しーーーーーーーーん。
それ以後一切話しかけてこない。
健人なのに。
“待って”
ぽつーーーーんと取り残されるあたし。
(重要度)
「どうしちゃったんですか、腕組んで怖い顔して…」
「悦子ちゃん。いらっしゃい」
こんな姿でごめんよ。
と心の中で付け加えておく。
俯き加減の健人が、悦子ちゃんの後から病室に入ってくる。
ああ。
やっぱこの二人、絵になる。
すらっと絵に描いたような美人の悦子ちゃんに、これまた背の高くて(根暗なのに)目立つ健人。
「大丈夫ですか?痛いんですか?縫った所?」
「ちょっとね。でも、大丈夫だよ。来てくれてありがと~」
悦子ちゃんが持ってきてくれた菓子折りを受け取って、あたしも笑顔で返す。
“健人君から連絡あって、すっごくびっくりしちゃいました。だって、宇田川さんとデートするのは知ってたけど、まさかこんな騒動に巻き込まれちゃってたなんて…”
“うん。あたしより、宇田川達の方が大変だと思うけど”
“そうですか。じゃあ、お元気そうだし顔見れたし長居は何ですので、私はこれで…”
え?
もう行っちゃうの?
ってか、何のために来た……のかな?
“じゃ、朝倉君、行きましょうか?”
と、クルってポリポリと首の後ろ掻いてるあたしに背を向けて、悦子ちゃんは健人に向き直る。
さっと、健人の腕に手を絡ませた。
ちく。
あ……。
なんか、刺さった。
胸に、ささった。
悦子ちゃんが当然のように健人に触れてるのが、気になる。
なんか、嫌だ。
でも、一生懸命笑顔を作った。
あー、顔引きつってませんように。
「来てくれて、ありがとね~」
「お姉さんも、また~」
が。
健人は悦子ちゃんの手を振り払う。
「え?」
“ちょっと愛理と話があるから、先行って待ってて”
“え?でも朝倉君……それなら、私もここで待って……”
“内輪の話だから、居られても困る。先にレストラン行っててくれる?”
にべもなく断る健人に、悦子ちゃんは一瞬悲しそうな表情を浮かべ、笑顔になり
“分かった。じゃあ、待ってるね”
と返して病室を出て行った。
悦子ちゃんがいなくなると、健人はあたしに向き直った。
“ひどい、悦子ちゃん悲しそうな顔してたよ。あたしあんたを女泣かせな男に育てた覚えないんですけど。弟ながら、情けない!”
健人がじっとあたしを見ながら返す。
“あれ、演技だよ。愛理あいつが俺目的なの、知ってるよね?愛理の見舞いも、俺目的だって気づいてる?”
“そりゃあ……女だったら、態度見てれば一目瞭然だよ。でも、お見舞いに来てくれたし”
ぶっちゃけ恋のキューピッドになって下さい的な事もいわれちゃったし。
健人が大きく溜息をついた。
“愛理は、やっぱり馬鹿だ。あいつだよ、新聞社に垂れ込んだの?分からないの?”
苛つきが表情で読み取れる。
って、はあ?
“何言ってんの?健人こそ、わけ分かんない”
呆れてるあたしを見て、健人も呆れたように首を振る。
“悪いけど、愛理の携帯借りたよ”
悪びれも無くしれっとした態度で健人はジャケットのポケットからあたしの携帯を取り出し、寝ているあたしの体の上に放る。
「あああああああああああ!!!!またあんた人のもん勝手に!!!!!」
てか、携帯の存在すら忘れてたし。
そういえば、あの日持ってたバックはいずこへ??
いや、それ以前に、宇田川とのメールのやりとりも着信履歴から全て……。
携帯から視線を移動させて、頭を上げる。
ばっちし、健人と目が合っちゃう。
“見たよ。全部。ついでに電話会社のデータハッキングして、悦子の通話履歴も調べた”
「それ、犯罪行為でしょ!!!」
なーーーんて常識こいつには通じないんだった。
“それが?”
なんかちこっと態度L(エル)で健人が話す。
“悦子に俺、ストーカーされてるって言ったら?”
「なっ……あんた酷いよそれ!!見損なったわ!」
“……事実だよ。高校の時、たまたま駅で愛理に手話してるのを見られて、話しかけられた時からずっと。通学の時は俺といつも同じ時間にだったし、俺と同じ大学入って、同じサークル入って、最近は俺の取るクラスいつも取ってるし、俺の宿泊してるホテルに無言電話何度もかけてくるし、学校でも家でもしょっちゅう待ち伏せされてるし”
ストーカーされてるって言ってる割に、健人は平静だ。
“そういえば、あたしもBREEZEのビル前で一度待ち伏せされた……かも”
“俺、愛理の仕事とか仕事場教えた覚えないから”
健人会社の住所教えてなかったんだ?
あ。
ちょっと寒気が……。
ってか、ハッキングとかしてるあんたと同レベルなんじゃないの?
