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未年の朝 10    07.31.2007


 「ねえ…。」
ドミンゴとかいう妖しげな赤ら顔男が去った後。
あたしは目の前の少年に声をかけた。
「あのさ、あたっ…じゃない、ぼ、僕が言うのも何なんだけど…あの外人の事信用しない方がいいんじゃない?」
「……。」
斜め前で胡坐をかいて布団の上に座っている政輝は無言のままだ。

その横顔からは何も読み取れない。
「だってさ、何か怪しい事口にしていたよ。もしかしたら、君を騙そうとか…。」
「お前は誰だ?」
政輝はあたしを睨みつけるように振り向く。

あ。
そうだった。
さっきあたしの正体がばれちゃったんだ。
「う…僕…じゃない、あたしは増子明日香って言って…。」
「あすか??何で男の格好をしているんだ?そっちこそ俺を騙そうとしていたみたいだね?何処から送られた?お前は本当は俺を殺そうとしている刺客ではないのか?」
質問が矢継ぎ早に飛んでくる。

殺そうって…被害妄想つよいよ~~。
そんな訳ないじゃん、と言おうとしたけれど。
彼の物凄い剣幕に、
「うっ…。」
と言葉を詰まらせながら、
「えっと…男の格好は、一馬…天羽一馬について朧月城を見てみてかったからで、別に誰も騙そうと思っていたわけじゃなくって…。」

しどろもどろのあたしを、明らかに信用していない顔で政輝は、
「その、天羽一馬という男と本当に知り合いなのだろうな?嘘だったら…切腹の覚悟をしておいたほうがいいかもね。」
と冷たく言い放つ。
そして、あたしの腕を取って立ち上がった。

「ええ?!何処に行くの??」
「もちろん、君のお師匠様の所に決まっているだろう?」
言いながら、あたしを掴んでいる腕に力を入れる。
っつーか、腕痛い!!!
なんて力なのよ!
あたしは半ば引きずられるようにして、この黄金の部屋を出た。
 


あたしを引っ張りながら先を歩いている政輝がポツリと聞いてきた。
「…どうしてお前はドミンゴが怪しいと思う?」
は?
「え?それは…あたしちょっとだけならスペイン語解るし。彼が独り言言ってるの聞こえちゃって…。」
また訝しげな表情で政輝は振り向く。

「奴の言葉が分かるだと??ドミンゴ以外は皆母国語しか喋れないから、普通はオランダ語の通訳を通してオランダ語で会話をしているんだ。オランダ語を通さずに…何故奴らの言葉が分かる??それこそ妖しいなっ。」

や、ややこしい…。
つまり、日本語→オランダ語→スペイン語→オランダ語→日本語になってるわけね?
そ、れ、よ、り!!!
親切にドミンゴを信用するなって教えてやったのに、このあたしを怪しいとおっしゃいますか…。

だああぁぁぁ~~~!
さっきから黙って聞いてりゃ何なの!!
まるであたしが超危険人物みたいじゃないよ(←ちょっと逆切れモードに入った明日香さん)!!!

「ふざけんなぁっ!!!!」

あたしは大声を出して奴が握っていた腕を思いっきり振り払った。

「あのねえ、男装して、あんたを騙したのは悪かったけど、元はと言えばあんたが中庭からあたしを連れ去ったのが原因で、こっちは別にあんたのお守なんてしたくなかったのよっ!!人がわざわざ親切にあのドミンゴって奴は怪しいって忠告してやってんだから、真面目に聞け、このバカ殿ォォ!!!!」

はーっ!
スッキリした。
ふふんっと斜め45度から政輝を見下ろすと。
甘やかされて育ったお坊ちゃんは怒鳴られたり叱られたりするのに慣れていないのか、両こぶしを硬く握って目に涙を溜めてあたしを睨んでいた。

「お、お前こそ!!俺にそんな口を利いていいと思っているのか!!俺を騙した罪は重いぞ!!!」
「ハイハイ、また切腹っつってあたしを脅かそうってんでしょ??あんたね、これから人の上に立って民を指導しようってモンが、その柱となる民衆の命を大切にしないなんて、冗談じゃ済まされないわよっ。いつか天罰が起きるんだから!!!そんなんじゃね、朧月藩はすぐに百姓一揆とか起きちゃって滅びるわよっ。いい、人の命や人生ってーのはねぇ、あんた一人が勝手に左右していいもんじゃあないの。人の命を尊ばない王が統治する国がすぐに滅びるってーのはどの時代も同じなんだから!!!!」

