スポンサーサイト    --.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ふと、人の気配がした。
ゆっくりと、振り返る。
                             
「わっ、わりぃー。邪魔するつもりはなかったんだけどよ」
病室の扉が半開きなり、眼帯をつけ、唇を切らし、明らかにカツラだとわかる黄褐色のストレートヘアーにツバの広い帽子を被った背の高い女が目に入った。
よく見ると、頬にも青あざが出来ている。
突然振り向いた俺に焦ったらしい女は、明らかに動揺していた。
「あーえー、そのー。お取り込み中わりぃんだけど……見舞い持って来たんでー。……ってか、あんた誰?朝倉さんの彼氏?」
入室を許可してもいないのに、カツラの女は遠慮なく中に入る。
手に大きな花束を持って。
                               
俺は渋々愛理から身を離した。
女に振り向き、耳が聞こえない、と手振りで示す。
本当は、口の動きですべてが理解できたけど。
「彼氏…だよな。だって、あんたキスしてたしハグしてたしよ。えー、先に言っとくわ。俺のせいで朝倉さん巻き込んで、わりい。とりあえずコレ、渡しとくわ」
頭を掻きながら、女はさっきよりも心なしゆっくりと喋る。
俺は花束を受け取りながら、じっと女を見つめた。女も俺を観察していた。
「あんた、女みてーな顔してんな。あ、俺、佐々木翠」
俺は後ろポケットから携帯している紙とペンを取り出す。
“知ってる”
ついでに、今朝駅の売店で手に入れた日刊紙の記事を見せる。
「なら、話はえーわ。これ、デマだから信じんなよ」
俺の見せた新聞を一瞥すると、不機嫌そうな顔で佐々木翠は応えた。
                          
昨日愛理が宇田川光洋と会っていたのは、知っていた。
なのに、病院についても奴の姿が確認できない。
“事情が知りたい”
書いた紙を、女に見せた。
「えー、俺、昨日朝倉さんと宇田川って奴と、朝倉さんの上司の門田って奴と映画行ったんだけど…。あのー、俺モデルとかやってて、名前と顔知られてっから、えー、その、マスコミに狙われちまって、カメラマンとひと悶着あって……」
                                           
成る程。
それで納得がいった。
“宇田川光洋は?”
そう書いて、佐々木翠という女に見せる。
「事務所に、拘留されて隠されてるらしいぜ。あいつんトコの事務所、女関係とかすんげー厳しいらしいから」 
拘留?
俺はふっと鼻で笑った。
愛理がこんなになっているのに、いいご身分だ。                         
あいつのせいで、愛理と会話が出来なくなった。
                                         
アイツガ オレノ アイリヲ……
 
「つまりだな。えー、俺と宇田川が一緒にいるトコ撮られちまって、カメラマン捕まえよーとして、ひと悶着起きちまったって事。これって立派な傷害罪だろ?けど、俺らのせいで、騒ぎ大きくできねえし、何にも出来ねえから…だから俺…朝倉さん巻き込んじまって、無責任な行動取っちまって、ほんとっ。悪かったっっ」
言いながら女は俺に深々と頭を下げる。
そんな女を無視して、俺は愛理に向き直った。
愛理をカフェで目撃した日から、俺は宇田川光洋という男について徹底的に調べ上げていた。
愛理がやつに近づくようなら、さっさと始末をつけようと策を練っていた矢先だった。
                                            
「よお」
佐々木翠が、俺の肩を掴む。
「まさか、張られてるとか知らなくってよ。俺、普段全然素のままでも狙われねーし。つか、デジカメとか携帯とかじゃなくって、俺らがまるで会うの知ってたみてーにあの野郎すんげーでけー本格的なカメラ持ってたし、二人がかりで張ってたし。あ、ちょっとタンマ」
鳴っていたのか、女は穿いているジーパンの後ろポケットから携帯を取り出す。
「あーもううぜえ。電話シカトしてたら、今度はメール攻撃かよ。事務所が俺探してっから、帰らねーと。なんか事務所前マスコミ関係者で囲まれてるらしー。つか、俺んちもすげーんだろーな」
手のひらの携帯を眺め忌々しげに独り言を呟きながら、真っ直ぐ俺と対峙した。
「ま、兎に角、謝っとく。あのさ、あんた耳聞こえねーての置いといても、愛想ねーな。名前は?」
俺が理解していないとでも思ったのか、はたまた名乗るのを拒否しているとでも感じ取ったのか、答えないで沈黙していると佐々木翠は「言いたくねーなら別にどーでもいいや」と頭をかきながら呟く。
その仕草を観察していると、向き直りざま真っ直ぐと射るようなグレーの瞳とぶつかった。
「あんた、なんか危険なニオイするわ。なんか、同類のニオイ」
しばし対峙したまま、視線が交差したまま時が止まったように目を逸らすことが出来なかった。
なんだろう、これは?
忌々しさを出さないよう、そっと口角を引き上げる。
と、佐々木翠は青あざだらけの顔で、ニヤリと微笑んだ。
「あんたが何者であれ、朝倉さんに迷惑かけたケリは、マジつけるつもりだから。ほんじゃ」
最後にそう告げると、嵐のようにやってきた背の高いモデルの女はさっと踵を返し病室から出て行った。
                                  
