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There 4 me Ⅲ    06.11.2007

 二人乗りのV〇ビートルに乗り込むと、紅は早速エンジンをかけた。

クラシックとかジャズってイメージなのに、ビ〇ンセとかリ〇ナとか今時の洋楽のCDをかけているトコが何か笑える。
「何笑ってんのさ」
紅は運転しながらチラリと横目で俺を見た。
「べっつにー。こういう音楽も聴くんだなーっと思ってさ」
「当たり前だよ。クラシックとかオペラしか聴かないと思ってるでしょ?」
紅はちょっと面白くなさそうに口を尖らせる。
「別に思ってねーよ。ねーけど......」
「金曜日、兄貴と会った?」
俺の言おうとしていた言葉は、紅のそれにかき消された。
「え?あ......ああ。紅、お前、俺とのトレーニングやめたいんだってな」
頭をヘッドレストにくっつけながら、半分ヤケクソの気分で俺は答える。
「兄貴と......したの?」
俺の質問には答えず、紅は真っ直ぐ前を見ながら訊ねる。
ハンドルを強く握っているのか、皮がキュッと小さく鳴った。
「金曜......この間は、してねえよ」
「何で?じゃあ、やっぱいつもはしてるんだね」
俺はチラリと紅を見る。
口を引き締めてるけれど、感情は読み取れない。
「してるよ。もう紅も知ってる通り、『契約』だから」
言いながら、頭の後ろで腕を組む。
完璧、開き直りの態度だ。
「俺、こーゆー人間だよ。金が絡めば誰とでも、何でもやれる」

言いながら、世界で一番嫌いな女の顔が浮かんだ。
結局俺を捨てたあの淫乱女と同じじゃねーか、俺。

「嘘だね」
俺を見ないまま、紅はきっぱりと言い切る。
「一体幾ら必要だったの?」
「一千万円。今の所、500万。あと1年後に残りの500万を支払ってもらう事になってる」
「ふうん」
紅はしばし押し黙る。
「どこ、行くつもりなんだ?」
俺は沈黙が息苦しくて、話を変えた。
「んー?別に決めてないよ。てきとう」
「そっか......」
俺はシートベルトを伸ばして紅に向き直る。
まじまじと、友人の顔を観察した。

少し、痩せたなってのが俺の最初の印象。
顎が尖ってシャープになってる。
ハンドルを握る、元々細めの紅の指が、いつも以上に細く見えるのは顎がこけたせいだからか。

「ここら辺で車停めて話しよっか」
紅はしばらくすると、車を道路脇の適当な場所に縦列に駐車してエンジンを切った。


「今日はあんま月が見えねえな」
俺は窓から夜空を眺める。
この時間帯は、明るくて星すらまともに見えない。
「東京だよ。星空を期待する方が間違ってるよ」
「そうだけどよ、うちの田舎はすっげーキレイだからさ......」
近々ばあちゃんに会いに行かなきゃなあ...とか外を眺め考えに耽りながら、横の紅の熱い視線を肌で感じていた。

「俺さ、何で足駄目にしたか話したっけ?」
やがて紅が囁くような声音で話しかける。
「怪我っつってたろ。違うのか?」
「そうだよ。でも、自分でやったんだ」
「は?」
俺は視線を夜空から紅に引き戻す。
紅と俺はしばし無言で見詰め合う。
紅はゆっくりと頷いた。
「いわゆる、自傷行為の1つ。俺、8歳の時母親が死んで、兄貴と兄貴の母親......つまり正妻さんの住んでる本家に引き取られたんだ」
俺は黙って次の言葉を待つ。
「兄貴ってさ、こう、カリスマって言うか、人を引き付ける魅力が有るでしょう?」
魅力......つか、えばり散らしてるっつーイメージだけどとか思っていると、紅が言葉を紡ぐ。
「で、やっぱ門田家の注目は全部兄貴に行くわけ。兄貴、陸上選手で国体や日本代表にもなった事有るし。誤解しないでね。俺、翠に手出してるのは許せないけど、兄貴尊敬してるよ。でもさ、俺、8歳で突然本家に放り込まれて...兄貴も、兄貴の母親......ケリーさんも俺によくしてくれたけど、父親がさ...政治家だった癖にすっごく遊び人で、俺の事とかどうでも良くて......」
そこで紅ははあーっと深い溜息をつく。
「今思うと、寂しかっただけなのかなーとも思うけど、そん時は真面目に人生つまんないとか考えてて、学校もあんまり行ってなくて半分引きこもり状態で、リストカットとか自殺サークルチャットとか、そういうのしょっちゅうやってたんだ」
紅はそう言って左手首にはめている高そうなオ〇ガの腕時計を外して俺に見せる。
思わず、息を呑んだ。
紅の手首には薄くなってはいるものの、茶色の線が幾つもついていた。

