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松本重里    07.14.2007
松本重里



 あたしはルンルン気分でお茶を点てていた。

あたしの目の前には色男が一人。

顧客の一人で、公方様こと徳川家直属の重臣松本家嫡男の重里さんこと重さんだった。
実は禿時代からの古い常連さんの一人だったりする。
性格は実直で真面目な典型的な武士。
美形で剣の腕も立つし、もう既に二十を超えているのにずっと縁談を断っているんだって。
「まだ私は半人前ですから、生涯の伴侶を得る準備が出来ておりません。」
と断り続けているらしい。
お金さえあれば誰だって多妻が許されるのに、変わった色男と評判だった。
その上、この梅山には何食わぬ顔で頻繁にやってくる。

もちろん、あたしに会いに。

周りは当然のことながら噂をたてているようだけど…。

 

 あたしがまだ十三歳の禿だった時。

当時天神だった(今は格の名前が変わって格子になったんだけど)楓姉さんについて揚屋にあがった、秋のある日の事だった。
父親について登楼した十四、五歳の少年の隣について酌をしていたのが始まりだった。

少年はキリッとした感じの美少年で、元服したてといった感じの初々しさを漂わせていた。
そのうえこういった所ははじめてらしく、顔を真っ赤にして俯いたまま最初は誰とも目をあわせようとしなかった。

あたしが彼に話しかけるまでは。

楓姉さんはさっさと他の客に呼ばれて行ってしまい、ここの常連らしい彼の父親は端の桜花姉さんと消えてしまって、この部屋には彼と従者数名と、あたしのような禿数名が彼らの酒の相手をする為に取り残された。

久々に同じ年頃の子供が来ている事が嬉しくてあたしはその子に話しかけた。
「ねえ、あんた名前は?」
あたしが突然話しかけたのに吃驚したのか、少年は体をビクリと硬直させてこちらを見た。

「……重里。」
小声で答える。

「そっか。重里さん。うーん、重里さんって言い方硬いから、重さんでいいやっ。重さん、ここは初めてなんでしょ?」
重さんは、顔を真っ赤にさせて、横を向いた。唇を尖らす。
「こんな所、来たくは無かった。でも、父上が…。」

こんな所って…。
そこで働いているあたしの立場は??
ま、いっか。
彼は元服祝いか何でここへ無理やり連れて来られたのかな?
なんてあたしは小さい頭で考えながら、少年を見た。

武士らしく、凛と胸を張って堅苦しく正座している。
「つまんない?」
あたしは、重さんの顔を覗きこんだ。
彼はあたしの突然のドアップに、ちょっと腰を引いた。
「なっ、やめっ/////////」
途端に赤かった顔が湯気出るんじゃないかって位もっと赤くなって、あたしを押しのけた。

武芸をたしなんでいるからか、その力は以外に強くて。

「きゃっ。」
と体勢を崩して、あたしは畳の上にずしゃぁぁ~~~っと無様に倒れてしまった。
「ハッ。も、申し訳ないっ。大丈夫でしょうかっ、あの…。」
重さんは、今度は真っ青になってあたしを抱き起こしてくれた。
あたしはふるふると肩を揺らしていた。
「もう乱暴はしないので、お、怯えないでいただきたいっ。あの、わたしは貴方に危害を与えるつもりだったのでは無く、ただ…。」
あたしは俯きながら更に体を震わせた。
だって、面白かったんだもん。
赤かった綺麗な顔が一気に青くなって。
「あははははっ。重さんあなたおもしろーい。顔の色がコロコロ変わって。あのね、あたしね、木蘭っ。」
あたしはまだ小さくて細い重さんの腕に抱え起こされながら、言った。
「?木蘭?」
「あたしの名前。」
「…いい…名前ですね…。」
彼の隣に座りなおしながら、あたしは笑顔で一礼した。
「そうっ、松田屋の木蘭。覚えといてねっ。今度お父さんと来た時は、一緒に遊ぼうっ。」
あたしは、そう言って重さんの手をとってフリフリ(←握手)した。
「う、うん。木…蘭殿。」

