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未年の朝 1    07.29.2007
“未年の朝”

 
 足が、つった。

水が、器官に入り込む。
バシャバシャと抵抗してみたけれど、
重く体は底にひきつけられて
息が、出来ない…。
苦しくて、苦しくて。
 
好き勝手に生きてきた二十二年。
お父さん、お母さん、先逝く不幸をお許し下さい。



ああ……



もう、死ぬんだろうなあ…




なんて考えていたら、体がだんだん楽になってきた…。
 
 













 
 「大丈夫か?」
男の声が遠いどこからか聞こえてきた。
温い。
ここは天国?
天国って、こんなに温くって気持ちいいものなの?

このまま寝ていたい。
なのに何かがあたしを起こそうとしている。

重い目蓋をゆっくりと開けてみた……。
 
「あ、あ、あ、あ、あ、あんた誰???」

目を覚ますとあたしは全裸で、これまた裸の男の人の膝の上に収まっていた。
川原で焚き木の火がパチパチとはねている傍らで男に抱き込まれ、
大きなブランケットのような布地に包まっている。

傍から見ると、人気のないとこでキャンプファイヤーしてる(ヌード)カップル…?

あたしは男の顔をまじまじと見つめた。
おでこから片目を通って頬にかけてざっくりと傷跡がある、隻眼の、
渋くてかっこいいけど少し怖そうな顔をした男だった。
そいつの意志の強そうな視線とぶつかる。

「はっ!!な、なんであたし裸なの???」
あたしは裸だったのを思い出し、慌てて男の胸から飛び退いた。
ついでに包まれてた布を男から瞬時に奪い取って、体を隠す。

男はふんどし姿だった。

って、えええ??
ふんどしィ~~~~~?????


「な、な、な、な、何なんですか、それ???」
あたしは男のふんどしを指差す。
心臓がバクバク鳴ってる。

「っていうか、あなた誰ですか?あ、怪しいですね。警察呼びますよ。
ここで何してるんですか?なんであたし裸なんですか?なんであなた…ふ、ふんどしなんですか。」
男はぽりぽりと頭を掻きながら(しかも男なのに、一つに束ねたポニーテール!!)、
ふんどし姿で立ち上がった。
傍に落ちていた服を手に取る。

「質問は一つずつにしてくれ。俺はそこの川で溺れていたお前を助けただけだ。命の恩人に礼を言うのはお前の方だろう?」

川で溺れて…?
ああ、そういえば家の帰り道、
考え事があって近所の川の流れを橋の上から見てたら、誰かが背中をポンって…。

「突き飛ばされた…?」
顔から血の気が引いていく。
男は無言でちょっと汚い着物に袖を通した。

「着物?????!!!!!!」

男は帯を結びながら明らかに不快そうな顔をした。
「お前こそ誰だ?溺れて気でも違ったか?」
「気なんか違ってません!!あたしは増子明日香二十二歳です!!」

男は腰に刀までさしちゃってサムライ気分である。
この人、俳優?
それとも時代劇オタク?
いや、今日はハロウィーンだったっけ?

「増子明日香…女の癖に苗字があるとは…。武家の娘か?何故入水自殺をしようとしたんだ?」
頭が混乱してクラクラしているあたしに「自殺」の言葉だけはしっかり聞こえた。
「自殺なんてしようとしてません!!誰かに突き飛ばされたら足がつって溺れちゃったんです!!」
と、強く言い返した。

でも、あれ?
そういえばあたしが見下ろしていた橋もないし、
整備されたコンクリの道路も雑草の生えた地面に変わっている。

…おかしいぞ??

