家に引き取られたんだ」
俺は黙って次の言葉を待つ。
「兄貴ってさ、こう、カリスマって言うか、人を引き付ける魅力が有るでしょう?」
魅力......つか、えばり散らしてるっつーイメージだけどとか思っていると、紅が言葉を紡ぐ。
「で、やっぱ門田家の注目は全部兄貴に行くわけ。兄貴、陸上選手で国体や日本代表にもなった事有るし。誤解しないでね。俺、翠に手出してるのは許せないけど、兄貴尊敬してるよ。でもさ、俺、8歳で突然本家に放り込まれて...兄貴も、兄貴の母親......ケリーさんも俺によくしてくれたけど、父親がさ...政治家だった癖にすっごく遊び人で、俺の事とかどうでも良くて......」
そこで紅ははあーっと深い溜息をつく。
「今思うと、寂しかっただけなのかなーとも思うけど、そん時は真面目に人生つまんないとか考えてて、学校もあんまり行ってなくて半分引きこもり状態で、リストカットとか自殺サークルチャットとか、そういうのしょっちゅうやってたんだ」
紅はそう言って左手首にはめている高そうなオ〇ガの腕時計を外して俺に見せる。
思わず、息を呑んだ。
紅の手首には薄くなってはいるものの、茶色の線が幾つもついていた。

そう言えば、紅が腕時計を外している所を見たことが無かった。

水泳やトレーニングの時は、サポーターを巻いたり防水用の時計をはめたり、手袋をしていた。

「この足はね、実家の3階の窓から飛び降りたの。半分死のうと思って。でも半分は、皆の......父親の注目が欲しかっただけ。結局病院で『ミュンヒハウゼン症候群』って病名言い渡されたよ」
「ミュンヒハウゼン?」
俺は眉根を寄せて首を傾げる。
「そう。それから定期的に、カウンセリング行ってる」
紅はそう言うと、天使みたいな愛らしい笑顔を俺に向けた。
そのスマイルが、何故か痛々しく見えるのは今の話を聞いたせいだからか。
「紅も...色々大変だったんだな」
俺は言葉を選びながら声を絞り出す。

紅が車の窓をウィーっと開けた。
少し冷たい夜風が車内に入り込み、今時の何とかパーマで長めに整えられている紅の薄茶色の髪を掠めて通り過ぎた。
サラサラしていて、よくベッドの上で女のしてやるみたいに、指で梳いてみたい。
紅の髪を眺めていると、紅の視線とぶつかった。
俺みたいな無機質な灰色の瞳と違い、紅の明るいヘイゼルに近い瞳に自分が映って見える。

何故だか、視線が離せない。

「翠、俺とも『契約』しない?」
紅が静かに口を開いた。
「へ?」
俺は囁くように小さく出たその言葉が聞き取れなくて、つい聞き返す。
紅は手を伸ばして俺のそれにそっと重ねた。
重ねられた手に力がこもる。
そして、紅のキレイな顔が彼の胸中を代弁するかのように暗く翳った。
「俺......翠を兄貴に渡す気なんて更々無いよ」
「......紅」
「翠の一週間のうち1日を兄貴に費やすって言うのなら、後の日ぜーんぶ俺に頂戴よ。ていうか、貰うから」
「後の全てって......6日だぞ?」
「前に競泳出来なくなっちゃったから、奨学金打ち切られるかもとか言ってたでしょ?俺、翠と一緒に居たい。翠を見ていたい。翠を他の誰とも分かち合いたくないよ。だから......」
紅のヘイゼルの瞳が一瞬濃く輝く。
「俺と一緒に住んでみない?」

俺は目を見開く。
棚から牡丹餅、ってこういう状況の事を言うんだなと初めて思った。
「や、でも......そんな無理だし」
「何が?」
紅が詰め寄る。
握られてる手が熱く感じる。
「つか、学費は俺の問題だし、育〇会とかから借りる事も出来る。紅のオファーは嬉しいけど、悪いけど断るよ」
俺が目を上げると、紅は悲しそうに顔を背けた。

う......。
こういうの、マジ苦手。
「契約、つー事はその代わりがあるんだろ?」
紅は横目でサッと俺を見てまた目を反らす。
「いつもみたいに、俺抱いてくれればいい。毎日とは言わないよ。でも、出来れば今付き合ってる女の子とも縁を切って欲しい......翠がどうしても女の体が欲しくなった、我慢できないって言うのなら、考えるけど」
紅が俺の手を引いて口元に持っていく。
手の甲に、そっと柔らかい唇をつける。
「ずっと......この数日間ずっと考えてた。初めて兄貴に殺意抱いたよ。トレーニングやめたいって言ったのも、兄貴の『契約』で働いてる翠は嫌だったから。人生で初めてだよ......こんな嫉妬したの」
ちろっと舌が這う。
「紅。お前マジで俺の事好きなのな......わりい。俺、紅の話聞くまで紅の事何にも知らなかったって気付かされた」
「当たり前だよっ。前も言ったでしょ?鈍いにも程があるよっ。やっぱ翠、俺じゃ駄目?男は駄目?兄貴ならいいのに?」

俺は紅の告白に少しだけ衝撃を受けていた。
他の男に比べれば、紅は女っぽいし抱いてても別に不快感は抱かない。いや、むしろ紅をの中性的な肢体には興奮すら覚える時もある。

「はっきり言わせて貰うと、俺、鷹男すっげー苦手だし、アレも全然良くねえよ。もう慣れはじめたけど毎回戦ってるみてーで、すんげー体力消耗すっけど。でも、おかしな事に、お前や鷹男でも体は『女』の反応示すんだ。男が欲しくなる。可笑しいだろ?」
『アレも良くねえ』、と『体力消耗』ってところで紅は不快そうに眉根を寄せる。が、俺の手を開放してくれた。

「俺、誰にも言わないって決めてたけど、翠にだけ言うよ。高校の頃、一回だけ男に襲われた事があるんだ」
「男に?!前に無いって言ってなかったか?」
俺は思わず体を起こす。
「前の『ゲイか?』みたいな質問には否定したでしょ?それに、『男に抱かれたか』って質問には故意に答えなかった。俺、たまに嘘ついたりするけど、これはほんとだよ。高校の先輩に放課後のコンピューター室に呼ばれて、襲われた。その先輩、足悪い俺に入学したときから親切で、女子にも人気で、全然そんな風に俺を見てるとは思ってなかった。襲われた時、服脱がされて、組み敷かれて、あそこ舐められて......。俺、異性愛者だし、そいつにそういう事やられてた時、ぼんやりと思ってたんだよね。あー、体って意思に反して反応示すんだって......。あそこは気持ち良かったよ。後日ハンムラビ法典ばりに仕返ししてやったけど」
「ハ、ハンムラビ法典ばり?」
「匿名でその先輩のメールに『ホモだってばらしますよ、門田紅を襲いましたね。証拠はあるから法的な処置を取りますよ』みたいな脅迫メール送り続けた。結局退学してったけど」
こ、こええ。つか、陰険というか...。

ふと、米神に息がかかる。
紅が今度は唇をそこに押し当てた。
「翠、好き。愛してる」
「はああ???な、何言ってんだお前は!て、照れる台詞言うなっ」
「酷いなあ。そんなリアクションしなくたっていいじゃん。一世一代の愛の告白なのにさ」
「まままマジで言ってんのか?」
「さっきから言ってるけど、マジ以外で言うはずないでしょ!」
色白の紅の肌がみるみる赤く染まっていく。
どうやら、本気らしい。
「一緒に住もうってのも本気。翠が悪いと思うなら家賃も取る。1万とか2万円とかさ。翠と兄貴の契約終わるまで俺耐えられるか分かんないけど、でも俺だって必要なら『男』として翠抱けるよ。いや、むしろ抱きたい。兄貴以上に翠に喜びあげられるし、それに何より、翠に捨てられたら俺本気で死ぬかも」
俺は金縛りにかかったみたいに硬直する。
俺達の間に変な緊張感が走る。
つーか俺、どうリアクションしたらいいのか......。
自傷行為とかしてた紅の事だし、半分以上本音入ってるみたいな口調だった。
死なれたら、困る。
「嘘だよっ」
紅は突然顔を和ませて可愛らしく微笑む。
よっこらしょ、と言って座席を調節する。
「でも家の事と、翠への愛の告白は本気。考えておいてくれる?」

紅はそう言うと、話は終わりとばかりに鍵を差込み再び車のエンジンをかけた。

There 4 me Ⅳ    06.11.2007
 「佐々木、ゆうじゅうふだんな日本人のテンケイだあーっ」
山田のガラクタで溢れかえった部屋で、俺は山田の椅子に凭れていた。

笑える事にこの足の踏み場の無いように見える宝(ゴミ)島の床は、部屋の入り口から机とベッドに向かってだけ約10センチ幅の通り道が出来ていて、下のベージュ色のカーペットが顔を覗かせている。

悶々と一人で考えていた俺は、気分転換も含め、大会から戻ってきた山田に今の状況を相談した。
いや。
相談て言葉は使用法を間違っているかもしれない。
なにせ山田は俺の話を聞きながら、ベッドの上で新刊の『BR〇ACH』を読み耽っていて
「ふーん、ほげー、むううう」
の3語しか発していない。
やっと1言以上のことを言ったかと思えば、「優柔不断な日本人」だとかぬかしやがる。
俺は頭を振った。
1千万円の借金から昨日の紅との出来事まで包み隠さず全てを打ち明けたのに、発された第一声がコレだ。

「つか、ちゃんと聞いてたのか人の話ぃぃぃ?」
俺は青筋立てて山田を見下ろす。
「あはははは。イ〇ゴすげえや。......え?何?」
聞いてねえし。
俺は
「もういいっ」
と腰を上げた。

そこで山田はやっと漫画を横に置き、不思議そうな顔で俺を見返す。
「あのさあ、考えすぎだと思うぞー」
「何がっ」
俺は腕を組んで振り返る。
「山田てめえ、所詮他人事とか思ってんだろ?」
俺はメドューサも顔負け、山田を石にでもしかねない恐ろしい視線で射る。
うっ、と体を硬直させ、山田は遠慮がちに続ける。
「だからあ、男じゃ駄目だとかあ、女じゃなきゃ寝れないとかあー、そんな事にこだわり過ぎてるんだよぅ、佐々木はっ。佐々木はレズビアンじゃなきゃ駄目って佐々木以外だーれも決めてないじゃんっ。人を好きになったり、惹かれたりするのに理由とか言い訳とか要らないでしょぉ?」

むむっ。

「人が人を好きになる。たったそれだけの事じゃーん。なんでこうも難しく考えるかなぁぁ?どーして理由とか、性別とか必要なのかねえぇぇ」
オーバーに肩をすくめると、山田は首を振る。
「何だよ、その外国人みたいなジェスチャーは!」
「ミーナみたいな国際人のジェスチャーだよっ。見てわかんないのぉぉ?ワタシはアキレテモノがイエマセーーーーンッ!!」
「あーむかつくその喋り方!!」
俺はいよいよ愛想をつかせてドアに向かう。
「佐々木は過去に囚われ過ぎてるよ~。人生の前半女の子が相手だったからってぇ、別に今からの人生もそうしなきゃいけないなんて決める必要はないゾっ。レズでもバイでも別にいいじゃーーんっ」
ガラクタに躓きそうになりそうになりながらも、俺はドアにたどり着く。
一体どうやって生活してんだ、こいつは!!
「男が好きでも、女が好きでも、佐々木は佐々木だよう」
苛々しながらも、山田の部屋を出る前に聞いたその最後の一言が、俺の中にスッと入り込んだ。
重たかった何かが少しだけ軽くなったような錯覚に陥った。


自分の部屋に戻ってベッドに仰向けになると、山田の言葉を反駁してみた。
「人が人を好きになる......かあ」
良い事たまには言うじゃねえか、山田も。
カテゴライズされるのを嫌ってるくせに、そういう自分が一番こだわってたのかも、と今更ながら思い知らされる。
「ムカつくけど、やっぱ山田ってすげえよなぁ.........」
小さく呟くと、俺は寝返りを打ってベッドの上に突っ伏した。

俺は、別に鷹男が......いや、男が好きになったわけじゃない。
ただ、男と寝ても嫌では無いと気づかされた。
と、思う。
じゃあ、何で俺山田の言葉に納得してんだ?

ただ、あいつとのキスに過剰に反応示しただけ、だろ?
俺は自問自答してみる。

それとも、俺......好きなのか?

誰を?

