「最高だぜ!クリスチャン!」
「んー、まあまあかな」
映画上映中ずっと黙り込んで不機嫌だった宇田川を除いたあたしたちは、劇場から出ながら3人3様の感想を述べた。
「つか、何であのアイドル先歩いてんの?」
翠さんが数歩先の宇田川を顎で示す。
「目立たないようにしてるんでしょ?」
門田さんは相変わらず眠そうに返事する。
「ああ、あれ、変装か?誰もアイドルって気づいてねーし、全然目立ってねーじゃん」
いや、目立ってるのは宇田川じゃなくって、あなた達なんですけど。
心の中で突っ込んでると、ポケットに手を突っ込んでうつむきながら歩いていた宇田川が突然立ち止まって振り返る。
「おう、愛理、次、どこ行く?週末空いてる不動産屋知ってっけど、あんたのアパート探しでもすっか?」
「アパート探し…?別に今……」
「てかさ、いつ会えんの?」
あたしの声を掻き消して翠さんが聞き返す。
ああ、そういえば。
ってか、本来の目的は…。
「そうだよ宇田川。クリスチャン〇ールにいつ会えんの?」
「あー」
首の後ろを掻きながら宇田川は目をそらす。
いや、逸らした目を泳がせてる。
「あーえーあー、会ったじゃねぇか。なあ?」
「会った?」
「おう。スクリーン上で」
スクリーン上?
「言っただろ?クリスチャンもバット〇ンになったり、ジョン〇コナーになったり世界平和に尽くしてて忙しーんだよ。先週日本にプロモで来日しててその時会ったんたんだけどよー」
え、それって…。
「1週間遅かったな。まあ、次回来日時って事で」
しーーーーーーーーーん。
ふ………。
「ざけんなああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
って、この怒声はあたしじゃないから!
何メガヘルツの怒声の主は、宇田川に掴みかかる。
「てめえ、何嘘ついてんだオラァ!!!!」
宇田川の胸倉に掴みかかった激切れの翠さんを見て首を振ったやけに冷静な門田さんは、次に隣のあたしを見つめながら肩を竦める。
「ああ、ワリー。ってか、声落とせ。あんたもギョーカイの人間なら、目立ちたくねーだろ?」
「翠、落ち着きなよ」
「そうだよ、翠さん落ち着いて……」
って、何であたしが宥めてるの?
「落ち着いてられっか、ボケ!!!金返せアイドル!!!!」
パシャ。
あれ?今何か聞こえた。
あたしは音がした方へ振り返る。
さっと柱の陰に、誰かが隠れた。
その音に気づいた宇田川が忌々しげにチッと舌打ちした。
「クソッ」
と同時に、翠さんを振り切って、柱のほうへ猛ダッシュする。
「宇田川!」
「逃げんな、アイドル!!」
「あっ!」
あたし、翠さん、門田さんが3人3様のリアクションしてる間に、宇田川は逃げ出したパパラッチらしきカメラマンのジャケットの襟首を掴んでた。
「愛理、オトコオンナ!!こいつのカメラ取り上げろ!」
「え?」
「ラジャ♪♪おい!!コソコソ隠し撮りしてんなゴキブリ野郎ぉ!!!撮るなら正々堂々とやりやがれーーーー!!」
ああ、なんか観点違うよ、翠さぁぁん。
正面に回った翠さんが繰り出したパンチを素早く避けたカメラマンは、蹴りで応戦する。
「こいつ、すげっ!かわしやがった。格闘経験者かよ」
何故か嬉しそうな翠さんが、半月蹴りを見舞わす。
ひえ~~~~~~~~!!!
あたしは拳で口元を覆いながら、辺りを見舞わす。
「あれ?モデルの佐々木翠じゃないの?」
「きゃぁぁぁぁぁ~~~~、宇田川君だ~~~~~!!!!」
「まじ?宇田川光洋?うおおおお!!!」
野次馬達は携帯で写真撮ったり、叫び声上げながら集まってきた。
あ、失神してる人もいる。
って、そうじゃな~~~い!
どうにかしなきゃ!
あたしは、横で呆れながら首振ってる門田さんの松葉杖を咄嗟に奪って、
「おりゃあ~~~~!!!」
と男に投げつける。
後ろから宇田川に羽交い絞めされながら正面の翠さんと戦ってる男は、ふいの松葉杖を避けきれず、「うおっ」と大事そうにかかえていたカメラを落とした。
「おいっ、愛理!それ拾え!拾ってぶっ壊せ!」
男を掴んでいる宇田川が、落ちたカメラをあたしの方へ向かって蹴る。
「お、おうっ」
それをあたしは素早く掴んだ。
とりあえず、ここから離れないと。
「人集まってるよ!宇田川、翠さん、逃げて!!」
言いながら、(元)体育会系の運動能力フル発揮して、入り口とは反対の劇場内に駆け込む。
が。
誰かに足を引っ掛けられた。
やばっ。
二人組みだった………の?
