何年かぶりに、家族4人で食卓を囲んだ。
夕飯は、専業主婦の母親が手によりを振るったビーフシチュー。
明日から数日間和食が続くからとの、配慮だった。
「壱悟君は、年末年始仕事は無しかね?」
義父が添え物のサラダに箸を伸ばしながら、俺に尋ねる。
「あ、年始5日まで休みもらいました」
1年以上ぶりの、連休。
メンバーの中で実家に帰ってるのは俺だけだと思うと、思わず忍び笑いが洩れる。
皆、ロスやらハワイやら南イタリアやら、元気に遊びに出ている。
「昨日大きなコンサートが終わったんで、それが今年の仕事納めでした」
「もう壱悟君も、24歳だもんなあ」
しみじみと、義父は呟く。
隣の母親も、そうねと頷いた。
この二人が再婚してから、16年。
物心ついた時から父親の記憶が無かった俺の、唯一の父親像。
この目の前の無口で寡黙な人は、よく他人の俺を育ててくれたと思う。
タレントなんて不安定な職業を選んだ俺を、母親と二人よくサポートしてくれた、と思う。
姉は晩餐の間、始終無言だった。
食後階下におりると、台所で姉がピーナツを刷っていた。
俺は麦茶を冷蔵庫から取り出すと、前の席に着いた。
通常なら、義父の場所。
「それ、ナマス用に摺ってるの?」
「そ。お手伝いしてるの」
「ああ、お節か」
「そそ」
暫く沈黙が続いた後、俺は口を開いた。
「二人きりになるの、久しぶりだね。父さんと母さんは?」
「父さんはゴルフの練習。芳江さんは、自治会の班長会議で遅くなるって」
視線は下の摺り鉢に当てたままだ。
「イチゴ、あっちで見てたわよ。あんたの大河ドラマ。日本語放送で、週1でやってた。結構月代とかヅラとか、似合ってるじゃないの。この主人公のサムライ、わたしの弟ですよって言えなかったのが辛かったよ。筋肉もついちゃってさ。あの可愛いイチゴちゃんどこいったんだろ?」
オーバーにはあっと溜息をつきながら、姉は摺り棒を動かす手を早める。
「あのイチゴちゃんは、もういないよ」
あえて俺の名前の“ゴ”では無く“イ”を強調して発音した。
イチゴ、じゃない。
いちご。
壱悟。
「コンサートとか、ドラマとか、凄いんだってね。仕事場の同僚のみならずあっちの友達まであんたのグループの名前と歌知ってた。特に、アジア系?」
籠の中の蜜柑を手にとって、皮をむく。
「ふうん。まあ、ドラマとか放映してるし、何回かコンサートアジア圏で開いたからじゃない」
「同僚の一人なんていい年して、あんたの写真パソコンの壁紙にしてんだよ?大ファンらしくて、今年もコンサートのチケット落選でしたとか言って、落ち込んでるの。それで当選する度に、日本帰国してるのよ。信じられる?わざわざイギリスから。わたしもう呆れるの通り越して大笑いよ」
姉は下を向きながら、ずっとピーナツを刷っている。
口だけ動かして。
俺は蜜柑を置いて腰を上げ、テーブル越しに姉の腕を掴んだ。
ふと、手を止める。
ほら。
大きな瞳を潤ませながら、姉が顔を上げた。
小さく鼻をすする。
「何?」
「我慢、してたんだ。あの人は?」
3年前、姉をヨーロッパなんかに連れ去りやがった、あの男。
「あの人って?」
姉が涙を拭きながら、首を傾げる。
演技なのが、一目瞭然。
「友則さん。まさか、別居中?」
「厳密には、まだよ。離婚調停中」
俺の手を振りほどくと、姉はその腕で涙を拭った。
「今回は、出戻りリセット旅行かな」
「父さんと母さんは?」
「まだ言ってない。感づいているかもしれないけど」
至極真剣な顔のまま、姉は頬杖を着く。
「いつ、あっち帰るの?」
「4日。午後の便で」
「そか」
それから暫く、二人とも無言だった。
沈黙は、嫌いではなかった。
自分は元々、話好きじゃないし他のメンバーほど話上手でもない。
だからあえて、バラエティーの出演は控えている。
「ねえ。イチゴ…壱悟は、わたしが壱悟の童貞奪ったの、怒ってる?」
姉がおもむろに口を開いた。
横に流れている前髪が邪魔で、顔が見えない。
「いや。むしろ、さっさと童貞切れて良かったと思ってるけど」
良かったのかどうか。
それから何度も続いた姉との関係。
どんな女と付き合っても、どんな女を抱いても、比較の対象はただ一人。
「そっか。あ、お茶入れるからね」
