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Foolish    08.06.2007

“FOOLISH”



 大学のカフェテリアと学生ホールはこの時間帯いつも人でごった返していた。
学期(セメスター)の初めの何週間かは、学生に混じって部外者が出会いとナンパ目的で学校に潜入している。
まあ、ある意味活気があっていいんだけど、1ヶ月が過ぎるとそれらの人やドロップアウトした人達が消えて、本気で勉強している人達だけが残る。
あたしみたいに3年になって本気で卒業するつもりで猛勉強している人間には、とっても迷惑なのだ。


あたしにとって学校は、勉強するところであって、遊ぶところではない。



 カフェテリアはできるだけ避けていたが、今日は小テストがあるし、学校の外までファーストフードを買いに行く時間がもったいなかったので、簡単にサンドウィッチを買おうとカフェテリアに立ち寄った。
30分だけ、クラス休みがあるから下準備と勉強も兼ねて食事を取りながら休憩する。
あたしみたいにフルタイムで学校通ってて、しかもその後は毎日バイト漬けの人間にとってこの30分は貴重なのだ。



 毎日昼休みぐらいの時間帯になると、カフェテリアの後ろの方の席はフットボールとかバスケとかやってそうな生徒が占領している。
目立つのが好きな奴らだ。
何十人も偉そうに踏ん反り返って話をしながらカフェテリアを行き行く人達、特に女の子を観察している。
はっきり言って、奴らはでかくて怖い。
だから、 前の方の席はそいつら目当ての“ナンパされたい”きゃぴきゃぴ女の子グループ何組か以外、あまり人が座っていなかった。


空腹で鳴りそうなお腹を抑えなが ら、ターキーサンドとスプライトを手に持ってレジに並ぶ。
そして構わずレジから一番近い前のテーブルに着いた。


「YO!!!」


そら来た。



後ろの方の男たちの一人が大声で呼びかけた。
あたしはあんたら目当てでここに座ってんじゃないのよ。
シカトしてサンドイッチを頬張りながら教科書を読み続ける。
声の主はいくら呼びかけてもあたしが無視を続けるので、冷やかされながらも渋々近づいてきた。

「ヨウ、ジャミーラ。俺はあんたに話しかけてんだけどな。」

あたしはこの声の主を知っていた。


年に1~2回しか会わないあたしの1コ下の従姉弟。
「トロイ。…なんでこんなとこ居るの?」
トロイは隣の椅子をひく。
フットボール選手特有の筋肉モリモリのでかい体を窮屈そうに屈めながら腰掛けた。

「なんでって、通ってんだよ。お前、知らなかったのかぁ?」
「……忘れてた。相変わらず態度でかいし元気そーだね、あんたは。」
返事の変わりにトロイは悪戯っぽく微笑む。
そんなに厚くない唇からは、ブリーチされた白くてきれいな歯が輝いていた。
昔はすきっ歯のひょろひょろ君だったのに、いつの間にこんな逞しくなっちゃたわけ?





 トロイは、あたしの数居る従姉弟のうちの一人だ。
年も近いせいか、昔はよく一緒に遊んだ。
彼は悪ガキで有名だった。
昔から人の輪の中心に居るガキ大将だった。
負けず嫌いのあたしはよくトロイとゲームや遊びで張り合っていた。
あたしのママには12人も兄妹が居て、毎年クリスマスと感謝祭の日だけ、ビッグママ(おばあちゃん)の家に皆集まる。
集まる、と言ってもビッグママに挨拶したら帰っちゃう人も 何人かいたので、ママや叔母から話はよく聞いていたけど、あたしはこの従姉弟を2年近く見かけなかった。




「お前も相変わらず他人に興味なしって感じだな。」 
「興味ないもん。で、トロイはフットボールやってたんだっけ?だから後ろのあの、騒がしいグループに混じってたわけ?」
嫌そーに眉間に皺を寄せて忌々しい集団を振り返る。
あたしのそんな表情に噴き出して大声で笑いながら、

「そう、混じってるよ。毎日。お前がこの大学通ってるって聞いてたけど、今まで見かけたことねぇよな。」
と言った。
「あんたと専攻違うし、学校終わるとすぐバイトだからね。直帰する。」
そう言いながらもあたしは、今日の小テストのことを思い出して教科書に目を落とす。
こいつに構っている暇はなかった。
時間がないはずなのに、集中出来ない。


