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 俺がどんなに努力を惜しまず頑張った所で、手に入らないものがこの世界に2つだけある。
一つは、聴力。
でも、これは俺にとって無いのが当たり前で、今になっては不要のもの。

最近の補聴器は高性能だけど、大概の音量は皮膚に伝わる振動で大きさが測れるし、手話や字幕放送無しでも口元を見ればその人間の言葉が理解できる。



でも、もう一つの「手に入らないもの」は……。



きっと…いや、合法的には永遠に結ばれる事が出来ない「もの」。
共に愛の証を作り出す事すら許されない。

だけど世界で一番大切な……。

それを思い知らされる度に、冬の隙間風が吹いたみたいに心臓が冷たく縮むような錯覚に陥る。

背中越しに視線を感じながら、俺は家とは正反対の駅に向かって歩を進めた。








 今日、3ヶ月ぶりに両親がカリフォルニアのサンノゼから戻ってきた。
彼らが帰ってくると、うちは急に慌しくなる。
そして、健人の外出率が高くなる。
仕事がはかどるし会社が費用出してくれるからって、ホテルに寝泊りしだす。
よってその期間は、あたしの貞操防御率が高まって、安眠できる。

部屋で本を読んでいると。
バンってドアが突然開いた。
この開き方は、健人じゃない。
ドアが開いた瞬間から、もわ~~っと香水の匂いがあたしの部屋に充満していく。
多分、目に見ることが出来たならモワモワと白い霧が覆っていくかんじ。
ずばり、歩く人間芳香剤!

「愛理ちゃーーーーんっ。ママの肩揉んで~~~っ。長時間のフライトで、体がこっちこちなのよ。今話題の、エコノミークラス症候群になっちゃうかと思ったわ」
かったるそうに言いながら、自分の肩を手でモミモミさせてる、ないすばでぃーでふぇろもんたっぷりの熟女。

あたしの、お母さん。

「ファーストクラスの癖して、何贅沢言ってるの。リクライニングチェアーじゃん」
約一時間前に自宅に到着した両親は、ガサゴソと下で荷物の整理をしていた。

多分、見た目では30代の前半。
実年齢、50幾つか。
見た目の秘密は、顔中に入ってるボートックス注射。
定期的にヒアルロン酸&コラーゲン注射も入れてるお母さんの顔は、お陰でいつも無表情。
笑っても、シワ一本出来ない。

父親とは、25年前、六本木の会員制高級SMクラブで出会ったらしい(母親談)。
どっちがSで、どっちがMかは……多分あたしの予想通り。

小学生の頃。
お母さんの部屋のスーツケースから見つけ出した鎖付きの首輪と手錠で、健人と警察ゴッコして遊んで、お父さんにえらく怒られたのを覚えている。
それに
小学生の頃、なんでうちの両親の寝室のベッドの上から縄が吊り下がってるのか、三角形の木馬が置いてあるのか、ずぅーーっと疑問に思ってた。

ここいら辺で、うちの家族構成のおさらい。
あたしには、元ミス日本でモデル出身の母と、某エレクトロニクス会社の重役を務める(ずんぐりむっくりハゲの)父と、聴覚障害を持つ、見た目と頭が良くて、だけど性格に難有りの弟が一人居る。
ちなみに、健人はお母さんの外見とお父さんの頭脳を受け継いだらしくって、見た目がお父さんにそっくりなあたしは、多分頭の中身はお母さん似……だと思いたくない。

お母さんは、まだあたしに肩を揉んでもらいたそうに肩を動かしてる。
「そうなんだけどね。ほら、横になると髪の毛が乱れちゃうでしょう?せっかく搭乗前にセットしたのに……」
「飛行機の中でまで、そんな事に気を使ってるの?!もしかして、化粧も完璧にして、ストッキングも履いてるとか?」
「あら、ママはいつもパーフェクトルックよ。姿勢正しく、美しく…」
清く正しく美しく、じゃないか?それ言うなら。
同じ体勢10時間もしてたら、そりゃ体の血の巡り悪くなるさ。

静脈血栓できるだろうよ。


「お父さんは?まだ荷物整理?」
「パパは今晩御飯作ってくれてるわよ」
「え?いいよ。それなら、あたしが作る!」
「いいのいいの、やらせておけば。久しぶりに家族サービスしたいみたいだし」

そう。
お母さんは一切料理たる事をしない。
理由?
ネイルアートが取れるからだそう。
ネイルアートでモノホンのダイアモンドつけてるのは、神田う〇と、うちのお母さんくらいじゃないかな。
ちなみにお父さんは、美容にしか興味を示さないお母さんに代わって、炊事洗濯全てをこなす。
学校に行ってた頃は、毎朝あたしと健人の為にお弁当を作ってくれてもいた。
しかも、「お弁当アート」に凝っていた時期もあって、ふりかけと海苔とお惣菜を巧みに使った「浮世絵」アート弁当(北斎とか歌麿とか)を得意としていた。
……ちょっと学校に持っていくのが恥ずかしかったけど。

