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A.S.A.P.    07.19.2007
仁神堂番外編『A.S.A.P.』



 Call me A.S.A.P.
~N~

「Call me As Soon As Possible(今すぐ私に電話を下さい)」
そのメモを専属のSPから手渡された私は、食後のカクテルワイン片手に談笑していた知人に会釈をして席を立ち、この短いメッセージの送り主に電話をかけてみた。

急いでかけ直したにもかかわらず、携帯は留守番電話サービスに接続されてしまった。

仕方がないので、今日一緒にディナーを楽しんだ古い友人に別れを告げ、私はメモの送り主の待つ私のコンドへ急いで向かった。






 デスクで書類の山に目を通しながら、慣れた手つきで署名をしていた彼女は、俺の一言でパッと顔を上げた。

「本当に?楽しみだわ」
俺達を取り巻くオーラが、一瞬閃光が走ったように煌めく。
彼女が滅多に見せない大きなスマイルを俺に向けたからだ。

いや。
正確に言うと、俺に向けた笑みだったが、俺への笑みではなかった。
それが他の男への笑みだと分かっているので、身体が僅かに硬直する。
「お食事は、ロッカフェラーセンター横のフレンチフュージョンの......」
「ルークレアーね」
「はい。午後8時に予約を入れておきました」
「仁神堂、有難う」
彼女は顔に笑みを称えたまま、俺から書類に視線を戻す。
社内では、未だ俺を苗字で呼ぶ英恵は
「今夜は遅くなるかもしれないわ。お話は.........後で」
と俺に伝える。

後で、とは『家で』という意味だ。
「畏まりました」
俺は湧き上がる感情を抑えるため顔を伏せ、軽く一礼する。

俺が踵を返し社長室から出て行くまで、彼女の口元に浮かんでいた笑みは消えなかったようだ。


 彼女の笑みがどうしても気になった俺は、自分のオフィスに戻り今夜の社長の相手の情報を収集した。
國本家と門田家とは家族ぐるみの付き合いがあるようだが、ざっと目を通した門田鷹男の経歴と彼の写真を見て、思わず顔がこわばる。

そのエキゾチックで力強い外見のみならず、英恵が好みそうな自信と魅力に溢れた男だ。

眼鏡の縁を押さえながら、考える。
何ヶ月もかけ、強敵に思えた岸氏から辛抱と忍耐で英恵を奪い得た。
彼女と安定した生活を送ろうと思っていた矢先、好からぬ人間が現れて全てを無にして欲しくなかった。

とりあえず、様子を見るとするか。

俺はデスクの上の書類を片し、久々に戻った本社で山積みとなっている仕事に取り掛かるべく、腰を上げた。






 ミーティングも兼ねたディナーでこんなに楽しんだのも、久しぶりだった。

BREEZEインターナショナルIncをアメリカで立ち上げ、その経営手管と広報術で日本生まれのブランド名を全世界に知らしめ、その地位をこの数年でゆるぎない確固たるものした私の古い友人は、私が最後に見たときとさほど変わらない魅力的な容貌のまま、お互いの共通した友人知人の話、会社経営についてなど、気兼ねない思い出話に花を咲かせた。

「紅が英恵さんのご活躍ぶりを聞いたらきっと驚きますよ」
「鷹男さんこそ。人を滅多に褒めない『あの』祖父が、鷹男さんの経営手管に舌を巻いておりましたわ。学生の頃KUNIMOTOに引き抜いておけば良かった、としきりに後悔していますもの」
「あの頃の私は、体力だけが取り得の若造でしたからね」
彼のお父様が祖父と親しい上、私と彼の異母弟が同じインターに通っていたせいもあり、私は彼、門田鷹男氏とは幼少の頃から家族ぐるみで親しい付き合いをしていた。

