まだ肩で息をついている俺は、仰向けに転がるとベッド脇の翠を見やる。
「あーあ、こんな汚しちまって」
翠は苦笑すると、俺の腹の上についた白い液を拭う。
「俺、変だった?」
翠から手渡されたティッシュで爆発した自身を拭いながら、俺は翠に訊ねた。
布団とお腹に敷いていた枕には結構大きな染みが出来ている。
俺は腕で毛布を引っ張って、下半身を覆う。
「全然。床の上で変も何もねーだろ」
服を着たままの翠は、あっけらかんとした顔で答える。
「それに......」
何か言いかけて、翠は口ごもる。
「それに、何?」
俺は聞き逃さなかった。
「それにー......何だ、結構......女みてーな顔してたぞ」
翠の顔が心なし赤らむ。
俺は心の中でピースサインを作る。
が、寂しそうな顔を作って翠から目をそらす。
「でも、指だけだった...翠俺の事、まだ抱いてない。やっぱ俺みたいなの、駄目?」
「駄目じゃねーよっ。ただ、事を済ますにも道具が無かったってだけで...」
「翠キスして」
「へっ?」
翠は一瞬俺の突然の質問に目をパチクリさせる。
「お前大丈夫か?まさかお前俺の事......」
「好きだよ。物凄く。友達以上に」
俺はみんなから「天使のような」と形容される極上の笑みを翠に贈る。
「だから、キスしてよ」
俺は翠の手を掴んだ。
「あっ......え、と...」
翠は困ったように頭を掻く。
「俺、女しか駄目なのとっくのとうに知ってるよな?」
「知ってるよ」
「俺が色んな女と寝まくってんのも知ってるよな?」
「今、二股か三股かけてるのも知ってる」
「わりい、俺男から告られるの慣れてなくってさ」
「俺の事男と思わなくていいよ」
「でも、男だろ」
「戸籍上はね。でも、俺は翠と性別超えた仲になりたいよ」
俺は掴んだ手に力を込める。
翠は困った表情で、俺を見下ろす。
「俺の......全て見て、欲しいと思わなかった?少しも...欲しいと思ってくれなかったの?」
はあ、と小さく溜息をついて下を向く。
翠の手も離した。
翠が困ったように腕を組んでいる。
「女みたいにキレイって言ってくれたよね?」
再び、悲しそうに見上げる。
「うっ......嫌じゃなかったし、キレイだとは思ったよ」
俺は黙って翠の言葉を待つ。
「それに......不覚にも、ちょっとだけ......そそられた。紅の表情(カオ)と声に」
「じゃあっ」
「でも、キスはできねえ。キスは...ホントーに好きになった奴とだけするって決めてるから」
俺の言葉を遮って、翠がそういい切る。
「なんか映画のプ〇ティー・ウーマンみたい」
俺は少し不貞腐れた。
「じゃあ、今キスするとしたら......兄貴の婚約者?」
「そう。さくらさんだけ」
俺は腕を組んで横を向いた。
多分一生、俺の想いは届かないのかな。
やっと見つけたのに。
本気になれる女に出会えたのに。
「キス出来ないなら、抱いてよ。ちゃんと抱いてよ。翠が欲しいよ」
言いながら、何故だか自然に涙が出てきて頬を伝う。
馬鹿らしいし、泣く事じゃないって分かってるのに、いつもなら演技で嘘泣きしてるのに。
心の底から、翠が欲しかった。
お願いだから、俺の想い届いて。
「いいよ。でも、お互い本気(マジ)な相手に出会うまでだからな。それにお前、俺なんかじゃなくてちゃんとした女見つけろよ」
優しい翠は俺が泣き止むまで俺の横に座り、ずっと肩を抱いていてくれた。