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未年の朝 2-1    07.31.2007


 「そりゃあ、お前ら本物の夫婦(めおと)だなあ。俺も噂を広めた甲斐があったってもんよ」
かっかっか、と道弦さんは豪快に笑いながらそう言い放った。
あたし、一馬、道弦さんは一馬のボロ小屋の囲炉裏を囲んで座っていた。
一応道弦さんは道弦さんなりに、この神妙な雰囲気を和ませようとしているみたいだけど。
笑い事じゃねえよ。
ギロッ、とあたしと一馬と挟み撃ちで睨まれて、
「おっと。失礼!」
と大袈裟に咳払いした。

そう簡単に、「夫婦」とか言って欲しくない。
結婚式だってしてないのに。
てかその前に、婚約指輪どころかプロポーズの言葉すらもらってないんですけど。

あたしの、あたしの夢は……。
ワイハの海辺のチャペルで夕日を浴びながら、椰子の木の隣のハート型のバラのアーチをバックに、神父様の前でと愛しのダーリンと永遠の愛を誓い合う!
……はずだったのに。

「明日香は、戻れなかった」
はあ……。
とあたしの大きなタメ息を聞いてか聞かずか。
腕を組んで眉間にシワ寄せて一馬が呟く。

一馬……。

あ、あ、あ、あ、あたしたち、ヤッちゃったんだよね。
しかも、な、な、な、生で。
一馬を見て、全身が一気に火照る。
心臓が、バクバク鳴り出した。
ヤバイ。
だって本当にキモチ良くって、人生初のアオカン(ひゃあぁぁ~!)だったのに何度も何度もイっちゃって...。

あたしは他の事を考えようと、努めた。
そうだ。
一馬が言ったとおり、あたしの身体に前に起きたような異変が無かった。
と、いう事は……。

「あたし、帰れない……?」
その一言を吐いたら、突然目頭に熱いものが込み上げてきた。

お父さん、お母さん。
お父さんとは普段あんまり話をしなかったけど……ちゃんと大学まで出してくれた。
お母さんのご飯……肉じゃががもう食べられないの?
恋愛の相談とか、出来ないわけ?
クソ生意気な弟の昭夫。
最後の一個のお菓子の奪い合いや、切ったケーキの大きさで意地汚くよく喧嘩したけど、あ、会えないんだよね?
独り身同盟仲間の優子や孝子とも金曜日の合コンに行けないし、水曜日のレディースデーに映画観れないんだ…。
同僚の細田さんの笑顔も、ヅラの課長も、お局様の加藤さんも、全部……。

もう、戻れない…。

涙が滝のように流れ出てきた。


「泣くな」
ぴしゃり、と冷たい声がした。
言うなり、一馬は立ち上がる。
「泣いてどうこうする問題では無いだろう」
感情の無い声で言い放つと、ツカツカと戸口に向かう。
直後、ガラン、と戸が閉まる音がした。


「ほらよ。顔ぬぐえ」
道弦さんが懐から空手拭いを取り出して、あたしに放った。
「…ありがと」
顔を拭こうとした途端、あたしの鼻腔に異臭が襲った。
「クサッ!」
とその異臭の根源たる手拭いを放り投げる。
カッカッカ、と道弦さんは笑い出す。
「わりぃな。もう一月も洗ってねえや。俺の色んな“汁”が染み付いてるみてーだな」
色んな汁?
どんな汁じゃ!
お、おそろしーっ。

仕方なく着物の袖で涙を拭うあたしの背中を、道弦さんは撫でながら、
「あいつも、色々と思う事があんだろーから、気にすんな」
と優しく言ってくれた。


その夜、一馬は小屋に戻って来なかった。
あたしは眠れない夜を独りで過ごした。




 翌朝。
早朝から、戸を叩く音がした。
「増子明日香殿はおられるか?」
居留守使おうと思って寝返りを打つと、ドンドンドンッって戸を叩く音が永遠に鳴り響く。
んだよ~。
朝っぱらから!!
あたしは泣き腫らしたお岩さんみたいな目を擦りながら、戸を開けた。

「…………」

あたしの眠気まなこに映った光景。
それは、ずらーーーーーーっと並んだ甲冑の男の人たち。
甲冑が朝日に反射して、眩しーぜ。
ってか、これは特殊部隊(S.W.A.T)か何か??
なんでこんなゴキブリちっくに黒光りしたおっさん達が朝っぱらから居るのよ??
その中の先頭に立っていた、中肉中背の男の人が、一歩前に進み出た。
深々と頭を下げる。
「それがしは、吉田藤十郎と申す。我が朧月藩藩主細川政光殿のご嫡男、細川政輝殿の命でお迎えに参りました」
「政輝ぅぅぅ~?あのクソガキィ?」
お迎えって……まだあのクレイジーなお城から戻って間も無いじゃん。
「そのお言葉、失礼ながらも今回は聞き逃す事に致す。明日香殿、早速ですが、荷造りをして頂きたい」
「荷造りってったって……今?」
ちょっと……寝不足な上、頭がガンガンする。
普通だったらお鈴さんが来てスパルタレッスン開始まで、HP養う為にも、ダラダラ寝てるのに。
えええ!!
マジで、今ぁぁぁ???
「今、でござる」
藤十郎とか言う人は、にべもなくハッキリとした口調でそう告げる。

