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 結局宇田川とは、一晩かけて2回もしてしまった。
翌日仕事のあるあたしは、明け方宇田川がまだ寝ている間に支度をして、タクシーを拾い家に一度戻った。
『俺様アイドル、宇田川へ。
思い出を、ありがとう』
と、書置きを残して……。



「これであんたの血判、いただきだな」
行為の後、宇田川があたしを抱き寄せながら言ってきた。

……確かに、宇田川のシーツには、小さな赤い染み。
これ、血判?

ってか、あたし……。
「トンネル貫通?」

独り言を呟くあたしに、宇田川がぶははははっと笑い出す。
「トンネル貫通?なんだそりゃ。俺の如意棒は穴掘りシャベルか何かかっ!」

確かに、あの瞬間、健人の顔があたしの脳裏に浮かんで何故だか罪の意識に駆られた。
健人は今、何してるんだろ?

難しい顔で考えているあたしを見て、宇田川が腕で頭を支えて覗き込む。
「あんた、好きな奴いんだろ?」
「は?好きな奴?」
「今、あんたそいつの事考えてなかったか?」
「好きな奴?」
って、健人の事?

「んな筈ないじゃーーーーーーんっ」

あたしは宇田川に向き直ってバシバシ叩く。
「何を根拠にそんな事言ってんの?」
「だってよ、俺様のこの魅力に参らねぇ女はレズビアンか、好きな奴がいるかのどっちかしかねーから」
「はい?」

すんげー自信。
ナルシストの域を軽く超えちゃってる。
どこからそんな根拠の無い自信が沸いて来るんだこの男は?

「あんた今頃、俺に堕ちてる予定なんだけど」
予定なんだけど……って、なんじゃそりゃ?
もう、しかめっ面で聞き返す気分にもなれない。
「え、そうなの?ってかその確率は、徳川埋蔵金を探し出すより低いんじゃないかと……」
あたしがまじまじと宇田川の顔を覗き込むと。

宇田川は「ちっ」て舌打ちして、
「なんでもねーよっ。つーか、寝るっ」
と言い放ち、クルリとあたしに背を向けた。


数分後にスヤスヤと寝息を立てる宇田川とは正反対に、あたしは眠れない夜をすごした。









 じーーーーーーーっと、見られてるんですけど。
本社に出社したあたしは、いつもどおり企画部のデスクについた。
が。
何故か隣のデスクの、門田さんがメガネ越しに食い入るように見つめてくる。
「朝倉さん、今日何かが違う……」
形の良いヘイゼルの瞳を細めながら、小さく呟く。
ちょっ……なんなんだ一体??
「ど、どうしたんですか??」
あたしは美人さんのドアップに、少しだけ身を引いた。
「血色良いよ。何かしたの?」
訝しげに眉を顰める門田さん。
「ななななななんですか、突然?どどどどどうしたってんですか?」
「色っぽくなったっていうか……よく分からない。ま、いっか」

芸術家って、神経が髪の先っぽまで行き渡ってるって言うけど、この人、あたしの上司ながら、鋭い!
でも、1回や2回のセックスで肌の色艶って良くなるもんなの?
そんなに、バレバレ?

あたしは小さく首を傾げて、いつもながら写真の修正作業を始める。
にも関わらず、思考は勝手に昨夜に飛んで行ってしまい……。

一回目は、お互い避妊とか忘れていたのもあって、宇田川は外出しした。
健人もそうだけど、男の人の達する瞬間の顔って………一番セクシーかも。
宇田川のあの時の顔を思い出して、また下肢が熱るあたし。
てか、まだ股の間に違和感が残ってる。
やばい。
仕事に集中集中。
でも。
短小%@#とか言って気にしてたけど(って、あたしも冷やかしてたりしてたけど)、事の最中はサイズの事なんて、別にあたしは気にもならなかった。
むしろ、あんまり大きくなくて良かったと思った。
あそこの大きさって、男の人が気にするほど女の人って気にしないもんなのよね。
ふむふむ、と独りで納得していると。
「朝倉さん、仕事中はしっかり集中してね」
と、門田さんに注意された。


