はあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。
深い、溜息。
マジで、どうしよ?
処女組脱退後、即妊娠。
ありえない。
いや、実際起きちゃってる、この状況。
10代で妊娠しちゃった子の気持ちが痛いほど解る。
茨の道ってか、幾つもの難関が目の前に立ちはだかってるもんね。
相手の男が認めるか、とか。
親に相談すべきか(せざるおえないけど)、とか。
仕事や生活はどうするか、とか。
ぶっちゃけ、おろす…とか?
それこそ、ありえない。
うん。
それは絶対に、無い。
無い……けど……。
どうしよ?
ヲタクでもいいからビ●・ゲイツ並みのIT成金か、ドバイの石油王(つまりうちのお父さん以上の超スーパーウルトラ金持ち)と結婚しないと義理の息子として認めない、とかお母さんあたしが10歳の頃から公言してるし。
まじで一人で子供育てる自信無いよ……。
健人、どうしよ?
いつもだったら、健人があたしの(聞かれたくない)心の声を聞いて、憎まれ口叩きながらもアドバイスらしき事してくれるのに。
こういうあたしの阿呆な窮地は、いつもいつもいつもいつも健人が助けてくれてた。
やっぱり宇田川に相談するべき……だよね。
だって、あいつにも責任あるわけだし。
あたしは携帯を取り出す。
取り出して……
まさか、あたしの声が聞こえたの?
あたしを探してくれたの?
あたしを………。
声に出そうとしたら、
“愛理、話がある”
と泣いてるあたしを素通りして健人はバックを放り投げソファに向かいのソファに腰を下ろした。
「あたしも話があ…」
“俺、ハワイに行くから”
またしても、遮られた。
さらっとそうあたしに告げる。
ハワイ?
ハワイ?
あの、常夏のパラダイス?ロコモコ?フラダンスの?芸能人遭遇率ナンバーワンの????
胸が、苦しい。
“ここ最近、ずっと考えてたから”
「私たち、相思相愛なんですよ~~~☆☆☆♪♪♪」
「健人。大好き。どこへも行かないで。ずっとあたしの傍にいて。……お願い」
あたしがそう叫ぶと。
健人がゆっくり振り返った。
先を促す悦子ちゃんに何か告げると、あたしの方に歩み寄る。
“もう一回、言って”
手で小さくサインを作る。
あたしは泣きじゃくりながら、嗚咽にも近い声を漏らしながら、続けた。
「健人が、好き。健人じゃなきゃ、駄目なの。弟とか、もうどーでもいい。あたしは、健人が、一人の男として、大好きです」
ああもうっ。
鼻水が出てきた。
口の中に入っちゃうし。
“聞こえるよ”
あたしの目線に合わせてその場に屈みこんだ健人が、嬉しそうに微笑む。
“ありがとう。愛理”
が。
言葉とは裏腹に、健人の顔は、心なし険しい。
“でも、もう遅いから”
健人の後ろで心配そうに立っている悦子ちゃんを振り返ると、健人は再度あたしに背を向ける。
健人が、行ってしまう。
あたしを置いて、永遠に。
数歩先の戸口に向かってるハズなのに、何故かどんどんと小さくなっていく健人と悦子ちゃんの背中を見つめながら……。
って。
ん?
あれ?
なんか、聞こえる?
なんか……臭う?匂う?
嗅ぎ覚えのある……。
“………ん、……ちゃん”
え?何この声???
健人の声とは違う。
微妙に甲高いっていうか、鼻にかかってるっていうか、ぶっちゃけ耳障りっつーか…。
“……理ちゃん、愛理ちゃん!愛理ちゃん!!!”
うっるさいなぁ……って。
「 お き な さ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ い ! ! ! ! ! !」
がばっ、ってあたしは身を起こした。
ええーと、そのーーーー。
今のは~~~……。
「夢?」
あたしはブルって頭を振って、辺りを見回す。
とりあえず、手には開きっぱなしの折りたたみ携帯。
え、何??
読者さんをこーーーんな引っ張っておいて、夢オチ?
読者なめてんのかって、苦情のメール来るよ?
ってか、あたしには関係ないけど。
「愛理ちゃん、そんなトコで寝てたら頭の傷口にもお肌にも悪いわよ~~~っ」
目を細めながら顔を上げると、なにやら色々抱えながら(ド派手な)お母さんが、台所に入ってきた。
相変わらず、香水きつっ。
それよりも。
え~~~と、妊娠してない……よね?
でも、心なし、お腹が痛い。
ちょこっと不安なあたしはお腹をさすってみる。
…つか、意味無いけど。
「妊娠して……ない……かも?」
「に、にんしん?!?!?!?!?!」
ポツリと呟いたつもりなのに、そういう女性週刊誌的ゴシップにやけに敏感なお母さんが、どデカイ声を出す。
「妊娠……じゃなくって、ただお腹、痛いだけ」
「あら、違うの」
あからさまにガッカリ、って大きなため息ついてお母さんは手に持っていたものをどさぁぁぁぁっと台所のテーブルに置く。
健人は?
あの娘(悦子ちゃん)は??
辺りを一応確認してみる。
良かった。
居ない。
やっぱ、夢だったんだ。
ホッとして、左胸に手を置いてみる。
まだちょっと早鐘打ってる。
それにしても。
今思い返しても、心臓に悪い。
ううん。そうじゃなくて、なんかこうどす黒くていや~~~な感情っていうの?