                                    
暫く愛理の安らかな寝顔を見つめていた俺は、気にかかる事があり、病院から預かった愛理の鞄を探る。
手帳、化粧ポーチ、生理用品用のポーチ、財布、そして……。
迷い無く、白いファーとビーズのストラップがついた携帯を、取り出した。
                                         
                                               
                                          
                                      
 「あ、愛理ちゃぁぁぁーん。目が覚めたのね」
「うわあっ!!げほげほっ」
超いきなりドアップで、皺一つ無いサイボーグみたいな顔が視界いっぱいに広がった。
ついでにムンムンの香水を肺いっぱい吸い込んじゃって、むせる。
「いたっ」
ズキって頭が痛んだ。
「駄目よー。安静にしてなきゃっ」
「してられないよっ。って、あれ?ココ、どこ?」
あたしは辺りを見回した。
自分の家ではないし、腕から続くチューブは…これは噂の、点滴?
「病院よ。愛理ちゃん、3日間ずっと寝っぱなしだったの」
声音は心配そうなのに、顔中のボーットクス注射とコラーゲン注射で麻痺してるあたしの実の母親(○歳、元ミス日本代表)は、表情一つ変えずに教えてくれた。
あ。
そう言えば…。
「あれ?宇田川は?翠さんは?って……あれ?あたし???」
半身起こして頭の異変に気づく。
慌てて手で触って確かめてみた。
包帯でグルグル巻きになってる。
ついでに周りを見渡してみた。
お花がいっぱい……って『お見舞い』って書いてある。
「3針縫ったそうよー。健人君から連絡入って、ママとパパ驚いて急いで帰国しちゃったわよ~」
「おおっ、愛理が起きたか~~~~~~っっっ」
ガラッ、と病室のドアが開いて、3頭身のおっさん…じゃなくって、お父さんが泣きながら入ってきた。手にはサランラップで包んであるお馴染みの物。
あたしの大好きな、お父さん手作りの焼き菓子。
「もう、見てよー。パパアメリカからずーっと泣きっぱなしで大変だったんだから。愛理ちゃん図太いし生命力強そうだから大丈夫って言っても、クッキー作ってる時も、涙ぼろっぼろよ。どうにかしてちょーだいっ」
「や、どーにかって…えーと、お父さん、あたしこの通り大丈夫だから…」
って、なんで怪我人のあたしが冷静に宥めてるの
お父さんは超モンゴロイドの一重が泣きすぎで朝〇龍ばりに重たくなってる。
「えっと……健人、は?」
えんえんと涙流してるお父さんと、病院とは不釣合いな全身ブランドとむせる様な匂いで身を固めてる(バブル全盛期から時が止まったような)超冷静なお母さんを見て、あたしはもう一人欠けてる人物について尋ねる。
 
ずっと、健人の夢を見てた。
 
やけに、リアルだった。
     
高校生の頃の、健人。
 
「健人君?昨日今日と来てたみたいだけど…今はどこかしらね?」
鏡を取り出して口紅をつやっつやに塗りなおしてるお母さんが、適当に返事する。
ああ、昨日今日と来てくれてたんだ…。
嬉しさと、今居なくて良かったという妙な安心感に包まれる。
「今日、来てたんだ…」
「そうよ。いつも冷静で腹黒くて何考えてんだかわかんないのに、姉思いというかなんというか。ここ2日間というものお見舞いに来て、お花の手入れして、それから学校なり仕事なり行ってるわよ」
「そっか…」
怒ってるかな~、やっぱ。
健人に会うのが、なんか、怖い。
                  
