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小説系リンク

 


 
 『香凛堂さんちの後始末』
昔『奥州香凛堂』というサイトを運営していらっしゃった、こむらおかさきさんのニューサイト。大人のかほりの漂う小説の数々。出てくる男がOSEI好みでセクスィーなんだわ、これが。隠居されたかの如く細々と運営なさっている所がうちと似ていたりして、勝手にリンクを貼らせていただきました。マジでハマリますんで、是非覗いてみてくださいな。


『Abounding Grace』
管理人BUTAPENN様。旧サイトで大変お世話になっておりました。代表作『ティトス戦記』は読み応え充分。BUTAPENNさんのお人柄を垣間見る事の出来る素晴らしい作品です!OSEIのお気に入りは『EWEN』シリーズで、このお話には泣きました。主人公の女の子が強くて憧れちゃいます!またキリ番で書き下ろして頂いた『ギャラクシー・シリーズ』は、OSEIのSF苦手体質を改善(?!)してくださった、スペースラブストーリー。じーっくり読書を楽しみたい御方は、是非とも足をお運び下さい!


27時09分の地図』
管理人ia様。お気に入りに入っているサイト様の一つ。『She&Sea』『F』『花術師』どれを読んでも面白い!ファンタジーでここまでハマったのも久しぶり。更新は毎週欠かさずチェックしています。どのストーリーも男性キャラの魅力は最高!ただ、主人公の平均年齢が…もう少し高ければ良いのにと思う今日この頃。



管理人Choco様。『
月の砂丘にふたり』を只今ほぼ毎週チェック中。とてもふんわりとした文章なのにストーリーの中に絶えず緊張感があって、話の続きが待てません!更新までの一週間(たまに不定期)が長く感じるのはOSEIだけなのだろうか?読んだらきっと年下の彼、天(そら)君のファンになりますよ。



管理人hapi様。サイト名『Aboriginal Frog』。『私に落ちた影の形』の主人公、ラディア・ラフト曹長にぞっこん!男らしい彼女と、個性的な上司部下達(♂)に囲まれているそのシチュエーションがたまらなひ!ゲイで変人の上司、クライシス大尉との駆け引きが面白くて面白くて!軍隊が舞台ってのも、OSEIのツボ!逆ハー風味ってのも、ツボ!お話にグイグイ引き込まれてしまいます!多分、行ったらあなたも病みつきよ。 


『As You Like It』

うちのキャラの素敵なイラストを描いてくださいましたJUN様の自作小説ページ。イラストやエッセイ中心の『常夏絵日記』様の裏バージョン。お話を幾つかを連載且つ掲載中。『橘の木の下で』の橘がね、イラスト見てくださるとわかるんですけど、いい男なんですよ。♀×♂=主従ってシチュがたまらない。切ない男心がOSEIの女心を擽っております。表サイトの美麗なイラストも、一見の価値ありっす。

 


 

小説系リンク 18禁

 




管理人、裏方様。全年齢向けのお話と18禁のお話を多数取り揃えていらっしゃいます。旧サイト復活の際は大変お世話になりました!色々お話があって迷う所なのですが、OSEIのお気に入りはしっとり時代モノの『ひとごこち』と、OLパワー炸裂の『Make Up』。18禁では『ユウジとユミ』と『Home position』に萌えました!お話によって語り口ががらりと変わるので、飽きさせません。その上読み応え100000%な品揃え(話揃え?)なので、気軽に立ち寄る事の出来るサイト様です。


管理人、他紀ゆずる様。18禁か否かで迷ったのですが、ダークサイドも置いてあるという事で、一応大人向け扱いにしました。ストーリーは軽妙でテンポ良く、読み出したらやめられないとまらない!腹黒且つ愛情流れっぱなしの男性キャラ陣に萌え!なのにしんみりさせてくれる所はちゃんと抑えていて、お話全てに惚れこんでしまったOSEIは管理人様にリンク許可のラブレターを送りました。『逃げ道~』の近衛さんシリーズはもちろんですが、ダークの『想いの~』もヤバイ位おもろい!元気にしてくれるお話がずらり揃っています!チェキ!

『Cheerful!』
管理人、日向そら様。OSEIのお気に入りブックマークに入っていて、日々更新チェックしているサイト様。お話のシチュエーションが全てOSEI好み!『I Promise~』も『輪廻の花』も、もう小説全てツボ!!とても読みやすい文章なのに、博識さが垣間見える日向様のストーリーテラーぶりに圧巻!ゲームの『生珠』は、数あるフリーゲームの中でも個人で作られたとは思えない程、秀逸の出来です!可愛らしい絵も、ミステリー仕立てのハラハラドキドキのストーリー展開にも、もうどっぷりとハマッタOSEIは、何度も×10もプレイしました!さあ、行って見よう!


管理人、keiさま。旧時代からお世話になっていた、オンラインノベルにはまったお方は必ずやサイト名を目にするだろう、恋愛オンラインノベルの大家とも言えるサイト様。OSEIの訪問履歴は結構長く、18禁サイトを立ち上げなさる前の初期のラブファンタジーシリーズ(リィンとジェイク)の女剣士様から始まり、今話題のJ&Mシリーズまでほぼ全て読破済みでございます。いやいや、またまた相互リンクを貼らせていただけるなんて光栄で、言葉も出ません!!バイタリティー溢れる執筆力と、安定した更新が読者様を惹きつける秘密だと思います。お勧めお勧め♪

 


 

イラスト・漫画系・創作系リンク

 



 
管理人ナガトカヨ様。少女漫画愛読者のOSEIはかな~り趣向が偏ったストーリーと絵柄重視な辛口人間なんですが、このサイト様はそんなフィルターを潜り抜けてツボッた稀なお話、『HOME』を置いてございます。まるで『ひとつ屋根の下』の兄ちゃんみたいなリョーくん(悪の方)が最高。素敵な絵柄とディープナ内容に、いい年こいたOSEIは寝るのも忘れて読みふけりました、とさ。



 

検索サイト

 


 


『CHAOS PARADISE(カオスパラダイス) R18』
アクセス解析では一番アクセスが多いリンク元である検索サイト様。本当にお世話になっています。

『HONなび』
個人的にもたまに利用する検索サイトさま

『MEGURIネット』
2番目にアクセスが多い検索サイトさま。

 

 

サンクチュアリ Ⅳ    05.21.2007
 「あたしの事考えて......どういう風に触ってるの、タロ......?」
あたしはタロの先走りの露を舐め取りたい衝動を抑えて、つとめて冷静そうな声で訊ねる。

ホントはあたしだっていっぱいいっぱいだ。



タロは無言で自身を握った。

そして、隣のあたしに向き直る。

タロの目は真剣にあたしを見据えたまま、ゆっくりとその手を上下しだした。
柔らかく張り出した丸い頭頂から、硬そうな根元まで、血管の浮き始めた中央を通って何度か上下する。

ローションなんて必要無かった。
ビロードのようになめらかな肌と、先端から物凄い分泌量で滲み出ているタロの汁が、その役割を果たしている。

若いって...スゴイ......。

あたしも自分の下肢が濡れ始めているのを感じた。
下半身が熱くなる。


タロが、欲しい。
でも、駄目だ。


タロの手はリズミカルに上下運動を続けている。
上目遣いに、ニラむように、下唇を噛み締めながらあたしを見据えているタロの瞳は、時たま切なげに細まる。


タロが、エッチな顔してる......。

あああああもう、あたしの理性がぁぁぁぁ~~~~。


何度も何度も何度も何度も上下運動を繰り返していると。
やがてタロの口から
「.........はぁ...............はあ......んっ」
と切なげな吐息が漏れ始めた。

手の動きが、徐々に速まっていく。

「ミーナ...俺......あんまも.......ふぅっ.....持たない...カモ.....」
上下する速度を増しながら、切羽詰ったようにタロが囁く。

「出して.........はぁっ......い.........いいっ?」
タロの分身は、もうこれ以上はムリと言わんばかりに赤く太く反り返っている。
先端もぐちょぐちょだ。



「......見せて」
とあたしが囁くと、それが合図のように手の上下運動が一段と速まる。



「はあっ......はっ.........ぁあ......はっ......ああっ」
タロの体がピクリと痙攣する。


「ああぁぁぁっ......ミーナっ.........ミーナっ.........ミーナっ...ぅう!!」
とうわ言のようにあたしの名前を呟いたかと思うと。

どぴゅっ。

タロの先端の小さな穴から、勢い良く白濁した熱い液が噴出した。

大きく空を切って飛び散る若い男のそれは、数度にわたって放出される。

熱い液は、あたしの膝の上や床やソファの上に元気良く撒き散らされた。


「......ミーナのせい......だかんねぇっ」
全部を出し尽くすと、タロは「ふう~」と大きく安堵の息をついて、ソファーに深くもたれた。







事後処理をして、シャワーを浴びるとタロはあたしのベッドに潜り込んできた。
横になって、あたしの腰に手を置く。

あたし独りじゃ大きなベッドも、タロと2人だとキュウキュウだ。
「ミーナ、ノーメークだねぇ。カワイ~~♪」
「かわいい…?」
可愛い、なんて何年ぶりに言われたろ?

何レイヤーものローションファンデ無しのあたしの肌は、カツカツスカスカのフランスパン(又はヘチマタワシ)状態だし、顔なんて薄すぎて10年前のパスポート見せたら空港で同一人物ですか?ちょっとあちらの部屋までって疑われる位だし。
「カワイ~~よぅ。メークしてるミーナはデキル女ぁ~って感じでキレイだけどねっ。この間のでぇとの時、みーんなミーナの事見てたじゃーんっ」
タロはあたしを引き寄せる。
「いや、あたしじゃなくって、それは有名人のあんたの方だよ」
「違うよ、ミーナだよぉ。俺ミーナ見てる奴らケンセーしてたもん」
そう言えばデートの日は…よくあるキャッチとかセールスとか怪しいナンパが無かった…かも。
男付きの薄化粧だったからだと思った。
「あ……ありがと」
あたしは何故かテレながら応じる。
「俺、やっぱ死ぬほど幸せデスよ。ミーナとドウキンしてるしぃ~~」
ドウキン?
同衾って……どこでそんな言葉を…。
タロは
「あーあ、こっから一生出たくね~~」
と呟きながらあたしのオデコに自分の額をくっつける。
超、至近距離。
タロの静かな息があたしの顔を掠める。
大きな瞳があたしを覗き込んでいる。
「ミーナさあ、覚えてるぅ?近所に住んでたぁ~~、長谷川さんトコのユキオ君」
ユキオ君?
「そういえば、そんな子もいたね。まだあの子あっちに居るの?」
「中学出て、どっか引っ越したよー」
「ふうん」
……だから?
「んでー、そのユキオ君が川で足つって溺れちゃった時ぃ~」
「え?溺れてたっけ?」
そんな事あった?
タロが非難を帯びた目であたしを見る。
「もーーーー!ミーナなーんも覚えてないねっ。まあいいんだけどぉ」
「んで?」
「そんで、学校帰りだか買い物途中だかでミーナ制服着てたのにぃ、構わず川に入ってユキオ君助けたじゃーんっ」
「ああ…そういえば、そんな事もあったような……。確かあれ地元りんどう町の新聞に載ったよね。最近自分に利益のない過去やら情報は脳が勝手に削除処理しちゃうのよ」
なんとなく思い出して、あたしは舌を出す。
「なんだよ~~、俺も欲しいそーゆー脳ミソっ。毎日要らん事ばーーっか考えてるよぅ」
本気にしてるしっ。
「えっとぉ、でー……」
タロが続ける。
「そん時、周り構わずバシャバシャ水の中入ってったミーナすっげーヒーローみたいでさ、ミーナがアマゾネスに見えたんだよねぇ、俺。恋に落ちたって思ったもんっ」

6歳で恋に落ちたなんて、あんた…。

しかし何故に、
アマゾネス?!

「アマゾネスって何?!おっぱい切り落として弓引いてるギリシャ神話の女戦士か、あたしゃ。それはありがとうって言えばいいの?」
「あったり前じゃ~~っ。最高の褒め言葉だよっ!!」
タロの声が一段とでかくなる。

アマゾネスが最高の褒め言葉なんて、
なんて、嬉しくねえよっ

「ミーナ…さあ」
今度はオズオズと遠慮がちにタロがあたしを見る。
「何?」

しばしの間。

「俺、さっきのミーナのおっぱいの事思い出しちった。パフパフしていい?俺ずーっとミーナとやりたかったんだよねぇ…」
パフパフ?
「パフパフって…あんたソレ……」
「よく、亀〇人がしてたアレ」
「あんたとあたし、8つも違うけど…なんで世代一緒なの?あんたポ〇モン世代なんじゃないの?」
「ミーナ昔よく俺にアニメ見せてたじゃーん。それに俺、漫画全巻持ってんもん。それより、ミーナはぐらかしたぁっ!」
「はぐらかしてませんっ。そういうのはブ〇マにでも頼んでください。あたしパフパフできるほど胸無いし」
「けちぃ~~~」
「でも…」
「でもぉ?」
キラリ、とタロの眼が光った。
……ように見えた。

「おやすみのキスしてもいいよ」
とあたしが静かに囁くと、タロは待ってましたとばかりに
「タコチュウ~~~~~ッ」
と唇を寄せてきた。







翌朝。
あたしは何かがシャコシャコ言っている音で目が覚めた。

時計を見ると、朝の6時。

何かが何かを……磨いてる?

「あああ!!!」

あたしはベッドから跳ね起きる。そして、音の聞こえる洗面まで走った。

浴室の洗面で、タロは上半身ハダカ+ジャージズボン姿で歯を磨いていた。
腰に手をあてて歯を磨いているタロをじーーーと観察する。

普通の日本人の男の人の2倍はありそうな、褐色の筋肉隆々とした肩から背中のライン。無駄に脂肪が無くキュッと引き締まっているウエストのラインまでのなだらかなカーブが、浴室の窓から入る朝の光に浮き出ている。

ウエストなんか…あたしと同じくらいかそれより細い…みたい。

「をっはよ!」
どれ位タロの体に見惚れていたのか、いつからタロがあたしの視線に気付いたのか、タロは前を向いたまま、ごく自然に朝の挨拶をあたしにする。

や、恥ずかしい!!
見てるの、もしかしてバレてた?!
「それ、あたしの歯ブラシなんですけど」
「ふへ~~?」
とタロは振り返る。
あわてて眠たげに目を擦るフリをしながら、あたしはタロの口から出ているプラスチックの棒を指差す。
「知ってんほ」
ふごふごしながら、タロは答える。
「もうキスしら仲らしロ~キンしらしいいら~~んっ」
「キスしても同衾しても、駄目!」
あたしははあぁ~~~とため息をついてタロを仰ぎ見る。

タロの目はまだ眠たそうにとろんとしていた。
口周りは泡だらけ。そして寝癖がぴょんぴょんと跳ねている。
昔から、朝が弱かったんだ、この子は。

かく言うあたしもノーメークでかなーりやばい。

でも…言わなくちゃ。


昨夜、何があたしをずっとセーブしていたのか。
あたしが何を一晩中考えていたのか。

他の男とだったら、もうとっくに情熱的な一夜になっていただろうに。
タロは、あんなに......あたしの為に頑張ってくれたのに。

「タロ、あたしね。やっぱ言うわ………」
しゃこしゃこ動いていた、タロの手が止まる。

「タロとはやっぱ、付き合えないや。タロは…やっぱり年下で、タロはタロで…そういう風には見れない。......だからこういうお泊りももうやめよう。......ゴメンね」

数秒止まっていたタロの手が、再び動く。
口を濯いで腕で拭い、あたしを顧みる。

「......そっか」
タロは短くそう答えると、あたしの横を通り過ぎてベッドルームへ向かう。
着ていたTシャツを再度羽織ると、あたしの正面に来て立ちはだかった。


リメンブランス    05.21.2007
 タロはあたしの前に立ちはだかり、腕を組む。

顔は、いつか見た、獲物を狙う狼みたいな顔。
唇を噛んで、小首を傾げて、鋭くあたしを見据えてる。




怒ってる......というより、何かに本気の時のカオだ。



「じゃあさ、もう、俺ミーナに迷惑かけたりイヤな思いさせないようにする。フツーの、昔馴染みのタロのままでいればいいわけ?俺、この1週間スッゲー楽し んだよ。ミーナも同じだと思ってた。けど、違ったんだねっ。ドーキンしたのに、俺スッゲー舞い上がっちゃってたのに、こんなに簡単にミーナの世界から追い 出されちゃうんだ。ちゃんと理由をきかせてよっ」

いつもみたいに軽い感じに語尾を延ばした、間の抜けた喋り方じゃなくって、ワントーン低い、囁くような真面目な声音だ。

「タロ、やっぱあたしと世界がちがうよ。あたし8歳も年上だよ?あんたが25になったらあたし33だし、30になったら、38。35になったら43。あた しにとって、タロはあたしの後くっついてまわった、鼻水垂らした坊主頭の少年で、ちょっとお馬鹿で、抜けてて.........だから、だから男として見 れない」
「俺、馬鹿だけど何が正しくて何がおかしいか位解るよ。ミーナが言ってる事って、ただの言い訳だよっ。年の差を理由にして、言い訳してる。昨日の俺見て、成長した俺見て、怖くなったの?大人の男として俺を見るのが怖いんでしょ?なんで俺、ミーナの事好きか知ってる?」
「......知らない」
あたしは喉の奥から声を捻り出す。

「ミーナは俺を認めてくれたから。俺を否定しなかったから。俺、ただミーナにまとわりついてただけじゃないよ。ミーナは高校生だったけど、他の大人と違っ てて......俺の事他の大人みたいにアホ扱いしなかった。あ、たまにからかわれたけど、でも俺、こんなせーかくだから、ホントーに好きな事とか興味の ある事しか集中出来なくって、やる気なくって......他の大人は宿題やれとか、やれ勉強しろとか、何でこんな簡単な事が出来ないんだとか周りの子供と アホの俺を比べてたのに、ミーナは.........ミーナだけは違った。ミーナは好きな事好きな時に好きなだけやってて、他の高校生と全然違うレベル で、えーと、例えば、ミーナは15なのに平気で木登りしてたり、川で泳いだり、他の高校生は皆化粧したりルーズソックスはいてたのにミーナだけ普通の白 ソックスはいてたし、みんな茶髪だったのに、ミーナだけ真っ黒だったし、とにかくっ、ミーナは自分ってものを持ってた。やりたい事知ってた。他の奴らの色 に染まってなかったっ。多分アメリカに住んでたからかもしんないけど。だから、俺にもなーんも強要しなかった。ずっとそんなミーナが好きだった」

タロはそこで、大きく深呼吸する。

「でも、違ったみたい。ミーナの言うとおり、俺とミーナの世界違い過ぎるかも。もし俺がミーナの良く知ってる昔馴染みの、鼻垂れお漏らし小僧のタロじゃな くて、ただの大学生の、お…大人の男の山田太郎としてミーナに出会ってたら、何かが変わってた?ミーナ違う風に俺を見てた?昔のミーナだったら、そんな事 こだわってなかったよね?前ミーナが見えてたこと、今見えないみたい。俺、ミーナ変わったと思うっっ」
そう言い放つと、タロは暫くじっとあたしを見つめた。
あたしが何か言い返すのを期待するみたいに。

あたしは、タロを見つめながら押し黙っていた。
頭の中で、タロの言葉を反芻していた。
確かに、あたしは変わったかもしれない。
気づいたら、皆と同じようなファッションで、流行追ってて、周りの友達は結婚していたり、彼氏とラブラブで、あたしも彼らみたいなそれなりに平穏無事なシアワセや出会いを何となく望んでいて...。

平穏無事なシアワセ、ってどういう幸せ?
平穏無事な出会いって、どんな出会い?
もし、タロとネットかどっかで出会っていたら、何かが変わっていた?

あたしは頭の中で自問自答を繰り返す。


タロは返す言葉の無いあたしを見て、小さく諦めたように息を吐く。

「俺、もう行くね」
やがてタロは、お財布やら鍵やら携帯やらを拾い上げて、部屋を後にした。
パタン、と寂しく玄関のドアが閉まった。









職場のデスクのPCと睨めっこしながら、上の空で英文をタイピングしながら、あたしはずーっと思い出していた。

確か12年以上前の、蒸し暑い夏の日。

母親に連れられて、お隣の中華料理屋に引越しのご挨拶に伺った時だ。
『太勝軒』と店の入り口の上に掲げてある、ちょっと古びた看板を見ながらあたしはチッと舌を打った。

まさかこーんな世界の果てみたいな、田んぼと森と町の人口の平均年齢50歳のど田舎に引っ越さなきゃいけなかったなんて。
アメリカの友達にグッバイして、あたしはお父さんの新しい赴任先の、町に一つしかない高校へ9月から通う事になった。

「あら、はじめまして」
店の奥からニコニコ顔の女の人が出てきた。エプロンで濡れた手を拭っている。その女の人の足元で、坊主頭の子供がチラチラとこちらを伺っていた。そして、目が合うと素早く店の中に走り去る。
「はじめまして。隣に越してきた小俣です。こっちが娘の水名子です。9月からこの町の高校に通うんですよ。ホラ、水名子挨拶なさい」
「こんにちは」
あたしはよそいき用の笑顔で会釈する。
「あら、可愛らしい。うちは山田です。じいちゃんの代からここで料理屋営んでんですよ。町の事について質問があったら、なーんでも聞いてくださいね」
お母さんが持ってきた引越し蕎麦なり果物なりを受け取りながら、山田さんとお母さんが世間話を始める。
あたしが店の中を母親越しに覗いていると、あの坊主の子供が再び顔を出し、あたしに向かってアッカンベーをした。
「く、クソガキ......」
あたしもその子供に向かってアッカンベーを返す。

タロとの初めての出会いだった。



川原はあたしの大好きな場所の1つだった。学校が始まるまでの夏休みの間、まだ友達の居なかったあたしは家から徒歩数分の川原へ毎日足を運んで、毎日アメリカの友達に手紙を書いていた。

「お前、隣の家のおんなだぁ~~~」
ある日、誰かが後ろから大声で叫ぶ声が聞こえた。
川原で遊んでいる他の近所の子供達の輪から外れて、身長1mあるか無いかのちっこいガキが、あたしを指差しながら駆け寄ってくる。
「あ、あんた隣の中華料理屋の......」
名前、知らないんだった。
近くで見るとその坊主頭の子供は、これでもかといわんばかりに日に焼けていて、薄汚れた白Tシャツから伸び出ている短い手足は傷とカサブタだらけだった。
「何やってんだぁ、お前ぇ~~~?」
とあたしの肩越しに覗き込む。
「Don't call me OMAE! I'm Mina!」
英語で手紙を書いていたせいか、頭の切り替えがうまく出来なくって英語でこの子供に返してしまう。
大きな目のワンコみたいな少年は、
「????????」
みたいな顔になり、
「お前ぇ、何語しゃべってんだよう??こっ、ここはりんどう町だぞう。お前さては『すぱい』だなあぁぁぁぁ?」
と半分警戒、半分好奇心の混じった態度で言い返す。
「スパイ?あははははっ。何ソレ。あ、ゴメン。『お前』じゃなくって、あたしはミーナ。おちび君は?」
「ちびじゃないぞーーーーーーっ。俺は太郎だあっ」
ふん、とふんぞり返って太郎は自己紹介する。
「あっそ。悪いけどあたし忙しいからどっか行っててよ。Go away!Please」
こーんな子供まるっきり眼中無しのあたしは、再び友人のテレサに手紙を書き出した。
少年は黙り込んで、チョコンとあたしの隣に座り込む。
「お前ぇ、メリケから引っ越してきたんだってえ?」
メリケ?
メリケ、ってアメリカの事?!

