しかも、ニンニク臭い餃子が(恐らくいっぱい)入った箱を抱えて、駅の改札口で立っていた。
「朝練の前にコレ作ったよ。ハイ。こっちが水餃子でぇ、こっちが焼き餃子っ」
朝練...か。頑張ってるね。
どうりで朝隣家が静かなはずだわ。
それにしても2箱も、ですか。
「ありがとう」
朝練帰りという、今日も上下学校のジャージ姿のタロは、部活の前に早起きしてこの餃子作りに専念していたようである。
よしよし、よくやった、と坊主頭を撫でてあげると、整った白い歯をみせて二カーッ、と笑った。寝不足なのか、ちょこっと垂れ目の目の周りがくすんでいる。
「俺...さあ」
新幹線に乗り換えるH駅までの切符を買ってタロに向き直ると、少年はおずおずと指先をいじりながら言いにくそうに切り出した。
「その、ぼいずびー何とか、っていうの昨日の夜ずっと考えてたんだけどぉ」
「Boys be ambitious」
「そう。それそれえー。んで、その何とかっての、見つかったよっ」
「へえ。良かったじゃん」
「男は、有言実行だからねっ」
「おう。いいね」
「だから俺、泳ぐの好きだしオリンピック行くよ」
は。
「はあ?」
「だから、オリンピック行くよ」
いや、ちゃんと聞こえました。
夢......でかすぎないか?
ま、まさかあたしが昨夜“テキトウ”に言っていた事、真に受けちゃったの?
あああああーーー、あたしの馬鹿馬鹿!!
この子昔からあたしのホラ話を本気にしちゃってたんだ。
ミジンコ以下の単細胞だったんだ。
忘れてた!
「それでー、金メダルとったらぁ、改めてミーナを迎えに行く」
いや、それは永遠に無いと思う...。
あっても困るけど。
「じゃ、約束だから」
言うなり勝手に手を取られ、ものすごい早口で『ゆびきりげんまん』をして、辺りにニンニクの匂いを撒き散らしたまま、少年は風の又三郎のごとく消え去った。
そう堂々と宣言した少年に再び会うのは、ここから2年後の春のことである。