黒鳥ヒカル 25歳
職業:歌手兼俳優兼芸人兼司会者(アイドル)
生まれてから25になるこの歳まで、女はみーんな均等におっ〇いとま〇こがついた加工品(←化粧の事)だと思って生きていた俺様が、太陽のような、春風のような、雨にも負けない丈夫な体を持った(ケンジの受け売り)女に出会い、そして運命的な恋に落ちた。
スタジオで収録の出番待ちの俺たちは、控え室へと歩いてた。
頭ん中は、今日はどの女に電話しよーとか、『夏のピアニッシモ』の台本今夜覚えとかねーと明日の収録やべーとか、その前にカバン中に台本入れてたっけとかうだうだと考えてた時だった。
「あれ?なんか女の啜り泣き聞こえねー?」
メンバーの中でも特に俺とよくつるむ2コ下のウダこと宇田川光洋が、足を止めた。
「幻聴だろ。ウダお前、お祓い行っとけ。女のファンの生霊すげーぞきっと。俺みてーに適度に色恋沙汰起こしといたほーが、身のためだぞ。坊さんみてーに禁欲生活してっと息子ガンになるらしいしな。つか、お前切実に下半身問題抱えてるもんなー」
「ヒカルっちは、生まれつき脳内問題あんだろ。っつか、脳の障害?クイズ番組で小学2年レベルの漢字読めなかったの誰だよ。エステとか、一度しか着ねーで捨てちゃうブランドの服とか、容姿に金使う前に頭に投資しろ。ドリルでもやって解いてろよ」
「頭?髪の毛は週一でスタイリストに直してもらってっけど?まあまあ、俺の美貌に嫉妬するな友よ。って、あれ?」
通路横の控え室扉前に、女が居た。
料理人みたいなシェフな格好をした女が、蹲っていた。
控え室の扉には、『激闘!料理バトルイタリアン編 挑戦者控え室』と書かれた紙が貼ってある。
「…………」
俺とウダは顔を見合わせた。
「つか、泣いてる理由一つしかなくねぇ?」
「ヲイ、どーする?」
「いや、通り過ぎようぜ」
「遅すぎだろ。俺ら足止めちまったじゃねーか」
ちっ、と舌打ちしながらも案外こういうのに弱いウダが女の前にすすみ出る。
「おい、どうした?」
膝を抱えて泣いていた女が、キッと顔を上げて俺らを睨んだ。
濃茶色の髪の毛をひっ詰めてあるが、ぽっちゃり唇が結構セクシーな、まあまあな顔立ちの女だった。
まあ、俺の美しさにはかなわねーけど。
とか思いながら俺は一歩下がった所で腕を組んで事の様子を見守ってた。
「見ての通り泣いてんのよ、ぶゎーーーーっか!」
おおっ。
初対面で、しかも慈愛の手を差し伸べようとしてるウダを、馬鹿呼ばわりしやがった。
なかなかなもんじゃねぇか。
「じゃあ控え室で泣け。廊下でうるせーよ」
ウダが心底うざそーにそう言い切って、立ち去ろうとする。
こういう時は、薔薇の様に美しく格好良い俺様の出番だろ。
「ハイ。これで涙でも拭いてな」
俺はポケットからびしぃっとアイロンがけされたはんかちーふを取り出して、手渡した。
「………ナルシスト」
ぼそっと女が呟きながら、俺のハンカチで涙を拭う。
ナルシスト?
.........。
「てめーに言われたくねえよっ、パンピー女!!とっとと控え室入れブス!!!!」
と、いう言葉をかろうじて飲み込んで、笑顔になる。
物心ついた時から、自分が特別そんじょそこらの餓鬼共より可愛らしいと自負して生きてきた(ただ単に甘やかされてた)。
その頃から自然と身についた、女という女をメロメロにしてそのハートを鷲掴みにしている「白馬の王子様」のようなキラースマイルで、この女もイチコロのハズ。
「……入れないの。その位察しなさいよっ」
が、呆れたように首を振った後、女は涙目のまま立ち上がって俺を睨みつけた。
「はあ?」
と俺は女の背後のドアを開けた。
パタン。
そして、閉める。
中では料理人の格好した大の男が数人、すすり泣いていた。
「まあ、テレビ番組出れただけでも良かったと思っとけ。敗退しても明日はまた来る。朝は来るから」
何で俺がこいつ慰めてんだ?
時間ねーし関係ねーのに。
「ド〇カムの受け売りじゃん。敗退なんてしてないよ、孔雀野郎!……これっ」
女は握り締めていた携帯を俺に見せてきた。
ウダはとっとと控え室戻っちまったし、俺的にはどーでも良かったけど、とりあえず女の携帯の液晶画面を見た。
『ずっと言えなくてごめんね陽子。別れた後も未練あったの知ってたけど、実はクリス君と付き合うことになりました。でも、友達だから私たちの事応援してくれるよね?』
「あ、そう。それじゃ頑張って茨の道を進…」
「何それ?今話題の、事なかれ主義?ちょっと!」
女は、液晶画面だけ見てさっさと立ち去ろうとする俺の、一応もう一言付け加えとくと「ベストジーニスト賞」に2年連続輝いた俺様の、ドルチェ&〇バーナの20万円のジーパンを鷲づかみにする。
ヲイヲイ。皺寄んじゃねーか。
「そんな話題、俺の知ってる限りねーけど…」
「親友にも元彼にも裏切られたあたしの孤独が孔雀みたいなギンギンギラギラの男にわかってたまるか!」
「孔雀?……あんた、酔ってる?」
「酔ってない!し ら ふ !」
どうやら陽子とやらは俺を解放してくれそうにない。
あー、うぜーのに掴まっちまった。
「孤独って、あんた親は?兄弟は?」
「親?居るよ。兄に、弟2人居るけど…何よ」
「……孤独じゃねージャン。大家族だろ(ぼそっ)」
「家族はみんな田舎にいるよっ!そーゆー事じゃないっ。あんたに元彼を親友に取られた女の気持ちなんてわかるかっ」
女はそう言って初対面の俺にガッってケリを入れた。
俺の中で「よそ行き用良い人さんモード」のスイッチが切れた。
「わからねーよ。寝取った事あっても寝取られた事はねーから。しかも元彼なんて過去のおとこじゃねえか。誰と付き合ったてあんたに何も言う権利ねーだろ。悔しいなら、女上げろブス」
ぶち。
聞こえた。
今度は俯いている女の青筋切れる音が。
「うおっ」
どっ、と俺の腹に衝撃が走る。
女の拳が俺の腹にジャストイン!