ビシッと。
指差して彼にそう言い放つと。
あたしは半泣きの政輝を置いてスタスタと中庭に向かって歩き出した。
「お、お前こそ何様のつもりなんだっ。そんな事、お、俺が知らないとでも思っているのか?」
あたしはシカトして中庭を目指す。
もう、後ろでブツブツ言っている政輝なんて眼中に無かった。
広い敷地を歩いていると。
人だかりが見えた。
見物人は侍の格好をした人たちが殆どで。
きっと輪の中に一馬がいるはずだ。
あたしはルンルン気分♪で政輝を置いてそっちに向かって走り出した。

 



 輪の中心で一人の侍相手に、木刀一本で相手の攻撃をスルリスルリとかわしたり
払ったりしているのは、やはり一馬で。
「ほう~っ。」
何故だか安堵の溜息があたしの口から零れ出た。
人垣を掻き分けて、ひょっこり覗くと。
無表情な隻眼が、チラとこちらを見た。
あたしは思わず手を振った。

気のせいか、少しだけ。
強張っていた一馬の顔が緩んだ感じで。
そのままあたしが気づく程度に小さく頷くと、
視線を相手に戻してまた攻撃をかわしながら説明しだした。
キョロキョロして政輝を探すと、従者を侍らし、日傘と扇子を持たせ、
偉そうに踏ん反り返りながら父親の隣にちゃっかりと座っていた。
 
 
暫く経って。
人垣の外で一人座って待っていると、ポンっと頭を叩かれた。
「何処へ行っていた?」
顔を上げると、一馬があたしを見下ろしていた。
「案じたぞ。お前の事だからまた何処かへフラフラと行ったまま、迷子にでもなったのかとは思っていたが。」
「う…っ。まあ…そんなもん…。」
実は我侭お坊ちゃまのお守をさせられて一発抜いてました、なんて口が裂けても言えない。
あたしが目を逸らしながら俯いていると。
「探す手間が省けて良かった。」
と言いながらドカッと隣に腰を下ろした。
「あのぉ~~。剣術お披露目は??もう、終わったの?」
そういえば、いつの間にか人だかりは無くなっていた。
「ああ。帰るぞ。」
と一馬が呟いたのと、
「お前が天羽一馬か。有名な剣豪だけあって見事な太刀裁きだった。楽しませてもらったよ。」
との声が後ろから聞こえたのは同時だった。

ゲ…。
このませた声。

「政輝!」
あたしは慌てて後ろを振り向く。
つーか、半分も一馬の剣術を見てないくせに良く言うぜっ。
一馬は、名前を聞いて、サッと両手両膝をついて頭を下げた。
げっ。
あの一馬がこのクソガキに頭下げてる…。
こいつやっぱ偉いんだ…。
今更悟ったあたし。

「……恐縮でございます。」
「はっはっは。顔を上げてよ。君の従者君は偉そうに俺を呼び捨てにしている事だしさ。」
嫌味な笑いを浮かべながら、政輝は続ける。

「単刀直入に言わせてもらうよ。さっきこの…太郎だっけか、明日香だっけか…まあ、名前なんてどうでも良いや、このおなごにお世話になったよ。何やら訳があって男子の格好をしているようだけれど…。大いに気に入った。俺の側室にしても良いか、どうやら雇い主らしい君に聞いてみようと思って。」

「……。」
「はあ?!!」

無言の一馬に、思わず裏返った声を出してしまった、あたし。
だって、何このバカ言い出してるの??!!

「政輝っ!!あんたバッカじゃないの??何突然言い出してんのよっっっ。ずえーーーーーーーーっっったいイ・ヤ・ダ!!!そんな、一夫多妻制なんて大反対だしっ。一馬も、こんなクソガキのいう事本気にしなくていいからねっ。さっ、さっさと帰ろっ。ねっ。」

「うるさいなあ…。お前には聞いていないよ。俺は、この一馬って男から聞きたいんだ。」
両膝をつけたまま、俯いて一言も発しない一馬。
一応あたしの雇い人だし、こいつが「ハイ」って言えば、あたしはこのクソガキの側室になっちゃう…んだよね?
死んでも、嫌だ…。

「こいつが…。」
頭を下げながら一馬はポツリポツリと言葉を発する。

「こいつが何処で、女子だと悟ったのかは存じませんが…馬鹿で、態度がでかくて、全く持って役に立たない女です。気に入っていただけて、真に光栄でございますが…。」

しつれーな(怒)。
ちょっとは役に立ってますよーだっ。
あたしは眉間に皺を寄せながら、隣で腕を組んで一馬の言葉を待つ。
政輝も、女の子みたいな整った顔で一馬を見下ろしていた。


「こいつは、私の妻ですので諦めて頂きたい。」


「はっ?」
「何っ?」
ば、ば、ば、ば、ば、爆弾発言!!!!