そう言えば、紅が腕時計を外している所を見たことが無かった。

水泳やトレーニングの時は、サポーターを巻いたり防水用の時計をはめたり、手袋をしていた。

「この足はね、実家の3階の窓から飛び降りたの。半分死のうと思って。でも半分は、皆の......父親の注目が欲しかっただけ。結局病院で『ミュンヒハウゼン症候群』って病名言い渡されたよ」
「ミュンヒハウゼン?」
俺は眉根を寄せて首を傾げる。
「そう。それから定期的に、カウンセリング行ってる」
紅はそう言うと、天使みたいな愛らしい笑顔を俺に向けた。
そのスマイルが、何故か痛々しく見えるのは今の話を聞いたせいだからか。
「紅も...色々大変だったんだな」
俺は言葉を選びながら声を絞り出す。

紅が車の窓をウィーっと開けた。
少し冷たい夜風が車内に入り込み、今時の何とかパーマで長めに整えられている紅の薄茶色の髪を掠めて通り過ぎた。
サラサラしていて、よくベッドの上で女のしてやるみたいに、指で梳いてみたい。
紅の髪を眺めていると、紅の視線とぶつかった。
俺みたいな無機質な灰色の瞳と違い、紅の明るいヘイゼルに近い瞳に自分が映って見える。

何故だか、視線が離せない。

「翠、俺とも『契約』しない?」
紅が静かに口を開いた。
「へ?」
俺は囁くように小さく出たその言葉が聞き取れなくて、つい聞き返す。
紅は手を伸ばして俺のそれにそっと重ねた。
重ねられた手に力がこもる。
そして、紅のキレイな顔が彼の胸中を代弁するかのように暗く翳った。
「俺......翠を兄貴に渡す気なんて更々無いよ」
「......紅」
「翠の一週間のうち1日を兄貴に費やすって言うのなら、後の日ぜーんぶ俺に頂戴よ。ていうか、貰うから」
「後の全てって......6日だぞ?」
「前に競泳出来なくなっちゃったから、奨学金打ち切られるかもとか言ってたでしょ?俺、翠と一緒に居たい。翠を見ていたい。翠を他の誰とも分かち合いたくないよ。だから......」
紅のヘイゼルの瞳が一瞬濃く輝く。
「俺と一緒に住んでみない?」

俺は目を見開く。
棚から牡丹餅、ってこういう状況の事を言うんだなと初めて思った。
「や、でも......そんな無理だし」
「何が?」
紅が詰め寄る。
握られてる手が熱く感じる。
「つか、学費は俺の問題だし、育〇会とかから借りる事も出来る。紅のオファーは嬉しいけど、悪いけど断るよ」
俺が目を上げると、紅は悲しそうに顔を背けた。