「まさか鷹男さんと、このNYでお仕事をご一緒するとは思いもしませんでしたわ。祖父に連絡を入れたら、とても喜んでおりました」
目の前の魅力的な紳士は、思い出よりも幾分厳しさの混じった笑顔で私に返す。
「まさか商品を共同開発するとは思わなかったようで、私の父も驚いていましたよ」
「でしょうね」
私もつられて笑顔になる。
「おきれいになられましたね。英恵さんに最後にお会いしたのは確か…」
「私がインターを卒業した年ですよね。鷹男さんはまだ大学に行ってらっしゃったから」
「そうでした」

まだ彼が、独身だと聞いていた。
ここ数年間NYの社交界で浮名を流してはいるという噂は、たまに耳にするけれど。

この魅力的な男性を落とせる女の人は、まだいないのかしら?

私だって仁神堂……いえ、浬(かいり)さえ傍に居なかったら、きっと彼の魅力に参っていたかもしれない。
そんな不実な考えが私の頭を過ぎり、苦笑する。

浬。

恋人の名前を頭の中で再度反駁する。

彼と結ばれてから数ヶ月。
やっと下の名前で呼び合っても不快ではなくなった。
私達としては、大きな進歩だ。
未だに秘書としての癖がプライベートでも抜けないのか、日本語での会話になると浬の言葉は途端に堅苦しくなる。

でも、もう慣れっこだった。

「何か良いお話でもあったのですか?口元が緩んでいらっしゃる」
観察眼鋭そうな黒い双眸を前に、私は肩を竦めながら言い訳する。
「最近犬を飼い始めて……とても利口な犬なんですよ」
「犬を、ですか?……どのような犬を?」
「えっと……ドーベルマン……のミックスで…」
「ドーベルマンは私も好きです。犬を飼うのは良い事です。彼らは飼い主に忠実で賢く、その上癒しを与えてくれる。毎日忙しくストレスを強いられている貴女には、必要な存在でしょう」
「ええ。癒されていますわ。鷹男さんはペットは?」

咄嗟についた嘘だったが、浬を犬に例えた自分が可笑しかった。

「犬はいません。獰猛な鷹……のような奴を一匹飼っているのでね」
「鷹を?」
「鳶(とんび)が鷹を産むという諺がありますが、4年で鳶が鷹になりましたよ」
「鳶が鷹に?鳶はタカ科ですわよね?それにニューヨーク州で鷹はペットとして合法的に飼えるのかしら?」
小首を傾げる私を見て、鷹男さんはくっくっくと心地よい低い忍び笑いをもらしながら続ける。
「いえ。違法ですよ。鷹のような野生の猫(ワイルドキャット)、と言っておきましょう」
「鷹のような猫……。きっと狙った獲物は逃さない利口な猫なんでしょうね」
「感情的で、時に飼い主に噛み付いたりする小生意気な奴ですが、自分を見ているようで不本意ながら手放せない存在になってしまいました」
ペットの猫に鷹男さんも癒されているのかしら。
彼の目元が優しい曲線を描いている。
「今度お時間があったら、是非とも拝見してみたいわ」
「貴女の犬も、お時間があればそのうちお目にかかりたい」
恋人を犬に例えてしまった自分に呆れ、心の中で浬に謝罪しながらも、私と話題を合わせてくれている目の前の友人と他愛ない会話で盛り上がる。

鷹男さんと談笑しながら、家で待つ恋人に想いをめぐらせていた矢先。

私は
Call me A.S.A.P.
と走り書きされたメモを受け取った。






 ブロードウェイの歩道から、私のコンドのある階を見上げた。
部屋の電気がまだついている。
SPに誘導されてリモをおりると、幾重ものゲートセキュリティーを抜けエレベーターに乗り込んだ。
最上階の自室でエレベーターのドアが開く。

