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Set It Off Ⅲ    05.31.2007

 完璧に、馬鹿にされている。



俺は湧き上がる怒りを抑えながら、努めて冷静そうな声を出した。
「母親が...借金を作って蒸発してしまって......その返済です」
母親か、と呟くと門田は俺の目を見ながら更に質問を続ける。
「佐々木君、君の大学での専攻は?ずっと競泳を続けていくのか?」
俺は首を振った。
「経営学です。俺、自分のジムとスパを持ちたくて」
門田は顎を持ち上げて、片眉を上げる。
「ほう。ジムとスパをね。それで経営学を専攻しているのか」
俺は頷く。
「ご老人や体の不自由な方、主婦やサラリーマンなどの一般の方も気軽に行けて長続きできるジムを、例えば駅前とかに24時間運営で幾つか店舗を展開したいと思っています」
門田は目を細める。
「体の不自由な?それはリハビリセンターとどう違うんだ?」
食らいついてきた!
「リハビリなんて理由無しに誰でも利用できる施設ですよ」
「そして駅前、とは会社や学校の行き帰りの人々をターゲットにしているのか」
「そうです」
「何故、競泳を続けない?怪我が原因か?」
「鋭いですね。怪我......というより、肩が若年性リウマチと判断されて運動量が規制されてしまってから、ずっとこの先の人生について考えていました」
俺は素直に認める。



俺は口を引き結んで門田の言葉を待った。
「一体、幾ら必要なんだ?」
ちらり、と再度ロレックスの時計に目をやり、門田は俺に聞く。
「とりあえず、1千万円。それで足りなかったら、考えます」

少し考えたように間を空けて、門田は静かに口を開く。
「佐々木君。君はビジネスを専攻しているらしいが、ビジネスとは互いに利益あればこそ成り立つものだ......。そこで訊ねるが、俺は君から何を得る?」
門田は小首を傾げ、薄笑いを浮かべながら俺に訊ねる。
「だから......もし俺がジムを運営したら株を......」
「株なんて会社を建ててからの話だと思うが」
「うっ」
言葉に詰まる俺。


そうだ。俺には切り札となるような物は何も無い。



門田はデスクから立ち上がった。
ソファの俺の方に歩いてくる。


体の筋肉の線が出るTシャツにスウェットパンツ姿の門田の体は、ボディービルダー顔負けの完璧な体をしている。
その上、荒削りな男らしい甘いマスク。
俺が男に興味があったなら、ものすごく性的魅力を感じていただろう。
しかもあのビジネス用のスマイルは、それを自覚して最大限に利用していると見た。

効くだろうな。
ビジネス相手が女だった場合。


「俺、何でもやります。こ、ここで雇っていただけるなら、今のモデルのバイトもタダでやりますし、なんだったらオフィスの窓拭きや深夜の警備、トイレ掃除までこなしますよ」
「ほう?」
門田は口角を引き上げる。
「さくらがよく言っているな。金は持ってる奴らから巻き上げろ、と」
俺の前で腕を組んで仁王立ちの門田は俺を威圧的に見下ろす。
さくらさんはこの男にも同じ事言っているのか。
俺の顔が少しだけ緩む。
「うちもさくらの団体へ幾らか寄付をしている。まあ、ある意味税金対策ではあるがな」


門田は少し考えてから、口元に笑みを湛えた。
「では、こちらの条件を言わせてもらう。飲めなければ、話は無かった事にする」
え?と俺は面を上げる。
「まさか、本当に?!」
思わず、驚きが顔に出る。
「喜ぶのは早いぞ。条件を聞け」
「は、はいっ」
俺は慌てて座りなおす。

「まず、1つ目は俺の弟のトレーナーをやってもらう。先に言って置くが、奴は片足が不自由だ。君が言っているジム運営には俺の弟みたいな奴らも視野に入っているらしいが、自分の言っている事がどういう意味を持つのか、勉強にもなるだろう。今度引き合わす。2つ目は、俺のいう事を何でも聞くこと。俺が呼び出したらレポートも兼ねていつ、どこからでも報告しに会いに来る事。3つ目は、さくらを諦める事」

3つ目の言葉に、小さく息を飲む。
2つ目の要項も気にはなったが、それ程のショックは無かった。

「お前が俺の婚約者に懸想しているのは、一目見て分かった。だが、あいつには学生時代からの恋人が居る。諦めろ」
「え?」
俺は門田が発した言葉が信じられなくて、ふと顔を上げる。
「俺とさくらの婚約は、互いの親が決めた便宜上のもの、とさくらが言っていただろう」
ああ、そう言えば。
「お前には関係の無い話だが、俺の親父がさくらの父親に大きな借りがあってな。まあ、どちらかの親がクタばるまでの仮の契約だ」
フッと自嘲気味に言い捨てると、門田は再度俺を睨むように見据えた。

「さて、4つ目の要項だが......そうだな、ここで『女』として俺を満足させてみろ」

は。
「はあ?」
平然とそんな台詞を吐いた目の前の男をまじまじと見つめた。

「以上の要項を受け入れられるなら、毎月50万を20ヶ月間お前の口座に支払ってやる。利息無しでな。それとも、500万を2回に分けるか?どちらにせよ、お前の20ヶ月は決まったも同然だ」
男はいたって素面らしく、再度ちらりと腕時計を見やる。
「あと3分だ。3分以内に返事が無ければ、お前との『ビジネス』は無かった事になる」
「俺......男に興味ないっすよ?」
「そんなものはお前のナリですぐ分かる。お前の性的興味や趣向はどうでも良い。俺さえ良ければな」
門田が、あのビジネス用の笑みをこぼす。


こいつ、やっぱり性格が捻じ曲がっているらしい。
俺をとことん利用するつもりのようだ。


普通の男ならとっくのとうにぶん殴っていた。
落ち着け。
考えても見れば、俺は男に興味は全く無いし、体を差し出す事は大した問題ではない。
1千万円と秤にかけたら......。



それなら俺もこの男、門田鷹男を徹底的に利用してやろーじゃねえか。



「あと1分」
門田が時計と俺を交互に見やる。

クソっ。

「分かりました。条件を飲みます」


俺がそう答えるなり、門田はテーブルの上の電話の受話器をとる。
「森尾か?少し会議が長引く。私的な用件なので1時間は誰も来させるな。何?ああ、待たせておけ。清水にでも社内を案内させてろ」
そういうなり、ガチャリと受話器を置く。



「ならば、お前の『女』としてのお手並み拝見と行くか。俺を満足させたら、契約書に署名をしてもらう」
門田鷹男はニヤリと微笑んだ。

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