黒鳥ヒカル 25歳
職業:歌手兼俳優兼芸人兼司会者(アイドル)
生まれてから25になるこの歳まで、女はみーんな均等におっ〇いとま〇こがついた加工品(←化粧の事)だと思って生きていた俺様が、太陽のような、春風のような、雨にも負けない丈夫な体を持った(ケンジの受け売り)女に出会い、そして運命的な恋に落ちた。
スタジオで収録の出番待ちの俺たちは、控え室へと歩いてた。
頭ん中は、今日はどの女に電話しよーとか、『夏のピアニッシモ』の台本今夜覚えとかねーと明日の収録やべーとか、その前にカバン中に台本入れてたっけとかうだうだと考えてた時だった。
「あれ?なんか女の啜り泣き聞こえねー?」
メンバーの中でも特に俺とよくつるむ2コ下のウダこと宇田川光洋が、足を止めた。
「幻聴だろ。ウダお前、お祓い行っとけ。女のファンの生霊すげーぞきっと。俺みてーに適度に色恋沙汰起こしといたほーが、身のためだぞ。坊さんみてーに禁欲生活してっと息子ガンになるらしいしな。つか、お前切実に下半身問題抱えてるもんなー」
「ヒカルっちは、生まれつき脳内問題あんだろ。っつか、脳の障害?クイズ番組で小学2年レベルの漢字読めなかったの誰だよ。エステとか、一度しか着ねーで捨てちゃうブランドの服とか、容姿に金使う前に頭に投資しろ。ドリルでもやって解いてろよ」
「頭?髪の毛は週一でスタイリストに直してもらってっけど?まあまあ、俺の美貌に嫉妬するな友よ。って、あれ?」
通路横の控え室扉前に、女が居た。
料理人みたいなシェフな格好をした女が、蹲っていた。
控え室の扉には、『激闘!料理バトルイタリアン編 挑戦者控え室』と書かれた紙が貼ってある。
「…………」
俺とウダは顔を見合わせた。
「つか、泣いてる理由一つしかなくねぇ?」
「ヲイ、どーする?」
「いや、通り過ぎようぜ」
「遅すぎだろ。俺ら足止めちまったじゃねーか」
ちっ、と舌打ちしながらも案外こういうのに弱いウダが女の前にすすみ出る。
「おい、どうした?」
膝を抱えて泣いていた女が、キッと顔を上げて俺らを睨んだ。
濃茶色の髪の毛をひっ詰めてあるが、ぽっちゃり唇が結構セクシーな、まあまあな顔立ちの女だった。
まあ、俺の美しさにはかなわねーけど。
とか思いながら俺は一歩下がった所で腕を組んで事の様子を見守ってた。
「見ての通り泣いてんのよ、ぶゎーーーーっか!」
おおっ。
初対面で、しかも慈愛の手を差し伸べようとしてるウダを、馬鹿呼ばわりしやがった。
なかなかなもんじゃねぇか。
「じゃあ控え室で泣け。廊下でうるせーよ」
ウダが心底うざそーにそう言い切って、立ち去ろうとする。
こういう時は、薔薇の様に美しく格好良い俺様の出番だろ。
「ハイ。これで涙でも拭いてな」
俺はポケットからびしぃっとアイロンがけされたはんかちーふを取り出して、手渡した。
「………ナルシスト」
ぼそっと女が呟きながら、俺のハンカチで涙を拭う。
ナルシスト?
.........。
「てめーに言われたくねえよっ、パンピー女!!とっとと控え室入れブス!!!!」
と、いう言葉をかろうじて飲み込んで、笑顔になる。
物心ついた時から、自分が特別そんじょそこらの餓鬼共より可愛らしいと自負して生きてきた(ただ単に甘やかされてた)。
その頃から自然と身についた、女という女をメロメロにしてそのハートを鷲掴みにしている「白馬の王子様」のようなキラースマイルで、この女もイチコロのハズ。
「……入れないの。その位察しなさいよっ」
が、呆れたように首を振った後、女は涙目のまま立ち上がって俺を睨みつけた。
「はあ?」
と俺は女の背後のドアを開けた。
パタン。
そして、閉める。
中では料理人の格好した大の男が数人、すすり泣いていた。
「まあ、テレビ番組出れただけでも良かったと思っとけ。敗退しても明日はまた来る。朝は来るから」
何で俺がこいつ慰めてんだ?
