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トランスフォーメーション


あたし達は、だだっ広いリモの中にいた。
赤坂でサロンを営んでいる友達のミーちゃんの所へ行く予定なのである。

「里美さんも着替えた方がよろしいんじゃないかと…。」
躊躇いがちにジエイさんはあたしの濡れているセーターに手を伸ばして軽く触れた。
さっきワインがぶっかかってしまったセーターには、でかでかと赤い染みがついてて見苦しいこの上ない。
「濡れた服を着ていると風邪をひいてしまいますから。」
言いながらジエイさんはハッとする。
「そうだ、世田谷の僕の家に寄ってから行きましょうか?その前に里見さんのお友達をピックアップしましょう。僕の服選びを手伝ってください。」
服選び?
服選びって言われてもなぁ…。
この人、お坊ちゃま系だし。
あたしは不躾に彼をつま先から頭の天辺までなめるように見つめた。
「ジエイさんはどんな服をお持ちなんですか?」
ジエイさんは困った顔をして腕を組む。
「メイドがシーズン毎にオーダーしてくれるので、色々と送られては来るんですけど…殆どは袖も通さずクロゼットにしまってある筈です。」
メイドがオーダー?
袖を通さずしまってるですと?
あたしなんて流行遅れの服だって自分で裁縫して変化させて、着まわししてるってのにさ。
これが貧富の差ってもんなのかね?
あたしがむっつり黙ってるのを見て、ジエイさんは真顔で言う。
「僕は、クラブなどの人が多くて混雑した場所ははっきり言うと苦手なんですけど、今夜は1パーセントの可能性にかけてみたいと思います。」
「1パーセント?」
って、ああ、あれね。
なんかさっきそんな事ゴチャゴチャ言ってたような…。
「その可能性が今日2パーセント…願わくば40パーセント以上になってくれたらいいな、と思って承諾したんです。」

軽くあたしの顎に手が置かれた。
くいっと彼の方に顔を向けさせられる。
「えっ。」
あたしの何倍もちっちゃい整った顔が、潤んだ瞳があたしを凝視している。
な、なんかそんなに熱く見られると照れちゃうじゃ~ん!!

「もし今夜僕が貴女の好みの男性とやらになれたなら、ささやかな見返りを求めても宜しいでしょうか?」
さ、ささやかな見返りィ~~~~!!!
って何???
っつーかその、熱い眼差しであたしを見ないでくれ~~~~!!!!(眩しい)
「駄目ですか?」
色っぽい(!?)表情で見られてあたしは真っ赤になる。

ぐはぁ~~~~っ。
だからこういう美形タイプは苦手なのよぉ~~。
調子が狂っちゃう。

「駄目…じゃないけど…。」
あたしは目を逸らして、空ろに視線を手元にさまよわせる。
「良かった。」
ジエイさんは満面の笑みを浮かべながらあたしの顎に置いた手を離した。

つつつつつーか、ささやかな見返りって何?
熱い眼差しビームで惑わされちゃったけど、その「ささやか」ってとこが何かミソっぽくて怖いんですけど…。
あたしがひとり怯えて考え込んでいるのを完全に無視してジエイさんは訊ねる。
「里美さんは、よくそのクラブへ行かれるんですか?」
「え?あ…週末は殆ど。」
「毎週末?何の為に?」
何の為に??って…。
「踊ってストレス発散したり、飲んだり…。」
男と出会って一晩のアバンチュールしたり、ってとこはもち言わないでおいた。
なるほど、と言ってジエイさんは黙りこくる。
しーん…沈黙。
「あのっ、ジエイさんはどうやってストレス発散してるんですか?」
沈黙紛れに発したあたしの声は何故か上擦っていた。
「僕ですか?僕はひたすら研究に没頭します。まあ、研究者仲間がいるとはいえ人間相手の仕事ではないので、あまり精神的ストレスはないですね。僕は人間関係のいざこざが一番嫌いですから、あえてそれは避けるようにしています。」
ああ。
確かこの人、人間嫌いだったっけか?
ジエイさんは窓の外を見て呟く。
「次で高速を降りるんでしたよね?お友達の所まで案内してくださいね。」
「…あ、はい。」
あたしは小さな声で返事した。


