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 4月。
3月末から咲き始めた春の象徴である桜が散り始め、緑色に染まり始めた頃。

「ふえっくしょーい!」
だけど、花粉症のあたしには花見なんて縁遠い。一年で一番辛くて苦しい時期。

ここ1ヶ月NYで兄弟会社の立ち上げもあり、仕事で長期出張していたあたしは、オンラインデートもチャットもそこそこ、大人しい毎日を送っていた。

と、いうのは言い訳で、唐沢さんとの“事件”以来ちょっと臆病になっていた。

今日もいつもどおり世田谷のアパートに帰宅したあたしは、冷蔵庫の残り物を確認して、夕飯を作っていた。

そう。いつもどおりの平穏無事な一日...になるはずだった。



ドンドンドンドンドンッ

インターホンがあるにもかかわらず、玄関のドアを激しくノックする音。
誰だろう、と覗き穴から覗き込む。
が、ドアの向こうにいる人物も同じく覗き穴を覗いているようで、そいつの拡大されたでっかい目だけが見えた。

「うわあっ!ど、どちら様ですか?」
吃驚して思わず後ずさると、
「み~な~~~~~~」
と聞き覚えのある頼りない声。
「タ、タロ!」
あたしは鍵を外して、バッとドアを開けた。
「ハラヘリッヘリハラッ~~~腹減ったあ~~~~~」
傷だらけの黒いスーツケースを手に持ち、ボロボロのスポーツバックを肩に担いだ上下MIZ〇NOのジャージ姿のタロが立っていた。

一番先に目が行ったのは、ちょっと男らしくなった顔でもなく、伸びた背でもなくて、スタイリングもクソも無い四方八方へハネまくりの髪の毛

へえ、坊主じゃないんだもう。

「道に迷っちゃったよう。正反対の4丁目ずーっと歩いてた」
正反対の4丁目?
「あれ、あんたなんでココ知ってんの?なんでココに居るの?」
「ミーナのおばさんが住所教えてくれた。『何かあったら、水名子頼りなさーい』って」
「んで、何かあったの?」
「ハラが減った」
バコ
ゲンコを飛ばす。
「ハラが減ったじゃないでしょ!W大に行ってるんじゃないの?寮は?」
「カル...カルボーン?違うなあ。め?」
「め?」
「めるぼーんの帰り」
「めるぼーん?何だそりゃ?」
「FINAの大会」
「FINA?フィーナ?」
聞いた事無いな。
「ワールドちゃんぴおん何とかぁ」
「World Championship!メルボルン?まさかあんた、メルボルンから帰ってきたの?!」
「そう、それそれ」
適当に相槌を打ちながら、タロはさっさと靴を脱いでズカズカと1LDKの小さなアパートに侵入する。

「ああ、いいにほひ~~。これはグラタンのにほひ~~~~♪」
「あーもう、荷物そこ置かれると邪魔だからソファの横!あーーーーーーっ、それに触らないーーー!!」
好奇心一杯の小学生の如く、アパートの中を徘徊し部屋の家具小物一式を一通りチェックしようとするタロをソファに座らせて、あたしは再び夕食にとりかかる。

「久しぶりだね、ミーナ!ああっ、このソファミーナの匂いがするぅ。良い匂い~♪」
「嗅がないの!あんたは犬か!んで、えーと、2年ぶり、だっけか?」
「そうでーーっす」
「髪の毛生えてる」
あたしはタロの頭を指差した。
「あーコレ。ボーズの方が楽だったよぅ。でも、皆伸ばした方がいいって」
「ふうん。似合ってたのに」
あたしは、手早くアボカドサラダを作ってとりあえず図体のでかい子供に出してみる。
背も、ずいぶん伸びたみたい。
いつまでが成長期なんだ最近の子は。

「あんたも、色々と頑張ったんだねえ。もう超有名人じゃない」
リビングのタロを振り返ると、もうぺロリとサラダを平らげている。
「そうかな~。別にぃ......」
「TVとかCMとか色々引っ張りだこなんでしょ」
「う~ん、俺、そういうの全部“えーじぇんと”にまかせてるから」
「エージェントついてんの、あんた?」
もう既に芸能人扱いですか。
「そ。俺、言われた事しかやってないから分かんなーい。あ、そうだ!」
タロは突然何かを思いついたらしく、ソファの横をでっかく陣取っているスポーツバックを開けると中から何かを引っ張り出した。

