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リメンブランス    05.21.2007
 タロはあたしの前に立ちはだかり、腕を組む。

顔は、いつか見た、獲物を狙う狼みたいな顔。
唇を噛んで、小首を傾げて、鋭くあたしを見据えてる。




怒ってる......というより、何かに本気の時のカオだ。



「じゃあさ、もう、俺ミーナに迷惑かけたりイヤな思いさせないようにする。フツーの、昔馴染みのタロのままでいればいいわけ?俺、この1週間スッゲー楽し んだよ。ミーナも同じだと思ってた。けど、違ったんだねっ。ドーキンしたのに、俺スッゲー舞い上がっちゃってたのに、こんなに簡単にミーナの世界から追い 出されちゃうんだ。ちゃんと理由をきかせてよっ」

いつもみたいに軽い感じに語尾を延ばした、間の抜けた喋り方じゃなくって、ワントーン低い、囁くような真面目な声音だ。

「タロ、やっぱあたしと世界がちがうよ。あたし8歳も年上だよ?あんたが25になったらあたし33だし、30になったら、38。35になったら43。あた しにとって、タロはあたしの後くっついてまわった、鼻水垂らした坊主頭の少年で、ちょっとお馬鹿で、抜けてて.........だから、だから男として見 れない」
「俺、馬鹿だけど何が正しくて何がおかしいか位解るよ。ミーナが言ってる事って、ただの言い訳だよっ。年の差を理由にして、言い訳してる。昨日の俺見て、成長した俺見て、怖くなったの?大人の男として俺を見るのが怖いんでしょ?なんで俺、ミーナの事好きか知ってる?」
「......知らない」
あたしは喉の奥から声を捻り出す。

「ミーナは俺を認めてくれたから。俺を否定しなかったから。俺、ただミーナにまとわりついてただけじゃないよ。ミーナは高校生だったけど、他の大人と違っ てて......俺の事他の大人みたいにアホ扱いしなかった。あ、たまにからかわれたけど、でも俺、こんなせーかくだから、ホントーに好きな事とか興味の ある事しか集中出来なくって、やる気なくって......他の大人は宿題やれとか、やれ勉強しろとか、何でこんな簡単な事が出来ないんだとか周りの子供と アホの俺を比べてたのに、ミーナは.........ミーナだけは違った。ミーナは好きな事好きな時に好きなだけやってて、他の高校生と全然違うレベル で、えーと、例えば、ミーナは15なのに平気で木登りしてたり、川で泳いだり、他の高校生は皆化粧したりルーズソックスはいてたのにミーナだけ普通の白 ソックスはいてたし、みんな茶髪だったのに、ミーナだけ真っ黒だったし、とにかくっ、ミーナは自分ってものを持ってた。やりたい事知ってた。他の奴らの色 に染まってなかったっ。多分アメリカに住んでたからかもしんないけど。だから、俺にもなーんも強要しなかった。ずっとそんなミーナが好きだった」

タロはそこで、大きく深呼吸する。

「でも、違ったみたい。ミーナの言うとおり、俺とミーナの世界違い過ぎるかも。もし俺がミーナの良く知ってる昔馴染みの、鼻垂れお漏らし小僧のタロじゃな くて、ただの大学生の、お…大人の男の山田太郎としてミーナに出会ってたら、何かが変わってた?ミーナ違う風に俺を見てた?昔のミーナだったら、そんな事 こだわってなかったよね?前ミーナが見えてたこと、今見えないみたい。俺、ミーナ変わったと思うっっ」
そう言い放つと、タロは暫くじっとあたしを見つめた。
あたしが何か言い返すのを期待するみたいに。

あたしは、タロを見つめながら押し黙っていた。
頭の中で、タロの言葉を反芻していた。
確かに、あたしは変わったかもしれない。
気づいたら、皆と同じようなファッションで、流行追ってて、周りの友達は結婚していたり、彼氏とラブラブで、あたしも彼らみたいなそれなりに平穏無事なシアワセや出会いを何となく望んでいて...。

平穏無事なシアワセ、ってどういう幸せ?
平穏無事な出会いって、どんな出会い?
もし、タロとネットかどっかで出会っていたら、何かが変わっていた?