ぶっちゃけ、何かが変わったような気が、する。
         
なのに、会いたいて思うのは何でだろう。
                            
「そうよー。ああ、あと、このお花はね、“佐々木”って名前でいっぱい届けられてるようだよ。愛理もとうとう、彼氏が出来たのかな~~~~?」
「パパ、また目が潤んでるわよっ。愛理ちゃん、誰?ママにこっそり教えなさいよっ」
「……ヤダ。言ったら隣近所親戚一同皆に知れ渡るから。それに、彼氏じゃないよ。女友達!」
がっくりと肩を落とすお父さんに、チェッと口を尖らせるお母さん。
「つまんないわね~。相変わらず枯れ木みたいな生活送ってるのねー。ママ悲しいわ。ママが20代の時は、もう、モテすぎてモテすぎて大変だったのよ~」
……プチ自慢かよ。
「あたしは、仕事に忙しいの!…あ」
と。
コンコン、って病室のドアをノックする音がした。
「すみません」
白いニット帽を目深に被って大きめなグラサンかけた背の高い男の人がひょこって顔を覗かせた。
服装は、なかなかお洒落だ。
「あら。お客様みたいね。どなたかしら?」
「……知らない。て、あ、中にどうぞ」
「ちわっす」
って低い声で一言呟いて、見知らぬお客様はあたしの病室に入った。
「あのー。朝倉愛理さん?」
「はい。えっと……?」
「黒鳥です。…初めまして」
背の高い男の人は名乗ると、あたしの寝てるベッドの横に突っ立ったままじーっとつま先から頭のてっぺんまであたしを観察してる。
「は、初めまして」
あたしも一応小さく一礼する。
しーーーーーーーーーーーん。
いかにも怪しい帽子姿の男の人は決まり悪そうに、お父さんとお母さんに向き直る。
「あの、すみません。愛理さんとお二人でお話がしたいんですけど、5分だけいいですか?」
「えーーーっっ!愛理ちゃん目が覚めたばっかりなのにぃ~。あたしだって今ちょっとお話しただけなのにぃぃっ。ずるい!」
「コラっ、かかかか彼氏かもしれないだろう。ねえ、ママ?愛理、パパとママ、近くのコンビニでおにぎりでも買ってこようかね」
「彼氏じゃないってば!お父さんやめてよ!!」
「そうよっ。彼氏だったらどちら様とか初めましてなんて愛理ちゃん言わないわよ~~~っ。ぷんぷんっ」
「まあともかく、だ。(恋愛関係に発達するかもしれないし)若いもんは、若いもん同士…ね?」
ごねるお母さん(〇歳、S女)は、困り顔のお父さん(会社員重役、M男)に引きずられて病室を出ていった。
 
 
両親が出て行ったのを確認すると、黒鳥って男の人は帽子を脱ぎ去った。
      
うわお。
         
その一言?
目の前の麗人(って言葉が似合ってる)は、顎に手を添え「ふうん」と呟きながらベッドのあたしを見下ろした。
金色に近い髪の毛に超、小顔。
あたしとは正反対の所にいる、健人とか、翠さんとかの世界の部類。住人。(←見慣れてるからやけに冷静)
「へーえ」
「な、なんですか?」
黒鳥さんは、顔ドアップであたしをジロジロ観察しながらひとりで頷いてる。
あ。
でも、この人知ってる。
この人なら、知ってる。
確か……。
「やっぱウダ、ブス専だわ」
「宇田川のいる(アイドル)グループの一番目立つナルシストだ!」
「え?」
「はあ?」
「し、失礼ですね!」
「ナルシストぉぉぉ?」
 