「男兄弟に育った女なめんじゃねーよ。おやつ1個もお風呂もテレビ番組も毎日取り合いのサバイバルだったんだからっ」
「いてーよ。じょ、上等じゃねーか一般ピー。決闘なら受けてたつぜ」
「決闘なんて申し込んでないわよ。ちょっと面貸して」
「はあ?幾ら俺様(の美貌)でも、人に顔は貸せねえな。つか俺収録があるんすけど?」
「(何言っちゃってんのこいつ)あたしもだよ。まだあと1回バトル残ってる。今夜1時間でいいからっ……」
「何?あんた俺の追っかけだったの?悪い、俺ファンとはつきあわねえから(やっかいだし)」
「ちがうわよっ。勘違いしすぎ。てか、あんた、誰?その髪の色、なに人よ?」
俺の前で殺気立ってる女が、ほつれた前髪を横に撫でつけながら一歩下がって俺を見た。
たまーにそうわざとボケて俺の気を引こうとする阿呆な女も居るが、つま先から頭のてっぺんまで俺をしげしげと眺める目の前の女の仕草は、マジくさい。
俺も改めて女を観察する。
「何人って…日本人で芸能人で、ついでに美人?」
「美人…てあんた。頭大丈夫?なんで真顔で言い切ってんの?」
見た目は案外ふつーじゃねえか。
チビだけど、胸でけーし。
唇ちょっと厚くて、キスのしがいがあるっつーか。
へえ。この業界に居過ぎて美に対して目ぇ超え過ぎちゃってっけど、この女は、まあ、美人の部類?女も俺を上から下まで嘗め回すように観察する。
「へえ。髪の毛の色抜きすぎてるし眉毛整えてるし室内なのに手袋はめちゃってるけど、まあ、見た目は普通?」
普通?
普通だ?
この俺様に向かって、普通だと?
12歳で神童と謳われ、オーディション受けて今の事務所入り毎日レッスンしてジュニア時代からドラマに舞台に引っ張りだこで老若男女ファンや追っかけに毎日悩まされてる、この罪部深き美貌が?(←長い)
「あんたそれ、プチ自慢?独り言なら独りで呟いてくれる?(声出てるし)」
「わりいな。本音が出て」
「まあ……一般的に言えば…そうなんじゃないの?わかんないけどっ」
女は鼻の頭を掻きながら、困った顔して視線を逸らした。
なんかこいつ照れてる?
へえ。
おもしれーかも、この女。
「決勝戦の収録はじまりまーーーーすっ。木さーーーんっ」
「あ、はい」
女が声のしたほうに振り返った。
決勝戦?
じゃあこいつ敗退者じゃねえの?
「ふうん」
「おいヒカルっち!!まだこんなトコで時間つぶしてたのかよ。あんま女に構ってると、マネージャーに殺されっぞ」
控え室に戻らない俺を心配したのか、ウダが呆れ顔で戻ってきた。
「あ、やっぱさっきの忘れて。なんかあんたと関わるといい事なさそうだから。じゃあお元気で。さよーならっ」
女は顔の前で手を振った後、急いで踵を返した。
とびっきりの笑顔を俺に向けて。
「わけわかんねー」
と女の後姿を見つめながら俺は呟いた。
木陽子 25歳。
シェフ暦7年。西麻〇の洋風レストラン『Contessa』の若きチーフシェフ。
と、俺がスタッフから仕入れた情報はこれだけだった。
いや。実はまだ他にもあるけど。控え室に戻って、台本をパラパラ捲りながら俺は独り言のように呟いた。
「やっぱ、マジシェフだったのな」
「あの子の服見れば一目瞭然じゃね?」
呆れたような驚いた声で俺の隣で弁当食ってるウダが返した。
他のメンバーの山本は音楽聞きながら寝てるし、赤城とミヤは収録中で居ない。
「ヒカルっち、まさか興味持っちまったとか?何か…前の彼女…なんだっけな名前?あ、そうそう。モデルのエリちゃんと大違いじゃね?」
ウダがからかう様に聞いてくる。
「エリの事には触れんじゃねー。ってか女はどれも化粧でごまかしてる加工品ばっかだろ」
つか、興味?
この俺様が?
一般ピーを?
俺にパンチとケリを(初対面)で入れた奴に?
俺の事美しいと思う前に、まったくもってその気高き存在すら知らなかった女に?
