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翠帳紅閨 Ⅲ    05.30.2007
 翠は手からゴムを取り去ると、ティッシュの箱を持ってきてくれた。

まだ肩で息をついている俺は、仰向けに転がるとベッド脇の翠を見やる。
「あーあ、こんな汚しちまって」
翠は苦笑すると、俺の腹の上についた白い液を拭う。
「俺、変だった?」
翠から手渡されたティッシュで爆発した自身を拭いながら、俺は翠に訊ねた。
布団とお腹に敷いていた枕には結構大きな染みが出来ている。
俺は腕で毛布を引っ張って、下半身を覆う。
「全然。床の上で変も何もねーだろ」
服を着たままの翠は、あっけらかんとした顔で答える。
「それに......」
何か言いかけて、翠は口ごもる。
「それに、何?」
俺は聞き逃さなかった。
「それにー......何だ、結構......女みてーな顔してたぞ」
翠の顔が心なし赤らむ。

俺は心の中でピースサインを作る。
が、寂しそうな顔を作って翠から目をそらす。
「でも、指だけだった...翠俺の事、まだ抱いてない。やっぱ俺みたいなの、駄目?」
「駄目じゃねーよっ。ただ、事を済ますにも道具が無かったってだけで...」
「翠キスして」
「へっ?」
翠は一瞬俺の突然の質問に目をパチクリさせる。
「お前大丈夫か?まさかお前俺の事......」
「好きだよ。物凄く。友達以上に」
俺はみんなから「天使のような」と形容される極上の笑みを翠に贈る。
「だから、キスしてよ」
俺は翠の手を掴んだ。
「あっ......え、と...」
翠は困ったように頭を掻く。
「俺、女しか駄目なのとっくのとうに知ってるよな?」
「知ってるよ」
「俺が色んな女と寝まくってんのも知ってるよな?」
「今、二股か三股かけてるのも知ってる」
「わりい、俺男から告られるの慣れてなくってさ」
「俺の事男と思わなくていいよ」
「でも、男だろ」
「戸籍上はね。でも、俺は翠と性別超えた仲になりたいよ」
俺は掴んだ手に力を込める。

翠は困った表情で、俺を見下ろす。

「俺の......全て見て、欲しいと思わなかった?少しも...欲しいと思ってくれなかったの?」
はあ、と小さく溜息をついて下を向く。
翠の手も離した。

翠が困ったように腕を組んでいる。

「女みたいにキレイって言ってくれたよね?」
再び、悲しそうに見上げる。
「うっ......嫌じゃなかったし、キレイだとは思ったよ」
俺は黙って翠の言葉を待つ。
「それに......不覚にも、ちょっとだけ......そそられた。紅の表情(カオ)と声に」
「じゃあっ」
「でも、キスはできねえ。キスは...ホントーに好きになった奴とだけするって決めてるから」
俺の言葉を遮って、翠がそういい切る。
「なんか映画のプ〇ティー・ウーマンみたい」
俺は少し不貞腐れた。
「じゃあ、今キスするとしたら......兄貴の婚約者?」
「そう。さくらさんだけ」

俺は腕を組んで横を向いた。
多分一生、俺の想いは届かないのかな。

やっと見つけたのに。
本気になれる女に出会えたのに。

「キス出来ないなら、抱いてよ。ちゃんと抱いてよ。翠が欲しいよ」
言いながら、何故だか自然に涙が出てきて頬を伝う。

馬鹿らしいし、泣く事じゃないって分かってるのに、いつもなら演技で嘘泣きしてるのに。

心の底から、翠が欲しかった。

お願いだから、俺の想い届いて。

「いいよ。でも、お互い本気(マジ)な相手に出会うまでだからな。それにお前、俺なんかじゃなくてちゃんとした女見つけろよ」


優しい翠は俺が泣き止むまで俺の横に座り、ずっと肩を抱いていてくれた。
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