職場での昼休み、タロから早速電話が来た。
は、早えぇ。
昨日あんな苦しそうだったのに、何て回復力なの?!
「もしもし?」
「もっしもーし、ミーナぁ?」
「すごい回復力ね。もう元気になったの?」
「あい。気合で治しましたぁ、隊長ーーーーっ」
気合って…病気って気合で治るもんなのか?
でも。
「良かった...」
ちょっと声が聞けて、安心。
「ミーナ、何してんのお?」
「昼休み。サンドイッチ食べてるよ」
「俺もキューケイ中ッ!また3時から泳ぐけど」
相変わらず、声がでかい。
ピピッ、と音量を“中”から“最小”に切り替える。
「ミーナさあ...今週の日曜日ひまぁ?」
日曜日......か。
「多分、大丈夫だと思う」
「ええっ、多分?たぶん?たぶんってぇ、あの眼鏡のアキバと約束ないよねぇ?」
「だから、アキバじゃないって」
「無いよねぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
心なしか前よりシツコクなってるよ、この子。
ハイ、もうお姉さん降参。
日曜日付き合ったげる。
「無いです。いいよ、日曜日。どこ?」
「しぶやっ!!」
即答。
し、渋谷ですか。
「渋谷のどこで待ち合わせ?」
まさか...。
「ハチ公前!!」
や、やっぱり。
べ......ベタな待ち合わせ場所だね。
「わかった。10時半にハチ公前ね」
やっほ~~~~~~~~♪と叫び声をあげるタロにあたしは、
「また何かあったらTELするから」
と言って電話を切った。
ちょっと遅れてしまったあたしは駆け足でハチ公前出口に向かって走っていた。
いやね、別に寝過ごすつもりは無かったんだけど、こんな日に限ってあたしのアラームクロックの電池が切れててね…。
時計の針は11時15分をさしていた。
ひええええええええ~~~~ちょっと所じゃないわっ。45分も遅刻してる。
しかも、めっさ急いで支度して電車に飛び乗った後で、携帯を持ってき忘れた事に気付く。
最悪だ、あたし。
ゴメン、タロ。心のなかで平謝り。
人だかりが出来てるハチ公前に着くと、あたしは早速あの犬顔を探した。
あれ?居ない?
もう帰っちゃったかな?
そうだよね。連絡も無しで遅刻だし。
付近を何度もグルグル回っていると、後ろからポン、と肩を叩かれた。
「やっと来たぁぁ~~~~~。何かあったのかと心配したよぅ」
聞きなれた、ヘタレ声。
後ろを振り向くと、野球帽を目深にかぶったタロが立っていた。
今日はジャージではなくて、デザイナーTシャツにジーンズ。そして、サンダルではなくて、コンバースのスニーカー。
「タロ、あんたもしかして今日…“おめかし”してる?」
一方あたしの方は、そこら辺の物をテキトーに掴んで羽織ったので、ジーンズにTシャツ、カーディガンに履きすぎて先端が黒ずんで合皮が剥げかけている白パ ンプスといういたって地味な格好(と、言うよりやる気ナッシングの格好)な上、グロスにマスカラしか塗っていない、ノーメークに近い化粧姿だ。
あたし的に言うと、もうこのメークは裸で町を歩いているようなもんなんだけど。
まあいいや。後で直そう。
「佐々木が勝負服にはこれ着ろってぇ。ずえーーーんぶ新品!パンツまでおニューデスよ。見るぅ?」
「見ない。でも、似合ってる」
「へへへ」
とテレ笑いを浮かべたタロは、「行こっ♪」とあたしの手を引っ張って雑踏の中を誘導した。
「おおっ。あれがウワサのマルきゅ~~~っ」
ああっ田舎者丸出し(泣)
建物一つ一つ指差して
「パルコ~~♪」
「スペイン坂~~♪」
と生まれて初めて東京に来た地方の中学生のような恥ずかしい反応をするタロの後についていく。
いや、中学生すらしないだろ。こんな反応!
「フジヤマ~~」とか言ってる外国人と同レベルだよ。
他人のフリしたひ…。
でも洋服を見たり、CDをチェックしたりと楽しそうなタロを見ていると、ついつい奴のペースに巻き込まれて付き合っちゃっている自分に気付く。
この子、太陽みたい。
昔から好奇心旺盛で、恥とか羞恥心とか失敗を恐れないで真っ直ぐに突進していく。
ある意味、単純バカ。
だけど、周りはそれに巻き込まれてっちゃうんだよね。
センター街を闊歩していると、そういえば昔(元カレと)よく食べに行ったお寿司屋さんの事を思い出した。
何時だろ?
「タロ、この通りの外れの回転寿司、安くて美味しいんだけど、行く?」
タロは帽子の下の目をパッと輝かせて、腕時計を見る。
「あっ、昼ごっはーーーーん。スシ?スシスシ?たっべる~~~!」
と上機嫌で頷いた。