一体いつの時代の子じゃこの子は!対戦中か?
「じいちゃんが言ってたぞう。メリケンが越してきたぁ~~って」
ああ。やっぱり。
おじいちゃんね。
「お前、メリケンかあ?」
ブッ。
あたしは思わず噴出す。
この子、ちょっとアホの子?
「日本人だよ。お父さんの仕事で長い間アメリカに住んでただけ」
「ふうん。何書いてんだぁ?」
「手紙」
「だぁれに?」
「友達のTheresa」
「てー......さ?」
「TH-RE-SA!」
「セリイサア~~~?」
もういい、と言わんばかりにあたしは手でしっしと追い払う。
少年は動かない。
「ミミズみたいな字だな」
「英語だもん。ああもう、あんたいるから集中できないでしょ」
苛々しだしたあたしは「終わり」と言わんばかりにペンと便箋をしまって立ち上がる。
家に帰って続きを仕上げよっと。
「ミーナ明日ここに来る?」
太郎、という名前の少年は、立ち上がったあたしを見上げながら、訊ねる。
大きな瞳がランランと輝いている。
「Maybe」
とあたしは呟いて、川原を後にした。


リメンブランス Ⅱ    05.21.2007
 それからだった。

太郎......ことタロという少年が、毎日毎日毎日毎日あたしの家へ遊びに来るようになったのは。

小俣家に上がりこんでは、珍しいアメリカの小物や食べ物、本やビデオを見つけ、あたしを質問攻めにする。
やがて全てを見尽くすと、今度は裏山やら川原やらお寺やら神社やら、果ては駅前の買いものにまで、毎日あたしの後にくっついてくるようになった。

「すいませんねえ。太郎は水名子ちゃんが気に入っちゃったみたいなんですよー。『ミーナは何でも知ってるゾぅ』って、まるで自分の話みたいに水名子ちゃんから聞いたアメリカの話を家に帰って自慢してるのよ」
流石に申し訳ないと感じたのか、タロのおばさんはある日タロをうちまで迎えに来るがてら、あたしと母親にお詫びの挨拶をした。

あたしはほくそ笑んだ。
もう来なくなるだろうと。

でも、大違いだった。

タロのおばさんはうちの母に
「うちは共働きだし、じいちゃんはもう歳で面倒見切れないから、水名子ちゃんに子守りをしてもらえないかしら?」
と改めて相談しに来たのだった。
月給4万円。
田舎の高校生にはけっこうな額だ。

その日から、あたしは正式にタロの子守り係になった。



子守り、と言いながらもあたしはタロを放ってあたしの好きな事をした。
駅前に買い物へ行って、小物を買ったり、本屋でずーっと新刊の漫画を立ち読みしたり、ジャングル隊と称して裏山の林の中で木登りしたり、川原で大人しく手紙を書いたり。

タロはどこへ行くにも、ついてきた。

はっきり言うと、14、5歳の少女に6歳の子供は『面倒』以外の何者でもなく、あたしは裏山の木の上にタロを置きっぱなしにしたり、川原でのザリガニハントの匹数ノルマをこなせなかったタロを川へ突き飛ばしてバツゲームしたり、子守りなんてやる気なしで思いっきり存在無視か、まるでドラマの姑みたいな意地悪でタロをしごき抜いた。


タロはへタレなアホの外見とは裏腹に、あたしが思った以上に辛抱強い負けず嫌いな子だった。

あたしは、こんな金魚のフンみたなガキ子供に四六時中追い掛け回される、プライバシー皆無の子守りなんて一日も早く辞めたくて、タロがおばさんにあたしの意地悪の数々をチクッてくれればと密かに願っていた。

なのにタロはどんなバツゲームにも、意地悪にも、冷たい仕打ちにも大人の誰にも愚痴一つこぼさなかった。

あたしの期待は大きく外れた。




高校が始まると、あたしの日課は週5日、学校が終わるとタロを『太勝軒』まで迎えに行き、夜の9時半まで面倒を見る、というルーティーンになった。







「今日、ジャ〇プ発売日だから、本屋行くよタロ!」
隣の家からタロを引き取ると、あたしはそのまま自転車に乗って制服姿のまま駅へ向かった。
「売り切れ前に絶対ゲットしてやるっ!」
毎週月曜日の午後は意気込んであたしの鼻息が荒くなる。
なにせ、隣町の住人も利用する田舎の本屋なので、本や雑誌の入荷数が少ない。
ゆえに、週刊誌は激戦を潜り抜けた勝者のみ手に入る(だけど後で学校でまわし読みされる)貴重品なのだ。
その日も、クラスメイトの男子達と悶々とした激しい心理戦(誰が今週ジャ〇プを手にするか!)を繰り広げていたあたしは、家に着くと着替える時間も惜しんで駅前に直行する。

「隊長、らじゃあ~~~~っ!!」
タロはあたしが自転車に飛び乗ると、りんどう町ジャングル隊(ミーナ命名)用の敬礼をしてあたしの後についてくる。

マッハで自転車を漕ぎながら、川原の横を通り過ぎると。

「ねえ、ミーナぁ。ユキオ君があっちでブクブク言ってるよう~~」

と、隣でポケ〇ン柄のミニ自転車を漕いでいたタロが、川を指差した。

心は既に駅前の本屋に飛んでいるあたしは、
「は?え?何?」
と反応に時間がかかってしまった。

タロの指差す方へ首を向ける。






キキキキキキキキキ~~~~~~~~~~っ!!!





と自転車を停める。
「ちょっと、あの子溺れてんじゃないのっ?!」
「ええ~~~?」
あたしは自転車を投げ捨てて、全速力で土手を駆け上る。

ユキオ君とか言う子供は、野球のボールを手にしたまま、水の中でバタバタやっていた。
あたしは周りを見回す。

大人は誰も居ない。
しかも、一緒に遊んでいたらしき子供達はユキオ君無視でカード遊びに熱中している。

あたしは迷わず、川の中へ飛び込んだ。

そしてその翌日、あたしの武勇伝は町内新聞に載った。



リメンブランス Ⅲ    05.21.2007
 高校2年の春。
あたしは学校の体育館裏で1つ学年が上の茶谷先輩から「つきあってください」と告白された。

数日後、「いっしょに下校しませんか」と茶谷先輩から誘われたあたしは、ヒューヒューと同級生の冷やかしを浴びながら、一緒に帰宅した。



あたしを家まで送ってくれた茶谷先輩が「また明日」と、踵を返そうとしたその時。


「イタッ」
ピシッ、と音がしたかと思うと、先輩が身を捩って小さなうめき声を漏らす。

ピシッ、ピシッ、と何処からともなく何かが先輩に向かって飛んでくる。


あたしは、すぐに犯人が誰だか見当をつけた。

「やめなさい!タロ!!!」
小俣家の塀の角にかくれているタロを見つけ、首根っこを持って引っ張り出す。

タロの手にはオモチャのBBガンが握られていた。
ホホを思いっきり膨らませて、茶谷先輩を睨む。
「ミーナ俺の“かのじょ”だぞぅ~~~~」
と目の前の先輩に銃を構える。

「違うでしょ!!何考えてるの、タロは!先輩、この子、隣の家の子で......」
「ちがうも~~~んっ。俺、ミーナの“おとこ”だもーーーんっ」
タロはあたしの言葉を揉み消す。


どこでそんな言葉覚えたんだ、このガキはぁぁぁぁぁ!!!



「何がオトコよ!泳げもしないくせにっ。先輩、この子、バイトで子守りしている家の子で...」
「ふええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇんっ」
と、説明しようと焦るあたしの言葉を再び消し去り、タロが大声で泣き出す。

弱り果てた先輩は、「またね」と言い置いて、そそくさと逃げ帰ってしまった。



その翌日、あたしは(つきあう前に)茶谷先輩から「やっぱりこの間の事は無かった事に...」と振られた挙句、学校中に『小俣水名子はショタコン』との噂を広められた。

そしてその後2週間、病気を理由にタロの子守りを断った。

タロはその間、寂しそうにうちの家の周りをチョロついたり、自宅の窓からあたしを眺めていた。









3年の夏。あたしは密かにアメリカの大学へ行くと決心した。

高校を卒業した年、運良くNYの行きたかった大学に出した願書が受理された。
こんな小さな町じゃ、そんな事も大ゴシップになってしまう。
母親が友人の一人に打ち明けた数日後、タロがあたしの家に駆け込んできた。

鼻水垂らして泣きまくったあとが顔に残っている。
「ミーナぁぁぁぁぁぁぁ、母ちゃんが、ミーナがアメリカの大学行っちゃうって!嘘だよねぇ?ねえっ?!」
「あんた、すっごいブサイク顔だよ」
洗面所から雑巾を持ってきて、ゴシゴシとタロの顔を拭ってやると、やがて落ち着きを取り戻して、タロはあたしの顔を覗き込む。
「行っちゃう......のぉ?」
「うん。ニューヨークの大学」
「にゅーよーくぅ?」
タロは「どこだそこは?」と言わんばかりに首を傾げる。
「タロの知らない所」
あたしは意地悪く、フンッとせせら笑う。
「ミーナの意地悪っ」
タロは不貞腐れたようにツンッと横を向く。
「あたしもあんたなんか大嫌い。弱虫なんだもん。ホラ、男は泣かないの」
再び泣き出しそうな目であたしを見上げる少年を見て、ちこっとだけ良心が痛んだ。

「帰ってくる~~~~?」
「そりゃ、帰ってくるわよ。年に1回位は」
「えーーーーーーっ。そんだけーーーーー?!」
タロの耳をつんざくような大声。
「帰ってきたら、タロんとこに遊びに来るから。良い子にして待っててね」
あたしはポンポン、とタロの坊主頭を撫でる。
「俺、待ってるぅ~~~~。ずーーっとずーっとミーナの事、待ってるかんねぇぇぇぇっ」
また大きな瞳をウルウルさせながら、泣くまいとタロは唇を噛む。
ププッ。猿みたいで可愛い。
「約束ね」
「指きりだよっ!!」
あたしとタロは指きりげんまんをした。



大嘘だった。


学校の休みに帰国しても、東京や京都や大阪へ遊びに行ったり観光したりして、実家のある田舎へは滅多に戻らなかった。
両親も何度かアメリカに来てくれたし、東京や大阪までわざわざ出てきてあたしに会ってくれたので、田舎に帰る必要は全く無かった。


戻ったとしても、町をあげての歓迎会なんてしかねない大田舎だったので、ゴールデンウィークの時のように、親にもギリギリまで内緒で帰郷して何度か周りを驚かせた。

アメリカの就職セミナーを通して受けた東京の外資系翻訳会社に職を得て東京に住み始めてからも、もちろんタロの事なんて一切頭に無かった。すっかり存在を忘れ果てていた。


......2年前に帰郷するまでは。







「小俣さん、この翻訳書類はどこへ送付すればいいんですか?」
名前を呼ばれて、ふと顔を上げる。
後輩がPCを前にぼんやりと呆けていたあたしの横で書類を抱えて立っている。
「あ、ごめんなさい。今会社のインフォ取り出しますね」
あたしはそう言って、席を立った。


 なんやかんやでもう5月も終わりに近づいていた。


メイクアップアーティストの陽子は、グラビアアイドルの撮影だかなんだかで長期出張中だし、あれ以来タロからも連絡が途絶えた。

かく言うあたしも、イベントやらコンベンションやらの通訳の仕事が立て続けに舞い込んできて、忙しい毎日を送っていた。

一度、地方のホテルに滞在していた時、再度タロのCMを目にした。
仕事を終えて、滞在先のビジネスホテルに戻って、ベッドに横になっていたある夜。
特にやる事も無かったので、ふとテレビのリモコンのスイッチを押した。

40代男やもめが20代のピチピチ美人と結婚して、ラブラブ新婚生活のはずが色々と邪魔者が入り...?!みたいな若者よりむしろ日本中の中年のおっさん達が憧れそうな内容の連ドラ観ていると、タロの『リフレッシュマン』のコマーシャルが流れた。

「......そういえば、あたしタロがプールで泳いでいる所、生で見た事無いかも」

テレビスクリーンのタロの顔を見つめる。
ああ駄目だ。
最後に見た、タロのマジな顔とダブって見える。
『俺の事、大人の男として見てた?ミーナ変わったよ』
タロが放った最後の言葉の数々が蘇る。


動悸が速くなる。

駄目駄目。忘れよう。


テレビの中のタロは、飛び込みの体勢をとっていた。
それにしても。

競泳水着って、面積少なっ。

......。

気づくとあたし、画面の中のタロの股間に釘付けだし。


ヤバイよ。
明らかに前と違う目でタロを見てる。

ある意味、アイドル水着合戦でおっぱいポロリを期待するおっさん的スケベ視点じゃないのーーーーっ。

あ、あ、あたし、この水着の下の怪物(モンスター)がどんな大きさや形してるか知ってるんだからっ。
もう、あ、あ、あーんな風になってるのとかも見ちゃったんだし、釘付けで何が悪いのよ。ねえ?

『リフレーーーーーッシュ!』
タロの笑顔がドアップになり、次のCMに移った。



あたしは麦茶でも飲もうと、キッチンへ向かう。
コップに注いでテーブルに腰掛ける。

気づくとまた過去にあたしの意識が逆戻りしていた。


昔、タロがあたしを追って初めて裏山の木に登った時。
「俺、やったどーーーー!!」
と喜ぶタロを見捨てて、あたしはさっさと木から降りた。
登ったはいいけど大木から降りられなかったタロは、泣きそうになりながら無言であたしにヘルプを請っていた。

あたしはそんなタロをシカトして、木の下でずっと漫画を読んでいた。

どれ位たってからだろ?
結構長い間タロを放置していると、頭の上から水が降ってきて、あたしは「うわあ」とその場から飛び退いた。

木の上のタロは、股間を押さえて泣いている。
トイレが我慢できなかったのだ。
あたしは慌ててタロを木から降ろした。
「俺、ジャングル隊やめるぅ。ミーナなんて大嫌いだぁっっっ
と恨みがましい声でそう叫ぶと、タロは家の方向へ走り去った。

その後数日間は「お腹が痛い」という理由でタロはあたしの子守りを断った。
おばさんの話によると、あんながっつきのタロがここ数日まともにご飯を食べていないという。

1週間後、あたしはタロの家へいつもどおり迎えに行った。

足の踏み場の無い汚い部屋で、独りプラモデルを組み立てていたタロは、あたしを見るなり困ったように眉をハの字型に下げ、「行くよ」と誘うあたしに大人しく押し黙ったまま、後をついてきた。

最初は、あたしの木登りの件での意地悪を恨んで不貞腐れた様子のまま、『無視』『しかと』のささやかな反抗で対抗していたタロも、1時間後には今までどおりの元気一杯なタロに戻っていた。



「なーーんで最近昔の事ばっか思い出しちゃうんだろ」
しかも、タロとの思い出ばっか

もう連絡も来ないだろうし、せいせいじゃない?
これでまたネットデートの世界に戻れるのよ?

渋谷原宿で徒歩デートなんかじゃなくて、あたしに合った、大人の男達とのめくるめく出会いが待っているのよ?

夜景のキレイな部屋の窓際のソファーで、ワイングラスくゆらせて白のバスローブ羽織った男と、寝室を数本のキャンドルで照らして、真っ赤なランジェリーとガーターで身を包んで花びらの散っているベッドの上で男を待つあたしとの、情熱的な恋のアバンチュールが待っているのよ?(←妄想しすぎ)


ぷはーーーーーーーっと麦茶を一気飲みする。

さ、PCでもつけようかな。
チャットでもしようかな。
ネットデートの世界に戻ろっかな。
ついでにエステの予約も入れとこっかな。
と腰を上げた時。

たんたらりっらたんらんら~~~~♪とあたしのテーマ『天国と地獄』が流れる。
これは...非通知コールだ。


もしかして......タロ?

何故だか、咄嗟に電話に出ていた。
「もしもし?!」
思った以上に上擦った声が出てしまう。
電話の向こうの相手は一瞬間を空ける。
「水名子さんですか?お久しぶりです、坂口です」



数週間ぶりに聞いた、坂口さんの声だった。


「さ、坂口さん!!お元気ですか?」
あたしは死ぬほど驚いて、携帯を落としそうになる。

何故に突然?!

咄嗟に思ったのは、妹の恵さんの事だった。
もしかして.........?
「恵が亡くなりました。水名子さんと最後にお会いした日の翌日に。あと一ヶ月は持つ、と言われた数日後に突然息を引き取りましたよ」
いつものクールボイスで、まるであたしの質問を読んだかのように坂口さんは答える。
「坂口さん、し、心配していたんですよ?連絡来ないし、こういうシチュエーションの時って、結構センシティブっていうか、こちらからは連絡し難くって......あの、お悔やみ申し上げます」
「ここ数週間、色々と片付けなくてはならない用事が山ほどありまして」
坂口さんはそう言って、少しく押し黙った後、
「今日は折り入ってお話があるのですが......」
と切り出す。
「ええ。何でしょうか?」
「オーストラリアで地球環境安全シンポジウムが行われるのですが......僕の論文の英訳を直していただけたら、と思いまして」
「坂口さんの論文、ですか?」
あの、水とか微生物の研究の成果...とか?
「はい。謝礼は幾らでも出せます」
謝礼?マネー$$$?
キラリ、とあたしの目が光ったけれど、話している相手が電話の向こうで良かった。
「あの、本来ならば正式な仕事はフリーランスではないので、会社を通さなければいけないんですけど......」
「もし、そちらの方がよろしければ会社をお通し致しますが?」
「あ、いえ。坂口さんなら友情割引でOKですよ」
「それは良かった......」
安堵したのか、坂口さんの声がワントーン上がる。

あ、例のテレパシーが......。

今、「嫌われてなかった」って思ってた?

「あの...タロとかいう少年とは?」
「相変わらず喧嘩ばっかですよー。今は何か冷戦状態。憎たらしい子供です、ホントに」
坂口さんは一瞬間を置く。
「そうですか。それでは、水名子さんのご都合の良い日を知らせていただけますか?論文のコピーをお渡しして概要の説明をしたいのですが」
「ええ」
あたし達は6月の第一週目の火曜日の夜、仕事の後に会う約束をして、電話を切った。




まさか“あの”坂口さんと仕事をするなんて夢にも思っていなかった。
会社がある新橋の辺りまでわざわざ出向いてくれた坂口さんとは、銀座8丁目の、この界隈では有名なダイニングバーで待ち合わせをした。

久々に会った坂口さんは、前と全然変わっていなくて存外元気そうだった。
「ちっともお変わりないですね、水名子さんは」
あ、先を越された。
「坂口さんこそ」
坂口さんは前回のスーツ姿とは異なり、灰色のニットに白ジーンズといういたってシンプル且つ男らしい格好だ。
うん。
坂口さんのイメージっぽい。
タロの言う“アキバ”のイメージからは随分かけ離れてるよ。

オーダーした飲み物と料理を待つ間、坂口さんは早速論文のコピーをクリアファイルの中から取り出した。
「これが......論文です。シンポジウムで配布される冊子に載せる事になっているんです」
あたしは論題に目を通す。

『アジア諸国における水質問題と微生物の生態変化についての研究発表』

......。

訳すの、ちょーつまんなそう。

思わず、顔が引きつる。
断りてぇぇぇぇぇーーーー!
「とても......興味深い論題ですね...」
坂口さんは苦笑する。
「相変わらず嘘がお下手ですね、水名子さんは。あ、こちらが一応僕の英訳です。参考程度に見ていただけたらと」
でも、まあ乗りかかった船だ。
断るわけにはいきますまい。
「一応目を通しておきます。専門用語等の質問はメールでまとめてお伺いしても宜しいですか?」
「電話でも結構ですよ」
坂口さんが軽く微笑む。

飲み物が運ばれて乾杯すると、あたしは前に座っている坂口さんを盗み見た。
テーブルのキャンドルに照らされて、眼鏡の奥の彼の整った顔が影と光で浮かび出る。
ホント、女性的...っていうか、イケメンだ。

「あの、妹さんの事ですけど...」
あたしはオズオズしながらたずねる。
「ええ、逆にスッキリしました。妹が息を引き取った時、これからどうしようかと冷静に考えている自分がいたんですよ。まず、葬式の準備をして、法的な処理を済ませて、家を引き払って、溜まっていた仕事をこなして......ここ数週間毎日そんな雑務に追われていました」
坂口さんはしごく自然に微笑む。
前みたいな冷たくて鋭利な感じの笑みじゃなくて、なんか優しい感じの笑みだ。

坂口さんの中の何かが一皮剥けたみたい。

「坂口さんの人生の、新たな幕開けですね」
あたしも、ニコリと微笑む。
「あの少年と水名子さんは?」
坂口さんは頼んだワインに口をつけながら問う。
あたしは肩を竦めながら答えた。
「タロですか?実は先日あの子から告られました。けど......断っちゃいました。そしたら、物凄く傷つけちゃって、怒っちゃって、それから話をしていません」
ほう、と坂口さんは興味深げに片眉を上げる。
「もし構わなければ、理由をお伺いしても宜しいですか?」
「やっぱり、年の差なんですよね」
「年の差?」
「だってあたし、8つも年上で、相手はまだ高校出たての大学1年生ですし、なんか世界が......観点が違うんです」
はあーーーっと溜息をつく。
「まだオンラインデートにはまっていらっしゃるんですか?水名子さんは」
「坂口さん以来、だーれとも会ってませんよ。なんかもう疲れちゃって」
坂口さんは苦笑する。
「種馬マンやらポルノのスカウトやらとっつあん坊ややらマゾの男やら、そして最後の男はシスコンやらで、もう幻滅してしまわれたんですか?」
さらりと自分の事をシスコン呼ばわりする坂口さんに、何て答えたらいいのかわからなくて絶句する。

ば、ばれてる。
一瞬でも坂口さんの事、
シスコンの変態だって思った事を。


「あはははははっ」
坂口さんは珍しく、声を出して笑う。
「図星ですね、水名子さん」
真っ赤になるあたし。
「そ、そんな事思っていませんよ!ただ...色々あってディープでヘヴィーな環境な方だなあ、と思いまして......」
顔の前で手を振って、あたしは言い開く。
「いいんですよ。本当の事なので。でももう恵は僕の過去な んです。不思議な位、吹っ切れているんです。もちろん、今でも愛していますよ。兄として、家族として。だけどこうして今冷静に思うと、恵の事を本当に女と して見ていたのか、病弱で一生女としての幸せを得る事が叶わなかった哀れな恵に同情していたのか、正直僕もわからないんです」

あたしは口を噤む。
「口紅に......髪の毛がついていらっしゃいますよ」
スッと坂口さんの手が伸びて、あたしの前髪をはらってくれた。
彼の目が細まる。

あれ?
今、チラッとあたしの唇を親指で触れなかった......この人?
ききき気のせいだよね?

