スポンサーサイト    --.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
未年の朝 12    07.31.2007


 一馬の汚らしい小屋に戻ってきて数日が経ったある日、道弦さんがふらりと立ち寄った。
生憎、一馬は仕事に出ていて居なかったので、あたしは彼にあがってもらいお茶を出した。
あたしは、お鈴さんのスパルタレッスン+一馬の毎日のお小言のお陰で、火の起こし方を完璧にマスターした。
まあ、勇者的にに言うとレベルが三つくらい上がったのだ。
道弦さんはあたしが差し出したお茶を一口飲むと、まずかったのか顔を顰めながら一つ咳払いをした。

「一馬からきいたんだけど、お前ら夫婦になったんだってな。」
ヴヴヴヴヴヴッ!!
優雅に飲もうと思っていたお茶が口じゃなくて鼻に入ってしまった。
は、鼻の器官が痛ひ…。

「もう殿様に言っちまったんだろ?床を共にしてなくて言っちまったんならしょうがねえよな。」
慌てて手拭いで鼻を押さえて苦しんでいるあたしに構わず、道弦さんは続ける。
「朧月藩の出来事も、全部聞いたんだが…というか無理やり俺が奴から聞きだしたんだが、明日香さん、あんたも大変だったんだな。あそこの藩の若殿の噂は俺もかねがね聞いてたんだが…。」

「でも、道弦さん。めおと…夫婦って結婚式とかしなきゃなれないんじゃないの?あたしのいた時代では…」
「結婚?祝言の事か?ああ、あんなもん中級以上の武士のしきたりであって、一馬はそういう事気にしないんじゃねえのか?」

あたしは鼻を押さえながら、眉を顰めた。
「じゃあ、周りに公言してれば夫婦なの?」
「ああ、そうだ。だが、子を授けるのが夫婦になる本来の目的だからな。お前ら、まぐわえないんだったな。」

ま、まぐわう…?!
なんてレトロな言葉。

確かに、あたしは一馬とは出来なかった。
その時の事を思って、顔が火照る。
今でも時々、あのときの事を思い出すとあたしの体がやばいほど欲求不満モードに突入しちゃうのだ。
子供を作るのがこの時代の夫婦の本来の目的なら、一馬はあたしと夫婦だなんて言っちゃって良かったのだろうか?
一馬は子供とか、欲しくないのかな?

「まあかりそめの夫婦だから、その必要はねえのかもな。一馬は一馬なりにお前の事気遣ってやってんじゃねえのかな。」
「気遣うっていったって、あたしまだ奉公人扱いだよ。」
そう。
帰ってきてからもあたしの立場(=奉公人)と扱いはぜんっぜん変わっていなかった。
むしろ、仕事の量が増えたような…。
あたしが抗議すると、道弦さんはお茶を置いて胡坐の体勢から膝をたてて腕を置いた。

目を細める。
「あいつは知らねぇんだよ。夫婦とか、家族ってモンを。」
その言葉に、今度はあたしが眉を顰めた。
「え?だって、どっか田舎の方の郷士の息子なんでしょう?」
ってか、そんなような事お鈴さんが言っていたような…。

「息子というより、天羽家の養子なんだが。あいつの両親は有名な反幕組織に入っていたらしくて、流石の俺もそこらへん突っ込んで聞いても詳しくは教えてもらえてないんだが…兎に角、父親は打ち首で、母親は島流しを逃れる為に頭丸めてどっかの寺に入ったんだが、奴はその直前に遠い親戚だった天羽家に引き取られたらしい。」

「ふうん…。でも、天羽家の養子だったんなら、両親が居ないよりいいんじゃないの?…あ。」
そういえば、家督を捨てた、とか何とかお鈴さんが言っていたのを思い出した。

「それがなぁ。俺が初めて奴に会った時…もう十数年も前の話だが…あいつの家の近所の寺に俺も預けられてて、俺の師匠が営む寺子屋に奴も来てて知り合ったんだが、そん時のあいつは、今みてぇに無口だったのには変わりねえんだが、絶えず体に痣や傷痕があったんだよ。それも、剣術の稽古で出来たとは思えねぇ場所… 足や手首や…喉周りにな。」