「ありえねえ」
きっぱりさっぱりはっきり、答えてやる。
俺の中では女は4種類ある。
1.俺を神のように 崇めてる俺の大事なファン…いやファミリーたち(だが俺は遠い存在…ヨ〇様風)、2.眼中なし女(俺にとって奴らは空気)、3.まあ構ってやってもいい女 共(俺の性の奴隷にゃン子ちゃん)、4.彼女のポジションへ格上げしてもいい女(1名さまのみ限定…たまに2名。3名は修羅場になるので避ける)。 この4種類に限る。
「一般ピーが俺に惚れる事があっても、俺はパンピーの手の届かない大スターだから、まずムリだな。欲しいなら、お前にお歳暮“のし”つけてやるけど?」
「何ハリウッドセレブみてーな寝言言ってんだ。俺にくれるも何も、ヒカルっちのもんじゃねーだろ」
そうだ。
ウダの言うとおり、今は俺のもんじゃねえ。
じゃあ、俺のもんにすればいいんじゃねえか。
なあ。
あれ如きの女なら、ちょっとムード作って構ってやればすぐ俺の美貌に参って腕の中に崩れ落ちる。
そして結果俺を(勝手に一方的に)好きになる。
軽いもんよ。
「あ、今ヒカルっち、『自分のものにしてもいいかなー』とか思ってたろ?悪寒がした。つか、よくそんな単純細胞で日本アカデミー賞最優秀男優賞とか取ってんの?」
なんて色々ウダはほざいていたが、俺は遠い彼方の夕陽を頭の中で描きながら(今現在真昼間)あの女と乳繰り合ってる姿を想像してみる。
確か胸でかかったな。
「乳輪、直径5センチとみた」
「はあ?乳輪?……」
「料理人だから料理はうまいだろーし(胸でけーし)、初対面で俺にケリとパンチ両方食らわした女いねーし(胸でけーし)、まあ…特別興味あるわけでもねーけど(胸でけーし)……」
「ヒカルっち支離滅裂……やっぱ頭大丈夫?や、つか、いつもの事だけど…まさか、あの子がヒカルッちの次の犠牲者……」
と複雑な表情してるウダを放ったまま、俺は
「よし」
と気合を入れて立ち上がった。
4回連続でかけ直しても出ないので、躍起になって電話をかけ続けた。
木陽子は、5回目のコールで出た。
「あ、間に合ってますから」
がちゃ。
………。
勧誘だと思われたらしい。
しゃーないんで、も一度かける。
「……もしもし?」
訝しげな声で出たので、
「あ、俺、この間……」
「オレオレ詐欺なんてもう手が古いっっ。あたしまだピチピチ花の独身ですので。負け犬じゃありませんので。どーも」
がちゃ。
よし、独身、と。
ってそこは問題じゃない。
再度かけなおす。
今度は2度目のコール。
「何度もしつこいですよ!けーさつ呼びますよ!」
「陽子!」
相手が切る前に、家出少女と連絡がやっとついた父親みてーな(情けない)声が出た。
我ながら、すげえ演技力。
「……誰?どちら様?」
「なあ。あんたイタリアンのシェフじゃねーんだってな。何でイタリアンの料理バトル出たわけ?」
やっと 俺の声に気づいたのか、
「この声…あのチャラアイドル!」
とでかい声で返した。
「チャラアイドルって何だ?」
「チャラチャラしてるアイドル男」
ちゃら......。
落ち着け、俺。
相手は田舎から上京したおのぼりさんだ。
田舎もんだ。
都会のファッションのふの字も知らないし、俺の研ぎ澄まされた美的感覚が理解できないに違いない。ヨユーヨユー。
大きな愛で包んでやろうじゃねえか。
「どうやってあたしの番号手に入れたの?」
「まあ、俺ぐらいビッグだと色々コネがあるんで」
「田原〇彦みたいな台詞なんですけど。……あんたいつか干されるよ(あの人みたいに)。あの料理番組のスタッフに聞きだしたんでしょ」
「そんなトコかな。あんたさあ、明日ヒマ?」
暫しの間、しーんとなる。
ま、俺に誘われて驚くのも、しょーがねーか。
こんな金も顔も地位も全て手に入れてる俺のようなパーフェクトな男は1億分の1の確率だろ。
「ナンパ?アイドルって、こういう風に一般人ナンパするの?ていうか、これ立派なストーカー行為なんですけど?」
すとーかー.........。
しーーーーーーん。
ヤッパ殺ス。
秒殺決定。
「つか、あんた俺の次のプロジェクトのターゲットに決まったから、そこんとこヨロシク」
が。
かろうじて、つか、努めて冷静な声が出た。
10代の頃から毎日演劇レッスンに通った成果が劇場以外で発揮されるとは。
「プロジェクト?ターゲット」
食らいついたなニャンコちゃん。
「知りたい?」
「や。結構です」
即答が返ってくる。
「悪いけど、あたしの好み琴〇州だから。外専で力士体型オンリーだから。あ、それか美形のゲイね。あんた、ゲイ?」
「はあ?キモい事言ってんじゃねえよ。あんたの好みなんて関係ねー。プロジェクトっつーのは、1ヶ月に一人、このエンジェル黒鳥様が願いをかなえて幸せにしてあげる、っつー極楽浄土にるばーな直行便善行企画の事」
しーーーーーーーーーーーん。
電話越しなのにさああああああああって波が引いてる音が俺にも聞こえるのは、きのせいか?