「何考えてんだ、俺は!!!」
頭の中で思い浮かぶあの傲慢な顔を首を振って(意地で)消し去り、俺は放ってあった求人雑誌を手に取った。







 まず手始めに、居酒屋でバイトを始めることにした。
割が良くて、俺の生活サイクルに合う職種がたまたまそれだった。
この学校の最寄り駅の1つ先の駅前の和風居酒屋だから、別に障害は無い。週3日以上出勤可能なバイトが少ないのか、「毎日でも大丈夫です」と言ったら即OKだった。

足は重たかったけど、俺はさくらさんにボランティアを辞めると告げに言った。


さくらさんは、
「えっ?」
と驚いた顔をして、でもあの可愛らしい笑顔で
「バイト、頑張ってね」
と励ましてくれた。
その上、仕事中だというのにさくらさんは
「ちょっとお茶でも一緒に飲みに行こうか」
と俺を作業所の近くのコーヒーショップへ誘った。


初めてだった。
さくらさんと、2人だけで、こんな風に向かい合ってお茶を飲んだりまったりするのは。

多分、6ヶ月以上前の俺だったら、舞い上がってさくらさんの不快に思うことを口にしたり、行動に表していたかもしれない。
いや、ぶっちゃけあの『彼氏』との熱々ぶりを目撃した日以前の俺でも、隙あらばと同じ事をしていたと思う。
なのに、今彼女を目の前にしても、前のような眩暈を覚えるような息苦しさとか、触れてみたいとかいう不純な考えは起きなくなっていた。

俺は、頼んだコーヒーに口をつけながらさくらさんに微笑んだ。
「あの武藤さん、いい人そうっすね」
さくらさんはホットミルクティーを手に持って、暖かい笑顔を俺に返す。
「ええ。あっちの大学で知り合ったのよ。もうかれこれ10年近く前」
「10年......ですか。長いですね」
ってか、元から俺の出る幕なんてなかったんじゃねえか。
「大学一年の時、同じディベート......討論のクラスを取ってね。いつもいつも私と反対のグループやトピックを選んで私を論破しようとして、嫌味な奴だったの。最初は」
そう言えば、国際弁護士とか名刺に書いてあったな。
私は大学2年の時、ソーシャルワークに専攻を変えたんだけど、最初は弁護士目指していたから、ブライアンとは取るクラスがいつも重なって、その度にライバルみたいに成績競い合ってた。なのに、いつの間にかお互いの事が気になっていたのよね」
おいしい、と呟きながらティーカップをコトリとソーサーに置く。
「あの、鷹男......とは?」
「鷹男さんとは、5年前から婚約しているわ。親の都合で.........。でも、それももうそろそろ終わると思う」
「えっ?」
俺は驚いて目を瞬かせる。
「私の父が、多分もう長くないみたいなの。父が亡くなったら、婚約解消よ。とても複雑な気分」
はあーっとさくらさんは大きな溜息をつく。
「鷹男は、さくらさんに失礼な事とか......してないんすか?あいつ、えばり散らしてるし、嫌味な奴だし、いっつも命令口調だし」
さくらさんはキョトンとした顔で俺を見つめる。
その態度が如実にNOと言っていた。
「鷹男さんは、私にはとても良くしてくれるわ。ここだけの話.........私達の婚約は仮のものだけれど、私一度だけ鷹男さんと寝たことがあるの」
ぶぶぶっっっ、と口からコーヒーを噴き出してしまった。
「ええええ?」
「内緒よ。もう4年以上前の話だけれど、一度BREEZE社主催のチャリティーパーティーに招待されて参加して、ベロベロに酔ってしまったの。あの当時、ブライアンはアメリカのロースクールに通って遠距離だったし、あの、魔が差したって言うのかしら......お酒の勢いもあって一度だけ.........」
鷹男、そんな事ひとっことも言ってなかったぞ。
俺の胸が何故かきゅうーっと締め付けられた。

なんだ、この感触?

「それ以来、何もなし」
さくらさんはニコッと笑って再びカップに口をつける。
「あの、鷹男って......どうだったんすか?乱暴とかしてませんでしたか?その......ベッドの上での話なんすけど......」
「乱暴?!まさか鷹男さんが!」
さくらさんはさも愉快気に笑い出す。
え?え?え?
「あんなに優しくされたの、初めてよ」

優しく?!

俺は思いっきり顔を顰めた。
なんだこの違いは?
俺なんてプロレスもどきの体位強要されて、恥かしい事とか命令されて、服従求められて、体中痣とか打撲とか出来まくってんのに。
優しくなんてされた事ねえよっ。

「鷹男って......や、優しいんすか」
「ええ、とっても私に気を使ってくれていた」
「はあ......」
「でもね」
さくらさんは、そこでフッと複雑な表情をする。
「鷹男さん、いくら私が誘惑しても絶対キスしてくれなかったの。キスだけは、本気の相手としかしないって言われちゃったわ。もしあそこであの言葉を言われていなかったら、私ブライアンを捨てていたかもしれない。鷹男さんに傾いていたかもしれない。鷹男さんのあの一言が、あの夜私の理性を引き戻してくれたの」




ゴオーン、とゴングで頭を殴られたような気分になった。





つか、今、さくらさん何て言った?




『キスダケハ、ホンキノアイテトシカシナイ』




鷹男が?




じゃあ、俺とのキスは?






俺の頭の中がクラクラと霞みだした。
Guess Who's back?    06.13.2007
五万ヒット記念です。
18歳以上の良識のある方のみ、↓  にスクロールしてお楽しみ下さい。


























































 ううっ......こういう所、苦手じゃないけどハッキリ言って好きじゃない。
いやね、これが少年漫画とかにハマッテいた中学高校時代だったらまだしも、あたし27よ?
ホントはちょこっとギャルゲーとか興味あるけど、実は幾つか中古を買っちゃった事あるけど、そんな事はぜーーーーったいタロには言えない!
「うおぉぉぉぉ!!『戦国裂炎爆族伝』先行販売してるぅぅぅぅ!!!!ポスター付きだよっ。ミーナ見て見てぇ」
「はいはい」
長い題名だこと。
「このキャラの一人ミーナに似てるんだよっ。ほらっ」
タロはこれ以上無いにっこにこ顔でゲームショップのポスターを指差す。

何、このハイレグ(古っ)に甲冑つけたお姉さんは????
しかも鞭みたいなの持ってるし。
「嬉しくないんですけど」
あたしはポロリと本音をこぼす。
「えーーーー。カッコいいんだよう、ジョセフィーヌはこの鞭で敵を倒すんだよっっ」
あたし、一体何歳の子供と会話してるんだっけ?


今日、あたしとタロは『秋〇原』に来ていた。
タロのあつーーーーーい要望に答えて......というか、タロのしつこさに負けて、ここであえなくデートとなった。
が、何この歩行者天国は!!
右も左も............。
皆がみんな電車男に見えるのはあたしだけ?

しかもさっきタロにティッシュ手渡していた(ヲタっぽい)ティッシュ配りの人からティッシュを受け取ろうとして、思いっきり手を引っ込められた。
「女の人は駄目でーっす。男の人限定でーっす」
と言われ、
「別にいいじゃない、欲しいんだから!」
と言い返したあたし達は、ティッシュの取り合いになった。

.........結局ティッシュ配りが勝ったけど。

あたしみたいな三十路まっしぐらの女は用なしですか、ここは。
あたしだって、制服着てたり、体育着でブルマ穿いてた時代あったのよっ。
何億年も前にだけどさっ。


あー、なんか今日はついてない予感。



「あのさあ、ちょっと『戦国裂炎爆族伝』買いたいから、あそこ並んでていい?」
ずっとポスターを物欲しそうに見ていたタロは、あの垂れ目であたしにすまなそうに聞いてきた。
「いいよ。行っといで。あたしそこのコーヒーショップでお茶して待ってるから」
あたしは明らかに退屈顔でタロにそう告げる。

キュ~~ンって感じの犬顔をして、
「知らない人から話しかけられても答えちゃいけませんよう~~~」
とあたしに念を押す。
「答えないよ。心配ないから!」
あたしはそういって、帽子を深く被ってるタロに背伸びしてチュっとキスをした。
「いい子で待ってるんだよぉ~」
と手を振るタロとは通りを挟んで反対側のカフェに入る。



ミルクティーを飲んでしばらくまったりしていると、後ろから声がかかった。
「あれ?水名子さん?」

む。
ど、何処かで聞いた事のある声。

どこだったっけか?

「私、ですか?」
あたしはクルリと声のした方へ顔を向ける。



げっ。




げげげげげげげげげげげげげげげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!




すっかり忘れてた、会いたくない人に会っちゃったよ。
てか、あたしの過去から抹殺されてたのに。




「か、唐沢さん!」
あたしは咄嗟に笑顔を作って微笑む。
「水名子さん、僕長い間探してたんですよ水名子さんの事」
相変わらず歌舞伎役者みたいな細面の唐沢さん(M男、独身)は、スーツを着た格好のままあたしの座席の方にコーヒーカップを持ってやって来る。
相変わらず、さわやかだけど、だけど、だけど............。

あたしの席の前にちゃっかり腰をおろす。
や。一緒に座っていいなんて一言も言ってないんですけど。

しまった。
唐沢さん、IT会社を運営してたんだった。


ここは、IT関係のテリトリー(領域)だわ!!
メッカ(聖域)だったわ!!


図々しくあたしの席の前に着席した唐沢さんに、あたしは顔に笑顔を貼り付けさせたまま、ぎこちなく訊ねる。
「お元気でしたか、唐沢さん」
「元気ですよ、水名子さんは?」
「とっても。.........休日もお仕事なんですか?」
「はい。取引している会社と会議があったんです。それよりっ」
ずずっ、と唐沢さんはあたしの顔をに見入る。
「いちだんとキレイになりましたねー。僕、ずっと水名子さんの事忘れられなかったんですよ。あの夜以来、連絡をくれないし、もうどこを探せばいいのやらで......」
はあ~~っと溜息をついてオデコに手を乗せる。
「萌えましたよ。あの夜、僕」
唐沢さんの目がキラリと情熱の炎を放つ。

うううっ。
助けてえええ~~~。

あたしは笑顔で頷きながらも、半分泣きそうになっていた。

あの、消し去ったあたしの恥情の思い出の一つ、唐沢さんとの玉蹴りプレイ以来、唐沢さんとは縁を切った。

.........つもりでいた。

のに、本人がまた目の前に現れるし。
「萌えてくださいました?それは良かった」
あたしはさっさとミルクティーを飲み干そうとストローで一気に液体を吸いあげる。
「また、あの夜みたいな情熱を味わってみたかったんですよ。まさかこんな所で再び会えるなんて、ラッキーだなあ、僕」

嗚呼、なんてアンラッキーなあたし。


「あの夜、本当にあなたは素晴らしかった!出来ればもう一度.........あ」
そこで唐沢さんは言葉を切る。

あ?


と、突然あたしの前に黒い影が出来た。
あたしは、唐沢さんの視線の先......つまりあたしの頭の上を追って振り返る。

げげげ!!

「ミーナこのおっさん、誰?」

「タタタタ、タロ!!!」
あたしは突然のタロの登場に声が裏返ってしまった。

いや、てか、タロの顔、怖ひ~~~~~!!!!!

タロの米神には青筋が立ってるし、目が笑ってないし、声が3オクターブ位低いし!

坂口さんに見事なヘディング決めた日の事を思い出し、あたしは慌てる。
「ここここ、この人はちょっとした知り合い。唐沢さん、あたし今、彼氏居るからっ。し、失礼しまーーーーっす」
あたしは飲みかけのミルクティーをそのまま残して、タロの腕を引っ張ってカフェから出る。

裏通りを少し歩いた所で、タロはあたしの腕を引いて止めた。

「ミーナ、あの人誰?あの夜みたいな情熱って何の事ぉ?」
振り返ったあたしは、下唇を噛んでいるタロの顔に出くわす。
目が、悲しそう。
「あのー、えっとー.........どこまで聞いてたの?」
「それって重要?あの夜、萌えましたってあの男が言ってるトコから......ミーナ、浮気したのぉ?もう俺の事飽きちゃったのぉ?」

ひええええええ~~~超誤解しまくられてるじゃないのっっっ。

タロはあたしの両手を自分のそれで掴む。
その握力が......強い。
「ねえ、どういう事?あのおっさんと.........寝たの?いつ?俺の居ない間?大会行ってる間?どこで?何で?ねえっ!!」
ものすごーーーく心配そうな顔で覗き込まれる。

「えーと、あのですね.........」
あたしはその目を直視出来なくて、横に逸らす。
「唐沢さんとはーー、タロと東京で再会する前一回デートして.........それだけだよ」

嗚呼!!何だこの警察に尋問されてるみたいな心境は!