こいつ、存在感強すぎ。

「何?今日テストかなんかなのか?」
「そう。あんたら体育会系と違って、文系はマジ勉強しないと卒業出来ないの。だから久しぶりにあんたに会えたのは嬉しいけど、お願いだから今は勉強させて。」
「マジで嬉しいとか思ってんの?」
ああっ、もう。
あたしはテーブルに置いてある携帯で時間を見た。
授業開始まであと15分きゃない。
早くこいつどっか行ってくれ。

「思ってる思ってる。また今度ゆっくり話そう。だから今はまじ、勘弁。」
そう言いながら傍らのトロイを無視して、スーパー集中力+暗記力で教科書を暗記しだした。
いつまでトロイが居たのか、いつ去ったのかも分からなかった。
ただ、

「……オッケー。またね。」
と言う声が聞こえて、いつの間にかトロイはいなくなっていた。




 テストは何とか全問埋めることが出来た。
クラスが終わって校舎から出る。
オフにしていた携帯をオンにした途端、聞きなれないメロディーが流れた。
あれ、あたしこんな変な曲にしてたっけか?
とか思いながら電話に出る。

「ハロー?」
「ヘイ、ジャミーラ。俺だよ、トロイ。」
はあああああ?
トロイ?
なんで奴があたしの携帯の番号知ってるの?

「な、なんであんたあたしの番号知ってるわけ?」
怖くなって聞いてみる。
何かが、おかしい。

「おまえまだ気が付いてなかったのか?お前が今持ってんの、俺の携帯。」
「SAY WHAAAAAAAAAT?」

あたしは持っていた携帯をよーく見てみた。
そういえば、機種は一緒だけど、あたしのより少し傷が付いてて小汚いような……。

「なんであたしがあんたの持ってるの?あたしの携帯は何処よ?」
ふつふつと怒りが込み上げてきた。
「お前受信番号見たのか?俺がお前の携帯持ってる。」
電話の声は悪びれもなくあっけらかんとしていた。
子供の頃からこの男は、こういうのが上手かった。
あたしは何度、こいつにお菓子やおもちゃを掏り返られたり、取られた事か。  
思い出したら余計に、腹が立ってきた。

「何、人の携帯取ってんのよ!!返しなさい。今すぐ、返しに来てよ。」
「何って、決まってんだろ。仕返しだよ、し、か、え、し。久々に会ったってーのに、人のこと邪険に扱うお前が悪い。今度ゆっくり話そうって言ってたけど、こうでもしねーとまともに話せねぇじゃん。」


うっ。
それで仕返ししやがったのか、この男。
その上、

「俺はこれからフットボールの練習あるから暇ならお前が取りに来い。」
とほざきやがった。
「ふざけないでよ。あたしだってこれからバイトあるんだから。それに、誰かあたしに電話あったらどうすんのよ!!」

トロイの悪戯とふてぶてしさに、まじで切れそうになる。
そんな怒りの声が伝わっているのかいないのか、やけに冷静な声で、

「誰かから電話あっても出ねーから、今日が無理なら明日またカフェテリアに昼間来い。」
と、言った後、
「あ、コーチが呼んでる。もう切るぞ。何か俺に用あったらお前のTEL番にかけろ。じゃあな。」
と、こっちの返事も待たずに切ってしまった。




 翌日の昼。
殺気立ったあたしは大股で道行く人を押しのけてカフェテリアを横切り、巨人達(フットボールプレイヤー)の団体の前へ来た。

「ちょっと、トロイ居る?」

似たような姿形の大男が大勢居た。
皆同じに見える。
あの馬鹿は奥の方で隠れているに違いない。
近くにいた背が低めの眼鏡をかけた男に聞いてみる。

「ああ、トロイ?呼んでやろうか?ヨウ!!!トロイ!!カワイコちゃんが呼んでるぜ。」
「ああっ?」
と一番奥の壁の横に座っているトロイが腰を上げる。
やはり目立たないところで隠れていやがった。


でもこうやって見ると、トロイがこの中で一番マシな容姿 かも……。


なんて馬鹿なことを考えてしまった。
確かに、ハンティング帽とニットベストをカーキーのバギーパンツと上手にカッコ良く組み合わせて着こなして いる彼は、このむさ苦しい体育会系の男の集団の中で一番目を引いた。

「ああ、ジャミーラか。」
そう言いながら近寄ってくる。周りの男に、
「新しい女か?」
とか
「紹介しろよ。」
とか色々聞かれていたが、
「ばーか、従姉弟だよ。」
と言って苦笑していた。
あたしの目の前に来るなり、

