宇田川と、目が合った。
と、思ったら、ただのポスターだった。
2階の休憩室の販売機で何気なく頼まれもの(ただのパシリって噂)のコーヒーを買っていたら、隣に貼ってある今期のBREEZEのポスターが目に入った。
この間までは、ここには誰か陸上選手のシューズのポスターが貼ってあったような。
てか、うろ覚え。
今までぜんっぜん興味とかなかったのに、初めて被写体を通した宇田川をまじまじと目にした。
バスケウェアの広告用のそのポスターの中の宇田川は、真剣な顔でドリブルしてたり、シュート決めてる。
しかも2つのバージョンが、隣同士に貼ってある。
これは明らかに門田さんじゃなくて、他の人が撮影したものだ。
門田さんはこういうパッションとか男臭さを出す写真は撮らない。
なんて言うか……宇田川の、滅多に見れない真剣な瞳が印象的。
思わず通行人も振り返りそうな、熱いまなざし。
現にあたしも、通り過ぎそうになって、立ち止まった。
やっぱ、黙ってれば全然パンピーとは違うわ。
存在感が、違う。
目が、離せない。
見つめながら、こんなにパーフェクトに見えるのに、何気に下半身問題抱えてるんだよね~とか考えてしまう。
あたしと、もう一人の元彼女しかしらない、事実。
健人もそうだけど、やっぱ神様は皆平等にしてくれてるのかな。
ああ、健人……。
今朝から。
いや、昨日健人が出てった後からずーっと健人の事考えてた。
ご飯ちゃんと食べてるのかな、とか今日は家に帰ってくるのかな、とか。
いや。
一番パンチ効いた言葉を思い出す。
「原因に解決策、かぁ……」
はっきり言うと、「原因」には心当たりがある。
だって、宇田川と関係あった直後から健人と脳内会話出来なくなったから。
でも、「解決策」は、わからない。
どうすれば、いいんだろ?
ぶっちゃけずーーーっと感じてる「寂しさ」や「物足りなさ」の意味が分かった気がした。
あたしも、健人の「声」が。
「心の声」が聞きたいんだ。
♪♪ユアマイベイべ~、プレシャスガ~ル♪♪
と、突然超陽気な音楽が流れて、ボーっと考え事してたあたしを現実に引き戻した。
超、タイミング。
こ~~~んな丁度ポスター見つめてる時に限って、こいつかよ。
はあ。呪われてるかも、あたし。
今日は4回着信+3回メールが入ってた。
ずぇぇぇl~~~んぶシカト。
いや、だって仕事中だったし。
はあ~~~~っとため息ついて、仕方なく携帯を取り出す。
「よっ。なにしてんの?」
「一体全体何っっ回電話かけてんのよ!!めーわくこの上…」
「やっぱ土曜日集合時間午後に変更!俺様、ロケが朝方に変更になっちまった。悲しむな。俺に会えないわけじゃねーから」
相変わらず人の話聞いてねーよ(涙)。
それより、この目の前のポスターの人物と会話してるんですけど。
あまりのギャップに、あたしは思わずまじまじと見つめてしまう。
嗚呼、宇田川らしーってか、俺様的っていうか、なんて言うか。
「ふうん。じゃあ、何時?」
「おっ?今日はやけに乗り気じゃね?そろそろ、宇田川様の男の色気ムンムンフェロモンにやられ…」
「てないから!今すぐ仕事戻んなきゃなんないし。んで、何時なの?」
「ひどいわあなた!男が出来たのね!!」
「…うざい。まじで何時?」
ああああ、血管切れそう。
あたしの声のトーンに気づいたのか、宇田川は小さくため息をついて
「生理前ですか?おおこわっっ。とりあえず、3時な。遅れんなよ? くりすちゃんも俺も忙しいんだからな?場所覚えてっか?」
と早口で言う。
「覚えてるよ。ヒルズの映画館前でしょ?マジで会えるんでしょうね?クリスチャン・〇ールに。ってか、面白いんでしょうね~、ターミ〇ーター」
「宇田川さん、ウソつかな~~い」
「すんげ~、ウソくさっ」