「俺は、天羽一馬(あもうかずま)という。」
「ここは、何処??」
あたしは不安になって辺りをきょろきょろ見回した。
見慣れたものは何一つ無い。

「…江戸だが…?」

ちょ~っと待った!!
これはドッ●リカメラ??
この役者さんかな~り演技が上手だわ。

それらしい言葉で喋っちゃって。
「あははははは。」
あたしは可笑しくなって笑い出した。
一馬と名乗った男は訝しげな顔をする。

「…何が可笑しい?」
「だあ~って、江戸って徳川一家が牛耳ってた時代でしょ?とっくに終わったわよ。」

男の目がキラリ、と光る。
「終わった、だと?昨年公方さま…家康殿は豊臣秀頼を倒された。今は徳川天下の時代だぞ?」
「でも…。」
と言いかけた言葉を遮るように突然、ぐううぅぅ~~、とあたしのおなかが鳴った。
あたしは慌ててお腹を押さえる。

それを聞いた一馬の怖くて厳しかった表情が、一瞬にして柔和になった。
「腹が減ったのなら、すぐ傍だ。家へ来い。食べながらお前の事情を話せ。」
そう言い放つとあたしの着ていた、まだ濡れているチビTとジーンズを拾ってすたすたと背を向けて歩き出した。

あたしも裸にボロ布、という恥ずかしいかっこのまま早足で歩く彼を追いかけた…。
 


あたしがタイムトリップしてしまった!!
と実感したのは、彼の家に行くまで通りすがりのひとたちと町並みを見てからだった。
っつーか、全然違う!!
服装も、建物も、風景も全然違う!!!

これって、夢じゃなくって?
ほっぺたをつねってみる。
……痛い。


あたしは、あたしは、本当にタイムトリップしてしまったのぉぉぉぉ??

 

 彼の家は町(っていうか、村?)のはずれのぼろっちい掘っ立て小屋のような所だった。
なんていうか、真ん中にぽつんと囲炉裏があって、箪笥があって、
本当にそれだけの質素な所だった。

「女物はないのでな。お前の着ていた衣は濡れていて乾いておらん。暫くの間これでも羽織っておけ。」
と自分のらしき着物を投げてよこした。
そのまま囲炉裏の前にどすん、と座る。

「ありがとう。」
と言ったはいいけど、着方、分からないんですけど…。
温泉の浴衣と一緒だよね?

と、とりあえず彼が背を向けて囲炉裏の火を熾してる間に、素早く着た。

「粥しかないが、それでいいか?」
こちらを振り向いた彼は硬直する。
「お前…それでは死人だぞ?合わせが反対だ。相当甘やかされて育ったんだろうな。着方も知らんとは。こっちへ来い。」

「え?ち、違うの?」
彼の前で立ち止まると。
ふしだらけの手を伸ばしてきて、いきなり帯を解いた。

はらり、と前がはだける。
あたし下は裸…。

「な、何するんですか!!」
そう言って着物の前を慌てて押さえた。

「お前の裸はもうさっき見た。何を今更恥ずかしがっておるのだ。」
有無を言わせずあたしをくるりと後ろに振り向かせて、手早く帯を締めてくれた。
ほお~っと安堵の吐息を漏らしたあたしの顔をちらり、と見て
「悪いがそんな貧弱な体では俺は欲情などせんぞ。」
冷たく言い放って再び体を囲炉裏に向けた。
む、むっか~~~っ。
ただ見しやがって!!
後姿のお侍さんを睨みつける。
と、またあたしのおなかがきゅるるるる~~と主張した。
はあ~っ。
おなか減った。
ムカつくけど、空腹には勝てない。
色気より食い気!
顔を引きつらせたまま、あたしはちょこん、と隣に座る。
彼はお粥をお茶碗に盛って無言で手渡してきた。

「美味しい!!」
一口食べると、さっぱりとした旨みが口に広がった。
「そうか。口に合ってよかった。」
案外人懐こそうな笑みを浮かべて、お侍さんもお粥に口をつけた。
 
食事中。
あたしはこの天羽一馬ってお侍さんに事の成り行きを説明してみた。

あたしを助けてくれて親切にしてくれているから、きっと現代に戻る手伝いをしてくれるかもしれないと思ったからだった。

「むう…。」
事情を説明し終えると、案の定彼は難しい顔をして暫く考え込んだ。
そりゃあ理解に苦しむわな。
あたしだっていまいち分かってないもん。


「お前が、ここから来たのでないのは分かる。馬の毛のような茶色い髪をしているし、溺れていた時は奇抜な身なりをしていたし、意味は大体分かるが難解な言葉をたまに吐くしな。」
茶色い髪って、染めてるもん。
奇抜な身なりはチビTにジーパンの事?

