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他人のヒミツ Ⅲ    05.20.2007
あたしは坂口さんの腕を掴んだ。

坂口さんは弾かれたように面を上げる。
「動揺しているのを悟られていますね、完全に。滑稽だな。ははっ」
力なく、おどけたように呟く。


震えている………?


んな事無いか。
「坂口さん、うちに来ます?ビールもいいけどこういう日は、やっぱ日本酒ですよね。実家から送られてきた美味しいお酒あるんですよ。うちの地元、地酒で有名なんで。ちょっくら飲み比べしましょうや」

この言い方だったら、変に誘ってるとか勘違いされないよね。
あたしはジャケットを掴み、
「あ、僕は…」
と断りそうな勢いの坂口さんの腕を思いっきり引っ張ってレジへ向かった。


狭いアパートに坂口さんを招き入れたあたしは、酒の肴に、お酢と鰹とろろ昆布で作った即席昆布巻きと夕飯の残りのレタス豚チャーハン、あたしの好物のチーズ鱈を出した。
相変わらず眼鏡の奥の目はうまく感情を押し殺しているようで、あたしの馬鹿話に時たま相槌を打つ以外、坂口さんはいたって静かだ。

「それでね、お酒を注がれる人は“おっとっとっと~”って言って、注ぐ人は“まあまあまあまあ~”って言いながら飲まなきゃいけないんですよ。そのビデオによると。ほら、坂口さん、まあまあまあまあ~~~~」

何杯目だろ。
元来あまりお酒に強い方じゃないんだけど、気付いたら底なしに飲んでいるような気がした。

坂口さんも坂口さんで、あたしに無理やり飲まされてる事も手伝って、酔いがまわるに連れて少しずつ頑なだった何かが緩み始めているのが感じ取れた。

「…まったく、無茶苦茶ですね水名子さんは。…まさか自分がここまで飲まされるなんて、思ってもみなかった…」
1升瓶が空になった所で、坂口さんはポツリポツリとだが言葉を発してくれはじめた。
「よっく言われますよー。言動と行動が伴ってないとかーっ、三国志の武将みたいに豪快だとかーっ、強引だとかおせっかいだとかーっ、ヒック」

おせっかい、だよね。うん。
それはこーんな酔ってても分かってるんだ。

でも、坂口さん付き合ってくれてるし。
嫌だったらとっくにこんな酔っ払い女にドン引きして、オサラバしてる筈だし。

「大丈夫ですか?…僕は底なしなんでアレですけど、水名子さんの方が…」

あはは。あたし景気つけようとしてる相手に心配されてる。

「妹さんってえ、どういう娘なんですかあ?」
酔ってないと聞けないよねこんな事。
でも酔ってるから、聞いちゃえ。
「え、恵ですか?」
坂口さんがピクリ、と僅かながら反応する。
弾みでお猪口の酒が少し零れる。
めぐさんて言うんだあー。どんな子なんですか?」
「恵は……」
一瞬思案したように間を空けて答える。
「良い子ですよ。裏表の無い、明るい子でした」

“でした”
過去形だ。

「坂口さん似?やっぱキレイな人なんでしょうねぇー。お幾つですか?」
「今年で25歳…に今年なる予定だったんですが...」

“だった”
また過去形。

まだ生きているんじゃないの、妹さん?
そう喉まで声が出そうになって、とっさに抑える。
「…へえ、あたしより2歳も若い。いいな、若いって」

よくねえよ!
白血病で死にかかった状態なのに、妹さん。
言っちゃってから頭の中で自分に突っ込む。
ああ、馬鹿だあたしは!

「いや、あの、お肌の曲がり角ですね…っ」
病人の肌と比べてるしっ。
嗚呼、墓穴掘ってる!!



沈黙。



「お手洗いをお借りても宜しいですか?」
気まずそうに坂口さんが訊ねる。
やっぱ地雷踏んじゃったかな。
もうこの話はおしまいッ。

「えっとー、玄関から二つ目のドアでーす」
あたしは適当に玄関の方を指差す。
坂口さんの顔が見れない。
「わかりました」と応答して、坂口さんはソファから立った。


「?」
坂口さんが座っていたソファの上に、小さく折りたたまれた紙がポツン、と置かれていた。

座っている間に彼のポケットから落ちたものなのかな。

坂口さんのものにしては、やけに可愛らしい四葉のクローバー模様のパリパリに古くなっているその便箋らしきものに、ふと手を伸ばして取る。

「なーんだろ?」
と、何気なく開けてみる。


『世界で一番大好きなお兄ちゃんへ

こんな風に手紙で書くのは変かな、と思ったけれど、お母さんの手前、やっぱりメグの気持ちを理解してもらうには手紙が一番かなと思って筆を取りました。
京都の大学に居るお兄ちゃんが夏休みに戻ってきてくれて、本当に、本当に嬉しかったし楽しかったです。
やっと夏の間だけ退院出来たのにお母さんは仕事で家に居ないし、友達は皆バイトで長くつまらない夏休みになりそうだったけど、毎日お兄ちゃんに会えた事がメグにとっては最高のお土産でした。
そして、メグの初めてをもらってくれて、ありがとう。
お兄ちゃんが京都に帰った後、あんな事頼んで、ワガママ言って、もうメグを軽蔑しちゃったかもしれないと思うと夜も眠れませんでした。
でも、メグはあの夜の事を決して忘れません。メグはずーっとずーっと、お兄ちゃんの事が好きでした。メグは何があってもお兄ちゃん一筋です。

お兄ちゃんがメグに買ってくれた指輪は、今もこの指にしっかりとはまっています。そして、いっぱいいっぱいのありがとうを、お兄ちゃんに会って伝えたいです。
だから、お兄ちゃんも浮気しないで、メグの事待っていてください。絶対、絶対治療して元気になると誓います。

お兄ちゃんからの電話を楽しみに待ってます☆

☆メグ☆』



パサリ、と何事も無かったかのように手にしていた手紙を元の大きさに折りたたむ。



あたし、見てはいけない物を見てしまった...よね、今?


どどどどどどどどどーちまちょ?!



一気に酔いが醒める。


さっきの場所へさりげなく戻そう。
うん。それがいい。

と、思って手を伸ばそうとすると、
ガチャリ。
と浴室(トイレ)のドアが開く音がした。
咄嗟に、あの手紙をジーンズの尻ポケットの中に隠す。

「トイレがなかなか流れなくて...大変でした」
坂口さんが戻ってきてソファに再び腰をかける。

「あ...あ、あれ、レバー引く...コ、コツがあるんですよ」
ヤバイッ。動揺してる。
まともに坂口さんの顔が見れなくなってるしっ。

“メグの初めてをもらってくれて、ありがとう”

妹さんの文字が頭から離れなひ~~~!


だって、こんな端整な顔のお兄さんが......
産業世界の文化的タブーを犯してるのよ?
こんなすました顔して...!

「本当に、大丈夫ですか?顔色が宜しくないようですが...」
「お、お、お酒のせいで多分...。お水でも取ってきますね。さ、坂口さんは?」
「僕は結構です」
声に棘が含まれているように感じたけど、あたしはヨロヨロと立ち上がって台所に向かった。








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