 家に帰って携帯を充電すると、メールが幾つも入っていた。
まず、宇田川から。
>勝手に思い出にしてんな、ゴラァ!
>次会える日教えろ
>体、大丈夫か?
の3件。
後のもう3件は、健人からだった。
>愛理、さっきの気になる。連絡ちょうだい
>今、仕事中?連絡ちょうだい
>時間あったら、話しかけて

最後の着信は、帰宅途中の電車の中あたりだった。

あたしは、健人にメッセージ(というより、念?)を送ってみる。
『健人?』
………。
返事無し。
きっと忙しいんだろーけど。
ま、いっか。
一応、メールを健人に送っておく。
>話しかけたけど、忙しいみたいだったから、また後でね

送信ボタンを押して1分もしないうちに、メールが帰ってきた。
>今、話しかけたの?

ったく、時間あるなら答えろっての!!
あたしは苛々して健人に話しかけた。
『健人?ちょっとあんた、しかとなんていい度胸ね!』

………。
返事無し。

もーいーや。
めんどくさ。
あたしは、ベッドの上にゴロン、となって雑誌を広げた。

昨夜の寝不足(と、不本意な屈伸運動等)もあって、メーク落とさなきゃって思いながらも、あたしの瞼は自然に閉じられた。


その翌日。
普通に出社して、無難に仕事を終えて、帰宅時間が迫っていたあたしに、BREEZEの可愛い受付嬢の美香ちゃんから内線が入った。
「弟さんがロビーにいらっしゃっていますけれど?」
との事。

健人が仕事場に来るなんて、珍しい。
ってか、恥ずかしいから止めて!って何度も止めていたのに。

ロビーまで降りていくと、いつもみたいに黒尽くめの格好の健人が応接用のソファーの前に立っていた。
『何あんた、待ってるなら座ってれば良かったのに!ってか、どーしたの?』



………。



あれ?反応無し。





向こうも、キョトンとした顔であたしを見てる。
10秒くらい、お互い瞬きしながら見詰め合う。

って、あれ?

腑に落ちないって顔つきで、健人が手話をしてくる。
“俺の声、聞こえた?”
あたしは頭を振る。
“あたしも今、健人に話しかけたんだけど?”

健人の黄金比で計算されたよーな整った顔が、みるみる曇っていく。
“……今のは?”
また手話。
あたしは頭を振る。

なんか……健人の怒りのボルテージが上がっていっているのが目に見えて……。

健人は乱暴にあたしの手を掴んで、ロビーから連れ去った。











仕事場から一番近いカフェの中に入ると、健人は着席した途端、手話攻撃をあたしに浴びせてきた。

“いつから、俺に話しかけてたの?”
“えーー、昨日も話しかけてたよー”
“昨日、俺、一言も何も聞こえなかった。……愛理、俺の声は?聞こえた?”
“全然。何か、オカシイね”
“オカシイじゃない!!深刻な問題なんだよ。……確か、愛理が最後に俺に話しかけたのは、昨日の夕方あたりだよね?”
“多分……でも、あんたも1週間あたしをシカトしたりしてたじゃない。たった1日2日あたしの声が聞こえなかっただけで……”
“愛理の声だけじゃなくて、俺の言葉も届かないんだろ?一週間シカトしてた時は、俺、ちゃんと愛理の言葉は聞こえてた”

それは聞こえてたんじゃなくて、盗み聞きって言うんじゃないんだろーか?

“愛理、昨日「後で話すから」って言った後、何してた?”



な、何って!!




しーーーーーーん。




やってました、なんて言えない。
トンネル掘ってましたとか、言えない。
しょ、しょ、処女膜破ってもらってました…なんて口が裂けても言えなひ!!
いや……。
それより何より、そんな事言っちゃったら健人が何をしでかすかわかったもんじゃない。
ましてや、相手の名前まで出しちゃったら……。

“何か、してたの?”
我が弟ながら、鋭い!鋭すぎる!
ってか、あたしの反応が単純だっただけかもしんないけど……。
“友達と、会ってた”
咄嗟に嘘を手話で返す。

健人はそこで、両手をテーブルの上に下ろした。

ウェイトレスさんが、注文を聞きに来る。
あたしはアイスティーを頼んで、健人はアメリカンのブラックをオーダーした。

じっと。
無表情であたしを眺める健人。
その黒い瞳と、目をあわす事の出来ないあたし。
時間が止まったみたいに、この空間が……居心地悪りーーーっ。

トントン、と健人があたしの手を指で叩いた。
もちろん、視線を健人に戻さずには居られないあたし。
“誰と、会ってたの?大学の友達?同僚?それとも……あいつ?”
最後の、あいつ、って所で、健人の表情に色が無くなる。
見透かされてる!!