考えたように間をおくと、何かを吹っ切るように慌てたように席を立った姉は、流しの横のポットを確認する。
俺も、席を立った。
「会いたかった」
姉を後ろ抱きしながら、俺は耳元で囁いた。
一瞬小さく身体を硬直させ、一呼吸おいてから姉は口を開いた。
「こっちじゃモテモテなんだってね、壱悟は。ちょっと甘く見てたかも」
「ファンは…結構怖いよ。ストーカーや法律違反スレスレの事平気でするし」
姉は、背後から絡み付いている俺の手を小さくポンと叩くと、小さく微笑みカフェラテをフーフー言いながら冷ました。
「でも壱悟全然嫌そうじゃない」
「まあ、ファンのお陰でこの職業成り立ってるし。やりがいは、ある」
「そりゃそうだわね」
「梢ちゃんは、俺に会いたかった?」
わざと当たり障りの無い話題を続ける姉の髪から漂う花の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、あえてたずねてみる。
「………った」
カップを手に持ちながら、小さな声で、姉が呟く。
「聞こえない」
確認するように、俺は耳の後ろで囁く。
「会いたかった、よ」
その言葉が合図のように、俺は姉の顎をに手を伸ばし、唇を奪った。
枕は、洗いたての石鹸と、甘い香りがした。
姉を先にベッドに誘って寝かせると、
「梢ちゃん、俺に触って」
履いていたチノパンの上に、姉の手を誘う。
「すご…い」
張り詰めたそれを、白い長い指で確認するように摩る。
「何か、言って……」
リズミカルに動くそれに煽られたみたいに、小さな懇願が俺の口から漏れる。
「壱悟、脱いで」
言われるままに、着ていたTシャツを脱ぎ、
姉が、感嘆したように小さく息を飲んだ。
「いつもみたいに、前みたいに、言っていいんだよ?」
最後にこういう事をしてから、もう何年経つんだろうか。
ちょっと戸惑い気味な姉に苦笑しながら促す。
「じゃあ……」
姉も俺につられたように目じりを緩ませながら、けれどはっきりとした声音で。
「四つん這いになって」
と澄んだ声で俺に告げた。
「筋肉がついたね…」
後ろから呟きのような小さな声が聞こえた。
これから起きる事に胸を躍らせながら、俺は背中をそらせて仰け反る。
案の定、ねっとりした湿り気がが、窄みに塗りつける。
「壱悟は、ここもカワイイしすごく、キレイ…」
姉の賞賛ともとれる言葉に、肉棒が、ピンと張り詰める。
丁寧に周りを解されると、躊躇いがちにぬるっとしたものが触れてきた。
「んぁっ……」
思わず、声が漏れる。
「ほんとにその表情、そそられるわ。壱悟ここ、舐められるの、好き?」
意地悪な問いと、何度も上下するその生暖かい湿り気に、戦慄が走る。
「すごいね、ここも…」
小さく息を秘部に吹きかけながら、姉は俺の張り詰めたモノにも手を伸ばす。
「濡れてるよ?」
先っぽの小穴から溢れている体液を、指で塗りつける。
「ん……ああっ」
舌以外の柔らかくて硬質な何かが、 恥ずかしい秘穴に侵入する。
同時に、横から手を回されて昂ぶりを擦られる。
「梢ちゃん、俺の下に寝て…」
言われるがままに俺の下になると、姉は舌を駆使して俺の下半身を擽る。
「はあっっっ」
彼女の下肢を広げると。
熟れた桃のような双尻が、赤い亀裂とそこから覗く花びらが、目の前に広がっていた。
暖かくて芳しい匂いが更に自身を熱くした。
その上の菊花に鼻を埋めながら、舌を溢れ続けている蜜壷に這わせてその味を芳香ごと堪能する。
彼女も負けじと、俺の弱い後ろの部分や裏、先端の張り出している部分をチロチロと舐め回す。
「んあっ……」
「ふぁっあぁぁっ…」
お互いの粘着質な音が部屋に響き渡る。
「イチゴ…壱悟…もう、挿れて……」
どれだけお互いの下肢を堪能していたのか、姉の降参を意味する嘆願の呟きが、耳に届いた。
俺は彼女の足元に移動して、両足を持ち上げる。
「いくよ?」
「ん………」
先端を蜜壷に宛がいながら顔を覗くと、この10年間、何度も思い出した彼女の表情がそこにあった。
泣きそうに潤んだ瞳。
潤い、桜色に染まっている素肌。
喘ぎを出すまいと噛んでいた唇。
思いがけず、一気に突き刺す。
もう、我慢の限界だった。
「梢っ、梢っ!」
「いち…ごっぁぁぁあああっ!!!」
お互いの名前を呼ぶ声が、何度も部屋に響き渡る。