「すみませんっ」
あたしはボディパーマのかかっている髪を、金〇先生みたいに耳にかける。
「はい、な~んで~~すかぁ~~~、佐藤~~。............なーんちゃってっ」





しーん。





坂口さんが固まっちゃってる!
しまった!金〇先生のモノマネがシケたぁ!!

ふ、古すぎた?
このブログの読者さんすらワカラ無いだろ、って?



「ぷっ」
坂口さんが、下を向いて吹き出す。
「水名子さん、相変わらずわかりやすいなと思いまして」
くっくっくっくとお腹を押さえながら静かに笑いをこらえる。

あたしは真っ赤になってワインをがぶ飲みした。


 あたしのベタなモノマネは坂口さんのツボにはまったのか、最初は抑え気味だった笑いもだんだんエスカレートして、しまいにはお腹を抱えての大笑いになった。

「あたし、アメリカに居た時、母がよく日本のビデオレンタル屋で日本のビデオ借りてて、金〇先生も一緒に観ていたんですよ。いいですよねー、ああいう熱血教師。アメリカであんな学校外で生徒の私生活に関与したら、即、クビですけどねー」
「僕も昔観ていましたよ」
笑いからやっと開放された坂口さんは、ワインでのどを潤す。
「ああ、本当に水名子さんといると楽しいです」
コトン、とグラスをテーブルに置く。
「そうですかぁ?あたしの事、うざがっていませんか?」
あたしもグラスを持ち上げて、ワインを味わう。

「そんな事ありませんよ。あの、改めて......なんですが」
坂口さんが、眼鏡の中央を指で押し上げた。

心なしか、落ちつかな気だ。

「あんな見苦しい姿を晒してしまったのに、今更ながらの話なんですが......その、改めて僕とお付き合いしていただけますか?




ぶほっ。




口から鼻からワインが吹き出す。
あたしは慌ててナプキンで口元を拭った。

お付き合い......?
「お付き合い......ですか?え、それは...ちょっと買い物に付き合って、みたいなお付き合いですか?それとも、男女のお付き合い......の方ですか?」

ああああ、あたしったらアホな質問を!
答えわかってるくせにぃぃぃぃ。

「もちろん、お互いそれなりの年齢ですし、結婚を視野に入れた男女のお付き合いの方ですよ。その...最後に水名子さんにお会 いした時、確かに僕はもし違う時期にあなたと出会えていたなら、と思っていました。恵の事もありましたし......。でも気付いたんですよ。もうこだわ る必要が無くなった、と。僕の中であの...あなたにあんな事をしてしまった夜から、既に何かが変わっていたんです。肩の荷が下りたと言うか、呪縛が解け たというか、何かがスッと軽くなっていた。もし、今からでも......この申し込みが遅くなければ、の話ですが」
坂口さんは頬を染めて、気まず気にコホン、と咳払いする。

「あの、えーっと......」
あたしも気まずくなって、下を向く。


こんな、こんないきなりっ!!!


女として冷静な目で坂口さんを見る。

容姿端麗もあって、髪の毛もフサフサで、引き締まったボディー大学院出の頭だったら中年太りリストラからは程遠そうだし、ちょっと暗い過去とかあるけど、それもまたそれで魅力的だし、良いパパになりそうだし、恵さんの事もそうだったけど、きっと死ぬまで一生大事にしてくれそうな、結婚相手には何一つ不足無い、ミスターパーフェクトだ。

ただ、あえてあたし達に欠けているものと言えば......燃え上がるような恋心?


「僕は水名子さんに惹かれています。男として、精神的にも......肉体的にも」

ああ、そうだ。
この人は読心術に長けてるんだった。

でも、肉体.........。

かあああああああああぁぁぁぁぁ//////

あの夜の色っぽい坂口さんの顔と声があたしの脳裏をかすめる。

はあ、はあ、落ち着け、あたし。
あたしの方は...まだ心の準備が出来ていない。
それは明らかだった。

でも何で?
あたしはこういう男の人を探していたんじゃないの?
ずっとこういう言葉が欲しかったんだよね?
だからネットで色々と出会いを求めていたんだよね?

.........坂口さんみたいな男性を。


エステとジムに巨額の富投じて通って(ローン返済組んで)、心も体も、この時の為に準備しまくってたじゃん。あたし。

ああ、混乱してきたっ。
「正直申しますと...タロとの事もありましたし、あまりにも性急で......」
「水名子さん、…そうだな、明々後日の8日辺りは空いていますか?」
「え?」
明々後日?
坂口さんは電子手帳を開いて予定を確認する。
「8日の金曜日です。夕方、仕事の後にお会いできますか?」
8日は何かあったような...?


タロの大会だ。


「夕方以降なら多分......」
何故かもうタロの大会に行くと心の中で決まっていて、その為に会社に在宅勤務願い(=仕事ばっくれ)を出してしまっていた。

タロとはあんな事になってしまったのに。
今更......。

「良かった」
坂口さんはそう微笑むと、緊張から解き放たれたように椅子の背にもたれた。





車で坂口さんに自宅まで送ってもらった。
車内では、仕事の事から恵さんの話まで、他愛無い会話で盛り上がった。
なるべく、お互いの動揺や感情を押し殺して。


「8日の金曜日、楽しみにしています」
家の前で車を停めると、坂口さんは真摯な顔で、あたしを見た。
「おやすみなさい」
とあたしは笑顔を作って、車から降りた。


スーパーヒーロー    05.21.2007
 坂口さんと会った日の翌日、つまり6日の夜。

家で洗濯物をしていたあたしに、思わぬ人物から電話が来た。
登録していた番号じゃなかったので、一瞬誰だか解らなかった。

全然期待していなかったし、8日にもしかしたらとは思っていたけれど。



「あ、ミーナぁ?俺俺ぇ、タロちーーーんっ」
電話口のタロは、いたって普通であたしと何かあったなんて微塵も感じさせない声音だった。
「あ、タロ......あー、えっと......今日も練習?ど、どうしたの?」

あ、あたしの方が動揺してるしっ。
大人気ない。

「練習は毎日だよう。今日大会1日目だったよー。楽々予選通過ぁーーーーっ」
タロのビッグスマイルが目に浮かぶ。
ピースサインしてそう。
「へえ。本番は明日からなの?」
「そ。明日は平泳ぎぃ」

あ、全然元気そうだ。

「明後日の8日......まだあたし行ってもいいの?」
昔の...いや、ちょっと前までのあたしだったら
「明日優勝しないと回し蹴りだかんねっ」
とか言ってて、こんなオジオジした言い方してなかったのに。

やっぱギクシャクしてるの、あたしの方だ。

「あったり前じゃーーーーんっ。俺、その為に勇気100%ふり絞ってミーナに電話したんだよっ」
「じゃ、タロが嫌がっても行くからね。失態見せたら鼻フックくらわすから」
なるべく今の言葉が自然に口から出ていますように。

「鼻フックはいやじゃーーーっ。でも、俺ずえーーーったい取るからぁ、安心して今夜もお眠りクダサイ」
「取らなくても安眠するよ」
「うんっ。あの...さ、ミーナ」

あ、タロの声のトーンが1つ下がった。
ちょっと真面目になってる証だ。

「会場、C県の県民総合体育館なんだけどぉ...会場着いたら佐々木に連絡入れてくれる?俺の試合多分1時と3時位だからー……12時前には来てねっ」
「佐々木って、翠さん?」
「俺、今佐々木の電話からかけてんだけど、これ佐々木の番号だからぁ」
「彼女は大会に出ないの?」
「うん。出たよ、今日。女子400の自由形と50のバタフライっ。バタフライは1位だったけどぉ、自由形は4位。佐々木明日からもう試合無いし、ミーナに付き合えるってぇ」
「そうなんだ。翠さんも頑張ってるね」
「俺もがんばるー」
「頑張ってね」

しばしの沈黙。


「あの...ミーナ、大会終わったら会えない......かなぁ?」
「大会終わったら?」
「俺、もっかいミーナと話したい」

あ。
坂口さんと約束が......。
どうしよ。言うべきなのかな?


「その日の夕方から、あたし...約束あるんだよね」
「誰?男!?」
思わず声に出てしまったのか、タロは「あ」と口を噤む。

言うべき...だよね。タロにフェアじゃない。
「うん。坂口さん。改めてお付き合いしましょう、って言われた」

電話の向こうで、微かに息を飲む音が聞こえた。
......ように思えた。

「そ.........かぁ。えーと、俺ミーナが年相応のおっさんと付き合うの、良い事だとオモウ。あのアキ...眼鏡もちょっとキザっぽくて俺むかつくけどぉ...ミーナには優しいみたいだしっ」

あれ?
あたしの予想と反応が違う。
あたしは何を期待していたんだ?
前みたいに喚いて怒鳴って「あんな奴やめろ!」って言葉を言って欲しかったの?

ば、バッカみたい。

「俺みたいなガキじゃなくって、もっと色んなおっさん達と色んな経験した方がいいと思うゾ。うん」

おっさんおっさんって。
あたしもおばさんみたいな言い方ッ(←被害妄想)
何かムカついてきた。

「け、経験なんて言われなくたってとっくにしてるわよ。でも、そうだね。坂口さんは落ち着いてるし、大人だし、生活も将来も安定してるし、完璧なお相手だよね。タロも解ってくれてたみたいで、良かった。あーうれしい」

最後の「あーうれしい」の一言がいかにも棒読みになってしまった。

「俺も、色々と経験しなきゃーって最近思いはじめたんだよねぇ。ミーナ以外に、世界みなくちゃ、ってぇ」
「うん、それがいいよ。あたしみたいな三十路まっしぐらの女じゃなくて、ピチピチの女子大生とか、女子高生とか、選択肢いっぱいあるでしょ。タロなら」
はははは、と空笑いのあたし。

タロはいたって冷静な声で応じる。
「選択肢は結構あるよー。ミーナの想像以上にねっ。あ、もう行かなきゃぁ。佐々木が電話使いたいって呼んでるっ。じゃ、8日は来れたら来てねっ。佐々木に電話するんだよー」
と言うなり、あたしの言葉を待たずに電話を切ってしまった。




「な、なんなの今のはあ~~~」
あたしは何故かムカムカしながら乾燥機に濡れた衣服を突っ込んだ。

やっぱり坂口さんがいいわ。
大人の男が一番だ。
8日に会ったら伝えよう。
あたしでよければ」って。





電話を切ったタロが、「クソっ」と呟き、佐々木さんの携帯を思いっきり壁に投げつけてぶっ壊した事なんて、あたしは露程も知らなかった。



 6月8日、金曜日。

C県にある県民総合体育館前には、あたしみたいな一般ピーの観客やら選手やらその関係者やらマスコミやらの人で溢れかえっていた。

この手の大会は来るのも見るのも初めてなので、一体どこへ向かったら良いのかわからない。
タロの指定した時間前に到着したあたしは、早速翠さんに電話した。

が、電話は直行で留守電になる。

あれー?
と思いながら携帯のディスプレイに視線を落とすと、知らぬ間に1件留守電が入っていた。
圏外だったのかな?

「ミーナさんですか、佐々木です。山田の馬鹿が一昨日あたしの携帯ぶっ壊しやがったんで山田の携帯から電話しています。会場着いたら山田の携帯に電話ください。お願いします」
とのメッセージを確認して、早速タロの携帯に電話をかける。

タロが......出たらちょっと気まずいかも。


「あ、ミーナさん!あたしです。今どこですか?」
良かった、翠さんだ
何故か安堵で脱力する。
「翠さん、お久しぶりです。あたし、えーと南口って書いてある入り口のそばにいるんですけど...」
「そうですか。じゃあ、そこで暫く待っててくれませんか?あたし急いでそっち向かいますから!」
相変わらず、シャキシャキして元気そう。

数分もしない間に、上下ジャージ姿の翠さんが建物の中から走ってきた。
相も変わらず、男らしい

「お久しぶりでーす、ミーナさん」
男の視線であたしを一回りチェックすると、
「今日もおキレイですね」
セクシーに微笑む

女のあたしにも、眩しい笑みっ。
きゃーーっ。
あ、あたしあっちの世界に行けちゃうかも......。
男なんてやめてビアンの世界でデビュー決めようかな。


「翠さんも相変わらずお元気そうで。一昨日はバタフライで優勝なさったんですって?おめでとう御座います」
「有難う御座います。自由形の400mは散々でしたけどね」
翠さんはあたしにW大の関係者用首かけネームタグを手渡して、中に誘導する。
「あ、前の時もそうでしたけど、今回もタロ...太郎君の事で色々とご迷惑おかけしてすみません。あたし、こういう所右も左もわからないものですから......」
「あ、いいんですよ。あたし山田には借りあるし。あ、でもあいつあたしの携帯ぶっ壊しやがったからもう無いか。聞きました?山田昨日の平泳ぎ散々だったんですよ」
「え?」
聞いてないよ。
「もう最悪。決勝最下位だったんですよ」
「タロ...が?」
「昨日は一日中沈んでたし、何かあったんですかねー。せめて1個位何か取っておかないと、日本代表の選考漏れちゃうし。まあでもあいつ強いから大丈夫だと思いますけど」

うっ。
何故にあたしが......責任感じてんだあぁぁ???

ポン、と翠さんはあたしの肩を叩く。
「ま、今日会えたら応援の言葉の一言二言いってやってくださいよ。あいつブタもおだてりゃ木に登る単純な男っすからー」
はっはっは、と破顔一笑の翠さん。



「あのー、試合前にタロに会う事って、出来ませんか?」
あたしは何となくタロに会わなきゃいけない気がして、駄目もとで翠さんに聞いてみる。
「え?今、ですか?」
翠さんも流石にちょっぴり驚いて、あたしを顧みる。
「あ、でもムリですよね。ムリならいいんですよ。ちょっと聞いてみただけなんで」
腕を組んで顎に手を置いて一瞬思案した翠さんは、
「うーん。ここの先の階段登ればすぐ座席なんだけど.........。じゃあ、駄目もとで控え室行ってみましょっか?」
ニヤリ、と意味深な笑みをこぼして、あたしの腕を引く。
あたしたちは座席とは正反対の廊下を走った。




翠さんは選手控え室用のロッカールームの前にいたスタッフらしき人物に一言二言話をつけていた。

やがてそのスタッフが控え室の中に消え、1分もしないうちにI P●Dで音楽を聴いて首にタオルをかけているジャージ姿の背の高い見知った青年が姿を現す。

タロだ。


「あ」

タロはあたしを見るなり、目を見開いて固まる。

あ、じゃねぇよこのヤロウ。
「タロ、鼻フックしていい?」
「ミーナ何してんのぉ?......ふごっ

あたしは背の高いタロの鼻に指を突っ込んで(汚っ)フックをかます。

いや、いかんせん背の高い男なので、フック状態にならずあたしの指が2本突っ込んだままの状態になっている。

最下位になってんじゃないわよっ。言ったでしょ?鼻フックかますからって!」
そう言って、あたしは指を引っこ抜く。
タロの首にかかっているタオルでその指をキレイに拭う。

一瞬凍りついた翠さんやスタッフも、一斉に忍び笑いをもらし始める。

「いきなり何なんだよミーナぁ~~!!!」
タロは鼻を手で拭いながら、あたしを凝視する。

驚いている。

「男は有言実行じゃなかったの?余裕とか言っておいて、失態さらしてんじゃないわよっ」
あたしは腕を組んで、タロを見上げる。

吃驚していた顔が、だんだんと笑みに変わる。
「ミーナ来てくれたんだぁ。あーんな事言っちゃったから今日は来ないかと思ってた」
「来てあげたわよ。来てあげたから、今日は1個位メダル取ってよねっ。じゃないと、あたし観に来た意味ないし」

「あのー、山田さんそろそろ50mの時間なのでご用意していただかないとー」

あたしとタロの間にスタッフが割って入ってくる。
翠さんも、あたしの袖を引っ張った。

「山田、頑張れよ。行こう、ミーナさん」
翠さんがタロに向き直る。
「そうだよタロ。頑張らないと......」

頑張らないと?
あたし何を言おうとしてるんだ。

「もう、除隊だからねっ。口利かないからねっ」
あたしはそう吐き捨てる。

「らじゃ~~~っ」
タロは大きなスマイルをあたしに返して、あたししか知らないりんどう町ジャングル隊の敬礼をした。



 ぱあんっ。

と号砲が鳴り響き、選手が飛び込み台から一斉に飛び込む。
3レーン目のタロは、青の競技用水着に青のキャップとゴーグルで、まるで水に同化する様に飛沫を上げながら進んでいく。
ちょっとでも瞬きしたら、タロがどこのレーンで泳いでいるのか分からなくなりそう。

「わあ...」
思わず感嘆の呟きが漏れた。
あっという間に他の選手と体の半分以上の差をつける。


「よっしゃああああああああああああ!!!!!」

え?え?という間に、あたしの座席周りのW大の生徒やら選手やら、隣の翠さんが腕を引いたガッツポーズで立ち上がる。

「すごいよ、山田日本新記録!29秒20!」
翠さんが掲示板を指差す。
『1位 ヤマダタロウ W大  29:20』

す。
「スゴイ!!!!」
あたしも皆より数秒遅れて席を立つ。

「ミーナさん、もしかして貴方かなりの猛獣使いですね。飴と鞭の扱い方ちゃんと心得てる」
翠さんは、あたしに向かってウインクする。
「タロとは、長いですからねー」
あたしはたった今起きた熱狂が冷めないまま、うわ言のように呟く。

プールの中のタロはガッツポーズでゴーグルを外し掲示板を見ている。
一斉にカメラのフラッシュがたかれる。


いや、掲示板じゃなくて......。
誰かを探してる?


ゆっくりと顔が動いて、2階席を見回して、W大の座席の方向で止まる。

ビシッと。

水の中で微笑みながらタロはジャングル隊の敬礼をした。





「次の2個メこそ、山田の本領発揮なんですよね」
1時間程他の選手の競技を観たり、会場内をブラついて座席に戻ってきたあたしに、翠さんはプログラムを確認しながらあたしに声をかける。

休憩中、坂口さんからメールが入っていた。
『5時半に恵比寿駅前で会えますか?』
時計を確認すると、まだ3時にもなっていなかったので、
『大丈夫だと思います』
と返事を打っておいた。


「煮込め?ニコメって、何ですか?」
それすらも知らないあたし。
駄目だ。使えねーな。

翠さんも苦笑しながら説明する。
「2個メは、200メートル個人メドレーの略で、200メートルをバタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形の順で泳ぐ競技です。山田はどの泳法も得意だから、他の奴らと違ってムラが無い。奴の得意分野っすよ」
「はあ」
この小説のこのページ読んでる人、この話がスポ根モノだって勘違いしてるよきっと。
でも、違うんだけどね。
あたしが主人公のコテコテ純愛ラブストーリーなんだけどね(大嘘)


「また、控え室の山田に会いに行きたいですか?」
翠さんがあたしの顔を覗き込む。
「あ、もういいです。言う事言っちゃったし」
あたしは顔の前で手を振る。
翠さんは、混乱した顔で2、3度瞬きする。
「ミーナさんと山田って、今は付き合ってるんすか?ずっと前だったけど、山田ミーナさんとデートするからって、息巻いてたんで一緒に服の買出し付き合ったげたけど、あれ以来なんか山田も何も言ってないし」
「付き合ってませんよ。でも、その時期に告られました」
「山田から?山田ってその時まで告白してなかったんすか?」
あははは。
翠さん、かなーり驚いてる。
「いっつもいっつもミーナさんの話してたから、もうとっくに言っちゃってたのかとあたし勘違いしてましたよ」
「ええ。でも、断りました」
なーるほど、と翠さんは深く頷く。
「だからあいつここん所大人しかったんですね。これで合点が行く。何か悪いもんでも食って腹壊したのかと思ってましたよ」
「あの子はあたしにとって、弟みたいな存在なんです。だから…」
「あたしは部外者なんで、何も言うつもりないですけど......山田はスゴイ忍耐の持ち主ですよ。そんでもって、欲しいものは努力して手に入れるタイプだから......ミーナさん覚悟しておいた方がいいかも」

忍耐=しつこいって事ね。
それは小さい頃からよーーーーっく知ってます。

でも、オッサン達と付き合ってみたらとか推奨してきたのタロの方だし。
「いや、でも何か意外とあっさり自分も他の子とデートしてみる、とか言ってましたよ」
あたしは微笑む。
「ふうーん」
と呟いて、翠さんは押し黙った。




5レーン目のタロは、100m泳いだ後位から他の選手との差を広げた。
200mの個人メドレーとやらは、前の50mの自由形に比べたら見ごたえ充分で、バタフライでは鯨のような勢いで猪突しながら泳ぐタロを見て、何故か胸が躍った。

だって、川で泳げなかったんだよ?
あたしに突き飛ばされて、溺れてたんだよ?