時間ねーし関係ねーのに。
「ド〇カムの受け売りじゃん。敗退なんてしてないよ、孔雀野郎!……これっ」
女は握り締めていた携帯を俺に見せてきた。
ウダはとっとと控え室戻っちまったし、俺的にはどーでも良かったけど、とりあえず女の携帯の液晶画面を見た。
『ずっと言えなくてごめんね陽子。別れた後も未練あったの知ってたけど、実はクリス君と付き合うことになりました。でも、友達だから私たちの事応援してくれるよね?』
「あ、そう。それじゃ頑張って茨の道を進…」
「何それ?今話題の、事なかれ主義?ちょっと!」
女は、液晶画面だけ見てさっさと立ち去ろうとする俺の、一応もう一言付け加えとくと「ベストジーニスト賞」に2年連続輝いた俺様の、ドルチェ&〇バーナの20万円のジーパンを鷲づかみにする。
ヲイヲイ。皺寄んじゃねーか。
「そんな話題、俺の知ってる限りねーけど…」
「親友にも元彼にも裏切られたあたしの孤独が孔雀みたいなギンギンギラギラの男にわかってたまるか!」
「孔雀?……あんた、酔ってる?」
「酔ってない!し ら ふ !」
どうやら陽子とやらは俺を解放してくれそうにない。
あー、うぜーのに掴まっちまった。
「孤独って、あんた親は?兄弟は?」
「親?居るよ。兄に、弟2人居るけど…何よ」
「……孤独じゃねージャン。大家族だろ(ぼそっ)」
「家族はみんな田舎にいるよっ!そーゆー事じゃないっ。あんたに元彼を親友に取られた女の気持ちなんてわかるかっ」
女はそう言って初対面の俺にガッってケリを入れた。
俺の中で「よそ行き用良い人さんモード」のスイッチが切れた。
「わからねーよ。寝取った事あっても寝取られた事はねーから。しかも元彼なんて過去のおとこじゃねえか。誰と付き合ったてあんたに何も言う権利ねーだろ。悔しいなら、女上げろブス」
ぶち。
聞こえた。
今度は俯いている女の青筋切れる音が。
「うおっ」
どっ、と俺の腹に衝撃が走る。
女の拳が俺の腹にジャストイン!
「男兄弟に育った女なめんじゃねーよ。おやつ1個もお風呂もテレビ番組も毎日取り合いのサバイバルだったんだからっ」
「いてーよ。じょ、上等じゃねーか一般ピー。決闘なら受けてたつぜ」
「決闘なんて申し込んでないわよ。ちょっと面貸して」
「はあ?幾ら俺様(の美貌)でも、人に顔は貸せねえな。つか俺収録があるんすけど?」
「(何言っちゃってんのこいつ)あたしもだよ。まだあと1回バトル残ってる。今夜1時間でいいからっ……」
「何?あんた俺の追っかけだったの?悪い、俺ファンとはつきあわねえから(やっかいだし)」
「ちがうわよっ。勘違いしすぎ。てか、あんた、誰?その髪の色、なに人よ?」
俺の前で殺気立ってる女が、ほつれた前髪を横に撫でつけながら一歩下がって俺を見た。
たまーにそうわざとボケて俺の気を引こうとする阿呆な女も居るが、つま先から頭のてっぺんまで俺をしげしげと眺める目の前の女の仕草は、マジくさい。
俺も改めて女を観察する。
「何人って…日本人で芸能人で、ついでに美人?」
「美人…てあんた。頭大丈夫?なんで真顔で言い切ってんの?」
見た目は案外ふつーじゃねえか。
チビだけど、胸でけーし。
唇ちょっと厚くて、キスのしがいがあるっつーか。
へえ。この業界に居過ぎて美に対して目ぇ超え過ぎちゃってっけど、この女は、まあ、美人の部類?女も俺を上から下まで嘗め回すように観察する。
「へえ。髪の毛の色抜きすぎてるし眉毛整えてるし室内なのに手袋はめちゃってるけど、まあ、見た目は普通?」
普通?
普通だ?
この俺様に向かって、普通だと?
12歳で神童と謳われ、オーディション受けて今の事務所入り毎日レッスンしてジュニア時代からドラマに舞台に引っ張りだこで老若男女ファンや追っかけに毎日悩まされてる、この罪部深き美貌が?(←長い)
「あんたそれ、プチ自慢?独り言なら独りで呟いてくれる?(声出てるし)」
「わりいな。本音が出て」
「まあ……一般的に言えば…そうなんじゃないの?わかんないけどっ」
女は鼻の頭を掻きながら、困った顔して視線を逸らした。
なんかこいつ照れてる?
へえ。
おもしれーかも、この女。
「決勝戦の収録はじまりまーーーーすっ。木さーーーんっ」
「あ、はい」
女が声のしたほうに振り返った。
決勝戦?
