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There 4 me    06.05.2007
 雨、という天気は嫌いではなかった。

だけど、傘って存在は煩わしいと思う。
濡れるのは嫌いじゃないし、雨を肌に感じると、俺の中で溜まった不満とか、苛立ちとかを洗い流してくれる気がする。

大学の事務局から出てきた俺は、大きく溜息をついた。

そろそろかな、とは思っていた。

肩を故障して、水泳が出来なくなってから約1年。
再起は絶望的、と医者に宣告された。
いや、水泳が出来ない事は無い。
ただ、前のように国体に出れるレベルの運動量は不可能、という事だそうだ。

事務局長から呼び出された俺は、特待扱いと運動選手として支払われていた奨学金支給の停止を言い渡された。

今学期が終わったら寮からは出なくちゃならないけれど、大学には通う事が出来る。
奨学金も、一般生徒と同じ条件で支払われると言う。
家庭環境があれだから、全額支給の奨学金も申請すれば得られるのでは?と言われた。

もちろん、田舎のじいちゃんばあちゃんには言うつもりは無い。
母親が…自分らの娘が作った借金で大変な思いしてんのに、これ以上心配をかけたくなかった。

7ヶ月前500万円を送金した時、あまりの額にばあちゃんは電話口で絶句していた。
「モデルの仕事が入ったんだ」
と嘘をついた。
「ありがたいねえ」
と言って涙していた。
あれ以来、酷かった借金取りからの嫌がらせが無くなったらしい。
ただ、残りの催促の電話はまだ来るらしいけど。


「あーあ。禿げ上がっちまうよ」
最近は苦労ばっかりだ。

俺は目についたコンビニの前においてある職探し用の無料雑誌を手に取る。
女との情事に費やしてる時間も、さくらさんの所のボランティアも辞めざる終えないな。
割の良い仕事を探そう。

「さくらさん……か」
俺は面を上げて雨を顔で受け止める。

門田鷹男と6ヶ月前交わした約束を思い出す。
彼女は異性愛者だし、男がいるらしいとも聞いていたし、別に彼女とどうこうしたい、という願望は……無いわけではなかった。
ぶっちゃけ触れたいな、くらいは思っていた。

さくらさんを想像しながら、他の女を抱いた事も有る。

でも、思ったほど辛くは無かった。
あの、ブライアン武藤を見て苛立ちはしたけれど、諦めの境地に入っていたからか我を忘れる程のショックは無かった。



「徒歩で来たのか」
言われた通りホテルのスイートルームに姿を現した俺に、ドアを開けた門田鷹男は驚いていた。
ポタポタと水浸しの俺を部屋の中に入れると、鷹男はバスタオルとバスローブを投げてよこした。
わけのわからない数字が羅列してある大量の書類がテーブルの上に広がっている。
株、か?
「シャワーを浴びるか?」
俺を招き入れた鷹男は再びソファに腰掛けその書類に目を通しながら、そう俺に聞いた。
「いや。俺……」
「ああ、そうだった。そろそろ月のものが来る頃だな」
なっ。
俺の顔が赤くなる。

生理を経験する度に、自分は女だと思い知らされる。
いや、俺は別に男になりたいと思っているわけではない。
ないけど、それでもこんな腹が痛くなるだけの不便な現象は要らなかった。
出来る事なら欲しい奴に「のし」つけてくれてやりたい。

「人の生理日数えてんじゃねえよ」
「関係を持つ相手の体調を、常に知っておくべきだと思うが?」
「俺はお前の体調なんて別に気にしてねえし」
門田鷹男は書類に目を落としながらフンっと鼻で笑った。

いつもはかっちりと着こなしているスーツも、私的な時間だからか、ジャケットは着ておらずネクタイを取り外し、シャツの前を少しだけ開けている。
6ヶ月も既に続いているこの行為の時も、私服の鷹男を見たのは本当に1度か2度しかない。
「用が無いなら帰るぞ」
『用』が鷹男との情事を指しているのは、言うまでも無い。
「誰が帰っていいと言った」
鷹男はゆっくりと顔を上げた。
「今日はお前に訊ねたい事があってな」

俺は鷹男が目の前に居るのも構わずに、ビショビショになっている衣類を脱いだ。
タオルで拭いてバスローブを羽織る。
「んで?」
俺はソファの隣のチェアに腰掛けた。
「紅が、お前にご執心らしい。そして、俺とお前との情事について追求してきた」
「えっ?」
俺は目を丸くする。