「唐沢さんて言うんだぁ。あの夜素晴らしかったって言ってたけど...何、したのー?」
「へ?何って......?」
玉蹴りプレイだけど?と言う前に、
「やっぱちょっと黙ってついてきてっ!」
とタロに遮られてしまった。

今度はあたしがタロに手を引かれる感じで大通りに出る。
大通りでタロはタクシーを捕まえて、上〇駅まで行くように指示した。

「あの、ね......だから唐沢さんは......」
タクシーの中で説明しようとするあたしを
「いいっ。今は何もいわないでっ!!」
と真面目な顔で制して、タロは沈黙を通した。


〇野につくと、タロは再びあたしの腕を引っ張り、路地裏をどんどん進んでいく。

と、あたしも途中でタロの目指している場所が解り始めた。

そういうホテルが並んでいる通りにさしかかると、タロは適当なホテルの入り口で、あたしを誘導する。
「ミーナ......いい?」
優しいながらも、結構ハッキリとした口調で太郎はあたしに訊ねた。

あたしは心の中で苦笑しながらも、「いいよ」と頷いた。




部屋につくなり、タロはあたしを乱暴に抱き寄せた。
「ごめんミーナ......今、俺ちょっと理性利かないかもっ」
そう言うなり、ベッドにあたしを押し倒す。
あたしは脱がされるまま、タロの欲望の赴くままになる。


が、タロはあたしの服を半分脱がせた所で、ふと手を止める。

「ミーナ、あいつに何したの?どんな事したの?」
悲しそうな、情熱を秘めているような、複雑な瞳であたしを覗き込む。
「え?は?」
「あいつ、あの夜萌えたって言ってた。忘れられないって。忘れられない何したのっ?」
「何したって......」
グッと手首を掴まれる。
痛いよ、タロ!
「俺にも、してよっ。あいつにやった事っ!」
不公平だ、と言わんばかりの、子供がデパートの玩具売り場で母親に向かって「これ買ってくれなきゃやだ~!」みたいに駄々こねてるような口調であたしに問い詰める。

あーーーー、いや、でも、何したって......。

「玉蹴っていいの?」
あたしはタロに訊ねる。
「いいよっ.........って......へ?」
今度はタロが素っ頓狂な声を出す。
「唐沢さん、Mだから思いっきりヒールでき〇たま蹴ってあげたの。それだけだよ。普通のセ〇クスしてないし」
「.........え、M?」
「30分位、蹴り続けて唐沢さん失神しそうになってた」
さあーーーーーっとタロの顔が青くなる。
血の気が引いてるらしい。
「そ......それは、いいや......」

ほうーっと息をついて、タロはあたしを開放してくれる。
ベッドの上で座りなおして、うな垂れる。

「ミーナって、もしかしてジョセフィーヌみたいに鞭使うの?」
ジョセフィーヌって、あのゲームのキャラですか?
む、鞭って......。
「はあ?Sって事?あたしSMとか全然興味無いよっっっ」
あたしが女王様ですかい!
「それなら、良かったぁ~~」
タロはそう言って、ガバッとあたしに再度抱きつく。
「俺、すっげームカッったよ、あのおっさんと笑顔で話してるミーナ見たときぃぃぃ!!」
「笑顔じゃ無かったよ。顔引きつってたんだよ」
「なら良かったっ」
タロが余計強くあたしを抱きしめる。

あたしは自分が半分裸だって事に今更気が付いた。
ちょっと恥かしくなる。
「あのさタロ、一緒にシャワー浴びない?」
ガバッと体を起こし、タロはあたしをまじまじと見る。
「嘘っ。いいのぉぉぉぉ????」
タロの垂れ目がランランと輝く。
「お風呂見て来ようよ!」
とあたしはラブホの部屋の中を、タロの手を引いてバスルームへ向かった。




 全裸になって向かい合う。
タロの体って......相変わらず完璧っ。
タロが石鹸を取ってあたしの首に擦り付けた。
「ミーナ、俺すっげーこれやってみたかったよぉ」
「またエロビの影響?」
あたしはタロの胸の頂を指で掠りながら色っぽく聞いてみる。
「ちっがうよっ。男のロマンだよミーナ......んっ」
あたしはタロの手から石鹸を奪った。
「あたしが先ね」
タロにウインクして、石鹸をタロの胸に擦り付ける。
充分に泡立てて、小さな頂を親指で弄る。
「んっ...み、ミーナっ......」
その手を堅く割れた腹部の筋肉の線を伝い、濃い茂みの方へ移動させる。
「触って......欲しい?」
あたしはタロに優しく訊ねた。
ぶんぶんと首を縦に振って、タロはあたしの胸に手を伸ばす。
大きな手であたしの胸を包み、あたしがタロにしたみたいに親指で両方の頂を擦る。
「んあっ......」
あたしは、石鹸をタロの肉棒に滑らせた。
泡を作って、その柔らかい感触を楽しむ。
「うわっ......ミーナっ......これ.........サイコー」
タロが途切れ途切れに声を出す。

感じてる。

あたしは強く握ったり、少し引っ張ってみたりと強弱をつけてタロの分身を可愛がる。
あたしの手の中で、だんだんと膨らみ始める。
もう片方の手で、その下のどっしりした袋を重さを確認するように包み込んだ。
「ああんっ」
と、声が出たのはあたし。
タロがあたしの胸の先端を指で摘んで引っ張ったから。
タロの手も、執拗にあたしの胸のスポットを攻めて来る。

「ミーナ、そんな風に触られたら......俺、我慢できないよぅ.........」
すっかり元気になったタロのご子息を見て、あたしは満足げに微笑む。
そして、タロに唇を寄せた。

途端に抱き寄せられて、泡だらけのぬるぬるの体が密着する。

うわっ......すっごい生々しい。
特に、下半身が.........。


「今度は、ミーナの番だからねっ」
タロはそう言うなり、抱き寄せた格好のままあたしの背中に石鹸をつける。
マッサージするみたいに、あたしの背中を辿ってお尻の割れ目に到達する。
あたしも、タロの背中に手を回してをマッサージするみたいに逞しい背中に手を這わせる。
「.........ふあぁ!」
タロの手があたしのお尻を左右に広げて後ろから入り込んだ。
「やっ......そこっ......あっ」
後ろの花のある溝を数度撫ぜる様に行き来すると、あたしの体を離した。

「ミーナちょっと足広げてくれるー?」
あたしは言われるままに、足を開いた。
思ったとおり、タロの手があたしの恥丘に手を伸ばし、泡のついた手を滑り込ませる。
「いやんっ.........た、タロ!」
タロの指がいやらしくあたしの花弁と花園を探索する。
中指を軽く中に入れながら、親指であたしの芽を擦る。
「タロ......あんた上手くなってる.........んんんっ」
口を塞がれる。
舌が絡みつく。

「ミーナ、イっていいよ」
キスを終えると、タロはあたしの耳元に囁いた。
耳の溝を舌でなぞった後、耳たぶを口に含む。

むむっ。
なーんか最近ホントえっちが上手くなってる気がする。

指使いが......複雑に動いてて......ツボ抑えてて......ヤバイ。

「ふあっ......あっ」
タロの指は執拗さを増してくる。
「やっ......タロっ......ああんっ......ふああっ」
あたしの中の中指が、どんどん深い所を探り出す。
「ちょっ......すごっ......ふうっ.........あんっ」
親指の芽を擦る早さも、速さを増していく。

あたしは頭を仰け反らせた。
目を瞑る。

「あ......あああああああああああっっっ!!」

と、突然火花が飛び散った。







「むうううう~~~~っ」
あたしはベッドの上で唇を噛んで、タロを睨んだ。
「ミーナ、すっげーエッチかったよぅっ。ミーナのえっちい顔、さいこーーーっっ。合宿時のオカズだねぇ」
にかあっとタロスマイルはいいけど、あたしだけ気持ちいいなんて嫌だ。
「次はタロの番。絞りつくしちゃうからね!」
「し.........絞りつくすぅぅぅ???いいよっミーナだったら俺の全部あげちゃうからっ」
タロはケロリとした顔で応じる。
「なら、ち〇ぐり返し!!」
とあたしはタロの足を捕らえる。

思惑通り、タロの顔が真っ赤になった。




あたし達の格闘は、休憩時間2時間では収まりませんでしたとさ(追加料金付)。
鷹視狼歩    06.17.2007
 ここ数週間で、佐々木翠の様子が変わった。

相変わらず減らず口を叩くし態度も悪いが、ふとした瞬間恥じらいを持った女のような表情をする。

ベッドに括りつけ、目を隠し、手足を拘束し、身動きの取れない彼女を味わう。
角度を、位置を変え、彼女の奥深くまで堪能する。
彼女の身体が波打ち震え俺を求める吐息を口から漏らすまで、執拗に焦らし続ける。
時には俺の目の前で自慰行為を強要し、芳醇なワインを嗜みながらその淫らな姿を目に焼き付ける。

彼女の、眼の縁を赤くし、呪い文句を吐きながらも恥辱に満ちた表情に、堪らなくそそられる。
だから余計に、無理難題をつきつけたくなるのだ。

彼女のその顔を見るために。



10年ぶりに、キスをした。
その代価が鉄の味が充満した血まみれの口と、射殺しそうな佐々木翠の銀の瞳。

あの時の事を思い出し、俺はくっくっくと皮肉めいた笑い声を上げる。
上等だな。
だが、隣で安らかに寝息を立てている女から、恥じらいを含んだ色の有る表情(カオ)を引き出せるようになったのならば、功を奏したと言えるのだろう。

まさか
弟の紅と、トレーナーとして紹介した翠がそういう関係になるとは露とも思わなかった。
この女が、俺と紅を秤にかけていたとは。
紅からその事実を聞かされた時、思わず声をあげて笑ってしまった。
やってくれたな、と。


紹介した当初、紅は翠をオトコオンナと呼び不快感を露にしていたし、今までの紅の女と翠は180度違っている。
そして、翠は女にしか食指を動かさない同性愛者だと思っていた。

どうやら、俺の誤算だったようだ。

キスも、ある意味その反動だった。
今までの女は、俺の思い通りに動いてくれる。
まるで彼女達の頭の中が透けて見えるように、手に取るように分かるのだ。
この女も例外ではない。
彼女の思考回路が、脳から口まで伝達するその仕組みまで透過しているかの如く容易く理解出来る。
大概の場合は。

いや、今回の事を除いて。

俺は頭を腕で支え、隣で猫のように眠りこけている女を見下ろす。

週5日、居酒屋でバイトを始めたと言っていた。
昨夜も朝方まで働いていたという。
疲れているらしい。

俺との情事の真っ只中、2度目の行為の『最中』に、眠り込みやがった。
こんな慇懃無礼で不躾な女は抱いた事も見た事も無い。
俺との性行為は退屈だと身体で体現されたも同然だ。

だが、面白い。俺を飽きさせない。
紅が気に入るはずだ。


紅。
門田家の、問題児。
弟の紅が抱えている問題は、兄の自分でも計り知れない。
数々の自傷行為を起こし、一時は手がつけられない状態だった。

女のような柔和な容姿とは異なり、感情的で情熱的な弟。

長年のカウンセリングの成果か、はたまた足に障害を負ってから得た経験か、10代の頃に比べたら紅にもそれなりの良識と落ち着きが備わったように見える。
現に20代になってからは、前ほど狂気めいた眼を見せなくなった。
この女が、そして俺との関係が、紅に悪影響を及ぼさない事を願いたい。
俺のオフィスで啖呵を切った紅の姿を思い出す。
もし、何か起きるならば、俺は迷わず弟を取る。

それは間違いの無い事実だろう。




俺は、隣で静かに寝ている女に顔を近づけ、彼女の唇に自分のそれを被せる。
暫く押し付けた後、唇を離して、フッと笑う。
柔らかい。
ふと、舌を突き入れて味わいたい衝動に駆られる。
あの時のように。
「アディクションだな」
小さく自嘲する。

その声に、隣の女は「んんっ......」と目を覚ました。
気だるそうに身じろぎすると、はっと起き上がる。
「わ、悪い。俺、寝てた?」
佐々木翠は、頭をクチャッと掻き数度瞬きする。
「事の最中にな」
俺は嫌味を含ませ冷たく言い放つ。
「う.........」
ベルベットの布団で胸を隠しながら、佐々木翠は眉根を寄せる。
俺は仰向けになりながら、女を笑顔で見上げる。
佐々木翠が体を堅くした。
学習能力は有るらしい。
俺のこの笑みに裏が有るのも解っているようだ。

「そこの棚の下に花瓶がある。取ってこい」
俺は腕を頭の後ろで組んだまま、佐々木翠に命令した。
「花瓶?何の為だよ」
「小便がしたい」
「はああああああ?????」
心底呆れたような声が返ってくる。
「トイレはすぐそこだろ。てめえで行って来いよっ。病人か!!!」
俺は心の中で笑った。
「それとも、お前にかけてやろうか?」
「へ、変態オヤジ!!!俺そういうプレイに興味はねえからっ」
「言っただろう、お前の趣向など鼻ッから考慮していない。先ほどの行為は誰かさんのせいで、中断されてしまった。どう責任を取る?」
「わかった!わーったよ。取りに行く」
全裸の佐々木翠は、花瓶を抱えてベッドに戻ってきた。


このホテルの一室は、私用の為にわざわざ数年前に購入した。
成〇の自宅よりも、仕事場に近いここをよく利用する。
心なし、色々な人間が出入りする自宅よりもこちらの方が人目も気にせず、落ち着く。
仕事も、その他個人的な用事も、大概はここで済ませていた。



「お前が持っていろ」
俺は寝そべったまま悠々と、柔らかくうな垂れたモノを手に持つ佐々木翠を観察した。
眉間と鼻の頭に皺を寄せている。
明らかに、不愉快そうだ。
口の端を引き上げながら、女の反応を心の中で密かに楽しんだ。
俺が湯気の立つ黄金の液体を放ち終えると、佐々木翠はぎこちなく数回張り出した先端を絞り、花瓶を突き出す。
「ほら、望みどおりの事をしてやっただろ。自分で捨てろよ」
俺は笑顔のまま、
「飲め」
と命令した。