あたしは、息を飲んだ。
思ったより結構ハードな生活を送ってきたらしい一馬に、言葉が無かった。
しーん、と重苦しい空気が暫くこの部屋を包んだ。
どたどたどたどた……という騒音が小屋の外から聞こえてくるまでは。
「俺の言った事、誰にも言うなよ。特に、あいつには。あいつが言い出すまではな。」
と、小屋の戸が開く直前、道弦さんは素早く小声であたしに注意した。
 
 
「明日香さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
がらがらっ!
と物凄い勢いで戸が開いたかと思うと、お鈴さんが息せき切りながら駆け込んできた。
「酷いですわ酷いですわ酷いですわ!!!一馬様とは何も無いって仰っていたのにぃ!!」
「ぐぇっ。」
いきなり胸倉をつかまれて、しかも華奢そうな体からは
想像もつかないような凄い力であたしは揺さぶられた。

「噂を聞きましたわ!!!私と一馬様の事を応援してくれるって言ってたじゃないですか!!なのに、なのに…夫婦になっただなんて!裏切りですわ!ふえええええええええんっ!!!!」
揺さぶったと思ったら、突然あたしを突き飛ばして泣き崩れた。
やれやれ、また説明しなきゃならないのか。
ヒキガエルの如く無様に畳に叩きつけられたあたしは、その体勢のまま大きく溜息をついた。
 
 


 そんなドタバタがあった夜、道場から帰ってきた一馬は
あたしを発見した川原付近で打ち上げ花火が見れるから、と言ってあたしを外に連れ出した。
朧月藩から帰ってきても、一馬は相変わらず、あたしを奉公人扱い…
いや馬鹿扱いしているし、変わった所は一切無いみたいだった。

ただ、噂が先走りしているというか、恐らく流したのは道弦さんだと思うんだけど、あたしと一馬が夫婦になったいう噂がかなーりの勢いで広まってて、どっかのお百姓さんが親切に蓮根やら大根やらの根菜セットをお祝いに持ってきてくれたり、今も川原に行く途中一馬は知り合いらしき人に声をかけられて何かを貰っていた。
丁重に頭を下げて「金一封」と書かれたそれを懐にしまうと、一馬は何事も無かったかのようにあたしの腕を引いて人込みの川原に連れて行った。

「道場で教えている奴だ。」
いつもお喋りなあたしが大人しいのに気づいたのか、一馬は土手に腰を下ろすと、あたしに持ってきた握り飯を差し出した。

実はあたしはずーっと考えていた。
一馬の過去の事、あたしたちの現在の事、そして、あたし自身の未来の事。

たまーにマジでセンチメンタルになる時がある。
あたしは、本当にもといた時代に帰れるのか、とか考え出すと止まらない。

いつもがっつきで、胃袋がいくつあっても足りないあたしが首を振って握り飯を拒否すると、一馬は凄く驚いたらしく
「風邪でもひいたのか?」
とあたしの額に手を当ててきた。

覗き込んできた一馬の隻眼に、トクトクと血液を押し出す速さが増して大きく響きだす。
あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
なに緊張してんだ、あたし。
「だあああああっ違う!」
と、おもわず一馬の手を振り払ってしまった。
一馬は訝しげに、だけど心なしか心配そうな顔つきであたしを見つめてる。

「あああああもう、見ないで見ないで!」
耐え切れずシッシッ、とハエの如く手で追い払う素振りをしてあたしは慌てて顔を逸らした。
人込みをそれとなく眺める。
あたしから目を逸らし、ド●ベンのキャラの誰かさんみたく、何かの草花を口に含みながら一馬も人込みに目をやった。

「夫婦の件についてお前が腹を立てているのならば…俺はここまで大事にするつもりは無かった。」
道弦に言ったのが間違いだった、と付け加える。
「他の藩の藩主だとしても、あいつは殿だ。あの発言が偽りだと知れればすぐお縄だ。下手すりゃ打ち首になる可能性がある。それはお前も免れたいだろう?」

