スポンサーサイト    --.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Give 2 me Ⅲ    07.10.2007
<side Midori>



 ホテルの最上階は、東京の夜景が360度に渡って見渡せるバー兼レストランになっていた。

ずーっと昔に修学旅行で東京タワーに登って以来、俺はこんなにキレイな景色を見たことが無かった。
そのときは、夜景なんてロマンチックなもんじゃなくって、昼間の東京のビルを高い見物料払って見ただけだけど。

「うをーーーーっすっげーなあ。あれ、HMビルじゃね?東京タワーも見えるぜ!」
俺は窓側の席を陣取り、ビールをオーダーした。
鷹男もTシャツとカーキという、ハッピを脱いだ俺と同じ位ラフな格好だ。

ちょっとはしゃぎ過ぎたのか、隣のカップルが迷惑そうな顔で俺を見た。
鷹男はそれに気づいているのかいないのか、そしらぬ顔でラム&コークをウェイターにオーダーしていた。
まだ疲れたような顔をしている。

「お前は大馬鹿者だな」
飲み物が来て一口グラスに口をつけると、呆れたように鷹男が呟いた。
「人の事馬鹿馬鹿言うな、馬鹿ヤロー」
「俺と紅が親切にお前の借金を帳消しにしてやると言っているのに、だ」
「それを俺の断りも無く決められたのが、腹立つんだよっ」
鷹男は俺の文句を無視して続ける。
「お前は今、人生においての転換期にいる。今まで一番大切だった水泳が出来なくなり、次にやりたい事が見つからない混沌の時期に入っている。だから、迷っているのだ。わかるか?」
鷹男が真剣な眼で、諭すように俺に語りかけた。
「俺はそれにつけこみ、お前を暇つぶしの玩具にした。お前は俺に似ている。手に入らないもの、挑戦できる事にしか、価値ややりがいを見出せない」
『暇つぶしの玩具』とハッキリ宣言され、怒りがふつふつと湧き上がる俺に構わず鷹男は続ける。
「お前が俺を好きだというのならば、ゲームオーバーだ」
「ゲームオーバーって何だよ!これははじめっからお前の中ではっ......」
「ああ。ゲームだった。言っただろう?」
鷹男に、言葉の語尾を遮られた。

......そうだった。
そうなんだ。
一度、鷹男本人からも同じようなことをEFのパーティーの帰りに言われたっけ。
キスのせいで、俺ひとりだけが動揺して舞い上がっていた。

「お前、女に対してすんげーコンプレックスかトラウマ持ってんだろ?女を信用してねえよな」
俺は冷たいビールのグラスを両手に包んで持ちながら、鷹男の表情を観察した。
暗い瞳には、動揺の欠片も見えない。

しばし沈黙した後、鷹男は再度口を開いた。
「昔一度結婚しようと思っていた女がいてな。丁度今のお前のように、怪我をして陸上が続けられなくなった直後の事だ。陸上も止め、門田の家を出て教師にでもなってひっそりと暮らそうと思っていたのだが、あっさり女からは捨てられた。あの女は、俺についてくるパッケージ......すなわち、金と名声だけを欲していた。有名なスポーツ選手か、親父のような新鋭の政治家になるとでも思っていたのだろう。案の定、うちの社名と俺の名が知れ渡った途端、よりを戻そうと迫ってきた」

鷹男が真面目な顔で自分の過去を語るのは、これが初めてだった。
俺はその話を聞いて、つい吹き出してしまった。
「教職免許有るって聞いた事は有る。でも鷹男、あんた女見る目無かったんだな」
鷹男も俺につられて苦笑する。
「俺も若かった。今では笑い話で済ましているが。だがそれ以来、俺の金と名声につられる女には興味を持っていない」

つまり、俺との出会いは最悪だった訳だ。
思いっきり、鷹男の金目当てだったもんな。

俺が頭の中で思っていることを把握しているのか、鷹男は深く頷いたように、顎を引いた。
「俺は女より家族を優先する。紅が傷つくのであれば、お前を消す事も厭わない。そういう男だ」

最後の言葉の矢が俺の胸に突き刺さった。
ああ、もしかしてこれが最終通告......?
失恋って、こういうもんなのか?
俺、今、失恋したのか?

