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デッドヒート    05.20.2007
 5月に入って。
毛虫が落ちそうな桜通りはなるべく避けて歩こうと心がける新緑の月。

坂口さんとは前以上に親しい関係が築けていた。

親しい、と言ってもラブラブ☆とかそんなナマっちょろい関係ではなく、友人のような、同士のような、ぶっちゃけ戦友のような不思議な関係である。

ここ数週間。

あの不法侵入事件以来、タロは姿を見せない。
あの馬鹿は何してるんだろうか。
多分、水泳か学校絡みで忙しいんだとは思うけれど…。

それに引き換え坂口さんは

「マメだわ…」

手短ながら、1日1回は必ずメールを送ってくれるようになったし、電話でも話をするようにもなった。

だけどあの夜以来、体の関係はお互い控えていた。
その話題すら、故意に触れないようにしていた。




あの夜。
嵐のような行為(なんてロマンチックな表現からは程遠いレ〇プまがいの行為)の後、坂口さんは激しい後悔に襲われたらしく、何度も何度もあたしに頭を下げた。

そして、まるで神父さんに懺悔するかの如く、洗いざらい自分の過去を、罪を、不器用そうに打ち明けてくれた。

10年以上続いた妹さんとの関係。
介護と将来に不安を覚え、半ば現実逃避で始めた出会い系のチャット。
罪悪感に苛まれながらあたしとはじめて会った日の事。
..あの日あたしに付き合って、少しだけ現実を忘れた、心が軽くなったと打ち明けてくれた。

「長い間覚悟をしていたから大丈夫ですよ」と空笑いで答えながらも、坂口さんは苦しそうだった。

...今では変わり果てた妹さんの姿。
その妹さんを愛していながらも、1ヵ月以内には必ず来るだろう別れ。

泥酔して激しい行為に及んで、心身ともに疲れ切っていたにもかかわらず、あたしたちはそのままお互いについて話しながら夜を明かした。

もちろん、あたしは自分のベッドで、坂口さんはソファの上で。

坂口さんは行為のお詫びとばかりに一晩中、あたしの馬鹿話やネットデートでの武勇伝(?)に根気良く付き合ってくれた。
翌朝は、会社にまで送ってくれた。


「映画を一緒に観ませんか?」
それから数日後。
電話口で坂口さんから映画に誘われたので、今回は一緒に六〇木のバー〇ンシネマへ映画を観にいく事にした。
インディペンデンス系のアメリカ映画。
ハリウッドの大衆娯楽じゃない所が、坂口さんらしい。

「5月半ばまで会社から有給をもらいまして毎日妹に付き添っているのですが、たまに病院と自宅以外の空気もすいたくなるんです」
やつれてはいるものの、前回の荒れようを知っているあたしは、意外と元気そうな坂口さんに安堵する。
「妹さんのご様子は?」
「恵は頑張り屋なので、まだ頑張っていますよ」
余命1ヶ月を宣言された妹さんは、相変わらずの昏睡状態だそうだ。
詳しい状況をあたしに知らせたくないのか、それ以上は教えてくれない。

あたしは、「あたしとなんか時間をつぶさないで、一分一秒でも妹さんの傍に居てあげた方が」と言いそうになり、やっぱりその言葉を飲み込んだ。




映画を見終えたあたし達は、映画館の傍のカフェの窓際の席で、歩道を行きかう人々を観察しながらお茶を飲み、映画について語り合った。

「あのエンディングは辛かったですねー。あ、この紅茶美味しい!」
紅茶ケーキセットを頼んだあたしは、ミルクティーの美味しさに感動する。
「僕は妥当な終わり方だと思いましたよ。主人公は彼を裏切ったんだ」
コーヒーを頼んだ坂口さんはブラックのまま褐色の液体を啜る。
「あの、水名子さん?」
「はい?」
「気にはなっていたんですが、貴方の話に良く出てくる『タロ』というのは、この間横浜から送ったとき、水名子さんのアパートの前に座っていた少年ですか?」
コトン、とカップを置き、坂口さんは顔を上げる。

坂口さん、あたしがタロを家に入れたの見てたのね...。

「ええ。あの子がタロです。実家の隣の家の子で、弟みたいなモンですねー。今はW大に通ってるんですけど……坂口さん、去年の夏、水泳でメダル取った山田太郎って名前ご存知ですか?」
「山田太郎?そんな...覚えやすい名前の選手居たかな?」
「大森製薬のCMで“リフレーッシュ”とか言ってる男の子」
「ああ、アレ」
アレ扱いか。はは。
「あの子ですよ」
「ふうん...そうですか」

ミステリアスに微笑むと、坂口さんはチラリ、と腕時計を見る。
「僕は少ししたら病院の方へ戻ろうと思います。水名子さんはどうしますか?お送りしましょうか?」
「え、良いんですか?」
「もちろんですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて...」
紅茶を飲み干して、席から腰を上げようとした瞬間。



『あれえ~~~~~~~っ、ミーナだあ!!!』

バンッ、と窓の外に見知った顔が現れる。

そいつの顔は、窓ガラスにペッタリ張り付いていて、ブタみたいな鼻とタコみたいな口になっている。

噂をすればなんとやら。
タロがガラスに張り付いていた。




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