「あんた何時だと思ってんのよ!!!」
みーちゃんはパジャマ姿で出てきた。
ジエイさんは彼女のアパートの前に止めたリモの中で待っている。
「ゴメン、ほんと一生に3回のお願いっ!!」
あたしは両手をついてお願いする。
「あんたもうその3回目この間使ったでしょ?それにだいたいね~、自分のエゴと見栄の為に人を左右するんじゃないの。人は見かけじゃないのよ。ちー達がジエイさんの事何と言おうと別に構わないじゃない、彼は彼なんだから。」
うっ…確かにそうだ。
あたしは自分の我侭とつまらない見栄の為にジエイさんに迷惑をかけようとしている。
「彼は何だって?あんたのこのくだらないゲームに付き合うって?」
腕を組みながらみーちゃんは聞く。
「うん…。一晩だけならいいみたい。」
暫く黙ってあたしを見つめていたみーちゃんは深く溜息をつく。
「ハァ。分かった。彼が望むならやってあげる。今から何か羽織って下にいって散髪用具一式持ってくるから、里美は車でまってて。」
みーちゃんは深い溜息の後、意を決したように言った。
「それにね、一回でいいからリモにものってみたかったし、金持ちの家にも行って見たかったんだよね。」
ペロリと舌をだした後彼女は、踵を返して部屋から出て行った。


「こんばんは。夜分遅くに呼び出してしまって大変ご迷惑をおかけしました。」
「あ、みーです。始めまして。」
ふたりはなんとなくぎこちない挨拶をする。
みーちゃんはちょっと戸惑い気味だ。
ふっふっふ、珍しい。
やっぱジエイさんって、何ていうか、綺麗な容姿も手伝ってか、ちょっと普通の人と違うオーラに満ちてる。
「あんたのタイプじゃないけど、すっごい美形じゃない。」
ジエイさんが運転手に指示を与えているときに、みーちゃんは素早く耳打ちしてきた。
「なんかちょっとやる気出てきたわ。髪形次第でいい男になるわよ。」
「そ。あと服もね。」
あたしは、ジエイさんに見えないようにみーちゃんに片目でウインクした。



彼の家は…半端無くでかかった。
門を入ってから家に着くまで一体どの位車を走らせるの?と思っていたら、薔薇園がアーチを描いている洋風な大きな館と砂利道が敷かれている日本風の屋敷が見えてきた。

「お、伯母さんこんなとこで働いてたの???」
「あんた…貧乏丸出しだよ。」
みーちゃんの注意も聞かず、あたしはリモの窓にへばりついて外を見つめる。
窓にあたしの鼻息の跡がちゃっかりついている。
でも、こーんな狭い東京にこーんなでっかい土地持って家を二軒も建てちゃってるなんて…なんて贅沢!!!!
入り口には、夜だっていうのに黒服の人が待機していた。
リモを確認すると、トランシーバーで何か伝えてジエイさんを通す。
車を降りて、キョロキョロしてるあたしを誘導しながらジェイさんは自室へ案内してくれた。
廊下は中世ヨーロッパ風(?)の怪しげな絵が一杯飾ってあって、幽霊が出てきそうな勢いだった。

「す、すっごい!!!!!」
彼の寝室は、ごちゃごちゃで足の踏み場が無いあたしの部屋と違って、シンプルが基本の、雑誌から飛び出したようなお洒落なインテリアで、リモート操作でベッドの足元から出てくる大型フラットスクリーンTVやら、どこからとも無く流れてくる音楽やらのハイテク機器が部屋のデザインとマッチして置いてある。

っつーか…うちの家の一階が全てこの大きな部屋に収まってしまいそうな勢いじゃん…。

ジエイさんは驚きで声がでず、だらんと口を開けたままのあたしの肩に手を置く。
「里美さん、口が…。」
「あんた涎垂れてるよ。」
二人の声が同時に聞こえた。
「ハッ。ごめんなさい。」
しまった。
涎が垂れてたなんて!!
年頃の乙女なのにあたしったら…。
慌てて拭う。
「いえいえ、それよりこちらがクロゼットです。」
ジエイさんは苦笑しながらあたしを隣の部屋に連れて行った。

ガッデーム!!!

