目の前の女のあまりの惨状に、俺は絶句した。
過去かつてこんなし〇かちゃんばりの2つ結びに、『りんどう高校 バレー部 木』と書かれたジャージの上にチャンチャンコを羽織って下駄履いて俺を玄関で出迎えた女は居ただろーか。
「何だそのジョン・レ〇ンみたいなメガネは!今の世の中にはデザイナーフレームっつーのが安く簡単に手に入る時代だろ(60年代は終わった!)」
清潔そうだったシェフ姿とは真反対のヤ〇クミちっくな格好で俺をお出迎えした木陽子は分厚い月間少女漫画誌を手に持っていた。
「あー、ホント来たんだ。あ、ごめんあたし視力すごく悪くって......て、髪の毛色濃くなってるー」
陽子はそういいながら、俺を上から下までチェックする。
これで「お前たち、あの夕陽に向かって走れ~!」とかほざいたら完璧ヤン〇ミなんすけど。
「染めろっつったのはあんただろ。ほら、服も渋谷系じゃなくて、リーマン風。スーツって動きずれーんだよな。衣装でたまに着るけど」
と文句垂れながらも案外気に入ってたりする。
「この間着てた服にジャラジャラアクセの方が邪魔そうに見えるのに。てか、これリーマンだったの?ホストじゃないんだ。リーマンはそんな先の細い靴履かないし、コロンプンプンにかけないと思うけど…ま、ポマードじゃないだけいいか。狭いとこですけど、どーぞ」
と陽子は俺のファッションを貶すと、アパートの中へ通した。
「あたし、ちょっと着替えてくるから待ってて」
と俺を狭いリビングのこたつの前に座らせると、隣の部屋に消えていった。
狭い。
狭すぎる。
つか、何だこの漫画の山は。
壁の前は乱雑に積み上げられた本と漫画で囲まれている。
その上、壁には琴〇州のポスターや絵葉書似顔絵手形がずらり。
しまいには今期の番付まで貼られてる。
やっぱ外専でデブ専かコイツは、とか思いながら部屋を眺める。
試しに一冊、机の上の本を手にとって見てみる。
「なになに。題名は…『アイツは僕のペット』、『桃山高校濡場シリーズ』、『Hな放課後』、『先輩と俺と征服』、『アイドルの秘密』……。アイドルの秘密?アイドルって芸能界の話か?.........」
パラ。
タイトルに気を取られた俺は、試しにページを捲る。
「『やめろよ、ソコはダメだ!ああ宇名川!』『黒谷……ヒカルも衣装の上から手を這わせるなんて......卑怯だっ。ああっ』って、%&*#&@^!!!!」
なんじゃこりゃ。
宇名川に黒谷ヒカルって、まさか…俺ら?
俺と宇田川そっくりのキラキラ瞳の漫画キャラが男同士で〇〇〇しまくってる。
髪の色とか、髪型とか、俺らそのままじゃね?
これ、うちの事務所知ってんの?
まさか……公認?
ってか、俺らしらねーしこんなの。
…………。
よし。
見なかった事にしよう。
俺はドア横のテレビ台の扉を開けてみた。
「……大相撲全集って……相撲のDVDしかねぇし」
何回両国に足運んでんだこの女とか思いながら、コタツに足を入れる。
陽子が戻ってきた。
「おせーよ変態女。何だよコレは!」俺はさっきのアイドルの漫画を手にとって見せる。
「え?その同人の事?やっぱこれってあんたとあのもう一人の怖い顔の人の話だったんだ?一昨日買ったんだけど、どーりでどっかで見顔だと思ったんだよね。あんた達って、やっぱそーゆー事してんの?男同士で……」
と、陽子の目がキラキラ輝いた。
「してねーーーよっ。なんだその好奇心丸出しの顔は」
「なんだ、つまんないの。お兄さん、自称美しいお顔が引きつってますけど。えーと、用意できた?」
よく見ると、化粧は薄いが、黒いレギングスを履いて花柄のワンピースを着ている。
髪の毛も、コテかアイロンをつかったのか、自然にウェーブかかってた。
初めて見る木陽子の普段着。
なんか……ヘンだぞ。
つか、微妙に胸が高鳴ったのは、おかしい。
「あんた、眼鏡は?」
「出かける時はコンタクトに決まってるでしょっ。その位の分別は持ってます!ほらっ」
と、俺に大きな紙袋二つ持たせる。
「何だよ、コレ?」
中身は歯ブラシやら服やらシェーバーやら枕やら。
「手土産?つか、あいつに返すの。あんた車で来たんでしょ?ちょっと一緒に来て」
そう言って俺を急かしアパートを出た。
愛車のポルシェ911に、(しょーがなく)乗せて俺は車を走らせた。
ってか、俺、何やってんの?