名前は、黒鳥ヒカル。
うわっ。よく見ると、眉毛整えてる。
眉山の角度とか、もうアーチ描いてて完璧なんですけど。
爪もキレイに手入れされてるし(あたしなんて2ヶ月放置中)、きめ細かいし(こっちは最近毛穴が開いて大変なのに)、そしてなにより背が高くて均整が取れてる。
つか、漢(ヲトコ)なのに美に隙が無い……。
「俺ぐらい美しく整ってたらあんたもそうなるっしょ?」
「整ってるって…眉毛も髪の毛も思いっきり加工してるじゃん(ボソッ)」
「はっ」
って、ナルシストさんは、超オーバーリアクションに首を振る。
「わかってねーな。素材を生かして少しだけ加工することにより、更に美しさ倍増、料理は、愛情!」
嗚呼、なんか真剣な顔して言ってるよ。
「わけ解らないんですけど(多分うちの読者さん世代も)…。あの、はるばるお越しいただいてアレなんですけど、えーと、宇田川…ですか?」
「そ。あいつのブス専超~~有名なんだけど、まあ、あんたは中の中の中の下かな。可愛くなれる要素満載なのに、惜しいねーっ」
褒められてるのか貶されてるのか、不明な言葉を(真面目な顔で)吐きながら、黒鳥ヒカルさんはポケットから封筒と小さな袋を取り出す。
あたしは黙って受け取った。
袋の中には、小さなハート型ロケットペンダント。
「…………。なんか、写真入ってますけど」
小さなダイヤで装飾されてるシルバーのハートを開けて、絶句する。
ウインクしてる、宇田川の写真。
いらねーーーーーーーーーーっ。
だけど、一応袋に戻してしまっておく。
そして白い封筒を手に取った。
大きく筆ペンで『遺言状』と書いてある。
悪趣味な。
「あいつ今事務所に匿われてるから、身動きとれないんだわ。ケータイも没収されてっし、隔離されてる。ハンニバルばりの扱い?ま、俺はさしずめクラリスってトコかな。あいつ、あんたの事、すげー心配してるな。マネージャーじゃなくて、俺にこーんなお使い頼むくらいだし。……それにしても、ふーん」
って、あたしを珍獣でも見るようにシゲシゲと観察する。
「マニアックな会話とお使い有難うございます。黒鳥さん有名でお忙しそうなのに、よくいらっしゃいましたね」
ブスブス言われてたのであたしもちこーっと嫌味を混ぜて言い返す。
「ま、得は積んどいた方が極楽浄土へ行けるからな。ウダが最近女が出来たって噂聞いたんで、確かめに来たってワケ」
「あの…事務所に拘留されてるって、宇田川は無事だったんですよね?」
「あれ?あんた聞いてないの?」
「え?」
黒鳥さんは持ってた茶色のトートみたいなバックから新聞を取り出す。
一面を手に持ち開いて、あたしに見せた。
               
『宇田川光洋・佐々木翠 熱愛発覚!~密会発覚に激怒。カメラマン暴行~』
                        
ええええええええええええええええええええええええええええええええええ?
                        
撮られてる。
思いっきり、撮られてる。
宇田川に怒って掴みかかってたハズの翠さんが、何故かキッス寸前みたいな構図に写ってる。
しかも隣にいたあたしが、すっぱりさっぱり消去されてるし。
門田さんなんて、顔半分しか写ってないし。
これが噂の、修正作業?
「ナニ、これ??!!」
「あんたに誰も何も言ってないのか。つか、これ2日前のニュース。ウダに問い詰めたら、相手はこのモデルじゃないって言うからさ。それにしても……。あいつも珍味好きっつか、眼科連れてった方がいいかもしれねえ」
「眼科は失礼じゃないですか?……それにしても」
「酷いだろ?そういうもんなんだよ、マスコミ…マスゴミは。俺たちは有名になった分、有名税っつーのをこうやって体で払ってるわけ。ネタ提供して。ま、美しいって罪だな」
いつの間にかお父さんが持ってきてくれた焼き菓子のクッキーを(勝手に)頬張っている黒鳥さんは、3個食べ終えた所で「よいしょ」と腰を上げた。
再度帽子を目深に被る。
「ブスだけど、あんた性格良さそうだし元気そうで良かったよ。ウダに伝えとく事とか、ある?」
突然そんな事を言われても、困る。
「いや、特には…心配しなくて大丈夫って、伝えて置いてください」
「いや、とくには、しんぱいしなくてだいじょうぶって、つたえておいてください、ね。オッケー」
「………。記憶力ないんですか?(不要な言葉まで入ってるし)」
「ウダにおたくさんの言葉一語洩らさず忘れずに伝えろって言われてっから」
真剣な顔で、何故か一語一句レシートか何かの裏に書き込むと、「またね~」と手を振って黒鳥さんは出て行った。
 
                   
           
はあ。
なんか疲れた。
再びベッドに横になると、あたしは宇田川の『遺言状』と書かれた封筒を開封した。
           
『愛理に会いたい。会いに行くから、待ってろ。浮気するべからず。』
 
そう大きく筆ペンで書かれた文字を見て、微笑む。
完結明瞭。 
宇田川らしいなと思った。
暫くその手紙を眺め、再度折りたたむ。
封筒の中に戻したところで、「ガラ」とドアが開いた。
      
「あ、お母さん戻って来た………」
そう言いながら顔を戸口に向けると。
           
              
             
驚いた顔をして突っ立っている健人がそこに居た。
       

             

 

サーバー・レンタルサーバー カウンター ブログ