あたしは無様に体をヨロめかせた。
ガンって頭に衝撃が。
殴られた?
あたし、殴られた?
あ。
目の前に、タイルがスローモーションで迫って……。
健人、助けて。
愛理?
愛理?
愛理、愛理、愛理、愛理、愛理、愛理…………。
健人の声が聞こえる……どうしてだろ?
とか思いながら、あたしの意識は闇に消えた。
あたしは、夢を見ていた。
『あんたのせいで、振られだんだよ!どうしてあんな事したの?先輩あんたには何もしてないじゃない!!!』
あたしは、泣きじゃくって怒って半狂乱になっている。
あたしなのに、あたしの姿が…着ている服まで、メークや髪型まで見える。
『俺は愛理の為を思ってしただけだよ』
今度は180度室内を移動して、健人の姿を映し出す。
まだ高校の制服を着ている、健人だ。
ああ、あの時だ。
あたしが大学生だった時。
付き合っていた先輩に振られた、あの日だ。
『先輩はあんたが原因だって知らないけど、あたしは知ってるんだから!!人生で初めて好きになった人に、あたしの大切な人に、どうしてこんなノイローゼになるようなひどい事したの?』
『どうしてって、愛理の為にやっただけだから。あいつじゃなくても、あいつ以外に男なんてごまんといるでしょ?』
「い・ま・せ・ん!先輩だけだったのにっっ。あたしの為って何?あたしの為だったら応援とかするのが普通でしょ!なんでぶっ壊すの。あんた変だよ!!過保護すぎっ!!」
怒ってるあたしは、思わず声にだしていた。
やけに冷静な健人は、あたしに手を伸ばして触れようとする。
「触らないでよ!!!あたしに変態チックな事させたり、頭おかしいんじゃない?あー、やっぱあたしがおかしかった。馬鹿だったわっ!先輩に告白してOKされましたとか、キスしただとか、根掘り葉掘り聞いてくるあんたに素直に言うんじゃなかったっ。人生で、人生で初めての彼氏だったんだよ?きっとあたし一生彼氏とか出来ないよ!!あんたやお母さんと違って、ブスだし、頭悪いし、もう、もう………生きてる価値ないよっっ。死んでやる!富士山の樹海に入ってやるからぁぁぁぁ!!」
あたしは、半分健人を突き飛ばして家を飛び出した。
健人は、暫くその場にぽつんと佇んでいた。
やがて額に手を置き、大きく息をついて天井を見上げる。
「……------……」
小さく健人の口が、動いた。
なのにここからでは健人の形の良い唇から放たれた言葉が、読めない。
後悔、罪悪感、怒り、悲しみ、そして………。
切なさ。
暫くの間ベッドの縁に腰を下ろして頭を抱えていた健人は、突然意を決したように部屋を飛び出た。
外は雨が土砂降りだった。
なのに、傘も差さずに健人は駅まで駆けていく。
着ていた制服も乾いていた髪も、数分でビショビショになっていた。
駅前の商店街のお店の中を1軒1軒しらみ潰しに確認する。
あたしに後姿が似ている人を追いかけては、呼び止める。
何軒か…いや、何十軒チェックした所で、健人は電車に乗り隣の駅で降りた。
また、同じことの繰り返し。
途中で携帯の画面を確認しながら……多分あたしの女友達の連絡先を確認してたんだと思うけど……メールを打つ。
健人が。
こんなにも焦っている。
髪の毛も服もビショビショにぬらして、振り乱して、息切らせて走りまくっている。
あまりにも、あたしの見知っている健人とは大違いで。
いや、あたしは健人の何を知っていたんだろう?
雨が止んでも、健人は走り続けていた。
渋谷に着いても、あたしが行きそうなお店やレストランを1軒1軒まわる。
何時間か過ぎ去って、1件の着メールが彼を止めるまで。
その1件のメールで、弛緩した健人はその場に崩れ落ちる。
膝を、両手を、濡れて水の溜まった地面につけて、目を瞑る。
女友達を無理やり連れ出してバーや居酒屋を梯子してたあたしは、我を忘れるほどベロッベロに酔っ払って、理性を失っていた。
“もう、家に帰ろう。愛理”
なんで今頃こんな夢を見るの?
それとも、現実?
健人はあたしを探している間、ずっと、同じ言葉を唱えていた。
ずっと、ずっと、こう繰り返していた。
『愛理、死なないで。
お願いだから、死ぬなんて言わないで。
俺が、幸せにするから。
絶対に、幸せにするから』
オネガイダカラ、キカセテ
キケナイノハ、オレニトッテ、シンダモオナジダカラ……
『宇田川光洋・佐々木翠 熱愛発覚!~密会発覚に激怒。カメラマン暴行~』
と、日刊スポーツ紙の一面を飾ったのは、その翌日の事だった。