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石見正利    07.14.2007
見正利



 しまった!!
と思ったときには遅かった。
人で賑わっている大通りを駆け抜け、町人の住んでいる長屋の裏通りまで来て上手く巻いたと思っていたのに、甘かった。

あたしを追いかけて来た輩は
「やあ~っと見つけたぜ、お嬢ちゃん♪」
と誇らしげに毛がぼうぼうに生えた胸元を着物の合わせから曝け出し、濃い髭面を近づけて臭い息を吐きかけてくる。

「ぎ、ぎもぢわり~~~~!!近寄って来んな、たこ坊主!!!」
あたしが抵抗しながら後ろに後ずさると、ぽん、と誰かに抱きとめられた。
「そうだよ、そんな細せぇ~足で俺らから逃げようなんて百年はやいんだよ~。」
と、首筋にまたしても悪臭がかかる。

ちくしょ~~、回り道しやがった!!!

「離れろ、ブタ!!!」
あたしがもがけばもがくほど、逃しまいと悪臭男の力は強くなる。
「かなりの別嬪だな。きっと良い値で売れるぜ。ま、その前に味見ってぇーのも悪くねぇよな。」
男は下品に舌なめずりした。

あ、味見って言った今???

ま、まじっすか??

こんなゲスな輩、死んでも嫌だ!!!
あたしは、必死に抵抗した。


全ては、今日の昼の店が始まる前の自由時間に、また例の如く梅山街から抜け出たのが原因だった。

三河屋で売っているお煎餅がどうしてーも食べたくって(あ、あと適当に買い物も)、あたしは布団に細工し寝ている振りをしてこっそり松田屋を抜け出した。
もちろん、町娘の格好をして。

んで、煎餅を頬張りながら今巷で人気の人形芝居を見ていたら、この超怪しげな輩に連れ去られそうになったって訳なのである。

その時はおもいっきり股間に蹴りを入れて逃走したんだけど、なんせ歩幅が狭くって堅苦しい町娘の格好だもんだから、今みたいに捕まっちゃったのだ。

 

とその時。
あたしの視線に片目に眼帯をつけた一人の男の姿が映った。

人気のないこの裏通りを、浪人風の格好でこちらに向かって颯爽と歩いてきた。

一瞬、あたしと男達の間に緊張感が走る。

あたしを襲っている悪臭男達もその瞬間ギョッとして、あたしが叫ばないように口を押さえつけようとした。
「た、助けて!!!!」
でも、あたしはそいつらの土と垢のついた手を逃れて大声で叫んだ。

浪人風の男の人は。
冷たそうな隻眼で、一瞬あたしと暴漢達を見て、すっと素通りしようとした。

えっ?

チョット待ったぁぁ!!!!

おなごが襲われてるってのに、シカトっすか!!!!!!!!

「ちょっ、助け…!!!!」
とあたしが言う声も届かず、男の人はそのままスタスタと素通りしていった。

え??どうして??

半ば茫然としたあたしに、悪臭男は
「ふあははははははっ!!!残念だったな、お嬢ちゃん。だーれもあんたをたすけちゃぁくれないんだよ!!」
と言いながらあたしの腕を後ろ手に縛り上げた。

ちょっちょっちょっちょ、あたしこのまま、またどっかへ身売りされちゃうの??

まじぃ~~~~???

と、半泣きになっていると。

シュッと何かが飛んできて、あたしの手を縛り上げていた男の眉間にブスッと刺さった。

それは、短い短剣だった。

「うそ?!」
「何だお前はぁぁぁ~~~!!!」

あたしと、あたしの隣の悪臭男が叫んだのは同時で、

気づいたら男は鳩尾に一発食らってその場に伸びていた。

 


「あの、何方か存じあげませんけどぉ~、有難うございます。」
あたしは、その浪人風の男を見た。

中肉中背の、片目を覆っている黒い眼帯が印象的な肌の浅黒い男の人だった。
吊り上った目が特徴で、冷たい雰囲気。

「…いいえ。」
あたしを品定めするようにジロジロ見つめながら、ちょっと変わった掠れ気味の声で男は答えた。
「その男の顔が気に食わなかっただけ。」
そう言い放つと、その人はさっさとあたしに背を向けて立ち去ってしまった。

「……。変わった人。」
何が起こったのか悟る間も無く、あたしは暫くそこに立ち尽くした。

っつーか、一体何なの??

助けるなら知らん顔しないで最初っから助けろ、と今さっきの男に言ってやりたかったのに。

「かっこつけてないで最初っから助けろ、ばかやろぉぉぉ~~~~!!!」
とのあたしの叫びだけが空しく通りに響いた。

 




「そうだったか?」
あたしは隣の男に酌を注ぎながら、長々と説明した。
「俺は覚えておらん。」
少しだけ意外そうな顔をすると、その男、石見正利はグイっと酒を仰いだ。

この人はいつもそう。
いつもポーカーフェイスを保って何にも知らない振りをする。
これで四度目の指名。
あまり喋らないで、いつも静かーにお酒を飲む。
きっと名前も偽名なんだと思う。
でも、あたしにはどうでもいい事だった。

それよりも。

彼は、どこでどうあたしがこの梅山で働いていると知ったのか、あの事件があった翌日知らん顔で梅山街にやって来たのだ。
そして、難なく揚屋に上がり、相手をした事も無いのにあたしを指名してきたのである。

「そうです(怒)。なんで石見様はあの時の事覚えてないの!!!」
あたしが怒った顔をすると、彼は方眉を上げた。
「お前も執着するな。その男に惚れたのか。」
くくっと歪んだ笑みを溢すと、また杯に口をつける。
空になるとあたしに杯を突き出して、
「注げ。」
とお酌をさせた。

む、むかつくぅぅ~~っ!!!なんなの、この人の余裕は!!!