紅には話していない筈だ。
いや、鷹男との『契約』は俺と鷹男と立ち会った弁護士しか知らないはずだ。

「お前の借金と俺達の『契約』について、紅に話をした。紅は、お前のトレーニングを辞めたい、と申し出た」
鷹男は目を細める。
何を考えているのか全く読めない。
「そ……っか。じゃあ、しょーがねえよな」

紅、怒ってるんだろうな。
好き嫌いの激しい紅の事だ。
多分、もう嫌われただろう。
どおりでここ数日間、紅から連絡が来ないわけだ。

女のみならず、自分の兄貴とまで関係を持つ淫乱女。
俺は鷹男のブーティー・コール。
呼ばれればケツを差し出さざるおえない。
俺は溜息をつく。
大嫌いな母親と同類だ。

「俺は弟の恋路をとやかく言うつもりは無い。だが、お前が紅を哀れに思って褥の相手をしてやっているのなら、止めて貰いたい」
その言葉に、俺はキッと鷹男を睨む。
「紅が、俺達の関係について話をしたのか?」
「自分からお前を取るな、と言って来た」
鷹男はそこで一息ついて、立ち上がる。
ミニバーに取り付けてある大型の冷蔵庫から冷えた白ワインを掴むと、棚からグラスを取り出して注いだ。

「お前は、紅をどう思っている?」
鷹男はワインを燻らせながら、カウンターにもたれる。

俺は、唇を噛んだ。
「俺は……良い……ダチだと思ってる…」
歯の間から声を漏らす。
「お前は『ダチ』と呼んでいる奴とも寝れるのか?それは友情と言えるのか?」
小首を傾げながら、鷹男は嫌味っぽく訊ねる。

俺は腕を組んだ。
開き直った声が出る。
「寝れるよっ。金が絡めば、お前みたいな男とも寝る」
鷹男は「ほう」と眉根を上げる。
「いい根性だな。では、弟には悪いが、俺達の『契約』は続けさせてもらう」
鷹男はワイングラスを一度口に持っていくと、
「ここに来い」
と俺に命令を下す。
俺は立ち上がり、不機嫌そうな顔で門田鷹男の立っているバーカウンターまで歩み寄る。

あと1歩と言う所まで来ると、鷹男は力ずくで俺を引き寄せた。
強靭な肉体に包まれる。

「!!」
俺が怯んだ隙をついて、湿った熱いものが俺の口に重なった。


甘くて苦い、アルコールの味。




門田鷹男に、唇を塞がれていた。




「っつ」
ガリッ、と歯を立てると、俺は奴の腕の中で暴れた。


そこで止めると思っていたのに、鷹男は更に俺を強く抱き込め、赤くて温いものが流れ始めた唇で再度俺の唇を覆う。


「......んっ......つっ...」
今度は血の、味がする。

舌を絡ませてくる。

噛み千切ってやろうかと思ったけど、俺の理性がそれを止めた。
これで残りの500万がパーになって欲しくない。


でも、唇を犯されているという事実は、俺の怒りの炎に油を注いだ。




最後に真剣に付き合った女以来、キスはしていなかった。
それも、高校3年で卒業して以来の話だ。

キスのやり方を、忘れていた。




そんな事実にも腹が立った。




俺は夢中で鷹男の鉄の味に、絡みつく舌に応えるしかない。


目を開けて、鷹男を見た。
と、鷹男も目を開ける。

散々俺の唇を貪ると、奴は俺をパッと開放した。

俺を冷たい顔で睨みつける。
「キスをしている時位、目を瞑れないのか。ムードもクソも無い」
血がタラリと滴り落ちる唇を白いシャツの袖で拭う。

真っ白なシャツが赤く染まっていく。


はあはあと息を整えながら、俺も奴を睨んだ。
長い間息を止めていた気がした。
くそっ、何で俺の心臓鳴ってんだっ。

「て、てめえが不意打ちするからだろっ」
俺もバスローブの袖で口を拭う。
赤茶色の染みがつく。

鷹男は俺を冷たく睨むと体を離し、そのままバスルームへ行ってしまった。

「クソ!!!!!」
と叫ぶと、俺はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
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