じゃあこいつ敗退者じゃねえの?
「ふうん」
「おいヒカルっち!!まだこんなトコで時間つぶしてたのかよ。あんま女に構ってると、マネージャーに殺されっぞ」
控え室に戻らない俺を心配したのか、ウダが呆れ顔で戻ってきた。
「あ、やっぱさっきの忘れて。なんかあんたと関わるといい事なさそうだから。じゃあお元気で。さよーならっ」
女は顔の前で手を振った後、急いで踵を返した。
とびっきりの笑顔を俺に向けて。
「わけわかんねー」
と女の後姿を見つめながら俺は呟いた。
木陽子 25歳。
シェフ暦7年。西麻〇の洋風レストラン『Contessa』の若きチーフシェフ。
と、俺がスタッフから仕入れた情報はこれだけだった。
いや。実はまだ他にもあるけど。控え室に戻って、台本をパラパラ捲りながら俺は独り言のように呟いた。
「やっぱ、マジシェフだったのな」
「あの子の服見れば一目瞭然じゃね?」
呆れたような驚いた声で俺の隣で弁当食ってるウダが返した。
他のメンバーの山本は音楽聞きながら寝てるし、赤城とミヤは収録中で居ない。
「ヒカルっち、まさか興味持っちまったとか?何か…前の彼女…なんだっけな名前?あ、そうそう。モデルのエリちゃんと大違いじゃね?」
ウダがからかう様に聞いてくる。
「エリの事には触れんじゃねー。ってか女はどれも化粧でごまかしてる加工品ばっかだろ」
つか、興味?
この俺様が?
一般ピーを?
俺にパンチとケリを(初対面)で入れた奴に?
俺の事美しいと思う前に、まったくもってその気高き存在すら知らなかった女に?
「ありえねえ」
きっぱりさっぱりはっきり、答えてやる。
俺の中では女は4種類ある。
1.俺を神のように 崇めてる俺の大事なファン…いやファミリーたち(だが俺は遠い存在…ヨ〇様風)、2.眼中なし女(俺にとって奴らは空気)、3.まあ構ってやってもいい女 共(俺の性の奴隷にゃン子ちゃん)、4.彼女のポジションへ格上げしてもいい女(1名さまのみ限定…たまに2名。3名は修羅場になるので避ける)。 この4種類に限る。
「一般ピーが俺に惚れる事があっても、俺はパンピーの手の届かない大スターだから、まずムリだな。欲しいなら、お前にお歳暮“のし”つけてやるけど?」
「何ハリウッドセレブみてーな寝言言ってんだ。俺にくれるも何も、ヒカルっちのもんじゃねーだろ」
そうだ。
ウダの言うとおり、今は俺のもんじゃねえ。
じゃあ、俺のもんにすればいいんじゃねえか。
なあ。
あれ如きの女なら、ちょっとムード作って構ってやればすぐ俺の美貌に参って腕の中に崩れ落ちる。
そして結果俺を(勝手に一方的に)好きになる。
軽いもんよ。
「あ、今ヒカルっち、『自分のものにしてもいいかなー』とか思ってたろ?悪寒がした。つか、よくそんな単純細胞で日本アカデミー賞最優秀男優賞とか取ってんの?」
なんて色々ウダはほざいていたが、俺は遠い彼方の夕陽を頭の中で描きながら(今現在真昼間)あの女と乳繰り合ってる姿を想像してみる。
確か胸でかかったな。
「乳輪、直径5センチとみた」
「はあ?乳輪?……」
「料理人だから料理はうまいだろーし(胸でけーし)、初対面で俺にケリとパンチ両方食らわした女いねーし(胸でけーし)、まあ…特別興味あるわけでもねーけど(胸でけーし)……」
「ヒカルっち支離滅裂……やっぱ頭大丈夫?や、つか、いつもの事だけど…まさか、あの子がヒカルッちの次の犠牲者……」
と複雑な表情してるウダを放ったまま、俺は
「よし」
と気合を入れて立ち上がった。
4回連続でかけ直しても出ないので、躍起になって電話をかけ続けた。
木陽子は、5回目のコールで出た。
「あ、間に合ってますから」
がちゃ。
………。
勧誘だと思われたらしい。
しゃーないんで、も一度かける。
「……もしもし?」
訝しげな声で出たので、
「あ、俺、この間……」
「オレオレ詐欺なんてもう手が古いっっ。あたしまだピチピチ花の独身ですので。負け犬じゃありませんので。どーも」
がちゃ。
よし、独身、と。
ってそこは問題じゃない。
再度かけなおす。
今度は2度目のコール。