でもうちのお父さんは、誰よりも奉仕好きで優し~~~い人だ。

「愛理ちゃんがやってくれないのなら、健人君に頼むわ。健人くーーーんっ」
お母さんは不機嫌そうに、たーーーぷりグロスがピカピカ光る官能的な唇を尖らせながら、あたしの部屋を出て行った。







久々の家族の食卓は、お母さんの一人トーク(全てカリフォルニアで彼女に何が起きたのか、がトピック)で、あたしとお父さんが相槌を打つだけだった。
ぺらぺらぺらぺらお母さんが明石屋さ〇まばりのワンマンショーを繰り広げていると、フムフムと適当に相槌を打っていたお父さんが
「そうだ」
と顔を上げた。
「愛理は……お金は貯まったのかね?」

はっ。

やばっ。
内緒だって言ったのに、こんな所で言わないで!!

あたしは、「しまった」って目でチラリと健人を見る。
もちろん聞こえて無いよね?
ってか、お父さんの口の動き……見てないよね?

だけど……てか、案の定。
サーモンをナイフとフォークで切り分けていた健人の手がピタリ、と止まる。
“愛理、お金貯めてるの?”
健人が手話で、あたしとお父さんに質問する。
もちろん、あたしに頭で話しかけても嘘つくか答えないと想定して、わざと手話で聞いてくる。
“まあ……将来の為にね”
あたしは慌てて声に出しながら、手話で返す。
ついでに、テーブルの下のお父さんの足を踏む。
「はああん♪…ごほごほっ……うおっほーーんっ♥」

嗚呼!お父さんワザとらしい咳してるしっ。
Mっ気出てるしっ。

「ままま……老後の為にお金を貯めるのは、良い事だ。お父さんも、賛成だぞ。あはははははっ」
演技へたくそっ!

あたしは引きつった笑みを浮かべる。


 あたしはもう何ヶ月も前に、お父さんに実家から出たい、と打ち明けていた。
実家から通うのもいいけど、やっぱり24歳になったし、自立したい。

だってもう、大人の階段上るシンデレラ……って歳はとっくのとうに過ぎてるわけで。
(まだ見ぬ…というか、居ぬ)彼氏と自室でイチャイチャしてみたいじゃない?

男の人に抱かれたのなんて赤ん坊の時以来だよ?(←しかも、父親)
それより何より……健人が傍に居る限り、あたしに彼氏なんて一生出来ないし!!!

だからお父さんには、心配性の健人とお騒がせなお母さんには内緒で……とお願いした。
お父さんも子供の自立には賛成らしくて、二つ返事で承諾してくれたのに……。

『へえ~~。お金を貯めてるんだ』
早速あたしに、例のアレが送られてきた。
『老後の為にねっ。お金の無い老後は悲惨でしょ?孤独死が最近問題になってるじゃない?年金以外に収入も必要だしっ』
返事をしながら、愛らしい愛理スマイル(ジャ〇子スマイルby健人)を返す。
カタッ。
とフォークとナイフを置くと、
“ごちそうさま。お父さん、美味しかったよ”
とサイン(手話の事ね)を作って、健人が席を立った。

チラリ、とサイラークみたいな(X-M〇Nの、目から赤いビーム発する、一番使えないミュータントパワー持った人)、焼け焦げちゃいそうな光線をあたしに送って、健人は2階の自室に戻って行った。













 またまた遅れた!!
と、思って本社の会議室Bに駆け込む。

部屋の鍵をかけたはずだから、健人はあたしの部屋に忍び込んでいない筈……なのに。
なのに、あたしは寝坊した。

今日は夏コレの男性用水着の撮影打ち合わせだっていうのに!
ああもう、あたしの馬鹿馬鹿!!

「大変申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!!!」
と会議室のドアを開けた瞬間、
「……あれ?」
あたしは、しーーーーんと静まり返っている会議室を見回す。
「……誰?」
ドアの真横(つまり、あたしの目の前)に座って、長テーブルの上に足を投げ出し、頭の後ろで腕を組んでいる男が、小さく呟く。
「…え?」
白い帽子を目深に被っていた男は、クイっと帽子のつばを上げた。
「ここって……会議室じゃねえの?」
「会議室……ですけど?……ですよね?」
「………。俺に聞かれても困るんだけど。部外者だし」

あれ?!

あたしは一回廊下に出て、場所を確かめる。
『会議室B』
と書いてあるんだけど……って。
「何で誰も来てねえのかと思ってたんだけど……」
「誰も来ないって、部外者だしって……えっと…どちら様?」
そこで男は長い足をテーブルから下ろして、よいしょ、と腰を上げる。

すらっとしてて、背が高い。
メガネかけてて、白いパーカーにジーンズを穿いている。
格好はいたって地味だけど、あたしは一発でこいつがまあまあな顔立ちの、自意識過剰なタイプの男だってのが分かった。

