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Care 4 me Ⅲ    06.19.2007
<side Beni>

 
 兄貴の婚約者の父親の告別式の帰り。
門田家のリモの中。

俺は黒尽くめのスーツを脱いで、同じ色のネクタイも緩める。
親父とケリーさんがもう一台のリモで帰宅してくれて、良かった。
おかげで、兄貴と二人だけの時間が出来た。
俺はまじまじと、目の前に座っている兄貴を見つめた。

全然何も変わっていない。
いつもの、兄貴。

この間翠に兄貴が好きかもしれないと告げられた時、そして彼女に請われるまま彼女を抱いた時、俺の心は決まった。

告別式の間中、兄貴は俺の視線に気付いているのか居ないのか、いつもの無表情を崩さなかった。
名目上の婚約者のさくらさんに寄り添い、傍目から見ても良い婚約者を演じていた。


森尾って秘書からの電話を切ると、兄貴は先に口火を切った。
「式の間中ずっと何か言いたげだったな」
俺は待っていましたとばかりに口を開いた。
「分かってる癖に。兄貴を捕まえるのは大変だからね。今日言っておかないと、と思って」
「佐々木翠の事か」
はあ、と兄貴が迷惑そうに息を吐く。
「500万、俺が返すから彼女を解放してあげてよ」
彫りの深い顔で俺を直視する兄貴の視線を真っ直ぐ受け止めながらそう言い放つ。
「あの女に、本気で惚れたのか」
兄貴の口元が笑ってる。
「そうだとしたら?」
俺も負けずに小首を傾げて笑顔を見せる。
「あの女は、お前が扱えるような器ではない、とそれだけは言っておこう」
「どういう意味さ?解放してくれるって解釈していいのかな?」
「さあな。手放し難くなったのかもしれないな」
「へえ、兄貴が珍しい」

俺の中で、表現し難い黒い空気が充満し始めた。
その黒い靄は、俺の心臓を圧迫し、早める。
呼吸も速くなる。

つまり、兄貴にも翠に対して何らかの感情を持っている、って事だ。

歯がぎしぎしと、音を立てる。
歯軋りが、震えが止まらない。
汗が、体中の毛穴から噴出す。
体は熱いのに、寒気がする。

ふと、目にミニ冷蔵庫のワインオープナーが目に入った。

とっさに手を伸ばし、それを掴む。


「馬鹿は止めろ!」
兄貴が、叫んだ。


「何で?」
俺は螺旋状の尖った先端を自分の手首に当てる。


無表情の兄貴が、目を見開いた。


「それは、お前ではなく佐々木翠が決めることだろう?彼女が頼んだのか?」
プスッ、と音がした。
破けた皮膚からつーっと血が流れ出る。
「ううん、俺の頼みだよ」
兄貴が鬼みたいな険しい顔で俺を睨む。
「分かった。あの女から手を引く。だから、お前もそれを除けろ」
俺がオープナーを横に置くと、兄貴は俺の隣に移動して素早く左手首の時計を外した。
ポケットからハンカチを出してアルコールで浸し、俺の手首に巻きつける。
「深くないな。だが、一応病院へ行って置こう」
そういうと、兄貴は運転手に声をかけた。
顔はまだ怒りに満ちている。
「.........ごめん」
俺は兄貴に介抱されながら、小さな声で謝った。
情けなくて、目から涙が零れ出る。


兄貴は、無言で俺の頭を肩に抱いた。





 病院の診察室から出てくると、待合室の壁にもたれて立っている兄貴を見つけた。
あの体つきの上、全身黒いスーツを着ている兄貴は病院内でも異彩なオーラを放っている。

俺が持っていない、兄貴を取り囲む光彩。
人を惹きつけてやまないその光は、いつも眩しく兄貴を包んでいるように見えた。


俺の姿を確認すると、兄貴の顔に安堵の色が広がった。

久しぶりに見る、兄貴の人間らしい表情。

俺は何も起きなかったみたいな平静そうな顔で兄貴に声をかけた。
「仕事はいいの?」
「1つやらなければならない事があったが、キャンセルした」
「ふうん」
ぶっきらぼうにそう答えて、息を吸う。

いつもいつも、兄貴だった。

手首を切った時も、窓から飛び降りて脊椎を損傷した時も、先輩に犯されて不登校になった時も、一番俺を心配してくれたのは兄貴だった。

俺の父親代わりだった。


「兄貴は、翠の事が好きなの?」
病院から家に向かう車の中で、俺は兄貴に訊ねた。

兄貴は少し考えてから、俺に答える。
「正直に言う。俺は、佐々木翠に興味は持っている。何かしらの感情を持っている。だがそれが恋愛感情かどうかは、わからない。だが、これだけはお前に約束する」
俺は黙って兄貴の次の言葉を待つ。

「誰も傷つけはしない」


そういいきった兄貴の横顔を、俺はずっと眺めていた。







<side Midori>



 
あの船の上で会った胡散臭いじじいが有名人だったなんて、これっぽっちも思わなかった。

狙っていたフォアグラを取られそうになって、俺が素早く奪い取ったのが気に入らなかったとばかり思っていた。

最初は確かに怒り口調だったけど、俺の顔を見て突然叫びだしたから、頭がおかしいのかとばかり思っていた。

鷹男が助け舟を出してくれるまでは。


久しぶりに来たモデル事務所からの電話を切ると、俺は驚きで暫くその場に立ち尽くした。
どうやらあちらさんから事務所に連絡が入ったそうだ。
俺の写真のポートフォリオを見せてくれと言われ、メールで数枚送ったところ是非とも新作の顔として起用したい、という話になったらしい。

事務所もこんな大仕事は初めてだとか騒いでいたし、どうも断れる雰囲気じゃあなかった。
つか、シルバーアクセは好きだし『トロバート』って名前位は聞いた事が有る。
銀座にある超高級チックな店で、足を踏み入れるどころかあの界隈は通った事もねえけど。

とりあえず、大学と居酒屋のバイトがあるので夏休みまで待って欲しい、と告げた。
普通モデルにはそんな選択肢は許されないらしく、仕事のオファーも今か否かで決まるらしい。
自分が駄目だったら、他のモデルにオファーが行く。

たったそれだけの事。

なのに、向こうさんは俺にこだわって日本で撮影すると言って来たらしい。
それにも、事務所は驚いていた。


言われた日に言われた所で言われた様にポーズを取って写真撮影を終える。


数日後、俺は今まで働いて貰った給料の中で、一番の大金を支払われた。


支払い明細を見て、最初ゼロの数が間違ってるのかと思った。
慌てて銀行の残高証明を確認したら、ちゃんと入金されていた。
これだけの金が借金でなく手に入るって事実がたまらなく嬉しかった。


早速、ばあちゃんに送金した。


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