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Traveling    07.13.2007
“traveling”



 朝の光がカーテンの隙間から零れた。
俺の顔に直撃したその光を防ごうと腕で目を覆おうとすると、二の腕をつかまれた。

「おはよう、浬。」

社長である。
ホテルのバスローブ姿のまま、化粧ッ気の無い、けれど爽やかでソープとボディーローションの匂う艶やかな美しい顔が、俺を覗き込んでいる。

「遂に貴方の寝顔が見れたわ。」
茶目ッ気のある笑顔で微笑む。
「貴方血圧高いんじゃない?いつも私より遅く寝て、早く起きるんだから。今日は私頑張って早起きして貴方を起こそうと思っていたのよ。」
上機嫌な笑みを浮かべたまま社長は、バスルームへと姿を消した。

社長レベルのビジネストリップとなると、ほぼ数日置きにある。
NYで仕事を終わらせた後そのままジェットで他州へと飛び、その翌日またNYへとんぼ返りなんてザラだ。

社長…國本英恵と男女の仲になってから…いや、普通の恋人同士とは少し異なっているが、正確には男女のように付き合い始めてからも、その生活はあまり変わらなかった。
社内では社長と個人秘書という体面を辛うじて保っているとはいえ、プライベートな時間は二人で過ごす事が多くなったが。

それに、旅先ではこのように同室で朝を迎える事もある。


 俺は、ムックリと体を起こした。
昨夜の熱情で、体が心なしか疲れている。
関節を鳴らして軽くストレッチすると、俺はベッドの下に落ちていたバスローブを拾い上げて袖を通した。

彼女の後を追って静かにバスルームに向かう。
社長は、装飾が凝って広々とした洗面台の鏡と睨めっこしながら化粧をしていた。
俺は開けっ放しの戸口に肩をつけて立ったまま、暫く無言で彼女の作業をジッと見つめた。
「おはよう。」
彼女は俺の眼差しに気付かないほど真剣だったので、声をかけてみる。
「また英語なのね。」
不満そうな声を出し、彼女は俺の立っている戸口へと振り返った。
「やはり社長とプライベートな会話は英語の方が楽ですね。」
つい、いつもの口調に戻って説明してしまう。

敬語をつかわないで、との彼女のリクエストに答えるには、どうやら英語で会話するのが一番自然で楽だと気付いた。
あの日の、あの言葉以来、俺はプライベートな時間の会話の殆どを英語で済ませていた。

「でも、まあ、それでもいいわ。」
彼女は持っていたフェイス用のブラシとパウダーをカウンターに置いて、俺の方に向き直る。
やはり今日は機嫌がいいらしい。
「ふふっ。寝癖がついている貴方を見るのは初めてだわ。」
社長は俺に近づいてきて、俺の髪の毛に手を伸ばしてきた。
小さい子供のように、手櫛で梳く。
とても、気持ちがいい。

こういう時、彼女は大会社の社長という仮面を脱いで、無邪気な一人の女としての顔を見せる。
気付くと俺は体を屈め、血色のいい彼女の唇に自分の唇を押し付けていた。
社長は一瞬驚いたように体を硬直させ、そして俺に応えてきた。

「社長。時間があまりございませんので、ルームサービスでも頼みましょうか。」
名残惜しいと思いながら自制心を働かせ、俺はやっとの事でその一言を搾り出す。
「…わかったわ。」
拗ねたような表情をして、社長は体を離す。
そのままやりかけていた作業に戻ろうとして、ふと、まだその場に立ったままの俺を顧みた。
目が輝いている。

「ねえ。今度時間があったら、バケーションでビーチに行きたいわ。貴方と二人で、会社の事も忘れてゆっくり過ごすの。」
「恐らく、向こう半年は無理だと思われますが…。」
幼い少女のように無邪気にそう提案する彼女の言葉に苦笑し頷きながら、俺は思った。


いつか、まとまった休日が取れたら彼女を誘ってジャマイカにでも行ってみようか、と。



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