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Behind these silver eyes    07.14.2007
Behind these silver eyes




 カウンターの俺の目の前に、濃茶色の液体が3分の2程注がれているグラスが置かれる。
炭酸の泡がまだブクブクと立っているその飲み物に視線を移すと、ボウタイ姿のブロンドのバーテンダーが
「あちらのお客様からです」
と俺の後ろを指差した。

またどこかの女か。
又は物好きな男か。

独りでバーにいると、よく知らない人間から飲み物を奢られる。

「有難う」
一口その液体を口につけて、俺はハッとした。

「日本のビールは有るか?」

大概のバーならば、ここNYでも日本のビールは容易に手に入る。
それだけ、日本人観光客やビジネスで利用する輩が多いからなのだろうが。
アジアンフュージョン的な雰囲気が売りのこのバーならば、色々と取り揃えているはずだ。
「ASA〇Iですか?KI〇INですか?それとも、SAP〇RO?」
案の定な返答。
「何でも良い。軽めなビールをこれを俺に出したご婦人に出してくれないか」
「かしこまりました」
俺は出されたラム&コークを嗜みながら、その『ご婦人』とやらに想いを馳せた。

もう4年以上になる。
噂は四方八方から聞くが、まさかNYに来ているとは思わなかった。



 「こんにちは。お隣、空いていますか?」
グラスの中の液体を凝視していると、懐かしい声が後ろからかかった。
「こんばんは、だろう?」
基本的な英語のミスを直してやる。
が、口元は緩んでいた。

「何だよ!かっこよく決めよーと思ってたのによ!」
途端、相手の女は日本語の、男のような言葉遣いに切り替わる。
「相変わらずな口の利き方だな、お前は」
俺は人影の出来た横に視線を移し………。


息を飲んだ。


スキニーなのは相変わらずだが、ワンレングスのように切ったセミロングのストレートの茶髪の彼女に、一瞬頭が混乱した。

多少ながら化粧を施しているようだ。
いや、記憶にある佐々木翠のままの筈だ。
ままの筈なのに、何かが違う。
俺は目を細めた。

「あんたも相変わらずだな。門田社長。あ、CEOだったけか?」
撮影かパーティーの後なのか、コルセットのようなドレスを身に着けている佐々木翠は、昔の言葉遣いのまま、俺の横のチェアにさっと腰をおろした。
「ビールありがとな。よく分かったな。日本人……いや、俺だって」
「勘、だな」

そう、勘だ。

隣の女が日本を代表するスーパーモデルとなり、世界各国のランウェイで引っ張りだこなのは知っていた。
今日も5番街を通り過ぎた時、ヴィ〇ンの店頭広告にでかでかと写っていた。
あの、銀色の双眸が通行人を捕らえる。
そして、俺もその姿に一瞬で捕らわれた。

「NYの春コレが開催中だとは聞いていた」
が、まさかここで……このホテルのバーで会うとは思いもしなかった。
偶然にも程が有る。
「お前はここに泊まっているのか?」
俺は肌理の細かい翠の肌を観察しながら訊ねる。
最近は、肌の手入れもしっかりとされているらしい。
化粧のせいか、前あった薄いそばかすも見えなくなっている。
「ああ。月曜までな。ショーが終わり次第、パリに戻る」
人懐こい笑みを浮かべながら、佐々木翠も同じように俺を観察していた。
「紅は元気か?」
「今アフリカに行ってる」
「雑誌の撮影か」
「多分そう」

弟の紅がファッション関係のフォトグラファーから、元々興味の有ったネイチャー系の写真家に転身したのは、2年以上前の話だ。
動物やら、植物やらの写真を撮ってはそれらをナショナル・ジ〇グラフィックなどの各国の雑誌社に寄稿したり、日本の雑誌社の取材にカメラマンとして同行したりしている。
パリに引っ越した佐々木翠と、日本がベースとなっている紅とは遠距離のようだ。

「毎日電話かけてくるけどな」
照れたように頭を掻く仕草は前と変わっていない。

俺は目の前の女をまじまじと不躾に眺めながら、訊ねた。
「どうして俺がここに居ると分かった?」
「調べたから」
彼女は悪びれも無くあっさり答える。
「この上のスイートに住んでるって聞いたからな」

俺と佐々木翠の視線が直にぶつかり、絡まる。

「ほう。わざわざ俺に会いに来たのか?」
喉の奥から唸るような声が漏れる。
ご苦労な事だ。
「あんた忙しいし、いっつもNYに居るわけじゃねえって知ってたから、探すの大変だったぜ」
彼女は照れたような表情を浮かべ、そして真面目腐った顔つきになった。
「最後にあんたと会った日から……あんた俺にさよならも言わねえでさっさとNYに移っちまったし、ずっとどーしてんのか、って思ってた」
「紅からは俺の話を聞かないのか?」
「たまーに聞くけど」
「上手くやっているのか?」
「相変わらずだよ。紅は小姑みてーに煩いけど、多分一生俺の事が好きで、俺から離れらんねえよ」
思わず、フッと鼻を鳴らした。
「大した自信だな。なら何故お前はこんな所で俺に油を売っている?」