「のっ......!?」
さーっと佐々木翠の血の気が引いていく。




思わず、はっはっはと声を出して笑ってしまった。
佐々木翠の困惑顔が、面白い。
今にも泣き出しそうな表情をしている。
「お前、自分の顔を鏡で見てみろ」
久しぶりに、心の底から笑いが込み上げてくる。

こんなに愉快な気分になったのは、何年ぶりか。

冗談を、真に受けている。
俺はただ、彼女の反応を楽しみたかった。


暫く笑い続けていると、視線の端で佐々木翠が花瓶を掲げているのが見えた。







笑いが止まる。
俺は飛び起きた。







ゴクゴクと、まるで水でも飲むかの如く喉を鳴らして花瓶の中の液体を一気に飲み干すと、佐々木翠は腕で口を拭った。
花瓶を床に置く。
「まっじい......」
言いながら、挑戦的且つ艶かしい顔で俺を見据える。
「.........言っただろ。金の為なら何でもするって」




俺はそれには答えずベッドから降り、裸のまま翠を浴室へ引っ張っていった。
鷹視狼歩 Ⅱ    06.17.2007
 俺はシャワーの水を出し、佐々木翠の頭を掴んで顔にかける。
「痛ってえ......何すんだっ......ぶわっ」
「口を濯げ」
俺の言葉に素直に従って、佐々木翠はシャワーの水で口を濯ぐ。
数度水を口から吐き出すと、俺は佐々木翠を抱きしめた。
「なっ......何だよ!!はなせっ!」
暴れる佐々木翠を、抱きこめる。
「馬鹿か、お前は!」
「馬鹿って、てめえがやれっつったんだろっ」
「真に受ける馬鹿がどこにいる!」
「何だよ、いっつも変な事強要してくんだろーがっ。鷹男の変態行為は今に始まった事じゃねーだろっ」

俺は自分でもこの行為の理由が悟れないまま、暫く密着した彼女の体の体温を感じていた。
開放してやると、佐々木翠は大きく安堵の息を吐く。
俺は石鹸を取り、彼女の裸の体に塗りつけた。

「何でだよっ」
小さく佐々木翠が呟く。
「何がだ?」
「さくらさんと寝た事あんだってな」
俺は屈んで無駄な脂肪の無い女の背中に石鹸を擦り続ける。
「ああ、昔な。それがどうした?」
「優しかった、っつってたぞ」
「それは良かった。優しくしたつもりだったからな」
「なら何で俺には変態ちっくな事ばっかやらせんだっ」
佐々木翠が振り返る。
顔に付いた水滴が輝いている。


自分の周りには、化粧の完璧な女しか居ない。
しなを作り、着飾り、香水の匂いをこれでもかとばかり振りまき、女という武器を最大限に利用しているような輩ばかりだ。

水に濡れていても全然変わらないのは、佐々木翠が普段化粧をしないせいか。
水滴がしたたり落ちている、長く濃く縁取られた睫毛や整った眉を眺める。
その間の、薄墨色の瞳が感情的に翳っている。


「お前が面白いからに決まっているだろう」
俺は低い声でそう返し、彼女の胸へ手を伸ばす。
親指で頂を擦ると、ビクッと反応した。
「俺はお前の実験台かっ」
佐々木翠は自分の体から泡を掬い、俺の胸に塗りつけた。
彼女の手が這い、適当に胸から腹の方までそれを伸ばす。
「そうだ」
「キ......キスもか?」
俺は佐々木翠の体を這っていた手を止め、彼女に石鹸を手渡した。
俯いている彼女の顎に手を置き、上向かせる。
驚きに目を見開いた彼女の顔は、耳まで真っ赤になっていた。


どういう事だ?
俺は目を細める。


「さ、さくらさんが、お前は本気の相手としかキスしねえって言ってた」
「ああ......」
そういう事か。
彼女の動揺の意味を悟り、唖然とする。

俺は嘘をついた。
「あの当時はな」
そう言って、佐々木翠の唇を塞ぐ。
「ん......」
「暴れるなよ」
唇をつけながら、俺は忠告を忘れない。


シャワーの水が雨のように俺達を濡らしながら、その下で激しく唇を重ねた。
舌が、唾液が、水が、絡み合う。
熱い絹のように互いの口の中を探り、舌をなぶる。
柔らかい唇を堪能し、歯列の裏や舌の届く範囲を舐め続ける。
佐々木翠も、同じように俺に応える。

俺はキスをしながら、どうしようもない衝動に駆られた。
下半身に集まる血流が満たされると、俺は彼女の体を抱き上げ立ったまま貫く。
難なく挿れられたという事は、相手も感じていた証拠だ。

その行為中、唇は離さなかった。
上と下で、佐々木翠の中に侵入する。

「あっ......んぁ.........ああっ」
翠が声を漏らす。

激しく腰を突き上げ、包み込んでくる快感と戦っていると、俺の男を包んでいる佐々木翠の中が一段ときつく締まった。

「んあああっ!!鷹男っっっ!!」

悲鳴に近い翠の声を聞き、俺は彼女の体から欲望を抜き取った。

激しく佐々木翠を抱きしめる。
二人の体の間に放たれた精が滑らかに、そして熱く満たした。





 帰り支度をしている佐々木翠を見つめながら、俺はふとある事を思い出した。
タオルを腰に巻き、ベッド横の電話を使い森尾に確認の電話をする。

カーキのハーフパンツにTシャツという色気のいの字も無い格好になった佐々木翠は、腕を組んで俺が電話を切るのを待っていた。
「森尾か。来週の金曜の夕方エルセーヌの予約を入れておいてくれないか。ああ、それには行く。8時からだろう?ああ、そうだ」
電話番号と住所を備えてあるメモ帳に書き付けると、俺はそのメモを佐々木翠に差し出した。


「何だこれ?」
俺の出したメモを眺めながら、女は首を傾げる。
「来週は、4時にそこへ向かえ」
「4時?早くねえか?しかもこれって、美容院?」
「まあ、スパのような場所だ」
「ふうん」
訝しげな表情で俺とそのメモを交互に見やりながら、佐々木翠は俺の前に対峙する。
挑戦的に俺を見上げた。
「何だ」
「良い事教えてやろうか」
銀色の目が悪戯にキラリと光る。
俺は押し黙ったまま彼女を見下ろした。
顎で先を続けるよう促す。
「俺も、同じだよ」
俺は目を細める。
言っている意味が解らない。
「何が、だ。言葉が成立していない。何が同じなんだ」
「だから、キス」
「キス?」
「俺もキスだけは本気の奴としかしなかった。.........お前から奪われるまでは、な」
ぞんざいに笑みを零すと、佐々木翠はくるりと踵を返す。
突然の告白に意表を突かれた俺は、
「堪能してもらえたなら、光栄だが」
と彼女の後姿に声をかけた。
心なし、唸るような低い声が出たのは誤算だったが。

ドアを閉める前、佐々木翠は一瞬俺を険しい瞳で捕らえた。
まるでその銀の眼が何かを語っているようだった。

「ごちそうさま」
そう言うと、彼女はパタンとドアを閉めた。
俺は長い間そのドアを睨むように眺めていた。






その夜、秘書の森尾から電話があった。

石田先生がお亡くなりになった、との悲報の電話だった。 
鷹視狼歩 Ⅲ    06.17.2007
  何度か世話になった国際的ファッション雑誌の日本でのチャリティーパーティーに佐々木翠を連れて行くと決めたのは、単なる思い付きだった。
黙っていれば、芸能人以上に目を引く華やかな何かを持っている。引き連れていても、俺の影に隠れるような女じゃない。
弊社の夏コレのモデルとして紹介する傍ら、周りがどのような反応を見せるのかも楽しみだった。


案の定、エルセーヌから現れた佐々木翠はこれ以上無いほど仏頂面をしていた。
髪の色と同じ茶色がベースの、胸の前が結ばれている膝上のドレスを着て、髪の毛はいつものように無造作に中央に立てているのでは無く、外はねのようなカールがついている。

化粧も嫌味が無く、オレンジがベースで、完璧だ。

俺は上から下まで佐々木翠を観察し、頷いた。

「なんで鷹男までタキシード着てんだよ。俺達仮面舞踏会にでも行くのかよっ」
待たせてあるリムジンに乗り込むと、彼女は腕を組み大股開きで座った。
「ったく。美容院かと思いきや脱毛とかネイルとかわけわかんねえ事させられて、しまいにはこのヒラヒラドレスだよっ。胸元スースーするっ」
「下着が見えているぞ」
「知った事かっ。んで、どこに行くんだよ。こんなババアちっくな化粧までさせられてっ」
「EF(エフ)と言う雑誌は知ってるか?」
「ファッション雑誌の?」
「その慈善パーティーだ。会費が一人三十万もする。俺の金を無駄にするなよ」
「さっ......三十万!!」
目を見開いて驚きを露にする佐々木翠を見て俺は苦笑する。
「もったいねえっっ。パーティーにんな金払って出るなんて!!」
「付き合いだ。お前もよく社交術を学ぶんだな」
「社交術ならとっくに有るっ!」
「ならば、その大股開きも止めろ。お前をうちの夏コレのモデルとして紹介するから、出来るだけ女らしくしていろ」
「わたし、って言ってればいいのか?」
「そうだ」
俺はミニ冷蔵庫を開いてシャンペンを取り出す。
「場所はどこだよ?」
「横浜の遊覧船を貸しきったそうだ」
「遊覧船?!!すっげ!!食いもんは?」
「お前が食べた事の無いような物が色々とでるだろう」
「うわっ超ーーーー楽しみだぜ!三十万円分食ってやる!」
さっきまで仏頂面だった佐々木翠の顔に笑顔が広がる。
俺はシャンペンを注いで口に運んだ。



1時間程すると、目的地についた。
案の定、デザイナーやら俳優やらモデルやら関東近辺の有権者らで溢れかえっている。
人ごみのなかを鋭く観察し、俺はビジネス用の笑顔を作って顔見知りに挨拶に回った。
その間、佐々木翠は中央のテーブルの上の食べ物を一つずつ手に取り、舌鼓を打っていた。
誰かが話しかけてこない限り、彼女は時折感想らしき独り言を呟いては黙々とそれらを食べている。

俺は人と話しながらも、常に佐々木翠を視界に入れていた。
必要ならば、紹介もしなくてはならない。それに、迷子になられても迷惑である。
数人の男が彼女に話しかけ、つまらなそうに去っていくのも目撃していた。話しかけてくる相手が女だった場合、彼女もにこやかに対応しているようだが。
やはり、女の方がいいらしい。
俺は目の端でその光景を捉え、鼻で笑う。

同性愛者という割には、俺の体によく応えるようになっていた。
この6ヶ月、ベッドの上で何度俺は理性を失いかけたか。
それに、彼女の度胸にはたまに度肝を抜かれる時がある。
一瞬の躊躇いを見せはしたが、あの花瓶の中身を、ただの水か何かのように一気に飲み干した。
その直後の、あの妖しい笑み。

あの時、俺はどうしようもなく動揺していた。
彼女が取り込んだ不浄物を、穢れを取り去ろうと必死になっていた。
何よりも、彼女の中を俺の白い情熱で満たしたい欲望の波に襲われた。

俺とした事が、現実と妄想の境の区別すら出来なかった。熱情に突き動かされ、経験の少なかった若い頃のように彼女を抱いていた。
それだけ、あの行為に酔っていた。


窓の向こうから差し込んできた黄昏が、気だるい橙色に船内を照らしだす。佐々木翠は食事を楽しみながら、時折退屈そうに夜の広がりをみせる外の方を眺めていた。

数人が彼女と一言二言会話を交わし去って行った所で、上品な身のこなしの、明らかに外国人の老人が彼女に近づいた。
不機嫌に対応しているのが傍目でもわかる。
だが、その老人は諦めず熱心に彼女に話しかけていた。
言葉が通じないのか、佐々木翠も身振り手振りで対応している。
しまいには、俺の姿を探し出し、目で合図を送ってきた。

「すみませんが、連れが呼んでおりますので失礼いたします」
俺は話をしていた取引先の連中に会釈をし、佐々木翠の方へ向かった。

「連れに何か御用でも?」
俺は老人の背後に回り、訊ねる。
「おおっ!!」
老人が嬉々として振り返った。
「この子に通訳してくれないかね。君はモデルか、と」
強いイタリア語訛りの英語で老人が答える。
「うちのモデルをやってもらっておりますが......」
俺は名刺を取り出して、老人に渡した。
老人は暫く俺の名刺を眺める。
「ブラボー!素晴らしい!あんたん所の製品は私も何着か持ってるよ。良いもんをつくっとるね。私はマリオ・トロバートと言う。トロバートという名はご存知かね?」
「ええ。イタリア製銀細工や宝石店の老舗ですね。私も何度か宝石を購入した事がありますが」
ファッションを知らなくても、その名前位聞いた事が有る。
「日本へはビジネスですか?」
「今度新宿に日本第2号店をオープンするのでね。ところで、この子をどこで見つけたのかね?」
「おいっ、何話してんだよ!」
佐々木翠がつまらなさそうに、会話に加わる。
老人は彼女に向かって
「ノープロブレーム!」
と酷いイタリア語アクセントで答えて、俺に振り返った。
「この子の所属しているモデルエージェントを教えてもらいたい。この子は中性的で男と女、東洋と西洋の美を併せ持っている!その上、こんなにも美しい銀色の瞳を持った子は見た事が無い!」
老人の大げさな表現に俺は内心苦笑しながら、翠が所属する事務所の名前を教えてやる。