「こいつらうぜーから、こっから出ようぜ。」
と言って、あたしの腕を強引に引っ張って外に連れ出した。
 

 

「あたしの携帯返して。」
カフェテリアから出てすぐそばの大木の前に来るなり、あたしはトロイを睨み付けた。
トロイは不敵な笑みをこぼしてバギーパンツのポケットを探る。
そしてわざとらしく、下手なオーバーアクティング付で言った。

「あれっ?ねーなぁ。ロッカーに置いてきたかもしんね。」
「ふ、ざ、け、る、な。」
あたしのこめかみに青筋が立つ。
「じゃあ、今からあんたの部室のロッカーまで行くよ。」
トロイはさらに意地悪そうに笑った。
「いや、まてよ。俺、家に忘れてきたくせー。」
あたしは怒りで震えるこぶしを握る。
この馬鹿従姉弟の性根を叩き直してやりたい。

「あんた、わざとでしょう?」
「あたりまえだろ。」
さらっと答えるその声に、反省の色は微塵もない。
「なんでそんな事すんのよ。」
昔だったら、“叔母さんに言いつけてやる”とか言えば決着はついたけど、大人になった今はさすがに、言えない。
「お前さあ、ガキの頃からなんか1つに集中しだすと周りが見えなくなっちまってたよな。」
「はぁ?」
突然、何を言い出すの、この人は。
「昔っからいつも何かに一所懸命でさ。昨日久々にお前に会ってちっとも変わってねーなって思ったよ。」
「……それは、褒め言葉として受け取るわ。あんたこそ傲慢で偉そうなとこが変わってないね。」

6フィート以上もあるでかいトロイは腕を組んで、5フィートちょっとのあたしを見下ろす。
うっ。
威圧的。

「どーも。まあ、その鈍感なところがいいんだけどな。」
眉を顰める。
「どういう意味よ!!あのね、さっさと携帯返してくれたらそれで終わりなの。」
「でも、俺はおわりにしたくねーんだな、これが。」
「はあ?」
ほんとにこいつといると調子が狂う。
小さい頃から、周りの人間を自分のペースに巻き込むのが上手だった。


「久々に会って、可愛くなったなって思った。だから昨日カフェテリアで見かけたとき、俺の知り合いの変な奴らがお前に声かける前に俺が声をかけたんだよ。まあ、従姉弟として俺がお前の貞操を守ってやったわけだ。」
はっはっは、と白い歯を見せながら大声で笑う。
少しだけ、あたしの胸の鼓動が速くなる。
なに、これ?

「っつーのは大嘘で、俺は1人の男としてお前に話しかけたかった。」
と、今度は真顔であたしを見る。
「あ、あのねぇ、うちら従姉弟だよ?何、馬鹿なこと言ってんの?フットボールしてて頭でも打った?」
「何度も打った。鎖骨折った事もあるぞ、ってそんなことはどうでもいい。従姉弟好きになっちゃいけねーのか?」
真顔のままトロイは続ける。


こんな真摯な顔であたしを見つめる彼を今まで一度も見たことが、ない。


いや、何度かあった……?

「でも、この州じゃ従姉弟同士は結婚できないよ。」
「あのなー、いきなりそこへ飛ぶか?結婚できなくても、恋愛しちゃいけねーっていう法律はない。」
あたしは何故か決まりが悪くなって俯く。
まさか、こんな告白を従姉弟から聞くとは思わなかった…。


あたしの頭の上に、ぽん、と手が置かれる。

「そんな悩むな。とりあえず、お前のTEL番ゲットしたし、これから少しずつお前の考え変えていくつもりなんで、よろしく。」
顔を上げてトロイを見ると、いつ、何処から取り出したのか、その右手にはあたしの携帯が握られていた。
「お前の携帯に俺の番号入れといたから。お前、俺の携帯持ってんだろ、返せ。」
自分から盗っといて“返せ”とはなんだ、と思いながらも背負っていたバックパックの中からトロイの携帯を取り出す。
やっぱりこいつはキング・オブ・自己中だ。
トロイは、

「じゃあ、今夜電話するから。」
と、ウインク付で言い残し、カフェテリアに向かって歩き出した。


また、あたしの心臓がどきどきしだした。


去っていくその広い背中をぼんやりと見つめながら、世界最強、性悪従姉弟を1人の異性として意識し始めているあたしは、世界一愚かな女かもしれないと思った。



(完)






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