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Set It Off Ⅱ    05.31.2007
 待ち合わせ場所の、六本木交差点そばのカフェに30分も早く着いてしまった俺は、逸る気持ちを抑えてさくらさんを待った。
どんな服を着て来るのだろう。
今日の髪型は?
彼女のあの華奢な体に触れるチャンスはあるか?

俺の知ってる限りのテクを使って、落としてみたい。
こういう世界もあるんだって、教えてあげたい。




が。

レストランの入り口に現れたさくらさんは俺より軽く15センチは有るだろう図体のでかい、スーツを着た厳つい男を引き連れて中に入ってきた。
瞬間、やっぱり......というか、何となく解ってはいたが、それでもやっぱり少し凹む。

上品な春らしいワンピースを着こなしているさくらさんは、俺を見つけると手を振りながら席までやってきた。

「翠さん、こちらが前に話をしていたBREEZE株式会社の社長さんで、門田鷹男さん」
巨体の男を紹介する。

俺はアスリートの目で男を観察した。
成る程。この肉体は、おっさんながらも毎日体を鍛えているようだ。
何か筋肉増強剤を使っているんだろうか、まるで現役陸上選手のような、鋼の筋肉。完璧な体を隈なくチェックする。
ちくしょう。
俺も男だったらこんな体が欲しかった。
スーツもオーダーメイドの物なのか、ピシッと一寸の狂い無く着こなしている。

男も同じように俺を値踏みするかの如く見回してから、顔に笑顔を作る。
名刺を取り出し俺に手渡しながら
「はじめまして。石田さくらの婚約者でBREEZE取締役代表の門田です。翠さんのお噂はさくらから何度か耳にしました」
と会釈した。

え?
一瞬息が止まる。

婚約者?このおっさん今「婚約者」っつったよな?しかも、わざとらしく強調していたような...?
思わずフッと口元が緩む。
このおっさんに見破られてんな。
俺の『哀れな』恋心。

「鷹男さん!!それはあくまでも親が取り決めた便宜上の話でしょう?」
さくらさんが慌てて否定する。
「そうでした。ビジネス上のね」
顔に笑みを浮かべたまま、男は椅子を引いてさくらさんを前の席に座らせる。
「確かに、新製品のコンセプトに沿った外見をしていますね。彼女は」
俺をチラリと見ると、門田とか言う男はさくらさんに話しかける。
「ね?言ったとおりでしょう?ほら、あの90年代に活躍していた日系人のスーパーモデル......ジェ〇ー清水みたいなカッコよさ」
「中世的、という意味ですね。君は確か競泳の日本記録を保持しているとか?」
突然話を振られて、俺は2、3度瞬きをする。
「あ、え、ハイ。バタフライすけど」
男がじっと俺の顔に見入る。
こいつ、俺と同じかな?顔濃いし、純日本人には見えない。
男らしい、整った顔立ち。
女に困る事は無いんだろうな。
俺が男だったらこんなルックスしてたら良いな、とは思うけど。

俺も男の顔をしっかりと見返した。
少しの間、俺達は睨めっこのように見つめる...というか睨み合う。
「と、いう事はそれなりの知名度はあるわけだ」
フ、と男が顔をそらす。
勝ったぜ!と俺は心の中でガッツポーズを作る。
「でもオレ...あ、あたしの知名度って言っても、競泳界のなかだけですし、今は大会に出れないんで...」
さくらさんが急いで割り込む。
「そう、翠さん怪我をしてしまって、今は競泳お休み中なの。ねっ」
俺は頷く。
「アスリートに怪我は付き物だ。自惚れて自身を過大評価していると、後で大変な目にあう。だが、使えそうだな。企画担当に推してみても悪くない」
使えそう、という言葉に俺はムッとする。
お前にとって人は使えるか使えないかの2種類しか無いのか。
「でしょ?やっぱり私の目に狂いは無かった。良かったわね」
さくらさんははしゃぎながら俺にウインクしてくる。

う。
顔が赤くなる。
俺ってこんなに純情だったけか?