こういう場所では、よくある事だ。
特に日本人は混血、という種に弱いらしい。
又は、憧れを抱いている、とでも言うのか。
現に自分も、20代までは訳の解らない連中から山のようにこういうオファーを受けていた。
流石に30を過ぎた今、『BREEZE』社の社名と俺の顔が知れるようになってからは、こういう誘いは来なくなったが。

「じゃあ、ベイベーちゃん。また会うとしようか」
トロバート氏は派手に音を立てて翠の頬にキスをし、数歩離れた場所で事を見守っていたボディーガードらしき男をを引きつれ、ふらふらとその場から立ち去っていった。
「な......何だあの頭のオカシイじじいは?!」
翠はゴシゴシと手の甲で触られた頬を擦りながら、俺に訊ねる。
「化粧が取れるからそれ位にしておけ。あのご老人はお前がモデルかと聞いてきた」
「へ?モデル?なーんだ、俺が最後の一個のフォアグラじじいが取る直前に奪ったからイチャネンつけてきてるのかと思ってた」
「馬鹿かお前は」
「悪かったなあ!外国語分かんねえんだから仕方ないだろ!」
「そんなナリだから、『外国語を喋ってみろ』などと周囲に言われたり冷やかされて育ってきたのだろう」
「そうだよっ。何で知ってんだよてめえがっ!!」
佐々木翠が怒りと困惑が混じった目で俺の顔をマジマジと見る。
「俺もそうだったから、分かる。お前の通ってきた道は、俺も大概通ってきた」
怪我の事も含めてな、と付け足す。

実際、彼女を見ていると20代の若造だった自分と重なる。
嫌になる程、彼女の行動や思考が手に取るように解るのだ。

お前を見ていると昔の俺を見ている様だ、とは言わなかった。
その代わり、いつもの笑みを浮かべる。
「下でセレモニーが始まる。行くぞ」
俺は呆けたように自分の顔をじっと見つめ続ける佐々木翠の腕を取って、誘った。



「さくらとの婚約を近々解消する予定だ」
帰りのリモの中で、ネクタイを緩めながら独り言のように俺は呟いた。
実際の所、俺のみならず父親も含めた門田家はこの1週間、彼女の父親関連で忙しい毎日を過ごしていた。
「ふうん。そうか」
佐々木翠は頬杖をついて窓の外を眺め、さして興味も無さそうな返事をする。
「さくらさんの親父さんに、何かあったんだな」
「先週の金曜日亡くなられた。新聞を読まないのか?」
「新聞なんて買ってねえし読んでねえよ」
「経営学を勉強しているのならば、毎日読むことを薦める」
「へいへい。オヤジくせえんだよ、鷹男はっ」
「お前はさくらに好意を寄せていたのだろう?」
「ああ、けどもうとっくに諦めた。お前も6ヶ月以上前に諦めろっつってたろ?契約の一部だったろ?それに、この間彼女の婚約者って男にも会った」
「ブライアンか」
「そう。そいつ」
相変わらず窓の外をぼんやりと見つめながら、佐々木翠は相槌を打つ。
「さくらさん、幸せそうだったし、それが一番良いんじゃねえか?お前、女なんて吐いて捨てるほど居るんだろ?」
「困らない程度にはな。お前も、男はどうだか知らないが、女には困らないだろう?」
その言葉に、佐々木翠は弾かれたように俺を見る。
その目が如実に怒りを表していた。
「てめえのせいだよっ」
「何の話だ?また、重要な部分が抜けているぞ」
「てめえがキスなんてすっから悪いんだっ」
「キスと女にもてる事と、どう関係する?」
佐々木翠は一瞬うッと声を詰まらせ、横を向く。

「てめえがキスなんてすっから、てめえの事しか考えらんねえんだよ、ちくしょうっ!!!」
そう言い捨てると、「ああ!」と言って佐々木翠は頭を抱え込んだ。

「お前まさか、あんなキスごときで動揺しているのか?」
「してるよっ。すんげー、してるよっ!お前の事好きになっちまったんじゃねえのかって自分で自分の頭ン中疑うくらい、動揺してる」
「あのキスは単なるお遊びだ。言わなかったか?お前との関係は全て『契約』であり、俺の中では『ゲーム』だと」
俺はそう冷たく言い放つ。



「鷹男お前、そうやっていつも他人との境界線引いて生きてきたんだろ?」
暫く頭を抱えて俯いていた佐々木翠が、上目遣いに俺を睨んだ。
「今、鷹男が境界線引くのが見えた」
俺は「ほう」と眉根を上げる。
この小娘に、何が分かる。
「お前は、俺に何を望んでいるんだ?」
思った以上に険しい顔つきをしていたらしい。
佐々木翠が、ふいに視線をそらした。
「別に何も望んじゃいねえよっ。俺はお前の引いた境界線の中に入ってくつもりはねえ。お前が望まねえ限りは。けどな、お前の都合で俺を振り回すんじゃねえ。迷惑だっ」




大学の寮に着くまで、むっつり顔で意地でも俺と視線を合わせない佐々木翠を眺めながら、俺はアルコール度がいつもより高めのジントニックを味わっていた。
Care 4 me    06.17.2007
<Side Midroi>

 
 俺は寮の有る大学の前で鷹男に車から降ろしてもらうと、そのまままたタクシーを拾って紅の家へ向かった。

「ど、どうしたのその顔......てか、その格好!」
紅が夜型の人間で良かった。
もう午前1時をまわっているのに、仕事中だったのか紅は眼鏡をかけた普段着姿のまま、俺を家に入れてくれた。
「今日鷹男とEFのパーティー行って来た」
「へえ。ドレスはキレイだけど、染みついてるし......顔、メーク取れてるよ。......泣いてたの?」
「な、泣いてねえよっ」
俺はそう言って腕で目を擦る。
黒いマスカラかアイライナーみたいなものが、腕につく。
「ちょっと待ってて、お茶淹れて来るから」
足を引き摺ってキッチンに消えた紅は、1分もしないうちに居間に戻ってきた。
「どうして泣いてたのさ。言ってごらん?兄貴に何か言われたの?パーティーで何かされたの?」
俺がお茶を一服すると、紅は俺を仰向かせてティッシュで目の下を拭ってくれた。
「理由次第では俺、兄貴の事タダじゃおかないつもりだよ」
「だから、泣いてねえよっ」


実際の所、泣いていた。
ここに来るタクシーの中で、俺はシルクの布地が汚れるのも構わないで泣き続けた。

車を降りる直前、再度鷹男から
冷たい声で言われた。
「あのキスは単なるお遊びだ。言わなかったか?お前との関係は全て『契約』であり、俺の中では『ゲーム』だと」

そんなの分かっていた事だった。

なのに、女々しくめそめそ泣いている。

そんな自分も許せなくて、余計に泣けてきた。




「紅、俺にキスしろよ」
俺は俺の顎に手を置いている紅の手を掴んだ。
「キス?翠キスって......」
と、そこで言葉を止め、俺の顔をジッと見入る。
「兄貴に、キスされたんだ」
紅が感情を抑えた小さな声で呟く。
俺が答えないでいると、紅は意を決したみたいに俺の瞼に唇を寄せた。
「目、瞑って翠......」
俺は言われるまま目を瞑る。
両目の瞼、額、鼻の上、両頬と来て、小さく俺の唇に柔らかいものが触れた。
羽毛のように軽くて薔薇の花びらみたいなそれは、確認するようにゆっくりと何度も何度も降って来る。
鼻を掠める甘い香りは、紅のつけてるコロンかな。
俺は我慢できなくなって、腕を隣の紅の首に回した。

途端、紅の体が硬直して、また弛緩して、俺に応えてくる。



紅のキスは、甘くて優しかった。
俺を労わる様に、包み込む。


舌を絡ませてお互いの味を堪能する。


長い長い間、俺達はキスしていた。



先に体を離したのは、紅だった。
「これ以上したら、俺暴走しちゃうよ」
舌なめずりしながら、小さく微笑む。
その姿がちょっとだけ色っぽくて、俺も微笑み返した。
「悪い。でも、良かった......」

唇を噛んで、俯いて、俺は腹を括った。
タクシーの中で考えていた事。

紅が俺に頼んだみたいに、俺も紅にしか頼めない。
俺は目を瞑り、意を決して心の中に宿らせていたわだかまりを口にした。


「紅、俺を女として抱いてくれないか?」




言った瞬間、俺は紅に肩を掴まれた。
「理由を教えてくれないと、フェアじゃないよ翠」
たまらなくなって俺は目を開くと、たしかな情熱をくすぶらせた眼がまっすぐ俺を見つめていた。
「俺......鷹男の事が好きかもしれない」
「そうなの?」
紅のヘイゼルの瞳が翳る。
「わかんねえ。でも、気付くと鷹男とのキスの事ばっか考えてる」
「酷いね翠。そんな事平気で俺に言えるんだ」
苦痛に整った顔を歪ませて、紅は囁く様に低く呟いた。
「悪い......だから誰かに違うって言ってもらいたくて......」
俺はこれ以上紅を見ていられなくて、彼を押しやり顔を背ける。

「兄貴は、誰も好きになったりしないよ」
背後から、うなじ辺りに息がかかる。
俺の首の後ろの髪の毛がふわっと揺れた。
「兄貴は世の中の男の欲しい物全て手に入れてるから、女の人に何も求めてないよ。愛だの恋だのって感情に流されたりなんてしないと思う。必要なのは、妻の務めを無難にこなせる飾り物みたいな奥さん位じゃないかな」
俺が黙っていると、紅は続けた。
「じゃあ聞くけど、翠は兄貴を想って眠れない夜を過ごした事ある?体が疼く事ある?一緒に居る度にドキドキして緊張して、いつも通りの自分が出せない時とかあった?」
「クソッ」
俺は俯いたまま、悪態をついた。

違う。
そんな感情じゃない。
そんな感情じゃないんだ。
わけわかんねえ。

ポタッと腿の上で硬く握った拳の上に温かい滴が落ちる。
首筋を掠っていた生ぬるい息吹が、耳のすぐ後ろに当たった。
腕が廻され、後ろから抱きしめられる。
「俺はあるよ。翠に対して、いつもそうだから」
ひどく掠れた声で囁かれて、俺の体に電流が走ったみたいに激しい衝撃を感じた。
「後悔、しないで......。俺ならきっと翠を理解して、幸せにしてあげられるから......」

紅の指が鎖骨から辿って俺の大きく開いた襟ぐりに侵入する。
「ああ......」
俺はゆっくりと頷いた。



Care 4 me Ⅱ    06.17.2007
<Side Beni>



 女の子を抱いた事も数え切れないほどあるし、翠とも何度かベッドを共にした。
翠が道具をつけ、俺が受けに徹した性行為だったけど。
今でもあの行為を思うと体中が痺れるように疼く。
俺の中に絡みついて蕩けさせた翠の指が、口付けが、生々しく脳裏に蘇る。

なのに、俺は今物凄く緊張していた。
あまりの緊張に、翠の肩を掴んでいる手が震えている程だった。
まるで、初体験の時みたいに、相手の一挙一動に怯えてしまう。
強すぎるんじゃないか、とか
痛がってるんじゃないか、とか
もっと優しくしなくちゃ、だとか。

だからそれをごまかす為に、俺は何度も何度もキスの雨を降らせた。
翠のしっとりと柔らかい肌を舌で味わった。
耳の下を舐めたとき、翠は「んんっ」と身じろぎした。
その婀娜めいた甘美な声を聞いたとき、穿いていたジーンズが一気にきつくなった。
「翠、好きだよ......」
堪らなくなって、耳元で囁く。
翠はきつく目を閉じて、俺のキスに答える。
着ていたTシャツを剥ぎ取ると、俺は素早くジーンズも脱いだ。

サマードレスとは言え、スカート姿の翠をベッドの上で見るのも初めてだった。
俺は翠の上に覆いかぶさって、ぴったりと体を密着させる。
トランクスの下の張り詰めた証を、わざと翠に押し付けた。
翠は受けに専念して、俺の愛撫に悶えてくれている。
小さく息を吸い込んだり、溜めながら切なく吐き出したりして、俺に呼応する。
手のひらでドレスの上から小さな胸を包むと、それを優しく揉みながら、首筋に唇を押し当て音を立てながら味わった。
「紅、俺......」
翠がグレーの眼を半分開けて、俺を熱い眼差しで見つめる。
「男にこんなに優しくされたの、初めてだ......」
そうはにかみながら囁かれた言葉に、俺は爆発しそうになる。
「しーーっ。黙って。俺にまかせて」
俺は翠に唇に指を置いて、もう片方の手で堅くて優美な曲線を描くお腹の上を辿って、もっと下の方へ移動する。
俺はスカートの下に手を差し入れた。
指で花園を探し当てると俺は息を飲んだ。
体の線を出さないようにしていたのか、あまり下着としての役割を果たしていなさそうな、紐のような布地の隙間から、とろとろと蜜が染み出している。
「感じてるんだね、翠......」
前回は侵入を拒まれた場所に、俺は指を深く差し入れる。
翠が小さく身震いした。
卑猥な音が俺達の息遣いに呼応しながら静かな部屋に鳴り響く。