う......。
こういうの、マジ苦手。
「契約、つー事はその代わりがあるんだろ?」
紅は横目でサッと俺を見てまた目を反らす。
「いつもみたいに、俺抱いてくれればいい。毎日とは言わないよ。でも、出来れば今付き合ってる女の子とも縁を切って欲しい......翠がどうしても女の体が欲しくなった、我慢できないって言うのなら、考えるけど」
紅が俺の手を引いて口元に持っていく。
手の甲に、そっと柔らかい唇をつける。
「ずっと......この数日間ずっと考えてた。初めて兄貴に殺意抱いたよ。トレーニングやめたいって言ったのも、兄貴の『契約』で働いてる翠は嫌だったから。人生で初めてだよ......こんな嫉妬したの」
ちろっと舌が這う。
「紅。お前マジで俺の事好きなのな......わりい。俺、紅の話聞くまで紅の事何にも知らなかったって気付かされた」
「当たり前だよっ。前も言ったでしょ?鈍いにも程があるよっ。やっぱ翠、俺じゃ駄目?男は駄目?兄貴ならいいのに?」

俺は紅の告白に少しだけ衝撃を受けていた。
他の男に比べれば、紅は女っぽいし抱いてても別に不快感は抱かない。いや、むしろ紅をの中性的な肢体には興奮すら覚える時もある。

「はっきり言わせて貰うと、俺、鷹男すっげー苦手だし、アレも全然良くねえよ。もう慣れはじめたけど毎回戦ってるみてーで、すんげー体力消耗すっけど。でも、おかしな事に、お前や鷹男でも体は『女』の反応示すんだ。男が欲しくなる。可笑しいだろ?」
『アレも良くねえ』、と『体力消耗』ってところで紅は不快そうに眉根を寄せる。が、俺の手を開放してくれた。

「俺、誰にも言わないって決めてたけど、翠にだけ言うよ。高校の頃、一回だけ男に襲われた事があるんだ」
「男に?!前に無いって言ってなかったか?」
俺は思わず体を起こす。
「前の『ゲイか?』みたいな質問には否定したでしょ?それに、『男に抱かれたか』って質問には故意に答えなかった。俺、たまに嘘ついたりするけど、これはほんとだよ。高校の先輩に放課後のコンピューター室に呼ばれて、襲われた。その先輩、足悪い俺に入学したときから親切で、女子にも人気で、全然そんな風に俺を見てるとは思ってなかった。襲われた時、服脱がされて、組み敷かれて、あそこ舐められて......。俺、異性愛者だし、そいつにそういう事やられてた時、ぼんやりと思ってたんだよね。あー、体って意思に反して反応示すんだって......。あそこは気持ち良かったよ。後日ハンムラビ法典ばりに仕返ししてやったけど」
「ハ、ハンムラビ法典ばり?」
「匿名でその先輩のメールに『ホモだってばらしますよ、門田紅を襲いましたね。証拠はあるから法的な処置を取りますよ』みたいな脅迫メール送り続けた。結局退学してったけど」
こ、こええ。つか、陰険というか...。

ふと、米神に息がかかる。
紅が今度は唇をそこに押し当てた。
「翠、好き。愛してる」
「はああ???な、何言ってんだお前は!て、照れる台詞言うなっ」
「酷いなあ。そんなリアクションしなくたっていいじゃん。一世一代の愛の告白なのにさ」
「まままマジで言ってんのか?」
「さっきから言ってるけど、マジ以外で言うはずないでしょ!」
色白の紅の肌がみるみる赤く染まっていく。
どうやら、本気らしい。
「一緒に住もうってのも本気。翠が悪いと思うなら家賃も取る。1万とか2万円とかさ。翠と兄貴の契約終わるまで俺耐えられるか分かんないけど、でも俺だって必要なら『男』として翠抱けるよ。いや、むしろ抱きたい。兄貴以上に翠に喜びあげられるし、それに何より、翠に捨てられたら俺本気で死ぬかも」
俺は金縛りにかかったみたいに硬直する。
俺達の間に変な緊張感が走る。
つーか俺、どうリアクションしたらいいのか......。
自傷行為とかしてた紅の事だし、半分以上本音入ってるみたいな口調だった。
死なれたら、困る。
「嘘だよっ」
紅は突然顔を和ませて可愛らしく微笑む。
よっこらしょ、と言って座席を調節する。
「でも家の事と、翠への愛の告白は本気。考えておいてくれる?」

紅はそう言うと、話は終わりとばかりに鍵を差込み再び車のエンジンをかけた。

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