「あの……幸せの壷とか売りつけるつもりなら、他当たって」
「壷?別に怪しい宗教とかじゃねえよ」
「思いっきり怪しいんですけど。や、もう、あたしに関わらなくていいから」
あああああっ。
引かれてる、引き潮感じるんスけど。
「アイドルって、ヒマなの?」
と訊ねる陽子に、俺は確固たる声音で言ってやった。
「ヒマじゃねーよっ。今月2日しか休みねーし。パンピーみてーに外出できねぇし。つか、もう決めちまったから。ノーモアちぇんじっ。あんた、俺の最初の質問聞いてた?なんでイタリアンのバトル出てたんだよ?」
「......悔しいからその事には触れないで。オーナーに頼まれてお店の名前売るために出ただけだし、もう二度とテレビなんて出ない」
「負けたのか」
「それに好きなんだもん。イタリアン」
「じゃ、俺にイタリアン食わせてみろ」
何も考えず咄嗟に出てきた言葉だった。
暫くの間女は考えていたのか無言だった。
「すんごい命令形なんですけど。それならさ、明日の夜、普通の格好してきてくれるって約束できる?髪の毛は黒か濃い茶色に染めて。銀とかホワイトゴールドとかプラチナのアクセは全部取ってきて。ちょっと……付き合って欲しい所あるから。あ、でも無理ならいいよ。全然来なくてもいいからっ」
と意地っ張りな(?)陽子に
「ちっ。しょうがねぇな。つか、めんどくせー」
と、舌を打って(一応)うざそうな返事を返す。「や、マジで来なくていいから」
と言ってる陽子を半強引に諭して、連絡先を訪ねた。
へえ。
おもしろくなりそーな予感。
何か、久しぶりに心躍るぜ。
木陽子の連絡先を〈無理やり聞き出して)ゲットした後、俺はわくわくしながら電話を切った。
目の前の女のあまりの惨状に、俺は絶句した。
過去かつてこんなし〇かちゃんばりの2つ結びに、『りんどう高校 バレー部 木』と書かれたジャージの上にチャンチャンコを羽織って下駄履いて俺を玄関で出迎えた女は居ただろーか。
「何だそのジョン・レ〇ンみたいなメガネは!今の世の中にはデザイナーフレームっつーのが安く簡単に手に入る時代だろ(60年代は終わった!)」
清潔そうだったシェフ姿とは真反対のヤ〇クミちっくな格好で俺をお出迎えした木陽子は分厚い月間少女漫画誌を手に持っていた。
「あー、ホント来たんだ。あ、ごめんあたし視力すごく悪くって......て、髪の毛色濃くなってるー」
陽子はそういいながら、俺を上から下までチェックする。
これで「お前たち、あの夕陽に向かって走れ~!」とかほざいたら完璧ヤン〇ミなんすけど。
「染めろっつったのはあんただろ。ほら、服も渋谷系じゃなくて、リーマン風。スーツって動きずれーんだよな。衣装でたまに着るけど」
と文句垂れながらも案外気に入ってたりする。
「この間着てた服にジャラジャラアクセの方が邪魔そうに見えるのに。てか、これリーマンだったの?ホストじゃないんだ。リーマンはそんな先の細い靴履かないし、コロンプンプンにかけないと思うけど…ま、ポマードじゃないだけいいか。狭いとこですけど、どーぞ」
と陽子は俺のファッションを貶すと、アパートの中へ通した。
「あたし、ちょっと着替えてくるから待ってて」
と俺を狭いリビングのこたつの前に座らせると、隣の部屋に消えていった。
狭い。
狭すぎる。
つか、何だこの漫画の山は。
壁の前は乱雑に積み上げられた本と漫画で囲まれている。
その上、壁には琴〇州のポスターや絵葉書似顔絵手形がずらり。
しまいには今期の番付まで貼られてる。
やっぱ外専でデブ専かコイツは、とか思いながら部屋を眺める。
試しに一冊、机の上の本を手にとって見てみる。
「なになに。題名は…『アイツは僕のペット』、『桃山高校濡場シリーズ』、『Hな放課後』、『先輩と俺と征服』、『アイドルの秘密』……。アイドルの秘密?アイドルって芸能界の話か?.........」
パラ。
タイトルに気を取られた俺は、試しにページを捲る。
「『やめろよ、ソコはダメだ!ああ宇名川!』『黒谷……ヒカルも衣装の上から手を這わせるなんて......卑怯だっ。ああっ』って、%&*#&@^!!!!」
なんじゃこりゃ。
宇名川に黒谷ヒカルって、まさか…俺ら?
俺と宇田川そっくりのキラキラ瞳の漫画キャラが男同士で〇〇〇しまくってる。
髪の色とか、髪型とか、俺らそのままじゃね?
これ、うちの事務所知ってんの?
まさか……公認?
ってか、俺らしらねーしこんなの。
…………。
よし。
見なかった事にしよう。
俺はドア横のテレビ台の扉を開けてみた。
「……大相撲全集って……相撲のDVDしかねぇし」
何回両国に足運んでんだこの女とか思いながら、コタツに足を入れる。
陽子が戻ってきた。
「おせーよ変態女。何だよコレは!」俺はさっきのアイドルの漫画を手にとって見せる。
「え?その同人の事?やっぱこれってあんたとあのもう一人の怖い顔の人の話だったんだ?一昨日買ったんだけど、どーりでどっかで見顔だと思ったんだよね。あんた達って、やっぱそーゆー事してんの?男同士で……」
と、陽子の目がキラキラ輝いた。
「してねーーーよっ。なんだその好奇心丸出しの顔は」
「なんだ、つまんないの。お兄さん、自称美しいお顔が引きつってますけど。えーと、用意できた?」
よく見ると、化粧は薄いが、黒いレギングスを履いて花柄のワンピースを着ている。
髪の毛も、コテかアイロンをつかったのか、自然にウェーブかかってた。
初めて見る木陽子の普段着。
なんか……ヘンだぞ。
つか、微妙に胸が高鳴ったのは、おかしい。
「あんた、眼鏡は?」
「出かける時はコンタクトに決まってるでしょっ。その位の分別は持ってます!ほらっ」
と、俺に大きな紙袋二つ持たせる。
「何だよ、コレ?」
中身は歯ブラシやら服やらシェーバーやら枕やら。
「手土産?つか、あいつに返すの。あんた車で来たんでしょ?ちょっと一緒に来て」
そう言って俺を急かしアパートを出た。
愛車のポルシェ911に、(しょーがなく)乗せて俺は車を走らせた。
ってか、俺、何やってんの?
台本覚えたりとか、明日4時起きとか、他の女に電話とか、やる事他にいっぱいあんだろ?