再度チラっと宇田川のポスターを見る。
おんなじ人間だとはぜーーーーんぜん思えない。
いっつもおちゃらけてて、阿呆な事ばっか言ってて、*#%短小で……って、おっと~。
「じゃ、愛理仕事頑張れよ」
と、思ったら、いきなり声のトーンが激真面目になった。
いいかげん、止めて欲しい。
宇田川の、突然予期せぬ時に来る、「マジモード」
「お…おう。宇田川もね」
一瞬怯んで、そう宇田川に告げる。
「アナタ浮気、ワタシ、許さなーいっ。デモ次会えるたのしみヨ♪」
と外国人パブのお姉さんみたいな声音でチャラチャラモードに戻った宇田川は、笑いながら電話を切った。
「ったく、宇田川は相変わらずで…って、うわあ!!!」
一息ついて顔上げたら、もんのすごいどアップで、きれいな顔が……。
今日は午前中、この目前の美人さんの撮影を手伝っていた。
そうでなくても彼女はこの社の地下の社員ジムを愛用している。
どういう経緯で部外者の彼女が(BREEZEのモデルをしてくださってるとは言え)ここのジムを利用しているのかは、あたしもいまだ持って理由は知らない。
まあ、門田さんと門田社長繋がりなのかもしんないけど。
ので、仕事絡みでなくとも彼女はこの会社によく出入りしている。
顔をよく見かけるし、誰とでも分け隔てなく仲良くなれる明るい性格が手伝ってか、社員全員知ってるんじゃないかって位、彼女は顔が広い。
「翠さん。門田さんなら今オフィスで修正作業してますよ。あ、それとも社員ジム行かれる途中だったとか……?」
「まじで???」
「へ?」
いや、そんな顔近づけられても……。
「だから、クリスチャンに会えんの?」
「へ?」
って、間抜けな声しか出してないし。
「朝倉さん、クリスチャン〇ールに会えるの?」
「あ、ああ…」
電話聞いてたんですね、翠さん。
「あ、はい。あの…友達がたまたま新作の映画券持ってて、なんか関係者らしくて、会えることに……」
「行っていい!!!!???!!!??!!」
き~~~~~~~んっ。
って、今耳の鼓膜が一瞬破けそ……。
「ってか、俺も行っていい?!」
すっごい耳元で、叫ばれた。
何メガヘルツなんだ、この音量は。
翠さんは、物凄く興奮してるらしく、綺麗なグレーの瞳をキラキラ輝かしながら、ついでにあたしの両肩を掴んで揺さぶる。
「いや~あの~翠さん~落ち着いて~~……」
ガクガク前後に身体を揺さぶられてるあたしは、かろうじて〇輪明宏様のようなフニャフニャな揺れた声を出せた。
ハッとなった翠さんが、慌てて手を離す。
「悪ぃ。盗み聞きとかフツーしねーんだけど、ちょっと耳に入っちまって。ってか、マジコーフンしたっ。つか、大丈夫朝倉さん?」
「ええ、大丈夫です」
体はね。
でも…。
「いや、今だけじゃなくってさ。朝倉さん、今日朝からずっと眉間に深いふか~い皺寄ってるんだけど。トイレ我慢してるんだったら、律儀に紅のお使いなんてしてないで、さっさと便所行って搾り出してきな」
搾り出してきなよって。
「大と小どっち?」
「いや、別にトイレ行きたいんじゃないんですけど」
「ふーん。じゃあ、なんでさっきっからしかめっ面してんの?」
よいしょ、と撮影用のジャージ姿の翠さんは、販売機の横のベンチに腰を下ろす。
姿形はスーパーモデルそのものなのに、声音と物腰と仕草が思いっきり長与〇種に見えるのは、あたしだけ?
「俺も行っていい?ってか、いっしょーーーーのお願い!クリスチャン〇ールに会わせてくんない?」
でも、意外。
翠さんも、クリスチャン〇ールみたいな男の人が好み……。
「俺、バッ〇マンみてーな身体になるために、今猛烈に鍛えてんだよね。いや~~、バット〇ンスーツ、小さい頃からの憧れだったんだよな。あの黒光りしたスーツ、筋肉ねーと着れねーしなー」
は?