俺らはその夜、確認するかのように何度も溶け合った。
「ねえ…」
気だるげに身体を反転させて、梢が俺の脇の下に顔を埋める。
俺は彼女が楽なように、腕を頭の下に差し入れる。
「壱悟がこんな感じなの、彼女とか知ってるの?」
俺は姉の枕に広がる髪を梳きながら、小さく首を振る。
「彼女は、今いない」
「じゃあ……」
「もちろん、普通の女は俺を満足させてくれない。友則さんは?」
姉も無言で、首を振る。
「性生活も、離婚の原因のひとつ…かもね」
どこをどう触れば、俺が好きなのか、反応するのか、全て知っている唯一の女性(ひと)。
彼女しか踏み入れる事を許さない、俺の秘密の領域。
それは彼女も同じなのだろうか。
「じゃあ、他の原因は?」
手で姉の顎を持ち上げる。
「それは……結婚なんて、一時の感情や勢いでするものじゃなかったわ」
「そうなの?」
「そうよ。蓋を開ければ、赤の他人。どんなに偽ってても猫かぶってても、ボロが出る。お互い忍耐がなければやっていけない」
「友則さんのこと、好きじゃなかったの?」
「好き…だったわ、最初は」
「最初は。夫としては、失格だったわけだ」
濃い睫毛に縁取られた切れ長な眼を伏せると、彼女は返答を躊躇する。
「結婚なんて、もうこりごり…」
彼女に何が起きたのか、分からない。
ただ、静かに吐き出されたその一言が、全てを物語っていた。
少しの間、沈黙が続いた。
「愛してる」
彼女が言い出しやすいように、けれど自分の為にずっと言葉に出来なかった気持ちを口にする。
「俺は梢ちゃんを絶対傷つけない」
彼女が弾かれたように俺と視線を合わせる。
「私も、ずっと、イチ…壱悟の事、好きだった…」
「過去形?」
「今も、これからも、ずっと好き」
彼女以外、誰も俺を満足させてくれないと思う。
きっと彼女も、それは同じで。
今までも、これからも。
目を瞑り、彼女から漂う花の匂いを、肺いっぱい吸い込む。
その夜俺は。
やさしい金色の光に包まれたまま、眠りに落ちた。
溢れんばかりの愛情に内側から満たされ、浄化されていくような。
そんな不思議な世界にいる夢を見た。
「俺、一生結婚する気ないから」
「どうしたの突然?私の話聞いて嫌になっちゃった?」
俺は首を振る。
ちがう。そうじゃない。
「だから、これ一応プロポーズ」
「え?」
姉が…いや、梢が首を傾げた。
「梢がこの先一生する気一切ないなら、俺も一生結婚しない。でも、梢の傍にいたい。俺は一生梢のものだから。11のあの日から。ファンのもんでも、事務所のもんでもない」
「そんな無表情で言われても、嬉しくないわ」
「無表情は…俺のじなんだけど。努力してみる。演技の時とベッドの中だけだよ、感情豊かになる時は」
「……知ってる」
「じゃあ、戻ってきて。またすぐ、日本へ…俺の居る所へ戻ってきて」
「うん」
絶対だから。
と梢の耳元で囁いた。
効果抜群なのを百も承知で。
あいしてるよ、と。
案の定。
梢は真っ赤になって、照れ隠しのように横を向き、じゃあねと言って俺に背を向けた。
俺はふと考えた。
次は、またいつ会えるのだろう?
彼女は今度いつ、俺の元に戻ってきてくれるのだろう?
セキュリティーゲートを越え、出国審査までのエレベーターを下っていく梢に手をふりながら、しっかりとその姿を目に焼き付けながら。
エレベーターから梢の華奢な体が消えるまでの短い時間を、その姿を目に焼き付けながら。
さりげなく、手を左胸の上に、置く。
漠然とした不安と寂しさを、かすかな胸の痛みと共に、味わっていた。
いつものように、やがてその感情が、寂しさからやさしさへと変わる事を祈りながら。
だけど今回は。
永遠にあの人を手に入れられる。
俺の元に戻ってくる。
確固たる自信があった。
手ごたえがあった。
そうだ。
彼女は帰ってくる。
ブブブブブブ。
と、バイブにしてポケットに入れていた携帯が突然鳴り出した。
取り出して着信を確認すると、ハワイに出かけていたウダこと宇田川からのメールだった。
『今、成田に着陸した。ターミナル2、NAL005便。車出せるなら、30分以内に迎えよこせ』
「相変わらずだな……」
仲間からのタイミング良いメールに口元が綻ぶ。
「よし」
と小さくこぶしを作り気合を入れると、俺はセキュリティゲートに背を向けた。
<完>