しかもこんなパンピーが目にする事も許されない高級車に乗せてやってんのに、隣の田舎女は全然興味を持つ気配が無い。
大抵の女は大騒ぎするのに。
「ったく。こんなど派手な車だと目立って困っちゃうんですけど。あ、そこ右ね。適当に止めて」
始終眉間に皺寄せて俺に方向指示だけしてる女は、感謝の言葉も無い上に俺様の愛車の文句までつけやがった。
怒りのボルテージを徐々に上げながらも、落ち着けと自分に言い聞かせる。そんな俺の努力を知ってか知らずか、
「あんた大人しいね。そのままずっと黙っててよ」
と女はずうずうしくも念を押す。
が、俺はそのままアクセルを踏んだ。
「ちょっ、何やってんのあんた?通り過ぎちゃったじゃない!」
驚いた陽子は、運転席の俺に振り返る。
「ちょっとドライブ。つか、すぐそこ」
「すぐそこって何?もう、自分勝手な男ね!」
そう言うが早いが、ここら辺の道をたまたま知ってた俺は目的地まで車を走らせた。
「ここに何があるのよ?」
鉄橋のど真ん中で車を停めた俺は、無言で車から降りて後ろのトランクを開けた。
例の紙袋を手に持つと、鉄橋の柵越しに放り投げた。
「ああああああああああああああああ!!!何やってんのよあんたっ!!!!!」
陽子は車から飛び出ると、柵越しに身を乗り出して下を覗いた。
二つの紙袋は中身をばら撒きながら、音も無く水に沈む。
と、ここで俺様は格好よく女の肩を抱き寄せ、諭すつもりでいた。
俺様のシナリオでは、そうなっていたハズだった。
が。
陽子は突然
「馬鹿野郎!!!!!!」
と俺を拳で殴りつけると履いていたパンプスを脱ぎ捨てて素足で走り出した。
「おいっどこ行くんだ!!」
今度は俺が驚く番だった。
猛ダッシュで川原まで駆け下りると、真冬だっつーのに陽子はバチャバチャと水の中に突進していく。
「風邪引くぞ!つか、何やってんだ!!!!」
息を切らせながら追いつくと、陽子は中身の無い濡れた紙袋やら服やらその他諸々が浮いている近辺の水の中に手を入れ、何かを探していた。
水の中で、しかも夜なので何も見えないっつーのに。
クソっ。
俺様のスーツが濡れちまうじゃねーか。
このトータルで100万はすんのにっ。
しかも、フェラガモで特注した革靴。
「つか、凍え死ぬぞ、アホ!」
気づいたら俺も水の中に入って陽子の腕を引き上げていた。
「いやだっ、離せっ。クリスの写真がっっ、指輪がっっ」
そのまま半狂乱になってる陽子を力の限り引っ張って川縁まで引きずっていく。
着ていたワンピースが体に張り付いてるのを気にもせず、陽子は川原まで俺に連れてかれると、大声で泣き出した。
脱力したのか、その場に崩れ落ちる。
「過去の男のもん、付き返すなんてアホな事すんな。水に流しちまえ」
手が勝手に陽子の体包んでた。
びしょ濡れな上鼻水とか涙とかわけわかんねーの垂れ流してる女を優しく抱いてやる。
「ヒック……水…ってだから、あっ、あんた川に投げたの?ばっ……」
「馬鹿じゃねえよ。捨てる場所何てどこでもいーんだよ。とにかく、水に流して、次に進め」
「指輪が……」
「アホ。過去の男のアクセなんて尚いらねーだろ。変に思い出しちまったりするじゃねーか。さっさと捨てちまえ」
「か、簡単に……ヒッ…言わないでっ…………」
「簡単シンプルだろっ。別れたら後腐れなくすんのが常識だ馬鹿」
と抗議しながらも、陽子は背中をさする俺に強くしがみついた。
「なんか、人生疲れた」
俺のジャケットを羽織った背後の陽子は、さっきまでの元気が嘘みてーな情けない声を出す。
俺は裸足の女を背負って、ゆっくりと川縁を歩いていた。
「俺もあんた背負ってて疲れた。つか、ちょっと休憩。あんた、体重何キロ?重すぎだろ」
「貧弱男。もやしっこ!あんたこそ痩せ過ぎ。ちゃんと食べてないでしょ?」
「力士好みの女(デブ専)に痩せ過ぎとか言われる筋合いねえし」
「力士は、あれは き ん に く !朝〇龍の体なんて、最高……」
「おえっ。うっとりとした声出してんじゃねぇよ」
なんかムカムカしてきた。
なんでこいつが他の男の名前出すのがイラつくんだ?
他の男の体型褒めてんのが、気にいらねーんだ?
ありえねえ。
整備された歩道に着いたので、俺は文句垂れてる陽子をどさっと川原と歩道の間に落とす。
一応気を使って、ベンチの傍に落っことした。
「いったーーーい!あんたあたしを米俵か何かと一緒に扱ってるでしょ!」
「違った?」
「違うわよ。れっきとした人間様よっ。あーあ、あたし靴どこへやったんだろ」
心底がっかりした声で陽子がため息をつく。
「車の傍で脱ぎ捨ててたろ。つか、俺のフェラガモの革靴、あんたのせーで駄目になったんすけど」
「知らないもんっ」
陽子が、つんと横を向く。
「素直じゃねえな。俺はあんたがペディキュアしてねーのも手入れさぼってても気にしねーけど」
「人の足チェックしないでよ」
「今更何恥らってんだ。あんたが琴〇州ファンなのも、相撲マニアなのも、ホモ小説漫画集めまくって腐女子街道まっしぐらだって事実も知ってんぞ」
「腐女…なんであんたそんな言葉知ってんの!あたしの本何冊漁ったのよ!」
「見られたくねーなら、隠しとけ!すげーなあの小説の山。レディコミもあったろ」
「レディっ……テレビ横の箪笥の引き出しまで見たわね!!!いいじゃない、女だって、たまにはあーいうの夜のおかずにしたって!!!」
陽子が再び涙目になった。
ちくしょう、泣くんじゃねえ一般市民!