「見てみて!これ今回のメダル達」
他の濡れた水着やらクチャクチャな服やらの中にそのまま投げ込まれていたらしきソレらは、シルクのリボンがクタクタ、ヨレヨレになっているにも関わらず、神々しい金の輝きを放っていた。

「おお!金メダル。本物?」
「2個メがこれでー、こっちが平泳ぎっ♪イアン破ったぜい!」
イアン?
イアンってイアン・〇ープの事?
「やっぱ、オリンピックのメダルとか全部とってあるの?」
「俺が持ってるとナクスから、母ちゃんが全部持ってる」
そりゃ無くすだろ。こんな風な扱いしてたら。
もう既にメダルのケースの中に入ってないし。
あたしはメダルを手にとってまじまじと観察して、タロに返した。

キッチンに戻りグラタンをオーブンに入れて待つ間、冷凍野菜をレンジで解凍して皿に盛る。そして、赤ワインをグラスに入れてリビングに持っていく。
タロには麦茶を手渡した。

「すごいじゃん。ホントオリンピック行っちゃったね。夢が叶ったじゃない。よくあんたの顔テレビで観たよー。特に去年の夏から秋にかけて」
「んや。夢かなってないよ。金じゃなかった
「別にいいじゃない、代表になる事からして凄いのよ。ましてやメダルを取れる、って事すら、歴史に残る大快挙なのよ!」
「ダメ。金じゃないと意味がナイよ。ダキョウはイケナイ」
「はいはい。じゃあ、もしかして3年後も狙ってる?」
「ずえええぇぇぇーーーーーーーったい、取るよ俺」
そう言い切って、ニカッとスマイルのタロ。

「あ、それで寮は?もう閉まっちゃってたの?」
まさか大学の寮が夜7時に?
戦前の女学校じゃあるまいし。
「う.........」
言葉に詰まった模様のタロは、意味も無く手に持ったメダルを揺らしたりクルクル回したりしている。
分かり易いな、オイ。
「まさかまだ、入寮してないの?」

しーーーーーーん。返答なし。

図星、か。
「やだ、もう入学式とかあったんでしょ?学校開いてるよね?」
「......知らん......」
声、小さいよ。
「多分俺、出席しなくても大丈夫...と、オモウ。特待ニュウガク生だから」
「そうなの?W大って最寄り駅何駅だったっけ?」
「......知らん......」
「ああもう」と、自分のエルメスのバックからスケジュール帳を取り出し、後ろの方のページをめくる。
あった、電車マップ。
「あった、R駅!ええと、ここからS駅まで行って、S駅から私鉄に乗り換えて3つ目。そんな遠くない。.....って、聞いてんのあんた?
一生懸命なあたしを差し置いて、タロはテーブルの上に広がっている書類とにらめっこしている。
全部、翻訳用の書類。

はあ、と溜息をつく。
ホント、この子は流れていった年月を全く感じさせないで付き合える。
もし、多分どっちかがアマゾンの奥地から20年ぶりに生還しても、こういう風に自然なままで居られる貴重な存在だ。

「え。何、ミーナ?」
反応遅っ!
「だから、ご飯食べたら、とりあえず寮に行きなさい」
「えーーーーーっ。泊まっちゃダメなのぉ?ブーブーブー!ブーイングゥ!」
「駄目」
にべもなく断る。
大学1年生になったんだっけか。
喋り方はちっとも変わっていない。
いや、心なし精神年齢反比例してない?退行してない?

「多分、ここからW大までは乗換えがうまくいけば電車で20分もしないで行けると思う。駅からあんたの寮までの時間次第」
「あ、やっぱ近いんだあーー。良かったぁ。W大選んで」
「良くない!てか、何が“やっぱ”なの?」
「大学スイセンあって、先生に世田谷に近い大学はどこですか、って聞いたら奨学金とか条件が良いからW大にしなさい、って言われたから。特別にゅうし~っ」
「なんで世田谷がいいの?」
「そんなのミーナがいるからに決まってんじゃんっ。俺、東京の事なーんも知らんもん。ミーナがいたら、頼りになるしぃー」
「た...単純だわあんた...」
に、2年以上連絡無かったのに、何だコイツは。
悪いけど、もうベビーシッターは出来ませんからね。


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