台本覚えたりとか、明日4時起きとか、他の女に電話とか、やる事他にいっぱいあんだろ?
しかもこんなパンピーが目にする事も許されない高級車に乗せてやってんのに、隣の田舎女は全然興味を持つ気配が無い。
大抵の女は大騒ぎするのに。
「ったく。こんなど派手な車だと目立って困っちゃうんですけど。あ、そこ右ね。適当に止めて」
始終眉間に皺寄せて俺に方向指示だけしてる女は、感謝の言葉も無い上に俺様の愛車の文句までつけやがった。
怒りのボルテージを徐々に上げながらも、落ち着けと自分に言い聞かせる。そんな俺の努力を知ってか知らずか、
「あんた大人しいね。そのままずっと黙っててよ」
と女はずうずうしくも念を押す。
が、俺はそのままアクセルを踏んだ。
「ちょっ、何やってんのあんた?通り過ぎちゃったじゃない!」
驚いた陽子は、運転席の俺に振り返る。
「ちょっとドライブ。つか、すぐそこ」
「すぐそこって何?もう、自分勝手な男ね!」
そう言うが早いが、ここら辺の道をたまたま知ってた俺は目的地まで車を走らせた。
「ここに何があるのよ?」
鉄橋のど真ん中で車を停めた俺は、無言で車から降りて後ろのトランクを開けた。
例の紙袋を手に持つと、鉄橋の柵越しに放り投げた。
「ああああああああああああああああ!!!何やってんのよあんたっ!!!!!」
陽子は車から飛び出ると、柵越しに身を乗り出して下を覗いた。
二つの紙袋は中身をばら撒きながら、音も無く水に沈む。
と、ここで俺様は格好よく女の肩を抱き寄せ、諭すつもりでいた。
俺様のシナリオでは、そうなっていたハズだった。
が。
陽子は突然
「馬鹿野郎!!!!!!」
と俺を拳で殴りつけると履いていたパンプスを脱ぎ捨てて素足で走り出した。
「おいっどこ行くんだ!!」
今度は俺が驚く番だった。
猛ダッシュで川原まで駆け下りると、真冬だっつーのに陽子はバチャバチャと水の中に突進していく。
「風邪引くぞ!つか、何やってんだ!!!!」
息を切らせながら追いつくと、陽子は中身の無い濡れた紙袋やら服やらその他諸々が浮いている近辺の水の中に手を入れ、何かを探していた。
水の中で、しかも夜なので何も見えないっつーのに。
クソっ。
俺様のスーツが濡れちまうじゃねーか。
このトータルで100万はすんのにっ。
しかも、フェラガモで特注した革靴。
「つか、凍え死ぬぞ、アホ!」
気づいたら俺も水の中に入って陽子の腕を引き上げていた。
「いやだっ、離せっ。クリスの写真がっっ、指輪がっっ」
そのまま半狂乱になってる陽子を力の限り引っ張って川縁まで引きずっていく。
着ていたワンピースが体に張り付いてるのを気にもせず、陽子は川原まで俺に連れてかれると、大声で泣き出した。
脱力したのか、その場に崩れ落ちる。
「過去の男のもん、付き返すなんてアホな事すんな。水に流しちまえ」
手が勝手に陽子の体包んでた。
びしょ濡れな上鼻水とか涙とかわけわかんねーの垂れ流してる女を優しく抱いてやる。
「ヒック……水…ってだから、あっ、あんた川に投げたの?ばっ……」
「馬鹿じゃねえよ。捨てる場所何てどこでもいーんだよ。とにかく、水に流して、次に進め」
「指輪が……」
「アホ。過去の男のアクセなんて尚いらねーだろ。変に思い出しちまったりするじゃねーか。さっさと捨てちまえ」
「か、簡単に……ヒッ…言わないでっ…………」
「簡単シンプルだろっ。別れたら後腐れなくすんのが常識だ馬鹿」
と抗議しながらも、陽子は背中をさする俺に強くしがみついた。
「なんか、人生疲れた」
俺のジャケットを羽織った背後の陽子は、さっきまでの元気が嘘みてーな情けない声を出す。
俺は裸足の女を背負って、ゆっくりと川縁を歩いていた。
「俺もあんた背負ってて疲れた。つか、ちょっと休憩。あんた、体重何キロ?重すぎだろ」
「貧弱男。もやしっこ!あんたこそ痩せ過ぎ。ちゃんと食べてないでしょ?」
「力士好みの女(デブ専)に痩せ過ぎとか言われる筋合いねえし」
「力士は、あれは き ん に く !朝〇龍の体なんて、最高……」
「おえっ。うっとりとした声出してんじゃねぇよ」
なんかムカムカしてきた。
なんでこいつが他の男の名前出すのがイラつくんだ?