俺はファンしか泣かせねえって決めてんだ。
「夜のおかず……?何、あんたそんなヒモジイ生活してんの?」
「あんたみたいなヤリ男とは違って、分別あるんです。ちょっと有名だからって図に乗ってるでしょ?」
「やり男?随分誤解されてんな。言っとっけど、俺も一応にゃん子ちゃんは選んでるぜ?それに自分でも衝撃の事実で案外珍味好きだって気づいたし」
つまり今現在、俺が興味示してる女はあんただけなんすけど。
つか、ドラマや映画だとスラスラ言える言葉が全然出てこねぇし。
あんたの事もっと知りたいって、何で素直に言えねーんだ。
「にゃん子?珍味…?」
陽子は涙を拭きながらすんげー嫌そうな顔をして呟く。
なんか俺、超情けねー。
うろたえてて、美しくもかっこよくもねーし。
嫌そうな顔してんのに、俺ビジョンでは陽子の背後にバラの花が見えるよーな見えないよーな。
つか、なんで胸が苦しいんだごらぁ(←独りプチ切れ)
「珍味って、何よ。まさかあたしの事?にゃん子って、どういう意味?ちょっと見目がいいからって…」
「見目がいいのは神様が決めたことで俺に罪はねえ。女は黙って男についてくる!」
そうだ。
俺についてくればいい。
「昭和初期か。あんた寺内貫〇郎一家みたいな台詞を……んぐっ」
キスしてやった。
ってか、体が勝手に動いてた。
ベンチに座ってる陽子の体背もたれに押し付けて、腕掴んで、口塞いでた。
思ったとおり、陽子の厚めの唇は、柔らかい。
貪りがいが、ある。
捕まえた。
手こずらせやがって。
何秒か陽子を味わってから、名残惜しげに、唇を離す。
「日本人の男にしとけ。日本人には日本人が一番なんだよ。日本男子の魅力とかわかんねーの?」
「金髪に髪の毛染めたりしてるのに、チャラチャラしてんのに、あんたが日本男子の代表?」
陽子は息を止めてたのか、肩で息しながら上目遣いで俺を見上げてた。
「俺は、日本の美男子代表」
「……ばーか」
クソ。
たまんねー。
かわいすぎ。
我慢汁出そ……おおっと!放送禁句用語言いそうになっ……
「あんたキス、下手くそ……」
俺の頭の中の言葉を遮って、陽子が小さくボソリと呟いた。
ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっって脳内でゴングが鳴る。
下手?
下手くそだと?
「数々のラブシーンをこなし、実生活でも数え切れない女とアバンチュールを楽しみ経験値50(マキシマム)の、この俺様に向かって、下手くそだと?」
陽子は心底嫌そうな顔をして、腕で唇をぬぐった。
「言っとくけど、あんたのキス、テクばっかで心こもってないよ!ヤリちん!」
バキ。
顔が命の日本人形…じゃねえ、タレントの俺様に思いっきりパンチ食らわせる。
しかも本日2度目。
「あやうく遊び人に騙される所だったわ。あ…あたしね。今は人間が信じられないの。もう一生動物だけ愛でて生きてくって決めたんだから!頭丸めて尼になるから」
それは……困る。なんでだか、困る。
「なんだその夫に先立たれた年金暮らしのばーちゃんみてーな生活は?人間信じらんねーって、あんたの立場差し置いて自分の感情しか考えてねえ阿呆な外国人の元彼と、これまたあんたの気持ち考えねえ、人のもん欲しがり屋の自称親友の事か?そりゃあ立場的に気まずいだろうよ。けど、好きにさせとけばいいだろ。あんたは、自分の事を考えて、自分の幸せを探せばいい」
「………単純バカ。プラス思考野郎」
俺の言葉に驚いて一度見開いた陽子の目に、再度涙が潤んで溜まる。
「それと美貌しか俺とり得ねえから。あ、あと演技力と歌唱力とファッションセンスと……」
「もう、いい」
陽子が俺の言葉を遮った。
「あんたあたしの事全然ハッピーにしてない。全然善行働いてないじゃない。嘘つき」
へえ。
そうか。
そうだった。俺はプロジェクトハッピーの真っ最中だった。
泣かせてる暇は無い!
「なら、俺が男としてしっかりと幸せな気分にしてやるけど(ベッドの中で)?」
含みを持たせた後、唇を舐める。
「なっ…はあ?やっぱ頭大丈夫?」
陽子は心底呆れた声を出す。
「ついでに極楽浄土にもつれてってやるけど(ベッドの中で)?」
「っっっ!」
陽子の顔が真っ赤になった。
反応がおもしれー。
「エッチな顔しないでよっ。舌なめずりすんな!気持ち悪いからっ」
言いながら、顔を逸らす。
「俺んち来る?つか、目立つからさっさと車戻るぞ」
「ひゃっ。なななな何この体勢?つか、あんた目がエロいしっ」
俺は陽子をお姫様抱っこして、車を停めていた鉄橋に向かって歩き出す。
「据え膳食わぬは男の恥、だろ?あんた、ランク2(どーでもいい女)から3(性の奴隷にゃん子ちゃん)に格上げしてやってもいいぜ?」
俺はそのまま顔を眼下の陽子に近づける。
またこの唇味わってやろーじゃねえか。
あ、やべえ。
考えただけで俺様の海綿体が……。
期待に胸と股間を膨らませていると。
「ランク3って何?あ、あ、あたしは欲しくないし。って、あ。見て!」
ぐわしぃっ、と陽子は突然俺の頬をサンドイッチして、横を向かせる。
あ。
無い。
「俺の(ポルシェ)911が……」
すっぱりさっぱり消えてる。
つか、幻覚だろ?