それなのに、今じゃ日本一のスイマーだ。

平泳ぎの後、イルカのようにクルリとターンを決めるとタロは一気にクロールで差を伸ばす。

アクアマン...だ。

スイスイと力強く泳いでいるタロを見て、ふと思い出す。

アクアマン。
水の中のスーパーヒーロー。
夕陽をバックに向こう岸まで泳いで渡った2年前の坊主頭の姿とダブる。



「よっしゃっ!ターーーーーーーッチ!!!」
隣の翠さんが叫ぶ。

歓声が沸いた。
皆が抱き合っている。

『1位 ヤマダ タロウ W大 1:59:82』
掲示板にタロの名前が出る。

フラッシュの嵐を浴びているタロは、再びこっちに向かって、笑顔で大きく手を振る。

そして、そのままあの敬礼


あ、やば......胸が痛い。
なんか、切ないぜコノヤロウ!

あたしもタロに向かって同じ敬礼を返す。
見えないだろうけど。

やだ。なんか熱い液体が頬伝ってるし。
あたし、泣いてる。みっともない。

慌ててメイクが崩れない程度に目元を押さえる。

こういうスポ根ドラマ調も現実だと駄目だ、あたし。
お涙頂戴ものの漫画みたい。

でも、ちくしょう。
タロ、すっげーカッコよかった。
あたしの胸はバクバク大きくパウンドしている。



「もう行っちゃうんすかー?」
チームメイトと狂喜乱舞の翠さんは、席を立つあたしを呼び止める。
「ええ、これから約束があるので。タロに『よくやったね』と伝えておいていただけますか?」
タロへの伝言を頼んであたしは逃げるように会場を後にした。




ケッセンは金曜日    05.21.2007
 その部屋は、東京タワーが見える高層マンションの一室だった。
赤と青のコントラストを成している夕陽をバックに、東京タワーが眩しく輝いている。
窓からの景色そのものが、額に入った絵のような美しさ。


「実家を引き払ったら...景気が良いので思った以上の値がついたんです」
坂口さんは、あたしに白ワインを手渡しながらそう説明する。
「新しい生活を始めるには、まずまずの場所かなと思いまして」



恵比寿で待ち合わせをすると、そのまま彼は自宅へ招待してくれた。
「水名子さんのお口に合うかどうか心配ですが......」
料理が得意だという坂口さんは、あたしにディナーをご馳走してくれるという。
男物の黒色腰巻エプロン姿の彼は、用意しておいたのかトマトとモッツァレラとバジルを挟んだサラダをテーブルに置いた。

あたしのオンボロアパートとは大違いの、2LDKのマンションの21階。
しかも、新築らしく仄かにフローリングの木の香りが漂う。
部屋の中はまるでインテリア用の雑誌から出てきたような、棚の本1冊の積み上げられ方まで計算しつくされた、完璧な装飾。
もちろん、足の踏み場の無い誰かさんの部屋とは雲泥の差で、上品なイタリアン家具の上には埃どころか塵一つ見当たらない。


「美味しーーい」
あたしはサラダを食べて思わず頬を緩める。
「良かった」
と坂口さんは微笑み、魚とパスタを調理し始めた。
「イタリアのナポリの水は最高なんです。ピザを作るにも、パスタを茹でるのにも適しているんです。町は...ものすごく汚いのですがピザなんて一回食べたら今まで自分が食べてきたピザは何だったんだ、と思うようになりますよ」
「坂口さん、イタリアに行かれた事おありなんですか?」
「仕事の関係で」
「あたしはローマとか北しか無いですねー。ローマのピザも美味しいですけど」
ぷう~~ん、と部屋の中に魚介類の良い匂いが充満する。

匂いを嗅ぎながら、ふと思い出す。
タロは......あたしにニラ臭い中華料理作ってくれたっけか。
庶民的な味でとても美味しかった。
2年前は、帰郷したあたしにわざわざ餃子を作ってくれた。
あれも、あたしの大好物だ。

「あの水が手に入ったら僕のパスタももっと美味しくなるんですけどね」
魚一匹丸ごとグリルしたものを、トマトとオリーブオイル風味のソースと絡めたボンゴレパスタに添える。

「ちょー美味しそう!」
思わずタメ語になってしまう。

茄子とピーマンのグリルのマリネも一緒に運んでくると、坂口さんはダイニングテーブルのあたしの前に腰掛けた。

食事を楽しみながら。
「あの、これを見ていただけますか?」
坂口さんはあたしに一枚の写真を差し出した。
明るそうな美人の女の子。いや、女の子というより...女の人。
思い当たる人物は1人しかいない。
「メグさん......ですよね。やっぱあたしの予想通り美人だったんですねー」
「23の時の写真です」
坂口さんは優しく答える。

「人の人生って、長いようで短いものですよね。誰も明日何がおきるか分からないじゃないですか。その分、自分の運命分かってたメグさんは短いながらも有意義な人生だったんでしょうね」
「それは、僕も思います。死を覚悟して生きる人間は…物事の捉え方が貪欲で、ポジティブで、全然違いますよ。恵は欲しい物を常に知っていた」
「でしょうね」

あ。
どこかで聞いた台詞だ。
タロの犬顔が再びあたしの脳裏を過ぎる。


コトン、とあたしはパスタを絡めていたフォークを置く。
「坂口さん......やっぱこれって、少し性急しすぎると思うんですよ、あたし」
あたしはしっかりと坂口さんを見据えて、そう口に出す。
「水名子さんがご迷惑ならばゆっくりと時間をかける事も出来ますよ。ただ、お互いにそれなりの年齢ですし、僕は何かを始めるには丁度いい時期に入った、と思っているんです」
坂口さんもフォークを置き、口をナプキンで拭う。

ああ、やっぱ違う。
何が違うんだろう。
タロだったら、と思ってしまっている自分に気付く。
タロだったら、
「歳なんて関係ないと思うゾー」
って料理食べながら、口をモゴモゴさせながら、ちょっと拗ねた感じで反論して…。

あたしは頭を振ってそのイメージを拭う。

「そうですよね。あたしもこの歳になって、田舎に帰ると周りがやれお見合いだの縁談だの勧めてきて、大迷惑なんですよね。ほんっと、腰を落ち着けなきゃとは思っているんですけど...」
坂口さんは無言で立ち上がる。
テーブルを回って、あたしの横に跪く。

え?え?え?

「あの、水名子さん。僕は名誉挽回がしたいんです。汚名を返上したいんです。もうあの夜のように、手荒な事は決してしないと誓います。水名子さんを......もう一度抱きたい」
坂口さんの手があたしの顎にかかる。

どきゅーーーーーーーーーーんっ。
うわあああああああ、キターーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。


かああああっ。
と真っ赤になるあたしの顔。

正直になりなさい、水名子。
あたしは自分に語りかける。

嫌いじゃないでしょ?こういうシチュエーション?
こういう大人風味の展開をずーっと望んでいたんじゃないの?

もし、ここであたしが『ヲタ芸』とか披露したら坂口さん幻滅するかな?
あいーん』とかしてみようかな。

ああっ、あたし混乱してる。
馬鹿なこと考えてる!
オカシクなってる!

いや、あたしこのシチュエーションを打開する方法探してる!

フワッと坂口さんの唇が重なった。
前回の性急さとは程遠い、静かなキス。
「眼鏡が邪魔ですね...」
一度押し付けた唇を離すと、坂口さんは眼鏡を外す。

ああっ、やっぱこの人イケメンだ。
眼鏡の奥の素顔は、男の性的魅力に満ちた、超バリイケ(注:水名子語で、超バリバリイケメンの略)だ。

なのにあたしの脳裏には、あのへタレな犬顔がチラつく。



「だ、駄目ですっ!」
あたしは反射的に坂口さんを押しやっていた。
「......水名子さん?」
坂口さんが静止する。

「やっぱあたし駄目です。坂口さんとは時期が悪すぎましたっ。今、それが分かりました」
押しやったまま、頭を下げたまま、あたしは釈明する。

「…と、言いますと?」
「ほんと、馬鹿はあたしなんです。多分あたしの人生で一番大きくて、一番馬鹿な決断下しちゃったと思ってます。坂口さんほど理想の人、もう今後あたしの人生で絶対現れないっていうのは百も承知です。だけど、もう変えられない!」
あたしは言うなりショルダーバックを探して拾い上げる。

坂口さんは、落胆したように小さく息を吐いて再び眼鏡をかけた。
「それは、僕の過去に関係している事ですか?それとも…?」
「メグさんの事でしたら、全然違います!むしろ彼女との関係から一歩前進する事が出来た坂口さんの事、凄いなあ、尊敬するなあ、って思ってます。それに過去の事言うならあたしなんてどす黒くて馬鹿な経験ばっかで、顔を上げて歩くのも恥ずかしいくらいで…っ」
「あの少年が原因ですか?」
一瞬戸惑って、あたしは言葉を探す。
「…多分、いえ、あたしが原因です……。あたしがしっかり物事見えてなかったからっ」

上辺だけを見てて何にも本質掴んでなかったから。



あたしをじっと見ていた坂口さんが寂しそうに微笑む。
「ベイブリッジの話、覚えていらっしゃいますか?」


胸が痛い。同情...いや、罪の意識を感じる。
もう、ここには居られなかった。

「あの、ご飯美味しかったです。有難う御座いましたっ。ほ、翻訳書類は翻訳終えましたら後日坂口さんに必ず送付しますので......。ご、ご馳走様でしたっ」

あたしは坂口さんに向き直って深々と頭を下げる。




本当にゴメンなさい。


あたしは坂口さんのマンションから出ると、携帯を取り出した。



 「もしもし?」
「もしもし?!良かった、通じた。翠さん、あたし、小俣です」
「あ、ミーナさん。どうしたんですか?」
明らかに驚いた声音で、翠さんは応じる。
「あの……タロと連絡を取りたいんですけど。タロの携帯…何故か繋がらなくって」
「え?山田ですか?ちょっと待ってください」
少し間を空けて翠さんは続ける。
「あれ、居ないなぁ……さっきまで居たのに。いま、寮で祝賀会も兼ねて打ち上げしてるんですけど。なあ、山田知らねぇーーーー?」
電話の向こうで、誰かに大声で尋ねる。
「あ、なんかパーティー抜けて独りでプール行っちゃったみたいなんすけど」
一言二言その誰かと言葉を交わすと、翠さんはあたしにそう伝える。
「W大のプールって、部外者入れますか?ちょっとタロに……今夜中に会いたいんですけど…」
ああ、あたしいつも翠さんに無理言ってる。
大迷惑かけっぱなしだ。
「ええーと…誰か生徒が付き添いじゃないとー中へは……」
翠さんは困ったように言葉を濁す。
やがて意を決したように一気に続きを吐き出した。
「いいっすよ。丁度飲みすぎで外の空気も吸いたかったし、W大の総合体育館の前でミーナさん待ってます」
「ほんっとに、スミマセン。いっつもいっつもいっつも翠さんにご迷惑かけて。今度、本当にお礼させてくださいね」
あたしは、本当に申し訳なくて、電話越しなのに何度も頭を下げてしまう。
「じゃあ、お礼はミーナさんの体で……なーんて嘘っすよ!ははははっ」
一瞬青ざめたあたしを知ってか知らずか、翠さんは豪快に笑う。

電話を切ったあたしは、即行流しのタクシーを拾った。




体育館の前では翠さんが誰かに電話をしていた。
あたしを見つけると、手を振って「ピ」と切る。
「電話を買う時間あったんですか、今日?」
あたしは翠さんに駆け寄って、新しい携帯を指差す。
「山田にぶっ壊されたって確かミーナさんに言いましたよね?知り合いが今日新しいの買ってきてくれました。携帯ないと不便すよ」
「あたしもタロも、ほんっと翠さんに迷惑ばっかかけてるみたいで……」
「全然迷惑なんて思ってませんよ」

星空の下の翠さんは、相変わらずそこだけ照らされたみたいにキラキラとオーラが輝いてる。

若いからなのか、それがこの翠さんの個性なのか、生命力とパワーにみなぎった何かを纏っている。

タロも......彼女と同じような精力に満ちたオーラをいつも解き放っている。
これがアスリートの特性なのかな?


「俺…あ、自分の事『俺』って呼んでいいですか?あたしとか使ってると、やっぱすっげーこそばゆくって。こんなナリだけど一応女だし、相手が不愉快になんないように初対面の人には気を使ってんですけど。でも俺の方が言い易いんですよね」
そこまで言って一旦言葉を止め、翠さんは自身の携帯を穿いているジーンズの後ろポケットの中にしまい込む。
「お2人の間に何が起きてるのか全然知りませんけど、俺、山田とミーナさ んの関係上手く行って欲しいんすよ。なんか…なんでか分かんないですけど」
頭を掻きながら、困ったように翠さんは照れ笑いを浮かべた。

あ。
何となくだけど、翠さんがあたしに心開いてくれていってる…ような気がした。
何故だか一人称を『あたし』から『俺』に切り替えてくれた事が嬉しかった。

「じゃ、さっさと中へ入りましょう。免許証かなにか持ってますか?受付で名前と電話番号記入しなきゃいけないんで」
あたしと翠さんは、中へ入った。




「山田っ」
体育館の中に入れても、プールの中には水泳部の関係者か、水着を着用した人しか入れなかったので、翠さんがタロを探し出して声をかけるのを
あたしはガラス張りになっている外から眺めていた。

プールから這い上がって、水を滴らせているタロは……。
み、認めたくないけど、すんごいセクシーだ。
相も変わらずモデルのような逆三角形のパーフェクトボディ。
水も滴るいい男……なんてタロを見て思ってしまう日がまさか来るなんて。

あたしが見ている相手は、ぶるっと体を震わせてプールの中のベンチの上のタオルを拾う。

キャップとゴーグルを外ずして髪をかき上げると、タロは翠さんが指差しているこっちを振り向いた。

口をあんぐりあけて、目を見開いている。
まさかのあたしの存在に、明らかに驚いている。


あたしは、平静を装って、にこやかにタロに手を振った。

プールから駆け戻ってくると翠さんは、
「山田今ロッカーから出てくるんで、ちょっと待っててくださいね」
とあたしの肩を叩く。
「あの、ほんとっ、色々どうも有難う御座いましたっ」
深々と頭を下げるあたしに、
「今日は色々と決戦の金曜日みたいっすね。頑張ってください」
バチッとウインクを送ると、踵を返して後ろ手でピースサインを作って出口へ消えた。



「何でミーナ…ここに居んのー?」
タロはまだ目の前のあたしを信じられない、といった顔で見つめる。
「あの眼鏡はぁ?」
何度か瞬きすると、鼻の頭をポリポリ掻きながら複雑な表情で訊ねる。
「うん。フってきた」
あたしは小さく微笑みながら、ハッキリと答えた。

タロはキョトンとしている。
「……何で?」
心なしか、タロの声が掠れてる。
「やっぱオッサンとはあたし無理みたい。坂口さんはオッサンって言うほどの年齢じゃないけど」
タロの質問に答えるなり、あたしはグイッとタロに抱き寄せられた。
ポタポタとタロの濡れた髪から雫が落ちる。

水から上がりたての塩素の臭いと、タロのひんやりした体に包まれる。

「あのね、この結論...というか、坂口さんに至るまで色々と経緯があって...」
出会い系のネットサイトの男達とかさ。

タロはあたしの言葉を遮る。
「経緯なんて別にいいよ。俺、聞きたくないしっ。でも、何でキザやろ…眼鏡とは無理だったのー?」
あたしの髪に顔を埋めながら、タロが問いただす。

「坂口さんは……相手としてぜんっぜん不足なくってパーフェクトだけど……」
「けど?」
タロじゃないんだもん。気付くと坂口さんの言う事やる事タロと比較しちゃってて、なんかしっくりこなくって……」
「んで?」

「そんで、気付いた。なんかあたし、タロがいいみたい」

ぎううっ、とあたしを抱くタロの力が強くなる。

「あ、あのさ、タロ、ここ公衆の面前だしっ、場所も場所だし……ちょっとこういう抱擁は……」
タロ越しに野次馬達の視線が気になって、あたしはオロオロする。
「ヤダっ。やっと捕まえたんだもーんっ。俺、超嬉しいっ!!!!」
言いながら、あたしに廻した手を少しだけ緩めてくれる。


ああっ、完璧月9状態。
多分怒涛のエンディングに向かう前の挿入歌が入るあたり。

ただ、1つだけ違うのは……。

あたしの腹部に当たっているタロのご子息が、ぐぐぐぐっとジャージ越しに覚醒反応を示している事だ。

ひゃあああああっ。
たかがハグでっ。
わ、若いっっっ!

やがてタロは体を離して、照れながらあたしを正視する。
「すっげー好い匂いなんだもーん。ミーナのせいだかんねっ」
言うなり、柔らかなキスが降ってきた。




 タロはあたしの手を体育館からずっと握ったまま、離してくれない。 
寮の中の、
足の踏み場の無いタロの部屋に着くと、あたし達は逸る気持ちを抑えて向かい合う。
「あの……ゴメンね、タロ」
あたしは伸びしてタロに自分の唇を寄せた。
「……何がぁ?」
1回、2回と啄ばむように味わうと、タロが唇を離してあたしに問う。
「えっと……色々と嫌な思いさせて、今の今までタロの気持ちに応えられなくて」
「俺、何年ミーナと付き合ってると思ってんの?そんなの1回謝ったんだけじゃ済まされないよー」
「うん。あたし最悪の子守りだったね」
「最悪も最悪ー。子守りが子守りしてる子供を川に突き飛ばすんだよぉ?溺れてんのに、ユキオ君は助けたのに、俺の事川で見捨てちゃうんだよっ!」
言ってから、へへっと笑いタロは再びあたしの唇を求める。
もう俺『てあら』なミーナのやり方慣れちったけどねぇー」
「うん」

口付けがどんどんとヒートアップしてくる。
タロ手はそのうちあたしの腰に廻され、キスは唇から頬、首筋に降りてくる。
「ミーナあの眼鏡のもんになっちゃうのかなぁーって思ったら、ムカついて、イラついて、心臓痛くて、気付いたら俺泳いでた。俺が田舎に居たとき、ミーナが東京やアメリカで他の奴らとどんな風に付き合ってたかとか考えただけでもムカつくけどぉ、目の前にあからさまな敵が居るとムカつくの越してハラワタ煮えくり返るほど辛かった。諦めるつもりはサラサラ無かったしぃ、犬に噛まれた位に思ってこれから策練ろーと思ってたけど、やっぱ駄目だった。エンケー脱毛症になる寸前だったよっ...…」
声を掠れさせながら、あたしに囁く。
「うん。ごめんね心配させて。でもあたし、タロが好き……みたい」

うおーーーーーーーーー!
気恥ずかしいっ。
こーんな告白何万年ぶりだろ?


「俺もミーナ好き。大好きっ」
首筋のキスがどんどん熱くなる。
「ずっとずーっと、ミーナの事、好きだったっ」
タロの手が、あたしが着ているシャツに襟元にかかった。
「………いい?」
顔を覗き込まれて、切なそうな顔で懇願されて、
何故に「NO」と言えますか。

「…うん」
あたしが頷くと、ゆっくりとシャツを開いていく。
ふわっと空気が素肌に触れた。
「ミーナ…キレイ」
ブラ姿になると、タロは屈んで胸元に唇を這わす。
一瞬躊躇してから、おずおずと大きな手があたしの胸を包む。
「……んんっ……っ」
ものすごく時間をかけてキスと愛撫を繰り返す。
そして、躊躇いがちにあたしのブラを押し上げた。
ぷるん、とこぼれ出るあたしの胸を見て、タロが息を呑む。

「…あっ……タロ」
タロの唇と指があたしのピンク色の先端を捉える。
舌はこね回すように輪郭を這い、指先はそっと摘むように触れる。
「ミーナ……」
頂を吸いながら、手は優しく愛撫を繰り返しながら、ソロソロと下に下ろしていく。
穿いていたジーンズのズボンのベルトに手をかける。
「タロ……あたし…やるよ」
タロの手を押さえると、あたしは自分で脱いだ。

Tバックのパンティ一枚になると、タロはあたしの前に跪いた。

オヘソの辺りを舐めながら、下に下りていく手を後ろに廻す。
くいっ、と剥き出しのお尻を掴まれた。
「すんごいミーナ...柔らかい」
言いながら、顔を更なる下に移動させる。
「ぁ......そこはっ......」
ちょっとだけあたしの羞恥心が勝って身を捩る。
「駄目だよ、動いちゃ」
タロは言いながら、薄いレース地の上から舌を這わす。
「...ん.........」
薄い布はタロの唾液で湿っていく。
時々わざと布の下に舌を入れる。
「...ぁ。タロっ......」

「ミーナ......ベッド移動しよ...」
微かに息遣いが荒くなっているタロは、言うなりヒョイとあたしを抱えると、床のガラクタを器用に避けて大股で部屋を横切る。

タロの匂いの充満しているベッドに寝かされる。

めっさタロが欲しいーーーーーーーーーーーーーーっ。

今のタロの愛撫であたしの下肢はもう蜜が蕩けていた。
タロはあたしの上に覆いかぶさると、自身も着ていたジャージとTシャツを脱ぐ。
「タロの体......すごい。あたしの体なんて贅肉だらけだよ......」
「何言ってんの、ミーナ細いし贅肉なんてないじゃんっ。すっげーキレイで......すっげー......そそるっ」
タロは一瞬押し黙り、オズオズと告白した。
「あの...さ、俺......こういうの初めてなんだよね......」

こういうの初め.........?

えええええええええええええええええっ!!!!

WHAT  A  FU〇K!!!
(Excuse my word!)


どどどどドー〇イ君なの?