「何度もしつこいですよ!けーさつ呼びますよ!」
「陽子!」
相手が切る前に、家出少女と連絡がやっとついた父親みてーな(情けない)声が出た。
我ながら、すげえ演技力。
「……誰?どちら様?」
「なあ。あんたイタリアンのシェフじゃねーんだってな。何でイタリアンの料理バトル出たわけ?」
やっと 俺の声に気づいたのか、
「この声…あのチャラアイドル!」
とでかい声で返した。
「チャラアイドルって何だ?」
「チャラチャラしてるアイドル男」
ちゃら......。
落ち着け、俺。
相手は田舎から上京したおのぼりさんだ。
田舎もんだ。
都会のファッションのふの字も知らないし、俺の研ぎ澄まされた美的感覚が理解できないに違いない。ヨユーヨユー。
大きな愛で包んでやろうじゃねえか。
「どうやってあたしの番号手に入れたの?」
「まあ、俺ぐらいビッグだと色々コネがあるんで」
「田原〇彦みたいな台詞なんですけど。……あんたいつか干されるよ(あの人みたいに)。あの料理番組のスタッフに聞きだしたんでしょ」
「そんなトコかな。あんたさあ、明日ヒマ?」
暫しの間、しーんとなる。
ま、俺に誘われて驚くのも、しょーがねーか。
こんな金も顔も地位も全て手に入れてる俺のようなパーフェクトな男は1億分の1の確率だろ。
「ナンパ?アイドルって、こういう風に一般人ナンパするの?ていうか、これ立派なストーカー行為なんですけど?」
すとーかー.........。
しーーーーーーん。
ヤッパ殺ス。
秒殺決定。
「つか、あんた俺の次のプロジェクトのターゲットに決まったから、そこんとこヨロシク」
が。
かろうじて、つか、努めて冷静な声が出た。
10代の頃から毎日演劇レッスンに通った成果が劇場以外で発揮されるとは。
「プロジェクト?ターゲット」
食らいついたなニャンコちゃん。
「知りたい?」
「や。結構です」
即答が返ってくる。
「悪いけど、あたしの好み琴〇州だから。外専で力士体型オンリーだから。あ、それか美形のゲイね。あんた、ゲイ?」
「はあ?キモい事言ってんじゃねえよ。あんたの好みなんて関係ねー。プロジェクトっつーのは、1ヶ月に一人、このエンジェル黒鳥様が願いをかなえて幸せにしてあげる、っつー極楽浄土にるばーな直行便善行企画の事」
しーーーーーーーーーーーん。
電話越しなのにさああああああああって波が引いてる音が俺にも聞こえるのは、きのせいか?
「あの……幸せの壷とか売りつけるつもりなら、他当たって」
「壷?別に怪しい宗教とかじゃねえよ」
「思いっきり怪しいんですけど。や、もう、あたしに関わらなくていいから」
あああああっ。
引かれてる、引き潮感じるんスけど。
「アイドルって、ヒマなの?」
と訊ねる陽子に、俺は確固たる声音で言ってやった。
「ヒマじゃねーよっ。今月2日しか休みねーし。パンピーみてーに外出できねぇし。つか、もう決めちまったから。ノーモアちぇんじっ。あんた、俺の最初の質問聞いてた?なんでイタリアンのバトル出てたんだよ?」
「......悔しいからその事には触れないで。オーナーに頼まれてお店の名前売るために出ただけだし、もう二度とテレビなんて出ない」
「負けたのか」
「それに好きなんだもん。イタリアン」
「じゃ、俺にイタリアン食わせてみろ」
何も考えず咄嗟に出てきた言葉だった。
暫くの間女は考えていたのか無言だった。
「すんごい命令形なんですけど。それならさ、明日の夜、普通の格好してきてくれるって約束できる?髪の毛は黒か濃い茶色に染めて。銀とかホワイトゴールドとかプラチナのアクセは全部取ってきて。ちょっと……付き合って欲しい所あるから。あ、でも無理ならいいよ。全然来なくてもいいからっ」
と意地っ張りな(?)陽子に
「ちっ。しょうがねぇな。つか、めんどくせー」
と、舌を打って(一応)うざそうな返事を返す。「や、マジで来なくていいから」
と言ってる陽子を半強引に諭して、連絡先を訪ねた。
へえ。
おもしろくなりそーな予感。
何か、久しぶりに心躍るぜ。
木陽子の連絡先を〈無理やり聞き出して)ゲットした後、俺はわくわくしながら電話を切った。