その日あたし達は、彼の父親が戻るまでずーっとしりとりや巷で流行り
の歌遊びをして時間を潰した。

彼はそれから父親と来る度に、あたしを指名するようになったのだ。



 

 シャカシャカシャカシャカ……

お茶をかき混ぜながら、あたしはちらり、と重さんを盗み見た。
今思えば、あの時は彼がこーんな逞しいいい男になるなんて思ってもみなかった。
顔を上げると、重さんの優しい双眸とばっちり目が合ってしまう。
やけに大人しい(っつってもいつも静かだけど)と思っていたら、人間(←あたし)観察をしていたんですか…。
重さんは目が合った途端サッと長い睫毛を伏せて顔をちょこっとだけ赤らめた。

うおっ、照れてる???

とか思いながらあたしもさっとお茶を差し出した。
「はい、重さんどうぞ。略式でゴメンなさいね。」
重さんはハッとしたように目を上げて、
「ああ、有難うございます。」
とお茶を手に取った。

あたしは、美形はお茶を飲んでるだけでサマになるんだなぁ…とか思いながらボケーっと見惚れていた。

重さんと最後に会ってからもうかれこれ一ヶ月。
最近幕府でのお仕事が忙しいらしく、なかなか時間が取れなかったようなのだ。
だけど、彼からマメに「あなたをちゃんと想っております」みたいな内容の文は届いていた。

でも、筆不精のあたしはあんまり返事を書いていなかったけど…。
いや、正直一回も書いてない(苦笑…たら~っ)。
ってそんな事言ったら店の主人に
「客を舐めとるのかぁぁぁ!!」
って怒られそう。

ま、いいや。

だから、今日久々に重さんが遊びに来てくれたのはすっごく嬉しかったりする反面、ちょっと会うのが心苦しかった(手紙書かなかったし)。

「美味しかったですよ。」

いっきに飲み干すと、重さんは湯飲みを置いて笑顔であたしを見た。
「今日は何をして遊びます?重さんは囲碁が強いから、囲碁でもいいし、そうだな~、和歌でも詠んでみます??あっ、最近巷で流行ってる狂歌でも作りましょうか??」
あたしが独りでうーん、と頭を捻っていると、
「わたしは木蘭殿のお話が聞きたいのですが。」
と色気のある低い声で呟いて、あたしの手を取り自分の両手に包んでしまった。

うわぁぁぁぁぁ~~~っ!!

チョットまって、あたしまだ心の準備が/////////
重なり合った手は、あたしのか重さんのかかわからないほど熱くドクドクと脈打っている。

「わたしはずっとあなたの事を考えていましたよ。」
なんてちょっと恥ずかしい台詞を、恥ずかしげもなくさらりと言ってのけた。
梅山では悪名高い(って何の!)木蘭さん、遊女なのに実はこういうのにめっちゃ弱いんですぅ~~~。
未だ持って慣れない。

あたしはシドロモドロで話題を転換しようと試みた。

「えっ、あ…あの、あたしは…さっきまで初めて重さんと会った日のことを考えてましたっ。」
重さんは握っている手に力を込める。
「わたしは今日まであなたと始めて会った日の事を一度として忘れた事がありませんが?」

熱い息があたしの首筋にかかった。

やばっ。
この方発情ムードだわっ。

「わたしがいない間、何人の男を相手になさったのですか?」
といきなり抱き寄せられる。

力強く、ギウ~~っと。

「それを思うと眠れない夜がありました。どうして、貴方は強情に…素直に私に身請けさせてくれないのですか?私だけのものになれば苦労はさせないのにっ。」

 
……。


同じ台詞を言われた事がある。
あたしたちが始めて男女の行為をした時。
多分、重さんが五回目にあたしを指名した時だったと思う。

あたしも重さんも極度に緊張していて。
でも、行為が終わった後ずーっと褥であたしを抱いて、
「あ、あの…私のものになって下さい。苦労はさせるつもりはありませんっ。その為に、わたしも頑張って働きますからっ。」
って言ってくれた。

その頃は、まさか彼が現在に至るまで長い間あたしのパトロンとなってくれるなんて思ってもみなかったけど。

 



