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他人のヒミツ Ⅱ    05.20.2007
 本当に、迎えに来た。

『今から会えますか』
と坂口さんからメールが来て1時間後、彼の黒い愛車はあたしのアパートの前に、本当に来て停まった。

今日はもう寝るだけだと思っていたので、D〇ORと書かれたTシャツにジーンズに軽くメイクを直しただけの、気合入れまくりのJJファッションからは程遠い格好になってしまったが、坂口さんは別にあたしのルックスには興味が皆無のご様子で、
「こんな夜分突然で申し訳ない」
とおかしな事に困惑顔であたしを迎えた。
「いいえ、別にあたしは暇でしたし」
頭を掻きながら答える。
ホントは結構やる事あるんだけどな。

「ええと、横浜の方へ向かっても僕は全然構わないのですが…時間が時間ですし、ここら辺で何処かゆっくりと話せる場所をご存知ですか?」
「お腹が減っていらっしゃるんですか、坂口さん?」
「いえ。水名子さんは?」
「もう今夜は冷蔵庫の有り合わせで済ませてしまったんですよねー。あ、じゃあ、居酒屋かバーでも宜しいですか?近所に数件あるんですけど」
頭の中で駅付近のバーや居酒屋データを収集する。
「では、僕はここら辺でパーキングを探してとめてきますので、ここで待ってて頂けますか?」
と、言い残して坂口さんは再度車に乗り込んだ。


まあ、強引な男も玉には良いと思うけど…。
今夜の坂口さんはそれにしても、何て言うか…前回と違う。

人のこと誘っておいて、会ったら別に目を合わせようともしないし、心なし落ち着きが無い…ような。
気のせいかな?

「あの、どうかなされたんですか、こんな時間に?いえ、誘っていただいたのは嬉しかったんですけど」
駅から徒歩8分、自宅から3分以内にある、2時まで開いているメキシカンダイニングバーに着いて飲み物をオーダーすると、あたしは坂口さんに向き直った。

今日は白いシャツに青紺ネクタイ+スラックス、といういたって『仕事帰り風』ファッションの坂口さんは、疲れ気味なのか、前回お会いした時より眼鏡の奥の瞳が少し窪んで頬がこけているように見えた。

マルガリータをがぶ飲みし続けているあたしとは正反対で、頼んだコローナビールには一口も口をつけず、押し黙っている。

と、いうより人を誘っておきながら、坂口さんは上の空だ。
現にあたしの言葉に反応してない。

変。絶対変!

「坂口さん、お疲れ気味のようですね。今日は…お仕事ですよね、もちろん。平日ですものね。今日も微生物の生態を調べていらっしゃったんですか?あたしも 今日は出勤日で、あ、たまに在宅ワークも許されてるんですけどね、それで、会社でミーティングがあって、もう期限が迫ってる原稿が幾つかあるっていうにも かかわらずIT系コンフェレンス用の書類の翻訳頼まれちゃって、家に帰ってまで残業ですよ。でも坂口さんが誘ってくださって、外に出る口実が出来てよかっ た。もう辞書との格闘で頭がおかしくなりそうだったんですよねー」
あたしは独りでペラペラ喋り捲る。


しーーーーん。

やっぱり、オカシイ。
坂口さんの顔を覗き込む。
眉間に皺を寄せて何事か思案していたらしき坂口さんは、あたしが注目しているのに気付くと
「あっ」
と我に返った。

「あの、余計なお世話かもしれませんけど、何かあったんですか?」
ヲイヲイ、もう帰ろうぜ。
相手がこんなじゃ酒があっても酔えませんよ、水名子さん。

端整な顔を一瞬、気をつけていなければ分からない程度に歪ませたかと思うと、坂口さんは大きく息をつく。
「いや、その…身内が…妹が、危篤状態なんです」
「妹さん?」
「うちは母子家庭だったんですが、数年前に母が死んでからずっと僕が妹の面倒をみているんです」

前回はじめて会った坂口さんとは、初回のデートという事もあり家族の事や私生活の事など入りこんだ話はお互い避けていたので、あたしはかなりディープでヘヴィーそうな坂口さんの生活環境に少し驚いた。

確かに、苦労してそう。
坂口さん、言動や仕草1つとっても神経質そうで人間に対する観察眼鋭そうな雰囲気だし。

「めぐ...妹はずっと体が弱くて闘病生活を送っていたんだが…もう…駄目らしい。あと1ヶ月も持たないだろうと今日医者に宣告されました。」
眼鏡を押し上げながら到って無表情に坂口さんは答える。

「……」
こういう時って、返す言葉が難しい。
「今も、病院にいらっしゃるんですか?」
「色々な管につながれて、かろうじて命を繋ぎ止めている状態です」
坂口さんは淡々と、感情を押し殺した声で言葉を吐く。
「一度は治ったと思ったんだが…」
視線が宙をさまよって、あたしのそれと合う。
「申し訳ない。こんな話を聞かせる為だけに水名子さんの事を呼んだわけじゃないんですよ」
心なし、寂しそうに坂口さんは苦笑する。

駄目だあたしこういうの…。

「妹さんは……」
「15の時から白血病と闘って今に到っています。もう10年になるかな.。良くなったり、悪くなったりの繰り返しで」
あたしが質問を終える前に、分かっていますとばかりに答える。

また、読心術。



「ああ、飲み物が来てる」

この人、重症だ。

飲み物なんてとっくのとうに届いてるのに。
あたしなんてもうマルガリータ飲み干しちゃったのに。

ビールをグラスに注ぐと坂口さんは一気にそれを仰ぐ。


あたしは気付くと坂口さんの腕を掴んでいた。





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