幻覚だと言ってくれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
思いっきり現実逃避し始めてる俺に、腕の中の女が非常に非情な言葉を浴びせかける。
「あんなとこに路駐するから、レッカー車に持ってかれちゃったじゃないの。あたしのバック、あんたの車の中なんですけど?」
「つか、俺の携帯もねーし……」
「ふっ。あはははははははははははは!!!!」
茫然自失の俺を見て突然、腕の中の女が大声で笑い出す。
「あんた、やっぱ馬鹿だ。でも、サイコーーーーーーっ」
その場に立ち尽くしてる俺様の腕からするりと抜け降りて、陽子は腹をかかえて笑い出した。
「コートも靴も見当たらないし。超寒いし、やっぱあんた、疫病神じゃないっ。ほらっ」
そういうと、裸足の女は突っ立ってる俺に手を差し出した。
「さっさとタクるよ。行こう」
言いながら俺の手を取り、強引に引っ張る。
「行くって、どこだよ?」
「車取り返しに行くに決まってるでしょう。寒いから、走るよ」
初めて会ったあの日に見たあの笑顔を湛えて、木陽子は駆け出した。
心の中で、やっぱこの女ランク4決定かもしんねー、とか思いながら俺は手の温もりを暫く楽しんだ。
~Barefoot Contessa~
しーーーーーーーーん。
それ以後一切話しかけてこない。
健人なのに。
“待って”
ぽつーーーーんと取り残されるあたし。
(重要度)
「どうしちゃったんですか、腕組んで怖い顔して…」
「悦子ちゃん。いらっしゃい」
こんな姿でごめんよ。
と心の中で付け加えておく。
俯き加減の健人が、悦子ちゃんの後から病室に入ってくる。
ああ。
やっぱこの二人、絵になる。
すらっと絵に描いたような美人の悦子ちゃんに、これまた背の高くて(根暗なのに)目立つ健人。
「大丈夫ですか?痛いんですか?縫った所?」
「ちょっとね。でも、大丈夫だよ。来てくれてありがと~」
悦子ちゃんが持ってきてくれた菓子折りを受け取って、あたしも笑顔で返す。
“健人君から連絡あって、すっごくびっくりしちゃいました。だって、宇田川さんとデートするのは知ってたけど、まさかこんな騒動に巻き込まれちゃってたなんて…”
“うん。あたしより、宇田川達の方が大変だと思うけど”
“そうですか。じゃあ、お元気そうだし顔見れたし長居は何ですので、私はこれで…”
え?
もう行っちゃうの?
ってか、何のために来た……のかな?
“じゃ、朝倉君、行きましょうか?”
と、クルってポリポリと首の後ろ掻いてるあたしに背を向けて、悦子ちゃんは健人に向き直る。
さっと、健人の腕に手を絡ませた。
ちく。
あ……。
なんか、刺さった。
胸に、ささった。
悦子ちゃんが当然のように健人に触れてるのが、気になる。
なんか、嫌だ。
でも、一生懸命笑顔を作った。
あー、顔引きつってませんように。
「来てくれて、ありがとね~」
「お姉さんも、また~」
が。
健人は悦子ちゃんの手を振り払う。
「え?」
“ちょっと愛理と話があるから、先行って待ってて”
“え?でも朝倉君……それなら、私もここで待って……”
“内輪の話だから、居られても困る。先にレストラン行っててくれる?”
にべもなく断る健人に、悦子ちゃんは一瞬悲しそうな表情を浮かべ、笑顔になり
“分かった。じゃあ、待ってるね”
と返して病室を出て行った。
悦子ちゃんがいなくなると、健人はあたしに向き直った。
“ひどい、悦子ちゃん悲しそうな顔してたよ。あたしあんたを女泣かせな男に育てた覚えないんですけど。弟ながら、情けない!”
健人がじっとあたしを見ながら返す。
“あれ、演技だよ。愛理あいつが俺目的なの、知ってるよね?愛理の見舞いも、俺目的だって気づいてる?”
“そりゃあ……女だったら、態度見てれば一目瞭然だよ。でも、お見舞いに来てくれたし”
ぶっちゃけ恋のキューピッドになって下さい的な事もいわれちゃったし。
健人が大きく溜息をついた。
“愛理は、やっぱり馬鹿だ。あいつだよ、新聞社に垂れ込んだの?分からないの?”
苛つきが表情で読み取れる。
って、はあ?
“何言ってんの?健人こそ、わけ分かんない”
呆れてるあたしを見て、健人も呆れたように首を振る。
“悪いけど、愛理の携帯借りたよ”
悪びれも無くしれっとした態度で健人はジャケットのポケットからあたしの携帯を取り出し、寝ているあたしの体の上に放る。
「あああああああああああ!!!!またあんた人のもん勝手に!!!!!」
てか、携帯の存在すら忘れてたし。
そういえば、あの日持ってたバックはいずこへ??
いや、それ以前に、宇田川とのメールのやりとりも着信履歴から全て……。
携帯から視線を移動させて、頭を上げる。
ばっちし、健人と目が合っちゃう。
“見たよ。全部。ついでに電話会社のデータハッキングして、悦子の通話履歴も調べた”
「それ、犯罪行為でしょ!!!」
なーーーんて常識こいつには通じないんだった。
“それが?”
なんかちこっと態度L(エル)で健人が話す。
“悦子に俺、ストーカーされてるって言ったら?”