翠の中は、想像以上に熱かった。
彼女の秘密の花園の、奥深くまで指を突き刺す。

兄貴が同じ場所に触れているんだと想像すると、彼女の中の指が荒々しく動く。
「......っん」
翠が切なそうに喘ぐ。

俺は堪らなくなって彼女のスカートをめくり、体をその間に移動させた。
腹ばいになって膝を立て足を広げる。
甘い匂いが漂った。
そして、布から垣間見える濡れた花弁に、思わず息を飲んだ。
「キレイだよ。すごく、美味しそう」
「あんま......見んなよ」
恥かしげに、翠は両腕で目を覆う。
俺は彼女の下着をずらして、静かに息づいている花弁を人差し指でなぞった。
「んあっ......焦らすなっ」
翠が身じろぐ。
足を閉じようとしたから、俺は膝を押し広げる。
「駄目だよ。俺に任せて......ホラ、力抜いて......」
あまり役に立っていなさそうな紐みたいな下着を彼女の下肢から取り去ると、俺は再び彼女の花園を観察した。
そっと広げると、眼前に花畑のような光景が広がる。
瑞々しい果実みたいなそれは、蜜をかけたみたいに潤んでいた。
思わず、舌が伸びる。
「......はあっ、紅!」
俺が犬のように一舐めすると、翠がぶるっと体を大きく仰け反らした。
花園の上の方の感度の良さそうな小さな蕾を発見すると、今度はその蕾を舌で転がした。
彼女のお尻に力が入る。

翠が、感じてくれている。
俺を抱いている時のような余裕を見せていない。
胸が逸る。

翠は、俺のものだ。
兄貴にも、他の男にも、もちろん女の子にも渡したくない。

翠すら見えない内股の上の方、足の付け根に、一段と濃いキスマークをつけた。
兄貴への、挑戦状。
これを見たら、兄貴なんて思うかな。

そんな事を考えながら、俺は夢中で彼女の甘い蜜を味わった。

翠の声を聞くたびに、我慢の限界を迎える。

でも、今日は駄目。
翠を喜ばせたいから。

俺は指を何本も入れて、彼女の中を弄る。
彼女の一番感じる場所を、指で探る。

ここ?
いや、違う。
「んあっ......」
ここも、違う。

こんな感じに、彼女の体内を指で探検する。

「あああっ!!紅!!」

暫く指での捜索を続けていると、翠が身体を一段と硬直させた。
ここだ。
俺の顔に笑顔なのか安堵なのか自分でも分からない笑みが零れる。
翠が故意に身体を硬くしているのが分かる。
「翠、力抜いて......。身を任せて......おしっこじゃないんだから......」
俺は囁くように翠に諭して、その場所を強く押す。
「ああっ!!やめっ......紅!!!」
「出していいよ。気持ちいいんでしょう?」
身体を伸ばして硬く目を瞑り唇を噛んでいる翠の額にキスする。
「いやだっ......はあっ......ああっ...!」
指の動きを一段と強めた。
「見せて、翠」
その俺の言葉が合図になったみたいに、翠の身体が仰け反った。
「はああああ!!出る!!!!!!!あああっっ!」

瞬間、ぶわっと透明な飛沫が俺の手に飛び散った。





「もう、いいよね?」
どれ位彼女を味わったんだろう?
彼女の蜜だか先ほどの汁だか俺の唾液だか全く区別がつかない位、準備が出来ていた。
俺は穿いていたトランクスを脱ぎ去る。

熱く張った肉棒の先端からは、露が溢れている。
足を引きながらあの場所へゴムを取りに行き、素早く濡れた先っぽから被せた。

翠に覆いかぶさり、彼女の両手を自分の手と重ね合わせ、キスで彼女の声を遮りながら腰を沈めていく。

「.........あぁっ......」
思わず、自分の喉から声が漏れた。
彼女の中は、熱くてきつく俺を包み込んでくれてる。
「好きだよ。大好き...翠......っ」
彼女の足を膝で割り広げて、奥深くに突き上げる。

こんな時、自分の足を呪った。
出来る体位が、限られてしまう。

自由が利けば、もっと翠に感じてもらえるかもしれないのに。
もっと感じる場所を探し出せるのに。

唇を噛みながら、肩で息をしながら、俺は無我夢中で彼女の中を突き進んだ。

やがて翠の体が大きく波打つと、俺も同時に自身を放った。






 俺は翠の肩に鼻を擦り付けた。
「俺、合格?」
翠は俺の頭を抱き寄せる。
彼女のしっとりとシルクのような肌触りがする腕の中で、目を瞑る。
「合格も何も......すっげー気持ち良かった」
「じゃあ、もう一回する?」
「今度は、紅にも気持ち良くなってもらいてえよ」
「俺抱きたい?」
「抱きたい」
「俺が相手だったら、翠一石二鳥だよ。前も言ったじゃん。どっちもやってあげるよ、って」
翠はその言葉にはっはっはと声をあげて笑う。
「俺も受けと攻め両方やれるし、紅にとっても一石二鳥だな」
「兄貴なんて、やめなよ」
俺は堪らなくなって、一段と彼女の近くに身を寄せる。
「どうせ男を好きになるなら、俺にしなよ。俺達、お似合いだと思うよ」
翠は無言のままだ。
そんな彼女に苛立ちを覚え、体を反転させて大人しくなった下半身を彼女に密着させる。
翠が俺に反応して足を絡めてきた。
じんじんと熱い花園を柔らかな分身に押し当てられ、反動で腰を動かしてしまう。


「もう一回やろうぜ」
翠が口角を引き上げて、いつもの自信たっぷりのキレイな笑顔で俺の顔を覗き込んだ。
手が、俺の腰から汗ばんだ窪みをかき分けて、終点地点の窄みまでをなぞる。

軽い指の侵入に、思わず強く体を彼女に擦り付けた。



Care 4 me Ⅲ    06.19.2007
<side Beni>

 
 兄貴の婚約者の父親の告別式の帰り。
門田家のリモの中。

俺は黒尽くめのスーツを脱いで、同じ色のネクタイも緩める。
親父とケリーさんがもう一台のリモで帰宅してくれて、良かった。
おかげで、兄貴と二人だけの時間が出来た。
俺はまじまじと、目の前に座っている兄貴を見つめた。

全然何も変わっていない。
いつもの、兄貴。

この間翠に兄貴が好きかもしれないと告げられた時、そして彼女に請われるまま彼女を抱いた時、俺の心は決まった。

告別式の間中、兄貴は俺の視線に気付いているのか居ないのか、いつもの無表情を崩さなかった。
名目上の婚約者のさくらさんに寄り添い、傍目から見ても良い婚約者を演じていた。


森尾って秘書からの電話を切ると、兄貴は先に口火を切った。
「式の間中ずっと何か言いたげだったな」
俺は待っていましたとばかりに口を開いた。
「分かってる癖に。兄貴を捕まえるのは大変だからね。今日言っておかないと、と思って」
「佐々木翠の事か」
はあ、と兄貴が迷惑そうに息を吐く。
「500万、俺が返すから彼女を解放してあげてよ」
彫りの深い顔で俺を直視する兄貴の視線を真っ直ぐ受け止めながらそう言い放つ。
「あの女に、本気で惚れたのか」
兄貴の口元が笑ってる。
「そうだとしたら?」
俺も負けずに小首を傾げて笑顔を見せる。
「あの女は、お前が扱えるような器ではない、とそれだけは言っておこう」
「どういう意味さ?解放してくれるって解釈していいのかな?」
「さあな。手放し難くなったのかもしれないな」
「へえ、兄貴が珍しい」

俺の中で、表現し難い黒い空気が充満し始めた。
その黒い靄は、俺の心臓を圧迫し、早める。
呼吸も速くなる。

つまり、兄貴にも翠に対して何らかの感情を持っている、って事だ。

歯がぎしぎしと、音を立てる。
歯軋りが、震えが止まらない。
汗が、体中の毛穴から噴出す。
体は熱いのに、寒気がする。

ふと、目にミニ冷蔵庫のワインオープナーが目に入った。

とっさに手を伸ばし、それを掴む。


「馬鹿は止めろ!」
兄貴が、叫んだ。


「何で?」
俺は螺旋状の尖った先端を自分の手首に当てる。


無表情の兄貴が、目を見開いた。


「それは、お前ではなく佐々木翠が決めることだろう?彼女が頼んだのか?」
プスッ、と音がした。
破けた皮膚からつーっと血が流れ出る。
「ううん、俺の頼みだよ」
兄貴が鬼みたいな険しい顔で俺を睨む。
「分かった。あの女から手を引く。だから、お前もそれを除けろ」
俺がオープナーを横に置くと、兄貴は俺の隣に移動して素早く左手首の時計を外した。
ポケットからハンカチを出してアルコールで浸し、俺の手首に巻きつける。
「深くないな。だが、一応病院へ行って置こう」
そういうと、兄貴は運転手に声をかけた。
顔はまだ怒りに満ちている。
「.........ごめん」
俺は兄貴に介抱されながら、小さな声で謝った。
情けなくて、目から涙が零れ出る。


兄貴は、無言で俺の頭を肩に抱いた。





 病院の診察室から出てくると、待合室の壁にもたれて立っている兄貴を見つけた。
あの体つきの上、全身黒いスーツを着ている兄貴は病院内でも異彩なオーラを放っている。

俺が持っていない、兄貴を取り囲む光彩。
人を惹きつけてやまないその光は、いつも眩しく兄貴を包んでいるように見えた。


俺の姿を確認すると、兄貴の顔に安堵の色が広がった。

久しぶりに見る、兄貴の人間らしい表情。

俺は何も起きなかったみたいな平静そうな顔で兄貴に声をかけた。
「仕事はいいの?」
「1つやらなければならない事があったが、キャンセルした」
「ふうん」
ぶっきらぼうにそう答えて、息を吸う。

いつもいつも、兄貴だった。

手首を切った時も、窓から飛び降りて脊椎を損傷した時も、先輩に犯されて不登校になった時も、一番俺を心配してくれたのは兄貴だった。

俺の父親代わりだった。


「兄貴は、翠の事が好きなの?」
病院から家に向かう車の中で、俺は兄貴に訊ねた。

兄貴は少し考えてから、俺に答える。
「正直に言う。俺は、佐々木翠に興味は持っている。何かしらの感情を持っている。だがそれが恋愛感情かどうかは、わからない。だが、これだけはお前に約束する」
俺は黙って兄貴の次の言葉を待つ。

「誰も傷つけはしない」


そういいきった兄貴の横顔を、俺はずっと眺めていた。







<side Midori>



 
あの船の上で会った胡散臭いじじいが有名人だったなんて、これっぽっちも思わなかった。

狙っていたフォアグラを取られそうになって、俺が素早く奪い取ったのが気に入らなかったとばかり思っていた。

最初は確かに怒り口調だったけど、俺の顔を見て突然叫びだしたから、頭がおかしいのかとばかり思っていた。

鷹男が助け舟を出してくれるまでは。


久しぶりに来たモデル事務所からの電話を切ると、俺は驚きで暫くその場に立ち尽くした。
どうやらあちらさんから事務所に連絡が入ったそうだ。
俺の写真のポートフォリオを見せてくれと言われ、メールで数枚送ったところ是非とも新作の顔として起用したい、という話になったらしい。

事務所もこんな大仕事は初めてだとか騒いでいたし、どうも断れる雰囲気じゃあなかった。
つか、シルバーアクセは好きだし『トロバート』って名前位は聞いた事が有る。
銀座にある超高級チックな店で、足を踏み入れるどころかあの界隈は通った事もねえけど。

とりあえず、大学と居酒屋のバイトがあるので夏休みまで待って欲しい、と告げた。
普通モデルにはそんな選択肢は許されないらしく、仕事のオファーも今か否かで決まるらしい。
自分が駄目だったら、他のモデルにオファーが行く。

たったそれだけの事。

なのに、向こうさんは俺にこだわって日本で撮影すると言って来たらしい。
それにも、事務所は驚いていた。


言われた日に言われた所で言われた様にポーズを取って写真撮影を終える。


数日後、俺は今まで働いて貰った給料の中で、一番の大金を支払われた。


支払い明細を見て、最初ゼロの数が間違ってるのかと思った。
慌てて銀行の残高証明を確認したら、ちゃんと入金されていた。
これだけの金が借金でなく手に入るって事実がたまらなく嬉しかった。


早速、ばあちゃんに送金した。


Care 4 me Ⅳ    06.25.2007
<side Midori>




 「初めて見た、アヤって子。〇姉妹の妹みたいだったね。ちょっとどころかすごくケバくて怖かった」

1週間ぶりの紅は、俺とアヤとの別れ話を「修羅場が見たい」と言ってついてきた。
鷹男はどこかへ出張に行っていたらしく、この金曜は会わなかった。
鷹男専用の携帯の留守電に、
「今週は会えない」
と短くメッセージが入っていて、何故か俺は胸を撫で下ろした。