あたしは隣の屈折した性格の男を注視した。
左目は眼帯と黒々とした前髪で隠してあって見えない。
でも、傷跡が見え隠れする浅黒い肌に、翳りを持った吊り上がり気味の右目と掠れた低い声が印象的である。

多分、一般的な観念からすると、美男子の部類に入るんだと思う…。

っつーか、なんで眼帯をしているんだろう?
目が見えないのかな??
どんなにあたしがジロジロ見ててもぜーんぜん動じず。
あたしに楽を奏でろとか、舞えとかの注文も一切せず、彼はただひたすら飲んでいた。

見た目はただの浪人。
でも、下級武士みたいな格好の割にはお金をちゃんと持っているようで、支払いは前払いできちんと済ませていると聞いていた。
「変わったお客だわ。」
と、あたしは呟いた。

「石見様、何であたしの名前を知ってたの?あたしの事知らないのによく指名してきたわね。」
あたしは彼にお酒を注ぎながら質問する。
石見様はちらり、とあたしを見て杯に視線を戻した。
「太夫に会いたいと言ったが、忙しいと言われた。」
太夫様??
じゃあ、あたしは太夫様の埋め合わせだったの??
まあ…よくある話だけど。

「と、言うの全くの嘘だ。」
「はあ???うわあ!!!!」
思わずあたしは大声で叫んでしまった。

超吃驚した!!!

だって、だって、石見様がいきなり耳元で囁くんだもんっ。

掠れ気味の声とあたしの耳にかかる吐息が…っ。
しかも、顔が超間近で横を向けない!!!

硬直したあたしの耳元で、石見様は更に呟く。
「梅山の格子木蘭は、一度その味を味わうと忘れる事が出来ないと聞いた。」
そう言うと、ペロリとあたしの耳を舐め上げた。

うわあああああ~~~~~~(←思いっきし動揺!!!)

「俺も酔いが回ったようだ。その果実を味わってみたい。」

マジで???!!!
と思っている暇も無く、あたしは石見様に押し倒された。



 

 

 

→これから何が起きるか読んでみます???



 

 

 

 

媚薬はともかく、変な暗示にまでかけられてたなんて全然気づかなかったあたしはその後ぐっすり寝てしまい、翌朝ゴソゴソという物音で目が覚めた。
っつーか、手首が痛いんだけど…。
あたし何やったんだっけか??
何故だか記憶がすっかり飛んでる。
昨日は確か石見様のお酒を注いでてぇ…。
それからあたし何したんだろ???
う~ん、と独り唸っていると部屋の片隅から声がした。
「これをやろう。」
身支度をしている石見様は、まだ眠気眼のあたしに向かって何かを投げ寄こした。

「何、これ?」
不思議に思って小さな竹でできたそれを手に取って観察する。
「伝達鷹を呼ぶ笛だ。」
帯を締めている石見様は、後ろを顧みず静かな声で答えた。
「笛?」
何の為に??
と聞こうとすると、
「俺と連絡を取りたければ、伊賀の半三宛てに文を送れ。」
との言葉に遮られた。

あたしはキョトンと小首を傾げながら石見様を見つめた。
「伊賀の半三?」
どっかで聞いた事あるぞ?
「身請けを望むのであれば、半三に文を書け。」
「はあ…。」
う~む。
何で伊賀の半三って人なんだろ??

あたしは、石見様に羽織を着せるのを手伝った。
「見送りはいらん。俺も暇を見つけてまたお前に会いに来てやろう。」
落ち着き払った声でそういい残すと、踵を返して足早に部屋を出て行った。

 

ふと、彼が立っていた所に目をやると。
一枚の紙切れが落ちていた。
「石見様の忘れ物…。」
あたしは彼の後を追って揚屋を出た。
なのに、石見様の姿はもう何処にも見えなくて。
「はやっ…。」
あたしは揚屋の前でその紙切れを広げて見た。

それは、いわゆる関所越えの為の通行証書で。

その証書に書かれてあった
『~~三河服部党党首、服部半三正利の通行を許可す~~』
という文字を見
て、あたしは凍りついた。

だって、今更ながら思い出したんだもん。
あの、超有名な忍びの一族の事を。

「ちょ、ちょ、ちょ…あたしを騙したのね~~~~~!!!!!」
っつーか彼の正体に気づかなかったなんて…。
いや、それよりも、何で昨夜の事が思い出せないんだろう??
もちろん、その時は石見様…いや、半三様が緻密な諜報力を武器とする忍術と暗示の達人だという事は知らなくって。

「不思議な人…。」

あたしは彼が(恐らく意図的に)忘れていった通行証と竹笛を握り絞めながら、次回会った時は伊賀の里と彼の眼帯について聞いてみようかなどと考えていた。

 
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