あたしは頭の中で自問自答を繰り返す。


タロは返す言葉の無いあたしを見て、小さく諦めたように息を吐く。

「俺、もう行くね」
やがてタロは、お財布やら鍵やら携帯やらを拾い上げて、部屋を後にした。
パタン、と寂しく玄関のドアが閉まった。









職場のデスクのPCと睨めっこしながら、上の空で英文をタイピングしながら、あたしはずーっと思い出していた。

確か12年以上前の、蒸し暑い夏の日。

母親に連れられて、お隣の中華料理屋に引越しのご挨拶に伺った時だ。
『太勝軒』と店の入り口の上に掲げてある、ちょっと古びた看板を見ながらあたしはチッと舌を打った。

まさかこーんな世界の果てみたいな、田んぼと森と町の人口の平均年齢50歳のど田舎に引っ越さなきゃいけなかったなんて。
アメリカの友達にグッバイして、あたしはお父さんの新しい赴任先の、町に一つしかない高校へ9月から通う事になった。

「あら、はじめまして」
店の奥からニコニコ顔の女の人が出てきた。エプロンで濡れた手を拭っている。その女の人の足元で、坊主頭の子供がチラチラとこちらを伺っていた。そして、目が合うと素早く店の中に走り去る。
「はじめまして。隣に越してきた小俣です。こっちが娘の水名子です。9月からこの町の高校に通うんですよ。ホラ、水名子挨拶なさい」
「こんにちは」
あたしはよそいき用の笑顔で会釈する。
「あら、可愛らしい。うちは山田です。じいちゃんの代からここで料理屋営んでんですよ。町の事について質問があったら、なーんでも聞いてくださいね」
お母さんが持ってきた引越し蕎麦なり果物なりを受け取りながら、山田さんとお母さんが世間話を始める。
あたしが店の中を母親越しに覗いていると、あの坊主の子供が再び顔を出し、あたしに向かってアッカンベーをした。
「く、クソガキ......」
あたしもその子供に向かってアッカンベーを返す。

タロとの初めての出会いだった。



川原はあたしの大好きな場所の1つだった。学校が始まるまでの夏休みの間、まだ友達の居なかったあたしは家から徒歩数分の川原へ毎日足を運んで、毎日アメリカの友達に手紙を書いていた。

「お前、隣の家のおんなだぁ~~~」
ある日、誰かが後ろから大声で叫ぶ声が聞こえた。
川原で遊んでいる他の近所の子供達の輪から外れて、身長1mあるか無いかのちっこいガキが、あたしを指差しながら駆け寄ってくる。
「あ、あんた隣の中華料理屋の......」
名前、知らないんだった。
近くで見るとその坊主頭の子供は、これでもかといわんばかりに日に焼けていて、薄汚れた白Tシャツから伸び出ている短い手足は傷とカサブタだらけだった。
「何やってんだぁ、お前ぇ~~~?」
とあたしの肩越しに覗き込む。
「Don't call me OMAE! I'm Mina!」
英語で手紙を書いていたせいか、頭の切り替えがうまく出来なくって英語でこの子供に返してしまう。
大きな目のワンコみたいな少年は、
「????????」
みたいな顔になり、
「お前ぇ、何語しゃべってんだよう??こっ、ここはりんどう町だぞう。お前さては『すぱい』だなあぁぁぁぁ?」
と半分警戒、半分好奇心の混じった態度で言い返す。
「スパイ?あははははっ。何ソレ。あ、ゴメン。『お前』じゃなくって、あたしはミーナ。おちび君は?」
「ちびじゃないぞーーーーーーっ。俺は太郎だあっ」
ふん、とふんぞり返って太郎は自己紹介する。
「あっそ。悪いけどあたし忙しいからどっか行っててよ。Go away!Please」
こーんな子供まるっきり眼中無しのあたしは、再び友人のテレサに手紙を書き出した。
少年は黙り込んで、チョコンとあたしの隣に座り込む。
「お前ぇ、メリケから引っ越してきたんだってえ?」
メリケ?
メリケ、ってアメリカの事?!

一体いつの時代の子じゃこの子は!対戦中か?
「じいちゃんが言ってたぞう。メリケンが越してきたぁ~~って」
ああ。やっぱり。
おじいちゃんね。
「お前、メリケンかあ?」
ブッ。
あたしは思わず噴出す。
この子、ちょっとアホの子?
「日本人だよ。お父さんの仕事で長い間アメリカに住んでただけ」
「ふうん。何書いてんだぁ?」
「手紙」
「だぁれに?」
「友達のTheresa」
「てー......さ?」
「TH-RE-SA!」
「セリイサア~~~?」
もういい、と言わんばかりにあたしは手でしっしと追い払う。
少年は動かない。
「ミミズみたいな字だな」
「英語だもん。ああもう、あんたいるから集中できないでしょ」
苛々しだしたあたしは「終わり」と言わんばかりにペンと便箋をしまって立ち上がる。
家に帰って続きを仕上げよっと。
「ミーナ明日ここに来る?」
太郎、という名前の少年は、立ち上がったあたしを見上げながら、訊ねる。
大きな瞳がランランと輝いている。
「Maybe」
とあたしは呟いて、川原を後にした。


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