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「さ、坂口さん!!お元気ですか?」
あたしは死ぬほど驚いて、携帯を落としそうになる。

何故に突然?!

咄嗟に思ったのは、妹の恵さんの事だった。
もしかして.........?
「恵が亡くなりました。水名子さんと最後にお会いした日の翌日に。あと一ヶ月は持つ、と言われた数日後に突然息を引き取りましたよ」
いつものクールボイスで、まるであたしの質問を読んだかのように坂口さんは答える。
「坂口さん、し、心配していたんですよ?連絡来ないし、こういうシチュエーションの時って、結構センシティブっていうか、こちらからは連絡し難くって......あの、お悔やみ申し上げます」
「ここ数週間、色々と片付けなくてはならない用事が山ほどありまして」
坂口さんはそう言って、少しく押し黙った後、
「今日は折り入ってお話があるのですが......」
と切り出す。
「ええ。何でしょうか?」
「オーストラリアで地球環境安全シンポジウムが行われるのですが......僕の論文の英訳を直していただけたら、と思いまして」
「坂口さんの論文、ですか?」
あの、水とか微生物の研究の成果...とか?
「はい。謝礼は幾らでも出せます」
謝礼?マネー$$$?
キラリ、とあたしの目が光ったけれど、話している相手が電話の向こうで良かった。
「あの、本来ならば正式な仕事はフリーランスではないので、会社を通さなければいけないんですけど......」
「もし、そちらの方がよろしければ会社をお通し致しますが?」
「あ、いえ。坂口さんなら友情割引でOKですよ」
「それは良かった......」
安堵したのか、坂口さんの声がワントーン上がる。

あ、例のテレパシーが......。

今、「嫌われてなかった」って思ってた?

「あの...タロとかいう少年とは?」
「相変わらず喧嘩ばっかですよー。今は何か冷戦状態。憎たらしい子供です、ホントに」
坂口さんは一瞬間を置く。
「そうですか。それでは、水名子さんのご都合の良い日を知らせていただけますか?論文のコピーをお渡しして概要の説明をしたいのですが」
「ええ」
あたし達は6月の第一週目の火曜日の夜、仕事の後に会う約束をして、電話を切った。




まさか“あの”坂口さんと仕事をするなんて夢にも思っていなかった。
会社がある新橋の辺りまでわざわざ出向いてくれた坂口さんとは、銀座8丁目の、この界隈では有名なダイニングバーで待ち合わせをした。

久々に会った坂口さんは、前と全然変わっていなくて存外元気そうだった。
「ちっともお変わりないですね、水名子さんは」
あ、先を越された。
「坂口さんこそ」
坂口さんは前回のスーツ姿とは異なり、灰色のニットに白ジーンズといういたってシンプル且つ男らしい格好だ。
うん。
坂口さんのイメージっぽい。
タロの言う“アキバ”のイメージからは随分かけ離れてるよ。

オーダーした飲み物と料理を待つ間、坂口さんは早速論文のコピーをクリアファイルの中から取り出した。
「これが......論文です。シンポジウムで配布される冊子に載せる事になっているんです」
あたしは論題に目を通す。

『アジア諸国における水質問題と微生物の生態変化についての研究発表』

......。

訳すの、ちょーつまんなそう。

思わず、顔が引きつる。
断りてぇぇぇぇぇーーーー!
「とても......興味深い論題ですね...」
坂口さんは苦笑する。
「相変わらず嘘がお下手ですね、水名子さんは。あ、こちらが一応僕の英訳です。参考程度に見ていただけたらと」
でも、まあ乗りかかった船だ。
断るわけにはいきますまい。
「一応目を通しておきます。専門用語等の質問はメールでまとめてお伺いしても宜しいですか?」
「電話でも結構ですよ」
坂口さんが軽く微笑む。

飲み物が運ばれて乾杯すると、あたしは前に座っている坂口さんを盗み見た。
テーブルのキャンドルに照らされて、眼鏡の奥の彼の整った顔が影と光で浮かび出る。
ホント、女性的...っていうか、イケメンだ。

「あの、妹さんの事ですけど...」
あたしはオズオズしながらたずねる。
「ええ、逆にスッキリしました。妹が息を引き取った時、これからどうしようかと冷静に考えている自分がいたんですよ。まず、葬式の準備をして、法的な処理を済ませて、家を引き払って、溜まっていた仕事をこなして......ここ数週間毎日そんな雑務に追われていました」
坂口さんはしごく自然に微笑む。
前みたいな冷たくて鋭利な感じの笑みじゃなくて、なんか優しい感じの笑みだ。

坂口さんの中の何かが一皮剥けたみたい。

「坂口さんの人生の、新たな幕開けですね」
あたしも、ニコリと微笑む。
「あの少年と水名子さんは?」
坂口さんは頼んだワインに口をつけながら問う。
あたしは肩を竦めながら答えた。
「タロですか?実は先日あの子から告られました。けど......断っちゃいました。そしたら、物凄く傷つけちゃって、怒っちゃって、それから話をしていません」
ほう、と坂口さんは興味深げに片眉を上げる。
「もし構わなければ、理由をお伺いしても宜しいですか?」
「やっぱり、年の差なんですよね」
「年の差?」
「だってあたし、8つも年上で、相手はまだ高校出たての大学1年生ですし、なんか世界が......観点が違うんです」
はあーーーっと溜息をつく。
「まだオンラインデートにはまっていらっしゃるんですか?水名子さんは」
「坂口さん以来、だーれとも会ってませんよ。なんかもう疲れちゃって」
坂口さんは苦笑する。
「種馬マンやらポルノのスカウトやらとっつあん坊ややらマゾの男やら、そして最後の男はシスコンやらで、もう幻滅してしまわれたんですか?」
さらりと自分の事をシスコン呼ばわりする坂口さんに、何て答えたらいいのかわからなくて絶句する。

ば、ばれてる。
一瞬でも坂口さんの事、
シスコンの変態だって思った事を。


「あはははははっ」
坂口さんは珍しく、声を出して笑う。
「図星ですね、水名子さん」
真っ赤になるあたし。
「そ、そんな事思っていませんよ!ただ...色々あってディープでヘヴィーな環境な方だなあ、と思いまして......」
顔の前で手を振って、あたしは言い開く。
「いいんですよ。本当の事なので。でももう恵は僕の過去な んです。不思議な位、吹っ切れているんです。もちろん、今でも愛していますよ。兄として、家族として。だけどこうして今冷静に思うと、恵の事を本当に女と して見ていたのか、病弱で一生女としての幸せを得る事が叶わなかった哀れな恵に同情していたのか、正直僕もわからないんです」

あたしは口を噤む。
「口紅に......髪の毛がついていらっしゃいますよ」
スッと坂口さんの手が伸びて、あたしの前髪をはらってくれた。
彼の目が細まる。

あれ?
今、チラッとあたしの唇を親指で触れなかった......この人?
ききき気のせいだよね?

「すみませんっ」
あたしはボディパーマのかかっている髪を、金〇先生みたいに耳にかける。
「はい、な~んで~~すかぁ~~~、佐藤~~。............なーんちゃってっ」





しーん。





坂口さんが固まっちゃってる!
しまった!金〇先生のモノマネがシケたぁ!!

ふ、古すぎた?
このブログの読者さんすらワカラ無いだろ、って?



「ぷっ」
坂口さんが、下を向いて吹き出す。
「水名子さん、相変わらずわかりやすいなと思いまして」
くっくっくっくとお腹を押さえながら静かに笑いをこらえる。

あたしは真っ赤になってワインをがぶ飲みした。


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