「紅を...傷つけるつもりはねえよ」
容赦ない言葉を受けた胸が、痛い。
ズキズキして、熱を持っているみたいに。
とても熱く、悲しく、切なくじんじんする。
思わず、拳を握り締める。
霞んで潤みだしそうな目頭を、眉間に皺を寄せ歯を食いしばり、耐えた。
ビールで一度潤してから、喉の奥底から再度言葉を吐き出した。
「鷹男の言う事は良くわかった......。もう、女々しい事言って困らせたりしねえ。はっきり言って、俺も自分で自分の行動が分かんなくて、もやもやしたわだかまりがずっと腹ん中にあったんだ......」

詰まっていた言葉を言い終えると、深く吐息を吐いて椅子の背にもたれかかった。
なんか......力が抜けた。
今まで張ってきた気の膜のようなモノに針が刺さって、風船みたいに一気に破れ散ったみたいな、脱力感。

鷹男はそんな俺を見て、やっと表情を崩し口角を引き上げる。
いつもの鷹男の仕草だ。
自信に満ち溢れた、
大人の余裕。
男らしくて、強い意志を持った笑み。
......ひねくれ者の笑み。

「俺からのアドバイスだ。お前の将来の目標が何であれ、お前には大きな可能性が広がっている。ここで足踏みして血迷うな。何をしても一番になれ。お前ならなれる。世界を見ろ。世界を見て、俺と対等の女になってみせろ。そしてその時、お前と俺の人生の糸が交差しているのであれば......考えてやってもいい」



鷹男が示唆している事柄が、何を指し意味しているのか、何となくわかった。


俺が黙っていると、鷹男は濃い色の液体を一気に飲み干し立ち上がった。
「俺はもう寝る。次にお前に会うときは、BREEZEの取締役代表としての門田鷹男だ。忘れるな」

まだうっすら泡が表面に残っている黄色い液体を眺めていた俺の目の前に、折畳まれた見覚えのある紙が舞った。

その紙を見て俺が顔を上げようとするのと、鷹男が腰を屈めて俺の上に影を作ったのは同時だった。


しっとりと、鷹男の唇が重なる。
コーラの味と、アルコールの味が混ざり合った大人の味わい。
舌も絡ませて、お互いの味を貪った。

多分、これが鷹男との最後のキス。
最後の接触。
最後の温もり。


唇を離すには、多大なる理性と勇気が要った。
キスの終わりは、俺達の関係の終わりを意味していたから。

体を先に離したのは、鷹男だった。

ああ、やっぱこいつには勝てねえのかな。
まだ、今の俺では.........。

なんとなく、そんな事を思った。

唇を上腕で拭うと、鷹男は今まで見た事もない優しい顔で微笑んで、踵を返した。



鷹男の姿がバーから見えなくなると、俺は折畳まれた紙......鷹男との契約書を掴んで出口に向かった。







 ホテルのロビーを抜けようとした所で、後ろから声が掛かった。
何でこいつは、俺の心が壊れ砕け散りそうな時に限って現れるんだ。

いや、前回は俺が会いにいったんだけど。

忌々しげに舌を打つ代わりに、安堵の吐息が口から漏れた。
「何でここに居んだよ」
言いながら、振り返る。
そこには、小さく微笑んで佇んでいる紅の姿があった。
今日は何故か松葉杖をついていない。
「何でって......ここに居るって知ってたから、来た」
「ストーカー」
「何とでもいいなよ。俺が必要な癖に」
「なっ.........」
違うよ、と言いそうになる前に、紅が右足を引き摺りながら俺に向かって歩き出した。
「兄貴が俺に『お前の女を迎えに来い』って連絡をくれたよ」
「鷹男が?」
「でもそれ以上に翠に会いたかったから来た。それだけ」
珍しく、紅の色白の頬が紅く染まっていた。
「送るよ」
照れ隠しなのか、ふいと横を向き顎でエントランスを指した。
紅の歩調に合わせて、俺達は駐車場まで並んで歩いた。