そんなにあたしがビビッた顔をしていたのか、タロが困ったように顔を上げる。
「今まで女の子と...無かったの?」
「無いよっ」
タロは気恥かしげに横を向く。
「何回かデートはあるけど......キス止まりだよっ。言ったじゃん、俺ミーナとこうすんの夢見てたってぇ」

でも、タロの年齢くらいの青年なら...経験無いっていうのも理解できる。
もしかしたらこの歳で未経験って男の子は大勢いるのかもしれない。
ただ、あたしが付き合っていた年齢層の男達はそれなりの経験を積んでただけで…。



「でも、俺ミーナ幸せにする自信あるからっ」
タロはあたしの最後の砦に手をかける。
あたしの返事を待たずに、小さな布地を取り去った。

ハッと息を呑む。
「すんげ......キレイ......ミーナのココ......」
あたしの両足を押し上げると、タロは感嘆の声を上げた。
「あんま......見ないで。......恥かしい」
「ダメッ。もっと見たい」
思わず閉じようとする足を、タロは押さえる。

そっと指があたしの花びらの輪郭をなぞる。
そして、あたしの小さな蕾を発見してそっと撫ぜる。
「.........ふあっ」
ぞくぞくっとあたしの体が気持ちよさで震える。
「......すご、濡れてるよ......」
タロの指は花弁を一回りすると、ゆっくりとあたしの蜜壷にチュポっと指を挿入した。
「あっ......んんッ...」
時間をかけて、奥まで指が入り込む。
「ミーナの中......あったかい......」
「タロッ............あぁ...んっ...」
何度か出し入れを繰り返す。
繰り返しながら、もう一本の指で...恐らく親指で、あたしの蕾を左右上下に擦る。
「やっもっ......すごっ......はああんっ」
「ミーナの声、えっちいよ。すんげーソソルっ」

タロはあたしの足の間に顔を埋めた。
熱い息が、あたしの花園に吹きかかる。
ぺロリとタロの舌があたしの蜜を舐めあげた。

「ひゃあぁっ!......ぁあっ」
ヌルヌルとしたあつい物体は、あたしの蜜のみならず、小さな蕾までチロチロと刺激しだす。
「ぁぁっ......はあっ......ぅふっ......あっ」
「…ココ?」
あたしの体がビクッ、ビクッ、と反応する度に、タロは意地悪く同じスポットを狙う。
「...はんっ...ちょ...タロ.........あた...し...っ」
タロはあたしの花園を指で押し広げながら、熱い息と舌とで交互に摩擦を繰り返す。


ヤバイ、イキそ......。

「……ミーナ…見せて…」



「っああああぁぁ!」
体が大きく仰け反って、あたしの意識が真っ白になった。



 敗者復活戦とばかりに、あたしはタロのジャージとトランクスを一気に剥ぎ取った。

熱く反り返ったタロの分身の先端は、もうヌルヌルに雫を滴らせている。
「俺......さっきのミーナで100回は抜けるかもっ......」
あたしに押し倒されながら、タロがうわ言のように呟く。

「タロ......我慢してたの?」
タロの分身を手で包みながら、ヌメッている先端に口をつけると、タロがうわ言のように呟く。
「ちょ......夢みたい......俺...ずっと......」
チュッ、と先端の柔らかい部分を包み込み、小さな穴から湧き出るタロの雫を味わう。笠の部分から泉の湧き出す小穴にかけての亀裂も、舌で確認する。
手は、血管の浮き出ている滑らかな肌を上下する。

「...ぁはっ......あっ...っ」
タロが腕で目を覆いながら、あたしの淫らな拷問に甘い吐息を漏らす。

舌を使って、キャンディーみたいに転がしたり、吸ってみたり、舐めあげたりしてみる。

「…すげっ……ミーナっ………うっ......んっ...ぁ.........ぁっ」
あたしの口の上下運動に合わせて、タロも腰を上げ下げしてくれる。
「ぁ......つっ.........ミーナっ...ちょっと腰......こっち向けて...」
辛そうに声を漏らしながら、タロはあたしの腰を自分に引き寄せる。

69だ。

一瞬あたしが怯んだ隙に、タロは再度あたしの花園に顔を埋める。

再び熱く湿った息を吹きかけられ、タロの舌はあたしの蜜を、花園を探検し、あたしはタロの熱い男の印を堪能する。

「あんっ......あっ...っ......ひゃあっ」
タロが、とんでもない所を......あたしの奥の菊花を舐め上げた。
お尻を押し広げられる。
「タロっ、そんなトコ......汚っ...見ないで!」
「......なんでぇ?......ミーナここも...キレイ」
「ああんっ」
タロはあたしの菊花から花園を通った前の蕾までの間を器用に舌を使って行き来する。

あたしも負けじと、タロの溢れ出る雫を、柔らかな毛で覆われた袋を、太い根元を、裏から表までキレイに舐めてあげる。

「...あっ......やばっ......も我慢できねっ……ミーナ......俺...ミーナが欲しい......」
やがてタロが白旗を揚げた。

あたしも、タロが欲しすぎて体がずっと疼いていた。
「うん...あたしも」
と頷くと、腰をタロの顔から離す。

騎乗位の格好で跨ると、彼の怒張している分身を握ってあたしの花園に導いた。

意地悪く、最初は先っぽだけ蜜の中に浸す。
「ミーナの中......すんげ、熱い......」
「タロも……熱いよ」
何回か小さく出し入れする。

お互いの液でチュプチュプと、卑猥な音が聞こえる。

相変わらず片腕で目を覆っているタロは、はあはあとだんだん激しく息を吐きながら、あたしの動きに合わせて腰を動かす。

「やっぱ、も......だめっ」
何度も焦らして浅い出入りを繰り返していると、観念したような声を上げてタロはあたしの中に深く腰を突き上げた。

「ああああんっ」
両手であたしの腰を支えて、パンパンと強く突き上げる。

「うわっ......んっ.........タロっ...はぁぁっ」
奥を突かれる度に、あたしの声が大きく漏れる。

「つっ......はぁっ......ミーナっ...ミーナっ」
タロは切なげにあたしを見上げながら、荒い息を吐き続ける。


「あっ......あっ......タロッ...あんっ......」

その瞬間は、突然やって来た。


タロは、
「......ミーナッ!」
と呟くと、素早くあたしの腰を持ち上げた。

しゅっ、と白い液体が発射する。


あたしは手を伸ばして、彼の白濁した情熱のを肌で感じた。
















1万ヒット記念(別入り口...危険度上と同じ位



















明日が土曜日で良かった。

タロと一線を越してしまった後、あたし達は何度もお互いを求め合った。
もうどちらの汗だか解らない位、肌を重ねあい、色々な体位を試したり、感じるスポットを探し当てたり、ベッドのシーツが波打つなんてもんじゃなく、もう剥がれてベッドの角がムキだしになってしまう位、激しく動いた。

若いって、スゴイ。
今までの相手は...一回か、せいぜい2回。
タロとは今晩だけで......何回だっけ?
休み休み体を重ねて、もう回数すらもわかんない。

あたし明日きっと筋肉痛だわ...。
多分股関節痛めてがに股で一日を過ごすんだわ...。


タロは腕で頭を支えて横になる。
「俺、ミーナ中毒になっちった」
あたし達は裸で向き合っていた。
「あたしも、タロ中毒かも」
タロの筋肉質の広い胸に抱き寄せられる。


「ミーナのさ、ボーイズビーあんびしゃすの話なんだけどさー」
あたしの髪の毛を弄りながら、タロは語り始める。
「オリンピックで金メダル取る、って言ったの覚えてるぅ?」
「覚えてるよ、もちろん。そん時あたし、マジであんた?!って思ったもん」
「へへへっ。前回はあと少しで取れたんだけどねっ。あ、んで、俺が言いたいのはー」
「言いたいのは?」
「絶対次回のオリンピックで取ってやるぞって事とぉ、でもそれだけじゃなくって、金メダルっていうのはあくまでも俺のあんびしゃすっていうか、目標のカテイの一つって事」
「過程の一つ?」
「そ。覚えてる?俺金メダル取って、ミーナ迎えに行くって言ったじゃん」

そういえば、そんなような事......。
『ホームカミング』読み返さないと覚えてないよ。
INDEX戻らないと。

「ほらぁ、人間って肩書きとか、何だっけ、ネームバルーによわいでしょお?」
「ネームバリューね。あんたは漢字にも横文字にも弱いね
「そうそう。それ。だから俺みたいな単純で不器用なアホはそーゆーのをリヨウして生きてかないとさっ。ミーナにも苦労かけたくないし」

苦労?
「何の?」
耳に当てているタロの胸の鼓動がちこっとだけ かなーり速まる。
「そ、そんなのっ。決まってんじゃんっ。し、し、生涯のはんりょとしての〇×〇×.........」
タロが口ごもる。


は。
「はあ?」

「あ、ミーナ待っててね。金メダル取ったら俺、ミーナに『俺に毎日味噌汁を作ってください』ってプロポーズするかんねっ。それまでも、それからもずえーーーったい手放さないかんねっ」
そういうなりガバッ、とタロは再びあたしに覆いかぶさった。

「えっ、ちょっ......What  the.........!?」








あたしたちは今夜〇度目の肉体戦に突入した。




 それからの一週間は、走馬灯のように過ぎ去った。

とある平日の夜。

「水名子あんた聞いた?」
久々、且つ突然母親から電話が来た。

その日はタロがあたしの家にお泊りする日で、2人でご飯を食べた後、あたしはレモンチューハイを、タロは麦茶(彼はまだまだ未成年)を飲みながらテレビを観てまったりしていた時だった。

「隣の山田さん所の太郎君、東京で彼女が出来たそうよ」





ブーーーーーーーーーーッ。








思わず鼻から口からチューハイが噴出す。
「ごほっごほっごほっ」
「ミーナぁ?!ど、どうした......フガッ
鼻から液体を垂らしたまま、大声を出しそうになるタロの口を押さえる。

じょ、情報早すぎだしっ。

「しかもそのお相手、年上の女性だそうよ。山田さん大喜びで赤飯チャーハンなんてものまでメニューに出して、近所でもその噂でもちっきりなのよ」

「へ、へえ......」
あたしは鼻を拭って、再びチューハイを口にする。

「水名子、あんたどこの誰だか心当たり無い?」
「さ、さあ。タロって年上が好みだったんだ」
「やっぱり東京は魑魅魍魎とした大都市じゃない?誘惑も出会いも多いでしょ?きっと太郎君もチェ・〇ウみたいな素敵な女性と東京タワーとか六本木ヒルズとか、表参道ヒルズとかでドラマチックな出会いをしたのかしら?」

おばさん、日本と韓国のドラマの影響受けすぎだよ。
しかもその『素敵な女性』はあんたの娘だし。

「そうかもね。あたし知らなかったけど」
「しかもここだけの話......もう婚約しているらしいわよ」


ブホッ。


またまた鼻からチューハイブーのあたし。
「そこまで......話が進んでるの?」

あたしすら知らなかったよ。

「あら、山田さんがそうおっしゃってたわよ。でも太郎君、お相手のお名前を絶対言わないそうなの。お母さん、実は誰か有名な芸能人かモデルじゃないかっ、て踏んでるんだけどね。ホラ、太郎君TVにもたまに出てるみたいだし」

いや、それあたしですから。


と、言いたいのをグッと抑える。
「だから水名子、情報集めておいて頂戴。一応お母さん心当たりあるタレントさん何人か居るけど......わかった?太郎君に会ったらそれとなく聞いておいてくれる?あんたも早くいい人見つけて、お母さん安心させて頂戴ね」
「はいはい。またね。おやすみ」

と、超勘違いな母親にさっさと別れを告げて、あたしは隣で話を盗み聞きしていたタロに向き直る。


「タ~~~~ロ~~~~~~!!!あんた余計な事を~~~~~(怒)!!」
青筋立てて電話を握り締めているあたしを見ても、タロはケロリとしている。

「うちの母ちゃん赤飯チャーハンなんて先走ってんねぇ」
ソファにもたれて、頭の後ろで手を組んでいる。
「先走ってんねぇじゃないでしょ。あんな釣りと昼のメロドラマとワイドショーしか娯楽がないど田舎は噂話しか楽しみないんだよ?ある事無い事言わないの!」
「俺もう少しして、ホトボリが冷めたら言うよー。ミーナと付き合ってますっって母ちゃんにぃ。ホントは今すぐ皆に言いふらしたいくらいだゾ」
「でも、婚約なんて所まで話飛んでるよ?先走りもこの上ないよ!」
「だってしたじゃん」


「は?」
いつ?




「忘れちゃったのぉ?もう12年以上前から、俺がヲトコ(漢)になったらミーナは俺と結婚するって話になってたじゃーんっ。もー俺ミーナのおかげで大人のヲトコの仲間入りだし。俺の純潔ミーナに捧げちゃったからねぇ。責任とってねーーっ」
にかあ、とタロは破顔する。
「婚約指輪買わなくちゃ♪」


「ヲマエはいつの時代の処女みたいな事言ってんじゃーーーーー!」



タロはあたしの飛び蹴りをかわして抱きしめた。









あとがき    05.21.2007
あとがきです。
ネタバレ含むので「続きを読む」よりお入り下さい。
1万ヒット記念    05.22.2007
※ 現在このマガジンの販売は停止されております。
マガジンって何?
死雲 壱    05.22.2007
 暗い、暗い、峠か山を切り通した坑道のような道を進んでいた。
辺りは黴のような、あるいは獣が腐敗したような臭いが漂っており、臓腑から黄水が込み上げてくる。

だが、進まねばならないのだ。
不思議な程、己の意思がそう告げていた。

進まねばならないのだ。
前進こそ、四雲にとっての懺悔であり、正義なのだ。


四雲は探り足で汚泥を踏みしめながら奥へ奥へと突き進む。
奥からは、耳覚えのある無数の声が反響していた。
耳を澄ますと、それは怨言のような呪を唱えているような無数の呟き。
そしてその声は、四雲が歩を進める毎に大きくなる。

何度も込み上げる嘔吐と戦いながら、疲労でこれ以上ない程張っている筋肉に鞭打って前に突き進む四雲は、しかし何か重たい引力を後方からも感じていた。


ある程度の所まで歩を進めると、彼の野生の勘はそれ以上の前進を拒否した。
理性ではなく、感覚が断固として彼の意思を撥ね付ける。

が。
ふと、後方から女の声が聞こえたように思えたので振り返った。
「誰だ......」
言葉を発すると、更に胃液が込み上げる。
頼りなく揺れ動く足を踏み締め、四雲は構えた。


その刹那。

閃光が彼を包み込み、襟元を物凄い力で掴まれ彼が苦心して歩いてきた道を引きずり戻していく。


人力ならざるその引力は、やがて黄金の輝きの中へと四雲を導いた。











.

 「お目覚めのようですわ、半蔵様」
日の上昇と共に晴れる朝霧のように、充血した四雲の目を覆っていた靄が消え始める。
と、同時に彼の耳には若い女の声と、囁く様な老人の濁り声が聞こえた。

薄目を更に開けようとして、瞼の力が入らない事に気付く。
それでも何度か瞬きを繰り返しながら開き続ける。
やっと視界の隅に、幼さの残る上品な身なりの女の姿が入った。

「あなた、長い事眠っていたわ」
女が四雲の額に、冷たい水で絞った手ぬぐいを置こうと身を屈める。
が、触れられそうになる直前、反射的に女の手首を掴んでいた。
同時に、夢の中で感じていた腑の中の不快感が込み上げる。
四雲の口からううっ、と唸り声が漏れた。
「無理をするで無いぞ」
たしなめるように、先ほど耳に入った濁声が女の後ろから聞こえる。
「お手を御放し下さい。無礼者」
女の細い手首が僅かに震えているのに気付き、四雲はその手を開放した。
白い皮膚にはもう既に指形の青い後がついている。

「毒が完全に抜けるまで、あと少しのようじゃな」
毒。
毒、という言葉を声にならない声で呟く。
口が僅かに動いたのを察してか、姿の見えない濁り声の主は続けた。
「そうじゃ。お前さんは毒を受けた。それも、猛毒じゃよ。あと一刻でも遅ければ命は助かっておらんかった」


毒。
毒、という言葉を朦朧とした意識の中で何度も反復する。

覚えている。

大阪城だ。

あの燃え盛る大阪城の戦場で、指示されたように秀頼の首を討ち取った後の事。

まるで敵味方区別がつかない兵士とその死体で溢れかえっていた城を脱出する最中、千姫と遭遇し、また彼女を保護する使命を請け負っていたらしき服部半蔵と対峙し、戦い、そして彼奴の毒の刃を受けたのだ。

半蔵?!

女の口から先ほど零れ出た名。
そして、己の目の前に跪いている女にも見覚えがあった。

「千姫殿」

嗄れ声ながらも、口をついて出た言葉。

ここは、伊賀の陣中か?

「別に、わしらはオマエさんをとって食おうって気はないんじゃよ。その殺気を静めんか」
突如身を硬くした四雲の視界に、皺だらけの老人が姿を現した。

もし体の自由が利くならば、とっくに飛び退くなりこの「半蔵」と呼ばれている小柄な老人に攻撃なりを加えていたはずだった。

悔しい事に、腕以外の四肢は動かそうとしても痺れるばかりで言う事を聞かない。腕ですら、先ほどの女を掴んでからちくりちくりと刺すような感覚で脈が速さを増していた。

「彼の体から放たれていた鬼気が弱くなったようです」
千姫の言葉に「そうじゃな」と相槌を打ちながら、老人は脇に用意してあった懐紙に包まれている萌葱色の粉末を白湯に混ぜる。

その萌葱色の粉末の臭いが大黄と茜の樹皮を煎じた胃腸薬である事を確信すると、四雲は無表情にそれを飲み下した。

「お主は...誰...だ?」
思うように出てこない声に苛々しながらも、四雲は「半蔵」と呼ばれている老人に尋ねた。

「わしか?わしは巷では『政成』と呼ばれておる。昔は『鬼の半蔵』などと呼ばれておったわ」
「半蔵......石見の守半蔵......」

忍を生業としている者で、この名を聞いた事が無い者は居ない筈だ。
無宿者の集まりのような連中を束ねる八雲率いる甲賀衆とは異なり、知名度も人徳も有る石見守率いる伊賀流の忍は団結力の強い組織的な族だ。

そして、恐らく大阪城で四雲と戦った服部半蔵政就の父親であろう。

そんな男が何故四雲の命を救ったのか?
「まあそのうち詳しい事は教えてやるからに、今は体休めて精力つける事だけ考えておった方がええよ」
四雲に飲ませた薬の懐紙やら湯のみやらをそそくさと片付けた半蔵は、よいしょ、と腰を上げる。

千姫も退室する半蔵の後に続いた。

小さな部屋が寂然とした空気に包まれた。

死雲 弐    05.22.2007
 いつ眠り込んだのか、恐らく口にした薬に眠気を起こす何かを混ぜ込んでいたのか、不覚にも眠りに落ちた四雲は障子戸を透過した朝日で目が覚めた。

自分を覗き込むように千姫が隣に座っている。

四雲は、人の気配すら察知出来ない自分を呪った。

「何か用か」
昨日よりいくらかましになった喉からは、明確な言葉を発する事が出来た。


彼女は涙で人形のような顔を濡らしていた。
大きな瞳から零れ落ちる滴を拭いもせず、ただひたすら一点を見つめていた。
だが、死雲の問いかけに我に返ったように息を飲む。


「申し訳御座いません。貴方の守り神様とお話をしておりました」
刺繍が見事に施された絹の袖でその涙を惜しげもなく拭うと、平静を装って千姫は声を絞り出した。
「守り神、だと?」
怪訝な声で問い返す四雲に、慣れているのか千姫は構わず続ける。
「ええ。失礼ながら、あの...貴方の過去を拝見させていただきました。......それがあまりにも孤独で悲惨なものだったので、つい......」
無言の四雲に戸惑ったように言葉を詰まらせながら、千姫は更に続ける。
「耳が茶色くて、白い狼のような犬が、あなたの周りを心配しながら飛び跳ねております。それと、数十にも登る青白い人間の顔が...」
「ほう?」
鼻を鳴らして、あからさまに嘲りを含んだ声で聞き返す。

この女。
頭が弱いのか、狂っているのか。

「貴方、一体何人罪の無い人たちを殺めたのですか?」

どうせまだ体は思うように動かない。
この女の阿呆で馬鹿げた話に付き合ってやろうか。
「数え切れん」
四雲は鼻を鳴らす。

「貴方の昔のお友達......」
ええと、とつけたし、眉間を寄せながらしばらく宙を眺める。
「友達の...名前を...や、やたろう?......いえ......」
「夜叉が心配している......きゃあっ」
夜叉、という名を出した途端、眼に見えない速さで四雲に胸倉を掴まれ引き寄せられた千姫は、寒い冬の冷え返った夜空のような冷たい顔と今にも息がかかりそうな距離で対峙していた。
その硬い氷のような双眸に吸い込まれそうになる。

思わず、息を詰めた。
そして、この汗臭くやつれて汚い男の無精髭の奥に隠れている美貌に動悸が速まる。
薄い二つの瞳の中に、自分が写っている。

熱い息が、体温が、彼の鼓動すら伝わってくる。

「妄言を吐くな」
男は無表情のまま、千姫を突き放した。

仮にも徳川家の血を引く姫に対し、打ち首にも値する扱いだが、その瞬間何かが見えたのか、千姫は横に倒れたまま惚けたように宙を見つめていた。

四雲の、
「少し寝かせろ」
との一言が無かったら、いつまでも宙を見つめていたかもしれない。

我に返った千姫は、やおら顔を赤らめそそくさと退室した。




「なんということを......」
退室した千姫は、そのまま閉めた戸を背にもたれた。

男の双眸に捕らえられた瞬間、見えたのだ。

太陽に照らされた赤と黄金で煌めく道を、とても美しい女性が歌を口ずさみながら歩いている姿を。

ひらひらと舞い降りる金の雨の中、その美しい人は朝から何刻もそこで誰かを待っていた。

そしてそれと同じ間。
自分も彼女から見えない場所で、ずっと息を殺しながら、気配を消しながらその様子を見守っている。

私はこの寂しい瞳を持った男として、何かを見ていた。

そして、溢れ出す湧き水のように、男の心の言葉が届いた。

即ち、迷い。

姿を現すべきか否か。
この瞬間、彼の人生が決まる。

彼は再度、天を仰ぎ見る。

太陽の光を照らした黄金の紅葉が、風に揺れてさわさわ音を立てる。
銅色の輝きが一斉に飛び散る。

解れた髪が、一房目にかかった。

そして。



「少し寝かせろ」
との男の一言で、私は我に帰った。

初めてだった。
他の人に見えない者や物が見えていたせいで、幼少の頃から周りに気味悪がられ育ってきた。
何を言っても信じてもらえないので、やがて口にするのは控えるようになった。