難解な言葉って…現代語なんですけど…。
とあたしは心の中で突っ込んだ。


彼は暫く腕を組んだまま考え込んだ。
「丁度いい。面倒見てやるから、元いた所に戻れるまでここで奉公しろ。」
「奉公?」
って、何すりゃいいわけ?
「俺の身の回りの世話をすればいい。炊事洗濯諸々だ。」
そう言うなり、普段は傷跡があって怖そうな顔に飛びっきりの笑顔を浮かべてあたしを見つめた。
「そうだな、食事が済んだら俺は裏で暫く素振りをする。それが終わったら体を拭いてくれ。」
さらりと言い放つと、もう一杯粥を口に運んだ。
 
天羽一馬。
二十代半ば。
この界隈では有名な剣豪(後から聞いた話)。

武士とかひとんちに何とか流って剣術を教えて生活している…らしい。
たまに命がけの果し合いなんかも…するらしい。
それで生活が出来ちゃうらしい、不思議な職業であーる。
 

仕事をする、と言った彼は、小屋の裏で一人素振りを始めた。

あたしも外に出てそれをじーっと眺める。
「なんで素振りなんてしてるの?」
はあはあと息を切らしながら彼はあたしを顧みた。
「明後日大事な試合があるのでな。少しでも慣らしておかねばならぬ。」

闇夜の下白銀に光る真剣を、何度も振り下ろしている一馬は凛々しい。
刀を振り下ろすごとに汗がポタポタと地面に振りかかる。


その姿をぼんやり見つめながら、あたしは考えていた。
なんでこんな時代に来ちゃったんだろう?
これは夢じゃない…よね?
ほっぺたを抓ってみてもやっぱり痛い。

あーあ、同僚の細田さんはあたしが明日出社してない事に気づくかなぁ?
毎日彼の笑顔を見るのが楽しみだったのにぃ。
あたしがあの時代から消えても…何かが変わるのだろうか?

もう、戻れなかったら?

考えただけで、涙が出てきた。
目の前の男の姿がぼやける。

何気なく横を向いて着物の袖で涙を拭った。


すると、ぽん、とあたしの頭にごつごつとした手が置かれた。
頭上から声が降ってくる。
「何をめそめそしておる?泣いてたって何も起きんぞ。ほら、帰るぞ。」
あたしは一馬に強引に腕を掴まれ引き摺られながら、小屋に戻った。
 




 「えええええええ????何をしろって?」
あたしは思わず声をあげてしまう。
目の前に出されたのは、水がはってある桶と手拭。

「お前俺に奉公するんだろ?これで俺の体を拭け。」
「お風呂に入ればいいじゃない!!!」

一馬は怪訝そうな顔をする。
「風呂だと?そんな贅沢は出来ん。」
「じゃあ、あたしを拾った川に行けば?」
「ああ言えばこう言う女だな。川の水は夜冷たい。大事な試合前に風邪をひいたらどうするのだ?」
一馬はそこでニヤリと微笑む。
「お前を今ここで外へ放り出しても構わんのだぞ?こんな夜中に行くあてはあるのか?」

あたしは深いため息をついた。
行くとこなんて、ない。
知ってて、こいつわざと言ってる。
意地悪だ。

……まあ、お祖父ちゃんの背中を洗った事もあるし体を拭くぐらい、大したことなどない…けど。

あたしはふと、上半身裸の彼を見上げた。
適度に日に焼けてて、健康的で、細身なのに無駄な贅肉ひとつなく引き締まっている。
いい体を…していると思う。
っつーか、若い女の子の目には毒ってもんでしょ。

真っ赤に顔が火照った。

「これをつければ良いだろう。」
一馬はあたしの頭に空手拭を巻きつけた。
目隠しをされる。
これなら、まあいいかな。

ふう~。
行くとこないし、やるっきゃないかぁ。

「よしっ、じゃあ拭くから背中出して!!!」
あたしは掛け声をかけた。
 


どうやらタイムトリップしてしまったらしいあたしは、この天羽一馬とかいうエロ侍に拾われてしまった。
 


そして、あたしの波乱万丈の一生が始まる…。
 


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