「筋肉増強剤使ってたら、事務所に見つかって大変でよー。お前はプロレスラーになりたいのか!ってすんげー怒られた。だから今はふつーに筋トレしかしてねーんだけど」
あ、いや、好きっていうより、これは……憧れ?
何か間違ってないか?
「あー、えーと、友達に聞いてみないといけないんですよね」
「え?もしかして、デートの約束とかだった?彼氏?」
「はあ?いえ。ぜんっっっぜん違いますけど!」
首と手をブンブンと振る。
ああ、不必要なくらい、西洋人ばりにオーバーアクションで否定しちゃった。
翠さんの瞳がさらにキラリと光る。
「でも、映画関係者なんだ?」
「うーん、ていうか、確か広報担当してるとか言ってましたね。あの、この人なんですけど」
あたしは、目の前のポスターの人物を指差す。
「あー、宇田川光洋!そういえば、こいつがピ〇コと一緒に映画の宣伝してんのワイドショーかなんかのニュースで観た観た。このアイドル、BREEZEのモデルもやってんだ」
翠さん……ワイドショー観るんですか。
庶民的なんですね。
「はい。それで知り合いになったんです」
っていうか、とあるアクシデント以来しつこく恐喝されながら今に至ってます、みたいな。
「あー良かった。BREEZE関係者に嫌な奴いねーしな。なら、俺行っても平気だろ?ラッキー♪ってか、いつ?」
いや、勝手に決め付けられても…。
「えーと、土曜日の3時です」
嗚呼、律儀に答えてる嘘のつけない小心者超日本人のあたし(泣)
「うわ!マジ奇遇。ってか、超たまたま俺その日オフなんすけど。すんげー偶然じゃねーか?」
そう言うと、翠さんはニヤッて悪戯っ子みたいな笑みをあたしに発する。
はうっ。
あまりに眩しい美人ビームにブスなあたしは怯んだ。
HPダメージ20。
目薬がぁぁぁぁぁ!
「じゃ、そのコーヒー、ジム行く前に俺が紅に持ってくよ。ちゃんとションベン最後の一滴まで搾り出しとけよ?じゃーな!」
ルンルン気分の翠さん(注:あたしはまだ了解を得ても出してもいない)は、あたしの手からさっとコーヒーを取り上げるとスキップしながら廊下に消えていった。
あー、想像以上だ。
あたしを見つけた宇田川は、満面の笑顔になり、その後あたしの隣を見て「は?」って顔したあと、状況を判断したらしく思いっきり嫌そうに眉根を寄せた。
見事な表情3変化!
今日も深々と野球帽被って地味~~~な格好の宇田川は、一応あたしの横の門田さん(翠さん曰く勝手についてきた)に会釈して初めて会った翠さんに自己紹介してから、あたしの袖を引いて少しはなれた所に張り付いたような「笑顔」で無理やり連れて行った。
「ふざげんなごら゛ぁぁぁぁ!!!!!」
「いた!!!」
ゴンって帽子のツバで思いっきりヘディングされた。
「ごめん。だって翠さんもクリスチャンに会いたいって…大ファンらしくて断れなくて」
「断れ!お忍びデートだってーのに、あんな目立つ奴ら連れて来る馬鹿いるか!俺様が地味~に変装してる意味ねーだろ?」
食いしばった歯の間から宇多川は苦々しく声を漏らす。
眼鏡の奥の瞳は……にらめ過ぎてめっちゃ白目だ。
でもそう言えば…。
あたしは後ろの二人を振り返った。
確かに…通行人は皆あの二人に注目してる。
二人ともハーフって容姿だけでも目立つ。
翠さんはバリバリモデルオーラ発揮しまくってる。もう一目で芸能人。
門田さんもこれと言って目立つ格好じゃないのに松葉杖だからか、翠さんと一緒に居るのも手伝って、目が行ってしまう。
二人とも、目立つ事この上ない。
「ごめん…」
何も考えてなかった自分に、ちょっと自己嫌悪。
宇田川が忌々しそうに舌を鳴らす。
「まあ、ダブルデートっぽくて良くない?」
「良くねえよ!つか目立つからさっさと映画館の中入んぞ」
宇田川は周りをキョロキョロしてから、あたしの腕を掴んで引きずるように劇場内に連れて行った。