「なっ……あんた酷いよそれ!!見損なったわ!」
“……事実だよ。高校の時、たまたま駅で愛理に手話してるのを見られて、話しかけられた時からずっと。通学の時は俺といつも同じ時間にだったし、俺と同じ大学入って、同じサークル入って、最近は俺の取るクラスいつも取ってるし、俺の宿泊してるホテルに無言電話何度もかけてくるし、学校でも家でもしょっちゅう待ち伏せされてるし”
ストーカーされてるって言ってる割に、健人は平静だ。
“そういえば、あたしもBREEZEのビル前で一度待ち伏せされた……かも”
“俺、愛理の仕事とか仕事場教えた覚えないから”
健人会社の住所教えてなかったんだ?
あ。
ちょっと寒気が……。
ってか、ハッキングとかしてるあんたと同レベルなんじゃないの?
ぶっちゃけ結構良い勝負なんじゃ……。
いや、尋常じゃないって意味で。
“じゃあ、なんであんたは悦子ちゃんと(いちゃいちゃ)絡んでんの?”
“単なる、暇つぶし?悦子頭いいし、手話で通訳してくれるし、俺のコンピューターのデータ盗もうとしたりとか、結構手の込んだ事仕掛けて来てたし、相手のしがいがあった。でも、愛理を巻き込むなら、傷つけるなら、話は別”
と、健人の目がキラリと鋭く光った(ように見えた)。
こわっ。
“あんただって、今さっきまであたしの携帯取ってたし……”
ガラ。
と病室のドアが開く。
と同時にもわ~~~~~~っと眼に見えない煙(=香水のにほひ)が漂う。
「あ い り ちゃ~~~~~~ん vv たっだいま~~~あら、健人くーーーん」
「おお、健人も来てたのか!家族団らんかな?」
健人は両親の登場で、手話していた手を下ろす。
「あら?髪の毛垢抜けたじゃない?ママはそっちの方が好きだわ~~」
お母さんは健人を見つけるとコツコツハイヒール鳴らして駆け寄る。
腕を組んで上から下まで健人の容姿をチェックする。
「うん。わが息子ながらいい男ね。パパ、そう思わない?」
「なにせ、パパの子だからな~~~わっはっは」
あの~、一応、あたしもその遺伝子引き継いでますが。
もう一人の子供で明らかに劣勢遺伝子の持ち主。
怪我人で、且つこの物語の主人公は完璧無視されてます。
ま、いつもの事だけど。
自分の事を言われていると当然知ってるのに、健人は無愛想且つ不機嫌そうな顔で
“俺、人待たせてるから”
と冷たく告げる。
そしてお母さんを完璧しかとして父さんに向き直り、
“後で家に寄るから、その時に”
とサインで知らせると。
健人はあたしをちらりと一瞥して、出て行った。
「もう、また健人君不機嫌だったじゃない!愛理ちゃん達、姉弟喧嘩してたでしょう?」
「してない。ってか、お父さん、ゴミ箱の中に入ってるのちょっと取ってくれる?」
お父さんがよっこいしょ、と呟きながらゴミ箱の中を漁る。
「これかな?」
びりびりに破けた(らしい)宇田川の手紙ではなくて、ペンダントを拾い上げる。
「そう。それ」
と、お父さんからペンダントを素早くお母さんが奪い取る。
「あっ!」
って、この人も早業繰り出してるし。
やっぱ健人とお母さんは、親子だ。
「何コレ?愛理ちゃん彼氏が出来たの?さっきの男の子?」
「違います。お母さん!もういいでしょ!!!」
と抗議してるあたしを無視して、お母さんはロケットペンダントの中身を確認する。
「あら、なかなか男前な子じゃない」
とちょっと目を輝かせながら、小さく呟く。
「まままままさか、愛理の想い人……」
「ちがーーーーーーーーーーーーーーーーうっ。ってか、勝手に見ないで!もう!!と、と、友達だよっ!!!」
あたしが大否定してるのを無視して、お母さんが真剣な顔で諭す。
「いい?男は皆ケダモノよ?愛理ちゃん男の人見る目ないから、お母さん心配よ~~~。前に愛理ちゃんが二股かけられてた時も......」
「お母さん、暴力反たーーーーーーーい!」
「愛理ちゃんの大学時代の彼氏の事よ!お母さん、健人君とお買い物行ってる時ばっちり目撃しちゃったんだから!!」
目撃?
「愛理ちゃん一回写真見せてくれたでしょ?だからお母さんも健人君も顔はばっちし覚えてたし、間違いないわよ。それで、後つけたら女の子とラブホに入ってっちゃうし」
ラブホ?
そこまで後つけてくお母さんもお母さんだけど。
でも……。
「先輩、が?」
「知らなかったの、愛理ちゃんだけなのよ。それで健人君が調べたら、出てくる出てくる怒涛の真実!別れて正解ね」
ポロ……。
と、ホッペタに暖かい雫が流れ落ちたのを感じた。
お父さんが慌ててハンカチを取り出す。
いつもバーコードの頭の汗や汁(!?)を拭き取ってる愛用のハンカチで、あたしの涙をゴシゴシと拭き取る。
「結婚は、ぱぱぱぱパパが、コネを使っていい所のお坊ちゃんとお見合い用意するから、先の事は全然心配しなくても大丈夫だよ、愛理」
「そうよ。大学時代の話じゃない。ねえ?男は皆チ〇カスよ。ケダモノよ!」
(SM)プレイ以外で泣きが入ると、お母さんはいつも戸惑う。
ちょっとだけ、おろおろしてる。
でも。
違う。
先輩が浮気してたって事実で涙が出てるんじゃない。
先輩から振られたあの夜の、あの夢の残像が脳裏に蘇る。
健人の口の動きが、スローモーションみたいに読み取れた。
ごめんね、健人。
部屋の中で佇んでいた健人は。
「あいつ、二股かけてたんだよ……」
と、声にならない声で、小さく呟いていた。