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ホームカミング Ⅲ    05.20.2007
 次にこの子に会ったのは、2日後の夜だった。
高校時代の友人数人と駅前の商店街で飲んで帰ってくる途中。
うちから100メートル位離れた、タロのご両親が営む『太勝軒』をチャリで通り過ぎようとした時、
「あああああああっ、ミーナ!」
上から大声が降ってきた。
と、間もなくドドドドド~~~と階段を下りる音がして、太勝軒の裏口のドアがバンッ、と開いた。

今日もジャージの上下。さすがに学校のジャージではなくナ〇キの白いジャージ姿のタロが、勉強をしていたのか、耳に鉛筆を挟んだまま姿を現した。
「良かった~~~ミーナにまた会えてー。もう今日は会えないかと思ったよう」
「タロ。りんどう町のジャングル隊“隊長”と呼びなさーい」
あたしは、ほろ酔い気分もあって、ポンポンとタロの頭をたたく。
「あーーーーー、さては酔ってるなー!」
「いいえ、全く酔ってません。隊員Tよ」
「酔ってる。絶対絶対酔ってる!」
タロはあたしの両肩に手を置き、じーーーーーーーーっと顔に見入る。大きな瞳が、あたしの目を覗き込む。

いや、あの、すんごい至近距離なんですが...。
若いのにニキビひとつ無い、きめの細かい肌の眉の上の産毛が夜光でキラキラ光ってる。

日焼けしまくりの体育会系の男の子にこれは褒め言葉にならないだろうけど、

ほんと綺麗。

「明日、東京に戻っちゃちゃうんでしょ」
あたしを直視している黒目がちの目が、寂しそうに翳る。

「あら、水名子ちゃん」
料理屋のドアがガラガラと開いて、中からエプロン姿のタロのおばさんが現れた。
タロはパッとあたしから手を離す。

「おばさん、お久しぶりです」
ニコニコ顔のおばさんは
「こんばんわ。もう、うちの太郎が奇声発してドタドタやっててうるさいから、何事かと思っちゃったよ。芳江さんから聞いていたけど、まだりんどう町にいたんだねえ」
「明日東京に戻ります」
「また一段とキレイになっちゃって。ほら、何だっけ、今で言う“セレブ”みたいじゃないの。ねえ、太郎」
「知らん」
「セレブって......。おばさまも相変わらずお元気そうで」
「元気元気!!もううちのアホ息子が生きてる限り、死ねないからねえ」
はあ、やっぱりまだ苦労していらっしゃるのね。おばさんも...。
「でもね、最近は“ばれんたいんでえー”にチョコレートとかもらったりしてんのよ。こんなアホの子に。毎日馬鹿やってるか水泳しかしてないと思ったら、駅前で女の子と歩いてたとか、目撃情報あるのよ~」
おばさんは、少し嬉そうに付け加える。
「う、うるさいババア!!!消えろよ!まだ客いんだろ、中~~~!」
タロは真っ赤になって慌てたように、おばさんの背中を店の方に押していく。
「また戻ってきたら、今度はうちにいらっしゃいね。水名子ちゃんの大好きだった特製餃子いっぱい用意しとくから!」
おばさんは、タロに押されるまま店の中に消えていった。

「やるじゃん、花咲ける青少年!」
「ちっがうよ!そんなんじゃないよっ!」
タロはおばさんが厨房の中に行ったのを確認すると、ドアをガラガラ閉めてクルリ、とあたしに向き直った。
ちょっと切羽詰った感じの表情をしている。
「んで、明日何時の電車なの?」
「うーん、朝10時位だと思う。12時半の新幹線に乗る予定だから」
おばさんの出現で、すっかりホロ酔い気分が失せてしまったあたしは、そのまま普通にタロの質問に答える。
「東京は、そんなにタノシーとこなのかな」
タロはぼんやりと夜空を見上げながら、独り言のように呟く。
「タノシ~よ。ここも、静かで空気がキレイで好きだけどね」
「東京はハナゲすぐ伸びる、って聞いたぞ」
「伸びる伸びる。伸びまくり」
「ミーナは、得意のえいごでつーやくしてるんだろ?」
「んー、翻訳50%、通訳50%かな」
ふうん、と呟きながら、タロはその場にヤンキー座りをして、転がっている石で地面に絵を描き始める。

「タロは、高校卒業したらどうするの?将来の事とか、考えてる?」
こんな子で、大丈夫なんだろうか?
学力は学年で最下位とか言ってるようだし。見ているこっちが不安になる。
やっぱり将来の事とか、真面目に考えてたり......するわけないか。
「俺、ミーナのお嫁さんでいいやっ。主婦でいいやっ」
「お嫁さんじゃ、ないだろゴラァ!男かあたしは!」
ドス、とウ〇コ座りしているでっかい子供を蹴る。
「なんで~~~~~?!俺、中華作らせたら天下一品アルヨ。毎日中華作るアルヨ」
毎日は...流石に体に良くないだろう。うん。
あ、でもそうか。
この子にはお店を継ぐっていう最終手段があるんだ。
「例えばさ、タロは水泳好きじゃない?」
「好きっていうか、俺それしかとりえないしぃ」
「でも、バレンタインデーにチョコもらう位だもん、モテるんでしょ?やるじゃん」
「ち、ちがっ!!!」
動揺したのか、タロはドサッと地面に尻餅をつく。顔も、坊主頭も、全部真っ赤っかだ。
いいねぇ、純情少年よ。
「照れるな、少年」
「しょ、少年じゃねーよ!!チ〇コだって皮剥けてんぞもう!!」
いやね、そんな大声でエバルような事じゃないんだよ。
「まあ、どうどう。ほら、よく言うじゃない。Boys Be Ambitiousって」
「ボーイズビー......何?」
「アンビシャス。“少年よ、大志を抱け”って有名な言葉」
「し、知らん」
「だからあ、夢や目標をでっかく持て、って事よ。例えば、水泳が好きなら競泳の全国大会で優勝とか、日本新記録打ち立てる、とか、もうぶっちゃけオリンピック行っちゃうとか。何でも良いのよ」
「目標?」
うーん、としかめっ面に変わる。
ほんと、コロコロ表情が変わってワンコみたい。

「じゃあ、ミーナの目標は何?」
突然、あたしにふられる。

あ。考えてもみなかった、かも。
もう、ある程度のお給料貰って、ある程度の生活が出来て...。いまの生活で充分だと思ってた。

「仕事を持ちながら~、お金貯めて、マンションとか家を買って~、んで、け、結婚して子供作って幸せに暮らす事...かな」
結婚イコール幸せじゃないと思うぞ。かあちゃんが、結婚は地獄の始まりだ、って言ってたぞ
ははは...。切り込むねえ、少年。
「でも、俺となら安泰だね。毎日が天国デスよ。もう、10年前に婚約しちゃったからね♪」
し・て・な・い!
「ぶぅ~~~~~~」
端っこでいじけている物体をそのまま放置&無視して、あたしは自転車を引いて実家へ向かう。
「ミーナ!」
後ろから元気のいい声がかかる。
「明日、見送りにいくかんねーーーーー!!」
後ろ手に手を振って、あたしは家の中に入った。




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