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ささやかな見返り    10.01.2007
“ささやかな見返り”


「僕は小さい頃肥満児で、物心ついた時からダイエットと精神鍛錬と誘拐防止の為に、無理矢理柔道と空手を習わされてたんです。最初は嫌々習っていましたよ。でもそのうちラジオやコンピューターの改造に興味が出てきて、時間や食事を忘れる程熱中しだしたんです。そしたら自然と痩せてしまいました。」
六本木駅そばのアナンドという店の前でお迎えのリモを待っていると、ジエイさんが口を開いた。
上品にふふふっ、と笑っている。
え?肥満児だったの?
こんな無駄なく引き締まった細い体してるのに、想像出来な~い!!!!

「空手は今でも続けているんですけどね。精神統一に役立っています。」
凄い!!
だからウッキーを眠らせちゃったのね。
二十年以上もやってりゃもちろん黒帯で段持ちなんだろうな。
やっぱジエイさんって、只者じゃないわ…。

「なんか…驚きでした。」
薄手のコートだからか、あたしの声が寒さで少し震えているのに気づいたのか、ジエイさんは再びあたしをコートの中に包んだ。
自然とジエイさんに寄りかかる体勢になる。
体温が暖かい。
ひええええぇぇぇ~~やめてぇ~~~~!!!
と心が叫ぶ。
「ああああの、大丈夫ですからっ。」
との小さな言葉は、ジエイさんの深い溜息としみじみとしたこの一言でかき消された。
「僕は何故だか里美さんが傍にいると落ち着くんです。不思議ですね。」
落ち着くですって?
あたしは全然落ち着かないんですけどっ。
ドキドキドキ…。
「は、はあ…。」
「里美さんと居ると、研究している時のように時間が経つのが早いんです。時間の感覚を忘れてしまいそうになるくらい、楽しいんです。」
「それは……光栄です」
光栄、なのか?
「だから、さっきあの男の人が里美さんの傍にいるのを見て、僕以外の男と楽しそうにしている里美さんを見て、とても不快な気分になったんです。なんか、こう、二人の姿を見ていたら胸が落ち着かなくて、不安で…。話をしていてもよし子さんの言葉が耳に入らなかった。いけないと思いながらも気づいたら体が里美さんとあの男の後を追っていました。」
「あ、え…?」
ってか、あたし楽しそうに見えたの?
とてもとても不快だったんですけど。
それにしても……。
恥ずかしくって顔が上げられない。
あたしは俯いたまま無言でいた。
いや、実はこんな純情な気分になったのは案外久しぶり…かも。
「あ、リモが見えました。」
頭の上でジエイさんが呟く。
あたしも頭を上げた。

その瞬間。
小さく、柔らかいキスが降って来た。
「え?」
って感じで、気づいたらもう離れていた。
ほんのちょっと触れ合っただけの小さなもの。

「じ、ジエイさん?」
見上げると、いつもの笑顔にぶつかる。
「あれ、恋人同士がキスをするのは普通の事ですよね?」
「こっこっこいびとぉぉぉ~~~!!!」

誰か教えて。
うちらいつから恋人同士になったの?!!!!??
っつーか聞いてないし言われてない!!!!
今日はお見合い後始めてのデートで、ディナーの時婚約解消して(あたしの中では解消された事になっている)、そしたらそのまま成り行きでクラブに来ちゃってて…。

「あのぉ、これ……。」
ジエイさんは頭が混乱しているあたしにお財布の中から紙切れを一枚取り出して渡してきた。
とりあえず受け取って、開いてみる。

「っっっっ!!!!」
思わず声にならない声が出た。
あたしが広げた紙切れは、彼の健康診断証明書だった。
身長体重はともかく、心拍数や脈拍数、それにHIV検査から精子の数まで(どっかーん!!!!)びっしりと検査報告が書かれている。

「ちょっと待ってください、こんなんあたしに見せてどうしろっていうんですか!!!」
見てはいけないものを見た気がして、慌てて彼の手に押し戻した。
あたしは吃驚顔でジエイさんを見上げる。
「え?ですから、僕は至って健康体ですので安心してください。僕は性交渉初めてなんですけど、里美さんに支障はない筈です。」
「健康体、性交渉、初めて……?はぁ!?せ、性交渉???!!!ど、どういう意味ですか???」
あたしは彼の童貞発言にビビリまくっていた。
「精子の数も至って正常ですから、里美さんがお望みであればいつでも明るい将来計画を進められますよ」
「明るっっ……!」
再び言葉を発しようとしたあたしの唇にそっと指を置くと、優美に表情を引き締めてジエイさんは真面目な顔になった。
「里美さんの顔は先ほどからずっと赤くなっていたので、貴女の好みの男になれたのだと思っていたのですが…。」

好みの男、好みの男……。
そういえば、変な約束させられたような……。

嫌な予感。
「ささやかな見返りを求めたらいけませんか?」
すっごく、すっごくセクシーにジエイさんは聞いてきた。
うきゃあぁぁぁ~~~~!!!
直視できなひぃ~~~!!!
「見返りって……。」
何ですか???!!!
と聞く前に、ジエイさんがあたしの言葉を遮った。
「今夜は帰しません。貴女と一緒にいたいという僕の我侭を聞いてくれませんか?」
強く抱きしめられると、店の前に横付けされたリモに半強制的に連れ込まれた。
「里美さん、貴女の事が好きです。初めてお会いした…あの日から。」
キラービームであたしをメロメロにしながらも、ジエイさんは愛しそうにあたしの髪を撫でた。
っていうか、これから何が起きるの?
あたし達は一体どうなるわけ??
「ちょっと待って、ジエイさぁぁぁ~~~~~ん!!!」
との叫び声は、空しく夜の街の喧噪にかき消されてしまった。