俺はずっと、彼女の銀に輝く双眸から逃れられないで居た。
どんな女を抱いても、この挑むような冷たい眼が離れなかった。

4年間ブランクだったものを埋め合わせるかの様に、脳裏に焼き付けるかのように、彼女の姿を食い入るように見つめる。

俺の視線を静かに受け止めながら、翠はビールを一口あおる。
「紅によると、俺は飼いならされた鷹なんだってさ。大空を飛び回って獲物を見つけても、帰る場所はひとつなんだと」
「鷹、だと?」
俺はグラスの中の氷を揺らしながら、口をつける前に聞き返した。
「そう。そんで、今夜の獲物は……門田社長、あんただよ」
「ほう……」
俺は隣の女に向き直る。
「鷹が鷹を狩るのか。面白い」
佐々木翠は椅子から立ち上がり、バーカウンターによりかかりながら俺の前に立ちはだかった。
そこで俺は彼女が膝上のミニスカートを穿きこなしているのに気づいた。
ダボダボのTシャツにパンツ姿の佐々木翠を思い出して、大きな進歩に思わず噴き出した。
「喋り方に変わりは無いが……あの男のような服装はどうした?色気づいたようだな」
「洗練された、って言えよ」
口を尖らせながら、翠は一歩俺に近づく。
いつか見た、挑戦的な笑みを顔に湛えて。

いつだったか……。
ああ、そうだ。
最後に交わった、あの夜だ。

目の前の女のあまりの変貌に、俺の頭が鈍っていたらしい。
いや、この所立て続けに出張に出ていたから、時差で脳内の感覚が上手く作動していないのだろう。

俺も歳か、と自嘲する。

「俺、来年は日本に戻るよ。そんで、覚えてるか?ジムをOPENしようと思ってる」
「ああ、覚えている。駅前に展開するとか言っていたアレか」

つまり、進歩はしてきたらしい。
それは、今目の前に立ちはだかるこの女を見れば一目瞭然か。


佐々木翠は「そうだ」と頷くと、手を伸ばし俺のネクタイを掴んだ。



不意を、つかれた。



薄くグロスが塗って有る彼女のリップが俺のそれを覆った。
荒々しく舌で結ばれた唇をこじ開け、俺の中に侵入してくる。
彼女が啜っていた甘くて苦い液体の残り香が俺の鼻腔を征服し、肺を満たす。


4年ぶりの、彼女との接触を味わった。



「キスは本気の相手だけと言っていたのではなかったのか?」
唇が離れると、俺は逃がすまいと彼女の腰に片手をまわし引き寄せた。
座っている俺の脚の間に、彼女の体が収まる。
「た…社長も、俺を拒絶できたはずだろ?」
「そうだな。だが、しなかった」

彼女の2つのシルバーが、より一層輝きを増した。
ゴホン、と仰々しく咳払いをして、腰に手を当てる。

「社長。あんたに告ぐ。俺はあんたの金も名誉も地位もいらねえ。そんなもんは俺自信がもう既に手に入れた。けど、俺はあんたの心が欲しい。俺は、お前の金目当ての昔の女とは違うからな」


彼女の言葉に、体中の血流が熱く滾るような錯覚に陥った。


つまり、最後に会話を交わした夜から4年という歳月をかけてそれを証明する為に、この女はここまで登りつめたと言おうとしているのか。


厳しい顔つきをしていたのだろう。
佐々木翠が俺の顔を見て、息を潜める。

俺は低い声で訊ねた。
「紅は……どうする?」
「紅には言ったよ。あんたに会いに行くって。紅は知ってたから……。俺がずっとあんたの事想ってたって。悪いけど、俺の気持ちは誰にも止められねえ。あ、心配すんなよ。自傷行為らしきそぶり見せたら もう一生会ってやんねえ、って伝えといたから。失恋が原因で自殺でもしやがったら、俺の孫の代まで呪ってやるって言っといた」
俺が無言でいると、翠は続けた。
「……鷹男あんた、過保護過ぎるぞ。あいつも三十路まっしぐらないい大人なんだ。自分の行動に責任が持てなくて、この先の人生どうすんだよ」

過保護すぎる、か。
そうだな。
そうかもしれない。

つまり、紅を手のひらで転がしているのは。
上手く手懐け教育していたのは、こいつの方か。


彼女の体温が、幾重もの布地を通して俺の内腿に伝わってくる。
腰の手に力をいれ、更に引き寄せる。


「お前はまた、俺と弟と二股をかける気なのか?」
訊ねながら、俺を見下ろす彼女を捕らえながら、熱くなった場所を擦り付けた。
「それは、あんた次第だよ。鷹男」
翠は目を優しく細め、囁いた。


鷹男。
久々に聞く、自分の名。
この女が俺の名を呼んだだけで、中心のものが更に堅くなる。


「ならば……」
俺は立ち上がった。
もっと強く火照りを押し付ける。

「俺の女になれ」

十年以上も告げられた事の無かった言葉が、するりと自分の口から零れ出た。

我ながら、驚く。

翠が俺の首に手を回してきた。
「つー事は?」
耳元に熱い息を吹きかけながら、囁く。
「俺以外の男を抱く事は、許さない。無論、女もだ」
「鷹男、あんたも同じこと約束出来るか?……」
「勿論だ」
「ディール!」
翠の唇が、俺のそれを再度覆う。


俺は、待っていたのだろうか?
この、俺に熱い抱擁を求めてくる女の成長を。
シルバーの瞳に隠された、強い意志。行動力。忍耐。

自分が何年も前に仕掛けたゲームは、俺の知らない間も続いていたようだ。

そして勝者は、佐々木翠。

いや。

そう簡単に勝たせてやるつもりはない。



翠が自室のルームキーらしきカードを2本の指の間に挟んで振る。
「バイ〇グラが必要かどうか確かめてやるから、俺の部屋に来いよ」
バイ〇グラだと?
笑わせる。

俺は彼女に押し当てているモノを意図的になすりつけ、唇が重なりそうな至近距離で囁いた。
「スイートルームでなければ、俺には狭すぎる」
「贅沢者。でも安心しろ。あんたの隣の部屋だ」
「ならば……」
続きはお前のスイートで。

俺は翠を掻き抱き、激しく口付けた。




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