他の男の体型褒めてんのが、気にいらねーんだ?
ありえねえ。
整備された歩道に着いたので、俺は文句垂れてる陽子をどさっと川原と歩道の間に落とす。
一応気を使って、ベンチの傍に落っことした。
「いったーーーい!あんたあたしを米俵か何かと一緒に扱ってるでしょ!」
「違った?」
「違うわよ。れっきとした人間様よっ。あーあ、あたし靴どこへやったんだろ」
心底がっかりした声で陽子がため息をつく。
「車の傍で脱ぎ捨ててたろ。つか、俺のフェラガモの革靴、あんたのせーで駄目になったんすけど」
「知らないもんっ」
陽子が、つんと横を向く。
「素直じゃねえな。俺はあんたがペディキュアしてねーのも手入れさぼってても気にしねーけど」
「人の足チェックしないでよ」
「今更何恥らってんだ。あんたが琴〇州ファンなのも、相撲マニアなのも、ホモ小説漫画集めまくって腐女子街道まっしぐらだって事実も知ってんぞ」
「腐女…なんであんたそんな言葉知ってんの!あたしの本何冊漁ったのよ!」
「見られたくねーなら、隠しとけ!すげーなあの小説の山。レディコミもあったろ」
「レディっ……テレビ横の箪笥の引き出しまで見たわね!!!いいじゃない、女だって、たまにはあーいうの夜のおかずにしたって!!!」
陽子が再び涙目になった。
ちくしょう、泣くんじゃねえ一般市民!
俺はファンしか泣かせねえって決めてんだ。
「夜のおかず……?何、あんたそんなヒモジイ生活してんの?」
「あんたみたいなヤリ男とは違って、分別あるんです。ちょっと有名だからって図に乗ってるでしょ?」
「やり男?随分誤解されてんな。言っとっけど、俺も一応にゃん子ちゃんは選んでるぜ?それに自分でも衝撃の事実で案外珍味好きだって気づいたし」
つまり今現在、俺が興味示してる女はあんただけなんすけど。
つか、ドラマや映画だとスラスラ言える言葉が全然出てこねぇし。
あんたの事もっと知りたいって、何で素直に言えねーんだ。
「にゃん子?珍味…?」
陽子は涙を拭きながらすんげー嫌そうな顔をして呟く。
なんか俺、超情けねー。
うろたえてて、美しくもかっこよくもねーし。
嫌そうな顔してんのに、俺ビジョンでは陽子の背後にバラの花が見えるよーな見えないよーな。
つか、なんで胸が苦しいんだごらぁ(←独りプチ切れ)
「珍味って、何よ。まさかあたしの事?にゃん子って、どういう意味?ちょっと見目がいいからって…」
「見目がいいのは神様が決めたことで俺に罪はねえ。女は黙って男についてくる!」
そうだ。
俺についてくればいい。
「昭和初期か。あんた寺内貫〇郎一家みたいな台詞を……んぐっ」
キスしてやった。
ってか、体が勝手に動いてた。
ベンチに座ってる陽子の体背もたれに押し付けて、腕掴んで、口塞いでた。
思ったとおり、陽子の厚めの唇は、柔らかい。
貪りがいが、ある。
捕まえた。
手こずらせやがって。
何秒か陽子を味わってから、名残惜しげに、唇を離す。
「日本人の男にしとけ。日本人には日本人が一番なんだよ。日本男子の魅力とかわかんねーの?」
「金髪に髪の毛染めたりしてるのに、チャラチャラしてんのに、あんたが日本男子の代表?」
陽子は息を止めてたのか、肩で息しながら上目遣いで俺を見上げてた。
「俺は、日本の美男子代表」
「……ばーか」
クソ。
たまんねー。
かわいすぎ。
我慢汁出そ……おおっと!放送禁句用語言いそうになっ……
「あんたキス、下手くそ……」
俺の頭の中の言葉を遮って、陽子が小さくボソリと呟いた。
ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっって脳内でゴングが鳴る。
下手?
下手くそだと?