ぶっちゃけ結構良い勝負なんじゃ……。
いや、尋常じゃないって意味で。
“じゃあ、なんであんたは悦子ちゃんと(いちゃいちゃ)絡んでんの?”
“単なる、暇つぶし?悦子頭いいし、手話で通訳してくれるし、俺のコンピューターのデータ盗もうとしたりとか、結構手の込んだ事仕掛けて来てたし、相手のしがいがあった。でも、愛理を巻き込むなら、傷つけるなら、話は別”
と、健人の目がキラリと鋭く光った(ように見えた)。
こわっ。
“あんただって、今さっきまであたしの携帯取ってたし……”
ガラ。
と病室のドアが開く。
と同時にもわ~~~~~~っと眼に見えない煙(=香水のにほひ)が漂う。
「あ い り ちゃ~~~~~~ん vv たっだいま~~~あら、健人くーーーん」
「おお、健人も来てたのか!家族団らんかな?」
健人は両親の登場で、手話していた手を下ろす。
「あら?髪の毛垢抜けたじゃない?ママはそっちの方が好きだわ~~」
お母さんは健人を見つけるとコツコツハイヒール鳴らして駆け寄る。
腕を組んで上から下まで健人の容姿をチェックする。
「うん。わが息子ながらいい男ね。パパ、そう思わない?」
「なにせ、パパの子だからな~~~わっはっは」
あの~、一応、あたしもその遺伝子引き継いでますが。
もう一人の子供で明らかに劣勢遺伝子の持ち主。
怪我人で、且つこの物語の主人公は完璧無視されてます。
ま、いつもの事だけど。
自分の事を言われていると当然知ってるのに、健人は無愛想且つ不機嫌そうな顔で
“俺、人待たせてるから”
と冷たく告げる。
そしてお母さんを完璧しかとして父さんに向き直り、
“後で家に寄るから、その時に”
とサインで知らせると。
健人はあたしをちらりと一瞥して、出て行った。
「もう、また健人君不機嫌だったじゃない!愛理ちゃん達、姉弟喧嘩してたでしょう?」
「してない。ってか、お父さん、ゴミ箱の中に入ってるのちょっと取ってくれる?」
お父さんがよっこいしょ、と呟きながらゴミ箱の中を漁る。
「これかな?」
びりびりに破けた(らしい)宇田川の手紙ではなくて、ペンダントを拾い上げる。
「そう。それ」
と、お父さんからペンダントを素早くお母さんが奪い取る。
「あっ!」
って、この人も早業繰り出してるし。
やっぱ健人とお母さんは、親子だ。
「何コレ?愛理ちゃん彼氏が出来たの?さっきの男の子?」
「違います。お母さん!もういいでしょ!!!」
と抗議してるあたしを無視して、お母さんはロケットペンダントの中身を確認する。
「あら、なかなか男前な子じゃない」
とちょっと目を輝かせながら、小さく呟く。
「まままままさか、愛理の想い人……」
「ちがーーーーーーーーーーーーーーーーうっ。ってか、勝手に見ないで!もう!!と、と、友達だよっ!!!」
あたしが大否定してるのを無視して、お母さんが真剣な顔で諭す。
「いい?男は皆ケダモノよ?愛理ちゃん男の人見る目ないから、お母さん心配よ~~~。前に愛理ちゃんが二股かけられてた時も......」
「お母さん、暴力反たーーーーーーーい!」
「愛理ちゃんの大学時代の彼氏の事よ!お母さん、健人君とお買い物行ってる時ばっちり目撃しちゃったんだから!!」
目撃?
「愛理ちゃん一回写真見せてくれたでしょ?だからお母さんも健人君も顔はばっちし覚えてたし、間違いないわよ。それで、後つけたら女の子とラブホに入ってっちゃうし」
ラブホ?
そこまで後つけてくお母さんもお母さんだけど。
でも……。
「先輩、が?」
「知らなかったの、愛理ちゃんだけなのよ。それで健人君が調べたら、出てくる出てくる怒涛の真実!別れて正解ね」
ポロ……。
と、ホッペタに暖かい雫が流れ落ちたのを感じた。
お父さんが慌ててハンカチを取り出す。
いつもバーコードの頭の汗や汁(!?)を拭き取ってる愛用のハンカチで、あたしの涙をゴシゴシと拭き取る。
「結婚は、ぱぱぱぱパパが、コネを使っていい所のお坊ちゃんとお見合い用意するから、先の事は全然心配しなくても大丈夫だよ、愛理」
「そうよ。大学時代の話じゃない。ねえ?男は皆チ〇カスよ。ケダモノよ!」
(SM)プレイ以外で泣きが入ると、お母さんはいつも戸惑う。
ちょっとだけ、おろおろしてる。
でも。
違う。
先輩が浮気してたって事実で涙が出てるんじゃない。
先輩から振られたあの夜の、あの夢の残像が脳裏に蘇る。
健人の口の動きが、スローモーションみたいに読み取れた。
ごめんね、健人。
部屋の中で佇んでいた健人は。
「あいつ、二股かけてたんだよ……」
と、声にならない声で、小さく呟いていた。