だのに、この男の場合、あまりに不気味で恐ろしいものを連れ持っていたので、つい口が滑ってしまった。
垣間見えた過去があまりにも辛すぎて、悲しすぎて、途中で止められなくなってしまった。

そして、初めて私は『先見』をしてしまった。

あの美しい女の人は、この男の想い人なのだろうか?
千姫は胸を押さえる。
まだ動悸は納まりそうに無い。
千姫は、戸にもたれたまま、座り込んだ。

豊臣家に秀頼の正妻として嫁いだ時も、初めて彼と共寝をした夜も、このように胸は早鐘を打っていなかった。
彼には贔屓の側室が居たし、それに何より大叔父の策略の一つ、政略結婚という事実と持ち駒としての自分の立場をを彼女は女ながらに充分踏まえていた。

前の夫のことを考え出した途端、喉に痛みが走った。
思わず両手で喉を押さえる。
まるで鋭い刃で切り付けられたように、首が痛くて息が出来ない。
掌に、ぬるぬると滑った温かい感触。
そして、目の前には今しがた話をした男の夜叉のような姿。
それが幻の感触であっても、彼女にはまるであたかも現に起きたような感覚を味わう。

彼の人が持つ刀が振り落とされ、目の前に赤い飛沫が飛び散り、私の視界が回転する。

「やめてっ」
きつく目を閉じて、九字を唱えた。
「私にそのようなものを見せないで!」
いつか旅の行者が千姫に教えてくれたまじないだ。
大抵の悪霊や怨念はこれで消えてくれる。

薄れ始めてはいるが、喉の痛みと重い頭痛が完全に消えるまで、千姫は薄暗い部屋の中で、ずっと呪文を唱え続けた。



死雲 参    05.22.2007
 夜叉、と言った。
確かに。
千姫はただ頭の弱い虚言癖のある姫か。
或いは、神の使いか。

夜叉丸......。
と、四雲は思いを馳せる。

それは昔、四雲がまだ違う名で呼ばれていた頃。
甲賀で自分が『飼育』されていた時代。

子ども達の長的存在だった餓鬼の名だった。
あまり他人と交わろうとしない俺が、唯一心を開いていた、真面目で正義感の強い小僧。

白い狼のような犬、とは夜叉と俺が見つけて飼育した子犬の事である。

いつも土ぼこりに塗れ薄汚れたあいつは、十五になったその年に、血を吐く死の病にかかり、あっけなく逝ってしまった。
忍として初の仕事を受ける事無く。

「ふっ......」
馬鹿馬鹿しい。

千姫の気配をまだ戸の向こうに感じながら、四雲は今、この状況を冷静に判断しようと努めた。

俺は今、伊賀の服部家の庵に居る。
服部半蔵に看護されており、そして奴は明らかに四雲が何者か知っている。
甲賀と伊賀はとても近い。
忍には、お互いが隠密の仕事でかちあわせ敵対する事があったとしても、たとえ同じ里の顔見知りの忍と対峙する事があっても、知らぬ振りを通し命に代えても使命を全うするべし、との暗黙の了解が有る。
半蔵のように名の知れた者とて、上からの命でも決して口を割らない筈だ。

大阪城にて、豊臣秀頼の首を入れた壷を仲間の夕雲に手渡したまでは覚えている。
そこで毒が全身にまわり、体が動かなくなった。

黒い闇に覆われる意識の中、何故か鴉になった自分が他の烏と共に、魂の抜けた己の赤い血に塗れた体の肉を啄ばみ、水気の多い眼球や柔らかい唇を食している映像を見た。


別に、死に対する恐怖は無かった。
だのに、こうして生かされている。

生かされているのだ。

「はっ」
呆れて物が言えない。
男としての能力に欠け、己の種を世に残す事も叶わぬ、この世でもっとも生きる価値の無い屑が、生き恥を晒しながらも影の世界で生きなくてはならないのだ。

これ以上滑稽な事は無い。
狂ったような高笑いが止まらなかった。

これも誰かの命か?
雲龍の?八雲の?

ありえない。

四雲は自分の立場を......八雲の駒としての己の立場を痛いほど弁えている。
そのように訓練され、洗脳されてきたのだ。

死の雲。
四雲。
雲の一人としてつけられた今の己の名。

雲は天照大神(あまてらすおおのかみ)を覆う不吉なものとし、古代の人間は忌み嫌っていた。

穢れを生業とする雲人(くもびと)と呼ばれる者達に、畏怖の念を抱いていた。

その雲人が群れを成して作った里が今の忍の祖だという。


四雲は目を閉じる。
瞼の裏の闇に、影を反映したように光の欠片が煌めく。





死より恐ろしいもの。




それは、今生を全うするという人間の義務やもしれぬと四雲は思った。
死雲 四    05.23.2007
 その日の夕暮れ時。
服部半蔵は一言も断り無く四雲が横になっている部屋へ入ってきた。
酒壷を右手に抱え、杯を左手に持っている。

「痺れはもう無くなっとるじゃろ」
千鳥足で四雲の横に腰をおろした半蔵は、酒を杯に注いだものを四雲に差し出す。
四雲が無言でいると、半蔵はその杯を自分の口元に運んだ。

「お前さんが誰で、何故に大阪城に居ったかは聞かんよ。掟じゃ」
「.........」
「窮鳥懐に入れば漁師も殺さず、じゃな」
「......俺は別に、命乞いはしておらん」
「ああ、そうじゃった。お前さんは血まみれで倒れておって、意識の破片も無かったんじゃが......」
「ならば何故俺を助けた?」
半蔵は一杯目を飲み干すと、二杯目を盛る。
「雑木林で倒れておるお前を見つけてとどめを刺そうとした正就を止めたのは、千姫じゃよ」

「千姫?」
四雲は考えを巡らせる。
半蔵正就の目的は、明らかに千姫の保護であった。
恐らく公方様こと、徳川家康公の命だ。

秀頼の首を討ち取った四雲と戦いになったのは、ただ単に同じ忍として、互いにその技量を量りたかったからに他ならない。

戦いを好む人間は、同じ種の臭いを嗅ぐと、試さずには居られないのだ。

「あの姫さんは仏じゃよ。誰にでも手を差し伸べる。このじじいも見習わなくちゃならん」
無言の四雲を一瞥して、半蔵は言葉を継ぐ。
「姫さんと似たようなもんが、.........まあ比べもんにならん位微々たる力じゃが、わしにも見えるんじゃよ」

虚ろな視線を四雲の背後にさまよわすその瞳は、確かに正気では無い何かを追っていた千姫の瞳に似ている。

が、何も見えぬ四雲はその言葉を鵜呑みにする気はさらさら無かった。
「まあ、お前さんが理解出来んのも無理ない。否定はせんし、わしは千姫のように繊細でも無いから何とも思わんがのう」
半蔵は更に酒を注いであおる。
「千姫は今朝方お前さんを見舞って以来、気分が悪いと言って寝込んどるよ。姫も来月にはここを離れて公奉様のいらっしゃる江戸に発つ。新たな人生の始まりじゃ」
「...そうか」
四雲にとって、さして興味の有る話題でも無かったのだが一応相槌を打っておいた。
「半蔵殿、命を救って頂いた事を感謝する」
ほお、と半蔵は驚いたように白く長い眉を八文字に崩す。
「心にも無いこと言うわい」
言いながら、皺に覆われた双眸を細める。

「今宵は満月じゃ。お前さんも辛気臭いままでおらんと、お月さん眺めて酒でも飲めい」
やがて老人は体を起こし、千鳥足のまま庭に繋がる障子戸を開け放つ。

その意味を悟り、四雲は方眉を上げた。

「千姫に礼を言うておくのじゃぞ」
そう言い残して、石見守半蔵は四雲の居る部屋から去っていった。













 着ていた襦袢を脱ぎ、部屋の片隅に置いてあった自身の黒装束を身に着けると、四雲は外の庭に出た。

一体どれ位の間横になっていたのか、毒の抜けた身体は鉛のように重く、動く事は可能であっても以前のような俊敏さを取り戻すには時間を要しそうだ。

床下を這って千姫の居る部屋を探り当てようと思い、ここは服部家の庵だという事実を思い出す。
からくり仕掛けや結界が張り巡らされているだろうこの邸内を無闇矢鱈に移動する事は避けたい。

が、運良く相手の方から四雲を探し出した。

「死の雲殿!」
四雲の横になっていた部屋の戸が勢いよく開け放たれる。
重たそうな絹の着物を引き摺った千姫が胸を抑えて立っていた。

「死の......雲」
何故、その名を?

四雲の目が細められ、千姫の姿を険しく捉えた。

「あ、貴方様の守り神様が仰っておられました。あ、貴方様と初めてお会いした......戦火の中の...大阪城で」
今にも泣き出しそうな、崩れ落ちそうな声音でそう言い切ると、千姫は縁側まで駆け寄る。

「その名は…忘れるが良い。姫よ」
低い声でそう囁くと、四雲は目の前の人形のような姫を直視する。

姫は息を飲んだ。

空はもう染め布のような藍色に染まり、その上に白い絵具でぽつねんと描かれたような満月が光と影をなして目の前の男を照らし出している。

直に対峙する男の存在感と、その月夜に照らされた美貌に胸が苦しくなった。

「忘れませぬ。恐らく、一生」
だが姫は、はっきりとそう口にした。
「この先、何が起きようとも」

男は少しだけ口元を緩めた。

「俺も、貴女様のご恩は一生忘れぬ。幸せになられるが良い、千姫よ」
そう言うなり四雲は踵を返し、物音一つ立てず身軽に塀を乗り越えた。



「光がっ、赤くて金色の光が貴方様の道を照らす事でしょう」




そう最後に放った最後の言葉が果たして男の耳に届いたか否か、千姫は知る術が無かった。



 そしてそのまま死の雲と呼ばれた男がつい今しがたまで過ごしていた、男の残り香と温もりが残る部屋の中で一刻以上もの間呆然と立ち尽くしていた。

落陽の紅葉    05.28.2007
 紅葉付きの神室禿が大急ぎで回廊を駆ける。
他の遊女や客人を器用に避けて、目的の部屋まで来ると戸の前で一息つく。
習った作法通りに戸を開け、中に入ると探していた人物に駆け寄って、耳打ちする。
「姉さま、早くっ」

戸の向こうで客人数人と談笑していた美人は、天女のような笑みを浮かべ、
「失礼致します」
と一礼し、優雅に腰を上げる。

ふわり、と伽羅の臭いが辺りに漂い、男達は一瞬その甘美な余香に酔いしれる。



 が、深々と頭を下げて戸を閉めた途端、落陽の紅葉と呼ばれている美女は幾重にも着飾った重い着物の裾を持ち上げて、衣の下の素肌を見せる事も構わぬまま元気良く走る禿の後について回廊を突っ走る。

「福澤様!」
戸を思い切り開けると、紅葉のよく見知った威丈夫が立っていた。
浅黒く日焼けした顔に、人懐こそうな笑みを湛えている。
「よお、元気そうだな」
彼の広い胸の中に包まれると、何とも言えない安らぎを覚える。

先程まで「天女のような」と比喩されていた乙女は、一瞬にしてその瞳を十代の童女のように輝かせ、自身の後援者の一人であるこの男を見上げる。
「元気です!……でなくて、ええと、福沢様もお元気そうで何よりで御座います」
「俺の前で畏まんな」
禿が用意した酒とつまみが載っている盆の横まで紅葉の手を引くと、「福澤」という名の威丈夫は胡坐をかいて座り込む。
紅葉もその隣に、腰を下ろす。

ぐいっと抱き寄せられたかと思ったら、あっという間に唇を塞がれてしまった。


覚えている。
彼女が初めて月のものを経験した、雨の多い年。
この、薬屋と染物屋を北の方で営んでいるという男がふらりと花街梅山へやって来て、誰よりも大金を支払い、紅葉の「初夜」を手に入れた。

「福澤佐助」という名と、歌を詠むときに使う「浮雲」という俳号と、齢三十幾つかという事実以外、この男の客について何も知らない。

ただ、ふらりと梅山に立ち寄り、気まぐれのように紅葉を抱き、また時にはただ他愛ない話をしてまたふらりと去っていく。
吉田屋の方はというと、不定期であれど気前良く大金を使っていくこの風変わりな客を大事に扱った。



毎度、同じだった。

「あっ…はあっ」
男は紅葉を四つん這いにさせ、着物の裾をたくし上げて荒々しく突いてくる。
太くて硬くて大きいそれに貫かれる度に、声が漏れる。
「あんっ…ふあっ…あっ…あっ」
「もっと、声出せ」
後ろからの体位はこの客の好みらしい。
来る度に、一度目の行為はこれと決まっている。
「あんっ……やっ…佐助……さまっ」
男は紅葉の腰を掴んで激しく打ち上げる。
卑猥な音がこの部屋の中に響き渡る。
紅葉の中で、男のものが熱く体積を増していく。
「すっげー濡れてんな、ここは」
言いながら、打ち付ける角度を微妙に変える。
「ひゃああっ!……んっ」
「気持ち好いだろ?」
男が速度を増していく。
「ふっ…くっ…」
と男自身も声を漏らしている所をみると、余裕がなくなってきているらしい。
「はあっ…あっ…あ…あああああああんっ」
紅葉が達したのを確認すると、素早く自身を抜き去って彼女の顔に持ってくる。
そして、一度その情熱を彼女の顔に噴きかけた。
これもこの男の性的趣向らしい。
顔だけにとどまらず、その赤黒く怒張して滑っている先端を紅葉の口元に持って行き、こじ開け、残りを彼女の口の中に吐き出す。

苦くて濃厚な男の情熱が充満する。

口の端からそれを滴らせながら、紅葉はごくりと飲み下した。





二度激しく紅葉を抱いた後。
肩で息をつきながら二人並んで天井を見つめていると、紅葉は口を開いた。
「佐助さんの腿に……前無かった傷跡が出来てる」
つとその部分を指でなぞる。
「ああ、犬に噛まれた」
のそのそと腕で首を支えながら、飄々とした声で男は答えた。

嘘だ。

紅葉は口を引き結び、押し黙る。
この主人は会うたびに、体のどこかに新しい傷を作っていた。
薬屋だか染物屋の旦那だと言うのに、侍のような…いや、紅葉の知っている武士の誰よりも多くの傷跡を持っている。
おかしな話だが、紅葉もそれ以上詮索はしなかった。

それが花街での掟だ。


「身請け先が決まりそうなんだってな?」
男がさりげなく話題を変える。
「うん。京の酒問屋の主人」
紅葉はぼんやりと宙を眺めながら、うわ言の様に呟く。
実際、触れて欲しくない話題だった。
「良かったな」
ぽんと大きな手が、香油が絹のような艶と色香を放つ紅葉の黒い髪の上に置かれた。
「良くない。齢五十のお…おっさんだし」
暗闇の中でも、男の眉がおや、と上がるのが分かった。
「ずっとここを出たがってたじゃねえか」
「出たいけれど…身請けされてすぐ死なれちゃって、一生妾のまま正妻さんからいびられて暮らすのなんて嫌だもの」
紅葉は言いながら、大きな溜息を吐く。

静かな閨の中で、紅葉と男の呼吸音のみが聞こえる。
紅葉は男に擦り寄った。
広い胸と体温が心地良い。

「そんな先の事まで考えてるのか、お前は?」
少し間を置くと、はっはっはと声を上げて男は笑い出した。
「だって、考えるに越した事無いでしょう?私の将来に関する重要な事じゃない?」
紅葉が口を尖らせて反論すると、
「嫌か?」
と男に真面目な顔で問い糺された。
「じゃあ、何がしてーんだ?」
腕で首を支えて横寝の男は、真摯な声音で訊ねる。
「誰も私を知らない場所で…私の過去を知らない国で、生きてみたい……かな」
言ってしまってから、自分の口から着いて出た言葉に驚く。
へへへと照れ笑いを浮かべながら、
「多分一生無理だけど」
と付け足した。


男は無言で紅葉を抱き寄せると、
「これがお前との最後になるんだろうなあ」
と、独り言のように呟く。






「最後」と言った男はその晩、精の有る限り紅葉を抱いた。





翠帳紅閨    05.29.2007
What a 〇×〇×!!番外編
『Set It Off!!』


Set Off :名詞
1.(負債・請求などの)相殺、差引き
2.(他を)引き立てる物、装飾
3.(旅などへの)出発

参照:ジーニアス英和辞典

上記の他にも、銃などを発射するなどの意味も含む。






 カシャッカシャッ、と何枚も何枚もシャッターを押す。

俺の被写体は、不機嫌そうにカメラに向かって顔を向ける。
「すんごいブス面してるよ。フィルムの無駄だから笑いなよ。ま、どうせ会社の経費だけど」
俺が注文をつけると、夏物のヨガウェアを身につけてポーズをとっていたモデルは、ふっと苦笑する。
「けど俺、この体勢だと足が辛いから、さっさと終わらせようね。早く終わるも遅く終わるも支払われる給料の額は一緒だし」
モデルは口を引き上げる。
「カメラマン!お前ゴタゴタうるせーよ。さっさと撮れ!」
言いながら、はっはっはと豪快な笑顔になる。

パシャッ。

撮れた。
いいのが。


俺は引き続きシャッターを押し続けた。






 毎週火曜日、木曜日、土曜日は僕のトレーニングの日だ。
その日は、仕事を早めに切り上げて指定された通り午後6時にBREEZE社のプールとジムで水泳なり筋トレなりをする。

もうかれこれ6ヶ月にもなった。
「リハビリ」と称して兄貴が雇った男みたいな女とのレッスンを続けてから。

元々太りにくい体をしているからか、動かない片足に負担をかけないように松葉杖を良く使っているからか、上半身には自信が有る。
懸垂だって鉄棒にぶら下がって100回はこなせるし、腹筋だって毎日していた。

だから別にトレーナーなんて必要ない。
最初はそう思っていた。

だけど、翠が俺の人生に係わり出してから、何かが徐々に変わっていった。

フォトグラファーという職業柄、家にいるときは暗室にこもりっきりか、PCいじっていたりで、あまり外に出ない。
いや、人目もあるしあんまり出たいと思わない。

でも、火曜、木曜、土曜日だけは違った。

特に木曜日。

その夜だけ翠は、俺のものになる。

翠の心はきっと永遠に俺に向く事は無いだろうし、これが優しい翠の良心を利用した酷い行為かもしれない、って事なんて百も承知だ。

それに、俺が普通じゃない趣味趣向を、秘密を持ってこの24年間生きてきた事を知ってしまったんだから、彼女も責任を持つ必要があると思う。

なんて、言い開きだけど。


俺は隣で電話中の翠をチラリと見た。
「だからー、さつきさんとは何も無いって!アヤが心配してるような事起きてねえから!」

......。

女と揉めてるらしい。
しかも、三角関係。

「え?今?今は紅(べに)と一緒にいる。紅は男だよっ。何?話したい?おい、紅、何か言ってやれ!」
翠はそう怒鳴りながら、突然携帯を俺の耳に押し当てる。
大迷惑だ。
「もしもし?」
俺は不機嫌そうに答えた。
「あ、やっぱり男だ」
「そうだよ。悪い?」
「翠が紅なんて名前言ってたから、つい...」
「親が勝手につけた名前だからね。俺に名前選ぶ権利無かったから」
「良かった......」
電話の向こうの女が今にも泣き出しそうな声を出す。
「あのねえ、あんた翠の女でしょ?もっと翠の事信用して......」
言いかけた言葉が途中で終わってしまった。
「あああああっ!余計な事言うな馬鹿!」
と翠が俺の耳から携帯を退けて小声で文句を言う。
「そーゆー事だからアヤ。今夜電話すっから、そん時ゆっくり話そう。な?じゃあなっ」
翠は早口でそう言うなり、さっさと携帯を切ってしまった。
「もてる女は辛いねー」
と溜息をつきながら、助手席を思いっきり後方に押し倒す。

俺は再度横で横になっている翠を見た。

キレイだ。

俺が普通の男だったら、きっと彼女には興味を持っていなかっただろう。

この、俺と同じ位背が高くて、水泳選手特有の肩幅で、胸も無くて、男らしい言葉遣いで、そして何より男に興味皆無の同性愛者の翠に、俺は性的魅力を感じていた。

撮影の時化粧をしている所を一度だけ見たけれど、その時は世界の時間が止まったみたいな錯角に陥った。

多分、あれからだと思う。
今まで男...同類だと思っていた翠を女として意識し始めたのは。





俺は、翠に初めて抱いてもらった日の事を思い出した。

いや。抱いてもらう、というより、俺の性的欲求を翠が満たしてくれた、と言った方が正しいかもしれない。


「翠、俺抱いて」
水泳のレッスンの後、プールサイドで足の浮き輪を外してもらいながら、俺は意を決して翠に訊ねてみた。
駄目もとで、半分からかいのつもりだった。

「はあああ?お前、水の中で頭でもぶつけたのか?」
翠は怪訝な顔をして俺を見る。
「違うよ。いたって真面目だよ」
「俺、男に興味ないの知ってんだろ?」
「知ってるよ。でも、俺女に抱かれた事無いんだよね」
ビート板をスポーツバックにしまっていた翠の手が止まる。
「女に抱かれた事無いって......男には抱かれた事あんのか?紅お前こっちの世界の住人?そんなキレイな顔して......何だっけ、ジャニ系、みたいな超女受けしそうな顔してんのに?」
こっちの世界がどの世界を指しているのか気づいて頭を振る。
「俺、ゲイじゃないよ。翠、これ誰にも言わない?」
翠がちょっとだけ不機嫌そうな顔をした。
知っている。
口は堅いし、約束は守るし、翠は俺の知っている誰よりも男らしい。
俺の信頼と信用を、たったの6ヶ月で勝ち取った。
「言うわけないだろ」
「俺、障害者だし......」
「紅、それは言い訳に使うんじゃねーよ。障害じゃなくって、個性、だろ?」
個性。
俺は翠の言葉を反駁する。
中学の時、事故にあってから動かない右足。
翠が個性と言うなら、こんな不便な個性は要らなかった。
でも、俺は一生これと付き合っていくしかない。