「数々のラブシーンをこなし、実生活でも数え切れない女とアバンチュールを楽しみ経験値50(マキシマム)の、この俺様に向かって、下手くそだと?」
陽子は心底嫌そうな顔をして、腕で唇をぬぐった。
「言っとくけど、あんたのキス、テクばっかで心こもってないよ!ヤリちん!」
バキ。
顔が命の日本人形…じゃねえ、タレントの俺様に思いっきりパンチ食らわせる。
しかも本日2度目。
「あやうく遊び人に騙される所だったわ。あ…あたしね。今は人間が信じられないの。もう一生動物だけ愛でて生きてくって決めたんだから!頭丸めて尼になるから」
それは……困る。なんでだか、困る。
「なんだその夫に先立たれた年金暮らしのばーちゃんみてーな生活は?人間信じらんねーって、あんたの立場差し置いて自分の感情しか考えてねえ阿呆な外国人の元彼と、これまたあんたの気持ち考えねえ、人のもん欲しがり屋の自称親友の事か?そりゃあ立場的に気まずいだろうよ。けど、好きにさせとけばいいだろ。あんたは、自分の事を考えて、自分の幸せを探せばいい」
「………単純バカ。プラス思考野郎」
俺の言葉に驚いて一度見開いた陽子の目に、再度涙が潤んで溜まる。
「それと美貌しか俺とり得ねえから。あ、あと演技力と歌唱力とファッションセンスと……」
「もう、いい」
陽子が俺の言葉を遮った。
「あんたあたしの事全然ハッピーにしてない。全然善行働いてないじゃない。嘘つき」
へえ。
そうか。
そうだった。俺はプロジェクトハッピーの真っ最中だった。
泣かせてる暇は無い!
「なら、俺が男としてしっかりと幸せな気分にしてやるけど(ベッドの中で)?」
含みを持たせた後、唇を舐める。
「なっ…はあ?やっぱ頭大丈夫?」
陽子は心底呆れた声を出す。
「ついでに極楽浄土にもつれてってやるけど(ベッドの中で)?」
「っっっ!」
陽子の顔が真っ赤になった。
反応がおもしれー。
「エッチな顔しないでよっ。舌なめずりすんな!気持ち悪いからっ」
言いながら、顔を逸らす。
「俺んち来る?つか、目立つからさっさと車戻るぞ」
「ひゃっ。なななな何この体勢?つか、あんた目がエロいしっ」
俺は陽子をお姫様抱っこして、車を停めていた鉄橋に向かって歩き出す。
「据え膳食わぬは男の恥、だろ?あんた、ランク2(どーでもいい女)から3(性の奴隷にゃん子ちゃん)に格上げしてやってもいいぜ?」
俺はそのまま顔を眼下の陽子に近づける。
またこの唇味わってやろーじゃねえか。
あ、やべえ。
考えただけで俺様の海綿体が……。
期待に胸と股間を膨らませていると。
「ランク3って何?あ、あ、あたしは欲しくないし。って、あ。見て!」
ぐわしぃっ、と陽子は突然俺の頬をサンドイッチして、横を向かせる。
あ。
無い。
「俺の(ポルシェ)911が……」
すっぱりさっぱり消えてる。
つか、幻覚だろ?
幻覚だと言ってくれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
思いっきり現実逃避し始めてる俺に、腕の中の女が非常に非情な言葉を浴びせかける。
「あんなとこに路駐するから、レッカー車に持ってかれちゃったじゃないの。あたしのバック、あんたの車の中なんですけど?」
「つか、俺の携帯もねーし……」
「ふっ。あはははははははははははは!!!!」
茫然自失の俺を見て突然、腕の中の女が大声で笑い出す。
「あんた、やっぱ馬鹿だ。でも、サイコーーーーーーっ」
その場に立ち尽くしてる俺様の腕からするりと抜け降りて、陽子は腹をかかえて笑い出した。
「コートも靴も見当たらないし。超寒いし、やっぱあんた、疫病神じゃないっ。ほらっ」
そういうと、裸足の女は突っ立ってる俺に手を差し出した。
「さっさとタクるよ。行こう」
言いながら俺の手を取り、強引に引っ張る。
「行くって、どこだよ?」
「車取り返しに行くに決まってるでしょう。寒いから、走るよ」
初めて会ったあの日に見たあの笑顔を湛えて、木陽子は駆け出した。
心の中で、やっぱこの女ランク4決定かもしんねー、とか思いながら俺は手の温もりを暫く楽しんだ。
~Barefoot Contessa~