これが…クロゼット?
「す…すごっ。」
あたしは茫然と立ち尽くす。
部屋は、普通の洋服屋の何倍もの服があって、選り取り緑だった。
「こんなにあるんですけど、僕はこの一部くらいしか着ていません。」
クロゼットの奥はこれまた扉で繋がっているらしくって、ジエイさんはそっちを指差しながら
「あそこは僕の靴や時計などの小物が置いてある所です。」
と言った。
「はあ?」
ク、クレイジーだわ!!!
こんな所にすんでちゃ、金銭感覚狂っちまうぜ。
「で、今夜はどれを着ればいいんですか?」
そっと、あたしの肩にジエイさんの手が置かれる。

あっ、そうだったわ。
あたしは携帯の時計を見た。
ぎゃあああ~~時間がなひ~~~~っ。

「じゃあ、あたし服選ぶからねっ。あたしが幾つか服選んでる間に、みーちゃん彼の髪の毛お願い。」
あたしは素早くみーちゃんに指示をだす。
なんとしても十二時までには用意させなきゃだわ。
「ラジャ~ッ。ジエイさん、お手洗い教えていただけますか?あなたの髪の毛を洗いたいんですけど。」
「ああ、はい。洗面所はこちらです。では里美さん、適当なものが見つかったら寝室へ持ってきてくださいね。」
そういい残して、みーちゃんとジエイさんはクロゼットから出て行った。

どうしよう…。
な~んて悩んでる暇はない!!!
あたしはだだっ広いクロゼットの片っ端からチェックを入れていった。



一体どれだけ時間が経過したのか。
気づいて時計を見たらもう既に十一時だった。
げええ!!!???もうそんな時間?
あたしは夢中でクロゼットを漁った。
だーって殆どポロシャツとかスーツとかで、そーんな膨大な量の服の中から使えそうな一部をを見つけ出すのに、とてつもない時間がかかったからだ。

で、あたしが選んだ服はというと…。
白いベルトに、スタッズ付きの黒いラインパンツ。
シャツは白黒の細かい縦ストライプで、アクセとしてズボンの前を斜めに横切るウォレットロープと、大量の小物の中(殆ど全て不使用らしい)から見つけたグッチのG型シルバーペンダントと、ロレックスの時計(すげえ!!!)。
靴はフェラガモ製のレースアップの白黒モンキーブーツ。オーソドックスな三つボタン黒レザージャケット。
これでスモークハーフのグラサンさえあったら…最高なんだけど。

はっはっは。
どうだ、参ったか!!!
里見様はブランド物もクラブ系にまとめるのさっ。
な~んてね。

っつーかこれ全部一度も使用された形跡がないのが気になる。
使わないのに何でもってるんだろう、ジエイさんは??
この未使用のブランド品…メッチャ欲しいわぁ…。

思わず手がのびる。

ハッ!!!
だめだめ。何をやってるのあたしは!!!
こんなん万引きしてジエイさんの信用失ったらあたしの沽券に関わるわ!!!!この里美さんが窃盗なんて!!!
気を取り直して選んだ服を並べて、部屋の奥の鏡の前のカウチに置いておいた。
「ま、気に入らなくても無理やり着せるし、変に奇抜な色を選ぶより白黒でまとめた方が無難よね。」
あたしは満足して寝室へ向かった。


「里美あんた時間かかったわねぇ。」
「何かいいもの見つかりましたか?」

「えええええ!!!!!!」
またスクリーム。
ビビッタ。
だって、だって、目の前のジエイさんの髪型が…。

「変わってる…。」
あたしは茫然とジエイさんを見つめる。
ジエイさんとみーちゃんは優雅に寝室の窓側に置いてあるソファーでまったりお茶をしていた。
「あんた何言ってんのよ。彼のヘアスタ
イル変えるためにわざわざ仕事あがりのあたしをここに連れてきたんでしょ?」