「俺、性癖普通じゃないから」
翠が俺に手を伸ばして助け起こす。
「普通じゃないって?SM?ロリ?スカトロ?」
大した問題では無い、みたいな口調で翠はさらりと聞き返す。
「M......みたいなものなのかな?ちょっと違うような気もするけど。俺、男として女に抱かれたいって......ずっと思ってて...」
俺はそこで言葉を濁す。
翠は俺の言葉を待っているらしく、無言だ。
こういうの、頼める奴今まで1人もいなくって。翠なら…考えてくれるかなと思ってさ。……翠が女抱くみたいに、俺の事抱いてもらいたい。」
ロッカーに続く手すりにつかまりながら、俺は真摯な顔で隣の翠の顔を覗き込んだ。


翠は顎に手を置いて思案顔だったけれど、
「紅、俺ちょっと考えさせて......」
と言って、女子更衣室に行ってしまった。




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翠帳紅閨 Ⅱ    05.29.2007
 やがて更衣室から出てきた翠は、プールの前のベンチで腰をおろして待っていた俺を見つけると、しごく真面目な顔つきで駆け寄ってきた。

「俺さあ、紅の事抱けるか正直わかんねー」
「じゃあ、試そうよ?」
俺は翠に明るく微笑む。
「男とやった事、翠ある?」
俺の質問に、翠の顔がみるみる赤くなった。
あ。
なんかムカつく。
「あるんだ?」
自分以外の男が翠の体に触れた事があると思うと、腹が立ってきた。
どこのどいつ?
「あるよ......そりゃ」
「それで?どうだったの?」
「気持ち悪りーよ。女の体の方がいい」
翠らしい反応に、俺は苦笑する。
これで「最高だった!」と言われてたら、相手の男探し出して嫌がらせでもしてやろうかと思っていた。
「俺、こんな体だし、多分もしかして一生女抱け無いだろうし...ましてやその反対で、女に抱いてもらおうなんて......絶対ムリだ...。でもやっぱ翠、忘れて俺の言った事...」
俺は元気なさそうな声を出す。
ついでに、はあーっと大きな溜息を漏らす。

これで、かかったも同然だ。

「体を言い訳にすんなって、言ったろ......」
反論しながらも、翠の言葉の語尾が小さくなる。
我ながら、策士だと思う。

女を抱いた事なんて、何度も有る。
ただ性的欲求の捌け口としてだけ。

でも、何かが満たされなかった。

自分自身で何を求めているか気付くまでは。


俺が黙ったままでいると、
「ああクソ!」
と小さく毒づいて、翠は俺の手を引いた。
「俺自信ねーけど、1回だけだぞ?ダチとして、だぞ?ダチとして、お前を助ける為、だからな」
頭を下げたままの俺は、翠に見えないように口元だけニヤリと微笑んだ。
「どこ行く?ラブホ?ここら辺にあったっけか?」
「俺の家...行こう」
俺は松葉杖をついて、一歩踏み出す。
翠は何も言わず俺の後についてきた。





シャワーを浴びた。

この日をどんなに待ちわびた事だろう。

この数ヶ月間。
何度翠を想って、翠の肢体を頭に浮かべて空しい自慰行為で欲求を満たしただろう。

それを想うと、緊張してくる。

服を着たままベッドの上で雑誌を読んでいた翠は、俺が寝室に入ってくると顔を上げた。
「お前の家の寝室初めて見るけど...ベッドやら壁の色やら家具やらが全部赤色なのな」

そんな事より......俺全裸なんだけど。
ムードもへったくれも無いじゃないか。
翠にムードを期待する俺が間違ってる、か。

「で、どうすりゃいいの?俺今日ペニバン持ってないよ」
「ペっ」
ペニバン!
男の形を模したものを腰の周りにベルト巻いてつける、あれ。
翠は普段ああいうのを使ってるんだ。

翠のペニバンで突かれたい...と思ってしまう俺は、やっぱ普通じゃない。

「翠、服脱いで俺に触ってよ」
俺は脚を引いてベッドの上まで移動し、腰掛ける。
翠は頭を振る。
「服はいいだろ?」
ちぇ。
翠の裸が拝めると思ってたのに。
「翠男だとやっぱ駄目?俺、やっぱ気持ち悪い?」
悲しそうな顔をして、翠を覗き込む。
「うっ」
と翠は声を詰まらせる。
「気持ち悪くないけど......紅俺のダチだし......」
つまり、性的魅力は感じないって事だね。
何か他に言いたげな翠の腕を引く。
「じゃ、俺に触って」
翠に見られてる、ってだけで少しだけ下半身が熱くなる。
皮を被っていた、ほんのりと赤い先端が顔を覗かせる。

自分の見た目には、少しだけ自信がある。
ハーフだってだけでも目立つのに、体に障害をもっているおかげで、それにつけ込もうとして来るおせっかいな女は結構居た。
看護婦やら、会社の女の子やら、学生時代だって俺のルックスとハーフっていう上辺だけのレッテルが目当てで近寄って来る子は沢山居た。

ただ、自分が少しおかしいのかと思っていただけで...。
彼女達の女の子らしいくびれた体や色っぽい肢体にはあまり食指が動かなくて、女の子を抱く度に何か違うような気がした。
なのに、翠みたいな筋肉質の「セクシー」「豊満」からはかけ離れた体には正直に体が反応していて......。


俺は翠の手を取った。
自分の胸の頂に置く。
「俺の事、女だと思って抱いてよ」
翠の手は、オズオズと俺の胸の先端を摘んだ。
「あっ」
それだけで、声が出る。
翠を幻滅させないように、なるべく声は出さないように、と決めていたのに。
翠の親指が、両方の頂を摘んだり、捏ね回したり、小さく震わせたりして刺激を与えてくれる。

先が尖っていく。
下半身も、どんどんと熱を増していく。

これだけで、イキそうだった。

「紅、すっげー色っぽい顔してんぞ。ここも、濡れ始めてる」
翠が俺の胸に触りながら、透明な汁が零れ始めている俺の分身にチラリと舌を這わせる。
上目遣いで俺を見る。
「......ぁっ」
その手馴れたような行為を少しだけ不快に感じて、でも翠の口の中に包まれた快感で体が震えた。

矛盾してる。

口で出し入れされていると、そのまま果てそうだったので、俺は理性をかき集めて声を出す。
「翠、そこの棚の中にローションあるから......取って」
翠は口と手を俺から開放して、言われた所にローションを取りに行く。
ついでにコンドームも見つけたらしくて、小さな包みも一緒に掴んだ。
「足、痛かったら言えよ」
ローションを手にした翠は、俺の自由の利く左足の膝を曲げて押し上げると、その前に屈んだ。

目を瞑っていた俺は、足元の翠を上半身を起こして見やった。
が、翠も同時に顔を上げて、俺達の視線がぶつかる。
「紅、この後も......俺達ダチだよな?」
確認するように問いかける。
翠のグレーの瞳が、一瞬翳る。
「当たり前だろ。ずっと......ダチだよ」

なんて、きっと嘘。
俺はきっとずっと翠を求める。
男として翠を抱け無いなら、女のように抱かれ続けても構わない。
心が手にはいらないのなら、体で繋ぎ止めたい。


臀部に、ひんやりとした滑りを感じる。
よく周りを揉むと、ゴムを被った翠の細い指が挿入された。
多分俺を気使って、小指か何か。
ゆっくりと時間をかけて、奥へと侵入する。
「......ふっ......くっ」

翠に貫かれていると思うと、それだけで達しそうだった。

「紅、お前のここ、スッゲーキレイ。まるで女のあそこみてーに...俺の指に吸い付いてる」
「言葉攻めは......ずるいよ」
本当はもっと言ってもらいたいのに、口からは違う言葉が突いて出る。
あんまり囁かれると......我慢できなくなりそうだった。

翠は俺から指を抜いた。
目を瞑っていた俺は、一瞬空しさを感じて起き上がる。
止めないで!と言いそうになった。

「紅、お前うつ伏せになって枕ハラの下に敷いて」
片足が不自由で膝で立つことが出来ない俺への配慮らしい。
俺は翠に言われたとおりにした。
ぐいっと足を広げられる。
「俺......こーいうの好きみたい。こーゆー、主導権握ってるみたいなの」
翠は独り言のように呟きながら、ローションをたっぷりつけて俺の中に再び指を埋めた。
今度はさッきより太めの、恐らく人差し指か、中指。
「うぁ.........ぁあ!」
またしても声が出てしまった。
翠の指が、ゆっくりと中に進んでいくから。
「第二関節まで入った」
「翠......俺の全部見て......受け止めて」
枕の上の俺の分身は、これ以上無い程膨張していた。

翠の指は、小さく出し入れを始める。
「紅、中熱い……」

俺の頭の中で、ペニバンをつけた裸の翠に抱かれている映像が浮かんだ。

翠にもっと貫かれたい。
翠が欲しい。

「俺に...マジで抱かれたいのか?」
翠は指を動かしながら俺に囁く。
「何度も言ってんじゃんっ。翠に......抱かれたいって。......あぁっ」
快感に、思わず翠に突き出している双丘に力が入る。
「わっ。締め付けんな!」
翠の動きが一瞬止まる。
「俺に抱かれたかったら......ここ、も少し慣らさないと駄目だ。指一本でもきついのに、ペニバンなんて絶対入んねえ」
「......分かってるよ。じゃあ、次回も......あるの?」
「そんなに、俺が欲しいのか?」
翠が低い声で囁く。
「すんごい、欲しいよ......」
俺は切ない声を出す。

翠は無言のまま、片手で俺の双丘を掴んで更に押し広げる。


もう、丸見えなんだろうな。
でも、翠はキレイだと言ってくれた。
嫌じゃない、って事だよね。

だんだん、そんな事をぼんやり考える余裕が無くなって来た。

「んあっ......あっ......くっ......あっ」
指が出し入れされる度に、体が震えた。
リズミカルに、執拗に出し入れを繰り返されて、体がいう事を聞かない。

俺は顔をベッドの上に埋める。
涎を垂らして、女みたいに喘いで。
こんな顔、翠に見せられない。
見せたくない。
いや、見られたい。

俺を、見て!

「はっ...っ......はぁっ」
翠の指はだんだんと早さを増していく。




ふいに、翠が指を曲げて俺の前立腺の辺りを押した。
それが、合図のように俺の腹の下になっているものが、ビクンと跳ね上がる
「ああぁぁぁぁっ!!」


暖かい感触が布を湿らせ伸びていく。





俺は、爆ぜた。



翠帳紅閨 Ⅲ    05.30.2007
 翠は手からゴムを取り去ると、ティッシュの箱を持ってきてくれた。

まだ肩で息をついている俺は、仰向けに転がるとベッド脇の翠を見やる。
「あーあ、こんな汚しちまって」
翠は苦笑すると、俺の腹の上についた白い液を拭う。
「俺、変だった?」
翠から手渡されたティッシュで爆発した自身を拭いながら、俺は翠に訊ねた。
布団とお腹に敷いていた枕には結構大きな染みが出来ている。
俺は腕で毛布を引っ張って、下半身を覆う。
「全然。床の上で変も何もねーだろ」
服を着たままの翠は、あっけらかんとした顔で答える。
「それに......」
何か言いかけて、翠は口ごもる。
「それに、何?」
俺は聞き逃さなかった。
「それにー......何だ、結構......女みてーな顔してたぞ」
翠の顔が心なし赤らむ。

俺は心の中でピースサインを作る。
が、寂しそうな顔を作って翠から目をそらす。
「でも、指だけだった...翠俺の事、まだ抱いてない。やっぱ俺みたいなの、駄目?」
「駄目じゃねーよっ。ただ、事を済ますにも道具が無かったってだけで...」
「翠キスして」
「へっ?」
翠は一瞬俺の突然の質問に目をパチクリさせる。
「お前大丈夫か?まさかお前俺の事......」
「好きだよ。物凄く。友達以上に」
俺はみんなから「天使のような」と形容される極上の笑みを翠に贈る。
「だから、キスしてよ」
俺は翠の手を掴んだ。
「あっ......え、と...」
翠は困ったように頭を掻く。
「俺、女しか駄目なのとっくのとうに知ってるよな?」
「知ってるよ」
「俺が色んな女と寝まくってんのも知ってるよな?」
「今、二股か三股かけてるのも知ってる」
「わりい、俺男から告られるの慣れてなくってさ」
「俺の事男と思わなくていいよ」
「でも、男だろ」
「戸籍上はね。でも、俺は翠と性別超えた仲になりたいよ」
俺は掴んだ手に力を込める。

翠は困った表情で、俺を見下ろす。

「俺の......全て見て、欲しいと思わなかった?少しも...欲しいと思ってくれなかったの?」
はあ、と小さく溜息をついて下を向く。
翠の手も離した。

翠が困ったように腕を組んでいる。

「女みたいにキレイって言ってくれたよね?」
再び、悲しそうに見上げる。
「うっ......嫌じゃなかったし、キレイだとは思ったよ」
俺は黙って翠の言葉を待つ。
「それに......不覚にも、ちょっとだけ......そそられた。紅の表情(カオ)と声に」
「じゃあっ」
「でも、キスはできねえ。キスは...ホントーに好きになった奴とだけするって決めてるから」
俺の言葉を遮って、翠がそういい切る。
「なんか映画のプ〇ティー・ウーマンみたい」
俺は少し不貞腐れた。
「じゃあ、今キスするとしたら......兄貴の婚約者?」
「そう。さくらさんだけ」

俺は腕を組んで横を向いた。
多分一生、俺の想いは届かないのかな。

やっと見つけたのに。
本気になれる女に出会えたのに。

「キス出来ないなら、抱いてよ。ちゃんと抱いてよ。翠が欲しいよ」
言いながら、何故だか自然に涙が出てきて頬を伝う。

馬鹿らしいし、泣く事じゃないって分かってるのに、いつもなら演技で嘘泣きしてるのに。

心の底から、翠が欲しかった。

お願いだから、俺の想い届いて。

「いいよ。でも、お互い本気(マジ)な相手に出会うまでだからな。それにお前、俺なんかじゃなくてちゃんとした女見つけろよ」


優しい翠は俺が泣き止むまで俺の横に座り、ずっと肩を抱いていてくれた。
翠帳紅閨 Ⅳ    05.30.2007
 「お前の名前、なんで紅っていうんだ?」
翠は俺の横に横たわり、天井を見上げてる。
「母親の名前がスカーレットだったから。あと、英語発音でBeanieになるからだって」
「スカーレットって紅っていう意味なのか」
「そう。うちの父親、ただの外専エロオヤジ」
俺は言いながら、母親の違う兄貴の姿を思い浮かべる。
190近く身長があって、元陸上選手の鋼のような肉体に、BREEZE社を独りで背負って立つその実力。
オヤジのお遊び(会社)を、10年でここまで拡大させた。
男も女も憧れる、その体。その頭脳。
それに比べて、俺は食べても太らないし、人より少し筋肉がついているとは言え、足に障害を持つもやしっ子だし、色白で「女みたい」とかよく言われてて。

父親が同じでも、こうも違うものなのか。と、自分で思う。
「親父さん、政治家か何かだったんだっけ?」
「汚職事件で捕まって、辞めて、うちの会社建てたらしいよ」
ふうん、と翠は頷く。
「鷹男はそういう事何にも言わねーから、知らなかった」
「兄貴もあんまり触れて欲しくない所なんだと思う」
「そっか」
翠は大きく伸びをする。
「翠も…ハーフだよね?」
「らしいけど、俺オヤジ知らねーし。母親はただの淫乱女だから」
翠がぼんやり宙を眺める。
翠が母親の借金返済の為にあっちこっち奔放している事は、翠本人から聞いてなんとなくだけど、知っている。
だから、翠は母親の話は避けてるし、必要以上に教えてくれない。




 木曜日の夜は時間がある、と言って翠はトレーニングの後俺の家に来てくれるようになった。

ムリはイケナイからと、もうこれで3回目の情事なのに、翠はまだペニバンを使ってくれない。
ちゃんとそういった性行為を調べているらしく、ゆっくりと時間をかけると言って聞かない。

「翠、脱がせてよ」
俺はサラサラの茶髪をかきあげて、命令口調で翠に言う。
「へーへ。王子様」
赤いベッドの中央に座っている俺は、翠を引き寄せる。
翠は俺のシャツを剥ぎ取った。
「パンツ位自分で脱げよ」
シャツを放り投げると、翠は俺を見下ろす。
ニヤッと端整な顔に笑みを浮かべる。
相変わらず、カッコ良くて男らしい。
男の俺でも…見惚れてしまう。
「嫌だ」
俺が反抗すると、翠ははあーっと息を吐き頭を振りながら、俺のジーパンに手をかけた。
トランクスも引きおろすと、勢いよく俺の肉棒が飛び出る。
割れた柔らかい先端は、もう潤んでいる。
「元気いーなー、お前は」
翠は俺の分身を眺めながら、呟く。
「紅、一人エッチとかすんの?」
「翠とこうなる前は、してたよ。でも今は翠が居るから必要ない。......翠は?」
俺はちょっと興味をもって、翠に聞いてみる。
「しねーよ。そんな時間ねーもん。俺毎日相手居るし、マジ体持たねえよ」
「翠は、タチなの?」
俺への愛撫とか手馴れているし、なによりいつも余裕だ。
......俺が男だから、性的魅力を感じないだけかもしれないけど。
「受けの時も......玉にある」
「嘘?!」
翠の意外な言葉に反応する。
「誰?さつきって人?アヤって子?それとも、晴美さん?」
俺は知ってる限りの名前を羅列する。
「ちげーよ。内緒」
話題を変えたかったのか、翠は俺の肉棒の先端を口に含む。
「んあっ......み、みどりっ」
突然の出来事に、俺は頭を仰け反らす。
「一回抜いとく?」
翠が口を離して俺に訊ねる。
「翠がイカせてくれるなら......」
翠の口の中の、更に奥に腰を押し上げながら、呟く。
でも翠は口を離して、
「いや、やっぱ男は我慢が大切だな。我慢しろ」
と俺の足を掴んで反転させる。
「ここではそういうの、問題じゃないと思うけど」
と小さく反論する俺を無視して、双丘に手を置く。
「用意は…いいよな?」
翠が俺の尻を押し開いて、唇を寄せたらしい。

翠の......暖かい息を感じる。

「触って、翠......」
俺の声が掠れてる。
翠はぺロリ、と俺の皺の寄った部分をひと舐めした。
「ぁぁぁぁああっ」
ぞくぞくとした快感が体中を駆け巡る。
やばい、ちょっとだけ今前から漏れたかも。
腹の上に温かい粘り気を感じる。

やっぱり俺の性癖は普通じゃない。
普通のフェラより、こっちの方が気持ちいいなんてさ。

翠はその周りをよく揉んだ。
「紅、気持ちいいか?」
翠がマッサージしながら聞いてくる。
「すっごい...気持ちいい。もう1回やってよ」
翠は再度屈んで、俺の菊に口をつけた。
ぺロリと舐め取る。
同じような、ぞくぞくとした快感の波が再度俺を襲う。

さっきお風呂の中でちゃんと用具を使って洗っておいて良かった。
まさか翠が口をつけてくれるとは思っていなかったから。

「道具とか、使ってみる紅?」
道具?
「バイブとかプラグ?」
「そんなん今持ってねーよ。違う。綿棒とか」
「綿棒?」
聞いた事ある。
性感ヘルスとかで使う、あれ。
「翠とだったら、何でもしてあげる」
俺は後ろを振り返り、翠に微笑む。
翠は一瞬キョトンとして、ちょっとだけ顔を赤らめる。
「紅……今俺ちょっとだけソソラレタ」

確かに、腹ばいで、あそこ全開で足開いて、体上気してて…。
冷静に考えると、恥ずかしい。
でも、翠に見られてるなら、むしろ全然嬉しい。

「ローションの所の棚に綿棒も入ってる」
翠はベッドから降りて、言われた物を取りに行く。
戻ってくると、
「目、瞑れ」
と俺に指示してきた。
「うん」
と俺は目を閉じる。

最初は鳥の羽みたいに、トンットンッて掠るように皺の寄った部分に乗せる。
「……はあ……あっ……ぁぁ」
キモチ良い。
「どうして貰いたい?」
翠は執拗に同じ動作を繰り返しながら、俺に聞いてくる。
「……挿れてよ、翠……」
俺は突き出した尻を更に突き出す。
「こんな感じにか?」
綿棒の先を浅く菊花の入り口に入れて一周する。
「じ……焦らさないでよっ……ぁっ」
翠が何度も入り口付近をくすぐる。
「もっと奥に挿れてもらいたい?」
俺の返事を聞く前に、翠は小さな綿の棒を俺の菊花に埋めてしまった。
「はぁぁっ……翠っ!」
翠の指の何倍も細いそれは、いとも簡単に俺の中に飲み込まれる。

翠が俺の中でまわしたり、出し入れするのを感じた。

そして、ふいにそれを突き刺したまま、手を止める。

「紅、お前の姿…アーティスティックにやばいよ。お前に見せたい位」

知っている。分かってる。
写真家って職業柄、こういう体勢で菊花に菊の花つきさした女の写真とか、見た事ある。
俺は翠のおもちゃだ。

もっとイジって欲しかったけれど、俺はそれ以上に翠を中に感じたかった。
「もう綿棒はいいよ。翠触って」
俺は体を捩って翠に催促する。

「今日は親指…試すか?」
翠がコンドームの包みを穿いているカーゴパンツの後ろポケットから取り出して、手につける。

いつもと同じ手順。
ローションをマッサージしながら塗って、俺を良くほぐす。
「俺が、欲しい?」
翠が意地悪く訊ねる。
欲しいにきまってるじゃないか!
「欲しいよ。さっさと…あっ」
翠が入った。
「やっぱ…きついわ」
翠は一回引き抜くと、
「紅、仰向けになってくれ」
と指示する。
翠に逆らえない俺は、頷いて仰向けになった。
足元に蹲っている、翠と目が合う。
翠が、グレーの瞳を優しく細める。
「足が辛かったら、言えよ」
と、枕を腰の下に敷いたまま、俺の脚を押し上げた。
翠はローションをつけて、右手の親指を俺の菊花に埋め込む。他の指は、その上の俺の袋を優しく摩る。
左手は、俺の分身を握って上下運動を開始した。

すっごい……最高。

「紅、全部……入った」
「うん…感じる……」

俺はリズミカルに指が出し入れされる度に、腰を動かした。
「ふあっ…あっ…ぁ…!」
顔を腕で覆おうとすると、
「紅、色っぽいから、隠すな」
と止められる。
今までは布団に押し付けて隠していられた表情を、翠に見られながら、悶える。