夜なのに、気だるいほど蒸し暑い。
虫の音が、どこからか聞こえてくる。

隣の紅は、少し不機嫌そうに口を尖らせたまま俺とずっと視線を合わそうとしなかった。
「何も聞かねえのか?」
俺は立ち止まって腰に手を当てて紅に訊ねた。
数歩先の紅は振り返る。
「兄貴にさ、好きだって告げたの?」
「ああ。でも......」
「想像つくよ。兄貴がどんな男かって、前に話したことあるよね?」
紅は複雑な表情のまま、口元だけ無理矢理笑みを作った。
「あいつに上手く丸め込まれたらしい。すげえよ、鷹男は。生粋のプレイヤーだな」
俺は肩を大きく竦めて苦笑する。

でも、いつかあいつを負かせる事の出来る女になりたい。
とびきり良い女......すげえ女になってやる。

そう決意を決めると、自然と口元が緩み始めた。

「何笑ってんのさ」
紅が怪訝な顔で俺を見た。
「いや。何かやる気出てきたなと思ってさ」
「ふうん。よくわかんないけど、良かったね」
紅はそう言いながら、俺に手を差し出した。
「翠、ふっきれた顔してるよ」
俺は紅の手を一度見て、そのまま視線を紅のヘイゼル色の瞳に移した。

「俺、ちょっと本腰入れてみるわ」
「何を?」
「モデル業。前はハッキリ言ってああいう職業馬鹿にしてたし興味無かったけど、どこまで行けるかやってみようと思う。やるからには、世界に名を馳せるモデルになってやる。一番になってやる。世界征服だ!」
意気込む俺を見て、紅はやさしく微笑む。
「じゃあ、俺がたくさんポートフォリオ用の写真撮ってあげる。翠なら出来るよ、世界征服」
手はまだ差し出されたままだ。
そして、気恥ずかしげに言葉を紡いだ。
「翠、ちょっと順序間違っちゃったけど、多分『抱いて』ってお願いする前にさっさと言っておけば良かったのかもしれないけど......」
紅は一度そこで言葉を切る。
そして、意を決したみたいに一気に吐き出した。
「俺と付き合ってください。俺、翠の助けになりたい。家が無いなら、うちにくればいい。お金が必要なら、貸す。体も好きにしていい。本当は翠を閉じ込めて、誰ともシェアしたくない。翠は野生児だから......多分手懐けるのに時間かかるかもしれないね。でも、俺と一緒に居てくれるなら、俺を受け入れてくれるのなら、俺は代償を求めないよ」

俺は頭を掻いた。
何度も紅から「好きだ」とは言われていたけど、男から『付き合ってくれ』と告白されるのは、人生で初めてだった。
いや、男に告白して振られたのも今夜が初めてだけど。
少しだけ、突然の告白に面食らった。

慎重に言葉を選んだ。
「俺、人生で初めて好きになった男......鷹男に振られたばっかだし、女の子も好きだし、女の子見てやりてえなと思う時もあるかもしれない。......もちろん紅の事も好きだけど......これから俺の気持ちがどうなっちまうのか、自分でも分かんねえんだ」
「先の事なんて、誰もわからないよ。俺だってわからない。それに言ったよね?俺、翠とは性別超えた仲になりたいって。オトコとオンナ以上の関係になりたいって。欲張りかもしんないけど、親友以上で、恋人以上の仲になりたい」

俺は大きく息を吸って、天を仰ぐ。
腹に一度空気を溜めて、一気に吐き出した。
「東京ってやっぱ、全然星見えねえよ」
小さくボソっと呟く。

今夜がきっと、俺の人生の新たな幕開け。

出発地点。

「行こう、翠」
紅が囁き声で俺を催促した。


俺は手を伸ばして、紅の手を強く掴む。
さらりとして、温い。
紅の、体温。
今までも、きっとこれからも俺を包み込む、体温。



俺は力いっぱい、その温もりを引っ張った。



<完>
サーバー・レンタルサーバー カウンター ブログ