だって、だって、あのちょっと時代遅れっぽい長めの7:3が…。

「ばっさり、みーさんに切って頂きました。」
ジエイさんはクロゼットのドア付近で固まってるあたしを見た。
優しく微笑んだ後、表情が少し硬くなる。
「あの…おかしいですか?」
「「おかしくなんて全然ない!!」」
不安げなジエイさんの言葉に、あたしとみーちゃんは声を合わせて否定した。

ジエイさんは、少し揉み上げが長めの、サイドが刈り上げられて頭の上がヘアワックスで無造作に立ててある、現代の若者っぽい(って別に彼が過去の遺物と言ってるわけじゃあないのよ~~!!!)髪型になっていた。

「元から髪の色素が薄い茶色だから、どうせカラーする時間もなかったしそのままにしたんだけど…どうよ?」
どうよって言われても…。
っつーか、美形の顔にワイルドさが加わった感じで…。
「な、なかなか似合うじゃんっ。」
「有難うございます。」
ジエイさんの目が細められて、セクシーな笑みを溢した。
ぎゃあ~~~また眩しい笑顔がぁ~~~~つ!!
「ジ、ジエイさん、あ、あ、あたしが選んだ服はクロゼットのソファに置いておいたんで、たっ、試してくださいね。あっ、シャツの裾はくれぐれもズボンにたくし込まないように、自然な感じで出したままにしてくださいねっ。」
あたしは何故かギクシャクしながら、ソファに座っている二人に近寄った。
「あの~、里美さん、右手と右足が同時に前に出ながら歩いてますよ…。」
ぷっ、とジエイさんは噴出しながら腰をあげる。
そして、あたしに白いセーターを手渡した。
「そうそう、あの、みーさんと僕の姉の部屋からこのセーターを選んで持ってきたんですけど、良かったらその染みのついたのを脱いで着てみてください。大丈夫ですよ、多分姉は一度も袖を通してないとおもうので。」
そう言った後ジエイさんはクロゼットに姿を消した。

「どうせクラブ行ったらこの下に着てるタンク一枚になるから、別にいらないんだけどね。」
あたしはジエイさんが出て行ったのをいい事に着替える。
「ジエイさんが心配してたのよ。里美さんが風邪を引いたらいけないからって。それより、あんたどう思った?」
みーちゃんはフワアッと大きな欠伸を一つしながらあたしに向き直る。
「どうって?」
「髪型の事。」
「べ、べっつに~~っ。みーちゃんならカッコよくしてくれるって分かってからさぁ…。」
あたしは何気なくを装った。
「ふうん。ジエイさんはね、あの髪型あんまり気に入ってないみたいだったけど、里美さんが気に入るのなら別に何でもいい、って言って切っちゃったのよ。」
みーちゃんはテーブルの上に置かれてある、高そうなカップに入ったミルクティーを一杯啜ってから、更に続ける。
「あんた何しでかした訳?かなーりジエイさんはあんたの事気に入ってるみたいだけど…。まあ、あんたも…昔からちょっと一癖も二癖もある男から気に入られる変な魅力があるみたいだけどね。」
う…そういえば、そうかも。
「でも、隆は違ったけどっ。」
あたしはムキになって反論する。
「隆?ああ、あのあんたの超好みだったムキムキマッチョのB系ファッションの彼?」
「そうそう。彼は普通だったじゃん。」
「だからあんた振られたんじゃない。」
みーちゃんは悪びれもなくサラリ、と指摘する。
ううっ…確かに、振られましたよ~だっ。
そんなハッキリ言わなくたっていいんじゃないの??
「あのねえ、あんたの悪い所は、人を自分の色眼鏡で判断して重要な中身を見てない所よ。だからいつも空振りに終わるのよ。あんた好みの男と付き合う度にあっけなく浮気されたり飽きられて振られてるじゃない。」
うっ…痛い。痛いところを突かれてる。
でも…。
「悪いけど、そんな事いうみーちゃんだって――。」
と反論しかけたところで、ガチャリとドアが開いた。
「これでいいんでしょうか?」
不快気に眉を顰めながらジエイさんがおずおずとクロゼットのドアから出てきた。


「………。」


あたしは声がでなかった。声を出す前にあたしの心臓が口から飛び出そうなくらい、大きくひとつ震えたからだった。




<ひとこと>
はあ~っ、やっと次回のクラブ編にもっていける!


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