「それでは、だ。君の連絡先は俺がさくらに訊ねておく。後日誰かしらBREEZEの者から連絡が入るかもしれないし、入らないかもしれない。まあもし連絡が来たとしても、仕事を引き受ける引き受けないは君次第だ」
言いながら、門田鷹男はロレックスの腕時計をチラリと見てさくらさんの腕を取る。
「では、決まりだ。さくら、急ごう。会食に遅れてしまう」
まるで所有物を誇示するかのようにさくらさんを引き寄せると、門田鷹男は席を立つ。
そして、眼下の俺に向かって微笑んだ。

こいつ、性格悪ぃな。
わざと俺に見せ付けてやがる。

「え?もう?翠さん、とりあえず考えておいてね。でも、迷惑だったら断っちゃっても構わないのよ」
門田に半ば引き摺られるように、さくらさんは店から出て行った。

ふとテーブルを見ると、いつの間にやら1万円が置かれている。
俺のコーヒー代。

大きく深呼吸した。
使えそう、か。
なら、利用してみるかな......俺も。


これが、俺と門田鷹男の出会いで、込み入った関係の始まりだった。
















 社長室、たるもんを俺は初めて目にした。
BREEZEは銀座の本社以外、あちこちに子会社やら直営店やら営業所やらが点在しているらしいが、銀座のど真ん中に立っているデザイナービルを改めて目にすると、あのムカつく門田鷹男のスマイルと態度L(エル)の貫禄を再確認させられる。

モデルの仕事は結構楽しかった。
いつもはプールの監視員とか、夜間の警備とか、工事現場で男にまみれて力仕事なんてバイトをしているので、こんな楽に収入を得られる仕事が有るとは思ってもみなかった。


ただ、このバイトで得た収入も給料日後には全部借金支払いに宛てられて1円も残っていない。

母親が、ギャンブルか男遊びの為に悪徳高利貸しから借りたたった100万円の借金は、見る間に膨れ上がり利子やら何やらでここ数年で1000万にもなっていた。
手がつけられなくなると判明すると、母親はさっさと夜逃げして蒸発してしまい、もうここ1年以上彼女とは連絡が取れない。
その上、俺を育ててくれた田舎のばあちゃんも知らない間に連帯保証人にされていて、いつの間にかこの1000万円は佐々木家の……俺の肩に重くのしかかっていた。

気丈なばあちゃんは何も言わないけど、借金取りから嫌がらせの電話なり何なりをよく受けているそうだ。



藁にでもすがる思い、とはきっとこういう事を言うのだと思った。
嫌がらせは日を追うごとに酷くなって行ってるようだし、弁護士に相談しても署名が一致しているなら無理ですと相手にしてくれない。
それに、俺には弁護士を雇う金もない。
彼らは勝つ見込みのない裁判には協力してくれない。
相談所にも電話したことが有るが、所詮他人事らしく法律関係の薀蓄を述べて何も解決策を得られなかった。

「金は有る所から搾り取れ」
さくらさんがよく口にする言葉だ。

実行あるのみ。

プライドを捨てて俺はある日、門田と直接話がしたいとさくらさんに打ち明けた。
流れ星を掴むような確率でしか無いけど、駄目もとでチャレンジしてみようと思った。



結果、俺は秘書ってお姉さんに連れられて、ビルの最上階を丸々使用した『社長室』に通される。

上品なイタリアンレザーソファーに腰をおろして機能的でだだっ広い社長室で門田を待っていると、数分後スウェットにTシャツ姿の門田がガチャリ、とドアを開けて部屋に入ってきた。
汗だくだ。

「全く。何をしたんだ君は。秘書課の女の子達がキャーキャーうるさく喚いているぞ」
タオルで汗を拭いながら、門田は黒くニスが光っているデスクの前の、高そうで座り心地の良さそうな皮の椅子に腰掛ける。
「何にもしてませんよ。ただ、あんた......門田さんとアポがある、と言っただけだ」
「それで?用件は?」
門田はちらり、と時計に目をやる。
その態度が「お前に構っている時間は1分も無い」と見事に体現している。



俺は一瞬躊躇って、言葉を吐き出した。
「俺に投資してもらいたい」




188センチはある門田は顔を上げて俺を彫りの深い鋭い眼光で射ると、確認するように聞き返す。
「君の言っている意味が解らない。何故俺が君に投資しなければならない?」
声に苛立ちが混じってる。
「ぶっちゃけ言うと、お金が欲しいんです」
俺は肩を竦めた。

「金か。成る程。その口調は借金のようだな。悪徳なローン会社の手口にでもひっかかったのか」
俺じゃないけど、と言いそうになって飲み込む。
「まあ、そんなようなもんです」
門田は白い整った歯を見せて微笑む。
あの、ビジネス用の笑顔だ。

「佐々木君。一体俺が年間どれ位赤の他人に君と同じような台詞を聞かされて、金をせびられているか知ってるかな?」
「さあ?10人位?」
俺は適当に答えてみる。
「数え切れない」
門田は首を振る。
「あと、15分君にあげよう。何故金が必要なんだ。ちゃんとした理由を言ってみたまえ」




俺は身を堅くして、門田鷹男を見つめ返した。
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