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 ぱあんっ。

と号砲が鳴り響き、選手が飛び込み台から一斉に飛び込む。
3レーン目のタロは、青の競技用水着に青のキャップとゴーグルで、まるで水に同化する様に飛沫を上げながら進んでいく。
ちょっとでも瞬きしたら、タロがどこのレーンで泳いでいるのか分からなくなりそう。

「わあ...」
思わず感嘆の呟きが漏れた。
あっという間に他の選手と体の半分以上の差をつける。


「よっしゃああああああああああああ!!!!!」

え?え?という間に、あたしの座席周りのW大の生徒やら選手やら、隣の翠さんが腕を引いたガッツポーズで立ち上がる。

「すごいよ、山田日本新記録!29秒20!」
翠さんが掲示板を指差す。
『1位 ヤマダタロウ W大  29:20』

す。
「スゴイ!!!!」
あたしも皆より数秒遅れて席を立つ。

「ミーナさん、もしかして貴方かなりの猛獣使いですね。飴と鞭の扱い方ちゃんと心得てる」
翠さんは、あたしに向かってウインクする。
「タロとは、長いですからねー」
あたしはたった今起きた熱狂が冷めないまま、うわ言のように呟く。

プールの中のタロはガッツポーズでゴーグルを外し掲示板を見ている。
一斉にカメラのフラッシュがたかれる。


いや、掲示板じゃなくて......。
誰かを探してる?


ゆっくりと顔が動いて、2階席を見回して、W大の座席の方向で止まる。

ビシッと。

水の中で微笑みながらタロはジャングル隊の敬礼をした。





「次の2個メこそ、山田の本領発揮なんですよね」
1時間程他の選手の競技を観たり、会場内をブラついて座席に戻ってきたあたしに、翠さんはプログラムを確認しながらあたしに声をかける。

休憩中、坂口さんからメールが入っていた。
『5時半に恵比寿駅前で会えますか?』
時計を確認すると、まだ3時にもなっていなかったので、
『大丈夫だと思います』
と返事を打っておいた。


「煮込め?ニコメって、何ですか?」
それすらも知らないあたし。
駄目だ。使えねーな。

翠さんも苦笑しながら説明する。
「2個メは、200メートル個人メドレーの略で、200メートルをバタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形の順で泳ぐ競技です。山田はどの泳法も得意だから、他の奴らと違ってムラが無い。奴の得意分野っすよ」
「はあ」
この小説のこのページ読んでる人、この話がスポ根モノだって勘違いしてるよきっと。
でも、違うんだけどね。
あたしが主人公のコテコテ純愛ラブストーリーなんだけどね(大嘘)


「また、控え室の山田に会いに行きたいですか?」
翠さんがあたしの顔を覗き込む。
「あ、もういいです。言う事言っちゃったし」
あたしは顔の前で手を振る。
翠さんは、混乱した顔で2、3度瞬きする。
「ミーナさんと山田って、今は付き合ってるんすか?ずっと前だったけど、山田ミーナさんとデートするからって、息巻いてたんで一緒に服の買出し付き合ったげたけど、あれ以来なんか山田も何も言ってないし」
「付き合ってませんよ。でも、その時期に告られました」
「山田から?山田ってその時まで告白してなかったんすか?」
あははは。
翠さん、かなーり驚いてる。
「いっつもいっつもミーナさんの話してたから、もうとっくに言っちゃってたのかとあたし勘違いしてましたよ」
「ええ。でも、断りました」
なーるほど、と翠さんは深く頷く。
「だからあいつここん所大人しかったんですね。これで合点が行く。何か悪いもんでも食って腹壊したのかと思ってましたよ」
「あの子はあたしにとって、弟みたいな存在なんです。だから…」
「あたしは部外者なんで、何も言うつもりないですけど......山田はスゴイ忍耐の持ち主ですよ。そんでもって、欲しいものは努力して手に入れるタイプだから......ミーナさん覚悟しておいた方がいいかも」

忍耐=しつこいって事ね。
それは小さい頃からよーーーーっく知ってます。

でも、オッサン達と付き合ってみたらとか推奨してきたのタロの方だし。
「いや、でも何か意外とあっさり自分も他の子とデートしてみる、とか言ってましたよ」
あたしは微笑む。
「ふうーん」
と呟いて、翠さんは押し黙った。




5レーン目のタロは、100m泳いだ後位から他の選手との差を広げた。
200mの個人メドレーとやらは、前の50mの自由形に比べたら見ごたえ充分で、バタフライでは鯨のような勢いで猪突しながら泳ぐタロを見て、何故か胸が躍った。

だって、川で泳げなかったんだよ?
あたしに突き飛ばされて、溺れてたんだよ?

それなのに、今じゃ日本一のスイマーだ。

平泳ぎの後、イルカのようにクルリとターンを決めるとタロは一気にクロールで差を伸ばす。

アクアマン...だ。

スイスイと力強く泳いでいるタロを見て、ふと思い出す。

アクアマン。
水の中のスーパーヒーロー。
夕陽をバックに向こう岸まで泳いで渡った2年前の坊主頭の姿とダブる。



「よっしゃっ!ターーーーーーーッチ!!!」
隣の翠さんが叫ぶ。

歓声が沸いた。
皆が抱き合っている。

『1位 ヤマダ タロウ W大 1:59:82』
掲示板にタロの名前が出る。

フラッシュの嵐を浴びているタロは、再びこっちに向かって、笑顔で大きく手を振る。

そして、そのままあの敬礼


あ、やば......胸が痛い。
なんか、切ないぜコノヤロウ!

あたしもタロに向かって同じ敬礼を返す。
見えないだろうけど。

やだ。なんか熱い液体が頬伝ってるし。
あたし、泣いてる。みっともない。

慌ててメイクが崩れない程度に目元を押さえる。

こういうスポ根ドラマ調も現実だと駄目だ、あたし。
お涙頂戴ものの漫画みたい。

でも、ちくしょう。
タロ、すっげーカッコよかった。
あたしの胸はバクバク大きくパウンドしている。



「もう行っちゃうんすかー?」
チームメイトと狂喜乱舞の翠さんは、席を立つあたしを呼び止める。
「ええ、これから約束があるので。タロに『よくやったね』と伝えておいていただけますか?」
タロへの伝言を頼んであたしは逃げるように会場を後にした。




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