し、し、し、し、心臓がバクバク鳴り出した!!!
こ、これって、プロポーズ??

とか一人で舞い上がりそうになっていると。
一馬は、政輝に気づかれないようにあたしの袴の裾を引っ張った。
え?
ああ…。
「俺に合わせろ。」
小声で指示が出た。
な、な~んだっ。
ははっ(←まだちょっと動揺中)。

「そ、そうなのっ。あたしたち、夫婦の仲なのよっ。きょ、今日も夫の一馬の事が心配でついてきちゃったっ。ねーーーっ?」
あたしはそう言いながら、一馬に抱きつく。
「……そ、そういう事なので…。」
ぎこちない演技をしながらも。
あたしたちはラブラブモードを政輝に見せ付けた。
政輝は。
冷たい目であたし達を見下ろしながら、ゆっくりと口を開く。
「そうか。それならば、あの、金の部屋で俺を喜ば―――。」
「だああああああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!」
ストーップ!!
それは一馬の前では禁句っしょ??

「おっ、お腹が痛いっ。か、一馬!!!き、昨日食べた茸が当たったみたいっ。ううっ…痛いよ~~~っ。家に帰ろうよ~~~っ。」
あたしは泣きながら(半分本物の涙)、一馬に訴える。
「と、妻が申しておりますので、今日はこの辺でお暇しようと思っております。殿の申し出は、そういう事で諦め願います。」
一馬は、ヘナヘナの(もちろん、演技)あたしをお姫様抱っこで抱えると、政輝に一礼して立ち去ろうとした。


「ちょっと待ってよ。」
背を向けた一馬に声がかかる。
あたしは、一馬の腕越しに政輝を顧みた。
「俺には、スペイン人の技術者の言葉を訳せる人間が必要なんだ。
 だから、彼女にはまた登城して貰うかもしれないから。覚えておいてねっ。」
感情を押し殺した声で政輝は言い放ち。
あたしと目が合うと不適な笑みを浮かべながら、
『あ・き・ら・め・な・い・よ』
と、口だけ動かしてフフンっとせせら笑った。
 
 



 「殿と何があった?」
城から立ち去ると。
あたしの目の前をスタスタと歩いていた一馬は、開口一番に聞いてきた。

「え?いや…別に…。」
言葉を濁すあたしをチラリと見る隻眼が、夕陽に照らされて眩しい。
「そうとう気に入られたみたいだが?」
「うん…何でだろうね?スペイン語が話せるからじゃない?」
ってそれだけじゃないと思うけどさ。
それは禁句禁句。
「すぺいん…?異国の言葉か?お前は異国の言葉が分かるのか?」
ちょっと驚いた顔で、背の高い一馬は立ち止まってあたしを見下ろす。
「ん…。小さい頃住んでたんだ。」
小声で答えながら、一馬の横を通り過ぎる。
「お前は…不思議な女だな…。」
そう言うと。
一馬は後ろから肩の上に手を廻し、思いっきりあたしを抱きしめた。

え…。

「うろちょろするな。こっちが迷惑だ。」
首筋に熱い吐息がかかる。
また、あたしの心臓がバクバク鳴り出して…。
「ど、どうすたの、かじゅま(一馬)??」
嗚呼っ。
緊張して思いっきり噛んでしまった(何弁?)!!!
「どうもしない。お前が心配をかけるのが悪い。」
大根の入った籠を抱えたお百姓さんがうちらをジロジロ見つめながら通り過ぎた。
うおぉぉ~~見た目はラブラブカップルじゃんっっ!!!
しかも男同士の!!

だけど。
熱い抱擁はそんなに長くはなくって…。
「何突っ立ってるんだ。行くぞ。」
何秒かたつと、彼の腕が離れた。
石のように体の硬直したあたしは、その場に立ち尽くしてしまって暫く足が動かなかった。
 
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