「ぁっ…ぁ……はあぁっ」
もっと、奥に感じたい。

翠の指が、出し入れを速める。


「翠……俺……も…だめっ…ああっ!」
俺はぶるっと体を震わせると、溜まっていた熱を一気に噴出した。
白い液は大きく飛び散って、俺の素肌を汚した。







 翠は情事を終えると、
「明日も早いから、またな」
と言ってあっさりと帰ってしまう。
年上の俺を子ども扱いして、
「ちゃんと歯磨いて寝ろよ~」
と言い置いて。

それが少しだけ物悲しくて、でも土曜日にまたあの明るい笑顔に会えると思うと心なし安心する。
まるで、Addiction。

独りエッチはもうしてないとか言いながら、俺は今さっきまで翠に触られていた所を再度自身で触れる。
翠を想いながら、眠れない夜を過ごして、寝不足の朝を迎える。






まだこの時は、翠が兄貴と只ならぬ『契約』を結んでいた事なんて、俺は全然知らなかった。
Set It Off     05.31.2007
 今思えばあれは一目惚れなんかじゃなくて、単なる憧れだったのかも知れない。


大学の授業の一環で、非営利団体のボランティアをする事になり、たまたま俺のグループのボランティア先が、さくらさんこと石田さくらが運営する「ラブパープル」だった。

「はじめまして、石田です」
と、大きな瞳で真っ直ぐ射られ、片手を差し出されて俺は一瞬面食らった。
その正直で意志の強そうな瞳に釘付けだった。
「あ、握手は変か。ええーっと、3ヶ月お願いします」
俺よりも10センチは背の低いさくらさんは、ペコリとお辞儀をする。
長い黒髪がサラサラと零れる。
「あー......佐々木翠です。こちらこそ、お願いします」
俺もペコリと頭を下げた。

大体俺に会った人間は、俺のナリでドン引きしちまうか、反対に興味丸出しで質問の嵐を浴びせかけてくる。
だが、このさくらさんはただ俺の目だけみて微笑み、
「それなら、こちらへ」
と『作業所』と呼ばれている場所へ誘った。

仕事は主に寄付で集めた要らないオモチャの梱包と、それを各国の似たような団体に送って恵まれない子供達に使ってもらう、という単純なものだ。

何よりも驚いたのは、さくらさんが28歳という若さで人を集い、この団体のリーダーとしてボランティアや人を動かし運営していたという事実だ。
もちろん、元政治家だったという彼女の父親の財源やコネがあったおかげでもあるだろうけれど。

彼女はよく
「お金や物はある所から分けてもらうのは当然だわ!」
と豪語している。
なるほど、お嬢様だっていう自分の立場を弁えて、それを最大限に利用している。

大した女だな、と思うと同時に、もう少し彼女のことが知りたくなった。

「水泳やってるんだって?」
ある日、同じような梱包作業中さくらさんは俺に問いかけた。
「あ、はい、あたしは競泳の方なんすけど」
あたし、の一人称を使用しながらもどかしさと違和感を感じる。
「ふうん。その体、ものすごく鍛えられてるわよね。絶対運動何かやってると思って他の子に聞いたら、水泳選手だよって教えてくれたから」
細身で、上品な外見にも係わらず、長い髪を結い上げ、ホコリがついたTシャツとスウェットパンツ姿の桜さんは、そう言って「ふう」と軍手で汗を拭う。
そんな姿も育ちの良さか、上品だ。
ドキッと俺の心臓が大きく打つ。
やべえな。
「私、知り合いで...あ、知り合いって言うか、この団体のスポンサーの一つで、まあビジネスパートナーみたいな友人が居るんだけど、その人が今モデルを探してる、って言ってたのを思い出してね」
「モデル...ですか?」
背がなまじ高いせいか、こんな俺でも町を歩いていればたまにモデルやら何やらのスカウトは来る。
「あたし別にモデル業には...」
興味ないし、と言いかけた所で
「BREEZEって会社知ってるかしら?スポーツ用品の」
とのさくらさんの言葉に先を越されてしまった。
「え?BREEZE?」
知らない筈は無い。知り合いの競泳選手も何人かスポンサーとしてついている、日本一のスポーツ用品会社だ。
「そう。BREEZE。何か来年の夏向けようにユニセックスなスポーツウェアを開発したらしくって、そのモデルを選考中って言ってたのよ」
「はあ」
うーんと考えて、さくらさんはポン、と手を叩く。
「翠さん、今週の木曜日の夜、時間取れるかしら?」
「え?あ、は?」
彼女の可愛らしい仕草に目が奪われてしまった俺は、素っ頓狂な返事を返してしまう。
「も、もちろんっす」
突然、さくらさんに誘われた、という現実に舞い上がり、二つ返事で即答した。







「何おしゃれしてんのお?」
木曜の夕方、授業と筋トレが終わると俺は、約束の時間の3時間以上も前から鏡の前で入念なチェックを入れていた。
ドアをノックもせずタメの山田が棒付き飴を舐めながら寮の俺の部屋に入ってくる。
こいつのアホ面に皆騙されるが、俺は最初からこいつの本性を見破っていた。
しつこくて、負けず嫌いで、物凄く頑張り屋だって本性を。
この大学では俺の親友だ。
「決まってんだろ、女と会うんだよ」
「佐々木ホンメイ出来たの?」
目を見開いて、山田が驚く。
「ちげーよ。でも、大事な女」
「翠の女第3号?4号?」
こいつ、俺が三股四股かけてるの知ってるし。
「うるせえよ。お前、練習ねえのかよ?」
「来月から1ヶ月合宿だよう。ミーナに会えなひ~~~~」
うううっと大げさに声を上げる。
ミーナ、とは山田が約一年前から付き合っている年上の彼女だ。
「じゃ、俺がミーナさん面倒見ててやる」
「駄目ーーーーーーーーーっ」
即答。
「さ、佐々木フェロモンすごいとかミーナ言ってたからぁ、絶対近寄らせないもーんっ」
はあっ、と俺は息をつく。
「結局お前らラブラブじゃねえか」
山田はへへへっと嬉しそうに微笑む。
犬みてえ。
「プロジェクトジュニア発動中だよ~ん」
「プロジェクトジュニア?」
俺は鏡の前でムースを髪につけ整えながら、適当に聞き返す。
「そ。次のオリンピックで金メダル駄目だった時のヨボウ線!その名も出来ちゃった婚ケイカクーーーーっ」
「ミーナさん知ってんの?」
「知るはずないよう~~。俺のしーくれっとプロジェクトっ!」
俺は頭を振って山田をしっしと追い払う。
ミーナさんも大変だ。
こんなデカイ子供1人でも大変なのに、孕まされて2人目できちゃったら。
ルンルンで鼻歌を歌いながら部屋を出て行く山田に
「今年もFINA頑張れよっ。行けなかった俺の為にも」
と声をかける。山田からは、
「らじゃ~~~っ」
とピースサインが帰ってきた。
Set It Off Ⅱ    05.31.2007
 待ち合わせ場所の、六本木交差点そばのカフェに30分も早く着いてしまった俺は、逸る気持ちを抑えてさくらさんを待った。
どんな服を着て来るのだろう。
今日の髪型は?
彼女のあの華奢な体に触れるチャンスはあるか?

俺の知ってる限りのテクを使って、落としてみたい。
こういう世界もあるんだって、教えてあげたい。




が。

レストランの入り口に現れたさくらさんは俺より軽く15センチは有るだろう図体のでかい、スーツを着た厳つい男を引き連れて中に入ってきた。
瞬間、やっぱり......というか、何となく解ってはいたが、それでもやっぱり少し凹む。

上品な春らしいワンピースを着こなしているさくらさんは、俺を見つけると手を振りながら席までやってきた。

「翠さん、こちらが前に話をしていたBREEZE株式会社の社長さんで、門田鷹男さん」
巨体の男を紹介する。

俺はアスリートの目で男を観察した。
成る程。この肉体は、おっさんながらも毎日体を鍛えているようだ。
何か筋肉増強剤を使っているんだろうか、まるで現役陸上選手のような、鋼の筋肉。完璧な体を隈なくチェックする。
ちくしょう。
俺も男だったらこんな体が欲しかった。
スーツもオーダーメイドの物なのか、ピシッと一寸の狂い無く着こなしている。

男も同じように俺を値踏みするかの如く見回してから、顔に笑顔を作る。
名刺を取り出し俺に手渡しながら
「はじめまして。石田さくらの婚約者でBREEZE取締役代表の門田です。翠さんのお噂はさくらから何度か耳にしました」
と会釈した。

え?
一瞬息が止まる。

婚約者?このおっさん今「婚約者」っつったよな?しかも、わざとらしく強調していたような...?
思わずフッと口元が緩む。
このおっさんに見破られてんな。
俺の『哀れな』恋心。

「鷹男さん!!それはあくまでも親が取り決めた便宜上の話でしょう?」
さくらさんが慌てて否定する。
「そうでした。ビジネス上のね」
顔に笑みを浮かべたまま、男は椅子を引いてさくらさんを前の席に座らせる。
「確かに、新製品のコンセプトに沿った外見をしていますね。彼女は」
俺をチラリと見ると、門田とか言う男はさくらさんに話しかける。
「ね?言ったとおりでしょう?ほら、あの90年代に活躍していた日系人のスーパーモデル......ジェ〇ー清水みたいなカッコよさ」
「中世的、という意味ですね。君は確か競泳の日本記録を保持しているとか?」
突然話を振られて、俺は2、3度瞬きをする。
「あ、え、ハイ。バタフライすけど」
男がじっと俺の顔に見入る。
こいつ、俺と同じかな?顔濃いし、純日本人には見えない。
男らしい、整った顔立ち。
女に困る事は無いんだろうな。
俺が男だったらこんなルックスしてたら良いな、とは思うけど。

俺も男の顔をしっかりと見返した。
少しの間、俺達は睨めっこのように見つめる...というか睨み合う。
「と、いう事はそれなりの知名度はあるわけだ」
フ、と男が顔をそらす。
勝ったぜ!と俺は心の中でガッツポーズを作る。
「でもオレ...あ、あたしの知名度って言っても、競泳界のなかだけですし、今は大会に出れないんで...」
さくらさんが急いで割り込む。
「そう、翠さん怪我をしてしまって、今は競泳お休み中なの。ねっ」
俺は頷く。
「アスリートに怪我は付き物だ。自惚れて自身を過大評価していると、後で大変な目にあう。だが、使えそうだな。企画担当に推してみても悪くない」
使えそう、という言葉に俺はムッとする。
お前にとって人は使えるか使えないかの2種類しか無いのか。
「でしょ?やっぱり私の目に狂いは無かった。良かったわね」
さくらさんははしゃぎながら俺にウインクしてくる。

う。
顔が赤くなる。
俺ってこんなに純情だったけか?

「それでは、だ。君の連絡先は俺がさくらに訊ねておく。後日誰かしらBREEZEの者から連絡が入るかもしれないし、入らないかもしれない。まあもし連絡が来たとしても、仕事を引き受ける引き受けないは君次第だ」
言いながら、門田鷹男はロレックスの腕時計をチラリと見てさくらさんの腕を取る。
「では、決まりだ。さくら、急ごう。会食に遅れてしまう」
まるで所有物を誇示するかのようにさくらさんを引き寄せると、門田鷹男は席を立つ。
そして、眼下の俺に向かって微笑んだ。

こいつ、性格悪ぃな。
わざと俺に見せ付けてやがる。

「え?もう?翠さん、とりあえず考えておいてね。でも、迷惑だったら断っちゃっても構わないのよ」
門田に半ば引き摺られるように、さくらさんは店から出て行った。

ふとテーブルを見ると、いつの間にやら1万円が置かれている。
俺のコーヒー代。

大きく深呼吸した。
使えそう、か。
なら、利用してみるかな......俺も。


これが、俺と門田鷹男の出会いで、込み入った関係の始まりだった。
















 社長室、たるもんを俺は初めて目にした。
BREEZEは銀座の本社以外、あちこちに子会社やら直営店やら営業所やらが点在しているらしいが、銀座のど真ん中に立っているデザイナービルを改めて目にすると、あのムカつく門田鷹男のスマイルと態度L(エル)の貫禄を再確認させられる。

モデルの仕事は結構楽しかった。
いつもはプールの監視員とか、夜間の警備とか、工事現場で男にまみれて力仕事なんてバイトをしているので、こんな楽に収入を得られる仕事が有るとは思ってもみなかった。


ただ、このバイトで得た収入も給料日後には全部借金支払いに宛てられて1円も残っていない。

母親が、ギャンブルか男遊びの為に悪徳高利貸しから借りたたった100万円の借金は、見る間に膨れ上がり利子やら何やらでここ数年で1000万にもなっていた。
手がつけられなくなると判明すると、母親はさっさと夜逃げして蒸発してしまい、もうここ1年以上彼女とは連絡が取れない。
その上、俺を育ててくれた田舎のばあちゃんも知らない間に連帯保証人にされていて、いつの間にかこの1000万円は佐々木家の……俺の肩に重くのしかかっていた。

気丈なばあちゃんは何も言わないけど、借金取りから嫌がらせの電話なり何なりをよく受けているそうだ。



藁にでもすがる思い、とはきっとこういう事を言うのだと思った。
嫌がらせは日を追うごとに酷くなって行ってるようだし、弁護士に相談しても署名が一致しているなら無理ですと相手にしてくれない。
それに、俺には弁護士を雇う金もない。
彼らは勝つ見込みのない裁判には協力してくれない。
相談所にも電話したことが有るが、所詮他人事らしく法律関係の薀蓄を述べて何も解決策を得られなかった。

「金は有る所から搾り取れ」
さくらさんがよく口にする言葉だ。

実行あるのみ。

プライドを捨てて俺はある日、門田と直接話がしたいとさくらさんに打ち明けた。
流れ星を掴むような確率でしか無いけど、駄目もとでチャレンジしてみようと思った。



結果、俺は秘書ってお姉さんに連れられて、ビルの最上階を丸々使用した『社長室』に通される。

上品なイタリアンレザーソファーに腰をおろして機能的でだだっ広い社長室で門田を待っていると、数分後スウェットにTシャツ姿の門田がガチャリ、とドアを開けて部屋に入ってきた。
汗だくだ。

「全く。何をしたんだ君は。秘書課の女の子達がキャーキャーうるさく喚いているぞ」
タオルで汗を拭いながら、門田は黒くニスが光っているデスクの前の、高そうで座り心地の良さそうな皮の椅子に腰掛ける。
「何にもしてませんよ。ただ、あんた......門田さんとアポがある、と言っただけだ」
「それで?用件は?」
門田はちらり、と時計に目をやる。
その態度が「お前に構っている時間は1分も無い」と見事に体現している。



俺は一瞬躊躇って、言葉を吐き出した。
「俺に投資してもらいたい」




188センチはある門田は顔を上げて俺を彫りの深い鋭い眼光で射ると、確認するように聞き返す。
「君の言っている意味が解らない。何故俺が君に投資しなければならない?」
声に苛立ちが混じってる。
「ぶっちゃけ言うと、お金が欲しいんです」
俺は肩を竦めた。

「金か。成る程。その口調は借金のようだな。悪徳なローン会社の手口にでもひっかかったのか」
俺じゃないけど、と言いそうになって飲み込む。
「まあ、そんなようなもんです」
門田は白い整った歯を見せて微笑む。
あの、ビジネス用の笑顔だ。

「佐々木君。一体俺が年間どれ位赤の他人に君と同じような台詞を聞かされて、金をせびられているか知ってるかな?」
「さあ?10人位?」
俺は適当に答えてみる。
「数え切れない」
門田は首を振る。
「あと、15分君にあげよう。何故金が必要なんだ。ちゃんとした理由を言ってみたまえ」




俺は身を堅くして、門田鷹男を見つめ返した。
Set It Off Ⅲ    05.31.2007

 完璧に、馬鹿にされている。



俺は湧き上がる怒りを抑えながら、努めて冷静そうな声を出した。
「母親が...借金を作って蒸発してしまって......その返済です」
母親か、と呟くと門田は俺の目を見ながら更に質問を続ける。
「佐々木君、君の大学での専攻は?ずっと競泳を続けていくのか?」
俺は首を振った。
「経営学です。俺、自分のジムとスパを持ちたくて」
門田は顎を持ち上げて、片眉を上げる。
「ほう。ジムとスパをね。それで経営学を専攻しているのか」
俺は頷く。
「ご老人や体の不自由な方、主婦やサラリーマンなどの一般の方も気軽に行けて長続きできるジムを、例えば駅前とかに24時間運営で幾つか店舗を展開したいと思っています」
門田は目を細める。
「体の不自由な?それはリハビリセンターとどう違うんだ?」
食らいついてきた!
「リハビリなんて理由無しに誰でも利用できる施設ですよ」
「そして駅前、とは会社や学校の行き帰りの人々をターゲットにしているのか」
「そうです」
「何故、競泳を続けない?怪我が原因か?」
「鋭いですね。怪我......というより、肩が若年性リウマチと判断されて運動量が規制されてしまってから、ずっとこの先の人生について考えていました」
俺は素直に認める。



俺は口を引き結んで門田の言葉を待った。
「一体、幾ら必要なんだ?」
ちらり、と再度ロレックスの時計に目をやり、門田は俺に聞く。
「とりあえず、1千万円。それで足りなかったら、考えます」

少し考えたように間を空けて、門田は静かに口を開く。
「佐々木君。君はビジネスを専攻しているらしいが、ビジネスとは互いに利益あればこそ成り立つものだ......。そこで訊ねるが、俺は君から何を得る?」
門田は小首を傾げ、薄笑いを浮かべながら俺に訊ねる。
「だから......もし俺がジムを運営したら株を......」
「株なんて会社を建ててからの話だと思うが」
「うっ」
言葉に詰まる俺。


そうだ。俺には切り札となるような物は何も無い。



門田はデスクから立ち上がった。
ソファの俺の方に歩いてくる。


体の筋肉の線が出るTシャツにスウェットパンツ姿の門田の体は、ボディービルダー顔負けの完璧な体をしている。
その上、荒削りな男らしい甘いマスク。
俺が男に興味があったなら、ものすごく性的魅力を感じていただろう。
しかもあのビジネス用のスマイルは、それを自覚して最大限に利用していると見た。

効くだろうな。
ビジネス相手が女だった場合。


「俺、何でもやります。こ、ここで雇っていただけるなら、今のモデルのバイトもタダでやりますし、なんだったらオフィスの窓拭きや深夜の警備、トイレ掃除までこなしますよ」
「ほう?」
門田は口角を引き上げる。
「さくらがよく言っているな。金は持ってる奴らから巻き上げろ、と」
俺の前で腕を組んで仁王立ちの門田は俺を威圧的に見下ろす。
さくらさんはこの男にも同じ事言っているのか。
俺の顔が少しだけ緩む。
「うちもさくらの団体へ幾らか寄付をしている。まあ、ある意味税金対策ではあるがな」


門田は少し考えてから、口元に笑みを湛えた。
「では、こちらの条件を言わせてもらう。飲めなければ、話は無かった事にする」
え?と俺は面を上げる。
「まさか、本当に?!」
思わず、驚きが顔に出る。
「喜ぶのは早いぞ。条件を聞け」
「は、はいっ」
俺は慌てて座りなおす。

「まず、1つ目は俺の弟のトレーナーをやってもらう。先に言って置くが、奴は片足が不自由だ。君が言っているジム運営には俺の弟みたいな奴らも視野に入っているらしいが、自分の言っている事がどういう意味を持つのか、勉強にもなるだろう。今度引き合わす。2つ目は、俺のいう事を何でも聞くこと。俺が呼び出したらレポートも兼ねていつ、どこからでも報告しに会いに来る事。3つ目は、さくらを諦める事」

3つ目の言葉に、小さく息を飲む。
2つ目の要項も気にはなったが、それ程のショックは無かった。

「お前が俺の婚約者に懸想しているのは、一目見て分かった。だが、あいつには学生時代からの恋人が居る。諦めろ」
「え?」
俺は門田が発した言葉が信じられなくて、ふと顔を上げる。
「俺とさくらの婚約は、互いの親が決めた便宜上のもの、とさくらが言っていただろう」
ああ、そう言えば。
「お前には関係の無い話だが、俺の親父がさくらの父親に大きな借りがあってな。まあ、どちらかの親がクタばるまでの仮の契約だ」
フッと自嘲気味に言い捨てると、門田は再度俺を睨むように見据えた。

「さて、4つ目の要項だが......そうだな、ここで『女』として俺を満足させてみろ」

は。
「はあ?」
平然とそんな台詞を吐いた目の前の男をまじまじと見つめた。

「以上の要項を受け入れられるなら、毎月50万を20ヶ月間お前の口座に支払ってやる。利息無しでな。それとも、500万を2回に分けるか?どちらにせよ、お前の20ヶ月は決まったも同然だ」
男はいたって素面らしく、再度ちらりと腕時計を見やる。
「あと3分だ。3分以内に返事が無ければ、お前との『ビジネス』は無かった事になる」
「俺......男に興味ないっすよ?」
「そんなものはお前のナリですぐ分かる。お前の性的興味や趣向はどうでも良い。俺さえ良ければな」
門田が、あのビジネス用の笑みをこぼす。


こいつ、やっぱり性格が捻じ曲がっているらしい。
俺をとことん利用するつもりのようだ。


普通の男ならとっくのとうにぶん殴っていた。
落ち着け。
考えても見れば、俺は男に興味は全く無いし、体を差し出す事は大した問題ではない。
1千万円と秤にかけたら......。



それなら俺もこの男、門田鷹男を徹底的に利用してやろーじゃねえか。



「あと1分」
門田が時計と俺を交互に見やる。

クソっ。

「分かりました。条件を飲みます」


俺がそう答えるなり、門田はテーブルの上の電話の受話器をとる。
「森尾か?少し会議が長引く。私的な用件なので1時間は誰も来させるな。何?ああ、待たせておけ。清水にでも社内を案内させてろ」
そういうなり、ガチャリと受話器を置く。



「ならば、お前の『女』としてのお手並み拝見と行くか。俺を満足させたら、契約書に署名をしてもらう」
門田鷹男はニヤリと微笑んだ。

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