お縄。
打ち首。
あまりにもサラリと言ってのける一馬に頭が来た。
っつーか、何、その他人事みたいな言い方????
と、言おうとしてもう既に口と体が勝手に動いていた事に気付いた。
怒って立ち上がったあたしは、一馬を睨んでいた。
「はっきり言って、あんなのその場限りのただのジョークかと思ってた。み、みんなに広めちゃうなんて何考えてるの?!あんたが勝手に政輝にそんな発言しちゃったんじゃない!」

ピクリ、と一馬の顎が強張る。
「さっきも言ったが噂を広めたのは俺ではない。まあ、道弦の策略なんだろう。それにてっきり俺はお前があの若殿を嫌がっているのかと思っていたのだが。助けたつもりだったんだが、あのままあの城に残ってあの殿の玩具になっていたかったのか?」

「んなわけないでしょ!あーんなクソガキ絶対嫌だし、あんたが助けてくれたのには感謝してるけど、夫婦って、そんな風に簡単になっちゃっていいの?好きあってる者同士じゃなきゃいけないと思うし、あたしの時代では…。」

「お前の時代など知らん。」
ぴしゃり、と一馬はその一言をあたしに叩きつけた。
「な…。」

「知りたいとも思わん。だが、これだけは言っておこう。俺はお前を助ける為に言ってやった。考えても見ろ、全ての原因は、お前にあるだろう?俺は最初からお前を連れて行く気は無かった、だが、お前はついて来た上に俺のいう事を聞かず殿の気まぐれに巻き込まれてああいう事になった。違うか?」

一馬は口の中に含んでいた草を吐き捨てると、突然立ち上がりあたしの手首をきつく掴んで、せっかく人込みの中、花火見学用に見つけた場所から連れ出した。
「痛い!離して!!いてーよ、馬鹿、クソ一馬!!!ウンコ、アホ!!!」
花火見物人があたしの罵声をもの珍しげに見つめている中。
注目など一向に気にしていないらしい一馬はあたしを引っ張って人気のない近くの雑木林に連れて行った。

あたしを大木の下に連れて放り投げると、腕を組んであたしを見下ろした。

怖い…。

一馬の顔つきは、今まで見たこともない位に怒っていた。
流石のあたしもいつもみたいな馬鹿な事が言えない程、緊迫した空気が流れる。

「ん…何よ?」
かろうじてあたしの喉から掠れて出た言葉はそれだけだった。
「これからどうしたいかは、お前次第だ。この時代に残るか否か。お前が…もといた時代に戻りたいと望むのなら…。」
手を貸そう。
と付け加える。
あたしは息を飲んだ。
それって、もしかして、もしかしなくても…。

それ以前に、あたしはどうしたいのか?
と、改めて考えた。
ついさっきまでは、戻りたいと思っていた。
思っていたのに…。

一馬をみあげる。
男らしい、精悍な顔。
現代ではあまり見られない、
野生的なカッコよさを持ち合わせてて、適度に…だけどしっかりとした骨格に筋肉。
片方は潰れているのに、意思の強そうなもう片方の目。
こいつと嫌というほど一緒にいるのに、未だに鳴るあたしの鼓動。
まるで、まるで、少女漫画の主人公みたいじゃんっ。
って、何考えてんの、あたし!

一馬は。
細田さんの時とは違って…何というか…憧れとは違って、
安堵感と混同している緊張感を感じる。
わけわかんない…。
でも。

「戻り…たい。」
あたしの居る場所はここではないような気がした。
こいつと。
一馬とは一緒にいてはいけないような気がした。
「分かった。」
一馬はそれだけ言うと、あたしを抱きかかえて、雑木林の奥のほうへ連れて行く。
やがて自分の羽織を脱いで地面に敷き、あたしを横たえると、一馬は真面目な顔のまま、あたしの上に乗っかった。
腕で支えてあたしに体重をかけないように気をつけながらも、あたしのお腹から下は彼の固い筋肉が密着する。
太腿のあたりには、一段と熱い塊を感じる。

何かの儀式みたいに。
ぎこちなく、唇を合わせる。
だんだんと湿り気が帯びてくると、
一馬はあたしの唇の中に舌を差し入れた。
あたしも、一馬を引き寄せて彼を味わう。
キスしながら、あたしは泣いていた。


サーバー・レンタルサーバー カウンター ブログ