 「駄目駄目っ。」
あたしは心地よかった重さんの胸を押しのけた。
「…?何が駄目なのです?」
「あたしの借金はあたしの問題だから…。もし二十七になっても身請け人がいなかったら、憐れなあたしの為に重さん考えて頂戴。それまでは、出来る限り自分で返済するんだからっ。重さんもその時に備えてお金を貯めておいてっ。わかった??」
重さんは睫毛をまた伏せて、フッと寂しげに微笑んだ。
「…貴方らしいですね。でも、もう少し私に頼ってくれてもいいのですよ?…男として、武士として。」
そして、顎にそっと長い指が置かれた。
ひぇぇぇ~~~っ、重さんの綺麗な顔がドアップっす。

せせせせせ接吻の準備、開始!!!

あたしは、固く目を瞑った。

一秒経過…。

ん?何も来ないぞ?

片目をそぉーっと開けてみると、重さんは横を向いてくっくっくと忍び笑いを漏らしていた。
「し、重さーーーんっ、酷い!!!」
「いや、木蘭殿が…あまりにも愛らしかったので…。」
えええ?フェイントですか???
あたしがムッとなって横を向こうとすると、顎にかかったままの長い指で再びクイっと持ち上げられて、今度は重さんの形の良い唇が重なった。
「…あなたが欲しい。今日は私だけの恋人になってくれますね?」
「ん…。」

とろけそうな接吻を繰り返しながら、重さんの手があたしの着物の襟にかかった。

 

 

 



→ここからの二人を読んでみます??
(上下のHOME横の>>をクリックしても読めます)

 



 

 めくるめく快感に襲われた行為の後…。

あたしは重さんの逞しい腕の中にいた。
重さんたら、行為の後もあたしを方時も離すまいと、ぎゅうぎゅうに抱いていて。
でもその間、あたしはなんでこんな美形の色男がお嫁さんをとらないのかずぅ~っと考えていた。

あたしみたいな遊女と一緒になったって、卑しい女を娶ってと他の人たちから一生白い目で見られるだけなのに…。

「何を考えていらっしゃるんですか…?」
耳元に熱い吐息がかかって、あたしは一瞬びくっとした。
「いや、あの、みみ、三宅屋の桜餅の事とか…。あっ、今は食べられないけど、春の名物じゃないっ、ね?!!」

ああ、あたしったら嘘つき!!!

「桜餅?!」
重さんは眉根を寄せて複雑な顔をした。
「それは…貴方らしいというか何と言うか……。」

その後で、はあ~っと深い溜息をつく。
「分かりました。今度手土産に持ってきます。」

「え?あ、そんな意味で言ったんじゃなくって…。」
あたしは手を振って否定する。

重さんは切なそうに顔を歪めてあたしを掻き抱いた。
「今度、という言葉がとても憎いです。貴方の体に私の印をつけて誰の目にも晒さないでいたいっ。他の男など相手にしていて欲しくないと思うのは私の身勝手でしょうか?毎日貴方を見ていたいのにそれが許されないこの身…いっそ貴方を奪って逃げたい程です。」

「あ…。」
その気持ちありがたいけど、勝手に遊郭を逃げ出して一生お尋ね者となって生きるのはちょっとね…。

な~んて、やけに現実的なあたし。

でも。
「なら、借金を返して年季が明けたら迎えに来るって約束して。」
あたしの言葉を聞いてか聞かずか、聞き取れないほどの小声で重さんは呟いた。

「もちろんです。(愛しております・・・ボソッ)木蘭殿。」
「は??」
「いえ、なんでもございません。次会う時まで…この重里の事を想っていてくださいますね。あの…他の男の相手をしていても…。」
「もちろん。」
あたしは重さんの切なそうな瞳が耐えられなくって、そう答えてしまった…。

 

その晩、夜が明けるまであたしは何ども重さんの激しい情熱に応えた(応えさせられた、の正解)。

 

翌朝、来た時と同じように、女達の黄色い声とボンビーな徒歩の男達の妬んだ視線を浴びながら、籠に乗って梅山を後にした重さんでした。

 
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