あたしは、唇を舐めた。
これから起きるであろう、修羅場に備えて、一応深呼吸もしておく。

“あたしが誰とどーしてようと、健人の問題じゃないでしょ?”
今度はしっかり、健人の顔見て手話を返した。
“それに、健人だって、勝手にすればいいとか言ってたじゃん。あんたが悦子ちゃんとどこで何してよーと、あたしは別に興味無い!”
“それは、肯定してると取っていいの?あの男と会ってたんだね”
“会ってたよ。デートしてたっ。何が悪いの?健人また嫌がらせとかするの?そんな事したって、何になるの?あたし、どうやったって健人とは一緒にはなれないんだよ?弟とは、一緒になれないんだよ?だいたいあたし達、関係変だよ。弟とエッチな事してますだなんて、誰にも相談できないっ。あたしの気持ちも解ってよ!!!”
健人はじっとあたしを見つめた。
数度瞬きをして、コーヒーに口をつける。
“今の論点は、そこじゃない。どうして、俺達脳内会話が出来なくなったか、って事だと思うけど”
コーヒーを置くと、ゆっくりと手を動かした。
“あいつと、何をしてたの?俺達がしてるみたいな事、してたの?”
“黙秘権、行使”
“あいつと、キスしたの?”
“黙秘権、行使”
あたしはそうサインを送って、横を向く。


また、しぃぃぃーーーーん、と沈黙。
てか、元から手話で会話してたから、静かだけど。
でも、デッドヒート中。



健人は、大きく息をついた。
思わず、振り向く。

その瞳に、その表情に、釘付けだった。
心臓が鷲づかみにされたみたいに、キュッと縮んだ。

健人は青ざめていて、それでいてとても切なそうな、傷ついた顔をしていた。
目のふちを赤くして、形の良い口を引き結んでいる。

真っ直ぐあたしを映しているその黒曜石みたいな瞳が、翳っていた。

そしてその哀しそうな眼が、全てを見透かしていた。

あたしは、凍りついたみたいに、彼の視線から逃れられなかった。

どれ位経ったんだろ?
ふいに、健人が席を立つ。
ポケットに手を突っ込んで、健人はさっさと店から出て行ってしまった。







 「ちょっと、待ちなさい健人!!」
100メートル位行った所で、あたしはスタスタと人を器用に避けて歩いてく健人を捕まえる事が出来た。

腕を捕らえると、健人は立ち止まってあたしを振り返る。
もう既に、無表情に戻ってる。

“ちょっと、勝手にお店出てっちゃって!!どうしてあんたはそんななの?”
暫くあたしを見つめて、そして健人は乱暴にあたしの肩を抱いた。

耳元に顔を寄せる。

あたしの肩を包んでいる手が、微かに震えてる?




ナンデアイリハ、ヘイキナノ?
アイリノコエガ、オレノスベテナノニ……





「え?」

今のは……。

健人の、肉声。
低めの、囁くような声音。

もちろん、産まれながらに耳の聞こえない健人の発音は、完璧じゃない。

だけど。




アイリノコエガ、キキタイ
オネガイダカラ、キカセテ
キケナイノハ、オレニトッテ、シンダモオナジダカラ……






再度聞こえてくる、低くてちょっと掠れた健人の声。



そして、耳元の健人の温かい息吹が、頬骨を伝って顔の中心へ移動してくる。

あたしは、覚悟を決めて目を閉じた。
多分これは、来るべき時が来たんじゃないか…って思う。





ゆっくりと、唇が、重なった。


健人と、初めてのキス。


柔らかい健人の唇は、押し付けるように確認しながら優しく触れ合う。
くすぐったい位、もどかしい程に。
啄ばんだ唇の間から、舌があたしの中に入る。

生暖かい舌を、感じながら。
彼に、応えながら。




ああ、なんてキスなんだろう。






蛇口の栓を捻ったみたいに迸った想いが、あたしの中に溜まっていく。

この瞬間、あたしは悟ってしまった。



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