健人がハワイに行くと言い出したり、悦子ちゃんと付き合うとか言い出したり。
その上何故か、告ってた。
健人に好きだって、あたし告げてた。
またドキドキが始まる。
あたしはひとつ深呼吸した。
「ちょっと見てよ、これこれ!さっき押入れ漁ってたら出てきたのよぉぉ~」
「押入れ?」
未だ100%目覚めてないあたしは、携帯に目を落としながら体を起こす。
あ、やっぱ宇田川からはメール届いてる。
じゃ、寝ちゃったのはその後?
てか……。
あたしは慌てて居間を出て、トイレに駆け込む。
……良かった。
毎月起きる「あの現象」が。
いつも毎月うぜーーーーよとか思いながら起きているあの「女の子の日」が遅ればせながらも来た事に、盆と正月がいっぺんに来たとばかりに「おお、神よ!!(←シェークスピア調)」と踊りだしそうになった。
居間に戻ると、お母さんは待っていましたとばかりに、食卓の上に置いたものをあたしに指差す。
今回は金箔を使ったらしいネイルアートが、キラリと光った。
「お母さん韓国製スチーム付きの超音波美顔器探してたら、見つけたのよぉ~~。愛理ちゃん、不細工で可愛くって!」
不細工は不要ですよ、と思いながらあたしは母親が置いた分厚い冊子に目を落とす。
「あ……」
アルバム、だ。
あたしと健人がちっちゃかった頃ペーパークラフトに凝っていたお父さんが手作りで作った、アルバム。
アヒルとか星型とかハートとか細かい文字とか型抜きして、キレイに配置されて貼ってあるあたりが、お父さん作っぽい。
キラキラと石が輝いてる長いジェルネイルで器用にページをはさみながら、お母さんはページをめくる。
「これこれ!お母さん覚えてるわよ~~~、お母さん達留守の間、愛理ちゃんトマトあっちこっちに投げつけて台所滅茶苦茶にしちゃったの!!」
泣きながら全身真っ赤でグチャグチャな猿みたいな風体で、ちびっこのあたしは壁の前に突っ立っている。
そして、その隣に立ってるフランス人形みたいな、真っ黒い髪の毛の愛らしい男の子。
手にタオルを持ってるけど、ちょっと不機嫌そうな表情。
「覚えてる。お母さん、ブチ切れてたよね?押入れから鞭取り出してきて、あたし子供ながらに恐ろしかったもん。今だから思うけど、女王見参!みたいな、ね」
「そうそう。そうなのよ~~~~。そしたらね……」
覚えてる。
健人が、身体張ってあたしをかばってくれたんだ。
「健人君が、涙いっぱいためて、首振ってて…」
覚えたての手話で、一生懸命お母さんとお父さんに
“僕がやりました”
って、説明してた。
「ほんとに健人君は、お姉ちゃん思いというか何と言うか…あんたたち、気持ち悪いくらい手話なしで通じ合ってるみたいによくお互いの事分かってたみたいだったし」
感慨深げに呟きながら、お母さんはパラパラと写真をめくる。
どれも、泣きじゃくってるか不機嫌な顔のあたし。
それに比べて、どのアングルでも愛らしい、小さい健人。
気持ち悪いくらい、か。
それもそうだ。
ずっと頭の中で会話してたから、手話なんてしなくても言葉が通じてた。
あのトマト事件の時も、“僕がやりました”ってお母さんに訴えながら、あたしに
『愛理泣かないで、泣かないで!!!』
って号泣のあたしを、宥めてた。
これだけじゃない。
小学2年の時、スーパーで買ってもらえなくて、欲しくて盗んだ「魔法使いスーパーららべるちゃん」の魔法グッズ付きチョコレートを万引きして、お父さんに偉く怒られた時も。
健人とキャッチボールしてて、誤ってあたしが放ったボールが隣の家のガラス割っちゃった時も。
ついこの間だって、ヒールがひっかかって転びそうになった挙句、●ーさんチックなパンチパーマの男に突進しちゃって、いちゃねんつけられた時も。
あ、そん時は謝るんじゃなくて、見たことない位おっかな眼でそいつ睨み返して事なきを得たけど。
色々、あったよね。
健人……。
そう名前を呼ぶと、胸がとくん、て大きく鳴る。
健人の声が、聞きたい。
毎日のようにあたしの頭に響いていたあの声が、聞きたい。
健人に、会いたいよ。
会って…………。
会って、どうするの?
いや。
ただ、健人に会いたい。
『馬鹿だな、愛理は』
の一言でいい。
声が聞きたい。
しばらくアルバムに見入りながら、一人わけわかんない自問自答してると。
突然、ぴんぽーーーーんって音がした。
「あら、どちら様かしら?新聞なら間に合ってるんだけど…」
お母さんがモニター付きインターホンを覗き込む。
「やだ……なんか怪しい人が居るわよ。ちょっとちょっと、愛理ちゃん…」
ボートックス注射打ちまくりで、筋肉が麻痺して無表情なはずのお母さんの眉が、ひそめられる。
「えーー、誰?」
まさかまた、門田さん?
んなはずないか?と思いながらモニターを覗き込む。
「んげ」
あたしの中で一瞬緊張感が走る。
帽子かぶって、超ヲタク眼鏡かけた、ダサダサファッションで身を包んでいる、よく見知った顔。
宇田川光洋が、うつむきながら立っていた。