なんか、いい匂いがする…。
翌朝、あたしはベッドの横の銀色のトレイの上に乗ったクロワッサンとスクランブルエッグの匂いで目を覚ました。
寝ぼけ眼でそれらを見つめる。
「あれ…?」
うちのママってこんなの作るっけ?
ママの定番は納豆とご飯と味噌汁と焼き魚か、面倒くさい時はコーンフレークで…。
それに、ベッドがふかふかだ。
「里美さん、起きましたか!!」
ん?
どっかから声が聞こえるぞ…?
低血圧なあたしに朝っぱらから話しかけるなんて、一体どこの誰よ!!!
「コーヒーを一杯いかがですか?それとも、先にシャワーを浴びますか?」
声の主はだんだん近づいてくる。
っていうか、この声は…。
「ジエイさん…?」
ジエイさんはいつものタートルネックセーターにスラックスという格好で、あたしに近づいてきた。
「いたたたた…。」
体が変に痛い。
特に、腰と内股の辺り…。
ちょっと待って!!
頭ががんがん痛むし思い出せない!!
昨日は確かクラブを脱出して、そのままリモに乗ってワインを飲んで…っていうか飲まされて…。
「昨晩はとても素晴らしい時を過ごせましたね。」
言いながらジエイさんは、ベッドの脇に腰をおろす。
「僕は、里美さんに似た女の子がいいと思うんですが…。」
女の子!!??
昨晩!!??
「ちょっと待ってジエイさん!!あたし何にも思い出せなんですけど…?」
体を起こすと、今まで見たことも着たことも無いシルクのパジャマを着ている事に気がついた。
ジエイさんは昨夜立てていた短い髪をまた7:3風に分けて撫で付けている。
その下の形良い眉が寄せられた。
「覚えていないのですか?あんなに…いえ、その、情熱的だったのに…。そういえば、ワインをずいぶんと飲んでいましたね…。」
嘘っ、情熱的??
それって…。

ジエイさんの手が伸びてくる。
そのままあたしの頬っぺたに触れた。
どっくん、どっくん、心拍数がいきなり上がる。
今日はいつもの格好のジエイさんなのに、あたしの鼓動は昨日と同じ速いペースで鳴っている。

ジエイさんは、プッと噴出してあたしのおでこに小さなキスをした。
「里美さん、眉毛が両方とも消えていますよ。それに、目元も真っ黒です。シャワーを浴びられた方がいいようですね。」
はっ、眉毛!!!
やばい、化粧落とし忘れたくさい…。
嗚呼、肌年齢がぁぁ!!
慌ててごそごそと化粧ポーチを探っていて眉ペンがない事に気づいた。
「げっ。」
どうしよう。
またあたし麻呂状態…。
独りで焦っているあたしを諭すようにジエイさんは言う。
「里美さんは、里美さんです。僕は貴女がどんな姿をしていても、美しいと思いますよ。」
「あたしは、あたし…。」

そっか、そうなんだ。
あたしは、あたしなんだ。
どんな姿をしているにしたって、中身は一緒。

ジエイさんは人を見た目という「ものさし」で計ったりしない人なんだ。
とっても綺麗で、とっても純粋で、だけどとっても鈍感で…。


突然、変に世間慣れして、物質主義的な観点で物事を見ていた自分が恥ずかしくなった。
「こんな僕では、駄目ですか?」
珍しく、ジエイさんは照れて視線を逸らしながら聞いてくる。
これって…何?
こ、告白か何か??

派手派手貧乏女と地味~な金持ちお坊ちゃん。

凸凹カップルだけど、ま、いっか…なんて思っている自分がいた。

「駄目…じゃないです…けど。」
あたしの間抜けな返事にニッコリと微笑むと、ジエイさんはあたしの手を取った。
「良かった。さっ、浴場へ案内します。」
手を引かれ、あたしはそのまま大理石の浴場へ連れて行かれた。


あたしの左手の薬指にでっかいダイアモンドのリングがはまっている事に気づいたのは、シャワー中の事。

しかもプール並みの大きさの泡風呂の中に落として無くしかけたなんて、ジエイさんには口が裂けても言えない…。


<完>




<あとがき>
結構短い連載でしたが天然記念坊ちゃんの慈英さんと、超元気女里美さんの恋愛話を飽きることなく付き合ってくださいまして、本当に有難うございました。
実はこの話、本編の仁神堂に煮詰まって気分転換に書いた短編なんです。丁度、ちょっと変わった男の話が書きたいなぁ、と思い始めた矢先偶然思いついた設定で、更新したら思いのほか好評で連載してしまったというわけです。大した山場もオチも無い話ですが、ただひたすら楽しんでくれたらお聖も嬉しいです。
この作品のキャラ達は皆濃いですが、結構OSEIの周りの友だちがモデルだったりします。一番のお気に入りは飛び入り参加で登場のアフロのウッキー君なのですが、皆さんはどうでしたか?
皆さんのご意見、ご感想等待っています!!!
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