案の定、カフェで昼メロみたいな台詞を吐かれたり、紅とアヤが取っ組み合いの喧嘩を始めそうになったのを仲裁して、一応何とか騒ぎは収まった。
ったく。
「修羅場が見たい」って言った本人が修羅場作ってどうすんだって言いそうになった。

「もしかして、翠って巨乳好き?」
帰り道、タクシーの中で紅は俺の顔を覗き込む。
紅はカフェからずっと不機嫌そうに眉間に皺を作ってた。
「うっ......。そんな事ねえよっ。でも、無いよりあった方が......」
「あの人の、明らかに豊胸手術だよ?サイボーグみたいだったじゃん。それでも好きなの?」
紅は意地になって聞いてくる。
顔、赤くなるからやめろって!
「俺は別に胸なんてあっても無くてもいいのにな。翠だって全然無いし。それに、胸ってそんなに触り心地いい?」
俺の手を取って、ジーンズ越しに自分の股間に押し付ける。
「これよりも?」
「うわっ!!やめろって!!」
俺はとっさに手を引く。
あの、ふにゃっとした柔らかい感覚がじんと手に残る。
「お、お前の海綿体も、嫌いじゃない」
「海綿体なんて生物学的な言い方翠らしい。全然色気無いよ!!」
紅は隣であはははと笑いながら俺の反応を楽しんでいる。


あの夜以来、紅が急速に俺との距離を縮め始めた。
明らかに、前より大胆になってる。
気付くと、俺の手に紅の細くて白い手が重なってるし、話す時も前に比べて全然至近距離だし、それにたまに隙をついてキスしてくる。

はっきり言って紅とのキスは、嫌じゃない。

紅の柔らかくて優しいキスは、どっちかというと燃え滾るような緊張感だとかとは正反対の、安堵を覚える。

心が、和む。
もっと、味わいたくなる。

......って恥かしい事考えてんな、俺。

「なあ、その腕、どうしたんだ?」
包帯でぐるぐる巻きになっている紅の手首を指して訊ねる。
「そこって、お前リストカットしてた場所じゃね?」
「ああ......。これは違うよ。この間滑って転んで捻挫しちゃった。馬鹿だよね」
整った眉尻を下げて紅が肩を竦める。
「お前よく転ぶなあ。気をつけろよ」
「うん。所でずっと聞きたかったんだけど、翠の田舎ってどこ?」
俺の肩に頭を預けながら、紅は気だるそうに訊ねた。
「T県。行った事ねえだろ?」
「無い。高校は公立?」
「そ。水泳で有名なトコ推薦で入った。紅はやっぱ、私立のお坊ちゃん学校行ってたんだろ?顔が私立って書いてある」
「私立って書いてあるって何さ?俺、実家は鎌倉だけど東京にも家あるから、ずっと東京のインター通ってた」
「インター?」
「インターナショナルスクール。あ、でも高校はアメリカンスクールだったわ」
「ふうん。どっちでもいいけどさ。うちの田舎はいいよ~。田舎っつっても、山田の実家みたいな各駅が1時間1本しか通らないど田舎じゃねえけどさ。今度じいちゃんばあちゃんの家に遊びに来いよ」
「え、行っていいの?」
「もちろん」
「やっぱさ、翠って目立ってたでしょ、田舎で?俺はインターだったから、全然周りとか俺みたいのばっかで気にならなかったけどさ。逆に兄貴は私立だったし、翠みたいに東京の普通の高校通ってたから、結構大変だったみたい。色々と」
「東京でも?うちの田舎には、俺みたいなガキはいねーから、色々言われたりはした。それにまず、外国人なんて見ねえもんっ。英語の先公くらい」
「知ってた?兄貴って一応教職免許持ってんだよ」
「まじ?!鷹男が?」
「昔は先生になろうとしてたんだって。体育教師」
「鷹男、すっげーおっかなくて厳しそう。想像できるぜ。なんかあいつの弱み握った気がしてきた」

紅が、ふと真顔になった。

「あのさ、兄貴と話したんだ」
「いつ?!」
思わず身を乗り出すように聞いてしまってから、ハッと気づきゴホンと誤魔化すべく咳払いをする。
「さくらさんのおじさんの告別式の時」
「ふ、ふうん」
「兄貴、翠との契約打ち切ってくれるって」
「へ?」
俺は紅が早口で言ったその言葉が聞き取れなくて、聞き返す。
「だから、翠との契約破棄してくれるって言ってた。良かったね」

「紅が、話をつけたのか?」
ぐるぐると頭の中で何かが回転しているような錯覚に陥った。
かろうじて出た声が、掠れていた。

「いけなかった?」
「紅、これは俺の問題だから......」
「だったらなんであの夜俺の所に来たの?なんで俺に抱かれたの?」
紅が物凄い剣幕で、俺の言葉を遮った。
「はっきり言わせてもらうよ。翠が兄貴の事気になるのは、兄貴に勝手な男の理想像重ねてるからに過ぎないよ。それは愛とか恋とかそういう感情じゃなくて、単なる憧れだよ」
「あ、あんな変態男に憧れてなんかいねえよっ」
「ううん。じゃなきゃ、俺にあんなに反応しない筈でしょ。兄貴とのセックスにとっくのとうに溺れてるはずでしょ?なのに、翠は兄貴とのセックス別に好きじゃないって言ってたよね?俺に抱いてくれって頼んだよね?人ってね、一定の期間以上同じ人と一緒に居ると、自然と同情みたいな愛が芽生えるんだってさ。同情っていうのは、一緒に居なきゃいけないみたいな義務感だとか、自分が居ないとこの人は駄目になっちゃうとか、そういった勘違いで自己満足的な愛情の事」
一気に言い吐くと、紅は肩で息をしてにっこり微笑む。

俺は歯を食いしばりながら、その隙間から声を出した。
「紅、お前が心配してくれる気持ちは嬉しいよ。でも、これは俺の問題だ。俺が鷹男に会って、話をする。お前が迷惑だってんなら、もうお前に頼ったり迷惑かけたりする事はしねえよ。永遠にしねえ。だから、口出しすんな」

言い方が少しきつかったかもしれない、と思った。
でも、気付いたら自分でも驚くほど冷たい声が出てた。

紅は暫く驚いた顔で俺を眺めて、フッと視線をそらした。
「じゃあ、翠は兄貴とずっと関係を持ってたいんだ」
「そういう意味じゃねえよっ。でも、はっきり言う。もう、前みたいに嫌じゃねえんだっ。それに......」

鷹男の事が好きかもしれない、と再度言いそうになる前に紅が大声で遮った。
聞きたくない、と言わんばかりに顔を顰めて。

「それなら好きにすればいいよっ!!」


俺達は、初めて居た堪れないほど気まずい沈黙を体感した。


お互い無言のまま、車は紅のマンションに到着した。
俺は小さく「俺これからバイトだから。じゃあな」と告げて、紅と別れマンションのエントランスと正反対に向かって歩きだした。

午後の太陽が眩しくて目を細める。
背中に、紅の視線が突き刺さっているような感覚がした。






 「お前から連絡なんて、珍しいな」
鷹男がくれた真っ赤な携帯に記載されてる番号に電話をかけた。
呼び鈴が何度も鳴って、もうそろそろ切ろうと思っていた矢先、鷹男が電話に出た。
「なんだよ、嬉しいのか?」
「最近口調が偉そうになってきたな」
「誰の影響だか!」
電話ごしにフッと鷹男が鼻を鳴らしたのが聞こえる。
「単刀直入に言うからな。お前と話がしたい。いつなら時間作れる?」
「明後日、帰国する。いつものホテルに……そうだな、夜7時に来い」
「帰国って、俺どこに電話かけてんだ?!お前どこだよ!それに俺、バイトあるんだけど」
「何時に上がる?」
「10時」
「なら、お前のバイト先に迎えをよこす。今はニューヨークだ。俺に用があるのならば時差ってもんを考えてから電話をよこせ」

ブチッ。

と、挨拶もなしに、電話が切れた。

「クソ馬鹿鷹男!!!時差も何も、てめえがどこに居るかなんて知らねえよ!!」
一言何か言ってから切れ、とか思いながら俺はグルグルと寮の部屋の中を歩き回る。


1学期がそろそろ終わる。
この寮からも出ていかなきゃならない。

考える事が山ほどあるってーのに!!


紅とも気まずい。
鷹男の自信満々のあの顔が頭の中から離れない。
借金の返済。
アパート探し......なるべく安くていい物件。
バイトのメニューも完璧覚えなきゃなんねえ。


つか、それより何より期末だし。


たああああ~~~!!!やる事ありすぎ。





......泳ぐことに決めた。


俺の頭をクールダウンさせてくれるのは、これしかなかった。


Give 2 me     06.26.2007
<side Beni>




 
コンピューターで修正作業をしながら、ぼうっと考え事をしていた。
「あっ」
間違えて違う色をクリックしてしまう。
水色のジャージに小さな赤い染みのような色がついてしまった。

冬物の撮影の準備で、最近は本社の企画部と毎日のように顔をあわせてミーティングをしている。
話題に上るのは、いつも翠。
彼女の出ている広告が、巷で話題を呼んでいるからだそうだ。

ロングヘアでビキニを着て海をバックに水と戯れている、翠。
自分が撮影していながらも、水と彼女との相性に今更ながら驚く。
青い海に彼女のグレーの瞳が映えて、白い飛沫をあの少し濃い象牙色の肌で受け止めている。

モデルに関しての問い合わせもカストマーサービスホットラインやらBREEZEのウェブサイトに殺到している、と言っていた。

少し前までは、誰も翠の事なんて知らなかったのに。

マウスから手を離して、俺は手のひらを見た。
手の中に居た鳥が、羽ばたいて飛んでいってしまうような感覚。
いや、翠の場合は眠っていた虎が覚醒したって言った方が正しいのかも。

「あーあ」
このやるせない気持ち、どうしたらいいんだろう。
コンピュータースクリーンの前で腕を組んで顔を顰める。

あんなあからさまに兄貴の事が好きって態度で示されて、それでも翠の事が諦めきれない俺はただのアホだよね。
しかも兄貴の前で10年ぶり位に、『あの症状』が出てしまった。
また、カウンセリングに行かなきゃ。

2日前、翠と喧嘩別れして独りになって、急に怖くなった。
考えれば考えるほど、胸がズキズキする。
唇を、噛んだ。
両腕で肩を抱く。
まるで翠に抱きしめられているみたいに。
ぎゅうぅっと掴んで、手を離した。

「ばっかみたい」
呟いて、また唇を噛む。
この2日間、こんな事の繰り返し。

携帯に手を伸ばした。
着信無し。
この携帯を15分毎にチェックしている自分にも笑える。
「電源切るからね」
電源を切り携帯を放り投げ、寂しく空いた手に本を取った。
パラパラとページをめくる。

駄目だ。
翠が頭から離れない。

携帯だって気づくと電源入れて再度チェックしてるし、本の内容も写真の修正作業も身に入らない。
食欲すら湧かない。

あるのは、彼女を想って起こるフィジカルリアクション。
現に今も......下半身が熱くなっていっている。

俺に抱かれた時の......翠の悶えた顔。
彼女は兄貴にもあんな顔してるのかな?