「浬」
恋人はリビングで本を読んでいた。

私の姿を確認すると静かに顔を上げ
「おかえり」
と低い声で迎える。
「どうしたのかしら?『今すぐ電話しろ』なんてメモを受け取ったのに、浬、あなた電話に出なかったじゃない」
私は自分で着ていたスーツジャケットを脱ぎ、クロゼットに仕舞いこむ。


実際のところ、私は焦って家路についた。
突然浬から連絡が入るとすれば、十中八九会社についてだからだ。
そのうえ、A.S.A.P.(今すぐに)なんて文字がついていれば、何か大変な事があったに違いない。

株価に関連した事か、商品に問題があってマスコミが何かを取り上げたのか、人事関係か、はたまた東京本社で...いや、祖父に何か起きたのか。
「何か……あったの?私、これからオフィスに行く用意をした方が良いのかしら?」
マイナス思考のまま息咳切らせて帰宅した私を見て、落ち着き払った浬は笑みこそ浮かべはしなかったものの、その端整な顔の筋肉を少し緩めた。

彼はブックマークを挟み、パタンと本を閉じてカウチの前のテーブルに置いた。
そして、色が読めない事務的な声音で私に告げる。
「英恵の帰宅があまりにも遅かったので、門田様には申し訳無いと思ったのですが帰宅を促す連絡を入れただけです」

帰宅を促す連絡?
キョトンとしている私を見て、浬は眼鏡の位置を直す。
リラックスした家着を着ているのに、彼はいつも隙が無い。
シャワーを浴びたのか、髪の毛は少し濡れていた。

「それなら……別に緊急な用事は……無かったのね?」
脱力してそのままカウチに崩れ落ちそうになる私を、浬は立ち上がりながら支えた。

彼の逞しい腕に捕らえられた刹那、ふわりと石鹸と彼の愛用するコロンが混じった清潔な匂いが鼻を掠める。
浬の、仁神堂の甘い香り。

「まあ緊急…ではありませんが、もう午前2時近くです。仕事とは言え、こんな時間まで男性と2人きりで過ごされるのは、どうかと思います」
耳元で囁かれて、私の胸がひとりでに打つ速さを増す。

いつもより言葉が攻撃的な彼に、何故か動揺する。
まさか、怒っている?

「電話しても、貴方は出なかったわ」
『電話に出てしまったら、英恵は俺に色々と言い訳をして彼と一晩飲み明かしていたかもしれないし、こんなに早く俺の元へ戻ってきてくれなかっただろうから』
日本語から咄嗟に英語に切り替えて、感情を抑えた声音で浬は私の質問に答える。
「門田氏は魅力的な紳士な上、独身です」
また堅苦しい日本語に戻った彼に、私は落ち着きを取り戻し安堵の笑顔を向けた。
「鷹男さんは、古い友人よ。貴方も知っているでしょう?」
「男として...自分の縄張りを主張するのはごく自然な現象だと私は思いますが?」
まるで他人事か、第三者にでもなったかのように浬は言葉を足す。

つまり彼は、帰宅の遅い私を心配してくれていた。
不機嫌なのは、昔馴染みの友人とはいえ私が男の人とこんな時間まで出かけていたから。

そのシンプルな事実が、私は嬉しかった。

「それとも、私が感情や欲求を持った一人の男だという事実をお忘れですか?」
「忘れてなんかいないわ」
私は背伸びをして、背の高い恋人の唇にひとつキスを落とす。
「A.S.A.P.」
浬は情熱的な眼差しを私に向けながらも、小さく小首を傾げる。
焦らしているときの、彼の癖。

「浬が……貴方が欲しいわ。A.S.A.P.で」
私の恋人は、両手でそっと私の顔を包む。
色素の薄い瞳の中に、私の姿が映し出される。
「それでは…寝室に参りましょうか。……今すぐに」

As soon as possible





硝子細工のような茶色の双眸が閉じられて、私は彼のその静かで落ち着いた、心地よい温もりに包まれた。









この社長VS鷹男の鷹×翠バージョンも近日公開予定です!

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