暫しの沈黙。

あたしが「うん」って言うまでテコでも動かないつもりね。
「わかった。ちょっとだけ時間ちょうだい」
根負けしたあたしは、そう言って戸を閉めた。



さて、どうしよ?
あたしはヘナヘナと床に崩れ落ちた。
一馬は戻ってこないし、このまま勝手に出て行ってもいいのかな?
はあ……。
昨夜、何度も考えた。
一馬の事。
きっとあの花火の夜の事なんて、一馬にとってとるに足らない出来事だったに違いない。
だって、この時代一夫多妻制とか、男の人が複数の女性(や男性)と関係を持って当たり前なんでしょ?
ムカつくけど。
元々、あたしを元居た時代に帰してくれる為だって言ってたし、きっと火遊びとしか思ってないんだろうけど。

「ああああああたしだって、別に初めてってワケじゃ無いしっ」
そう言いながら、何となく苦しくなった胸をおさえる。

一馬の、ぬくもり。
一馬の、左眼…。
一馬の………。

「だああああああああ!!!やめやめ!!」
パンパーン!!
と、両頬を両手で叩く。
頭を冷やそう。

そうだ、用意をしよう。
うん。
それがいい。
あのクソ生意気な政輝の相手でもしてやるか。


あたしは勢いよく立ち上がった。





 『桃花楼』と書かれた暖簾を捲って、外に出た。
「またいらっしゃってくださいねー」
店の中から、女将らしき女の声がする。
後ろ手に手を振って、一馬は店を出た。
数歩歩いた所で、立ち止まる。

「言いたい事があるなら無言で後をつけずに言ったらどうだ?」
「いやあー、バレちまったか?」
長屋の角から巨体の坊主が姿を現す。
「お前ほど体躯の良い禿げなど、嫌でも目に入る」
一馬は少しも視線を上げず、再び歩き出した。
道弦も後ろからついてくる。
「一晩中飲んでたみてーだな」
「お前には関係ない」
「女は抱いたか?」
「知らん」
「羨ましーなぁ。仏門に入っちまうと、それだけが辛い所なんだな。女なんて長い間抱いてねえや。もうどれ位になるんだろーなあ。昔は俺もよくお師匠様に内緒で……」
「黙れ」
ピタ、と銀色の刃の切っ先が、道弦の腹の前で光る。
一馬は道弦に背を向けたまま、いつの間にか鞘から抜いた刀を腰の横で構えていた。
「おおっと。危ねえもんちらつかせるなって。俺はただお前に知らせる事があって呼びに来ただけなんだからよ」
格別驚いた風でもない、落ち着いた声音の道弦は、大袈裟な身振りで両手をあげる。
出した時と同じ速さで刀を仕舞うと、一馬は再び歩き始めた。
「あいつの事であろう」
歩きながら、後ろの道弦に声をかける。
「いやあ。相変わらず勘がいいねえ」
「何だ?」
ややぶっきらぼうに、苛立ったように一馬は訊ねる。
「いやなあ…」
ボリボリと坊主頭を掻きながら、道弦は決まり悪そうに声を出した。
「今朝、お鈴ちゃんが寺に来て、明日香さんの姿が見つかんねえって騒いでたんだよ。お鈴ちゃん、まだ色々と教えてんだろ?……ってオイ!」
道弦が話し終える間も無く、数歩前を歩いていた一馬は駆け出した。


「遠くて近きは男女の仲、ってな」

その場に取り残された道弦は、まだ頭を掻いたまま、カッカッカと笑い出した。





 『政輝に呼び出されたので、朧月藩に行って来ます』

「……読めん」
一馬は小屋の明日香の布団の上に残されていた、走り書きが残して有る懐紙を取り上げた。
汚い字である。
「これがあいつの時代の文字か?」
かろうじて読めるのは、「政輝」「朧月藩」「行」という三文字。
それだけで、充分だが。
一馬は大きく息を吸いながら、紙を折りたたんで懐にしまう。
心の臓が早鐘を打つのは、ここまで駆けて来たせいであろう。

いや。

消えたわけでは無かった。
息を吐きながら、安堵している自分に気づく。
「何故いつも大人しくしておれんのだ?」
言いながら、苛々が募ってきた。
手の内に収まったかと思うと、指の間から零れ落ちていく水のような女だ。
掴めない。
俺では。


昨夜、小屋を出た一馬は久しぶりに花町へ来た。
帰れない、と悟り泣き出した明日香を放ったまま。
そして、酔いつぶれた。

あいつは、元居た時代に戻りたがっている。
無理も無い。
誰だって生まれ育った故郷は捨て難い。

あの夜。
あの女と繋がる事が出来たと思った。
消える事の無かった、あの温い柔らかな肢体に幾度も己の跡を残した。

思い出すと、己の分身が疼く。

が。

あいつには大事では無かったようだ。
生娘でも、無かった。
きっと誰か他に契りを交わした相手でも居るのだろう。
「…………」
不快感が込み上げてくる。

ならば、道弦が言っていたように仮の夫婦にでもなって、繋ぎ止めるか?
体で、繋ぎ止めてみせるか?

廓で商売女に酒を注がせ、飲んで飲んで飲みまくり、最後潜在的に辿りついた結論が、それだった。


「道弦。そこにおるのであろう?」
一馬は背を向けたまま、戸口の方の影に声をかける。
「おうよ」
戸が開き、巨体が現れる。
「また暫く留守にするが、道場の方をお前に頼んでよいか?」
「俺に選択の余地はねえんだろ?」
道弦は大げさに肩を竦める。

が、口元には人の良い笑みを浮かべていた。




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