考えて、自己嫌悪に陥った。
やり場の無い怒りが沸々と込み上げてくる。
それなのに、あそこはどんどんと主張をはじめる。
はあーっと息を吐いて、ベッドルームまで足を引きながら向かう。

ジーンズにTシャツ、下着をも脱ぎ去ると俺はベッドの上に仰向けになった。

もう何回、抜いただろ?
あの翠の顔を思い浮かべながら。

左手で熱くたぎりはじめたモノを握る。
右手は更にその下の窄みへ向かう。
何度か右手の中指を口に含んで、その窄んだ菊花に埋め込む。
濡れた指は、容易にその皺の寄った部分に飲み込まれる。
「んっ………ぁ」
数度深く出し入れして、前立腺の辺りを刺激する。
左手の中の分身は、上下に擦られて大きさを増していく。
「ふぁっ……ぅぅっ……ああっ」
気持ちが良すぎる。

そういえば、と思って指を抜く。
足を引いてクロゼットを開け、前に翠と買い物に行った時購入した細めのバイブを取り出した。
電池を入れると、ウィーっと電子音が鳴り小刻みに震える。
ローションを菊花の周りに塗りたくって、俺はそれを挿入した。
「はあぁぁっ!」
お腹の中が満たされて、言葉にできない落雷のような快感が襲う。

「翠っ翠っ!!」
俺は夢中で手の中の棒を扱いた。

多分カウパー線の分泌量は人より多いと思う。
だって、少しの刺激でもいつも先っぽはグチョグチョに濡れそぼってしまうから。

彼女の熱くてきつい中を思い出す。
トロトロと溢れ出す蜜に覆われていた、あそこ。
腰が、勝手に前後に動いた。
そして動く度に、後ろで俺を貫いている小さな棒が確実なスポットを刺激する。
「ああっ……あんんっ……あっ…ふわぁっ」

翠の、悶えている顔。
翠の、淫らな肢体。
翠の、蜜の溢れ出すピンクの花園。
そこから噴出した翠の液体。

俺に応えてくれていた翠を想像する。
あたかも翠を抱いているかのように。

翠の温もりが俺を包む。
俺と彼女の体内から分泌された液が絡まりあう。

限界が、近かった。

手の速さがどんどんと増して行く。

「翠!!ああっもっ駄目っ……!!!!!」

ドバッと俺の先端から勢いよく我慢していた情熱が飛び出る。


出し尽くすと、バイブを引き抜いてそのまま暫く天井を眺めた。






諦めが悪いのは元からの性格だからしょうがない。
きっと初めて翠が俺を抱いてくれた日から、もう心は決まっていたのだ。

翠の、人の良い性格に付け込んでしまうような行為だって、厭わない。
彼女じゃなきゃ、駄目なんだ。

「絶対手に入れるよ」
俺はそう吐き捨てて、起き上がった。









<side Takao>



いつものように、俺達はレストランで向かい合って座っていた。
彼女の顔からは、疲労の色が窺える。
メークでごまかしてはいるが、目の下のくまは濃く大きな瞳は落ち窪んでいた。
聞くところによるとここ数日間、彼女は石田家の長女として、気丈に振舞っていたようだ。
「乾杯」
俺はワイングラスを掲げた。
「色々と有難う、鷹男さん。今日ニューヨークから戻られたのにわざわざ私のためにお時間を作ってくださって」
カチンと合わせたグラスを持つ左の薬指には大きなダイヤが輝いている。
行動が速いな。
俺は心密かに苦笑する。
「お疲れ様、とお互いを労った方がいいかもしれないですね」
言いながら、俺はグラスの中の甘くて酸味の有る匂いを最初に味わい、口に含む。
「ええ......」
「今日、お呼びしたのは他でもない......」
「婚約解消、のお話ですね」
「はい。お察しどおりで」
俺達は暫し顔を見合わせる。
「今ではいくらなんでも時期が悪すぎます。あと数ヶ月したら、私の方から親戚や関係者に報告しようと思っているのですが、宜しいでしょうか?」
俺は出来るだけ淡々と告げた。
「鷹男さんに、お任せします」
さくらはそう言うと、ロックフォールチーズの乗っているサラダをフォークで意味無くつつく。
「人の命って...あっけないものですね。あんなに精力的だった父が、あんなにも簡単に......」
「死は誰にでも平等に訪れます」
冷たく突き放したつもりで、俺はそう答えた。
「そうですね。だから、生を大事にしなければならないのね。後悔の無いように」
さくらはあっさりと俺の言葉に頷いた。
「父の......遺言の中に、鷹男さん、貴方と私の幸せを願うってありました。それを読んで、胸が苦しくなりました」
俺は黙って彼女の言葉を待つ。
「9月にブライアンはアメリカに帰国します。あちらで友人と自分の法律事務所を開く予定で......。私も、今の仕事場で引継ぎが見つかり次第拠点地をアメリカに移そうかと......」
「いよいよですね」
俺は微笑んだ。
「ええ……」
思いのほか、彼女は気の無い返事を俺に返した。
ずっと思いつめた顔をしているようにも、見えた。
彼女の言う父親の遺言とやらが気になるのだろうか。

俺には、関係の無い話だが。
父親という足枷がなくなった今、彼女の人生は彼女次第だ。
ブライアンという男について行くのも、行かないも彼女の自由。
そう。
彼女は自由を手にした。
本人はその自由を前にかなり怯えているようだが。

虚ろに手元を眺めているさくらに声をかける。
「いずれにせよ、先生もさくらさんの幸福を一番に願っていると思います。お幸せになっていただきたいものです」
俺はグラスを持ち上げた。
心からそう思う。
「鷹男さんも……」
「Cheers!」
笑顔を作ると、さくらも俺に合わせてグラスを掲げた。




チン、と物悲しいグラス音だけが辺りに響いた。



Give 2 me Ⅱ    06.26.2007
<side Midori>



 午後9時50分に、俺のバイト先の居酒屋に眼鏡をかけたひっつめ髪で白いパンツスーツ姿の女性が現れた。

一目で鷹男の秘書だって分かる、ピリピリとした空気を漂わせていた。
見た目は落ち着いているのに、何故かその視線だけで人を落ち着かせなくする何かを持っている。

一旦店内に入って俺を見つけると、その眼鏡の女性は俺に軽く頭を下げた。
「秘書の森尾です。以後お見知りおきを。お話は社長からお聞きになっていらっしゃると思いますが、お迎えに参りました。車を待機させておりますので、10時まで外でお待ちしております」
愛想も何も無い事務的な顔つきで素早く述べると、彼女は「それでは」と踵を返してさっさと店から出て行ってしまった。


俺は仕事が上がると、制服のハッピを着たまま店の前に停めてあった黒いベ〇ツに乗り込んだ。
運転するらしいのは、森尾さん。
俺は後部座席ではなく、あえて助手席に座って隣の彼女を不躾にジロジロ観察した。
「私の顔に何かついていますか?」
「いや。おキレイなのに、眼鏡とその髪型もったいないなって思ったんです」
「なるべく簡素で清楚な格好を、と社長から言われておりますもので」
少しだけ含みを持たせて言ったつもりが、あっさりとかわされた。
「そうなんですか?」
年は......30代前半?鷹男くらいか?
細身で、スタイルは良さそうだ。
でも、そうとうキツくて細かそう。
「鷹男の個人秘書......なんですよね?何で運転までしてるんですか?」
「これも、仕事の一環ですので......」
「ふうん」
俺は無表情で運転する隣の女性に只ならぬ興味を持った。
「鷹男って......やっぱりやり手なんすか?ってか、性格はものすごく天邪鬼ですよね」
「社長ですか?もちろん、凄いお方ですよ」
「何が......どう凄いんですか?」
ただの変態オヤジじゃん。
床の上では。
と俺は心の中で付け足す。
「何が......と仰られても困りますが......例えばこの3年以上休日をお取りになっておられませんし......」
「ええ??!!休み取ってねえの?!」
「え?......ええ......」
俺の大げさなリアクションに森尾さんがちょっと引く。
「じゃあ、1年365日働いてんのか?!」
「そういう事になりますが?社長ほどエネルギッシュな方はお会いした事が御座いません」
今度は少し呆れた声だ。
俺との関係も、鷹男にとっては「仕事」のうちに入るのか?
そんな疑問が頭の中で渦巻きだした。
顎に手を置いて考えだした俺を横目に、森尾さんが話題をかえる。
「所で、もううちの夏コレの広告をご覧になられましたか?」
「夏コレ?いや、全然」
そういえば、この間撮影した写真はいつ使われるのだろうかとかちょっとだけ疑問に思っていた。
「もう数週間前からビルボードや雑誌に出ていますけれど」
「へえ」
別に、興味は無いし。
金さえ入りゃあ別にどうでもいい。
「広告が始まってから、水着とスポーツウェアの小売の売り上げが対前年で30%も上がっています。翠さんが撮影で着られていた水着は品切れで追加生産待ちだそうです......社長はこの件に関して翠さんに何も仰っていらっしゃらないのですか?」
「売り上げ?ぜーんぜん」
森尾さんはちらりと俺をみて、口を結び黙り込む。

そこで、売り上げやらの話題は終わってしまった。
が。
俺はホテルまでの道のり、森尾さんに色々と鷹男について色々と質問してみた。
彼女がどれ位の間鷹男の所で働いていて、どれ程鷹男の事知っているのか、あれこれ試して情報を得ようと試みたけど、思った以上に彼女の口は堅かった。

途中から俺も質問を諦めて、移り変わる窓の外の景色をぼんやり眺めていた。




鷹男は明らかに不機嫌そうだった。
「それで、何の用だ?長時間のフライトで疲れている。悪いが、お前の相手をする精力も気力も無い」
「精力っ.........ばーか、こっちだって仕事して疲れてるんだ。鷹男の変態行為にはつきあってらんねえよっ」
俺を見た途端忌々しげにそう告げた鷹男は、スウェットパンツとTシャツというアスレチックな井出たちで俺を迎え入れた。
俺のハッピ姿をジロジロ見て、意味深にフンと鼻を鳴らす。
「醤油臭い。さっさとシャワーを浴びるか、着替えてもらおうか。それで、何の用だ?」
ドカッとソファに腰掛けると、腕を組んで鷹男は単刀直入に切り出した。
「だからー、えーと、紅が契約の事を俺に言ってきて......」
ポリポリと鼻の頭を掻きながら、俺は切り出す。
「ああ、その事か。紅が俺に500万を出してお前との契約を破棄するようにと申し出た。俺は金を受け取り、お前は自由になった。それだけだ」

それだけ?

「いつ?」
「先週。残りの500万は紅が是非ともお前の為に出資したいと名乗りを上げている」
「ちょっと待て。おかしくねえか?何で俺を通さないで勝手に話が進んでるんだ?」
「お前はここで泣いて喜ぶはずなのだが?」
「ちっとも喜べねえよっっっ!俺の意思なんて全く無視じゃねえかっ」
俺は堪らなくなって叫んだ。
鷹男はニヤニヤして俺の反応を楽しんでいる。
「お前にとって、喜ぶべき話じゃないか。俺の夜伽の相手をしなくてすむ」
「俺が怒ってるのは、そういう事じゃなくて、何でお前らが勝手に俺の事決めちまうんだ、って事だよ!」
鷹男は膝の上で指を組んだ。
説教やレクチャーが始まる前の仕草だ、と最近覚えた。
「一言アドバイスをやろう。ビジネスとは、不確実な協定よりも確実な協定を選ぶ事。外交手段においてこれは鉄則だ。お前との不確実な関係をダラダラ続けるよりも、紅の金を受け取りお前との仲を解消する。これがもっとも確実で両者が喜ぶ方法だと思ったのだが?それとも、お前は俺から離れ難いのか?」
「ちがっ...............じゃあ、お前の言ってた『契約は最後まで守る』ってのはどうなんだ!」
「その契約が互いに別の利点を得られるのであれば、早々と解約するという手もある。それ以上に、弟と秤にかけられているというのは、気分のいいものではない」
「あんただって、俺以外の女と寝てるだろ?」
「それとこれとは話が別だ。話がこれ以上ややこしくなる前に手を打つと言っているのが分からないのか?」
「それはっ......」
「再度問うぞ。お前はこの関係を、俺との関係を続けたいのか?」
「ちがう」と再度否定しそうになって、俺は......俺の中の何かが奥底から突いて出た。
「ああっそうだよっっっ」


鷹男の笑顔が、張り付いた。
見る見るうちにその彫りの深い顔が険しくなっていく。
黒い目が細まる。


「自分で何を言っているのか分かっているのか、お前は?この間も、俺が頭から離れなかったやら何やらの御託を並べていたな」
鷹男の声が、低くなった。
その声音だけで、俺は後ずさりしそうになる。
それ程、鳥肌が立ちそうな冷たい響きだった。

「ああ。悔しい事に、お前の事が頭から離れねえんだよっ。あのキスも頭から離れねえ。責任取れよ、ボケナス」
俺も精一杯冷静な声を出す。

表情の無い眼に、少し微笑んでいる口元。
意図的に作られた、表情。
底冷えする声で、鷹男は俺に更に言葉を浴びせる。
「お前は最初から俺の金目当てだっただろう。その上、同性しか愛せないのではなかったのか。今更そんな御託が意味を成すとでも思っているのか?信頼性の欠片も無い」

その言葉が、何故か引っかかった。
が、鷹男の視線を受け止めながら声を出す。
「お前がそう思うのも仕方ねえよ。俺だって自分の気持ちの整理つかなくって、良くわかんなかったんだ。けど、俺は今、男が好きらしい。お前が好きらしいんだ」
言っちまってから、少しだけ後悔した。
鷹男は、「ほう」と笑いながら呟く。
「こんな色気の無い愛の告白は初めてだな。お前は前に、俺のテリトリーには俺が許さない限り入ってこないみたいな事をほざいていたな?はっきり言わせて貰おう。侵入は許さない」

拒絶された。
いや、また線を引かれたって言った方が良いのかも。

俺は拳を握り締め、鷹男に近づく。

鷹男は腕を組んだまま、真冬の夜みたいな暗くて冷たい目で、俺を見据えていた。

「臆病者」
「ああ、そうだ。何とでも言え」
「鷹男、あんた本気になれる女は居ないのか?」
「今のところは」
「何で俺じゃ駄目なんだ?」
「胸が無い。細すぎるし背がでかすぎる。負けず嫌いで減らず口も気に入らない。女の色気も無い。それより何より、俺は弟の幸せを誰よりも願っている」
「っ......!!いいとこ一つもねえじゃんか!!俺、一世一代の大告白したんだぜ?しかも男に......お前に!」

俺が真っ赤になって怒ったら、鷹男の堅かった表情がふっと解けた。
......ような気がした。

「とりあえず、そのハッピを脱げ。上のバーへ行くぞ」
鷹男は首を振りながら寝室の方へ大股で歩いていった。
俺がハッピを脱いで白いタンクとカーゴパンツだけになると、「ついて来い」と足早に部屋を出て行った。

俺も大股で、鷹男の後をついていった。





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