いや、だってあたしの日常、すんごい美人さんに囲まれてるし。

「BREEZEの会議室Aってここじゃねえの?」
「会議室Aは、もう一つ下の階……って、げえぇぇ!!!」

ヤバッ、間違えた!
確か、会議室Aで会議だったわ。

あたしは咄嗟に踵を返して、階段の方までダッシュする……。
つもりが、後ろの背の高い男に襟足掴まれてしまった。
「んげっ」
「おい、ちょっと待て。俺を案内してから去れ」
まるで、悪さした子供みたい(または、猫?)にブラウスの襟足引っぱられた状態になる。
「ぐ…ぐる゛じい゛……」
「ああ、悪りい。トイレ行った後マネージャーまいてこのビルん中探検してたら、迷っちまってよ。この会議室だと思ってたんだけど、違ったらしい」
あたしの襟足掴んで引っ張ったまま、男は階段まで引きずっていく。
悪いと思ってんなら、襟足掴んだ手を離せ!!
あたしは、引っ張られた状態のまま、やつの腰で穿いたジーパンにしがみつく。(←一体どんな体勢だったか、皆さんご想像ください)

「うおっ!」
「きゃあ!!へ、へんたーーーーいっ!!」

いきなりあたしの襟足をこの男が離したもんだから、あたしは無様に男のジーパンに横からしがみついて……。
あたしの体重と地球の引力と共に、彼のD&〇って書いてある高そうなズボンを下に下げてしまった。
ショッキングピンクのボクサーも、一気に下がってしまう。
裸の腰から……プルンって揺れ出た%#@が垣間見えた。

へえ、健人のより小さ……って、うわああああああ!!!
全てがスローモーションで動く。
冷たい廊下のタイルが目の前に迫ってきて……。

べチンっ。
って音がして、あたしはその場に転んだ。
「いったーーーーい!」
ただでさえ低い鼻なのに、思いっきりぶつけてしまった。
鼻をさすりながら、起き上がる。
男は下がったズボンと下着を引き戻しながら、呆れた声を出した。
「変態って…あんたが俺の腰にしがみついてきたんだろ。どっちが変態だよ?ベルト締め忘れてたのは俺のせいか……って、鼻!」
鼻?
あたしは、さすった手を見てみる。

なんじゃごりゃあ~~~~~~!!!(←松田〇作その2)

血が出てる。

今度は乙女ちっくにくらあ~~~っと立ちくらみ。

「おいっ!」


ああ、あたしこのまま意識が遠くなって……。



バチ!
思いっきり、平手打ち。
嗚呼、ここは抱きとめるとか何とかする場面じゃ…。
バチ!
もう片方の頬も打たれる。
「おい!しっかりしろよ!!何、か弱い乙女のフリしてんだよ!!」
……か、か弱い乙女のフリって……。
「痛いわね!!!!!!」
遠のいていた意識が男の遠慮ない平手打ちで、一気に戻った。
「ティッシュとか持ってねえのか?」
鼻を押さえながら、あたしは持っていたハンドバックの中身を確認する。
……無い。
いつもはウェットティッシュからミニタオルから、そこら辺で配られてるただのティッシュまで常備してるのに!
……遅刻したから、ちゃんと中身を確認してなかった!
「無い……。ちょっと、おたくさん持ってない?」
「持ってるわけねえだろ。……っち」
っち、って舌打ちしたわね?
あんたがあたしを引きずるからだろおおおお!!!
と、怒りたいのを抑えて、鼻も押さえて、男がポケットというポケットを探索してるのを見つめる。
「あ、これしかねーや」
と男が差し出してきたのは、くっちゃくちゃのハンカチ。

一瞬、凝視してしまった。
……しかもコレ、きっと一回ポケットの中に入ったまま、一緒に洗濯されてるよ……。

あたしは、そのクッチャクチャのボロの塊を凝視する。
その間にも、ボタボタあたしの鼻から血が零れ出る。

と、トイレ行くまで我慢するか。
「……ありがと」
あたしは仕方なく、その色々とゴミがくっついてるハンカチを手にした。
それを鼻に押し当てていると、
「あっ、いたいた!!」
と階段の下の踊り場から声がした。

ぞろぞろと顔を出したのは、あたしもよく知ってる企画部のスタッフ数人と、一回前のミーティングで会った、女の人。
確か、今度の夏の男物の水着のモデルとなる……俳優のマネージャー。
巷で有名な男ばっかの事務所のアイドルグループの一人で、体力勝負の爽やか系イケメン君。
演技力ではグループいちで…。
何だっけ、そいつの名前?
よく、連ドラとか映画とかに出てる……。

「宇田川君!どこ行ってたのよ全く!」
そう。
確か、宇田川光洋(うだがわこうよう)。

って、へ?

マネージャーが、あたしの目の前の男を呼ぶ。
「心配したでしょう?皆さん、会議室で待ってらっしゃるのに!」
「ああ、この人が目の前で勝手に転んでかわいそーだったんで、介抱してました」

勝手に転んで?
かわいそー?
介抱?

違うだろぉぉぉぉ!!!!!

悪びれも無く、大嘘をつくこの男。

「宇田川……光洋?」
あたしは、まじまじと目の前の男を凝視する。


「この……$@%短小男が?」


小さく呟いたあたしに、男が中指立てやがった。




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