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スーパーヒーロー    05.21.2007
 坂口さんと会った日の翌日、つまり6日の夜。

家で洗濯物をしていたあたしに、思わぬ人物から電話が来た。
登録していた番号じゃなかったので、一瞬誰だか解らなかった。

全然期待していなかったし、8日にもしかしたらとは思っていたけれど。



「あ、ミーナぁ?俺俺ぇ、タロちーーーんっ」
電話口のタロは、いたって普通であたしと何かあったなんて微塵も感じさせない声音だった。
「あ、タロ......あー、えっと......今日も練習?ど、どうしたの?」

あ、あたしの方が動揺してるしっ。
大人気ない。

「練習は毎日だよう。今日大会1日目だったよー。楽々予選通過ぁーーーーっ」
タロのビッグスマイルが目に浮かぶ。
ピースサインしてそう。
「へえ。本番は明日からなの?」
「そ。明日は平泳ぎぃ」

あ、全然元気そうだ。

「明後日の8日......まだあたし行ってもいいの?」
昔の...いや、ちょっと前までのあたしだったら
「明日優勝しないと回し蹴りだかんねっ」
とか言ってて、こんなオジオジした言い方してなかったのに。

やっぱギクシャクしてるの、あたしの方だ。

「あったり前じゃーーーーんっ。俺、その為に勇気100%ふり絞ってミーナに電話したんだよっ」
「じゃ、タロが嫌がっても行くからね。失態見せたら鼻フックくらわすから」
なるべく今の言葉が自然に口から出ていますように。

「鼻フックはいやじゃーーーっ。でも、俺ずえーーーったい取るからぁ、安心して今夜もお眠りクダサイ」
「取らなくても安眠するよ」
「うんっ。あの...さ、ミーナ」

あ、タロの声のトーンが1つ下がった。
ちょっと真面目になってる証だ。

「会場、C県の県民総合体育館なんだけどぉ...会場着いたら佐々木に連絡入れてくれる?俺の試合多分1時と3時位だからー……12時前には来てねっ」
「佐々木って、翠さん?」
「俺、今佐々木の電話からかけてんだけど、これ佐々木の番号だからぁ」
「彼女は大会に出ないの?」
「うん。出たよ、今日。女子400の自由形と50のバタフライっ。バタフライは1位だったけどぉ、自由形は4位。佐々木明日からもう試合無いし、ミーナに付き合えるってぇ」
「そうなんだ。翠さんも頑張ってるね」
「俺もがんばるー」
「頑張ってね」

しばしの沈黙。


「あの...ミーナ、大会終わったら会えない......かなぁ?」
「大会終わったら?」
「俺、もっかいミーナと話したい」

あ。
坂口さんと約束が......。
どうしよ。言うべきなのかな?


「その日の夕方から、あたし...約束あるんだよね」
「誰?男!?」
思わず声に出てしまったのか、タロは「あ」と口を噤む。

言うべき...だよね。タロにフェアじゃない。
「うん。坂口さん。改めてお付き合いしましょう、って言われた」

電話の向こうで、微かに息を飲む音が聞こえた。
......ように思えた。

「そ.........かぁ。えーと、俺ミーナが年相応のおっさんと付き合うの、良い事だとオモウ。あのアキ...眼鏡もちょっとキザっぽくて俺むかつくけどぉ...ミーナには優しいみたいだしっ」

あれ?
あたしの予想と反応が違う。
あたしは何を期待していたんだ?
前みたいに喚いて怒鳴って「あんな奴やめろ!」って言葉を言って欲しかったの?

ば、バッカみたい。

「俺みたいなガキじゃなくって、もっと色んなおっさん達と色んな経験した方がいいと思うゾ。うん」

おっさんおっさんって。
あたしもおばさんみたいな言い方ッ(←被害妄想)
何かムカついてきた。

「け、経験なんて言われなくたってとっくにしてるわよ。でも、そうだね。坂口さんは落ち着いてるし、大人だし、生活も将来も安定してるし、完璧なお相手だよね。タロも解ってくれてたみたいで、良かった。あーうれしい」

最後の「あーうれしい」の一言がいかにも棒読みになってしまった。

「俺も、色々と経験しなきゃーって最近思いはじめたんだよねぇ。ミーナ以外に、世界みなくちゃ、ってぇ」
「うん、それがいいよ。あたしみたいな三十路まっしぐらの女じゃなくて、ピチピチの女子大生とか、女子高生とか、選択肢いっぱいあるでしょ。タロなら」
はははは、と空笑いのあたし。

タロはいたって冷静な声で応じる。
「選択肢は結構あるよー。ミーナの想像以上にねっ。あ、もう行かなきゃぁ。佐々木が電話使いたいって呼んでるっ。じゃ、8日は来れたら来てねっ。佐々木に電話するんだよー」
と言うなり、あたしの言葉を待たずに電話を切ってしまった。




「な、なんなの今のはあ~~~」
あたしは何故かムカムカしながら乾燥機に濡れた衣服を突っ込んだ。

やっぱり坂口さんがいいわ。
大人の男が一番だ。
8日に会ったら伝えよう。
あたしでよければ」って。





電話を切ったタロが、「クソっ」と呟き、佐々木さんの携帯を思いっきり壁に投げつけてぶっ壊した事なんて、あたしは露程も知らなかった。



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